「おいおい美津雄、もうバテたのかよ」
「う、うるせ……お前、速いんだよ……」
「お前じゃなくてザックス。さっきから何回も言ってるだろ?」

あれからもう二時間ぐらい経っただろうか。ぶっ通しで歩き続けた僕の足は肉が付いただけの棒みたいに筋張っていた。
運動なんて滅多にしないからただ歩くだけですごく疲れる。歩けば健康になるとか言ってるやつはとんだ嘘つきだ。現に僕は今健康とは正反対の状態だ。
でも、僕の前を歩いているザックスとかいう脳筋はそれを本気で信じてるのかもしれない。
ああいうのは自分が疲れてるってこともわからないだけのただの馬鹿だ。

「じゃ、ここらで休むか。座れよ美津雄、結構シンドそうだぞ?」
「! う、うん……」

その一言で僕は救われる。道路の縁石に座りながら僕は気付いた。
――あれ、なんで僕はこいつに従ってるんだ?

元々僕はこいつを殺すつもりでいたんじゃないか。
こいつだけじゃない。他のムカつく連中も全員殺して、優勝してやるつもりだったんだ。
なんでこんな重要なこと忘れてたんだろう。そこまで考えたところで、心当たりの塊でしかないそいつが俺の顔を覗き込んできた。

「へへ、バテバテじゃんか。ほれ水、水分補給は大切だぜ」
「……ちっ」

こいつだ。こいつに絡まれるとペースが乱される。
なんでこいつはこんなに僕に構うんだ。ここまで歩いてきた二時間の間もしょっちゅう僕に話しかけてきた。
その間僕はほとんど会話どころか相槌もしてないのに。普通二、三回も無視されたら黙るだろ。
考えれば考えるほどこの男が馬鹿なんだと思い知らされる。差し出された水を乱暴に受け取って喉に流し込み、僕は思考をやめた。
ただの水のはずなのに枯渇した喉が潤う感覚は感動すら覚えた。運動部のやつらが汗まみれで水筒の中身を浴びるように飲んでた気持ちがわかった気がする。

「お、良い飲みっぷり。相当喉乾いてたんだなー」
「……別に。ってかお前、さっきからウザいんだよ。なんで一々話しかけてくんだよ……」
「そりゃ、話したいからに決まってるだろ。……あ! そういややっと話してくれたな! いやぁ、結構嬉しいもんだなぁ~」
「だから、そういうのがウザいんだって言ってんだよ……」
「ははは! そう照れんなって!」

ダメだこいつ、話に乗ってやったら乗ってやったでこっちの話を全然聞かない。
こっちは切り上げたいから突き放してるのにそんなの構わずグイグイ来る。典型的な面倒くさいやつだ。
本当に、こんな奴に手も足も出せなかったのが嫌になる。さっさと隙を見て殺してやりたい。


――――本当に、そうなのか?


え、と間抜けな声が漏れた。
さっきのは誰の声だ。誰なんだ、僕の声を騙るのは。


――――本当に、ザックスを殺したいのか?


違う、これは僕の声だ。僕の声が、意志とは真逆に問いかけてくる。
気味の悪い感覚だ。なんだよこれ、僕自身まで僕を否定しようっていうのか?
ふざけんな! 僕は僕だ。みんな殺して、優勝して、見返してやって、そして――

そして、なんだ?

答えが出ない。僕は結局何がしたいんだ?
途端に怖くなってきた。自分が見つからなくて、僕だけが映らない鏡を見せつけられてるような気分だ。
まずザックスを殺して、他の奴らも殺して、稲羽市に帰って、町の奴らに自慢して、僕が無力じゃないって証明して――

一つ一つ自分のやりたい事を挙げていっても必ずどこかで途絶える。
僕を馬鹿にする奴らを見返してやりたいって、無力なんかじゃないって証明したいって。僕はその欲望に疑問なんて感じたことなかった。
なのに、こいつを見ると。ザックスを見ると胸の奥からどす黒い感情が湧いてくる。
僕に纏わりついて離れないそれが問いかけてくるんだ。本当にそれで良いのか、その先に何がある、って。
否定してやりたい。そんなの知らないって目を背けたいのに、何故か出来なかった。

「――い、おい、美津雄!」
「ッ!? な、なに?」
「水、こぼしてるぞ。具合でも悪いのか?」
「……べ、別に、なんでもねぇよ! 一々うるさいんだっての!」

わかってる。僕がザックスを殺したいっていう気持ちが薄まってるのくらい。
今まで僕に接する奴らはみんな汚いものでも見るような目をしていた。運動も勉強もできないし、人付き合いも苦手な僕は自然とクラスのやつらから居ない者のような扱いをされ始めた。
話しかけることもないし、話しかけられることもない。そのくせひそひそ僕のことを馬鹿にして、僕に居場所がないことをまざまざと見せつけてきた。
クラスのやつらだけじゃない、世間も同じだ。
暗いとか挨拶しないとか、ただそれだけの理由であることないこと噂にして遠巻きに面白がってるクズばかりだ。

けど、ザックスは違う。
今まで見てきたどんな人間とも違う目で僕を見て、話しかけてくる。
見下すような目じゃない。面白がって絡んできてるんじゃない。
こんな奴と会ったことがないから明確に言葉に出来ないけど、どこか居心地がよかった。
僕の居場所を奪わないでいてくれるような気がして、心から気にかけてくれるような気がして。
それが僕の”欲望”を塗りつぶしていった。

「顔色わりぃぞ、放送までどっかで休むか?」
「なんでもないって言ってるだろ。何回も言わせんなよ!」
「そういう訳にもいかねぇって。もし無理させて体壊されでもしたら、守ってやるって約束破っちまうことになるだろ」

約束、か。そんな言葉聞くの随分久しぶりだ。
正直あの時は必死でこいつの言ってた約束っていうのを聞く余裕はなかった。
だから初耳だ。こいつ、そんな事言ってたのか。けどどうせ、自分が危なくなったら僕を見捨てて逃げるに決まってる。
どんな正義感気取ってるやつだって結局、自分が死ぬのは怖いんだから。

「さて、どっか休める場所でも探すか! それでいいな?」
「……どうせ断っても無理やり連れてくんだろ。お前、ほんと自己中だよな」
「ジコチューでケッコー。えーっと、今いる場所がここだからー……」

地図を取り出すザックスはうんうん唸って現在地を確認している。
僕もそれを覗き込んだその時、


「もし、そこのお二方」


声を掛けられた。見れば銀髪の女が月を背にして佇んでいた。
その女の顔を見て僕は心臓が跳ねるのを感じた。今まで存在に気が付かなかったというものあるけど何より人形じみた顔立ちがあまりにも綺麗だったからだ。
それこそあの雪子と同じくらいに。こんな子も殺し合いに呼ばれてるんだな、ってどこか他人事に捉えていた。

「あー、気付かなくてごめんなお嬢ちゃん。一人でここまで来たのか?」
「はい。この殺し合いなる面妖な催しが始まり、どうしようかと途方に暮れていたところあなた方の姿を視認致しまして……暫し様子を見させていただきましたが、危ない方々ではないと判断し声を掛けさせていただきました」
「へぇ、こんな状況だってのに立派じゃんか! あ、俺はザックス。んでこっちの目つき悪いのが美津雄」
「うるせぇよ……それ、言う必要ないだろ。しかも名前ぐらい言えるって! 余計な真似するなよ!」

くそ、これじゃ第一印象最悪じゃないか。
こういう状況なら女子が僕を頼りにする展開もあり得るのに、ザックスが余計なことしたせいで頼りないやつだと思われただろう。
もしこの女が僕に惚れでもしたら、それこそ僕は無能なんかじゃないっていう何よりの証明になるのに。
まぁそんなことはこの際どうでもいい。この女、こんな状況でも落ち着いてるって……少し不気味だ。

「ザックス殿に美津雄殿ですね。私は……如月千早と申します」
「オッケー、千早。俺達今から休める場所探すんだけど、千早も一緒に来るか?」
「まぁ、よろしいのですか? 是非ともご一緒させて頂きたいです」

如月千早、それがこの女の名前か。
見たところただの女だし役には立たないだろうけど、まぁ僕の引き立て役にはなるだろう。
今後こいつをどうしようかと考えてる最中、千早が不意にふらりと体勢を崩した。なんだ、冷静に振る舞ってても結局は僕より弱い存在なんだと安心した。

「……っ、……」
「おいおい、大丈夫か千早?」
「はい、平気です。ご迷惑お掛けして申し訳……あっ、……」

ザックスに言葉を返しながら千早は体勢を戻そうとしてつまづく。
僕の方に転んできた。普段なら避けてやるところだけど今の僕は機嫌がいい。
それに、これで僕が頼りになる存在だって知らしめる事ができるだろう。そうすればこの女も僕に対する印象を改めるはずだ。
雪子は無理だったけど、こんな殺し合いとかいういかにも状況なら僕を認めざるを得ないはずだ。
ザックスもそうだ。悔しいけど今の所僕はやつに完全に負けてる。だからその内見返してやらなきゃいけない。僕にも出来るんだ、ということを。


けどそれは、ザックス自身に邪魔された。


ザックスが僕と千早の間に急ぎ足で割って入ってきたんだ。
当然、僕が受け止めるはずだった千早の身体はザックスが受け止める形になる。
僕はザックスの背中を呆然と眺めながら渦巻く感情に胸が苦しみ出し、肺が過剰に酸素を求めるのを感じる。


――なんだよ、そんなに”いい人”になりたいのかよ。


さぞあいつは嬉しいだろうな。千早っていう可愛い女子に善人らしさを見せつけられて。
ザックスが千早を支えて、僕は動かなかった。残った結果はこれだ、覆りやしない。
僕よりも距離が遠いのにわざわざ急いで僕と千早の間に入ってきたんだ。僕なんかに千早からの好感度を渡したくなかったんだろ?
なんだよ、結局はザックスも他のやつらと一緒じゃないか。少しでもあいつを特別だと思った自分が馬鹿みたいだ。

「――申し訳ありません、ザックス殿」

千早も千早で、ザックスに支えられたまま離れようとしない。
僕だけが見られていない。僕だけがいない者扱いされてる空間。
それが嫌で嫌でたまらなくて、辛くて、惨めで、悲しくて、寂しくて――気がつけば僕は、腰に提げた銃に手をかけていた。


「申し訳ありません、……申し訳、ありません……!」


千早の声を聞いてその時、ようやく僕はおかしな点に気がついた。
千早が何度も何度も謝ってること。謝ってるくせに離れようとしないこと。そしてザックスがさっきから一言も喋らないこと。
何故かはわからない。わからないけど、僕は焦りを抱えながらザックスと千早の横に回り込んだ。



「――――えっ?」



そこで僕は真実を突きつけられる。
頭の中で複雑にばら撒かれた疑問がパズルのピースのように埋まっていくのを感じる。
僕が目にしたのは――千早がザックスの腹をナイフで刺している姿だった。


僕がその光景を見てしまったことに気がついたからか、千早は慌ててザックスからナイフを引き抜いた。
苦しげな声を漏らして数歩後ずさり、街路樹に背を預け崩れ落ちるザックスの姿を見ても僕はまだ状況を整理しきれていなかった。
ザックスの腹に空いた痛々しい傷口と、そこから滲み出す赤黒いシミが急速に僕に危機感を与えてくる。
けど、僕は何も出来なかった。逃げることも立ち向かうことも。辛うじて出来たのは千早の方に視線を移すことだけだった。

「お、まえ……!」
「動かないでくださいっ!」
「ひっ!?」

千早が必死の形相で僕の方に刃を向ける。
元々赤色のそれはザックスの血を浴びてさらにどす黒い色へ変化していて、それがより僕の恐怖心を煽った。

――怖い!

自分が殺されるかもしれないっていう恐怖が僕から自由と余裕を奪う。
思考なんてする暇ない。何をすれば良いのかもわからない。
ガチガチと歯を震わせて動悸に息を切らして、徐々に迫ってくる千早を涙で滲む視界で見つめることしか出来なかった。

「千早」
「――っ!?」

その時、僕の後ろから声が上がった。
ザックスだ。深い刺し傷を押さえて街路樹に背を凭れながら今まで見たことない眼光で千早を睨んでいた。
それを浴びせられたわけじゃない僕でもプレッシャーで息が詰まる。多分、千早はその何倍もの感覚を味わったんだろう。
驚きと焦りと、色んなものが交じった表情を張り付けて千早は逆方向へ逃げていく。僕は追おうなんて欠片も考えずひたすら安堵した。
まだ思考は落ち着かない。けど、殺人鬼が見えなくなったことで抑えられていた感情がどっと溢れ出した。
だからこそ思い出してしまう。今さっき目にした光景を。

「――お、おい!」

未だに震える足を無理やり動かしてザックスの元へ駆け寄る。
素人目でもわかるくらい深い傷だ。止めどなく溢れる血を前にして僕は吐き気を催す。
それは単に血というものに慣れていないからというのもあるけど、何よりさっきまで話してたやつがこんな状態になっているという現実を受け入れきれなかったというのもあるだろう。
それなのにザックスはへらへら力なく笑って、千早に対する怒りとか死ぬかもしれない恐怖とかそういうが全然感じられなかった。

「ああ、美津雄……怪我、ねぇか?」
「…………お前が、お前が庇ったんだろ……!」
「はは、まぁな。ったく、あいつ……謝るくらいなら、最初からすんな……っての」

言いながら僕は思わず呆れてしまった。
予想通り呑気な反応をするザックスに対してじゃなくて――僕に対してだ。

「なんで、……なんであんな真似したんだよっ! し、死ぬかもしれないんだぞ!?」
「なんで、かぁ……難しいこと聞くなよ。一々んなこと考えてないって……」
「はぁ!? 意味わかんねーよ! なんだよ、それ……っ! ふざけんなよ!!」

ザックスは僕を庇ったんだ。
それを僕は勝手に勘違いして、勝手に失望して、勝手に八つ当たりしているんだ。
筋違いだってわかっていても、怒鳴る相手が間違ってるってわかっていても、今の僕はそうすることでしか立っていられなかった。

別にあのくらい僕だって対処できた。こいつが勝手に庇っただけなんだ。
そうやって自分に言い聞かせることで辛うじて気を保っていられる。
だって、もし認めてしまったら僕は――――とんだ間抜けじゃないか。

「そう、怒んなって……、……千早、大丈夫かな」
「……他人の心配する前に自分の心配しろよっ! お前、これ……っ! 血が、止まらない……!」
「はは、流石に気分悪くなってきたかな……まぁ、ちょっと寝れば治るだろ」
「そ、そんなんで治るわけねーだろ! こんな時までふざけんなよっ!」

ザックスの顔色は明らかに悪くなっている。
余裕そうに笑ってるけど首から上は雪みたいに真っ白だ。そのくせ唇は紫色で不自然な色合いをしている。
なにかしようにも何をすれば良いのかもわからない。リュックを逆さにして中身をぶち撒けたけど治療に使えそうなものはなにもなかった。
そうこうしてる間にザックスは自分のズボンを破って止血のために腹に巻いていた。

「うっし、これで大丈夫だろ」
「あ……」

また、なにも出来なかった。
何回目だ。僕はあと何回これを繰り返せばいいんだ?
銃を持ってるのに千早に対してなにもできなくて、怪我をしたザックスになにもできなくて――笑えるほどに無力だ。
考えないようにしていたのに一度気付いてしまったらもう止まらない。付き纏う無力感に僕は頭痛を覚えて頭を抱えた。



――――僕は、無力だ。



「……美津雄」

絶望に打ちひしがれる僕をザックスが呼びかける。
ひどい顔色だ。けど多分あっちからしても今の僕は同じような顔をしてるんだろう。

「俺、今から寝るから。……悪いけどさ、放送の時間まで見張っててくれ」
「……え……?」

耳を疑った。こいつ、本当に寝るつもりなのかよ。
しかもこんな目立つ場所で。冗談であってほしいっていう僕の気持ちに反してザックスは本気みたいで、既に目を閉じて就寝の体勢に入っている。
完全に置いてけぼりにされてる。見張れっていわれても、僕にはなにも出来な――――

「頼りにしてるぜ、美津雄」
「……!」

それっきりザックスからの言葉はない。あるのは小さい寝息だけだ。
頼りにしてる? 嘘だ。どうせ僕なんかにはなにも期待してないんだろ。実際なにもできてないんだから。


だけど、


たとえ嘘でも、嬉しかった。
誰かに頼られるなんて初めてだから。
その言葉が本心じゃないなんて、本当は全く頼りにしていないことなんてわかってる。
でもしかたないじゃないか。初めて僕は無力じゃないって他人に言われたんだから。

ザックスは完全に眠ってる。
そこでふと、僕の中で疑問がよぎった。

――今なら、こいつを殺せるんじゃないか?

震える手が銃に伸びる。
きっと今のザックスは僕でも簡単に殺せるだろう。誰が見ても瀕死の状態で無防備に眠ってるんだから子供にだって殺せるはずだ。
そう、あの化け物じみたザックスを殺せるんだ。そしたら僕はザックス以上の存在になれることができる。
僕は冷静に、無慈悲に銃口をザックスに向けて――



「――出来るわけ、ないだろ……!」



ガチャン、と音を立てて銃がアスファルトに落ちる。
気がつけば僕は膝から崩れ落ちて涙を目尻に溜めていた。
出来るわけない。今更殺せるわけなんかないだろう。こんなの卑怯だ。
生かすことも殺すこともできない。そんな自分に心底嫌気が差して、溜まっていた涙がぽたぽたと地面に垂れる。

ザックスの静かな寝息と僕の啜り泣く声だけが静寂を照らした。


【D-2/市街地(西側)/一日目 黎明】
【久保美津雄@ペルソナ4】
[状態]:疲労(中)、困惑、焦燥
[装備]:ウェイブショック@クロノ・トリガー
[道具]:基本支給品(水少量消費)、ランダム支給品(治療道具の類ではない、1~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝して自分の力を証明する、つもりだったけど……。
1.僕は……どうすればいいんだ……?
2.ザックス……。

※本編逮捕直後からの参戦です。
※ペルソナは所持していませんが、発現する可能性はあります。
※四条貴音の名前を如月千早だと思っています。

【ザックス・フェア@FINAL FANTASY Ⅶ】
[状態]:腹部に深い刺し傷、猛毒、睡眠中
[装備]:巨岩砕き@ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(0~2個)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いをぶっ壊し、英雄になる。
1.Zzz……。
2.美津雄のこと、しっかり守ってやらなきゃな。
3.千早(貴音)が気がかり。

※クラウドとの脱走中、トラックでミッドガルへ向かう最中からの参戦です。
※四条貴音の名前を如月千早だと思っています。






駆ける、駆ける、駆ける。
薄紫色のカーテンが掛かりつつある空も、眩しいくらいに己を照らす無機質な光も今は目に入らない。
織物のように艷やかな銀髪を風に乱しながら如月千早――否、四条貴音は黎明の街を駆け抜ける。

「はぁっ、はぁ……ッ! は、……! けほ、っはぁ……! はぁ、はっ……!」

過剰な運動により限界を訴えた足が意思に反し貴音の身体を引き止める。
整わない息を大量の酸素を送り込むことで緩和し、自重で崩壊しかける足は膝に手をつくことで抑え込んだ。
レッスンと比べれば大したことない運動量のはずなのにその何倍も辛く、苦しい。
滝のように滴り落ちる汗が髪や衣服に張り付いて気持ちが悪い。けどそれ以上の不快感の理由が貴音にはあった。

「わ、私は……人を、人を…………! ザックス殿を、刺して……!」

貴音の定まらない視線は右手に握られた短剣に注がれている。
血塗れた穂先は自分の行いを如実に表わしていた。その何よりも確たる証拠が貴音を呪縛する。
そうして現実を突きつけられた貴音はただ掠めた声を漏らすことしかできず、中途半端な覚悟を露呈してしまった。



四条貴音が転送された先は765プロ――自分達の所属する芸能事務所とそう離れていない位置だった。
殺し合いという状況に放り出されてもなお貴音は戸惑いを飲み込み、周囲への警戒を怠ることなく事務所へと向かっていった。
夢だとかドッキリだとかそんな都合のいい展開は期待していない。ただ事務所に行けば誰かに会えるかもしれないという至って正常な思考の元で貴音は足を運ばせたのだ。

けど、そこにあったものは一瞬にして貴音の冷静な思考を弾き飛ばした。


天海春香が死んでいた。


ズタズタに切り刻まれた死体が、わけがわからないという表情をした土気色の顔が。
汗と涙を共に流したかけがえのない友人が、上手く馴染めない自分に真っ先に声を掛けてくれた光が。
真っ赤な血を垂れ流し異臭を醸し出す肉の塊となって貴音を見上げていた。

じわりと胃から込み上げる熱された鉄のような異物を吐き出し水分が枯渇するほど涙を流した。
蘇る春香との楽しい記憶とは裏腹に貴音を支配するのはどうしようもない絶望と恐怖。
視界が真っ白に明滅する中でも春香だったものの顔は鮮明に映っている。それが未だに生きている貴音を恨んでいるようで、耐えきれずに逃げ出してしまった。

貴音は元々淑女と呼ぶに相応しい落ち着いた女性だ。
だがそんなの関係ない。親しい人間が死体となって目の前に転がっている光景を見て落ち着いていられる人間などいるはずがない。
悲しみや悼む気持ちよりもまず貴音に襲いかかったのは、自分もああなるかもしれないという先の見えない暗闇を見るような不安だった。

そんなのは嫌だ。死にたくない。
生き残るにはどうしたらいいのか――貴音の冷静さはその方向へ全力で働いた。


「はぁっ……! はぁっ……、……!」


その結果が、これだ。
他人の名を騙り、人を殺して自分が生き残るという典型的なマーダーへの道。
そこに本来の優しさや正義感が加わり、中途半端に捻じ曲がった殺人犯が出来上がってしまった。

「……あなた、様……、……どうか罪深い私を、お許し下さい……」

貴音の生存欲の根底にあるのは死自体への恐怖ではない。
もう他のみんなに、プロデューサーに会うことができなくなるかもしれないという恐怖だ。
不安だった時はいつだって彼らが傍にいた。逆に自分が彼らを勇気づけ、慰めたことだってある。
それがもう二度とできない――最悪の未来が囁きかけ、貴音をマーダーへと導いた。

「懺悔は、済みました…………これが、私の……選んだ道です」

もし貴音が事務所へ向かわなければ、転送された場所が違ったのならばまた別の道を歩んでいただろう。
己の知識や技術、人を癒やす歌声などを駆使して殺し合いを打破する道を迷わず選んでいたはずだ。
だが、もうその道に戻ることはできない。親友の死というのは人を狂わせるには十分すぎたのだから。

別の友の名を騙る少女は歩む。
固く結ばれた唇からは地獄を進む決意を示すかのように、赤い雫が筋となり走った。


【D-2/市街地(北側)/一日目 黎明】
【四条貴音@THE IDOLM@STER】
[状態]:強い罪悪感、恐怖、不安
[装備]:双剣オオナズチ(短剣)@MONSTER HUNTER X
[道具]:基本支給品、双剣オオナズチ(長剣)@MONSTER HUNTER X、ランダム支給品
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。どんな手を使ってでも。
1.如月千早の名を驕り、参加者に紛れながら殺していく。
2.春香……!
3.ザックスが生きているかどうか不安

※如月千早と名乗っています。
ルール説明の際に千早の姿を目撃しています。


支給品紹介
【双剣オオナズチ@MONSTER HUNTER X】
貴音に支給された双剣。片方が長剣で、片方が短剣になっている。
高い攻撃力と毒属性を持っており、毒属性の双剣の中でもトップレベルの強さを誇る。
会心率は0パーセント。

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031:星のアルカナ 時系列順 036:親友と心の影(シャドウ)
034:ポケモンきみにきめた! 投下順
010:お前、いきなりアウトってわけ 久保美津雄 064:小さな一歩
ザックス・フェア
NEW GAME 四条貴音 047:優しいだけじゃ守れないものがある

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最終更新:2019年10月20日 13:45