『菓子』
●すっぱいぶどうにご用心!!●
「駄菓子………!」
「ぶどう味のガムが三つはいっている。」
「…しかし……!」
「三つのうち一つだけ『超すっぱい』のだ………!」
「──確率は33%……、no doubt(間違いなし)………!!」
「割とマジですっぱいから……、心して食べると良い……………。」
(『すっぱいぶどうにご用心』パッケージ説明欄)
◆
『過程よりも結果』か、──『結果よりも過程』。
どちらが人生的に正しいのか気付かされた瞬間。──それは随分遡るが、幼少期……クリスマスを迎えた時だった。
クリスマスイブにて食後、あれだけワクワクしながら床についたというのに。
翌日朝プレゼントを開けた時…心はなんだか冷え渡っていた。
それは別に期待通りの中身じゃなかったとか失望を意味するわけではない。
確かに父から貰った流行りのゲーム機は嬉しかった。
テレビに繋いで遊んで、何時間も占領して心底幸せだった。
だが…、……違う……………っ!
何かが違う……。
こんなにも遊んでて楽しいのに………、心は十分に満たされない…………! 違っていたのだ……………!
何が違うのだろう、何が足りないのだろう、と画面上の敵を倒しながら考える内、…僕は唐突に気付かされた。
そうか…っ。
いわば本番よりも前夜………、イブ………!
プレゼントを貰うより以前がピークだったから、いざ迎えた本番《クリスマス》は消化試合感があり…心がときめかないのだ…と…………!
────この時の気付きが、『結果よりも過程』を重視すべきコトと結びつき、以後人生にて雁字搦まれるように…その理念の元行動することとなった。
「……生き残る確率は1/70。…間違いない、僕は………っ」
──no doubt………。
『結果』だけ考えた場合、このバトルロワイヤル。僕は死ぬ…………っ。
間違いなく…………っ。
生き残れる算段は思いつかず、もはや悔しいとかそんな気持ちさえ潰れてしまっている…。
そう考えたとき、僕はどのような『死ぬまでの仮定』を積むべきか。
…僕も生きている以上、そしてこの殺し合いに参加させられた以上、何か痕を残して死んでいきたい。
ならば、その爪痕は具体的にどういう内容で残すのか、だけども。
…日頃『我関与せず』を貫き、自他共に認める非人情派の僕がこんなことを言うのもアレではあるが。
──お世話になった上司…共に殺し合いに放り込まれた『利根川先生』が得になることをしたい。
……それが、僕の残したい爪痕。人生の集大成となる『過程』だと考えた。
「………一体、どこにいるんだろうな…………。はぁ………」
室内ライトつけず、そして月明かりも大して通さず──、暗い車内の運転席にて僕は一人ため息を漏らす。
眼の前…十数メートル先には浜辺で二人の子供(中学生……?)がなんだかギャーギャーーと喚き散らしていた。
──まぁ二人と言っても、怒り狂う小太りの少年に比べて対面する少女は至って冷静だったが。
殺し合いという事態が事態なので、普通なら僕は仲裁に入るべきなのだろうが………ただ、ただ眺めていた。
時折、使っていないアプリで溢れたスマホの画面整理をしたり、アルバムの普段は飛ばす曲を聴いてみたりしつつも、今はただこの白いミニバンに身を籠るだけでいる。
「…あっ、もしかしてこの車《ミニバン》が僕の支給武器………なのか……………?」
鍵は最初から付いている。
なにしろゲーム開始直後、気づいたらこの車内にいたわけで。
…つまりは、コイツを暴走運転して轢殺しまくれ………! という意味合いは察するに容易かった。
──……が…、
「『枝垂ほたる様専用武器』………か……………」
ぶら下がる鍵にはそう、明確に表記されていた。
…何故…僕のワープ先。
初期位置を……人様の武器にした…?
それは置いとくとしても…何故…その肝心の『枝垂ほたる』さんを載せていない…?
…まったく解せない。圧倒的不可解の極みだ……。
──前述の僕のため息は、この不可解が八割起因となっている………っ。
「……はぁ………っ」
主催者の理解できぬ意図と、人様の車に勝手に乗ってしまったという理不尽な罪悪感が脳を満たし。
僕は重くなった頭を思わず抱えていた──。
「…監視お疲れ様、刑事。差し入れ買ってきたから、ま、休憩といきましょう」
────そんな時だった。
ガチャリ…と唐突に開かれる助手席ドア。
そして、紙パックのコーヒー牛乳と『謎の食い物』を差し出す小麦肌の腕。
「……………あぁ、どうも…」
僕は貰った食料たちを受け取り言葉を返す。
食料と共に受け取った透き通る女子の声。
うながされるまま首を向ける僕の視界に映ったのは──。
「……刑事といったらアンパンに牛乳のセット。でもあいにく持ち合わせがなかったから、アンパンだけは我慢してほしいわ。刑事!」
まるで二次元からそのまま出てきたかのような……。
紫色髪の美少女だった…………。
──全く面識がない少女ではあるが。
「…って誰ですかあなたはァ────!!! ──…的な返しはあえてしませんからね………?」
「ふふっ…!! 冷たい反応……、ドライねっ! あなた!!」
妙な面白ポーズで助手席に座る謎の彼女X。
バタンッ──とドアが閉じられる。
さて、面倒くさいことになったぞ…。
「…う~~ん……。色々聞きたいことはありますが……、とりあえず小さい質問から………っ。潰しておきますか…………」
僕は手に握らされた食料……──らしきもの…っ………!
ゴツゴツと野球ボールサイズで、茶色いそいつ《食い物》に視線を落としながら、彼女に向かって問いてみた。
「………何ですか? これ」
「……ふふっ! 何だ何だと聞かれたら、答えてやるのが我が使命! 私は枝垂ほたるよっ!! 以下宜しく!!」
「いやっ違いますよ……! …まぁ名前は後々聞く予定でしたけども……っ。…このボール状の変なやつは何かと──…、」
「あらあら? 名前を聞いてもまだ察せないかしら…?」
………え? 名前って………? 何を言ってるんだ……?
枝垂ほたる…………などと名乗られても連想するのは…………。──あっ、ミニバンの支給者!
鍵に書かれた名前…だ……………!
…ということはつまり、今すぐ僕に車からどけ…と言いたいのか。
無駄な争いごとは今は避けたい為。
とりあえず言われるがまま車から僕は降りることにしたが。
──脳内にふと、『枝垂』という苗字の既視感が過ったのは、その時だった……………。
──ドアの取手に手をかけた、その時………っ。
「…あれ?? 枝垂ってどこかで聞いたような…」
ふと僕は言葉を漏らした。のだが、
まるで待っていましたというかのように。
彼女はギラリと目を輝かせ、濁流の勢いで言葉を乱射し始めた。
────『よく気づいたわね…!!』
「うおっ…………!! な、なんですか…?」
「そう!!! ご存知お菓子メーカー『枝垂カンパニー』!!! チョコといえば~~…っの!!! スナックと言えばクッキーといえば…っの!!! とにかくお菓子と言えばの『枝垂カンパニー』!!!!」
「…え……あっ…。じゃあつまりは…──、」
「そして、何を隠そう私の父の会社『枝垂カンパニー』ぃぃっ!!!!」
「…か、菓子………っ! …つ、つま…──、」
「だけど行く行くは私、枝垂ほたるが世界一のお菓子メーカーを作るつもりなのでそこのところはヨ・ロ・シ・ク…!!! まぁそんなこんなでつまりは分かったわよねっ!!!」
…凄まじいハイテンションで、度々僕の言葉が遮られたが。
…つまり……。
つまりは…っ、彼女の求める『アンサー』はこういうことなんだろう………。
僕は口を開いた。
「…つまり、この…僕に渡した…謎のゴツゴツボールは…………、菓子…………っ!!」
「…………ッ!」
びくっ! …と彼女──枝垂さんの体が反応する。
そして、矢継ぎ早……。
次に彼女が見せたアクションはなんだかソワソワとした動き、表情…………!
僕の勝手な勘だが、「それだけじゃ物足りないわ~もっと核心に近づいた説明をして~」と言わんばかりの笑みを見せてきた。
………というわけで仕方なく、僕も彼女の期待に応えるとする…っ。
「しかもこれはただの菓子じゃない………! なんだろう、何かを加工したような………!」
「……ッ!!!」
口には出してないが彼女は「おおっ…!!」とか「それでそれで…?!」などと言いそうな顔だった。
僕は謎のボール状の匂い──焦がし醤油の微かな香りを鼻に通し、物体にところどころついた『薄黄色の欠片』を一つまみ取る。
彼女へ向けて、とどめのアンサーを突きつけた……………っ。
「そう…っ!! つまりこの欠片はピーナッツ。更につまり……っ!! これは『柿ピー』を砕いてボール状にこね、ピーナッツをまぶした『アレンジ菓子』ですよね…………っ!!」
「ッ!!!!! ────~~~~~~~~~~~!!!!! …コングラッチュレーションッ、~~パーフェクツ・アンサーねっ!!!!!!!」
…僕の回答は百点花丸らしく、陳腐な表現にはなるが彼女は笑顔が花吹雪に咲いていた。
「────というわけでっ!!! 今回のバトル・ロワイヤルのテーマは『すっぱいぶどうにご用心』よっ!!!! ぶどうサングラスくんっ!!!!!」
「柿ピーボールどこいったんですか……っ?! 関係ないじゃないですかっ………!!」
……笑顔満点の枝垂さんが突き出してきたのはガムの駄菓子。
脈略も伏線もガン無視なその菓子チョイスに流石の僕もつい突っ込んでしまった。
──…というか、何やってんだ………っ? 僕は…………
──殺し合い中だというのに、何まんまと彼女のほんわかペースに乗せられてしまってんだ……………。
ぐいぐい、と顔近くに見せつけられるパッケージ。
パッケージに描かれたサングラスのぶどうのキャラと目が合わさる。
「…間違いない…!! 似てる、似てるにも程があるわ!! ぶどうサングラスくん、あなた…、パッケージキャラにコスプレするほどのマニアなのね!!!!」
「……えーと……。何が言いたいんですか………? 枝垂さん…っ」
…いや、待て……。
ていうか、『ぶどうサングラスくん』って僕のこと呼んでるのか……………っ?!
確かにまだ僕は名乗りをしてないのもあるが、変な距離感で来るな……。この人…………!
「…とりあえず僕は佐衛門三郎二朗といって……──…、」
「生き残るか、死ぬか…。それがバトルロワイヤル!!! 確率は1/2ね……!!」
「はぁ…………?」
────そこで連想されるのが、このすっぱいガムロシアンルーレット………!!!
────確率は1/3。当たれば地獄、外れれば楽園……、まさしくAZEMIC…!! 地雷選び《十七歩》…!!!
────枝垂流バトル・ロワイアルとは、まさにこのこと……!! 彼女の殺し合いは、イコールすっぱいガム!!!!
────サングラス輝かし佐衛門は、彼女と出くわした以上…、この勝負に挑まなきゃいけない運命なのだっ…………!!!!
────🟡🟡 🟡🕶️〈いっひひ! 俺様がすっぱいガムだぜ
────↓BOMB!!!↓
────🟡🟡 🔥🔥🔥🕶️🔥🔥🔥〈Fireeeeeeeee!!!!!!!!!ぐわぁあぁぁぁwwwwww
「──支給品とトネガワ君は言ってたわね…。私にはこのガムが十個もカバンに入ってたわ!!! つまりは、長丁場…恐怖の十番勝負になるわけよ!!!! ぶどうサングラスくんっ!!!!」
「…なんか謎のイメージ映像とナレーションが聞こえましたがともかく……………、なんなんですかそれは………っ??!」
ジャラジャラっと…──彼女はデイバッグいっぱいに詰められたガム菓子をアピールする。
…なんなんだ、これは……。僕は何をしてるんだ……と。
もう何回目のセリフかは分からないが……、繰り返し吐かせてくれ……………っ!!
「な、なんなんだこれは……………………っ」
…彼女の持つ圧倒的エナジー、そして圧倒的勢いに押され、僕は完全にペースに乗っかりきっている……。
いわば、ベルトコンベア…………っ!
枝垂カンパニーの枝垂ベルトコンベアに流されるがまま、僕は何一つ行動ができなくなっていた……………!!
「ぐうっ……………」
「さて、どれを選ぶのかしらっ?!! それとも貴方にはもう酸っぱいガムがお見抜きかしらっ!!? 私も負けるつもりはないから本気で来なさい!!!!」
…あぁ、馬鹿げた話だし、ほんとに僕は馬鹿げてるよ。
殺し合い中だというのに何ふざけた真似してるんだってツッコまれてもいい。
だが、しかし…………。仕方ないんだ…これはっ……………!
これはもう彼女──枝垂嬢に対面した者にしか分からない、圧倒的パワーなのだから…。
説明なんて、できやしない…………っ。
僕は流されるがまま、ガムを二つ選択し、胃の中へと流し込んだ………。
◆
ぱくっ
「……──~~~ーーー~~~~ッッッ??!!!?! …ま、また酸っぱいのを選んだ………。な、何故……………? 何故この私が……?!」
あれから経過して、数分…………。
ミッ◯ィーの口のようになる枝垂さんを見守る僕はこれで六連勝目。
…といっても、別に勝利の喜びや快感は……皆無だっ………!
「もはや味覚なんて死んだも同然よ…! ここまで連敗して酸っぱいのを引くなんて……、たまたまじゃないわ!!!」
「…は、はぁ………」
「あなた…、もしかして本当にすっぱいぶどうガムの…擬人化……?? いや生まれ変わり……?!! 薄々察してはいたけど…、その通りよねっ?!!!」
その通りではないけども…………。
まぁ……ははッ、知らない人は知らないよな。
このガムの当たり外れの『見分け方』があるだなんて。
それは決して、超能力、エスパー、…ましてやぶどうガム人間による特殊能力で選別できるわけではない。
かなり簡単だがパッと見では気づかない特徴があるのだ…………!
僕もそろそろ甘さで舌がおかしくなってきたしネタバラシをするか…。
「…実はですね、枝垂さん。ヒントは大きさが……──、」
「あァっ────ッッ!!!!!!!」
「うわ?! な、なんですか?!」
…心臓に悪いなぁ………。
肝心のネタバラシが、彼女の大声でかき消された。
驚愕の表情が張り付く枝垂さん。
「見て!! 佐衛門くん!!」と…、彼女が指をさす先は前方。
──前方と言えば何やら言い合いをする中学生二人組がいたものだった。…すっかり存在を忘れていたのだが、そのうちの一人。
女子の方がなんと…………。
「えっ…………??!!」
「ねっ!! 見たでしょ…?!」
大衆向けの表現ならば……、『タコ』………!!
姿形はそのまま、足がタコの八本足のようになり……、ニョロニョロとその場から離れていったのだ…………!!
正直目を疑ったけども、枝垂さんも見たとなると幻覚ではないのだろう。
あれはまるで…。
「あ、あれは幻の…『たこぶえ』よっ…!!」
…火星人のようだ。…と僕は言おうとした。
「…え? たこぶえ???」
「えぇ…。私も昔から調査してるんだけど一切詳細が掴めない謎の駄菓子──たこぶえだわ……!!! 特徴的なのはパッケージ!! まるでミッ◯ーマウスまんまのデザインに触手が生えたキャラ!!! それしか情報がないのよ…」
「…じゃあ色々危ないんで…、以下「たこ◯え」と表記しますか…………」
「こんなところで会えるなんてまさに奇跡……、枝垂探検隊が出くわし謎のUMA………、モチのロン…ロマンよっ!!!!」
気づけばテンションマックスでワナワナと震えていた枝垂さん。
たこ◯えがなんだか知らないが……、とにかくお手本のような武者震いを僕は目の当たりにした……………!
「というわけで、ここからは別行動よっ!!! たこぶえを捕獲次第報告するから待っててちょうだい!!! 佐衛門くん!!!」
「…──あっ!!!」
バタンッ。
…更に気づけば、枝垂さんは謎のタコを追ってどこかへ行ってしまった。
自分の支給武器であるミニバンを置いたまま。
というか、武器であることに気づかないまま………!
彗星のごとく現れたと思いきや、流れ星のように彼女は消えていった。
「…あっ──」
「──最後の最後に呼んだな…。僕のこと、『佐衛門』って…………」
これは……バトルロワイヤルに勝利した僕を認めたという証。
そういう意味合いなんだろうか。
「……いや、ていうか何だったんだ、彼女は…………っ。一体…………」
◆
数分経ち、波打つ音がヒーリングとなる夜の浜辺。
気づけば小太りの少年すらいなくなった暗い海にて。
本質上盗難なので、やや気は引けるが……僕は車にエンジンをかけ、ライトを点灯。
『奴』に会うために。
僕はSpotifyから、西野カナのトリセツを流し、アクセルを一気に踏み込んだ。
言うまでもないが、枝垂さんに出会ったという『過程』は僕の心境に一ミリたりとも影響は与えていない。
【1日目/B1/浜辺/AM.1:31】
【佐衛門三郎二朗@中間管理録トネガワ】
【状態】健康
【装備】宮本のミニバン@ハンチョウ
【道具】???
【思考】基本:【静観?】
1:『ヤツ』に会う。
【枝垂ほたる@だがしかし】
【状態】健康
【装備】???
【道具】すっぱいガムx4
【思考】基本:【静観】
1:たこぶえを追い駆ける!!
最終更新:2025年06月01日 17:25