『しかだがのこのこだがしかしたたん』



[登場人物]  佐野鹿田ヨウ





 ただ一人でもいい、私は仲間が欲しかった。
バスの中にあんなにも多くの人間がいたから、私の『仲間』が紛れているんじゃないかと。
そんな淡い期待を、正直抱いていた。


「…隣りに座っていた……来生さん」

「私に気づいた途端、大袈裟なくらいに怯えちゃって……」


「やっぱり…来生さんも自分を開放できなかった普通の人間なんだね…………。……寂しいよ、…辛いよ」




河川敷の橋の下。
真っ暗な影に覆われ透過されそうな中、私は衣服を脱いだ。


 ベチャッ、ベチャッ


そして同じくらい真っ黒な『蛍光液』を、体全身に塗りたくる。


 バサッ……


…普段被っている『髪』。
塗るのに邪魔だったからそれを無造作に投げ捨てる。
露になったスキンヘッドにも蛍光液をたっぷり染み込ませた。


 ガサゴソ……


 ペタッ、
  ペタ、ペタ…


袋から一つ、一つ取り出していく。
山で見つけた動物たちから拝借した、大小さまざまな『目玉』。
濡れ切ってベタベタになった身体へ、吸い付くように貼っていく。
脚、手、胴、頭、後ろ、裏側、──付け爪を剥がし、十本指全部にもつけていって、


  ブゥン…
   ブゥン、ブゥンブゥン
 ブゥーン……


羽虫たちが嗅ぎつけて周りを飛び交ってくる。
全身ギョロ目で埋め尽くされるこの姿が──────、『本当の私』。
これが皆に見てもらいたい私の姿だった。


「緑の色の毒の電波が走っているのを見つけたのはクリスマスだったな…。12月25日。キリストもメシアとして知ってた…。だから血を流したり、腹を裂いて黄色い脂肪の玉を取り出したりしたからねー…」


「まるで蛙の解剖みたいに。…うふふっ! ──あっ、いたたた……。痛みはやっぱり鉄の足枷ねー……」





「……来生さぁん…。ほんとは私を試してるんでしょ? 普通の人間のフリして私が『本物の仲間』か試してるんだよね? 分かってるんだよ?? …ねえ、だから教えてよ」


「──今、渋谷のどこにいるか教えて。脳内電磁波を飛ばしてさ………。お願い、来生さん………」



 私のこの姿を見た、自分を『解放』できない人々は皆逃げていく。
大声を出して、泣きながら、いろんな汁を飛ばしつつ、山から走り去る。
私は別に襲いかかろうとか、そんなアクションを一ミリも取っていないのに、みんなみんな逃げるしかしない。してくれない。

その人たちの背中を見るたびに、私はいつも決まった思考をしてしまう。
──特に、カップル連れとか、二人組の人を見たら。その思考が顕著に激しくなる。


 “私も、あぁやって一緒に逃げてくれる『仲間』が、ほしい。”………って。



「えっ??! うおっ、はぅあぁあっ!!!!??!!!」


………。
ふと、後ろからの声に振り向かされた。
…この男の人もまた、一言も会話してないのに、私を見ただけで既に立ち去る体勢でいる。


「ひっ、ひっ!!! うおわぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」


そして、予想通り物凄い勢いで逃げていった。
…いつも、こう。
もしかしたら、この渋谷なら違った反応になるかなと期待したけど。…いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、こう。
皆そろってマニュアルみたいに同じ行動して、私はいつも一人残される。


 もしかしてこの星には、自分を『開放』し自由になろうって考えの人はもういないのかな。

 この星のあらゆる海、あらゆる土地を探しても私と同じ考えの人は見つからないのかな。
 だとしたら、もう地球には用はないから宇宙外にいきたいけど、……私にロケットとか所有していない。

 つまり、私はこれからもずっと……、本当の自分を誰にも理解されず。
 ずっとずっと、偽の姿のまま生きなきゃいけない。


 そういうこと、なんだね。



…目玉から、ドロドロと汁があふれてきた。
多分、熱帯夜だから腐るのも早いんだろう。蛾やアブにたっぷり目の汁がかかる。
足先の目、肩につけた目、額につけた目、顎につけた目────あと、元からついてる目から。…液体が止まりを見せなかった。




「──うおぉぉおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」


……………え?
背後から急に大声が迫ってくる。正直、意表を私は突かれちゃった。
振り向いた先にいたのは、さっき逃げ出したあの男の人。

 ズザザザザ────ッと。
私の横で急ブレーキをかけたそのおじさん。
息を荒くしながら、彼は私の肩をポン、と叩き……、そして物凄くフレンドリーに話しかけてきた。


「ハァハァ…! …君の全身についてる『それ』…。これって、まさしく──…!!」

「…………え? な……」


「────『ヤングドーナツ』だよねっ!!!!! ハァハァ…ハハハー…、ハーハッハッハッハッハッ!!!!!!!!──」



「──貼りたりないようだから急いで買ってきたぜっ!!!! ほら、喜んで受け取りなっ!!!!!!」



……………。
私の手には、よく見る駄菓子が握らされていた。





「ここで、お勉強ターイムと行こうかっ!!!!!!!」


 そういって、目の前のおじさんはメガネをかけだした。
…メガネといってもマーブルチョコたちが「8」型に包装された駄菓子のあれだけど。
それをスチャっとかける素振りをして、おじさんは講釈を始める。


「ヤングドーナツは今から二十年前に宮田製菓から発売された新人駄菓子なんだぜ!!!!! …あっ、宮田製菓さんいつもありがとうございます~~!!!!!!」

「ルーツはみんな大好き揚げパンだ!! それもアンコが入ってるやつねっ!!!!! 普段その製造をしていた下請け会社から宮田製菓さんに「揚げパンの材料があまったからあげるよ~」的な委託をされたんだ!!!!!」

「これをどうにかうちの製品に作れないか…? と悩む宮田製菓さん……。そこで、この駄菓子が閃いたというわけなんだっ!!!!!!」

「あのヤングドーナツ…牛乳、小麦粉、たまごにお砂糖の素朴な味ではあるが、アクセントになってるのは降り掛かった粉末砂糖だろうっ!!!! あれはこの歴史が由来となっていたんだよ!!!!」


………私は何を聞かせれているんだろ。
そもそもにして目玉をドーナツと見間違える視力もスゴいけど、さっきからわけ分からない話の勢いが凄まじい。
ほんとに、このおじさんは何が言いたいのかな?


「…しかしだなっ……。噂には聞いていた全身ヤングドーナツ人間だが……。まさかこんな場所で出会えるとは………!!!」


なんか全身ヤング云々とかいう意味のわからない変人と勘違いされてしまった。


「俺…、実は『世界一駄菓子を愛してる人間って自分じゃないのか? いふふふっ!!! 』…って思ってたんだが自惚れだったぜ…。──ヤングドーナツ人間くん!!! 君を超えるヤングドーナツ愛の人間は、この世にいないっ!!!!!!!」


…駄菓子は別に好きでも嫌いでもない…かな。
というか、「いふふふっ!!」ってどういう笑い方なの?


「そこで、俺は考えた。…どうにかして、君に対抗できない…か、をねっ!!!!!」


ライバルにされてしまった。


「…君の模倣になるようだが許してくれ………! そして刮目してくれっ!!!!!──」

「────これが…、俺の…!! 『駄菓子愛』なんだァァァア────────────ッッ!!!!!!!!!!」


なんだか急にテンションMAXになり、叫びだしたおじさん。
明らかに普通ではないおじさんは、自分の着物をバッと脱ぎ出すと、自分の肉体美をさらけ出してきた…。
フンドシ一丁の体は、全身にマーブルチョコがべったりと貼り付いていて……、カラフルこの上なくデコレーションされている。
……この匂い、はちみつ…?
よく見たらおじさんの足元にはアリの大群が羨ましそうに眺めていた。

…そもそもこの行動。
普通に考えればセクハラとか…それ以上の公然猥褻では??



「ハァハァ……。いい闘いだったな…! 俺達……!!!」


知らない間に闘わされてたらしかった。


「……激闘のあとは共闘だ…!!!! 駄菓子好きな俺達で渋谷に広めてやろうぜっ………!!」


…繰り返すけど私は駄菓子が好きじゃなかった。


「────まさしくヤングドーナツレボリューションをなっ!!!!! この殺し合いのルールに『穴』をあけてやろうぜ!!!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」


……『穴』って。
そんな上手いこと言ってるようには聞こえなかった。


ただ、一つ。
──ひとつだけ分かったことがある。

このおじさんが完全に普通ではないこと────言うなれば自分の『解放』に成功しきった人間なのだということが。
つまり、長きに求めていた同人種──『仲間』とついに出会ったのだ。
……私は、思わず息を飲んだ。


目玉を袋に全部戻し、全身を濡れタオルで拭いてから、カツラを被りスカート等を穿く。
制服に袖を通して、おじさんに一礼。
ついに『本物』と遭遇した私は、なんだか安堵な気持ちで満たされていた………。


「私、佐野といいます…。別にお菓子は好きじゃないです……。…それでは……!」

「……──えっ??!!!!! ちょ、ちょっと待って??!!! え???!!! お、おじさんは鹿田ヨウだよ!!!!!! …だからなんだって話だけど……。…と、とにかく待って!!!!!」



…でも、さすがにこの人と同類とは思われたくない…かな。


【1日目/C2/河川敷/AM.0:06】
【佐野@空が灰色だから】
【状態】健康(普通の姿)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:『仲間』を探したい。

【鹿田ヨウ@だがしかし】
【状態】健康(フンドシ一丁に全身マーブルチョコ)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:駄菓子同盟・佐野ちゃんと駄菓子レボリューションを起こす。
2:──はずだったんだが……、ちょっとどこ行くの!??


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028;『魔界村の騎士は両手に花 030:『世界一やさしい殺人鬼
佐野 059:『大好きが瞳はタダノくんの
ヨウさん 046:『十年ごのボクへ
最終更新:2025年04月07日 20:30