気に食わない。
苛立たしい。
虫酸が走る。

真紅の外殻に身を包んだ騎士は、摩天楼の屋上から衆愚の街を見下ろしていた。
あの時と全く変わらぬ―――否、あの時よりも目障りな文明が視界に広がっている。
ゴッサムシティの規模はあの沢芽市をもゆうに上回っている。
都市としての機能においても、人口においても、経済においても。
間違いなく大都市の部類に入るだろう。
ウェイン社を筆頭とする大企業が街の発展に貢献しているのだから。
陰で弱者が貧困に喘ぎ、数々の悪党が蠢くという闇を抱えながら、街は成長を続けている。

しかし、真紅の騎士はそんな人間の文明に感心など抱かない。
所詮は自分たちより劣る猿共が作り出したモノ。
人間達の社会の営みなど、彼にとっては『ままごと』にも等しい。

聳え立つビル群も、彼の目には猿共の墓標にしか映らない。
街を行き交う人々も、彼の目には鬱陶しい蟻の群れにしか見えない。
かつて力に溺れ、文明を滅ぼした彼は社会なぞに興味を持たない。

猿共の争いの場へと強制的に呼び寄せられ、下等な猿共の都市に放り出され、剰えあの蛇の従者として使役される。
彼にとってこれ以上に苛立たしいことがあるだろうか。

真紅の騎士は思う。
確かに自分はあの蛇の使い魔として召還された。
されど、魂まで蛇に売り飛ばすつもりなど毛頭無い。
幸いあの蛇には自分を支配する能力はないらしい。
奴はあくまで聖杯戦争の監視者であって、聖杯戦争の支配者ではない。
故に、我々の行動に制約を与えることはできない―――と。



(蛇と言エど所詮ハ傍観者、我らフェムシンムを支配デキヌ存在)



ふん、と真紅の騎士は内心で『蛇』を嘲笑う。
禁断の果実を与えられる超越者を気取っているつもりなのかもしれないが、所詮は自分では何もできぬ腰抜けだ。
果実に関わらず、我らフェムシンムは元より選ばれた存在なのだ。
森の支配を乗り越えられたのも、己の実力によるものだ。
傲慢な真紅の騎士は内心でそう思いつつ、剣を握りしめる右手の力を強める。



(ダカらこそ、腹立たシイ…!)



そんな蛇の使い魔として召喚されている現状が、何よりも苛立たしい。
己は強者だ。フェムシンムは万物の頂点に立つ存在だ。
それが、今はあの蛇の使い走りだ。
自分は盤上で踊らされるだけの駒か。
所詮は蛇に良いように利用されるだけの尖兵か。
くだらない。気に喰わない、不愉快だ。

まずは、この苛立ちを晴らさねばならない。
そう思った真紅の騎士が感じ取ったのは、一つの『魔力の気配』だった。


◆◆◆◆



ヤモト・コキはランサーから渡された着替えを身に纏い、街へと出歩いていた。
用意されたのは質素ながら暖かな冬服一式だ。
毛糸の帽子、厚着のセーター、シンプルなジーンズ。
それらの衣服と同時に、ヤモトは変装用の伊達眼鏡まで渡されていた。
服装だけでなく、人相の特徴も変えるべきだとランサーは考えたのだろう。
従者の気遣いに感謝を覚えつつ、彼女は慣れぬ伊達眼鏡を掛けて街を往く。

白い吐息を吐き、ヤモトは市街地の歩道を歩きながら周囲の様子を伺う。
街を行き交う人々がヤモトを見て驚愕する様子は無い。
彼女が指名手配犯であると気付いていないのか、あるいは空似か何かとしか思っていないのか。
ともかく、ヤモトに対する反応をする者は今の時点では見受けられなかった。
彼女自身、可能な限り目立たぬ様に振る舞っている――――つもりだ。
ただ街を歩くだけでも緊張が解けない。気が抜けない。
以前とまるで変わらない逃亡生活だ。
そんな日々にさえ慣れてしまったのが、どこか悲しく感じる。


空に浮かぶ太陽を、ヤモトはゆっくりと見上げる。
呆れ返るほどの晴天、快晴。
地上は爽やかな日差しに照らされている。
煩わしささえ感じてしまう光を、自然と片腕で遮ってしまう。


(ネオサイタマとは、大違い)


空を見上げ、ヤモトはふとそんなことを思う。
近未来都市ネオサイタマ。
聖杯戦争に召喚される前、ヤモトが暮らしていた街。
キョートから引っ越し、ハイスクールに通い、ニンジャとなり。
紆余曲折の末に逃亡生活を繰り広げていた舞台。
あの街の空は黒い雲に覆われ、酸性雨が降り注ぐことも珍しくはなかった。

だが、この街は違う。
あのマッポーの世界のように空は闇に覆われていない。
死の雨が日常のように降り注ぐことはない。
そして、ニンジャもこの街には存在していない。

とはいえ社会の裏に巣食う闇は、どちらもそうは変わらないらしい。
この街にはマフィア等の犯罪者が蔓延り、幅を利かせている。
マフィアの構成員一人の殺害でここまで執拗に追われているのだ。
その上警察からもマフィアからも追われ、手配書すらも発行されている。
その現状を鑑みれば、両者が結託していることは確実と言えるだろう。
犯罪者と法の番人が手を結ぶ――――洒落にもならない話だ。

彼らからの逃亡生活を続けて、どれほどの日数が経ったのかも解らない。
マスターとしての記憶を取り戻す前から逃げ続けていたことだけは理解している。
一週間か。一ヶ月か。あるいは、もっと長いのか。
ヤモトには解らない。思い出そうとしても、記憶が曖昧なままだ。


(…このまま、どこへ行こうかな)


己の現状を振り返った後、ヤモトは心中で不安げに呟く。
どこかへ逃げ込む宛てなど無い。
ゴッサムシティという社会そのものが自分の敵なのだから。
自分はこの『街』に追われている身だ。
絶望的な状況下で、自分は生きなければならない。
敵は有力なマフィア、国家権力たる警察――――そしてサーヴァントとそのマスター。
通達によれば、自分達以外にも20以上の主従が存在するという。
更にルールを外れて暴れ回るサーヴァントが現れたという話も出てきた。
ある意味、ネオサイタマでの逃亡生活以上に過酷な境遇だ。
此処から先、逃げる場所はあるのだろうか。
不安が胸の内に込み上げる。

されど、ヤモト・コキはニンジャである。

その気になれば理不尽な暴力に立ち向かえる力がある。
マフィアや警察程度のモータルならば一網打尽に出来るカラテがある。
にも関わらず、何故彼女は戦わないのか。
それはランサーから『普通の女の子として振る舞うべき』という提案を受けたから。

逃亡犯という最悪の役割を宛てがわれたヤモト。
それに対し、警察やマフィアなどの権力を持つ者の役割を宛てがわれたマスターが存在するかもしれない。
その相手からヤモトがマスターであると露呈した場合、一方的に攻撃される危険性がある。
更にニンジャとしての力は神秘が籠っており、他の主従から魔力の如く察知されるかもしれない。
故にヤモトはニンジャとしての力を行使せず、一般人として振る舞った方が過剰な警戒をされにくい。
ランサーのそれらの提案を聞き入れ、ヤモトは『ただの少女』として振る舞うことを決めた。

しかし、その分の負担を背負うのは誰か。
間違い無くランサーだ。
彼女はヤモトの為に衣服や飲食品などのモノを盗んでいた。
更に戦いにおいても一身に引き受ける意志を示していた。
小さな少女の姿をしたサーヴァントに、様々な面でヤモトは頼り切っている。
その事実にヤモトは申し訳なさと罪悪感を感じる。



《ねえ、ヤモヤモ》



思考の最中、唐突に頭の中で念話の声が響く。
今まさに思っていた人物、ランサー――――乃木園子だ。
霊体化した状態で語り掛けてきているのだろう。


《…どうしたの?》
《今すぐ南へ逃げた方が良さそうだね~。
 ヤモヤモがいる所より北の方角から、魔力の気配が感じられたんだ》


ランサーが感じ取った魔力の気配。
恐らく、サーヴァントの存在が現れたということだろう。
その報告を聞き、心中で僅かに動揺したヤモトは問う。


《それって、サーヴァントだよね》
《多分ね~。それも二つ、魔力そのものも割と大きめかな。
 サーヴァント同士が接触しているんだと思うよ~》


普段通りの調子でランサーはそう答える。
ヤモトはニンジャとしての力を使わず、一般人として振る舞う方針だ。
その為には極力戦闘を避ける必要がある。
ランサーはそのことを考慮して、魔力の気配から少しでも離れることを進言したのだろう。


《ランサー=サンは…どうするの?》
《ちょっと様子を見に行くかな~。他のサーヴァントのことも知っておきたいしね~》
《…大丈夫、ランサー=サン?》
《だいじょぶだいじょぶ、出来るだけ上手くやるつもりだしさ~。
 それに、もしもの時は戦うことだって出来るしね》


そう答えるランサーの表情は見えない。
恐らく、彼女は―――――戦う覚悟をしているのだろう。
マスターであるヤモトを逃がし、一人で聖杯戦争という戦場に身を投じるつもりなのだ。
ヤモトはギュッと拳を握りしめ、微かながら苦い表情を浮かべる。
無力に振る舞うことが得策であるということは、ヤモトも解っている。
だが、このままランサーに任せきりでいいのだろうか。
相棒が戦い続けている中で、一人で隠れ潜んでいるだけでいいのだろうか。
ヤモトが普通の少女として振る舞う中で、ランサー一人が傷を負い、苦しむのだ。


《その…》
《じゃあ、行ってくるよ~。ヤモヤモは出来るだけこの地区から離れてね。
 あ、それと…後で私も魔力を探ってヤモヤモのこと追い掛けるから安心してね~》


そう告げたランサーとの念話が途切れるのを感じ取れた。
あ、と何かを言おうとしたが、ヤモトの言葉は出ず。
少女は一人、その場に立ち尽くす。
ランサーは一人で行ってしまった。
二体のサーヴァントの気配を追って、たった一人でそちらへと向かった。


――――自分に出来ることとは、一体なんなのだろうか。


ふと、ヤモトはそんなことを思う。
戦う術を持つ自分なら、ランサーの手助けくらい出来るのではないのか。
シ・ニンジャの憑依者としての力を行使すれば。
ランサーを―――――あの子を助けることくらい出来るのではないのか。
不器用な少女は、それしか思い浮かばなかった。
戦うことを運命づけられたヤモトは、戦い以外の助力の方法を浮かべることが出来ない。


(…アタイが着いていった所で、足手纏いになるだけだ)


そう自分に言い聞かせて、ヤモトは街を進む。
相手はサーヴァント。文字通り、超級の存在。
そんな相手に太刀打ち出来るかも解らない。
それに、ランサーはヤモトに「戦わない方がいい」と言っていた。
彼女からの忠告を破りたくはないし、今は彼女を信じるしか無い。
どこか陰を背負った顔を俯かせ、南へと向かっていく。
少女の往くべき道は、未だ見つからない。


◆◆◆◆



ランサーのサーヴァント、ウルキオラ・シファー
虚無の如き白は、摩天楼を跳躍していた。
彼が探っているのは『魔力』。
強大で、はっきりと浮かび上がっている魔力の気配。
魔力感知の能力である『探査回路』によってそれを探り当てたのだ。


恐らく相手も彼の存在に気付いているのだろう。
魔力の気配は引かれ合う様に、次第にウルキオラの方へと接近してきている。


マスターであるシェリル・ノームからもウルキオラ自身の裁量で判断する許可は得ている。
通達で告げられた様な外道であれば、倒しても構わない。
そうでなければ、ウルキオラの判断に任せると。

魔力の気配は一直線にこちらへと突撃してきている。
その動きに迷いは感じられない。
それどころか、まるで他のサーヴァントの存在を待ちわびていたかの様だ。
気配の主は躊躇も迷いも無く、迫り来る。
ウルキオラ・シファーを目指し、直進してきている。

ウルキオラは思考する。
相手が好戦的な参加者である可能性は高いだろうと。
先に述べた通り、魔力の動きに余りにも迷いが無い。
こちらへと猛進していると言っても差し支え無いレベルだ。
自分の様に他の参加者との接触を目的としている相手ならまだいい。
しかし、恐らく違うだろう。
そうだとすれば慎重さに欠けているとしか言い様が無い。
自分が一定の距離まで近付いた途端、相手――魔力の気配の主――は即座にこちらへと方向転換して接近を始めたのだから。
相手がこちらの存在に気付いた瞬間、何の躊躇いも無く一直線に接近を試みてきたのだ。
その動きは―――――獲物を見つけ、それを追い立てんとする獣のようだと思わざるを得ない。


(恐らくは、好戦的な相手か)


故にウルキオラは己の中でそう見切りをつける。
恐らく、この先に待ち構えているのは戦闘。
もしも『敵』が強者ならば、少なからず魔力を浪費することになるだろう。
先ほどまでの雑魚ならばまだしも、三騎士級のサーヴァントが相手となれば力を抑えた状態で渡り合うのは難しいだろう。
場合によっては『虚閃』等の使用、そして宝具の解放が必要となることが予想される。
自分には単独行動スキルが存在する。魔力のないマスターと言えど、ある程度の魔力運用は自家発電で可能だ。
しかし、それもどこまで保つか。魔力切れによる消滅は避ける必要がある。
宝具などの使い所は慎重に見極めるべきだろう。

しかし、危機と判断した場合には――迷わず使うつもりだ。
それを使わなければ生き残れないと判断した際には、己の裁量でそれを解放する。
勝てばいい。魔力が底を尽きるよりも先に、勝てば無問題なのだから。
ウルキオラはそう思考する。




――――――絶対帰ってきなさい。




彼はマスターからそう命じられたのだ。
あの時は何も答えなかったが、ウルキオラは彼女の『命令』を聞き届けていた。
例え敵と相対したとしてもウルキオラは生きて帰らねばならない。


迫り来る魔力の塊へと接近し続けた果てに。
ウルキオラは、高層ビルの屋上に取り付けられたヘリポートへと降り立つ。
二つの眼でゆっくりと周囲を観測し、彼は『それ』の存在を確認する。
先程から察知していた魔力の主を、視界に捉える。


「…サーヴァントか」


ウルキオラは静かに呟く。
仁王立ちする彼の視線の先に降り立った存在。
それは、異形の剣士だった。
奇怪な風貌をした、紅い化物だった。


真紅色の肉体。
甲冑を纏った騎士を思わせる風貌。
鋭い刃を持つ両手剣。
殺意を宿した金色の瞳。
その姿は彼がヒトとは全く異なる異質の存在であることを物語る。


(否――――違う)


前方に立つ異形の存在の魔力を感じ取り、ウルキオラは己の考えを改める。
あの騎士は、あの怪物や使い魔どもよりも遥かに強大な魔力を備えている。
それ故にサーヴァントと認識していた。

だが―――――違う。何かが異様だ。

魔力の感覚が、身に纏う雰囲気が、サーヴァントの物とはどこか異なっている。
確かにサーヴァントのような魔力を感知できる。
しかし、本質的には別の存在であると彼の思考は認識している。
この感覚には、覚えがある。
あの路地で見つけた『植物の怪物』だ。


「寧ろ…あの怪物に近いか」


その魔力は怪物の比にもならぬほど大きい。
しかし、余りにも近しい。
目の前の騎士が纏う魔力は、あの怪物と近しいのだ。
ウルキオラはそれを察知し、心中で思う。
この真紅の怪物は、一体何者だ。



「猿ノ従者か…丁度イイ、憂さ晴ラシの相手を探シテいた所ダ…!」



真紅の騎士――――フェムシンムが一人、デェムシュ。
彼は声を荒らげながら、睨む様にウルキオラを見据えた。
二十数メートル前後の距離を開け、二人の『人外』が睨み合う。


「……やはり、な」


デェムシュの言葉を聞き、ウルキオラは悟ったよう呟く。
ウルキオラは既に理解していた。
鋭い魔力の気配、そして殺意に満ちた瞳から、彼は感じ取っていた。
この怪物は、初めから言葉を通わせるつもりは無いということを。
人間の様な『心』など持ち合わせぬ、化物に過ぎないということを。
つまり、初めから己の敵として相対してきている――――――




ドッ、とデェムシュの足下のヘリポートの台座に亀裂が入る。
勢いよく床を蹴り、その場から瞬時に駆け出したのだ。
その一瞬で、デェムシュはウルキオラとの間合いを詰める。




「―――――!」



目を見開き――――――瞬時に斬魄刀を防御体勢で構える。
瞬間、叩き込まれたのは凄まじい衝撃。
両手剣による一撃が斬魄刀を襲ったのだ。
ウルキオラは衝撃によって後方へと吹き飛ばされ、ヘリポートから足を踏み外しそうになる。
しかし何とか体勢を立て直し、かろうじて着地に成功した。


「叩き潰ス――――ッ!!!」


間髪入れず、デェムシュが跳躍。
屈強な両足を躍動させ、荒々しく跳んだのだ。
そのまま両手で剣を握り締めたデェムシュが、落下と同時に幹竹割りを叩き込まんとする。


だが、デェムシュの刃がウルキオラを捉えることは無かった。
ウルキオラの姿が突然その場から『消えた』のだから。


響転(ソニード)。
破面が備える高速移動の技術。
ウルキオラは響転によってデェムシュの一撃を回避し、彼の背後へと回り込んだのだ。
余りのスピード故に、相手は『姿を消した』と錯覚する程だ。


「散れ――――――」


驚愕するデェムシュ。冷淡な瞳を浮かべるウルキオラ。
背後から振るわれた斬魄刀が、デェムシュの首を跳ね飛ばさんとした。



――――甲高い金属音。
――――激しく散る火花。



「……何?」
「小賢シイ……!!」


斬魄刀の刃が、デェムシュの首を跳ね飛ばすことは無かった。
予想外の事態に、ウルキオラの口から言葉が漏れる。
デェムシュは咄嗟に背負う様な形で背後へ剣を構え、死角からの一撃を防いだ。
背後から放たれた不意の斬撃を容易く凌いでみせたのだ。
そのままデェムシュは後方へと強引に身体ごと腕を押し出し、斬魄刀の刃を弾く。

斬魄刀ごと弾かれ、後方へと下がるウルキオラ。
瞬時に振り返ったデェムシュが剣を構え、接近。


――――縦一閃の斬撃。


咄嗟に構えた斬魄刀で弾く。
閃光のような火花が散り、ウルキオラの身体が僅かに仰け反る。
デェムシュの獰猛な獣の如し強靭なパワーが容赦なく襲い来る。


――――振り上げによる斬撃。


即座に構え直した斬魄刀によってかろうじてこれを防御。
圧倒的な腕力による斬撃が、刀を握るウルキオラの両腕に衝撃として伝わる。


――――横薙ぎの斬撃。


瞬時に振るった斬魄刀で相殺。
ウルキオラは剣を弾いた反動で一瞬怯む。
その隙を狙い、間髪入れずデェムシュは再び剣を構え。


――――微塵に切り裂かんとする連撃。


ウルキオラの胴体に、斬撃による傷が生まれる。
直後、反射的に盾にした斬魄刀によってこれらを防ぐ。
防御を突破した幾つかの斬撃は、ウルキオラの腕や胴体などの一部を更に切り裂く。
『鋼皮』によって強度を増した肌さえも傷付けていく。
ウルキオラの内心に、僅かな焦りが浮かぶ。
無感情な仮面の下で、目の前の敵に対する微かな焦燥を抱く。


暴風の様に荒々しく、雷の如く激しく剣を幾度と無く振るう。
ウルキオラは斬魄刀を盾にし、刃の嵐を何とか耐えていた。


状況は―――明らかに劣勢だ。
余りにも苛烈な猛攻とパワーの前に、ウルキオラは次第に押されていく。
近接戦闘能力においては高位の三騎士に匹敵、もしくはそれ以上。
敵の攻撃を凌ぎ続ける中で、相手の凄まじい力量をウルキオラは理解したのだ。

生前ならば超級の再生能力で強引に粘ることも出来ただろうが、今の彼のはサーヴァント。
再生能力の過度な行使はマスターへの極度の負担に繋がる為、乱発は出来ない。
冷静な鉄仮面の表情の下で僅かな焦りを感じ、ウルキオラはデェムシュを見据える。

ウルキオラは既にヘリポートの端へと追い込まれている。
『響転』による高速移動を行う隙はない。
『虚弾』等を放つ余裕も無い。
敵の攻撃が余りにも激しすぎる。
このままでは防戦で追い込まれるばかり。
ここから、どうする―――――――


瞬間、獣の咆哮にも似た雄叫びが轟く。
直後に強靭な力を籠めた斬撃が放たれ、斬魄刀の防御を弾き飛ばす。
文字通り、全力の一撃―――――ウルキオラはその攻撃の前に怯まされ。
そのまま間髪入れず、ウルキオラの腹部に衝撃が叩き込まれた。
剣による攻撃で作り出した隙を狙い、デェムシュが左拳による打撃を放ったのだ。


デェムシュの剣への対処に手一杯だったウルキオラが、それに対処出来る筈も無く。
彼の細身の肉体はボールのように吹き飛ばされる。
宙を舞う身体を受け止める仕切りなど、この場には存在しない。
衝撃によって放り出されたウルキオラを止めるモノなど、此処には一つとて無い。
そのままウルキオラの身体は宙へと飛ばされ、ヘリポートの床を越え。



―――――そして、高層ビルより転落する。



地上百数メートルに到達する空中に、槍兵の身体は放り出されたのだ。
直後、無力な人形の様に宙を墜ちていくウルキオラは目にする。
ヘリポートより勢いよく飛び立った『真紅の瘴気』の存在を。


空中で魔力の足場を生み出し体勢を立て直そうとしていたウルキオラ。
そんな彼の身に『真紅の瘴気』が容赦無く襲い掛かる。
目を見開き咄嗟に防御しようとした彼の身体を、瘴気が擦れ違う様に突撃し傷付けた。
ウルキオラの身体に焔の刃で焼き切ったかの様な異様な傷が生まれ、再び体勢を崩す。

空中を蠢く瘴気は再びウルキオラの方へと転換、そして突撃。
宙でバランスを失ったウルキオラの肉体を、擦れ違い様に傷付ける。
そして再び、方向転換。
ウルキオラに回避の隙も、体勢を立て直す隙も与えない。
幾度と無く突撃が繰り返され、その度にウルキオラはダメージを叩き込まれる。


そして―――――何度目の突撃か。
ウルキオラの眼前に再び迫った真紅の瘴気に、質量が生まれる。
直後に瘴気は『デェムシュ』の姿を形作った。
ウルキオラを激しく襲った真紅の瘴気は、デェムシュが自らの肉体を変化させた姿だったのだ。



「オオオオオオオオォォォォォ――――――――ッ!!!!!」



咆哮と共に放たれる―――――縦の一閃。
振り上げられた斬撃はウルキオラの肉体を無惨に切り裂き、叩き上げる。
白い肉体は真上へと吹き飛ぶ。
壊れた人形の様に宙を舞う。
黒い鮮血の様な液体が、空に飛び散る。



「英霊と言エど、所詮は猿共ノ狗かッ!!!」



空中を緩やかに落下しながら、デェムシュは空を見上げて嘲笑う。
先の腹いせに英霊に手出しをしてみたが、所詮はこの程度か。
下らん。やはり猿共の従者、弱者の僕も弱者に過ぎぬということか。
この程度の塵共ならば、自分一人で全員叩き潰すことさえ訳も無いだろう。
デェムシュはそう高を括っていた。
だが―――――。



上空を舞うウルキオラの瞳が、真下のデェムシュを捉えていた。
その表情から戦意は失われていない。
身体中の傷もゆっくりと塞がっていき、再び臨戦態勢へと戻り。




「鎖せ――――――」




瞬間、周囲の空気が変貌した。
灰色の渦巻く様な虚無の魔力が、ウルキオラの肉体を、斬魄刀を取り巻く。


目を見開くデェムシュ。
冷淡に見下ろすウルキオラ。


英霊の半身―――――奇跡の具現。
それこそが宝具(ノウブル・ファンタズム)。
サーヴァントが備える最強の切り札
ウルキオラは、己の宝具を解き放つ。





「――――――――『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」





漆黒の濁流が、空に散った。



◆◆◆◆



姿無き英霊が街を飛ぶ。
ビルの屋上から屋上へと、跳躍を繰り返す。
霊体化したサーヴァントは決して存在を視認されることは無い。
それは霊の如く、『見えない』にも関わらず。
その場所に確かに存在しているのだ。


(二つの気配は…くっついてるみたいに一緒に存在してる。
 動きも激しいし、魔力の波紋も顕著だね。うん、戦闘中って感じかな~)


魔力の痕跡を追いながら、少女は心中で呟く。
あどけない顔の裏側で冷静に魔力の状況を分析していた。

普段は能天気でおっとりとしている。
しかしその実、優れた判断力と洞察力を持つ。
それ故に彼女は三人の『勇者』のリーダーに任命されたこともあった。

二つの魔力の気配はこちらに接近してくる様子は無い。
少女はサーヴァントの平均的な魔力探知距離ギリギリの位置から様子を探っている。
余り近付きすぎると、逆にこちらの存在を気付かれてしまうかもしれないのだ。

彼女自身、実力には自信がある。
とはいえサーヴァントとの戦闘に関しては未知数な部分が多い。
下手に戦場に突っ込んで、混戦に持ち込まれるのは出来れば避けたい。
故に今はこうして『観察』を行っていた。


(―――さて、ひとまず様子見かな)


遠く離れたビルの屋上から、少女は街を見据える。
ランサーのサーヴァント、乃木園子は街を吹き荒ぶ二つの風を一瞬だけ捉えた。


◆◆◆◆




目も眩む程の摩天楼が立ち並ぶ大都市。
コンクリートの建造物群に囲まれた空中に、魔力の波紋が広がる。
凄まじい衝撃によって、周囲の建造物の窓硝子が次々と砕け散る。

地上から空を見上げた人間は。
高層ビルの窓から外を覗いた人間は。
それを直に目にしただろう。
『真紅の風』と『灰色の風』が、空中を吹き抜ける様を。
灰色の風は、空中を疾走する様に駆け抜けていた。
真紅の風は、幾度と無く高層ビルの壁を蹴りながら滑空していた。

ただの人間にはそれが何なのか、解りさえしない。
異常な現象が発生しているとしか思えない。
風と風が幾度と無く衝突し、凄まじい疾さで空を駆け巡っている様にしか見えない。
スーパーナチュラルか、未確認彦物体か――――はたまた、アメリカン・コミックの世界からスーパーヒーローが飛び出してきたか。
人々はその正体を何と認識するのか。

理解の範疇を越えた事象に呆然としているか。
何らかの奇怪な幻覚であると必死に思い込むか。
あるいは、ただただ驚愕しているかもしれない。

それを捉えることは叶わぬだろう。
それを理解することは出来ぬだろう。




――――――彼らが目にしているのは、まさに異能の戦いなのだから。



.


無数の高層ビルの狭間を、二つの『影』が飛び交う。
漆黒の翼を広げ、光の槍を携える悪魔―――――ウルキオラ・シファー。
真紅の外殻に身を包んだ剣士―――――デェムシュ。

ウルキオラは翼によって飛翔し、『虚弾』や槍によってデェムシュを攻め立てる。
対するデェムシュはビルの壁を蹴り、幾度と無く跳躍しながら滑空を続ける。
時には『真紅の瘴気』と化し、ウルキオラを激しく攻撃してくる。

二人の肉体には少なからず傷が付いている。
抉られ、切り裂かれた痕跡が各々の身体に刻まれていた。

ウルキオラは単独行動スキルの恩恵で、魔力の行使には多少の余裕がある。
それまでの能力の行使も最小限に留めていた。
故にここで宝具を行使しても、マスターへの負担は少なからず抑えられる。
そう判断しての真名解放だった。
出来ることならば温存しておきたかったが、そうも言っていられない。
この場を切り抜ける為にも、マスターの元へ帰還する為にも、彼は勝たねばならないのだから。

『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』。
ウルキオラの破面としての力を解放し、能力を向上させる宝具。

この宝具の解放により、劣勢だったウルキオラはデェムシュに拮抗することが出来ていた。
一方的に押されていた勝負を、互角に近い状況まで持ち込むことが出来たのだ。
それでも――――――戦力で言えば、デェムシュの方がやや上回っているか。


そして、二人は高層ビルの屋上へとほぼ同時に降り立つ。


ウルキオラの肉体に付けられた傷はデェムシュのそれよりも多い。
再生能力によって幾度と無く傷を塞いできたものの、ダメージは確実に蓄積している。
果たしていつまで保つのか。
長期戦になれば成る程、マスターに負荷を掛けることになるのだ。
故に、狙うべきは短期決戦。



――――『響転』。



屋上に着地した、その刹那。
圧倒的な機動力の走法で、ウルキオラはデェムシュの眼前へと接近。
間髪入れず光の槍(フルゴール)による一撃を放つ。
デェムシュは咄嗟に剣を構え、凄まじい反射速度でこれを防御。
火花が散る。金属音が響く。

デェムシュは刃を防いだ剣を振るって槍を弾き、その隙を狙った二撃目の斬撃を放つ。
瞬時に跳躍して回避したウルキオラは、空中で己の指先に魔力を収束させる。
無数の魔力弾――――『虚弾』が、デェムシュ目掛けて放たれる。



「こザかしい――――ッ!!!」



凄まじいスピードで迫る無数の弾丸を、デェムシュは剣一本で凌ぐ。
弾く。逸らす。弾く。掻き消す。逸らす。掻き消す。弾く。弾く。
超人的な反射神経を駆使して、デェムシュは虚弾による攻撃を凌いでいく。
圧倒的な弾速で迫り来る虚弾に、卓越した身体能力と反射速度で対処しているのだ。
故に、虚弾は一発たりともデェムシュに命中していない。
次々と放たれる弾丸は、激しい剣撃によって次々と防がれる。



直後、デェムシュが突如バランスを崩した。
瞬間―――――足下の床が崩れ落ち、デェムシュは真下の階へと転落する。



ウルキオラは『虚弾』を放ち、デェムシュを攻撃しつつ彼の足下の床を破壊したのだ。
威力を抑えている為、ビルそのものを破壊してしまう程の破壊力は無い。
それでもコンクリートの床を貫く程度なら十分すぎる威力だ。

足下の床が倒壊したことでバランスを崩し、下層へと転落したデェムシュ。
そんな彼を追撃せんと、ウルキオラが空中より瞬時に接近。
翼を広げ、隼の如き速度で降下する―――――!



「散れ」



瞬間、黒い鮮血が散る。
絶叫の様な咆哮が轟く。
ウルキオラが突き出した光の槍がデェムシュの左胸を穿ったのだ。


鮮血が溢れ出し、もがくデェムシュ。
ウルキオラの腕の力は強まり、その度に刃が胸に食らい付く。
このまま――――命もろとも抉り取る。



「グ―――――――オオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!!!!!!!!」



しかし、仕留めることは出来なかった。
轟く咆哮と共に、デェムシュは己の左手から太陽の如し『火球』を放ったのだ。
至近距離からの高火力攻撃に驚愕し、ウルキオラは咄嗟に槍を引いて空中へと飛び上がる。
一瞬の反応もまた、彼の凄まじい敏捷性が為せる技だ。

そして、空中で迫り来る火球を身体を反らして回避。
この程度の直線的な攻撃を躱すのは、ウルキオラにとって訳も無い。
再びデェムシュに攻撃せんと槍を構えた直後。
明後日の方角へと飛んでいった火球の軌道が、変化した。


(追尾弾か)


回避した筈の火球が方向を変え、再びウルキオラに迫ったのだ。
即座に火球の方へと意識を向けたウルキオラは、再び指先に魔力を収束させる。
そのまま虚弾を複数発放つも、それらは全て火球の熱によって掻き消される。

舌打ちと同時に、再び寸前の所で火球を回避。
そして、当然の如く火球は方向転換。
標的に命中するまで、決して止まることは無い。

それを理解したウルキオラは――――自らの指先に魔力を集わせる。
しかし、先程の虚弾とは違う。
それよりも強大で禍々しい魔力が収束していく。
迫る火球を見据え、ウルキオラはゆっくりと腕を構える。



「―――――舐めるな」



閃光が、一直線に飛んだ。
破壊の力が火球目掛けて解き放たれる。

『虚閃』。破面が備える能力の一つ。
指先に収束させた魔力を光線として放つ技。
火球と衝突した虚閃は激しい魔力の波紋を周囲に発生させ。
―――――そして、相殺した。



火球を打ち消したウルキオラは、ゆっくりとビルの屋上へと降り立つ。
先程デェムシュが落下した床の穴へと視線を向ける。


『真紅の瘴気』が、飛び出した。


ウルキオラがそれに対応するよりも先に、瘴気と化したデェムシュは明後日の方向へと飛んでいく。
そのまま摩天楼の影に消える様に、その場から忽然と姿を消した。


(…去ったか)


ウルキオラは、去っていくデェムシュを見て心中で呟く。
胸に刺傷を受けて自らの身に危険を感じたのか。
あるいは、消耗を避ける為に撤退を選んだのか。
理由は解らない。今解ることは、勝負は「お預け」になったということだ。

ウルキオラはその場で『黒翼大魔』を解除し、元の姿に戻る。
解除と同時に―――――――――片足が、崩れ落ちる。
その場で膝を突いたのだ。

戦闘による魔力消費は決して少なくない。
消耗に関しても、身体中に負傷による傷痕が生まれていた。
再生能力によって塞ぐことは出来るが、急速な再生の行使は魔力の浪費に繋がる。
故に全身の傷は少しずつ、ゆっくりと塞いでいる。

傷を治癒することは出来てもダメージは着実に蓄積するものだ。
デェムシュの攻撃によるダメージは確実にウルキオラに消耗を与えていた。
ウルキオラは可能な限り短期の決戦を狙うつもりだったが、予想以上の強敵だったが故に消耗を強いられてしまった。


(あの怪物…)


相手は奇怪な存在だったと、ウルキオラは回想する。
サーヴァントに近しい雰囲気でありながらも、あの植物の怪物を思わせる魔力を漂わせていた。
少なくとも、通常のサーヴァントとは異なる存在であることは明白だ。
何らかの特殊な部類のサーヴァントなのか。
使い魔の類いか、それとも―――――もっと異質な何かなのか。
敵の正体は判然としないが、好戦的な存在である確かだ。
警戒を怠るべきではないだろう。

聖杯戦争はまだ序盤もいい所だ。
しかし第一段階とはいえ、宝具を解放してしまった。
使い魔等の類いで他のサーヴァントに目撃された可能性は否定出来ない。

そして、彼が思い浮かべたのは――――シェリル・ノーム。
彼女の魔力に関しても不安がある。
単独行動スキルによって可能な限りの節約は行ったが、彼女は先の戦闘による魔力消費に耐えられたのか。
幸い魔力パスは繋がったままだ。まだ枯渇はしていない。
だが、彼女への負担を掛けた可能性は否定できない――――――



(…また、か)


そんな中で、ウルキオラは再び己がマスターの身を案じていることに気付く。
やはり己は――――彼女に興味を抱いているのか。
孤独で戦い続ける彼女に。
一人で歌い続ける彼女に。

もう一度『心』に触れる為に、サーヴァントとしてウルキオラは召還された。
そんな彼は己のマスター、シェリル・ノームに興味を抱いた。
彼女は歌によって己の感情を表現していた。
病にその身を蝕まれ、余命幾許も無い中であっても、彼女は気丈であり続けた。
命尽き果てる時まで歌うことを選んでいたのだ。

そんな彼女の行く末を見届けることを。
孤独な歌姫が歌に命を燃やし、その過程で何を得るのか知ることを。
そして、彼女の本当の『答え』を問うことを、ウルキオラは望んでいた。
それで己が欲するものを得ることが出来るのならば――――尚更だ。

思考の後、ウルキオラ『探査回路』を発動する。
先の戦闘で、他のサーヴァント等に存在を気付かれたかもしれない。
故に彼は周囲に意識を張り巡らせる。


―――――その時、彼は魔力の気配を感じた。


それは明らかな『サーヴァント』の気配。
姿は見えない。だが、気配は微かに感じ取れる。
恐らくは霊体化した状態か。

追撃も考えたが、これ以上の戦闘はマスターへの多大な負担になりかねない。
消耗したまま敵を攻撃し、返り討ち――――そんなことになればお笑い種だ。
今は監視の目から逃れつつ、身を休めるべきだろう。

その場から跳躍し、ウルキオラは霊体化する。
熾烈な死闘を乗り越えた破面は戦場を後にした。


◆◆◆◆




気配が一つ、消えた。


魔力の軌跡は残っていた為、消滅した訳ではない。
恐らくは負傷し、『戦場』から逃れたのだろう。
片方が勝利し、撤退まで追い込んだのか。
園子は思考を続ける。

少なくとも、戦闘は一先ず終結を迎えたらしい。
傍から感じ取った限りでも――――熾烈な魔力のぶつかり合いだということは解った。
強大な魔力と魔力が衝突し、都市を駆け抜けていたのだから。
恐らくはどちらも上級のサーヴァント。
直接の交戦だったことを考えると、三騎士同士の衝突か。


(残ってる片方は、どうなってるのかな)


園子は戦場に残ったもう一つの魔力の気配を感じ取りつつ、思考する。
戦闘を終えた後であれば、恐らく残っている片方も何かしら消耗しているだろう。


つまるところ、襲撃の機会。
消耗したサーヴァント一騎を攻撃する、絶好の機会である。


園子の目的は、ヤモトをこの聖杯戦争から生かして返すこと。
そして彼女が友人と平穏に過ごせる日常を勝ち取ることだ。
聖杯の力さえあれば、それを手にすることも可能だろう。

ヤモトの手は極力汚させたくない。
既に英霊となった自分とは違い、あの娘にはまだ未来がある。
後腐れ無く日常へと戻ってほしいのだ。
その為には自分が戦う必要がある。
彼女の代わりに、敵と戦う責務がある。

人ですら無くなり、友達とも会えなくなる。
そんな悲しい想いをヤモトに背負わせたくない。
その為にも、勝たなければならない。
園子は心中で再び決意を固め、意識を魔力の気配の方へと戻す。

やがてもう一つの魔力の気配もまた、戦場から離れていく。
こちらの方角を避け、急いで逃げかの様な動きだ。
もしかすれば、園子の存在を察知して撒こうとしているのかもしれない。
可能性はあるだろう。隠密行動の真似事をしているとはいえ、所詮は霊体化しただけのサーヴァント。
同じサーヴァントであれば、その存在に気付く可能性も大いに有り得る。

恐らく、相手は消耗している――――だが、確実とは言えない。
自身の探知能力は卓越しているとは言えない。
それ故に相手の魔力から消耗の具合を察知することは出来ない。
そして、探知能力ギリギリの地点から園子は魔力を探っている。
その為視認で詳しく状況を探ることも今は出来ない。
つまるところ、相手の状態を推測することは出来ても確信することは出来ないのだ。


(さて、どうしようかな~?)


思考の最中も、相手は着々と離れていく。
このまま相手を追跡するか、あるいは―――――。


◆◆◆◆



「オノれ……猿ノ僕如きが、よくモ……ッ!」


薄暗い地下水道に、真紅の影が浮かび上がる。
先程まで都市部でウルキオラと交戦していたデェムシュだ。

手傷を負ったデェムシュは火球でウルキオラの足を止めた後、瘴気へと変貌してその場から逃走したのだ。
その後は『霊体化』を行い、人目の付かぬ地下水道へと逃げ込んだ。
ウォッチャーによって召還されたフェムシンム達はサーヴァントと同様の肉体構造を持つ。
魔力で構成された肉体。それらの中心となる霊核。
異なる点を述べるならば、ウォッチャーからのバックアップによって無限に等しい魔力が供給されているということ。
仮初めの肉体によって再現された使い魔――――という点では、極めてサーヴァントに近しい。
故に彼らは霊体化を行うことも出来る。使い魔でありながら、一種の霊的存在であるのだ。

忌々しげに左胸の刺傷に触れ、デェムシュは苛立つ様に呻き声を漏らす。
左胸を貫かれた際、僅かとはいえ霊核が損傷したのだ。
少しでも反応が遅れていれば、幾らフェムシンムと言えど消滅の危機に瀕していたかもしれない。
そのことが、どうしようもなく苛立たしい。

今は傷を癒す必要がある。
だが、いつか必ず、あの白いサーヴァントはこの手で殺す。
そう心に誓い、デェムシュは再び霊体化を行って姿を消した。


【UPTOWN BAY SIDE/一日目 午後】

【ヤモト・コキ@ニンジャスレイヤー】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]ウバステ、着替えの衣服
[道具]
[所持金]極貧
[思考・状況]
基本:生き延びる。
 1.BAY SIDEから離れて南下する。
 2.可能な限り戦いを避ける。
 3.ランサーを闘わせたくないが……。
[備考]
※<令嬢>の社長の息子を殺した罪で追われています。が、本人に殺害した覚えはありません。
※ニンジャソウルを宿している為、攻撃に神秘が付加されています。
 ただし、ニンジャの力を行使すると他のサーヴァントに補足される危険性があります。

【ランサー(乃木園子)@鷲尾須美は勇者である】
[状態]健康、霊体化
[装備]無銘・槍
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:ヤモヤモ(ヤモト)を元の世界に帰す。
 1.魔力の気配(ウルキオラ)を追う?
 2.ヤモヤモに従う。出来る限り早めに彼女と合流したい。
 3.できればヤモヤモを戦わせたくない。
[備考]
※ランサー(ウルキオラ・シファー)、デェムシュの戦闘を感知しました。
どこまで視認できたかは不明です。

【ランサー(ウルキオラ・シファー)@BLEACH】
[状態]霊体化、単独行動、魔力消費(大)、疲労(中)、全身にダメージ(大)、再生中
[装備]斬魄刀
[道具]なし
[思考・状況]
基本:「心」をもう一度知る。
 1.この場から離れ、体力を回復する。魔力の持ち主(園子)を撒く。
 2.監視の不在を確認した後、シェリルの下へと帰還する。
 3.真紅の怪物(デェムシュ)に多大な警戒。
 4.白い怪物(インベス)と極彩色の果実(ヘルヘイムの果実)、キャスター(メディア)の使い魔を警戒。
[備考]
※インベスとヘルヘイムの果実、メディアの使い魔を視認しました。

【デェムシュ@仮面ライダー鎧武】
[状態]霊体化、疲労(小)、左胸に刺傷(大)、霊核損傷(微)、全身にダメージ(小)
[装備]両手剣(シュイム)
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:破壊と殺戮。
 1.今は傷を癒す。苛立ちを晴らしたい。
 2.ランサー(ウルキオラ)はいずれ殺す。
 3.蛇(サガラ)に嫌悪感。
[備考]
※サーヴァント同様に霊核と魔力の肉体を持つ存在であり、霊体化が可能です。
※ウォッチャーからのバックアップによって魔力切れの概念は存在しませんが、
魔力による負傷の治癒は他のサーヴァントと同様時間を掛ける必要があります。


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021:ロンリー・ロール ランサー(ウルキオラ・シファー) 035:Black Onslaught
020:第一回定時通達-The Times They Are A-Changin'- デェムシュ


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最終更新:2016年04月07日 18:51