死と狂いと優しさのセプテット ◆auiI.USnCE
「えっ……?」
その呟きは誰のものだろうか。
深い森の中で、六人もの人間が呆然と立ちすくんでいた。
そして、彼らの真ん中にある『モノ』。
胸を刀で貫かれ、絶命している老人の遺体が、其処に存在していた。
「死んだ……?」
からからに乾いた喉から、やっとその言葉が出てくる。
その言葉を発したのは中性的な少年、柊勝平。
先程まで老人と戦っていた一人が、ただ呆然と遺体を見つめている。
老人――長瀬源蔵は完膚無きまで死んでいる。
それが何故か不思議に思えて、そして信じられなかった。
老人と思えない動きをした男はもう冷たくなって動かない。
この先生き延びるには、倒さなければならない障害だった。
だけど、その男が死んだ瞬間、醒めたように頭が真っ白になっている。
「な、何故、殺したんですの……?」
顔を青くしながら、御影すばるは問いかける。
始めた見た死体に恐怖を感じながら。
それでも、精一杯、虚勢を張りながらも殺した人間を睨む。
「何故……? 襲われているのに、貴様らが殺さないからだろう」
睨むスバルに向かって殺した人間――野田は憮然と言葉を返す。
それが当たり前の事のように。
「な、何も殺す事無かったんじゃ……」
すばるの反論に野田は不思議そうに首を傾げ、
「何を言っている。どうせ、『蘇る』だろう? 此処では死んだ人間は『蘇る』」
そして、禁断の言葉を継げる。
彼の世界の当然の摂理を。
当たり前のように享受してる摂理を。
「…………はっ?」
「…………え?」
「なんですの……?」
「…………」
「…………えっ?」
その言葉を聞いた瞬間。
正しく、その場に居た人間が動きを止める。
柊勝平、クーヤ、御影すばる、牧村南の四名は唖然と驚愕と戸惑いに表情を歪めている。
ただ、日向秀樹だけは目を閉じたまま、無表情だった。
「それは……だから何なのだ? お前はくるって居るのか」
混乱する頭の中でクーヤは必死に言葉を紡ぐ。
彼の言葉を理解する為に。
いや、理解したくなかったのかもしれない。
この時は、ただ頭が混乱していた。
「貴様こそ狂ってんじゃないのか? だから、蘇る。何を言って……」
「…………いい、野田。俺が話す。ついでに情報交換や、自己紹介もしたいしな」
続けて同じ事を言おうとした野田を制し、日向が説明を始めようとする。
彼らが生きている『死後の世界』を。
それは正しく『今』を生きている世界の人間のとって。
パンドラの箱を開けるに等しい事であることを知らずに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふむ……正直よく判らないが何となく解った気がしないでもない」
「どっちなんだよクーヤちゃん……」
「五月蝿い。カッペーこそ解ったのか?」
「…………うぐっ」
「図星ではないか」
「牧村さんお久し振り……って言ってる場合じゃないですの……」
「……ええ、そうですね」
「死んでるって……ぱぎゅー」
「…………」
日向と野田が居た世界。
それは、死後であり、死んだものが来る世界であるという。
そして、此処の世界も同じであると。
また、その世界では殺した人間は蘇るらしい。
掻い摘んで話した言葉をクーヤ達は理解しようとするが、正直な所、さっぱりだった。
そもそも、自分達が死んでいるなんて信じられないのだから当然なのかもしれない。
けれど、彼らが嘘をついてるようにも見えないのも事実。
結局の所、未だに彼らは半信半疑と言ったのが関の山であった。
「まぁ、そういう事だ。納得してもらえるか?」
野田はそう言いながら死んだ源蔵を救急セットであったテープで縛り上げる。
気休めでしかないが、蘇った時暴れてもらっても困るだからだ。
「ふむ……」
クーヤはそんな野田を真っ直ぐ見て。
「やはり、お前は狂っている」
静かに、その言葉を継げる。
明らかな決別の言葉を。
嫌悪感すら、滲ませながら。
「なんだと!?」
「もし、此処が死後の世界だとしよう。余は信じられんがな」
激昂しかけた野田を制し、クーヤは言葉を続ける。
「死んでも蘇るのだな?」
「……ああ」
「……だから、殺していい? そんな理論があっていいのか?」
「……っ」
クーヤは侮蔑の視線を野田に向けながら、言葉を紡ぐ。
例え、死後の世界だとしても。
生きている人間を殺すという事を、許容していいのだろうか。
「確かに源蔵に非があった。戦いの場では殺し殺されは当たり前だ」
今回の場合、源蔵に非があったのは事実だろう。
源蔵が明確な殺意を持って自分達を殺そうとしたのだから。
それに、クーヤも戦乱の世を生きている者だ。
戦いの場において、殺人はいけないなど綺麗事を吐く気はしない。
けれども、
「何の意志もたず殺す事を許容する……そんなモノは可笑しい」
戦場で戦う者達は、皆、意志を持って戦っている。
国の為に、家族の為に、生きる為に。
例え一兵士でも意志を持って、殺している。
それなのに、
「蘇るから、殺していい? 殺しという痛みを与えるのに。それを当たり前のようにお前は他者に与えるというのか? 意志も信念もなく」
彼らの世界は指揮官すら、蘇るから死んでいいと思っている。
それ故に兵士を見殺しにもすると言う。
彼らは、殺す事に何の躊躇いもなく受け容れ、そして蘇るからいいと思う。
意志も信念も無くだ。
そんな考え、そんな世界。
「『蘇るから、死んでいい。殺していい』そんなものをを当たり前に受け容れているのは、例え死後の世界だとしても……狂っている」
狂っている。
クーヤはそうとしか思えない。
彼らが彼らなりの戦いをしていたとしてもだ。
命を粗末する戦いなんて、認めたくなかった。
「………………ふざけんな。てめえに何が解る。『死んじまった』俺たちの事が、何が解るんだよ!」
クーヤの言葉に、野田は殺意すら露にする。
自分達の世界、自分達の考えを完全に否定された上で、侮辱すらされたのだ。
怒りが沸かない訳がない。
「そうだな。余は解りたくもないし、解りたくない。余は『まだ生きている』のだから」
クーヤは扇で自分の表情を隠し、野田に言い捨てる。
そして、自分の荷物を持って、歩き出し始めた。
「何処に行く!」
「解りあえる事も無い……けれども、争う必要も無い。これ以上話す事も無い。余は余の道を行く。それとも、力ずくで止めるか?」
「……ちっ」
「……ではな、日向、すばるといったな。助けてもらって感謝する」
最後に、日向達への感謝の言葉を継げて、クーヤは立ち去っていく。
その背を、勝平は慌てて追いかけていって。
「ちょっと、クーヤちゃん。かっこつけて、ボク置いていかないでよ!」
「…………あ」
「忘れたとかいわな……」
「言わないぞ!」
最後だけ少し慌しくしながらも、彼らは去っていった。
唖然としている四人だけを残しながら。
そして、暫しの沈黙の後に。
「あたしは……やっぱり、甘いと言われもても、誰が死ぬ姿はみたくありませんの。例え、それが蘇ったとしてもですの」
御影すばるが何かを覚悟したように口を開く。
優しげな表情を浮かべながらも毅然としていた。
「正直死んでいる……とか実感ありませんの。あたしはしっかり生きているんですの。それに、もし例え、死んでいたとしても」
最後に笑顔を浮かべ。
「あたしは、あたしの正義を信じるですの!」
強く御影すばるは宣言をする。
それが、すばるだと誇示するように。
「だから、御免なさい。野田さんと日向さんが言っていることは……よくわかりませんの」
そして、彼女も彼女の信じる道を歩み始める。
南に一礼だけして、走っていこうとする。
「待て、一人にすると危なっかしいしついていく。そういう約束だろ?」
「日向さん……」
「野田……すまん」
「ふん、お前のお節介は知っている」
「ああ、助かる」
「ふん」
そして、日向もすばるについていく事を決めて、野田の元から去っていく。
野田も日向のお節介な所を知っているからこそ、そのまま行かせたのだ。
そして、其処には老人の遺体と、二人の人間しか残らなかった。
【時間:1日目午後4時00分ごろ】
【場所:G-4】
御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】
日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(0/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100、水・食料一日分】
【状況:健康】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「狂っている…………か」
野田のぽつんとした呟きだけが、森の中に響く。
そんな、野田の背中が南にとって何故か寂しそうに見えて。
ただ、釘付けになったように、見つめている。
「…………貴様は行かないのか?」
その野田の問いかけは南に対してだ。
あれだけ、揃っていた人はもう、南一人しかいない。
皆、野田の下から去っていた。
野田の考えを否定しながら。
正直な所を言うと南も、死後の世界の事は理解できていない。
死んだら蘇るというのも、信じられない。
だから、彼の話も正直混乱するだけのものでしかない。
けれども。
「行きませんよ」
牧村南は、去ろうとしない。
例え理解できない考えでも。
例え理解できない世界だとしても。
「野田くんは、いい子ですから」
野田という少年は、いい子なのだろう。
狂った世界にいようとも、野田という人間の本質は。
きっと狂ってはいやしない。
短い触れ合いだったけれども。
南にはそれが理解できていたから。
だから。
「私は、貴方をサポートすると決めたんです」
牧村南は、野田と共に行く事を選択する。
その答えに野田は振り返らず歩き出して。
「ふん……勝手にしろ」
「はい、勝手にします」
気恥ずかしそうに、返した返事に、南は満面の笑みで応える。
その眼差しは、本当に柔らかで、優しいものだった。
【時間:1日目午後4時00分ごろ】
【場所:G-4】
野田
【持ち物:抜き身の大刀、水・食料一日分】
【状況:軽傷】
牧村南
【持ち物:救急セット、太刀の鞘、水・食料一日分】
【状況:呆然】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クーヤちゃんは、のしのしと変わらず歩いている。
野田という少年の考えを完膚なきまでに否定しながらも、彼女は歩いている。
けれども、ボクは彼女自身も迷っていると思う。
何故なら、ボクに一度も表情をみせようとしないからだ。
扇で表情をずっと隠して。
暫く歩いて、彼女は言葉を発する。
「余は……間違っていたか?」
彼女は不安なのだろう。
でもボクは、
「……解んないな。間違ってたかもしれない」
「……っ」
あえて彼女の求めている答えを口にしない。
でも、
「だけど、ボクは間違っていたとしても、君についていくよ。ボクは君を信じたから」
たとえ、間違ったとしても、ボクはクーヤちゃんについていく。
クーヤちゃんを信じているから。
そう決めたのだから。
「ふ、ふん……カッペーのくせに生意気な」
「……喜んでいるでしょ?」
ボクの応えに、図星だったのか。
クーヤちゃんは声を荒げて。
「う、五月蝿い! 喜んでないからな!」
「あははは、そういう事にしておくよ」
「全く」
うん、これでいい。
これが、ボクの選んだ、ボク自身の道だ。
ボクは、この道を歩いていく。
【時間:1日目午後4時30分ごろ】
【場所:G-4】
クーヤ
【持ち物:ハクオロの鉄扇、水・食料一日分】
【状況:軽傷】
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ただ、一人。
誰も居なくなった事を確認して。
彼女は、姿を現す。
ずっと隠れて、話を聞いていた彼女。
復讐者であり、殺人者である片桐恵が、姿を現した。
彼女は老人の死体を一瞥して、空を見る。
思い出すのは先程少年達が話していた会話。
死後の世界。
死んでも蘇る。
狂っている人間。
リフレインする言葉。
死後の世界なのだろうか。
此処は、自分は死んでしまったのだろうか。
いや、死んでいない。
何も為さないまま、死んだわけが無い。
せめてあの人間だけは殺さないと、死にきれない。
だから、信じない。
ここでの殺人が無意味とか、信じない。
岸田洋一が蘇るなど信じない。
絶対に殺す。
蘇る間もなく、殺す。
それが、片桐恵の生きる理由。
そして。
片桐恵は狂っている。
意志無き殺人が何が悪い。
生きたいから、殺した。
死にたくない、殺した。
為すがままに、殺した。
ただ、殺した。
殺した段階で、もう、狂っているのだから。
片桐恵は元の世界には、戻れないのだから。
死後の世界なんて、関係ない。
彼女が望んだ世界には、戻れないのだから。
そして、目を閉じ、もう一度、意志を固める。
岸田洋一を殺すと。
ゆっくりと、目を開け考える。
あの三方に去っていた三組。
追って隠れ蓑代わりに利用してやろうか。
それとも、あんな考えをする連中だから、利用するのを止め、一人で行くか。
選択肢は沢山、ある。
片桐恵は一拍置いて、息を吐いて、選択する。
そして、その選択通りに歩き出そうとして、ある物を見つけた。
それは老人のデイバックで。
何か利用できるものはないかと思ってジッパーをあけた瞬間。
「にゃー」
独りの猫が飛び出してきた。
恵は驚き、猫を見つめるも猫は人懐っこそうに恵の周りを回る。
恵は少しだけ考えて、
「君も独り?」
「にゃー」
「じゃあ、一緒に行く?」
「にゃー」
猫は返事をして、恵の肩に乗る。
少し重たかったが、それほど気にはならなかった。
すこしだけ、猫をあやして、彼女はまた歩き出す。
だけど、彼女は気付かない。
そのときの彼女は、とても、儚く、そして、優しい笑みを浮かべていた事に。
彼女は気づく訳も無かった。
【時間:1日目午後4時00分ごろ】
【場所:G-4】
片桐恵
【持ち物:
デリンジャー、予備弾丸×10、レノン(猫)、水・食料二日分】
【状況:健康】
最終更新:2011年09月06日 18:21