アメリカンフットボールのグラウンドの端よりもさらに外側で、ベンチに腰掛け缶コーヒー片手に十代の男女との会話に興じる赤髪の女性はアニー・チャールトン。
眼鏡とスーツで固めた理知的な姿こそが、『無銘の冥王(ジョン・プルートー・スミス)』にして『弓兵(アーチャー)』の彼女が持つ人間本来の姿である。
二十代の頃の姿で再現されたことを理由に、社会学の論文の執筆作業中である一介の大学院生を名乗り、彼女は聞き取り調査の名目でハイスクールの生徒達と接触している。そんな構図が成立している。
この構図を少し俯瞰してみた時、新たに一つ言えることがある。
アニー・チャールトンは今、危険な状況に立っている。
例えば、アニーと言葉を交わす生徒達は数日前から自警団グラスホッパーに所属している新人団員である。より具体的に言えば、彼等は『科学者(キャスター)』のサーヴァントと共に聖杯戦争の制覇を目指す
犬養舜二の配下である。
人海戦術による情報収集力に長けたグラスホッパーの面々の前にサーヴァントが自らの姿を見せびらかすのは、それだけで自らの立場を危うくすることを意味している。
例えば、アニー達の遥か後方に立ち、彼女達のいる方向を眺める骸骨めいた怪物。これは『魔術師(キャスター)』のサーヴァントが聖杯戦争での勝利の一手として街に放った数十に及ぶ竜牙兵の一体である。
稀代の才覚を持つ魔術師にとって、使い魔の眼を介してサーヴァントの姿を観察し、その能力を丸裸にする程度は容易だ。やはり、見られる側であるアニーは一方的不利な状況である。
幾人もの外敵の前に実体化した自らの姿を晒すという無謀な真似に及ぶアニーは、しかし、追い詰められてはいない。
何故か。
それは、団員も使い魔も含めて誰一人として、アニーがサーヴァントだと認識出来ていないためであった。
アニーが持つスキルの一つ、「変身」。彼女が仮面と衣を纏い、ジョン・プルートー・スミスへの変化を為し、サーヴァントの本領を発揮するための能力である。
そして、このスキルの別解釈の結果として、アニー・チャールトンとしての今の彼女はサーヴァントと見なされない。
発生しているのは擬似的な気配遮断作用と、情報秘匿作用。
マスターの瞳はクラス名やステータスを視認出来ず、他のサーヴァントも特有の異質な気配をまともに感じ取れない。
ディック・グレイソンがアニーとスミスを結び付けられないのと同じく、誰も彼女が英霊を模した戦士であるなどとは露とも思わない。
生前の彼女の方から自ら正体を明かした相手を除いた全ての人間達が、そうであったように。
当然、アニーの方から自らの正体を説明することも無い。だから、言葉を交わす若者達はアニーの秘密には気付けない。
団員達は、彼女をただの大学院生として扱うだけに留まっている。竜牙兵は“アニー達がいる方向”を眺めているだけでしかなく、決してアニーを見つめているわけではない。
ギリシャの神話に名を残した魔術師と、大宇宙から齎された神秘の究明を志した科学者を相手に未だ優位にこそ立てずとも、ただ不利にも陥らない。
これもまた、素性を一切明かさずとも米国の民から守護者として畏怖された『神殺し(カンピオーネ)』が誇る逸話、その一端の具現であるのかもしれない。
こうした理由により、アニーはハイスクールでの情報収集活動の大方を無事に済ませることとなる。
未知のサーヴァントが自らの監視下を堂々と徘徊していたという事態に二人のキャスターが気付くことは無く、よって彼女の存在を改めて注視する必要性も生じない。
一人の女性がお喋りをしていた。どこにでもいそうな市民が、誰でもするような行動をしていた。そんな、何ら特筆するべき点の無いごくありふれた光景だけがあった。
◇
ユグドラシル・コーポレーションが数年前から着手している教育事業の一環として開設された私立のハイスクールでは、休日であっても生徒の姿を見かけることが出来る。
理由としては校内の施設を休日でも解放していること、自主練習に勤しむスポーツクラブ所属の生徒が多いことの他、治安の悪辣さに配慮した学校理事側が校舎付近に建設した寮での生活を生徒に推奨していること等も挙げられる。
米国人以外であってもゴッサムに居住する者の好例として、スクール内でも有名な
呉島光実というユグドラシルの御曹司が挙げられるらしいが、こんなものはレアケースなのだ。
しかし生徒の自主性を重んじるべきという建前もある以上、親元を離れての通学となりながらも寮生活を希望しない生徒に対しては、ゴッサムシティ内でも比較的治安の良いUPTOWNの区画内での居住を手配することとなっているとのことだ。一人暮らしにしろホームステイにしろ、安全な生活がユグドラシルによって確保されている。
自分達の管轄下で大事が起きたら評判の悪化も避けられない以上、尽くせる手は尽くすという所だろう。だったら最初からこんな街で学校運営などしなければいいでしょうに、と言うのは流石に野暮か。
ともかく、生徒達が休日でも学校を訪れやすくなる理由には事欠かないのだが、近頃は更に積極性を持たせる理由が生まれている。
急成長を遂げる自警団グラスホッパーの面々が、治安維持と売名のために校内を練り歩いているのだ。
入団試験をパスさえすれば良しということもあり、既に他のクラブに所属していながら兼部の感覚でグラスホッパーへの入団を希望する生徒も少なくないという。その甲斐あってか、単純な人数だけならアメフトクラブの部員数を追い越すのではないかという憶測まで飛び出すほどだ。
そんな彼等は街のニューヒーローとしては今日も大層立派に働いているが、勉学を本文とする学生としてはあまり褒められたものではないらしい。
アニーが聞き込みを行った生徒の三人目は、「詩織」という名前の日本人留学生であった。
その詩織曰く、平日の講義を平気な顔でサボタージュしておきながら今日はいけしゃあしゃあと学校に来ている生徒もちらほら見かけるらしい。
日本と違って米国では一般的な選択受講型のカリキュラムを導入しているスクールに一日中いて、その日に受けたどの講義でも欠席の生徒がいたから驚いた、だそうだ。
二十四日から始まる冬季休業を待ちきれず……という理由では断じて無い。彼等が何をしていたのかと言えば、徒党を組んでの校外での警備活動だ。たまたま昼食のテーブルで隣り合った「島」という男子生徒が得意げに語っていたのを、詩織は耳に挟んだという。
貴方は興味が無いのかと尋ねてみたところ、詩織は「犬養って人は凄いけど、周りの人達はなんだか怖い」と語って拒否感を示していた。
同じく留学生であり、詩織とはそれなりに口を利く間柄である「みくちゃん」という少女とも以前にそんな話をしたことがあるそうだ。自分のようにどちらかといえば大人しいタイプの子は、大体そのような態度になると思うという自己分析も付け加えられた。
賢明な判断だろう。聖杯戦争との関連性が想定される点を差し引いても、碌な集団では無いのは明らかだ。
グラスホッパーによるものと目される殺傷事件が後を絶たないと、ディックの身を置く市警でも悩みが尽きないという。そのことをアニーに語った時の沈痛さを隠しきれない面持ちと、それ故に醸し出される少年を脱却した男性特有の奥深さをアニーは今も脳にしっかりと焼き付けている。
閑話休題。聖杯の都合で連れられて来たこの辺境の地で、下手に乱暴事に関わって魂を無駄に散らすこともあるまい。「それが良いでしょうね、シオリ」とだけ言っておいた。
ここまで話したところで、友人との約束の時間があるということで詩織とは別れることになった。
グラスホッパーの拡大の様相を少し知れただけでも、良しとしよう。
それと、敷地内ですら風紀が乱れ始めているようなハイスクールの理事長という役割を割り振られたNPCには、少しだけ同情でもしておこう。
◇ ◆
八人目と九人目の相手は、まさにそのグラスホッパーの団員であった。恋仲の男女であり、揃って入団したのだという。
彼等と言葉を交わす中で、グラスホッパーへの好意的なニュアンスでの興味を匂わせてみた。堅物な印象を他人に与えると自覚しているようなアニーが、ふと態度に綻びのようなものを見せたらどうなるか。
結果は予想通り。嬉々とした表情で犬養の理想の素晴らしさを切って貼ったような言葉で説かれた挙句、何かあった時のためにと連絡先まで教えられた。末端メンバーの連絡先だけで犬養との接触が叶うとは思っていないが、とりあえず貰っておき、あのディックがこのアニーのために購入した携帯電話に登録した。
そして、そんな彼等を見てアニーは思う。軽い、と。
民間団体という特徴と、犬養の持つ求心力が合わさった結果、人々はグラスホッパーに対して既存の公安機関よりも距離感を近いように感じているようだ。だから、彼等はグラスホッパーをクラブ活動の延長線上にあるも同然の認識をしている。
数の力と戦略が功を奏し、ほとんど死者を出さずに成果を出し続けている新鋭組織グラスホッパー。その姿は人々の心から「この組織に関われば自分こそが犠牲者になるかもしれない」という恐怖感を薄めさせ、垂らされた蜜が羽虫を惹き付けるように人々を取り込む。
それでも有力な兵士でない者ならば最前線に送り込まないということで、数を確立するという結果は出せるし、広告塔の役割くらいなら与えられる。アニーの話した男女はまさにその口、処理能力よりも人当たりの良さを買われたタイプなのだろう。勿論、二人に自覚は無い。
ちょっと危険なアトラクション感覚で、ヒーロー活動に没頭する男女。大義と恋愛を両立する若者。
実に馬鹿げている。
十代の頃にアステカの魔神テスカトポリカから権能を奪って以来、人々を脅かす神々との闘争に明け暮れたがために異性との恋愛を楽しむ暇も無い青春を送ったアニー・チャールトンの例に倣えば、文句の一つも言いたくなる。が、ぐっと堪えた。
ヒーローを名乗るなら、生活と生命を投げ打たねばならない覚悟をしなければならないのだ。全く、彼等はヒーローを何だと思っているのか。怒りのままに手に持った缶コーヒーの残りを浴びせなかっただけ、よく我慢したと自分を褒めたいくらいだ!
閑話休題。そんな彼等であっても、情報の引き出しには使える。
物は試しで尋ねてみる。警察やグラスホッパー以外に、自警活動をする人っているのかしら。いたとしたらグラスホッパーに協力してくれても良さそうなのに。
それを聞いて、男女は語り出した。どうせ他の生徒もするような噂話だし良いだろうということである。
挙げられたのは、闇夜を翔る黒と青の男。間違いなくナイトウイングのことを言っているのだろう。真っ当な意味でのヒーローとして名が売れ始めるディックを想い、他人事ながら鼻が高くなるような気分である。
表情に出さず喜ぶアニーの前で、男の方が次に口走ったことを女が慌てて制する。「緑の……」とだけは、聞こえた。
その途端に気まずそうな態度を取った彼等は、シフトがどうやらと理由を付けてそそくさとアニーの前から去って行った。追及したところで無駄だろうと考え、そのまま見送る。
それにしても、いくら下っ端とは言えあの程度の心持ちでヒーローをやれるというのはどうしたものか。
組織の末端へ下れば、外縁側へ行けば行くほど、純粋な士気だけではなく馴れ合いの側面が目立ってくる場合もある……というのも仕方が無いとは、分かっているが。
体の中で、苛々とした感情が増大していく。それを押しつぶすように、アニーはすっかり温くなった缶コーヒーの残りを一気に飲み干した。
◇ ◆ ◇
サーヴァントとして召喚された今のアニーには、生前に頼りにしていた協力者達が側にいない。
その代替としての働きを持つのがディック・グレイソンであり、彼の所属する警察組織の情報網であるが、これを有効活用するためには起点となる情報が必要となる。
その情報を集めるためにアニーが行っているのが、正体を特定される危険性の低さを利用した、直接の対話による情報収集である。
そして今日行ったユグドラシル傘下のハイスクールでの聞き込み活動の結果、市民視点でのグラスホッパーの活動状況を知ることとなった
勿論、組織の有力層にいる者達から聴取した内容ではない以上、さほど具体性のある収穫は無い。それでも、情報収集を責務の一つとする機関としてはそれなりに有力であるというのが分かっただけでも十分とするべきか。成果のお零れまで貰えたのは事実だが、それはそれとして憂えずにはいられない。
歪ね。
アニーの率直な感想だった。
前線に立つ者が戦士の皮を被った暴徒に成り果て、かと思えば小市民の感覚がまだ抜けきらない半端者の存在の完全な排除に成功していない。
犬養舜二の類稀なる統率力及び政治力。彼に惹かれた者達の頭数の、目を見張るほどの大きさ。これらの要素が何よりのグラスホッパーの大きな売りであり、逆に言えばそれ以外の部分ではどうにも欠点が目につく。
果たして、この状態で彼等を街の同居人として信頼して良いものかどうか。
例えば、帰り際にこうしてアニーが発見した未知の脅威に対応できるのかといった点が気がかりだ。
「キャスターの気配が無いと思ったら、これは」
アニーの行う調査活動には、一介の魔術師として持つ技術の活用も含まれている。
戦闘の痕跡があれば、残された物品から魔力の有無を探ることが出来る。そこから対策を練ることも可能だろう。
キャスターが持つ陣地作成スキルによって形成された結界に対して、その存在自体を察知することも別段不可能ではない。生前からして、拠点を結界で囲う魔術師を協力者の一人としていたのだから。
しかし、アニーが魔術師として行った捜索は空振りとなった。大きなアクションを起こすまでもなく明らかなことであった。この敷地内で刃を交えたサーヴァントはおらず、また拠点としているサーヴァントもいなかったようだ。
……というのは、どうやら勘違いだったか。
「ねえあなた、早くそれを」
数時間前に通り過ぎた時には何も無かったはずの図書館裏に、植物が生えていた。地面に雑草や花が生えているのではない。壁面に、蔦が鬱蒼と生い茂っているのだ。
中心にはおどろおどろしい色の果実が数個。驚いたことに、僅かに魔力が感じられる。
その一つが、ジャージ姿の男子生徒の手の中に会った、果肉が見えているのは、アニーが発見した時点で彼が齧り付いてしまっていたという証だ。
明らかにこれは拙い。
吐き出しなさい、と警告しようとした。が、既に遅かったようだ。
「あ、あ、あああああぁぁぁぁaaaAAAA■■■■■■■■!!」
少年の肉体が緑の輝きを放ち、ぐしゅりぐしゅりと変形していく。
そのたった数秒で、人間は怪人となった。
「……ふぅ」
人が人の尊厳を無くした姿を目の当たりにするのは、アニーの職業柄珍しいことでは無かった。
しかし、何一つ感慨を抱かず受け流すことが出来るわけではない。
しかし、彼女は生じた感情を一度隅に追いやり次の行動を思考する。彼女はそれが出来る戦士だから。
産声代わりの咆哮を聞きながら、一歩退く。そして懐に手を伸ばす。
それはジョン・プルートー・スミスではないアニー・チャールトンが敵に対抗するための手段。
カンピオーネであるジョン・プルートー・スミスが協力者の先行を第一手に選ぶのは、決して横着によるものではない。権能にして宝具である『超変身』と『魔弾』、そのどちらもが発動にデメリットを伴うためだ。浅い考えで力を振るってしまえば、すぐに自らを窮地に追い込む羽目になる。
だからこそ、まだ彼の出番では無い。
あと少しのところまで迫る凶器、食らうより前に手を打たねばとアニーは動く。が、それは不必要となるようだった。
「早く逃げてください!」
懐からそれを取り出すより前。
大きく呼びかける声が聞こえた。怪物と共に目を向ける。
二人の少年がこちらへと駆けてくるのが見えた。腕にはグラスホッパーの腕章。腹部には大きなバックル。手には……錠前?
「「変身!」」
揃って錠前をバックルに装着し、側部のパーツを傾ける。
途端、二人の団員は大きなマツボックリに包まれ、鎧武者へと変身した。そうとしか言いようが無い。
唖然とするアニーと怪物の間に割って入った二人は、すぐさま手に持った槍を怪物に突き立てた。そのまま、得物と得物の応酬が始まる。
言われた通りに一度引き下がり、その様を物陰から見つめながらアニーは考える。
彼等の技量は、特段劣ったものでも無い。敵からの攻撃を全て受け流すほどではないものの、連携の体勢を崩されることなく反撃に臨む。
人外の敵に対して臆することなく戦う姿を見るに、ある程度の場馴れをしているのだろう。
ゴッサムにあの怪人が現れるのは、これが初めてではないということか。
「決めるぞ」
「はいっす!」
一人は正面から、一人は上方から。
眩い色を伴った二本の槍で、怪物を同時に串刺しにする。直後、怪物の身体は爆風となって砕ける。
決着が着いたか。
敵を排除してなお二人は周囲を見回しながら、まさかこの短時間で現れるなんて、といったようなことを語り合っていた。
安全が確保できたとの判断だろう。やがて彼等は変身を解き、アニーの方へと歩み寄る。
「……多くは語りません。いいですか? このことは絶対に口外しないと約束してください」
逃げていなかったことへの呆れを滲ませながら、彼等はアニーに警告を示す。興味本位で首を突っ込もうとする市民を突っ撥ねる意図が込められているのだろう。
もし口外したらどうなるのか、彼等は語らない。
「わかりました。約束します」
いつも鉄面皮ばかり浮かべてしまう性分が幸いした。恐怖で顔が固まっていたのだと解釈されたようだ。
無力な民間人への対処を終えた彼等は、何者かとの連絡を取り始める。最後の後始末といったところか。
あまり長居しては却って疑われる。普段より早めの歩調を心掛けながら、アニーは彼等の下を離れる。
「……あ、あのっ、先輩!!」
「あ? どうしたんだよそんな切羽詰まった顔して。わざわざ走って来たのか?」
「タロっ……タロが殺されたんですよ! なんか、白いアーマードライダーがって……!」
「バっ、お前……!?」
また、新たな誰かの声と駆ける足音。心配そうな表情を出来るだけ心掛けながら、一度だけ振り向く。
顔面を真っ青にしている団員は、先程の八人目の聞き込み相手だった。そのことにアニーが気付いた一秒後、先輩団員の目が向けられる。
早く行けって言ってるだろ。
瞳には、これでもかと苛立ちを含ませていた。特に怖いとも思わないが、仕方が無いので今度こそそそくさと立ち去ることとした。
◇ ◆ ◇ ◆
アーマードライダーとは、あの鎧武者を指しているのだろうか。
Riderであるかは疑わしいが、少なくともArmedではあると言えるだろう。用語自体が団員の間の共通認識であるらしいのを鑑みるに、共通装備として運用されていると思しきあの鎧こそがアーマードライダーであると考えるのが無難か。
そして、アーマードライダーの力はグラスホッパーの専売特許ではない。
まず団員を殺したという白いアーマードライダー。団員の一人が言いかけた緑の何者かも、もしやアーマードライダーのことか。機密事項を漏らすなという意味で、彼の恋人は口止めしたのかもしれない。
「厄介な話よ」
ぼやきたくもなる。
ナイトウイングも流石に苦戦を強いられるだろう、アーマードライダーの装甲が持つ耐久力と攻撃力に悩んでいるだけでは無い。その強大な力が、民間人上がりの自警団の手で独占同然の状態となっていることが悩ましい。
彼等の纏う鎧が確かに優れた逸品だろう。しかし、中身は結局ごく普通の人間なのだ。
人の死に慣れていないから、身内の死に狼狽する者がいる。その一方で、「英雄的体験に酔いしれているのか不必要なまでの暴力を行使する。
時間を掛けた精神の熟成という過程を経ず、唐突にヒーローの資格を得た彼等に対してアニーが抱く不安。
聖杯戦争の敵対者として戦う場合を想定した時の苦労は勿論ある。しかし、ヒーローとしての働きをどれほど期待して良いのかの疑念も含まれている。
あの未知の植物と怪物への組織的な対策という点を加味すれば、現状での彼等は街の守護者としては十分に認めても良いだろう。
しかし、英霊の写し身である超常の戦士達が蔓延るこの街で、彼等はどこまで戦い抜けるのか。
悪魔の歪笑に怯えて心をへし折られるのが先か、はたまた鎧の性能に物を言わせた勝利を口実に、守護者気取りの支配者になるのが先か。
「ディックの邪魔だけは、しないでほしいものだけど」
聖杯戦争での最終目標を未だ決められず、しかしゴッサムの守護という意思だけは揺るがないディック・グレイソン。
そんな性格もまた立派な美点だと思うからこそ、アニーは彼に奉仕する。彼がどのような決断を下しても良いように、下準備だけは重ねている。
そんな彼の前に、いつかグラスホッパーの存在は障害或いは足枷として現れるだろう。
グラスホッパーが持つ守護者以外の厄介な側面が露わとなった時、彼はどのように立ち回ればいいのか。
その方針の決定のためにも、まずは彼と会うべきだろう。
彼と逢瀬し、彼と少しでも長くの時間を共有し、彼のパートナーとして彼の前で立派に働く。これこそがサーヴァントの果たすべき責務なのだ。
「……悪いわね」
ハイスクールの敷地を出てから暫くの後、ディックへの連絡を試みようとした夕焼け時でのことだった。
場所は人目に付かない物陰の路地。
出くわしたのはまたも怪物。その姿は、山羊を思わせる。
周囲には人っ子一人いやしない。今度こそ、助けは期待出来そうにない。
「今のあたしには、あなた一人を思いやってあげる余裕が無いの」
どうやら、あの植物と果実は想像以上に繁殖範囲を広げつつあるらしい。
その事実を苦々しく思いながら、アニーは構えるのは一丁のリボルバー銃。先程は終ぞ使い損ねた、生身のアニーでも使える武器である。
闇エルフの手で作られたエオル鋼製の魔銃に、鉛玉は一発たりとも装填されていない。アニーが生身の状態でも『魔弾』を放つために存在する逸品なのだ。
しかし、ここで撃つのは『魔弾』ではない。アニー自身の魔力で形成した、単なる魔力弾。魔術師としては中の上のアニーでも行使可能な攻撃手段。
……それは、まつろわぬ神はおろかその配下の獣にすら碌に通じなかった程度の威力しか持たない。
聖杯戦争の場で例えれば、サーヴァントの身に宿る神秘性には殺傷力を減衰させされ、三騎士が持つ対魔力のスキルにもまた威力の減退を余儀なくされる程度のもの。
身体能力では常人とさほど変わらない程度のアニーがこの戦い方を選んだところで、少なくともサーヴァントには勝ち目が無いのだ。
その前提を踏まえて、アニーは怪物に銃口を向ける。しっかりと、狙いを定める。
怪物の大角が、細い肢体を無残に破壊せんと迫り来る。
「でも、祈るくらいはしてあげるわ」
BANG!
銃声は、数度響いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
アニーが放った魔力弾は、怪物――インベスに通用するのか。
この問への解答を示すためには、説明を幾つか付け足す必要がある。
アニーの魔術師としての技量は、精々中の上といった程度である。
しかし、神を殺しただけあって呪力だけなら超一級者すら凌駕する。
アニーの魔力弾は、まつろわぬ神の使役する獣には通用しなかったという事実がある。
その獣とは、幻想種の中でも最高位とされる神獣のことを指している。
インベスとは、
ヘルヘイムの森が生み出した『禁忌の果実』によって人間が変貌した怪物である。
果実自体の神秘性のランクは低く、また上位種へと進化したわけでも無い個体のインベスを定義するならば魔獣かそれ以下か。
これらの条件を踏まえた上で、先程の問を再考したならばどうなるか。
超級の英霊である彼女が放った魔力弾は、魔物としては二流であるインベスに通用するのか。
答えは、歴然。
十二月二十一日の午後、とあるハイスクール内及びその周辺地区での出来事を列挙する。
何十人もの人間が各々の思うように活動していた。人間社会として当然の様相であり、この中からどれか一つを取り上げるのはいっそ馬鹿馬鹿しい。
インベスとアーマードライダーが交戦した。普通に考えれば異常事態ではあるが、聖杯戦争を知る者にとっては既にゴッサムの日常の一部である。
とある地点で、何者かに撃破されたと思しきインベスの死骸が発見された。犯人は不明。これは流石に気になる事態だが、残念ながら究明は困難だ。
街を行き交う市民も、異常に気付いて急行したグラスホッパー団員も、感知した魔力を追って現場に駆けつけた竜牙兵さえも、事を済ませた結果しか目撃出来なかった。初めに発生した喧騒に気を取られ、第二の事態への対応が一歩遅れたのだ。
結局、誰も真相を目にしていない。
偶然通りすがったアニー・チャールトンという名前の女性が、数発の銃弾でインベスを絶命させた。
その決定的瞬間を目撃した者は、生憎とゴッサムシティには一人も存在しない。
アニー・チャールトンの正体はアーチャーのサーヴァントであり、カンピオーネのジョン・プルートー・スミスである。
この事実を知る者は、相変わらず、いない。
【MIDTOWN COLUMBIA PT/一日目 午後】
【アーチャー(
ジョン・『プルートー』・スミス)@カンピオーネ!】
[状態]健康、アニー・チャールトンの姿
[装備]闇エルフ製の魔銃
[道具]なし
[思考・状況]
基本:ディックのやりたい事に協力する。
1.一旦ディックと合流する。情報を共有し、次の行動を考える。
2.「白いアーマードライダー」「緑の……(アーマードライダー?)」とは何者だろうか。
[備考]
※「変身」スキルの副次的恩恵により、アニーの姿の時は擬似的な気配遮断効果・情報秘匿効果が発生します。
※ユグドラシル傘下のハイスクール内で調査活動を行いました。
※グラスホッパー団員の女子生徒から連絡先を入手しました。
※アーマードライダー、インベス、ヘルヘイムの森の存在を確認しました。
※12月20日以前における活動状況については後続の書き手さんにお任せします。
最終更新:2016年07月18日 12:20