テューポーンと酔っ払った状態で戦ってみた！ - ここだけ神の骸を巡るSFファンタジー@ウィキ

内容

今年の4月下旬に投稿された「テューポーンと酔っ払った状態で戦ってみた！」というタイトルの32分55秒ある完全無編集の動画。
某有名動画配信プラットフォームに突如として投稿されたもの。
再生回数は5000回と少し。高評価、低評価はともに非公開。
動画の投稿主のアカウント名は「パーンダヴァ」でチャンネル登録者数は21人。
チャンネルは2年前に開設されているがチャンネルの概要欄は空文、当動画以外は投稿されていない。

概要欄

【極機密調査記録: 第四期タルタロス調査隊第二特課・侵蝕域制圧班-A7EE】

とだけ書かれている。

本編

再生開始

「マイクテス、マイクテス。こちらユーディシア・イーゼンワース。階級コードはA7、第四期タルタロス調査隊第二特課・侵蝕域制圧班の封印制圧官です」

薄緑の長髪を低い位置で団子にまとめた女性、ユーディシア・イーゼンワースがビデオカメラに向けて語り始める。

「現在タルタロス神の骸第32層《礫殿(れきでん)》に到達。本記録は音声・映像・連携ログを第1層、第15層、並びに第30層に設置したビーコンと同期しています。これより当骸の探索と侵蝕域の再調査を開始します」

彼女がそう宣言した後カメラを骸の内観へ向けた。カメラは半透明な水色の結晶と血のような赤黒い枝管が至るところに絡みついた洞窟空間を写しており、まるで巨大生物の内臓の中のようだ。規則性の内曲線と脈動がうねうねと壁面に波打っている。地面には血管を彷彿とさせる管が走り、不定期的に鼓動しているように揺れ動いている。

「ギリシア神話におけるタルタロスは奈落の神であり、また奈落そのものだとされています。冥界の最深部に居たソレは牢獄の役割も担っており、当骸の第13層と第18層、および第21層で見かけた神獣の状態や発見された神話兵器、封印の術式からするに古代の言い伝えがそのまま骸の構造に反映されていると推測」

ユーディシアが淡白に語りながら歩き続ける。カメラはほとんどブレておらず、重心がしっかりとした歩き方は長年の経験で得た揺るぎなさと貫禄を醸し出している。

「……侵蝕域を目視で捕捉しました。磁場が不自然にねじ曲がっており、映像、音声ともに乱れが生ずる可能性アリ。侵蝕率、基準オーバー。フィルターレベルをCからBへ移行」

小さな鋭い音と共にユーディシアのガジェットが稼働する。彼女のガスマスクに似たような装備に青い光が走った。

「補足、侵蝕域に長期間滞在していると酩酊状態に似たような症状が現れます。感覚の混濁、時間の錯誤、短期間における記憶喪失、幻覚など。タルタロス調査隊内では《骸酔い》と称されている症状であり、調査隊の規定ではフィルターレベルA以上の場合を除いて侵蝕域での滞在は長くとも14分以内が限界です。14分を越した場合逐次フィルタリングを行う必要があり、可及的速やかに簡易拠点にて侵蝕症状の現れた部位への処置が必要となります」

赤黒さが一際色濃く、未解明の物質で構成された巨大な黒い刃が四方八方から生えている《侵蝕域》。濁った結晶は侵蝕の影響を受けてピキピキとひび割れ、粘着質な液体がヒビから垂れている。ユーディシアが足を置いた場所から粘着質な音が立ち、足を上げれば靴裏をわずかに引き剥がすような音。人のものか別の生物のものかすら今やわからないバラバラの白骨死体の数々に足を取られないように侵蝕域内を移動し始める。

「大気の湿度がおおよそ12％上昇。金属臭と甘い匂い、腐った匂いが入り乱れています」

ガスマスクを着用していても尚貫通してくる激臭。専用装備がなければ侵蝕域へ踏み込めば最後狂気に飲まれるだろうとユーディシアが続ける。

「……左足に軽い痺れ、反応速度が0.2秒遅延されると予測。四肢の痺れは骸酔いの初期症状です」

少し歩いたところで足に異変を覚えたユーディシアが冷静に呟くと同時に彼女の手元の端末が警告色を灯す。

「フィルターレベルをBからB+へ再調整。次の10分以内に対象区域の制圧を完了させます」

鼓動する枝管の上を慎重に渡り、侵蝕域の中点へと歩みを進める中何かが軋む音が響き渡る。ユーディシアは反射的にカメラとともに振り返ったがそこには何もいなかった。
その瞬間、手元の端末がピピッと警告音を鳴らした。

《侵蝕率に43.4％の上昇が確認されました》

機械音声が流れる。だがその音声を遮るかのように、頭上の天井、否、天蓋がぐちょりと蠢いた。結晶が鈍く明滅し赤黒い枝管が網目のように広がっていく。地面を走る管の鼓動が今までと逆方向へと波打ち始める。

「……脈動の逆流を確認。骸の傾向からして侵蝕された神獣の出現の前兆でしょう」

彼女の予測は正しかった。侵蝕域の中点の真上にある天蓋がどろどろに溶けてこぼれ落ち、その穴から巨大な浅黒い手のようなものが生えてきた。人の手に似た五指それぞれが巨大な角を思わせる節を持ち、爪先は黒曜石のように鋭く光っている。それも一本だけではなく、二本、四本、九本……数えるのも鬱陶しくなるような量が天蓋を突き破ってユーディシアの行く手を阻む。映像と音声両方にノイズが走りながらも、ズルズルと粘着質のあるなにかが地を這う音と巨大な黒い影が写っている。中心には顔に見えるただれた組織があり、そこには複数の赤い目が。奇妙なくらいに綺麗な水晶が全身を覆っている。埋め込まれたものなのか、元から体組織の一部か、体の一部が結晶化しているのかは定かではない。

「全長、目測で13メートル。侵蝕された《テューポーン》を発見しました。テューポーンの危険度はA+、タルタロス神の骸の他にもガイア神の骸の深部に生息しており、骸毎の個体同士に関連性はないとされています」

記憶の本棚からテューポーンについての記録を即座に引き抜いて彼女はそう語る。

「侵蝕の封印に取り掛かります」

ユーディシアが腰に吊るした装置を展開し起動スイッチを押す。青白い光が走り……手に握られたのは細身のエネルギーブレード、侵蝕域制圧班に支給された専用装備の一種だ。

「接近します。外殻、侵蝕部位、四肢を切断しながら核へ──

ブォン、と低く唸る音ともに最も近い一本の腕がユーディシアを襲う。太い杭のような四肢が彼女の脇腹を直撃する寸前滑るように回避したユーディシアはブレードを振り上げ腕の一本を両断した。切断面から黒い煙がもくもくと吹き出すと同時にユーディシアが目を覆いながら後方へ一旦退避。

「この煙が粘膜に触れると患部が焼けるような痛みを訴え、また吸い込むことにより極めて重度の骸酔いを誘発します。タルタロス神の骸を探索する際にはゴーグルやガスマスクを装備することを強く推奨」

戦闘中だというのに解説する余力すら残しているユーディシア。テューポーンが無数の腕や枝管を伸ばし彼女に襲いかかるも全てがブレードで片っ端から切り裂かれていく。何本もの枝管を束ねた太い一本が轢き潰しにかかればその場で跳躍して空中で体を捻り、枝管に着地するや否や斜めに切り抜けていく。冷や汗一つすらかかないままユーディシアがそのまま膝から滑り込むようにテューポーンへと急接近し、《核》がある部位へブレードを突き立てようとした瞬間……

「っ！」

ユーディシアを振り払うように全身を揺さぶりながら切り落とされた腕や枝管を勢いのままに潰していくと、黒煙が一瞬にして周囲に広がり始めた。ブツッといった音と同時に映像が一時的に途切れ、数十秒後に再開された。その間辛うじて機能していた録音機能も歪みの傾向を見せており、ユーディシアの小さな唸り声がノイズと混ざっていた。強烈な打撃音、地面が揺れる音、ユーディシアが液体を吐く音が記録されている。

「か、は……ふっ……う、フィルターレベルをB+からAに……引き上げます」

神経の痺れ、平衡感覚の喪失、何重もの幻覚。酷い酩酊状態に陥ったユーディシアにはそれしか出来なかった。煙により目を潰されたも同然な彼女の頭上にはテューポーンの無情な腕。
避けきれない。ここで終わる。
そう思った瞬間………彼女の胸元に埋め込まれた補助装置が作動した。
バシュッと高圧ガスのような音が鳴ると同時に青白い光が体内を逆流し、彼女の意識を強制的に“現実”へ引き戻した。神経に火花が走る。瞳孔が開き、心拍数が急激に上昇し……視界がクリアになった。骸酔いはまだ覚めきっていないが、テューポーンの腕をはね除けるべく即座にブレードを振るうことが出来るまでには回復した。

「っ……制御系統を臨戦モードに移行、封印に入ります！」

ブレードで腕を切り抜けた後数歩下がったユーディシアがそう宣言して手元の端末に触れる。目映い光と共に侵食用封印術式が強制展開された。地面に向かって数枚の結晶板を放り出すとそれらが空中で陣形を作り出し、中心から現れた何十もの光の縛鎖がテューポーンの全身に突き刺さり拘束していく。テューポーンが鎖を引きちぎらんと身を捩ったり引き抜こうと抵抗している間、ブレードが空間を裂きながら閃光を放つ。斬撃と共に封印陣が空中に描かれ、敵の動きがその一瞬止まった。

「はあっ！」

テューポーンの核心部にブレードを突き刺し全ての封印術式を起動させる。ズン、という空間が揺れるような振動と共に、テューポーンの全身に鎖を模したのような光が走り、神獣が倒れ込み……そして完全に動きを止めた。

「……タルタロス神の骸第32層《礫殿(れきでん)》にて出現した侵蝕済みテューポーンの封印を完了しました。当個体の封印により周囲の侵蝕率は21.2%低下。侵蝕域の封印に取りかかります」

骸酔いが収まっていないからか足元はふらふらとしているが、それでもユーディシアがテューポーンに阻まれていた侵蝕域の中点(核)にブレードを突き刺す。すると周囲に青白い光が迸り、しばらくすると周囲と比べて異質だった区間の状態が周囲のそれと同化していく。

「ゲホッ……侵蝕域を一つ浄化しました。以降の記録は不要と判断し、これにて同期ログを終了します。ビーコン内のデータは予定通り48時間以内に回収、本部に転送した後削除予定です」

自律飛行していたビデオカメラを呼び戻したユーディシアがそう告げたところで動画は終了した。