公務員の朝は早い。
朝靄漂う街中を、ディック・グレイソンは警察署に向けて歩いていた。
白い息を吐きながら、見慣れた筈の街の景色に眼を向ける。

(基本的な街の作りはそこまで変わっていないっていうのに)

警察署へと向かう通りの街並みも、そこに立ち並ぶ店々も、本来のゴッサムとは寸分も変わらない。
だがよく見知った筈のこの街は、様々な異物を内包していた。

ユグドラシル・コーポレーションの広告が視界に映る。
ウェイン・エンタープライズと双璧を成す企業。
そんな企業が存在する事を
ディックは知らない。

それだけではない。
犬養舜二という日本人を首魁とした自警集団、グラスホッパー。
街で曲が流れない時がないほどの人気を博す歌姫シェリル・ノーム
橋を破壊するという大事件や<<令嬢>>の御曹司殺害事件から重要参考人として逮捕命令が出された少女、ヤモト・コキ
日本よりやってきた法界の麒麟児、御剣怜侍
アメリカの市長選に日本人による異例の出馬表明をはたした広川剛志
彼の耳に入ってくるのは元のゴッサムでは聞き覚えのなかった名前や名称ばかり。
それは逆に言えば参加者達が聖杯戦争を戦う為に必要だとされ、このゴッサムシティに無理矢理捩じ込まれた舞台装置なのではないかとディックは考えていた。
(だが、こうも多いとどれから手をつけるべきかわからないな)

異物の規模が大きすぎた。

目立つものだけでもユグドラシルコーポレーションと346プロという日本の大企業、そして警察ですら無視できない規模に広がったグラスホッパーに広川の持つ財政界のコネクション。
その全てを洗いだし、マスターの目星をつけるのは一介の警察官である彼だけでは当然手が足りない。

(おまけに、騒がしいのは表だけじゃない)

街頭のテレビから巷を騒がす連続殺人と、その被害を止めることが出来ない警察への糾弾が流れる。
連続殺人ばかりではない、高層ホテルで起きた破壊事件、港で起きた火事と殺人事件、路地裏で起きた不自然な爆破事故。
犯罪が横行するこの街で起きたあまりにも不可解な事件にもディックは聖杯戦争の臭いを嗅ぎとっていた。
だが、悲しいかな。彼は公僕であり、公務に忠実であることが求められる。勝手な捜査などが許されるわけではない。
加えてゴッサム市警にも自分以外に聖杯戦争の参加者が紛れている可能性を考慮すると目立つ行動はできなかった。
出来た事といえばアニーに頼んで情報収集をしてもらうことと、夜な夜なナイトウィングの装束を纏い自警の真似事をしていたくらいだ。

(ブルース、君だったらこんな時にどうするんだろうね)

友人であり、家族であり、相棒でもあった男の事を思い出す。
遠目に見えてきたゴッサム市警本部ビルの屋上へと視線を向ける。
夜空に蝙蝠のマークを映し出すシグナルは、単なるサーチライトへと置き換わっていた。
この街は紛れもなくゴッサムであったが、そこに彼の知るゴッサムの痕跡は殆どなかった。

ティム・ドレイクは友人だった。だが、彼はレッドロビンではない。
バーバラ・ゴードンは五体満足の姿だった。勿論、オラクルでも、バットガールでもある筈がない。
ジム・ゴードンとハービー・ブロックスは彼の上司であり、ディックの知る本人と同様に正常な正義感と倫理観を持つ人物であったが、バットマンの事は知らなかった。
ウェインエンタープライズはある。ブルースの邸宅もある。だが、ブルース・ウェインと彼の息子であるダミアン・ウェイン、そして執事であるアルフレッドの所在は確認できなかった。

世間を騒がす裏社会の悪党どもの中にジョーカーもトゥー・フェイスもキャットウーマンもリドラーもベインもスケアクロウの名も聞かない。
ヴィラン達の中でペンギンだけは唯一存在が確認できたが、彼の知るペンギンとは異なる姿ーー悪く言えばより醜悪な容姿でーーをしており、加えて悲しい過去をバネに市長選へと出馬するという別人になっていた。
試しにディックの知るペンギンが経営していたアイスバーグラウンジへと足を運んだが、そこは別の人間がオーナーを務めていた。

ディックはまるで世界の中に自分だけが取り残されたような錯覚を覚える。
これではバットマンがいたゴッサムを知る自分の方がまるで異物のようだ。
そんなディックにとって、この頃巷を騒がす一つの噂は様々な意味で衝撃だった。
闇夜に紛れ悪党を始末する、コートにマスク姿の怪人と赤いマスクにジャケットを羽織った怪人の噂。
グラスホッパーの名に隠れがちではあるが、悪党に対して一片たりとも慈悲を見せない冷酷な処刑者達として、その存在は囁かれていた。

コートにマスク姿で悪党を始末して回る怪人という言葉にクエスチョンと呼ばれていた一人のヴィジランテ(自警団)の姿を思い出す。
そしてもう一人、赤いマスクにジャケット姿の怪人という存在はディックにとって一人の人物を強く連想させた。
その怪人の中身が知り合いである確証はなく、そもそもその怪人がディックの想定しているそれと異なるものかもしれない。
だが、ディックはその怪人が彼の知る人物であるという可能性を捨てきれなかった。
この別物のゴッサムで、本来のゴッサムの記憶を共有できるかもしれない存在を無意識下で求めてしまっていた。

元の世界のディックの知り合いでブルースとダミアン、アルフレッド以外に、一人だけ所在が掴めない男がいた。
二人目のロビン。
ヴィランでありヴィジランテでもある危険人物、レッドフード
その正体はジェイソン・トッドという一人の青年。
悪党に慈悲を見せない私刑者、そして赤い覆面。
それはまさにディックの知るジェイソン、いや、レッドフードの特徴と同じだった。

(ジェイソン、君もここにいるのか……?)

虚空を見上げる。
もし、ジェイソンがディックの知るジェイソン本人であってくれたなら。
今の自分を見て何を思うだろうか。
バットマンのいないこの街で何を考えているのだろうか。
そして、彼には聖杯に託す明確な望みがあるのだろうか。
道化の笑い声が記憶の底から甦る。
少なくとも、ジェイソンが聖杯に縋るに足る願いがあることを、ディックは知っている。

凍えそうな程に冷たい風が頬を撫で、思考の海に浸かっていたディックを強制的に現実へと引き戻す。

(アニー、聞こえているかい?)
(はい、聞こえています)

念話でアニーへと話しかける。
初めて出会ってから"準備"と称してアーチャーはどこかへと雲隠れし、連絡がつかない。
念話での会話も試みたが、どのような術を使ったのか相手先がアニーに変えられており基本的なやりとりは全てアニーと行うようになっていた。
一抹の不信感が生じ、アニーにその事を打ち明けたが、普段は冷静なアニーが珍しく語気を強めて自身への背信を否定した事で一先ずは信用する事を決めた。

(もうそろそろで勤務に入る、何かあればいつも通りに)
(承知しました)

念話を切る。
アニーは優秀だった。
バーバラやアルフレッド、ティムといったサポーターを失ったディックがナイトウイングとして活動できているのは彼女の助力のお陰だ。
今は専ら警察官のディックが気軽に赴けない施設や地域での調査を受け持ってもらっている。
例えば、今日ならばハイスクールの周辺だ。
学生の中に仮にマスターがいたとして、警察官である彼が職務中に学生達のひしめくハイスクールに足を運ぶ訳にもいかない。
表のロールによる制約で生じた穴を、アニーは見事に埋めてくれていた。

「……今日は随分と冷えるな」

そう言って身震いを1つする。
数多の仲間に支えられてきた男は、孤独な背中を丸めてゴッサム市警本部ビルに向けて足を進めていく。
その姿はどこか不安げで、弱々しかった。

【MIDTOWN COBRA PT/1日目 午前】

【ディック・グレイソン@バットマン】
[状態]精神的披露(小)
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]5千円程度
[思考・状況]
基本:街の治安を守る
1.昼は警官としての職務をこなし、夜はナイトウィングとして自警活動を行う
2.赤いマスクの怪人に強い興味
3.元のゴッサムシティには存在しなかった企業・団体等を調査して聖杯戦争の参加者を割り出す
4.街や知人にバットマンに関する記憶、痕跡が一切ない状況に困惑と動揺
[備考]
ロールシャッハの噂(コートとマスクの怪人)から彼がクエスチョン@DCコミックスである可能性を考慮しています
※レッドフードの噂(赤いマスクの怪人)から彼がジェイソン・トッドである可能性を考察しています
※令呪は右手の甲に存在します

ジョン・『プルートー』・スミス@カンピオーネ!】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本:ディックのやりたい事に協力する
1.アニーの状態でハイスクールに他の主従の痕跡がないか調査する



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アーチャー(ジョン・『プルートー』・スミス) 039:弓兵、学び舎にて黒飛蝗の美醜を垣間見る

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最終更新:2016年05月19日 22:25