【0】


 見知らぬ部屋のベッドの上で、少女は目覚める。
 天井をじっと見つめても、此処がどこだか見当もつかない。
 そもそも、自分がどうしてこんな場所にいるのかさえ不明瞭だ。
 眠りに就く前の記憶さえ、曖昧なままになっている始末である。

 この部屋でじっとしているべきではない。
 早く此処から脱出しなければ、恐ろしい事が起こるのではないか。
 直感的にそう判断した少女は、小奇麗なままのベッドから降りようとする。

 そうして上半身を起こして、初めて気付いた。
 少女の視線の先にあったのは、一丁の拳銃と空の薬莢。
 そしてその傍では、全く見覚えのない風袋の男が斃れていた。
 男が目覚める気配はない。ただ徒に血で床を汚すばかりである。

 その時、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。
 何者かが自分がいる部屋に入り込もうとしているのだ。
 窓さえ見当たらないこの空間から、どうやって逃げればいい。

 男を撃ち殺したであろう拳銃を手に取り、ドアに向ける。
 拳銃にはまだ数発弾丸が残っており、いつでも発砲できる状態だ。
 来訪者への対処法は、今はこれしか思い浮かばなかった。

 足音がこちらに迫って来る。
 拳銃を握る手に汗が滲み出る。

 足音の大きさに比例して、心臓の鼓動も大きくなってくる。
 息の詰まる様な状況に、手にした拳銃の標準がブレ始める。

 やがて、足音が止まる。一瞬の静寂が流れ、ドアが開け放たれる。
 少女の眼に飛び込んできたのは、こちらに襲い掛かる化物の姿で――。



【1】



 ヤモヤモ、という慌てふためいた声で、ヤモト・コキは覚醒する。
 視界に最初に映ったのは、声色と同様に慌てた様子のランサーの姿。
 直前の悪夢の様な、化物の姿など影も形も見当たらない。

「大丈夫だったヤモヤモ?凄くうなされてたけど」

 額に付着する冷や汗を手で拭いながら、大丈夫と答える。
 何てことは無い。単に過去を脚色した悪夢を見ていただけだ。

 過去とは、自分が記憶を取り戻した直後の出来事。
 あの夢と同様に、自分はベッドの上で目覚め、そして死体と遭遇したのだ。
 当時は悪夢とは違って部屋に窓があったので、拳銃を握る事は無かったのだが。

 世間一般では、ヤモトは<令嬢>総帥の息子殺しの罪で追われる罪人だ。
 だが、彼女は自分がその青年を殺した記憶など全くないのである。
 眠りから覚めた頃には死んでいたのだから、そもそも殺しようがない。
 眠りながら人を殺す、なんて技術がヤモトにあれば、話は別なのだが。

 が、真犯人が捕まらない限りは、ヤモトは追われる身のままだ。
 逃亡生活には慣れているが、やはり罪人扱いされるのは不愉快であった。

 当然ながら、真っ当な宿にさえ泊まれない以上、野宿を強いられる羽目になる。
 ヤモトが眠りに就いた場所は、そう背の高くない雑居ビルの屋上である。
 夜風が身に染みるが、ここならば追手が来る事はまずないだろう。
 常人の三倍の身体能力を誇るヤモトだからこそ辿り着ける、絶好の隠れ場所と言えた。

 主の無事を知り一安心するランサーに改めて目を向けてみる。
 彼女は何処から持ってきたのか、両腕に衣服を抱えていた。

「ランサーさん、それは?」
「あ、そうそう。これをヤモヤモにあげないといけないんだった」

 そう言ってランサーは、抱えていた衣服の一式をヤモトに渡してきた。
 今のヤモトが着ている様な薄汚れたものではなく、新品同然の代物だ。
 新たな衣装の登場に、ヤモトは困惑交じりの視線をランサーに向ける。

「ヤモヤモの服はちょっと目立つから、衣替えすればちょっとは気付かれないかなー、って」

 ランサーの言う通り、今のヤモトの格好は多くの者に知れ渡っている。
 別段派手という訳でもないが、しかしこの服を着ているのはゴッサムでもヤモトくらいだ。
 そんな服を着て出歩くというのは、自分の名前を叫びながら走り回るようなものである。
 服を変えて少しでも特徴を隠すという手段は、たしかに有用と言えた。

「でもランサー=サン、こんな物どこから……」
「ふふーん、トップシークレットだよ~」

 そう言って、ランサーは口元に人差し指を当ててみた。
 彼女は秘密にしているが、恐らくこの服は盗品なのだろう。
 そうでなければ、一文無しのランサーがこんな服など調達できる訳がない。

 瞬間、ヤモトの胸中に生まれるのは罪悪感であった。
 ランサーは主君を護る為だけに、わざわざ窃盗まで行っているのだ。
 自分より背丈が低く、表情にも子供らしさが残る少女だというのに。
 ヤモトは、そんな彼女に助けられてばかりいるではないか。

 身の内に秘めたニンジャの力、それを振るう事を躊躇い。
 小さなサーヴァント一人に頼りきって、自分は何もしないでいる。

「……ごめん、わざわざこんな事」
「いいよいいよ~、マスターを護るのがサーヴァントの務めなんだから」
「それでも、ごめん」

 頭を垂れて、ヤモトはそう呟いた。
 何もしてない自分が情けなくて、目の前の少女に見せる顔が無い。
 当のランサーは、そんなヤモトの様子を察したのか、

「……優しいね、ヤモヤモは」

 ヤモトが頭を少し上げ、地に注がれた視線をランサーに向けてみると。
 やはりと言うべきか、彼女は朗らかな笑みを浮かべたままだった。
 見ていて胸が痛くなる程優しい、小さな少女の笑顔。

「でもいいんだよ。ヤモヤモがそう言ってくれるだけで、私は十分幸せだから」

 それに、ヤモヤモが戦うべきじゃないってのはホントだしね。
 続けざまのランサーのその一言は、理にかなったものである。

 ランサーから見ても、ヤモト・コキは超常の存在だ。
 何しろ彼女は、ニンジャソウルという神秘そのものを身の内に抱えているのである。
 それは即ち、ヤモトがサーヴァントに匹敵する神秘を有している事に他ならない。

 ヤモトがニンジャとして戦えば、サーヴァントに傷を与える事さえ可能だろう。
 彼女に宿ったニンジャソウルとは、それほど驚異的な存在なのだ。
 まさにヤモト・コキという存在そのものが、現存する宝具同然とも言っていい。

 だが、強大な力はそれに見合ったデメリットが伴う。
 宝具同然の能力を行使して、何の残り香も残さない訳が無い。
 表面化したニンジャソウル、それを嗅ぎ付けるサーヴァントがいないとどうして言えようか?

 つまり、ヤモトがニンジャとしての力を振るえば振るう程。
 他のサーヴァントをおびき寄せ、襲撃されるリスクが付いてくるのだ。

 だからこそ、ヤモトは戦うべきではない。
 そんな事くらい、他でもないヤモト自身がよく分かっているのだ。
 だが、頭で理解するのと感情で納得するのは別の話である。

 腰に携えた日本刀の柄に、無意識の内に触れていた。
 ウバステと呼ばれるそれは、大切な人から譲り受けた一振りの刀。
 見てくれはただの日本刀でも、ヤモトにとっては大切な宝の一つ。

 もしかしたら、聖杯戦争など夢物語でしかないのかもしれない。
 次に目が覚めた時には、ネオサイタマに戻ってきているのではないか。
 眠りに落ちる寸前まで、ヤモトはそんな憶測に縋りついていた。

 しかし、そんな都合の良い幻想は、意識の覚醒と共に打ち砕かれる。
 目覚めたヤモトの周囲を取り囲んでいたのは、ゴッサムの淀んだ空気であった。
 息を吸って、吐いて、やはり夢ではないのだと認識する。
 自分は指名手配犯で、同時に聖杯戦争のプレイヤーの一人なのだ。

 これからは、ランサーと共に聖杯戦争を生き延びなければならない。
 親友も師匠もいない世界を、相棒と共に駆け抜ける他ないのだ。
 手伝う女も男ももういない。この場でヤモトを受け入れてくれるのはランサーだけ。

 ヤモト自身、出来る事なら戦わずにゴッサムから抜け出したいと考えている。
 だがその道中、止むおえず他の主従と戦う場面にも遭遇するだろう。
 そしてその時こそが、ランサーが全力で力を振るう時なのだろう。

 ランサーは、ニンジャの力を使うべきではないと話していた。
 だが、もし彼女一人の力でどうする事も出来ないのであれば――。

 ウバステがまた、ヤモトの身体と一緒に小さく震えた。




【UPTOWN BAY SIDE/一日目 午前】

【ヤモト・コキ@ニンジャスレイヤー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ウバステ
[道具]着替え
[所持金]極貧
[思考・状況]
基本:生き延びる。
 1.可能な限り戦いを避ける。
 2.ランサーを闘わせたくないが……。
[備考]
※<令嬢>の社長の息子を殺した罪で追われています。
※ニンジャソウルを宿している為、攻撃に神秘が付加されています。
※着替えの詳細は次の書き手に一任します。

乃木園子@鷲尾須美は勇者である】
[状態]健康
[装備]無銘・槍
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:ヤモヤモ(ヤモト)を元の世界に帰す。
 1.ヤモヤモに従う。
 2.できればヤモヤモを戦わせたくない。
[備考]
※特筆事項無し



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ランサー(乃木園子)



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最終更新:2015年11月19日 12:25