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目覚めのルサールカ(前編)

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heikoie

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   昨今、世界は頽廃している。この世の終末が間違いなく近づいている。

──────古代アッシリアから発掘された楔形文字の粘土板。約5000年前の物とされる。




1:

 血が欲しい。
 粘ついた赤色を全身に浴び、泣き叫ぶ声と命乞い、悲鳴絶叫を肴に殺戮を愉しみたい。
 ひび割れたコンクリートの上で目覚め、咆哮と共に脳髄を一心に染め上げる衝動が、ロデムを襲っていた。
 魔人たる男の声は、片時も。右からも、左からも聞こえなかった。
 と、言うより。単純に興味がなかった。
 脳より直接叩き込まれた声など、聞く価値にも値しない。
 必要なのは耳を介して聞こえる物音であり。
 必要なのは目を通した殺すべき人間の姿であり。
 欲するものは、奪いたいのは、その源となる命だけであるから。
 だから、“観測都市”へと招かれて早々にその耳で男の高笑いを聞いたロデムは、歓喜に身を震わせて只管に駆けた。

 殺せ。殺したい。殺さなくっちゃあならない。だから死ね、死んでしまえ、死に伏せろ。

 ギラリ、と淡く輝く月光を反射したナイフが、ロデムの渇望を沸き上がらせる。
 殺せ。殺せ。殺せ。
 鈍いその銀色の光を赤色にくすませてこそ人を殺す刃物の本懐だろうと。
 迷うことなく、廃ビル屋上の手摺を足蹴に。宙に浮かぶなどという異常など気づきもせずに、跳び上がった。
 高層ビルの屋上から飛んだが故に、足場はない。このままであれば地面に叩きつけられ即死する。それはいい。そこまではいい。
 問題はそこではない。そんな些事ではない。

 ロデムのナイフは、まるで自分との間に見えない壁でもあるかのように届かない。
 ロデムの拳は、まるで見えない誰かに押さえつけられているかのように動かない。
 ロデムは、落ちて死ぬことすら許されず、更に打つ手が一つとしてなかった。

 何故、既に足場の須くが断ち切られ地に堕ちて尚、ロデムは宙に浮いている。
 男の首を断ち切った後、持っていたロープで残っている建物に飛び移るつもりであったのに。それが叶わないのであれば落ちて死ぬのみ。けれど、その兆候もない。
 どんな不条理が起きれば、自身の指がピクリとも動かなくなるというのだ。あと一ミリメートルを肌色の首筋に寄せれば、きっと赤い血が噴き出してくれるというのに。
 如何して、腕が動かない。ナイフを持った右手がピクリとも動かないのであれば、と今度は左腕で顔面を殴りつけようとしたすぐ後に、ロデムの意志を反するかのごとく。
 鼻頭がへし折れ、拳を伝う爽快感と共に上げる苦悶は、見ることも聞くことも感じることも叶わない。

 何故、何故──────“廃ビルの悪魔”ロデムを前にして尚、男は生きている?

「う、ウゥ……フシューッ……フシューッ……」
「こいつァとんだじゃじゃ馬だ……フフフッ、見境がねェなルイ・サイファー。こんなイカレた野郎もてめェの趣味の内たァ、恐れ入ったぜ……」

 無窮の空間が広がる上空を、我が物であるかのように飛んでいるこの男は、ロデムのことなど眼中にない、とばかりにつらつらと言葉を並べ立てていながら。
 何が楽しいのか、高笑いを続けていた。

「こんな真似を仕出かしたヤツの事だ……大方この暴れ馬をおれの付近に配置したのは偶然だろうな、フフッ、フフフッ!何処までも舐めた真似をしてくれるじゃねェか」

 人差し指と薬指を折り曲げ、中指をぴんと立てた掌をロデムに向けながら、男は前方────街と廃虚を分断する壁を見ている。

「さて……これからおれはこの元凶を始末するつもりだが……悲しいかな戦力が足りねェ。ファミリーの連中もこっちに来てりゃあいいが……」

 言うなり、ロデムに目を向ける男。張り付いたような笑みが、一層深まったようにも見えた。

「てめェがどれ程おれの役に立つか、試させて貰うとしようか……フッフッフッフッ!!」

 くい、と中指を折り曲げ、反対に人差し指と薬指を戻す。瞬間、ロデムの身体に重力が作用した。そのまま落下していく。
 雄叫びを上げながら目視の叶わぬ闇の底へ堕ちて行くロデムに、男────ドンキホーテ・ドフラミンゴは、笑みを深め、自身もまた深淵へと堕ちていった。


2:


 皮膚を伝う空気抵抗が重力による急加速と共にロデムの巨躯へと到来する。
優に数十メートルを超える高所からの自由落下。まず、まともな人間であれば生還は不可能だろう。
 一切の抵抗を許されずに地面に激突し、落下の衝撃で臓物をぶちまけ死に至る。コンマ一秒ごとに迫る明確な命のカウントダウンがロデムの眼前に広がっていた。
 こんな状況下で、一介の人間が何を成せようか。精々が、遺言じみた絶叫を上げ泣き叫ぶ程度が限界であろう。
 翼を持たぬ人の身一つで空という空間では何もできまい。空中に於いては無力、地の上からでしか事を成せない人類の、限界点であった。

「ォ──────」

 だが。

「──────オオッ!!」

 だが、こと“廃ビルの悪魔”ならば。
 不可能であるという、その条理を覆すことも可能である。
 号令一喝。獣のがなり声を彷彿とさせる雄叫びと共に、持っていたロープを投擲、切り分けられた廃虚の一室へと先端が飛来する。
 中央から斜めに専断された廃ビルは内部が露出していて、外部からじっくり内装を目視するのも容易い。その一室、残った壁面にそれはあった。
 ハンガーとしての役割があったのだろうか、黒色の壁掛け。のたうつ蛇の如く中空でしなったロープが壁掛けを絡め取る。次の瞬間、ロデムは投げたロープの先端を掴んだ。
 急拵えの命綱、それを作り落下を凌ぐ、といった見事な技前をこの一瞬で成して見せた。
 成程、かの天夜叉が目をつける程はある。

「……」

 ロープをよじ登り、切られた廃虚の一室に足を付けたロデムが次に考えたことは、当然獲物──────ドンキホーテ・ドフラミンゴの殺害。
 上に視線を遣れば、黒一色に染め上げられた深夜の夜では良く目立つ桃色が浮いている。

「まァ、このくらいは当然といった所だ。どうやらそこそこ実力はあるらしい……だが」

 相も変わらず上空を浮遊しているドフラミンゴが、ここで動いた。

「肝心の実戦ではどうだ?」

 何もないはずである空中を、まるで蹴るように足を振り下ろす。その一動作のみで、弾丸さながらの速度で突貫する。
 夜闇を切り裂く一条の光芒と化したドフラミンゴが、音の壁を突き抜けて一直線にロデムの目と鼻の先へ到来し。

「足剃糸(アスリイト)!!」

 横合いから、ロデムの顔面目掛けて爪先を向けた。
 0から100。静から動。慣性の法則などまるで無視したかのような超加速での疾走は、すわ瞬間移動かと見紛うレベルに達していた。
 無駄がなく、洗練されたこの一撃だけで取るに足らない凡愚は一蹴できよう。
 遥か遠く、偉大なる航路(グランドライン)で海賊として培った幾つもの経験が、一定の高みへドフラミンゴを押し上げていることへの何よりの証左であった。
 超人系悪魔の実、イトイト実の能力により斬撃を付与された蹴撃が、ロデムの頭を抵抗なく両断し──────

 不可。
 ただ殺戮のみに特化したロデムの頭脳、否、本能が得体の知れない脅威を感知。咄嗟に後方へと跳躍する。そのたった一跳びで廃ビルの端から、未だ残った壁面、戦場の端から端へと移動を果たす。
 ドフラミンゴの攻撃は当たらない。

 次手にて攻めるは、ロデム。
 振り切った足をドフラミンゴが戻す直前、類稀なる脚力を誇るロデムが着地の勢いそのままに地を蹴り抜き、駆けた。
 仮面を外して舌を出せば地を舐めることも容易い前傾姿勢。蹴りぬいた足を地に降ろす一秒にも満たぬ瞬間すら隙として見做すのはその人間離れした実力故か。
 今度こそドフラミンゴの首を断ち切らんと目にも止まらぬ速さでナイフを持つ手を射出し──────

 不可。
 ナイフを突き出すロデムの眼前に突如として現れた、蜘蛛の巣状の盾。ギリギリ、と思い切りナイフを押し込むも、全く以て通らない。そんなロデムを尻目に、ニタリ、と口角を上げたドフラミンゴは悠々と足を下ろしていた。
 ロデムの攻撃は当たらない。

「どうした、この程度じゃあおれの部下には要らねェなァ……!」

 殺気。ロデムが再び飛び退こうと脚に力を込め。
 飛び退き。

「五色糸(ゴシキート)……!」

 そのまま、ビルが切り刻まれる。ドフラミンゴがここに来て、実力の一端を見せ始めたようだった。
 対するロデムも、咆哮でドフラミンゴに応じる。
 戦闘が、加速し始めた。
 ビルが切り刻まれる寸前、立て掛けられた時計の針が25分を回っていた。



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