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願い・想い   ◆2lsK9hNTNE



 21時に待ち合わせの公園に行くと、歌姫はすでにベンチに座って待っていた。テーブルとセットの木製のベンチだ。彼女はこちらに気づくと手招きをした。
 後ろには背の高い金髪の男が立っている。劇場で見かけたことがある男だった。時は普通の人間だったはずなのだが、いまはサーヴァントとしてのステータスがはっきりと分かる。

「おそらくサーヴァントとしての気配を消す能力を持っているんだろう」

 岬の疑問を察してセイバーが答えた。
 アサシンのクラスであるその男の視線は、岬たちを観察しているようだった。
 心臓がバクバクと鳴り出して、岬は早くもここに来たことを後悔してきた。けど肩の上にセイバーが手を置かれて。

「大丈夫」

 その一言で岬は意を決した。ぎこちない動きで近づいて歌姫の対面に座る。セイバーは向こうのアサシンと同じように岬の後ろに立った。歌姫が優しく微笑んで言った。

「安心して。戦うつもりはない。あなたを呼んだのはマスターとしてじゃなくひとりの、えっと……歌手としてあなたと話したいと思ったからなの」

 そう言われても岬からすれば、劇場で喝采を浴びる歌姫と話すことが、そもそも恐ろしいことなのだ。全然安心できなかった。彼女は微笑んだまま続ける。

「私の名前はララ。あなたは?」
「え? あ、……中原……岬、です」
「そう、岬っていうの。よろしく」
「こ、こちら、こそ……よろしく、おねがい……します」

 いきなり下の名前を呼び捨てにしてきたことに面食らいながらも、なんとかお辞儀をした。この気安さが周りに愛される人間というものだろうかと、変に感心してしまう。
 一度下げた頭を上げられないで、上目遣いに歌姫の様子を伺う。綺麗な人だった。劇場で見たときから綺麗だとは思っていたけど、あらためて見ると本当に人形みたいに綺麗だ。それだけに左目の包帯と、てっきりステージ衣装だと思っていた、ボロ布を一枚まとっただけのような服装が浮いている。包帯は仕方ないにしても服はもっといい物を持っていないのだろうか。いくら温かい季節だといってもさすがに寒そうな気もするが。
 そんなことを考えていたせいか。「訊きたいことがあるの」と歌姫に言われて、岬はビクッと震えた。

「あなたはどうして私の歌で泣いてくれたの?」
「ど、どうして?」

 問われて、岬は頭をこねくり回して必死に答えを探した。

「その……なんていうか、歌姫さんの歌を聴いていると……」
「ララでいいよ」

 ――そんな恐れ多い!

 が、ここで逆らうのも逆に失礼な気もするので、仕方なく岬は従うことにした。

「ララさん、の歌を聴いてると……なんていうか、私の中に足りないなにかが満たされるというか……なんていうか、その、すいません、上手く言えないです」
「ううん、ありがとう。そう、足りないなにかが満たされる……」

 ララは噛みしめるように呟いて。考え込み始めた。そう真剣に受け取られると、あんなに拙い答えしか言えなかったことが申し訳なくなってくる。
 なぜ涙を流したのか。
 それは岬自身にとっても不思議なことだった。歌詞すらわからない歌だったのだ。ああいう分野に特別強い感受性を持っているわけでもない。
 あれほどまでに感情を揺さぶられた理由は岬の方ではなく、むしろ歌の方にあるように思えた。

「あの……」

 意を決して岬が話しかけると、ララは気分を害した様子もなく「なに?」と返した。

「ララさんは……なんで……あんな歌が歌えるんですか?」

 この質問は彼女にとっては意外なことのようで、目を丸くしていた。それからまた少し考え込んで。言った

「私は歌うときに特別なことをしているつもりはない。想いを込めるだけ。だからそこに特別ななにかを感じたなら、きっと私が歩んだこれまでが影響してるんだと思う。少し長い話になるけど、いい?」

 頷くとララは語り始めた。
 昔の彼女は歌うためだけの存在だったという。その意味するところはよくわからなかったが、とにかくそういうことらしい。
 彼女は誰にも歌を求められなくて、誰からも拒絶され続けて、ずっと孤独に過ごしてきた。そんなとき出逢ったのが周りから迫害されるひとりの男の子だった。
 彼は世界でただひとりララの歌を求めてくれた。ララのことを求めてくれた。そしてララも彼を求めた。
 ララと男の子は世界でふたりきり、互いを想いあった。男の子の命が尽きる日まで。

 話を聞いて岬は自分が涙した理由を覚った。
 彼女は岬と同じだったのだ。誰からも嫌われてずっとひとりぼっち。違ったのは同じ境遇の少年と互いを想い合えたこと。
 佐藤という青年がいた。彼はみんなから嫌われるダメな岬が、唯一自分よりもダメだと思った青年だった。佐藤ならダメな岬を想ってくれるかもしれない。岬は彼に好かれるための計画を行った。でも結局は失敗した。
 ララと男の子はきっと上手くいった岬と佐藤だ。きっと苦しいことばかりの世界でたったひとつの救いを得られた岬だ。ララの歌が足りないなにかを満たしてくれたのは、ララが満たされた岬だったからだ。

「ララさんは……」

 声に込められたのは羨望か嫉妬か同情かそれ以外か。自分でもよくわからないまま岬は言った。

「聖杯でその人を生き返らせたいの?」
「そうしようかとも考えた。でもあの人の死は満たされたものだったと思うの。悲しいけれど、あれでよかったという気持ちもある。だからなにをしたいのかも、なにをすればいいのかも、全然わからないでいるの」

 そう言って自嘲するような笑った

 ――強いなあ。

 元から持っていたものなのか、満たされて得たものなのかはわからないけど、強い。岬とは比べ物にならないほどに。

「あなたはどう? 願いとかしたいこととかはある?」
「私?」

 そんなこと、考えてすらいなかった。 聖杯に掛けるに値するような願いなんて持ってないし、そもそもは自殺しようとしていたのだ。戦う気も起きないし、ルーラーから来たメールも、斜め読みだけして無視していた。記憶は戻る前も後も変わらない。岬はただ日々をぼんやりと過ごすだけだ。

「私は……そういう願いとかは、とくにないです。毎日、普通に暮らせればそれでいいです」

 ひとりならきっとそんなことにすら耐えられなかっただろう。でも。
 チラッと横目にセイバーを見やる。記憶を取り戻してからの岬には彼がずっと側にいる。

「……一緒にいたいのね。その人と」

 そうはっきり言われるとなんだか恥ずかしい。頬を赤くしながら岬は頷いた。

「だったらそれがあなたの願いなんじゃない?」
「え?」

 そうなんだろうか。そんなふうに思ったことはなかったけれど、けど、そうかもしれない。自分にも願いがある。それはなんだか……悪くない気分だった。
 気づけたのは彼女のおかげだ。岬はお礼を言おうとしたが、その前にララが立ち上がって歩き出した。
 帰ろうとしたのかと思ったが、すぐに立ち止まり空を見上げた。なにか思案している様子だった。

「ララさん?」

 呼びかけると振り返った。呼びかけに応じたというより、ちょうどそこで思案が終わったようだった。彼女は言った。

「戦いましょう」
「え?」

 岬は聞き返した。聞こえなかったわけではない。ただ聞き間違いだと思った。耳に入ったのがあまりにも予想外の単語だったから。だがララは理由を訪ねたと受け取ったらしい。

「あなたが生きていても死んでいても、聖杯戦争が終わればサーヴァントは消滅するわ、。あなたの願いがそのセイバーと一緒にいることなら、叶えるには聖杯を手に入れるしかない。わたしとも戦うことになる」

 言葉を失う岬にララは続ける。

「願いを叶えるっていうのはたぶんとても難しくて、叶えられる人は特別なのだと思うの。聖杯戦争という舞台の上ならなおさら。覚悟を持たないときっと生き延びることもできない」

 言ってくるララの瞳があまりにも力強くて、気づいたら後ろに下がっていた。庇うようにセイバーが前に出る。
 いつもなら頼もしい背中。でも今だけは嫌だった。マスターを庇うその動きが敵から岬を守ろうとしているみたいで。

「私と私のサーヴァント、あなたとあなたのサーヴァント」

 ララは手を伸ばす。握手を求めるように。あるいは見えない剣を突き立てるかのように。

「しましょう、四人で」




 四人は海沿いにある今は使われていない倉庫街の端に場所を移した。ここなら海と、背の高い倉庫に囲まれていて、誰かに見られたり、巻き込んだりする心配もない、らしい。
 案内したのはアサシンだった。岬とセイバーは基本的に町を出歩いたことがなく、ララも同じ様のものらしい。人目につかない場所を知っているのはアサシンだけだった。
 いまララとアサシンは念の為見回りをしにいっている。ここにいるのは岬とセイバーのふたりだけだ。

「ねえ」

 ララたちが立ち去った方向を眺めながらセイバーに話しかける。

「いまのうちに逃げたりしちゃあ、だめかな?」

 セイバーはかぶりを振った。

「気持ちはわかるけど、彼女の言った通り聖杯戦争は半端な覚悟じゃ生き残れない。この戦いはきっと俺たちにとっても必要なことだ思う」

 必要なことだから、生き延びるためだから、望みを叶えるためだから。
 きっとそれは正論なのだろう。彼らの言葉は正しくて、この戦いは乗り越えなければいけないものだ。そんなことはわかっているのだ。でもだからなんだというのだろうか。
 それで立ち向かえるような人間じゃないから、岬は自殺なんて考えたのだ。
 どんな理由があろうと戦うのは怖かった。今朝悪いカバに襲われたときだって、すごく怖かった。
 カバを追いかけるセイバーのあとを追ったのだって勇気があったからじゃない。セイバーと離れるほうがもっと怖かったからだ。

「……強いんだね。セイバーさんは」

 さすがは魔王を倒した勇者である。きっと岬には想像も出来ないような苦難を恐怖も何度も乗り越えてきたのだろう。誰からも嫌われて、ひきこもりの心ひとつ変えられないで、全てから逃げようとした自分なんかとは全然違う。
 セイバーがこっちを見て。なにか言おうとしたのだろう。だが、そのときララたちが戻ってきた。
 だからこの話はそれで終わりだった。悲しみを抱えたまま、セイバーとアサシンの戦いは始まった。




 霊体化して倉庫を登ったアサシンは、屋根の上では彼は実態に戻って周囲を警戒していた。
 思い返してみれば彼は普段からあまり霊体に成っていない。肉体があるほうが好きなのかもしれない。後ろから彼を眺めながらララはそんなことを考えた。

「あんたもファンサービスがいいな」

 アサシンが背を向けたまま言った。

「ファンサービス?」
「あの嬢ちゃんのことさ。我が身を危険に晒してファンを助けようとするなんて大した歌姫じゃねえか」
「ああ、そのこと。別にあの子のためだけじゃないの。私もどうするか決める前に一度聖杯戦争を知ったほうがいいと思ったから。ひょっとしたらそうすることで、なにかつかめるかもしれないし」
「ま、つかんだ瞬間に俺たちの聖杯戦争が終わる可能性もあるがな」

 そう言ってアサシンは皮肉げに笑う。

「ごめんなさい。あなたまで巻き込んで」
「お前がしたいならそれすりゃいいさ。あの嬢ちゃんに戦いが必要なのは間違ってないだろうしな。あの顔、あれば嫌な現実から逃げてる奴の顔だ。辛いことや苦しいことに立ち向かわずに逃げる、臆病者の顔だ」
「手厳しいのね」

 ララは岬がこれまでどんな人生を生きてきたか知らない。それでも、いやだからこそか。辛辣な言葉を吐くアサシンの態度は少し嫌いだった。

「昔、ムカつく男がいたのさ。現実から逃げて、乱痴気騒ぎを起こしてはスターを気取ってるバカが。ま、そいつに比べればあの嬢ちゃんのほうが百倍ましだな」
「でも、人間のことなんて偉そうに言えないけど……現実になんてひとりの力で立ち向かえるものなの?」
「……さあな」

 少し間を開けてから、アサシンはぶっきらぼうに言った。相変わらず背中を向けていて表情はわからない。なんとなく意図して表情を隠したような気がした。
 もしかしたら軽はずみに触れていい領域ではなかったのかもしれない。

「……ごめんなさい、本当に偉そうに言えることじゃなかった」

 人間どうこうは置いといても、ララはこれまでの一生の中でこれまでなにかに立ち向かったことなんて一度もない。
 あったのはなにも考えず、求められるままに歌った日々と、五百年の孤独、そしてグゾルとの生活。全部自分の力で得たものではない。流されるままに与えられたものだ。
 最後にグゾルのために歌うという願いさえ、自分の力で叶えられたわけではない。

「……勝ち目はあると思う?」
「言っただろ。向こうのサーヴァントは俺より格段に強い」
「じゃあやっぱり……」
「だが」

 そこで初めてアサシンを振り返ってララを見た。屈んで、目線まで合わせて。

「やりようはある」

 歯をむき出しにして獰猛――だけどとびっきりのいたずらを思いついた子供みたいにも見える笑みで言った。




 見回りを終えて岬たちのところに戻ると彼女らは変わらずにそこにいた。

「おまたせ」

 告げるとふたりはこちらを向いた。
 ララとアサシン、岬とセイバー。海と倉庫に挟まれたコンクリートの上で互いに向き合う。

「周囲に人影はなかった。始めよう」

 言いながらアサシンはララの前に立った。トランクを持った手に心なしが力を入ったような気がした。

「わかった。始めよう」

 セイバーも剣を抜きながら前へ。アサシンへ向かってゆっくりと歩く。ふたりの距離が少しづつ縮まり、走った。剣を両手で持ち、前へ。アサシン目掛けて真っ直ぐに。
 アサシンは手に持ったトランクを消失させ、姿を怪人へと変える。
 響き渡るのは聞く者を震え上がらせるおぞましい笑い声。『バネ足ジャック』はその名が示すバネ足で跳び上がった。吠える。

「霧の都、月に跳ぶ怪人(ブラックミュージアム・スプリンガルド)」

 霧に包まれたロンドンが倉庫街に顕現する。アサシンは霧の中へと姿を暗ませた。
 行方を探すセイバーの側に突如として現れ、鉤爪が舞う。セイバーは身をかわそうとするが一歩早く爪が肩を抉る。反撃の剣を振るわれたときにはアサシンの姿はかき消えている。
 笑い声が霧の中こだまする。アサシンは現れては消え、消えてはまた現れ、セイバーを翻弄する。
 セイバーは繰り出されるバネ足ジャックの鉤爪をかわし、防ぐが、時折り身体を掠めて徐々に傷を増やしていた。
 アサシンだけが攻め続ける一方的な展開。傍からみればそう映るが、実態はまるで違うことが事前に実力差を聞いていたララにはわかった。
 宝具も発動し、持てる力を出し切ったアサシンには余裕がない。対してセイバーは宝具どころか剣一本で戦い続け、自身の手札をほとんど見せていない
。まともにダメージを与えられたのも最初の一撃だけで、後はかすり傷程度だ。それでも攻め続けているのはスピード勝負以外に勝ち目がないからだろう。ちょっとでも動きを止めたら一気に形勢が逆転する。

 だが岬にはそんなことわかっていないだろう。
 アサシンの宝具の一部である霧は彼の制御下にあり、おそらくいまはセイバーにのみ効果を発揮している。岬もこの戦いをはっきりと見ていた。
 彼女の顔は青ざめ、目には涙すら浮かべていた。ララの歌を聴いて出した涙とは違う。もっと苦しくて嫌な涙だ。見ているとララまで胸の奥がざわざわする。
 こんな感覚、この町に来るまでグゾル以外に抱いたことはなかった。
 ララの世界はグゾルとふたりだけで完結していて、他のものなんてどうでもよかったのだ。
 でも、この町に来て、劇場で歌姫として歌い続けて、アサシンと出会って、普通の人間として生きてきた記憶もあって。
 世界はララの意思とは無関係に大きく広がった。途方も無いほどに。
 この世界でなにをすればいい? なにができる? わからない、わからないけど、でも。

 幸子と会って彼女を傷ついた心を癒やしたいと思った。歌を綺麗だと言ってくれた彼女に嘘をつきなくなかった。
 ララの歌で泣いてくれた岬を助けたいと思った。死んで欲しくないと思った。たとえそのために必要なことでも、彼女の苦しみの涙を見るのが辛かった。
 無限の広がりを持つこの世界で、進む道を決めるための道標は確かに得ている気がする。
 なにができる? なにをすればいい? なにをしたい?
 そのとき。
 ララの脳裏に白い髪の男の子の姿が浮かんだ。
 ララとグゾルを助けてくれた男の子。彼にはふたりを助けたところで得るものなんてなにもない。それどころか大事なものを失う可能性すらあった。
 それでも彼は助けてくれた。仲間に責められながらも、命を賭けて。
 彼は言った。

『僕は、ちっぽけな人間だから。大きい世界より目の前のものに心が向く。切り捨てられません。守れるなら守りたい』

 ――ああそうか。

 ララは自分のやりたいことをはっきりと自覚した。
 そうだ。世界の大きさなんて重要じゃなかったのだ。大事なのは目の前にある心が向くもの。
 かつてのララにとってそれはグゾルだけだった。だけどグゾルは逝ってしまった。ララもいずれ逝く。でも目の前のものを見捨てて逝くことはできない。
 劇場の観客たち、ララの歌で涙を流してくれた幸子や岬、そして。

 ――優しい優しいウォルターおじさま。

 アサシンが剣に弾かれ、バランスを崩した。着地に失敗し地面を転がる。セイバーからすれば逃す手はないチャンス。そしてララにとっても。

『びっくりさせてやんのさ』

 戦いの前、アサシンは言った。

『まともにやったって勝ち目はない。でもビックリすりゃあ大抵の奴は動きが鈍る。そこを突く』
『あいつらはあんたをただのか弱い歌姫だと思ってる。それがいきなりすごい力を出してみろ、怖い怪人よりもよっぽど驚くぜ』

 なんだかすごく失礼なことを言われてない?
 ララがムスッとすると、彼は褒めてんのさ、と笑った。

『タイミングは俺に隙が出来てやられそうなとき、そんとき奴はチャンスを逃すまいとして――』

 ――アサシンに意識を集中する。

 ララは左足に力を込め、全力で地面を蹴った。アスファルトがひび割れ、ララの身体が弾丸のように跳ぶ。
 こちらに気づいて目を見開いたセイバーのその顔面目掛けて、ララは拳を振り抜いた。
 瞬間、衝撃音と共にセイバーの身体は大きく吹っ飛んだ。ララの攻撃をまともに食らった。そう見える。だが感触が違うと告げていた。

 ――浅い!

 おそらく殴られる直前に、反対に跳んで衝撃を緩和したのだろう。人を殴ったにしては手応えがなさすぎた。
 なりふり構わず跳んだのか、見た目こそ大げさに吹っ飛んではいるが、ダメージは少ないだろう。
 だがそれは殴ったララだからこそわかったことだ。未だ体勢を立て直している途中のアサシンにはわからなかっただろう。
 彼女にはなおさらだった。




 ――どうして彼は寂しいんだろう?

 その疑問はセイバーと出会ってからずっと岬が感じていたことだった。
 魔王を倒した勇者、彼は岬なんかよりもずっと強くて優しくて立派な人間だ。仲間が欲しいなら簡単に作れそうなのに。
 彼は言っていた。仲間たちに胸を張れる自分を見つけられなかった、と。
 でも彼の良いところなんて、数日一緒にいただけの岬にだっていっぱい挙げられる。だからなぜ彼がそこまで自分に自身が持てないのかわからなかった。けれど。

『……強いんだね。セイバーさんは』

 岬がそう言った後の彼は、よく知っている目をしていた。鏡を見ると必ずある目。
 彼がそんな目をしていることがあまりにも辛くて。岬はなにかを言おうとした。彼がなにか言おうとしたの同じタイミングで。だけどちょうどそこでララたちが帰ってきて。
 元々なんて言えばいいのかわからなかった岬は言葉を失った。戦いに赴くセイバーに声を掛けることが出来なかった。
 いま彼はララの攻撃を受けてしまった。その光景には驚くべきところが色々あったけれど、岬の意識は全て彼に注がれていた。
 彼は殴られて、ダメージを受けた状態で海に落ちようとしている。
 正直にいうと彼のことは未だによくわかっていない。だけど彼が岬と同じくらいに自分のことをダメだと思っているのは確かだった。
 それは、本当にダメな岬がそう思うよりも不幸なことだ。彼は岬よりダメじゃない。だけど岬より不幸だ。

 水の音が派手に響いて彼が沈む。岬は駆け出した。彼が沈んだ場所へと迷わず飛び込む。
 海の中は暗くてほとんどなにも見えない。手を伸ばして探ると彼の手に触れた。掴む。決して離さないように強く。
 そのままなんとか泳いで陸に戻ろうとするが、か弱い少女の力で男ひとり引っ張ってまともに泳げるはずもなく、慌てて飛び込んだせいか水も吸い込んでしまっていた。
 息が持たない。薄れゆく意識の中、身体が抱きしめられたような気がした。




 ふたりが沈んだ暗い海からも誰も浮き上がってくる気配がない。ララは呟く。

「実はものすごくダメージを受けていて泳ぐ力すら残っていない、なんてことないわよね」
「ねえな。気配が遠ざかってる」

 どうやらセイバーはマスターを連れて逃げたようだった。

「上陸先で待ち伏せできるかもしれないが、どうする?」

 問いかけるアサシンにララはかぶりを振った。
 岬が聖杯を目指すならいずれ戦うことにはなるが、いま戦う必要はララにも岬にも、もうない。
 岬の行動は考えなしで色々と問題はあったかもしれないが、なんの覚悟もない人間にできることじゃない。
 ララ自身も自分のしたいことがわかった。アサシンはいつの間にかいつもの格好に戻っていた。ララを見てニヤリとする。

「どうやらなにか掴んだようだな」
「うん、私やりたいことがわかったの。私の歌を聞いてくれる人を……」

 そこでふとアサシンの言葉を思い出した。

「ファンの人たちを守りたいの」

 アサシンはククッ、と笑う。

「いいな、いい。だがこの町でそれをやるのは容易じゃないぜ?」

 ララの家にはテレビもないので、この町のなにが起こっているかは知らない。
 だが聖杯戦争の舞台となったからには無事で済んではいないだろう。もう何人も死者が出ていてもおかしくない。
 守るということはその原因と成っている者たちと対峙するということだ。困難な道であることは間違いない。

「わかってる。だから……」

 ララひとりの力では絶対に達成できない。だけど、ここにもララを助けてくれる人がいる。

「だから……手伝ってくれる?」
「仰せのままに我が主」

 アサシンはわざとらしいほどに大仰な礼をした。

【B-3/倉庫街/一日目 夜】

【ララ@D.Gray-man】
[状態] 健康
[令呪]残り三画(イノセンスの埋め込まれた胸元に、十字架とその中心に飾られた花の形で)
[装備] なし
[道具] なし
[所持金] 劇場での給金(ある程度のまとまった額。ほとんど手つかず)、QUOカード5,000円分
[思考・状況]
基本行動方針:歌を聞いてくれる人たちを守る。
1.具体的にどうするかはアサシンと決める。
2.フェイト・テスタロッサが気になる。
[備考]
※「フェイト・テスタロッサ」の名前および顔、捕獲ミッションを確認しました。
※「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」の噂をアサシン経由で聴取しました。
 また、「さいはて町」「実体化していたサーヴァント(木原マサキ)」「シルクちゃん主従」の情報を得ました。


【アサシン(ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド)@黒博物館スプリンガルド】
[状態] 健康、魔力消費(中)スキル『阻まれた顔貌』発動中
[装備] バネ足ジャック(バラした状態でトランクに入っていますが、あくまで生前のイメージの具現であって、装着を念ずれば即座にバネ足ジャックに「戻れ」ます)
[道具] なし
[所持金]一般人として動き回るに不自由のない程度の金額
[思考・状況]
基本行動方針:マスター(ララ)のやりたいことに付き合う。
1.『町』にもう一度行く必要は……
2.『チェーンソー男』『包帯男』『さいはて町』に興味。
[備考]
中原岬&セイバー(勇者レイ)、シルクちゃん&ランサー(本多・忠勝)を確認しました。
※「フェイト・テスタロッサ」「バーサーカー(チェーンソー男)」及び「バーサーカー(ジェノサイド)」キャスター(木原マサキ)についてある程度知っています。
※さいはて町の存在を認知しました。町の地理、ダンジョンの位置も把握しました。
※さいはて町の番人、『チェーンソー殺人鬼』を確認しました。『チェーンソー男』との類似を考えていますが、違う点がある事もわかっています。
※さいはて町の入り口(D-3付近、C-4付近)を確認しました。もう一度行くと入り口があるかもしれませんし、ないかもしれません。
※『阻まれた顔貌』はさいはて町内、かつマスターもしくはサーヴァントの視認範囲に入ったときのみ逆効果に働きます。が、ある程度看破能力は必要かもしれません。

【D-3/海/一日目 夜】

中原岬@NHKにようこそ!】
[状態]魔力消費(小) セイバーに抱きかかえられている
[令呪]なし
[装備]なし
[道具]カッターナイフ
[所持金]あまり使えないんです。お世話になってるから。
[思考・状況]
基本行動方針:セイバーと一緒にいたい
0.気絶中
[備考]
※ララ、悪いカバ(まおうバラモス)を確認しました。魔術については実際に目にしましたが理解が及んでいません。


【セイバー(勇者レイ)@DRAGON QUEST IV 導かれし者たち】
[状態]魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:岬の傍に居る
1.どこかで岬の看病。
2.魔王を倒す必要がある……か?
3.できるだけ宝具の解放や長時間の戦闘は避けたい。
[備考]
※通常実体化した場合、村人のような格好(DQ4勇者のデフォ衣装)です。

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最終更新:2020年07月26日 21:14