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 大前提として述べよう。
 グラスホッパーは決して正義のヒーローではない。

 上記の一文に込めた意味は、一見するとゴッサムシティの治安維持に貢献している彼等の実態が私刑による暴行傷害、殺人または殺人未遂の常習犯であり、まさしく無法者であるという事実への非難……ではない。
 ここで特に強調するべきは彼等の行為自体ではなく、そのような行為に及ぶ彼等の精神性だ。
 何故、グラスホッパーの団員達は犯罪者に対して過剰なまでの暴力を行使するのか。
 それは勿論、抵抗の余地を無くすためには再起不能になるまで痛めつけるのが確実な方法だと説明することが出来るし、もしグラスホッパーの面々が外部の者に尋ねられたら恐らくこのような返答をすると思われる。

 しかし、他に要因を挙げることも可能だろう。
 社会を脅かすマフィア共をただ避け、怯え、非道から目を背けるしかなかった無力な一般市民。そんな彼等の前に突如として現れたのは、圧倒的なカリスマ性を持つ犬養舜二という男性。彼の口は雄弁に正義を紡ぎ、彼の手腕は瞬く間に大規模な組織を創造した。
 そんな彼の傘下に一度入れば、マフィアにも劣らぬ正義の戦隊の仲間入りだ。しかも中には銃火器を跳ね除ける装甲と、屑共を容易く捻り潰せるパワーを得られる特殊スーツが与えられる者までいるという。
 悪と対決するために必要な物が、何もかもお膳立てされている。
 そんな彼等は既存の犯罪組織と対決し、当然のように勝利を収める。少し前までは考えられなかった下剋上を成し遂げた“元”弱者、彼等の前に平伏すのは少し前まで自分達を我が物顔で虐げてきた憎たらしい“元”強者。
 いかなる処遇を受けたとしても文句を言う権利など無い敗者をどのように扱うか決めて良いのは、そう、他でもない勝者である自分達。

 このような状況に陥れば、無理も無い話だろう。ぞくりと背筋を震わせた身体に任せ、敵を好き勝手に蹂躙してしまうのも。
 こいつ等は悪だ。正義の力を振るって何が悪い。ああ、胴を蹴る度に絶頂感が心地良過ぎてたまらない。銃を人に向けて撃ちたがっている米国人は少なくないと言うが、そんな夢想より遥かに素晴らしい現実がここにある。これだから、正義のヒーローはやめられないんだ。
 ……と、このような自己陶酔と破壊衝動が綯交ぜになった快楽をグラスホッパーの団員が多少なりとも抱き、身を委ねているとしても不自然な話ではないだろう。
 尤も、殆どの団員はそのような気質に無自覚であるだろうし、仮に外部の者にそう指摘されても「純粋な正義のために戦っている私達を侮辱する気か」と怒るのが関の山に違いないが。

 一つ言えるのは、これがテレビの画面や漫画雑誌の紙面で活躍する模範的な正義のヒーローならば決して抱かないだろう感覚であることだ。想いと力を兼ね備えた、本物のヒーローならば。
 だから、グラスホッパーの面々は背徳感に簡単に溺れる。ある日突然与えられたのはヒーローに相応しい力“だけ”。元々燻っていた純朴な正義感があったとしても、そんなものは力の強大さの前に容易に消えてしまうのだ。
 グラスホッパーは自らを、理想のヒーローになったのだと認識しているだろう。
 しかし果たして、その認識をするに相応しい人物は実際何人いるものなのだろうか。



◇ ◆ ◇



 その三人の兄弟が犬養舜二の提唱した自警団の結成に興味を示したのは、三日ほど前のことだった。
 街に蔓延る悪人達がいなくなるのだとしたら嬉しいし、せっかくだし話を聞いてみるだけ聞いてみるのも悪くないだろうと思っただけだ。そんな理由でグラスホッパーを訪れた兄弟は、他の者達と同じく入団テストを受けることになった。
 その結果は、長男次男三男揃って合格。運動神経自体は決して悪くなかったし、性格診断で弾かれるような露悪的な性質を持ち合わせていなかったためでもあった。
 三人仲良くグラスホッパー団員となった彼等は、自警活動の際のチーム分けでもやはり同じ班へと振り分けられた。血を分けたたった三人の家族が、これからもまた一緒でいられる。長男が何より喜んだのは、やはり弟達との幸福であった。
 ただ、厳密に言えば一つだけ三人で同一でないことがあった。グラスホッパー内の何者かが開発したとされる最新型の戦闘スーツの支給対象者に選ばれたのが、二人の弟達だけであったことだった。気質と運動能力であと一歩及ばなかった長男は、上層部の定めた選考基準を満たせなかった。
 当然ながら、グループの中でも次男と三男が最前線での実戦を行い、長男が連絡や物品調達などの補助を行うという役割分担がされることになる。長男の威厳などあったものではない。
 思えば、三人の関係が歪み始めたのはこの時だったのかもしれない。

「ウォーホー!!」
「グワーッハッハッハッハ!」

 強面の男が一人、地に倒れ伏していた。肌の露出した部分は至る所が痣で変色し、身に付けている小洒落たスーツは赤黒く塗りたくられていた。
 周りに寝転がっている男達も似たような有様であった。その場に居るほぼ全員が、ただの死体に成り下がっている。
 例外は、黒い鎧武者となった次男と三男と、その姿を怯えきった表情で見つめる長男と、どうやらまだ辛うじて息のあるスーツの青年の四人だけだった。
 兄弟達に命じられたのは、勢力争いに敗れいわゆる負け組となった日系マフィアグループの制圧だった。
 所在自体は既に他のメンバーによって突き止められているため、難なく現場に急行して悪党共の退治を試みた。退治という名の、一方的殺戮を。

「おいおいおい、まだそこに生き残りがいたぜ」
「……あ、あのさ。もう解決したんだし、何も殺さなくても」
「アアン、何? 兄ちゃんビビッてんの?」
「ひぃっ」

 残る一人を手に掛けようとするのを止めようとして、睨み返されて、萎縮する。
 十分も経たたずに大方の構成員を殺し尽くした二人の姿を見て、長男は何度目になるかも分からない疑念を抱いた。
 目に付く悪を悉く皆殺しにした弟達が、果たして本当に自分の知る弟達と同一人物なのだろうか。豊かではない生活でも無邪気に笑い合えたあの弟達がこんな冷酷な殺人者になったというのは、本当に現実なのか。

「しっかし、このアーマードライダーってやつは最高だなあ! 偉そうにしてたマフィア共もゴミ扱いだぜ!」
「見た目も和風でニンジャって感じがしてイカしてるしな」
「それそれ。俺達は正義のニンジャってことだな!」

 きっかけは、三件ほど前の任務で同じように力を振るった際、意図せずにマフィアを殺害してしまったことだった。その時ばかりは、人生で初めて犯してしまった殺人の罪に震えていたものだった。
 しかし幸か不幸か、誰一人として弟達を責めなかった。正義のためにはやむを得ない犠牲だと言って、グラスホッパーのお偉方は赦しを与えたのだ。
 その時だったのだろう、弟達の中で「何か」が外れてしまったのは。
 それから今日まで、二人は与えられた絶対的な力を振るい続けている。暴行と殺人をどれだけ重ねても、そのことにむしろ快感を覚えている有様だった。

「……兄ちゃんのそういう目さ、マジむかつくんだよね。ライダーにもなれなかった三下のくせにさ。あんまり俺をイラッとさせると、マジで殺すよ?」
「サブロやめろってー。兄ちゃん涙目なっちゃってるだろ」
「……」
「お、ごめんごめん。もうクソ兄貴なんかほっといて、最後の掃除と行くか」
「ヨロコンデー!」

 また弟達が罪を犯す。それを見ている長男の中で、度胸が奮い立つ気配も無い。長男には最早縋るくらいしか出来ることが無い。
 おお、ブッダよ。まだ寝ているのか。
 狂気に呑まれた弟達を、誰でもいいから止めてくれ。
 この際、街に蔓延るあの怪物でもいい。今の彼等の抑止力になるのなら。
 いや、待て。あの怪物に縋ると言うことは、自分は弟達の生命を。
 でも、今の弟達はもう既に。
 でも、自分は兄で。

「それじゃあ、街を汚す犬畜生のマフィア=サン、サヨナラ!」

 そんな長男に構うことなく、次男は最後の生き残りに槍を振り下ろした。
 次男の纏った鎧に血飛沫が飛ぶ。その手は汚れていく。

「ギャハハハハハハハハ!!」
「グラスホッパー万歳!! 俺達は最強だあ!!」

 涙に濡れる長男の視界の中で立っていたのは、絶対的な破壊者。
 そう、絶対的な破壊者が、立ってい“た”。

「……アイエッ……!?」

 突然、空気を裂く音が聞こえて。
 次いで大きく爆ぜる音が響く、その瞬間までは。

「やあ、失礼スるよ」

 次男の身体は、一瞬の内に爆発四散した。長男が何らかの決断を下すのを待つこともなく。
 呆気に取られる長男の前、次男がいたはずの場所に立っていたのはあの怪物に近しい姿の翠の何か。
 しかし人ではない異形でありながら、今、奴は確かに人の言葉を発した。
 異様過ぎる、未知の存在。それと相対している二人のうち、行動を起こしたのは三男の方が早かった。

「……ザッケンナコラー!!」

 マツボックリスカッシュ。電子の声が響き渡る。
 手加減など無用とばかりに、三男は必殺の一撃を放つ体勢を完了させた。
 跳躍。そして落下する勢いに任せて、黒く輝く槍を突き出す。穂先に纏われるのは、迸るエネルギー。
 だが、怪物を殺すことは出来ない。
 あと僅かで貫くはずだった槍ごと、三男の身体は蔦に絡め取られていた。
 そう、蔦なのだ。コンクリート造りの屋内からどこからともなく現れた幾本もの蔦が、三男に向けて伸びているのだ。
 一度動きを完全に封じられた三男は、あとはもうひたすらに痛めつけられるのみ。身体を何度も叩きつけられ、装甲を何十度も斧で切り崩され、辛うじて繰り出す槍の反撃は容易くいなされる。
 まるで、赤子と大人の喧嘩。

「鈍イよ」
「グワーッ!」

 一分と立たずに壁面に叩きつけられた三男の変身は解除され、力無く壁にもたれかかる。
 ぼろきれのような痛ましい姿を晒す三男という得物へと、ゆっくりと翠の怪物が歩み寄っていく。
 重く響く足音の中で、その声は聞こえた。

「アイエエエ……助けて、兄ちゃん……」

 長男に助けを求める三男の声は純粋な叫びか、それとも時間稼ぎのための戦略か。
 長男の乏しい想像力では真意を見通せない。しかし、逃げようのない決断を迫られたのだということは確信出来た。
 脳裏に過るのは、数々の光景。
 自らの意思を放棄し続けた後悔。変わり果てた弟。元に戻りかけている弟。
 他人様に迷惑を掛けず、兄弟仲良くしなさいと言ってくれた声。

「ワオオオオオーッ! ……WASSHOI!」

 破れかぶれだ。叫び声で、己を奮い立たせる。
 落ちていたバールのようなものを手に取り、長男は怪物の前に立ちはだかった。
 どんな姿でも、こいつは弟だ。家族だ。
 彼を守るために闇雲に振り回したバールのようなものは、生憎と怪物に届かなかった。手から滑り、あらぬ方向へ飛んで行った。
 しかし、長男は止まらない。

「ニンポだ! ニンポを使うぞ!」

 無意味な脅し。出来っこない忍法の構え。
 そんな滑稽で無謀な真似をしでかすほど、長男は必死だった。
 周りに流されてばかりだった長男の中で唯一確かに燃える感情が、発狂寸前の身体を突き動かしていたのだ。

「ふん」
「アバーッ……」

 しかし、その行為は不発。
 鳩尾を抉られ、長男の身体が数十センチメートルは浮かび上がった。即死こそ免れたものの、コンクリートの上に落下した全身は痺れて動かない。掌も膝も、持ち上がらない。
 遠く離れた先に、虫の息となった三男の姿があった。
 結局、自分には彼を助けられないのか。これで二人揃って息絶えるのか。
 死にたくないのに。
 死なせたく、ないのに……!

「……生きたいのカい? 弟と一緒ニ」

 翠の怪物が長男の顔を覗き込んで来たのは、三男に向けて声を絞り出そうとした直前のことであった。

「なら条件がアる。今カら私ノ言うことニ従えるカな?」

 言っていることの意味は、すぐには理解出来なかった。
 もうすぐ二人の命を摘み取るはずだった怪物の方が、何かの提案をしている。信じられない事態だった。何の理由があってのことか皆目見当もつかない。
 それでも言えるのは、声色にまるで飴のような甘ったるさがあったことだった。

「言うことを聞けば、本当に見逃してもらえるんですか……?」

 長男の頭は全力での稼働を再開し、返答を紡ぐ。
 藁にも縋るような思いで、仇敵であるはずの怪物に尋ねる。希望に、飛びつく。
 人間ではない怪物の表情がにやにやと笑っているように見えたことなど、どうでも良かった。

「うん。考えてあげルよ」



◇ ◆ ◇



 もしもし!?
 た、大変なんだ!
 マフィアの制圧に行ったら、えっと、弟達がいきなり現れた知らないアーマードライダーに襲われて!
 そいつは白い、多分メロンのライダーで、弓を武器に使ってて、ジロもそいつに、こ、殺されて!
 とにかくあいつは危険なんだ!
 だから早く……?
 ア、アイエエエ!? サブロ、サブロナンデ!?
 嘘だ! はな、し、がぁっ!?
 ……ち……が…………あぁ、ぁぃぃぇ、えぇ…………

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 ぐしゃん。

 つー。つー。つー。



◇ ◆ ◇



「こうでなくてはネ」

 と、レデュエは一人ごちる。
 そんなことを漏らした事実は多少の窮屈さを感じていたことの表れで、多少の溜飲を下げられたことの証でもあった。

 使い魔として召喚されたこと自体にさほど文句は無い。主であるあの蛇は、余程の下手を打たない限り基本的には不干渉だ。自由度は高いと言える。
 不便と思うのは、電脳の空間として構築されたゴッサムシティがいっそ笑えるまでに既知の要素で溢れていることだった。
 街の真ん中には見慣れたユグドラシルタワー。闊歩するインベスの退治に駆り出されるのは、お馴染みのアーマードライダーの群れ。自分達の存在も含めて、まるで沢芽市の戦いの再現であった。
 ここでレデュエが気がかりなのは、自分達フェムシンムを知る者達も聖杯戦争に参戦している可能性が否定出来ないことだった。
 デェムシュの奴が例によって例の如く見境無しに暴れ回っているのは容易に想像がつくため、フェムシンムの存在を最後まで隠匿するのは不可能だろう。
 しかし、それは面白くない。
 あの世界の人間達がどの程度聖杯戦争に関与しているのか分からない内に、向こうだけが自分達に対策を立てるための準備を整えるのは如何なものか。
 レデュエの愉しみは、生死を懸けたぎりぎりの綱渡りへの挑戦などではないのだ。

 そう考えたレデュエは、ひとまず目に付いた黒影の集団を襲撃。雑魚程度は難なく蹴散らし、残された二人の男のうち一人を使っての情報収集を試みた。ちゃんと、ご褒美をちらつかせた上で。
 彼の身に付けていた腕章と、街角で拾い読みした新聞記事の内容を照らし合わせれば、巷で人気のグラスホッパーと呼ばれる自警団の一員であることはすぐに理解出来た。元の世界でアーマードライダーのシステム開発に関与した人物が、この世界のグラスホッパーに技術提供をしているらしいことも容易に推測可能であった。
 ならばヘルヘイムに関わる一連の戦いを知る他の者達もまたゴッサムにいるのかもしれない。それこそ、あのユグドラシルタワーの中で活動をしていても何らおかしくはないだろう。
 だから、まず彼に問うた。呉島光実呉島貴虎、葛葉紘汰や駆紋戒斗といった名前に聞き覚えは無いかと。
 その結果、駄目で元々だろうという予想に反し、思いのほか興味深い返答を得られた。
 最前線での戦闘を任されていないその団員は、情報収集活動を仕事の一つとしていた。そのためだろうか、同僚である他の若い団員が語った「呉島光実について調査するよう上に命じられた」という話を聞いたそうだ。
 付け加えれば、呉島光実がゴッサムシティでは兄と同居しているということも判明したという。また既知の関係だろうとレデュエが推測していた葛葉紘汰と駆紋戒斗は、そもそもゴッサムシティに所在を確認出来なかったそうだ。
 少なくとも呉島の兄弟の生存は確認出来た。しかし、彼等がマスターかNPCであるかまではまだ断言出来ない。

 ならばと、レデュエは次いで一つの命令をしてみる。
 「自分達を襲ったのは、メロンを纏う弓使いの白いアーマードライダーである」と仲間に伝えろ。
 ぽかんとした表情を浮かべた男だが、早くしろよと脅かしつければ彼はすぐに実行してくれた。
 飴と鞭。人間の言い回シは確かに言い得て妙ダと、必死の演技に没頭する彼の姿を見ながらレデュエは思う。
 そんな彼と交わした約束をレデュエが律儀に守るのかと言えば、まあ、改めて語るまでも無いことであって。
 こうして、死体は二つ増えた。一転して攻め返すなんて展開になることも無く、三兄弟はただの負け犬として終わりを迎える。馬鹿じゃないノという嘲笑が、締めの一句だった。

「さて、ト」

 死した人間のことなど頭の片隅よりさらに奥へと追いやり、次にレデュエが考えるのは今しがた吐いた“嘘”のことである。
 メロンと弓の白いライダー。それは即ち、ゲネシスドライバーとメロンエナジーのロックシードの組み合わせで変身したアーマードライダーを指している。
 グラスホッパーの団員の大半は思うことだろう。そんなライダーが本当に存在しているのだろうかと。
 しかし沢芽市の戦いを知る者ならば、すぐに察しが付くだろう。そのライダーの正体が、呉島光実あるいは呉島貴虎であるという可能性に。

 いつ誰がどのような荒事を行ってもおかしくない、聖杯戦争という環境。
 レデュエが事を起こす前から元々グラスホッパー側に存在していたらしい、呉島兄弟への嫌疑。
 アーマードライダーの脅威性を熟知している彼等の前に突如現れた、自分達以外のアーマードライダー。
 沢芽の戦火を生き抜いた者でなければ存在すら知り得ない、ゲネシスドライバーによって変身した戦士の姿。
 とある人物がかつて自らの真の姿を隠して非道を行うために使ったという逸話を持つ、偽りの仮面。

 こうして脅威を並べられた犬養舜二は、果たしてどのように動くか。
 正体不明のアーマードライダー――戦闘能力の高さだけは容易に推測可能であり、そして実は正体すら例外ではない――までもが遂に自分達に牙を剥けたという現実を、組織のリーダーとして放置出来るのか。
 グラスホッパーでの戦いは勝ち目のあるものばかりだと高を括っている大多数の団員にとって、足元を掬われた気分となることだろう。こうして生じる不安を全く除去しないまま、正義の集団が恐怖心に負けた小市民の群れに戻ってしまうのを見過ごせるものか。
 こちら側を明確に標的としてロックオンした仇敵がいつどこで君達を本気で殺しにかかってくるかも分からないが、そんなのは気にせず確証が得られるまでは皆も慎重に事を進めて、成果が出る時をのんびりと待ち続けよう……などということを、現に死人が出た段階に至っても尚言い通せるものなのか。

 ……切迫しつつある状況で、多少の不明瞭さが否めないながらも尤もらしくはある状況証拠が目の前にあったとしても。

「次は、君達ダね」

 レデュエの夢想は続く。あくまで夢想である。
 例えばの話であるが、もしも誰かが何かを理由として呉島兄弟を標的とした時、二人は何を思うだろうか。
 狙われた片方は、訳の分からないことを言うなを白を切るのが正解だろう。しかし、正論が通用しない暴徒という連中はいつの時代も存在する、
 そんな者達の横暴に付き合わされて、自らの大切なテリトリーが破壊されようとする様を見て、何を思うだろうか。

 加えて言えば、こうして標的とされた兄あるいは弟が第三者に有無も言わされず暴虐に晒されようとするのを知った時、残された「もう一人のきょうだい」はどんな行動を取るのだろうか。
 私/僕には関係の無いことだ。達成しなければならない目的がある以上、彼に構っている暇も無ければ割いてやる一切の余力も無い。火傷をするなら勝手にしろ。死ぬなら、勝手に死ね。
 一見すると非情な思考。しかし、犠牲を背負ってでも自分を曲げないという覚悟があると解釈すれば、レデュエから見ても貴い意志であると言える。
 何より、どれほど些細であっても余計な行動を取るなど愚の骨頂。たとえ身内の死という未来であっても受け入れ、動じないこと。それが、戦争における一つの必勝法なのだから。
 情という名の弱点など私/僕には存在しないと最後まで言い張り通すのが、最善策ということになるのだろう。

 ……本当に自らの決断を悔いない自信があるのならば、だ。

「ふふ、どう転ガってくれるかナ」

 くすくすと零れる嗤い声。それを、レデュエは止めた。もうそろそろ頭を切り替えようと考えてのことである。
 撒いた種が一秒や一分で芽を出すことなど有り得ない。だからと言って、早く育てと鉢に付きっ切りで過ごするのは非効率的と言う他無い。
 つまり、暫くは他所にも目を向けてみるのが妥当である。
 レデュエが欲するのは、まず情報。あとは矛にも盾にもなる協力者。
 ここで、手元の選択肢を見直してみる。

 第一に、聳え立つユグドラシルタワー。
 マスターの候補者であるアーマードライダー達の根城と言うべき巨塔は、一度精査してみたいものである。とは言え、どのような迎撃の準備をしていないとも限らない建造物の中を単体で巡るというのは流石に骨が折れそうなのがネックか。

 第二に、MIDTOWNのどこかに潜んでいると思しき未知のサーヴァント。
 午前中のことだ。やや遠く離れた地点で、複数のサーヴァントが激突する気配を察知。何事かと思って駆けつけたが、その頃には戦闘が決していたのだった。
 確認したものと言えば、戦場となった屋敷から一目散の勢いで走り去る一台の乗用車くらいだった。接触対象の候補として目だけは付けてくためにその車、引いてはサーヴァントを追跡。互いの正確な位置を知られない距離感を保ったまま、現在に至っている。
 ほんの思い付きでの寄り道をしている間に完全に失尾してしまった……と考えるのも早計か。時間には余裕があるのだから、改めてじっくりと捜索するのも悪くないだろう。仲良くなれたらそれで良し、嫌われたらあしらえば良い。
 もし対談するとなれば、沢芽市の知識やたった今確保した壊れたドライバーくらいなら話の種に出来そうか。

 第三に、街を往く有象無象の観察。
 最早コミュニティに属せない身なりのレデュエは、ゴッサムの社会が織りなす人間模様について聡いと言えない。そして、その社会ではマフィアとグラスホッパーが仁義無き戦いを繰り広げている。
 どの道グラスホッパーの団員には改めて話を伺うつもりではあるが、今の内に聞き出せることは聞き出しておくべきだろうか。

「ふむ」

 ややあって、風に乗るかのような軽やかな足取りで踏み出した。
 決定した次の方針が、良い成果を生んでくれることへの期待感故である。先刻の悪戯が時間を掛けて芽吹く時への楽しみも、含まれているのかもしれない。
 何であれ、誰かとのお喋りに勤しめるのは良いことだ。

「自分ノ殻に籠っているうちニ、『たいせつなひと』が殺サれてしまうかもしれないヨ」

 こういう独り言を、ただの独り言で終わらせるのはつまらないものである。



◇ ◆ ◇



 誤解の無いように説明しておくと、レデュエの最終目的は聖杯の獲得である。
 自らの目的を認識しているから、ただ無軌道に動いたりはしない。彼女もまた他のマスター達と同様に、自らの保身と戦略を念頭に置く意識をきちんと持っている。
 慎重さが勝因となる聖杯戦争という場で、しかし彼女は第三者が見れば異様とも言える行動を取った。
 彼女の吐いた“嘘”は、呉島光実、呉島貴虎、犬養舜二の三名がマスターであるという前提に基づかなければ成立しない。そして、実際の所レデュエは三名がマスターであることへの確証らしい確証など碌に持っていない。
 彼等の尻尾を掴んだわけでも無いのに、打算的とも評されるような行動をレデュエは選んだ。三名がマスターであるという仮定を重視したのだ。



 何故ならば――そう考えるのが“愉しい”から。



 先程の嘘を基に今後の展望を考えてみれば、少なくともレデュエ自身に矛先が向けられる可能性は未だ低い。それ以外の可能性に至る可能性が高いと言える。
 即ち、必要最低限の保身は達成されている。
 この厄介な条件が満たされた時点で、レデュエが自らの悪戯心を抑制する理由など無かった。
 実益はとても大切だが、それだけではつまらない。自分の趣味も満喫しなければ、甦ってまで時間を過ごす意味が無い。
 そのために、まず既知の人間達を標的とする。勿論、あのデェムシュのようにレデュエ自身で戦うようなことはまだしない。
 レデュエが手掛けるのは主に下準備。望む光景は、同胞同士の潰し合いと殺し合い。この泥沼の様相を見物するのが、レデュエの好む楽しみ方である。

 内面に人一倍の嗜虐性を持つフェムシンムのレデュエであるが、通常の状況であれば多少は真面目に聖杯戦争に取り組んでいたのかもしれない。
 それでも彼女が結局このやり方を選ぶこととなった要因は、既知の人間がいたことであった。
 かつて言葉巧みに破滅への道へと誘導し、しかしレデュエ自身が志半ばで命を散らしてしまったがためにその末路を見ることの叶わなかった、あの呉島光実の存在が示唆されてしまったから。
 彼がただの肉人形ではない、自らの意思で活動する聖杯戦争のマスターであったと仮定すれば。
 ああ、それはなんと素晴らしい話だろうか。最高級の玩具として、彼がレデュエの前に再び現れてくれたということではないか!
 予想が当たれば大喜び。外れたら外れたで、興が削がれるというだけのこと。
 その程度の軽々しい認識があったからこそ、レデュエは少し積極的に行動を起こした。本来は何もしないうちに勝手に踊って壊れてくれるのが理想的だが、今回ばかりは事情が特殊だったのだ。

 自らの考える“喜劇”のために、犬養舜二と呉島貴虎を巻き添えにしようと考えたことにも大した理由は無い。
 犬養舜二は、グラスホッパーという圧倒的な勢力の群衆を率いる人間。その一言で否が応でも状況を動かしていく優秀な舞台装置として、彼は打って付けだった。
 呉島貴虎は、かつて呉島の兄弟が手を染めた身内殺しの再現に必須の人材。結局は互いへの愛情を捨てきれないからこそ、この状況で干渉し合わないのは実に無粋。愛する弟と感動的な対面をする方が、外野から見る分には面白い。その先の末路を想像するのは、もっと面白い。
 呉島光実は、自らのコミュニティの保持に固執する人間。それを切り崩すために、協力し得る人間には最大限の手を尽くしてもらう。それでもしも実は全員がマスターだったと発覚するならば、随分な幸運だろう。
 本命ではない“ただの余興”として、彼が壊れる様を見届けるのが楽しみだ。
 理由なんて、結局これで十分なのだ。

 呉島光実、呉島貴虎、犬養舜二。立場も目的も異なる三名ではあるが、共通点が少なくとも一つある。
 彼等は彼等なりに、聖杯戦争という儀式自体には真剣に取り組んでいるのである。
 だからこそ、もしも事の真相を知れば彼等は等しく憤るだろう。
 生真面目なマスター達が必死に作り上げる戦略を、不真面目な愉快犯の分際で無闇に引っ掻き回すのだ。

 ただの勝利だけではなく自らの悦楽のために、人々を欺き、煽り、焚き付ける。
 自分達の戦力の適切な配分を決定するための彼等の考察に、無遠慮に介入しては攪乱する。
 確たる証拠が無ければ狙われないだろうとの前提に、確たる証拠も無しに狙っても別に構わないだろうと反駁する。
 無垢な少女と出会い、結果的には真っ当なヒーローの道を歩みかけている少年の世界を、妨害して陥れては堕落していくようにお膳立てする。
 自らの心の脆さのために、人々が混迷し破滅を辿っていく滑稽な様を観客席から嘲笑する。
 全ては、そのための“冗談(ジョーク)”。

 身内でも恋人でも同志でもなく、ただの玩具として。
 生命を、ニンゲンを、呉島光実を愛好している。

 レデュエとは、そういう女である。



【MIDTOWN COLUMBIA PT/一日目 午後】

【レデュエ@仮面ライダー鎧武】
[状態]健康
[装備]戦斧、量産型戦極ドライバー(破損により機能停止)
[道具]特筆事項無し
[思考・状況]
基本:極上の悦楽と、聖杯の獲得。
 1.各勢力の動向を確認。障害になると判断した者は排除する。
 2.ユグドラシルやグラスホッパーなど、元の世界での関わりが想定される組織を警戒。可能なら調査、及び対立状態の促進を。
 3.せっかくの機会なので、呉島光実には今度こそ完全に壊れてほしい。
[備考]
※サーヴァント同様に霊核と魔力の肉体を持つ存在であり、霊体化が可能です。
※ウォッチャーからのバックアップによって魔力切れの概念は存在しませんが、
 魔力による負傷の治癒は他のサーヴァントと同様時間を掛ける必要があります。
※呉島光実とその関係者がマスターである可能性に期待しています。
※付近に一体のサーヴァント(エシディシ)が退避していると考えています。これから接触するかは未定です。



[全体備考]
※MIDTOWNにて活動していた数名のグラスホッパー団員がレデュエの襲撃を受け、殺害されました。
※団員の一名が死に際に「斬月・真による団員の殺害」という情報(大嘘)を他の団員へ伝達しました。
 ある程度の時間が経てば、グラスホッパー内の上層部も知ることになるでしょう。



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最終更新:2016年05月19日 22:22