『僕と彼女と僕の生きる道』


[登場人物]  田宮丸二郎クロエ





 どす黒い物がベッタリと張り付いた夜空にて。
俺とハジメの二人は、通りかかった牛丼チェーン店で午餉を始めていた。

俺が頼んだ品はシンプルに牛丼並盛。
こいつにセルフサービスの紅生姜をふんだんに盛り付け、一気に掻き込む。
──ふんだん、と言うからにはその紅生姜の量、ただならない。たっぷり山のように乗せ、肉が全く見えないくらいになったらようやく食す。


ガツガツ、ガツッ。
うん。不味い。


そら美味い筈がない。
食っても食っても紅生姜のしょっぱ酸っぱい味しかせず、逃げ場など皆無。
本来なら主役であるはずの肉や米を、たかが口直しのアクセントである紅生姜が喰ってしまい、食べることへの喜びなんか感じられない一品だ。

だが、俺はこいつを無性に食いたくなる──その瞬間がたまに訪れてきて。
自分を励ますために、俺は我を忘れて紅生姜の海へとセルフダイブする。


「あ……。確かに変な食い方だよな、ハジメさん。でもこれを考えたのは俺じゃないぞ? 焼野原っていう変なやつにインスパイアされて始めたんだ。はは…」


俺の隣席にて、ただただテーブルを眼に映す──ハジメさん。
彼女の顔は疲れ切ったという様子で、虚ろな目で無言を維持していた。


「味はさ。確かに味はすごい不味くて。ほら、この見た目だし絶対に体に悪いだろ? だから真似をするのはオススメしないな」


メガネを外し、裸眼の顔でずっと。ずっと虚を見続ける。
そんな彼女。


「だけどな。…食わずにはいられないんだよ──」


「──『前を向きたいとき僕はビッグマックを食べた~』ってCMがあったが。俺にとってはまさしくこれ──」





「──耐えられないくらい嫌なことがあったら。俺は必ずコイツと人生相談をするんだ………………」



俺の投げ掛けた言葉に、ふと彼女の体が反応した。
体がバランスを失いグラッ、とゆっくり傾くと────。



ベチャッッ。




「………………………」



──床に勢いよく倒れていき、血塗れの頭をジンワリ湿らせていった────。




彼女はもう二度と動かない。

いやというか、数時間前から完全に事切れている。




「………………………ああ………………。俺は………」





────俺は、自分が助けた尾張ハジメを殺してしまったのだ…──。
────ただ、彼女の食べ方が気に入らなかった──。

────それだけの理由で。…それだけの理由なのに………………──。






 …手厚く埋葬の方をしたかったが、アスファルトまみれの渋谷に柔らかい土など見渡らない。
とりあえず墓代わりに…という考えで、着ぐるみの中に彼女を入れて埋葬した。



いや。


違う。…違うっ。



これは埋葬だなんて綺麗な行いなんかじゃ、ない………。
俺は単に隠したかった…。見たくなかっただけなんだ……。

彼女の死体と、自分が人を殺した現実………を。






 『ビリー・ミリガン』。
俺達の世代からしたら馴染み深い犯罪者の名前だ。
一時期ワイドショーで大きく取り上げられたので嫌でも知る羽目となったんだが、奴は『多重人格』の犯罪者。
つまり、普段こそはごく普通の一般人だけども、ふとした瞬間、犯罪欲求の危険人物に人格が変わるとの輩らしい。
犯した罪はチンケなものだったが、その精神異常が認められビリーは無罪となった。


──今気づかされたのだが、俺はビリーと一緒だ。
内面の中、密かにもう一人の『サイコパス』な俺が存在している。






「………………………タバコ、久々に吸ったが…美味いな──」


「──俺にとってタバコは香りよりも後味だ。特にこのメビウスの………。なんていうか、ミルキー感ある後味が好きだったんだ……………………」




 店内の喫煙席にて、現実逃避するかの如くタバコを始めた俺。
自分の心を少しでも安らがそうと煙を吸い続けたが、吸っても吸っても、煙は『罪悪感』を覆い隠してくれなかった。
血の匂いも、ヤニのきつい香りじゃ消してくれなかった……。



……話を戻す。

 俺は間違いなく精神を病んでいて、心の中に『殺人鬼の別人格』がいる。確かなことだ。
これは決して、自分の犯した罪を正当化する意図はない。…あぁ、確かに正当化してるようにしか聞こえないだろうが、本当に事実なんだ。

というのも、俺は今日以前から、その『サイコパシー』の片倫が度々現れていた。
過去を振り返ると、一番古い記憶では、婚約者のみふゆと初めて朝食を共にした時。
ブレックファストメニューは目玉焼き定食で、彼女手作りのとろけるお月見を旨い~旨い~と食ったものなんだが。

そのとき、ふと見れば、みふゆは黄身だけを残し白身を全部平らげるという食い方をしていたのだ。


それを見た時、俺は思わず口に出てしまった。



────お前、『バカ』か…?




二番目の記憶はトンカツを食った時。
──厳密に言えば、この時の注目はトンカツのキャベツを食った時。
みふゆは、「カツを食べて飲み込んでからキャベツを食べる」という食べ方をしてるらしく。
いわば、キャベルは脂っこい口の中を中和させるためだけの存在、との認識をしていたそうだが。


それを聞いた時も、俺は思わず叫んでしまった。



────俺はキャベツが純粋に美味くて食っているんだぁ!!! それだというのに………っ。…中和させるくらいなら最初から食うなああぁぁぁぁっ!!!!!!!




三番目は、ステーキハウスに行ったとき。
ライスをフォークの背に無理やり乗せて食ったら、みふゆに「無理してそんな食べ方をしなくていい」と言われ、…思わず。


────お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるかぁああぁぁぁっ!!!!!!!




みかんを食べた時だって。

────お前俺の剥き方見て笑ってたんだろ?! バカにしてたんだろぉおおっ!!!!



ちらし寿司を食べた時だって。

────ワサビ醤油を丼にかけてから食うだろっ??!!! バカか??!!



目玉焼きが、パンとセットのときだって………

────黄身を早々に潰してパンにつける…だとっ…………?! ふざけるな…。そんな食い方………話が違うじゃないかぁぁあああああっ!!!!!!!



………
……


こんな感じだ。いつもそうだった。
俺の内たる『悪魔』が顔を覗かせるシーンは、いつも決まって──…人と飯を食っているときだ。
それも、他人が自分と違うスタンスで食っているときに限り。俺は怒りで我を忘れて発狂してしまう。

サイコパス人格に切り替わった俺はみふゆを小汚く罵倒した。
人格否定もいいところ。とにかく暴れまくった。

だから、元の正常な人格に戻った時。
口癖のように俺はいつもこう呟いた。
──「気づけばみふゆは怒って居なくなっていた」……と。




「………………………………ふぅー……」



 食が絡むとどうにも俺はイカれてしまう。
自分でも分かるくらい、もはやキ印の域に達している。
今までもそんな感じでたくさんの人に迷惑をかけ、その時その時で山程反省をさせられた。

……だが、
今回…。

俺は、とうとう超えてはならない一線に踏み込んでしまった……。
現代社会を全うに生きる人間なら絶対にしてはいけない禁忌を犯したことになる……。
我を忘れてただ暴れるだけならまだ良い方。──俺はとんでもないことをしてしまった………。

脳が機能を停止する最期の時まで、滅多打ちにされ続けた彼女────ハジメは何を思ったのだろうか。
被害者の気持ちを、殺した張本人である俺が代弁するのも忌々しいことだが、…きっと彼女はこんなことを考えていた筈だ。
──何故、この人は暴れているのだろう。理解できない。────と。


申し訳ない……。


本当に申し訳ない。
謝りきれなくても謝りたい。御免なさい……っ。

──俺自身も、何故暴れたのか理解できないんだ。




「………………………………………くっ」



 どんなに辛いことがあっても自殺なんかは絶対選択肢に入れなかった俺だが、ハジメ殺害後は自然と自死を実行していた。
潰されそうなくらいの喪失感の中、自分の両手を首にかけ、グッ…と長い時間圧迫する。
絞め続ける中、俺はずっと心の中で唱えた。…ずっと自戒し続けた。
「お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ……」。心の中はその言葉で埋め尽くされ、ただ死が来るのを待ったが、……結局自殺遂行はできなかった。
…まぁ当然だ。
自分の首を絞めて死ぬことなど考えなくとも不可能と分かる。
苦しくなるにつれ本能的に自制がかかるわけだし、それを振り切って締め続けたとしても、気絶して腕の力がなくなる。
だから、俺は今も生きている。死ねなかった。
──自殺するにしても他に確実な方法はたくさんあるのに、それもしなかった。


洗ったはずなのに、何故だかまだ未だ真っ赤に見える掌。

俺はこの手で自分の首を絞め、牛丼を食い、ハジメを殴り殺し、彼女を襲った襲撃者を殴った。
そして、かつてみふゆに指輪を渡し、みふゆの手を取って抱きしめた────この手。

…情けなさと激しい自侮感で涙が出そうだった。



俺はこれからどうすればいいんだ。



今までの人生、食べ方について暴れた後、色々な考えを見聞きして、自分自身の成長と理解に繋げてきた俺だが。
今では、どう行動することが一番の正解というんだ。




本当に………、俺は……………………。
どうすべきなんだ。…なぁ。




…なぁ。





「………………………………………ふぅー……」







「────思い上がるな。ニコチンパンジー」






「…えっ」


「傍を通るだけで煙を浴びせられる。非喫煙者たちの気持ちが分からず、よくタバコを吸ってられるな。オロカモノよ」



……こんな俺に、なんの用なのか。

話しかけられるまで、喫煙席そばに女子が一人立っていることに気づかなかった。
口が三角形な点以外はごく普通の見た目の女子高生。…多分、ハーフかなにかの子なのだろう。金髪とブルーアイが特徴的だった。
すぐ近くまでその女子が迫っていたというのに全く察知できない…とは。
それほどまでに俺は追い込まれ、もう無我夢中で罪悪感に潰されていたんだな……。
はぁ……。もうさっさと消えていなくなりたい。


俺に構わないでくれ──。
クズな俺なんかに話しかけないでくれ──。


彼女を追い払おうと俺は重たい顔をやっとの思いで上げた。


「………………………」




────そして、見てしまった。




「煙草は迷惑だからやめろ。…とチンパンジーに説明をしても無駄だが、私の虫が治まらん。言わせろ。おヌシら喫煙者はいつも被害者面をするが、100%加害者だ」


「…あっ、あ………!! あぁああっ………………」




────何を見てしまった、…とは。

────別に女子高生の姿を見て怯えたとか、ましてや彼女がなんかベラベラ喋る内容に心が刺さったわけでもない。


────俺が見てしまった。…目に焼き付けてしまった……『モノ』。




「嫌われるような真似をして嫌われているだけというのに、何故おヌシら喫煙者は被害者になりたがるのか。物事の本質を見ろ、ドアホウ」


「…や、やめろ……………。やめてくれ…………………」




────目に焼き付いたのは、こんがり焼かれたフランスパン。

────女子高生が手にしている、その長くて硬いパンだった。



「やめろ、か。私の説教にそこまで心が滅入るとはな。だが辞めぬぞアホウ。私はおヌシがタバコをやめるまでずっと言い続ける。辞めてほしかったら貴様がまず喫煙を辞めろ。よいか」

「そ、………『それ』を…………。俺に見せつけるな…………」

「…………? なにを怯えている。私は何もおヌシに見せつけてはおらぬぞ。もっとも私自身がお主にヤニ臭いそれを見せつけられているのだがな」

「や、やめろと言ってるんだっ……!!!!!」




────俺は、食い物…。…いや、人が物を食ってるとこを見ると我を忘れる。


────我を失い、サイコパスにも程があるもう一人の俺が出てきてしまう。


────自分と同じような食べ方をしてるなら別に何とも思わない。…ただ、少しでも違和感を感じる食べ方だと………。狂ってしまうんだ…………。



「だから……やめろっ…。やめろぉっ!!!!!」

「………おヌシ、気は確かか? ──もしやそのタバコ……、法を犯した成分が含まれているか…? おヌシが吸ってるモノが麻薬だとするなら…私も容赦はせぬぞっ………」

「だからやめろと言ってるだろぉおおおっ!!!!!!!!」



────頭の中に過る、パイプ椅子で頭がクシャリと割れたあの鈍い音。


────あんな真似はもう絶対にしたくない。

────そしてこの名前を知らぬ彼女も手にかけたくない。


────彼女の為にも、そして自分の為にもなるから、なんとかしてこのフランスパン女子を遠ざけたかった。

────逃がしたかった………。




────それだとというのに。





「まったく…呆れたやつだな。おい聞けオロカモノ、今日はみっちり説教するから覚悟を決めるのだな」





────女子高生は、やれやれ…とそのフランスパンを口にし始めた。



────────…フランスパンの皮の部分をメリメリ剥がし食べた後、白い生地を、富士山みたいな口に放り込む…。そんな食べ方で。






「あっ………………。あぁ…………………」


────俺はもう、頭が真っ白になっていた……………。







バンッ──と椅子が宙を舞う。


「!!?? な、なんだオロカモノ!! その態度は──…、」

「黙れッ!!!!! き、貴様はぁあぁぁ…………ッ、なんて食い方を……ッ」

「?????」




────今、彼女に怒鳴り散らしているのは田宮丸二郎。俺なんかじゃない。

────俺の心の中にいる隣人十八号──…『もう一人の俺』だ。もう一人の俺が、逆鱗に触れられ目覚めてしまった。




────…必死に抵抗した。

────…もう一人の俺なんかに負けてはいけない。

────心の中で悪魔と死に物狂いで抗った。

────悪魔と取っ組み合いに発展し、まさに映画のファイトクラブみたいに、必死で自分と殴り合った。

────ほんとに必死で、闘ったのだが…………。



────不意にニヤりと。ヤツは俺にこう語りかけてきた。




────『…………素直になれ。許せないだろォ? あのふざけたフランスパンの食い方がなっ……!』






────その言葉を聞いた瞬間、俺は頭の中が真っ白になり。意識がだんだん薄れていった………。






「貴様は………『剥がし魔』かぁあぁぁぁぁぁあああぁあアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」





「────ぴぎゃっ!!!!!」


………
……




────気がついた時には、俺は車の運転席──。

────女子高生を縛って拉致し、他人の車を乗り回していた──。



「…車の窃盗に、拉致監禁、暴行。行く行くは婦女暴行か? おヌシはいくつ犯罪を重ねる気だ。…ふざけるな。めちゃくちゃだぞ…おヌシ」

「うるせェっ!!!! 一番重要な罪ハブいてんじゃねぇッアホ!!!! もうすぐ『殺人罪』も犯すつもりだからよ! 誰が被害者になるのかちっさい脳みそで想像しとけゴラッ!!!! 」

「ぴっ?! ぴぎぃ…………」




…俺は、なんて暴言を。

なんで吐いたんだろう?


なんで俺は今ハンドルを握っているのだろう?


助手席で頬を腫らす女子高生……、これは俺がぶん殴ったのか……?




俺は一体、なんてことをしてるんだ……?





「……はぁ、はぁ……っ!! ぐっ、クソッ…!!」



サイコパス人格から我を完全に取り戻したとき。
その時はもう、遅かった。

誰か、もう殺してくれ。
俺を誰か止めてくれっ…。


そして、頼むから誰も一人とてもう──俺の目の前で飯を食うな……………。


頼む……からっ…………。




【1日目/D7/表参道/AM.2:22】
【田宮丸二郎@目玉焼きの黄身 いつつぶす?】
【状態】放心状態
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【マーダー】
1:…気が付いたら俺は、クロエを拉致誘拐していた。
2:どうすればいいのか自分には分からない。

【クロエ@クロエの流儀】
【状態】頬殴打(軽)
【装備】フランスパン@あいまいみー
【道具】タバコ@クロエの流儀
【思考】基本:【静観】
1:どうにかこの状況を脱さねばな………。
2:見境なく説教して気持ちよくなる。


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040:『未来はオレらの手の中 042:『ゆりこん2
030:『世界一やさしい殺人鬼 ジロちゃん 068:『山本昌の焼き肉の食べ方、おかしい?
034:『僕の青春はBattleRoyal クロエ 068:『山本昌の焼き肉の食べ方、おかしい?
最終更新:2025年07月01日 21:47