『山本昌の焼き肉の食べ方、おかしい?』







『男には強固で積極的な殺意はなく、計画的な犯行でもない。殺意のグラデーションの中では最も淡い』


 ──死刑執行部屋にて、裁判官から言われた言葉を思い出す。
蝉の声がやけに五月蝿く、対象的に周りの刑務官達は沈黙のまま俺を囲い込む。そんな執行室にて。
俺はただ、ぼんやりと追憶をなぞっていた。


 ハジメさんと……、それに、クロエ…。
正直、殺した数はわずか二人。その上精神異常を理由に、酌量もあるはずだと思っていたのだが。…裁判官の俺を見る目は、氷よりも冷えきっていた。

退廷前、俺は傍聴席の最前列──みふゆと一瞬目が合う。
……彼女はその時どんな顔をしていたのか、か。
…みふゆは静かに笑っていたさ。普段の日常生活と変わらない穏やかな笑顔で。
白木の額縁に収まれて。みふゆの写真はいつまでもいつまでも、笑っていて……。
自殺した愛娘の遺影を抱えた……みふゆの父さんの目を、…俺は一瞬たりとも合わせることなんかできなかった。


 裁判最終判決から、三年が経つ。
渡された遺書の用紙は、一文字すらも綴ることないまま。
木偶人形同然と化した俺を、刑務官二人は実にしんどそうに引っ張り上げ、絞首台へと向かわせに行く。
俺の足取りは重かったが、これは生に執着しているからというわけでは決してない。
生きようとする気力も、死を恐れる感情も、…俺にはもう無かった。



──ただ、


──一つだけ。


──それでもなお最後まで、俺の心に引っかかっていたことがある。


それは、執行室に入った際、最後の晩餐として出された──お茶漬けについて。
………その妙な食事チョイスも気になったものだが、それ以上に俺を惑わせたのは、盆の上に置かれた二つの食器。


『箸』。

そして、『れんげ』についてだ。


 なぁ……。
お茶漬けって…、どっちで食うものなんだ…………?
箸か? れんげか?
何故……、……「どうぞお好きな方で」と言うかの如く…二択を出してきたんだ……………?

俺はずっと、…これまでの人生常に……お茶漬けを箸で食べてきた……。
……理由なんて大したものじゃない…。
ガツガツかき込むように食うという……、それが一番旨いと思うし、それが『普通』だと思っていたからだ……。
…それだというのに………。
お茶漬けという『和食』をスプーンなんかで食べる奴が、いるというのか…………?
…当事者に聞くぞ。いいのか……? 本当に、それが“アリ”だと思っているのか……………?

…それが気になって、気になって……、どうしようもなくて………、


首に縄を掛けられた時……、俺はその『最期の言葉』を迷う事なく口について出た…………────…。



「ぉ、お茶漬けって……箸で食べるのが……普通で──…グフガッ────」



………………
……………
…………




“…い、ろー……。”


“…おい、二郎……。”


“…きろ……二郎……っ!!”

………
……







「起きろ、二郎っ!!」

「はっ!! …………………え?」


ひたすらに青い空に、白く膨らむ入道雲。
湿った風に混じった耳を撫でるミンミンゼミの声に。
場違いなほど鮮烈なモジャモジャアフロヘアー……。


「……とりあえず、おはよう!」

「お、おはよう……。──」

「──近藤さん」


近藤さんの声で、俺は目を覚ます。


「……おいおい。そっちは『ございます』だろ」

「あっ、あぁ……ございます、近藤さん……」

「まったく。呑気に眠りこけやがって……お前、疲れてるのか? とにかくもうすぐ出番だ。早く準備しろ」

「は、はい……!」


 アフロヘアとサングラスがトレードマークの、近藤雄三……。近藤さん。
俺の上司であり、初代どくフラワーの中の人。現場ではカリスマ的な存在だ。
いつも何かに悩み迷っている俺のよき相談相手であり、こんな俺のことを常に気にかけている…。
イチローにとっての仰木さん。錦織圭にとっての松岡修造。──近藤さんは、そういう存在だ。

……やれやれ。
それにしても、なんてとんでもない夢を見てしまったんだろう……俺は。
背中にはじっとりと寝汗。額にもまだ汗の名残があるから気持ち悪いったらありゃしない……。
休憩中、ほんの軽い仮眠のつもりで眠ってみたら、夢内容はとんでもない内容……。

ハハハ…。なんだろうな。
せっかくだし近藤さんに夢の話をしてみるか。
ちょっとした雑談のつもりでこの奇妙な夢の話を持ちかければ、さすがの近藤さんだって、驚く顔のひとつやふたつ見せてくれるに違いないだろう……。


「………近藤さん、僕…うなされてたりしてませんでした?」

「ん? …まぁ、随分と寝苦しそうな表情はしていたけどな。どうした? そんなに見た夢の話でもしたいのか?」

「ははは。変な夢見ちゃったんですよ。…気が付いたらバスの中にいて、たくさん乗客がいて、……それでバスガイドが現れたかと思ったら…何言いだしたと思います?」

「『右手をご覧くださいませ』とかだろ?」


この時思わず、俺の視線は自分の右手へと吸い寄せられていた。


「…いやいや。そんなんじゃ普通の夢じゃないですかー。…違うんですよ。『これから皆様に殺し合いをしてもらいます』って…そう言われたんです」

「…………!」

「驚きですよね…? 僕ももう、声なんか失っちゃいましたよ。…それでまた気が付いたら、殺し合いの会場にいて……。──」

「──そこで、ハジメとクロエという…同じく参加者の女性に会ったのですが、……あっ、言っておきますが僕殺し合いなんか乗る気じゃなかったですよ? 当然ですがね。…ただ。──」

「──その女性の食べ方を見て…僕はもう…取り返しのつかな──…、」


「おっとSTOP! それ以上は言うな二郎」

「…………え?」


近藤さんはそう言ってシーの指のジェスチャーを差し出した。
…シーと、『静かにしろ、シー』の。
あの人差し指だけを出すジェスチャーだ。


「これより先を聞いたら、多分俺…お前を殺す」

「え…………?」

「Kill Jiroだよ。オ・キル・ジロー!」

「……ぇ……?」


…『死ーー』のジェスチャーを決めたまま、脅迫罪スレスレの口ぶりで近藤さんはそう言った。
……何を言っているんだ? 近藤さんは……。もし俺が精神的に不安定な人間だったら、通報されてもおかしくないレベルの物騒発言なのだが………。
…まあ、とにかくこれ以上喋るなと言われたものだ。
俺も着ぐるみをkill<着る>準備をしなくちゃな……──……、


「待て二郎。…多分だがな、お前は重大な勘違いを二つしているぞ」

「………え? あ、すみません…。“十大・勘違い”ってことなのか、“二つ勘違いしてる”って意味なのか、どっちの話で──…、」


「一つ目、まず俺は近藤雄三じゃない」


「……え?」
(『え?』counter 5回目)



…え?
(『え?』counter 6回目)



「『クローン』だよ」

「く……くーろん…☯️?」

「はは、それじゃあプレステの怪作になるが、ゲームの話はまた今度の機会だ。──」

「──俺は近藤雄三の『クローン』だよ。──」


…えぇ??
(『え?』counter 7回目)


「──そして二つ目なんだがな……。殺し合いは『夢』じゃない」

「……え?」
(『え?』counter 8回目)


…え?(『え?』counter 9回目)




「つまるところ…まぁ簡潔にいったらだな。──見ろ」

「……ゑ?」
(『ゑ?』計測装置 八回目)



…近藤さんにうながされるまま、俺はゆっくりと後ろを振り返る。
そこには……………、



「……誰がお主に殺されたというのだ、オロカモノ──」

「──お主がやっていることは、現実逃避。自分の過ちから、贖罪から、目を背け続ける卑怯者だ。──」「──『夢』というものは本来、目標として掲げ、人が努力の糧とするもの。逃げ道に使うべきものではない。──」

「──……まったくッ…。木枯し紋次郎に憧れた私が……お主なんかに殺されてたまるものか……!! 夢見がちなオロカモノよ……」



「…A?」
(『A?』→すなわち『え?』。counter 10回目)



……俺は全身の血が逆流するかのような感覚に襲われた…。

振り返った先に立っていた彼女。
顔じゅうに殴られた痕がくっきりと残り、それでもまっすぐにこちらを睨む鋭い目。
金髪が朝の光を反射し、富士山のような口元がわずかに歪んでいる。

……クロエ……。
『夢』で俺が殺した……、
…あの…………『参加者』の女性が立っていた…………。


「……フフッ、二郎。すなわちな…」

「え?」
(『え?』counter 11回目)



「俺は、クロエに召喚された『フィギュアファイター』だ!」



その言葉の意味は、一瞬で理解できなかった。
いや、理解できなかったというより……俺の脳がそれを理解するのを拒んだのかもしれない。



──…多分、この時の俺は、塗られていない塗り絵のように真っ白になっていたと思う。


⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠙⠶⢤⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⣆⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡆⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡆⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢠⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠞⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡎⠳⡠⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⠋⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣸⠀⠀⠀⠒⣗⣕⠤⣉⠲⢄⡀⠀⠀⠀⣀⠀⠤⣔⣩⠒⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢠⠏⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠳⢅⡺⢭⣒⡂⠍⠛⠭⠷⠂⠘⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢠⡿⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠹⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠾⠆⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢳⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣩⠇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡆⡆⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢞⠊⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣠⢶⡷⠋⠉⠲⢄⡀⠀⠀⠀⢀⢠⡜⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣴⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⣾⠞⠉⠚⠒⠲⠤⢄⣀⠉⢒⣋⣊⠚⡤⢸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⠞⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣠⠒⠤⢈⢛⡷⡜⡴⠈⡄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⡴⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠌⡎⠱⠀⠀⠀⡠⣩⠞⠉⢻⠉⢈⣧⡰⠀⡞⢹⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⣠⠋⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢧⠌⢆⠀⡠⣩⠋⠀⠀⡏⠚⠀⠀⠈⡄⠀⠘⡼⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⢸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠀⠊⠞⠀⠀⠀⠀⢳⠃⠀⠀⠀⠘⡷⡄⣿⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⣼⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡏⠀⠀⠀⠀⠈⢦⡏⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⡏⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠓⠭⢛⡷⣦⡤⠞⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠙⣄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠁⠀⣸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠳⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠷⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⣇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠶⡀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⣿⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⣀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣿⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⢹⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢠⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠇⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⢸⠀⠀⠀⠀⠀⠑⠢⢄⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⣿⠀⠀⠀⠀⣠⠖⠒⠀⠀⢀⣠⠴⠋⠀⠀⠀⠀⠀
⢣⡇⡌⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠒⠤⣀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⡟⠁⠉⠂⠀⠉⠀⠀⠀⠀⢸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⢣⡝⠃⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠒⠄⠀⠀⠀⠀⠀⣠⠉⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢦⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⢧⡇⡆⠀⠀⠀⣀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡴⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠙⣄⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠈⠑⠀⠀⠀⠀⠀⠁⠢⢄⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡞⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢸⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠒⠤⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣀⡀⠀⡿⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠑⠂⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣠⠞⠁⠀⣃⠾⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣠⠞⠀⣠⠚⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠢⣀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⢀⡾⠁⠀⠞⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠒⢄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣠⠋⠀⠀⠀⡛⠶⣄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠒⢄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡴⠦⠤⠤⠤⠤⠤⠃⠀⣧⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⣸⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡴⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠐⠒⠚⠛⣿⠉⠉⠉⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠙⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⢪⢦⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⡍⢭⠶⣄⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠈⠃⣪⠠⡉⡢⣀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠇⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠘⢏⢩⡐⣑⢮⣓⢦⢤⣀⡀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⡾⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⢥⢇⣗⣇⣌⡪⡌⡸⢢⡍⢙⣓⣲⣤⣤⣀⡀⠀⠀⠀⠀⣀⡴⠋⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠊⠐⠜⡸⠸⠸⣱⠞⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠉⠉⠉⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀
⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠈⠺⠫⡴⠁⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀

   ぬり絵




「……夢なのに」

「…ん?」


「夢じゃなかった……。夢だけど…夢じゃ…なかった…」

「……そうだな…。夏だし、俺も久々にみたくなってきたよ…。──」



「──…となりのトトロ」




限りなく広がる空は、まるで少年の頃に見上げた夏の午後のように。

ただひたすらに青かった────………。



………………
……………
…………
以上、田宮丸二郎『え?』記録11回。世界記録は276回。)
………
……



【アシストフィギュア No.11】
【近藤雄三@目玉焼きの黄身 いつ潰す? 召喚確認】
【概要】
→二郎の仕事先「フラワー企画」のイベントチームリーダー。
 風貌は細目の身体つきで大きめの黒い眼鏡を掛けたアフロヘア。
 いつも何かに悩み迷っている二郎のよき相談相手であり、常に彼のことを気にかけているが、二郎の行動にあまりにも問題がある時には鉄拳制裁をくらわすこともある。優しくも厳しい上司。


………
……

バンッバンッ──、バンッバンッバンッ──、バンッ────

 ガンッガンッ──、ガンッガンッガンッ──、ガンッ────



「あああぁぁぁぁあああああぁぁああぁぁああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああ──────────────っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「な、なにをしているっ?! オロカモノ!!?」



 ガンッガンッ──、ガンッガンッガンッ────、ガンッ────────


 …修行僧は心を無にするため毎朝木を打ち続ける…だかなんだかって話を聞いたことがある。
俺は今、無心でひたすらに近くにあった木に頭を打ち続けた。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「何の真似だ?! …いきなり?! オロカモノ!!」

「………あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ………!!!」



 バンッバンッ──、バンッバンッバンッ──、バンッ──


……皮膚が削れ、血が滲み、頭蓋の奥にじかに響くような鈍痛が走っても、俺はなお何度でも何度でも木に額を打ちつけた。
皮膚の痛みなど、とうに感覚の外に置き去りだった。ただ脳の奥底で、鈍い悲鳴が反響しているだけ。もう容赦のないバイオレンスの連続さ。
流石にドン引きしたクロエが腕を掴んで止めようとするが、俺は動きを止まることを知らず。

理性も羞恥もどこかへ飛び、ただひたすらに自傷を繰り返していた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「何の真似だと言っているだろう!!! ジロ殿っ!! ジロ殿!!!!」

「…ぁぁぁぁああああああああああああああ…………。ぃいいっ………!!──」


「──………、巨人の星の………真似っ………」

「はぁ?!」



 バンッ……。

…『巨人の星』の主人公、星飛雄馬。
彼が生涯でただ一人愛した女性──日高美奈が病に倒れ、帰らぬ人となったとき。
飛雄馬は深い悲しみのあまり、心を失い、目の前の木に己の頭を何度も打ちつけたという。
……そんな、魂の慟哭を描いた一場面がある。


「とにかくやめろ!! やめろ…やめろと申しておるだろジロ殿っ!!!!!!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



……俺の幼少期に、多大な影響を与えた漫画──『巨人の星』。
未読の人には、ぜひとも読んでほしい名作だ。
梶原一騎の計算し尽くされたストーリー構成に、巻を重ねるごとに迫力が増してゆく川崎のぼるの作画。
自分の棺桶に入れてほしいくらい、俺にとって大切な作品だ……。


だから俺は今すぐ死ぬ為に、こうした自殺行為を続けて………、



バンッバンッ──、バンッバンッバンッ──、バンッ────

 ガンッガンッ──、ガンッガンッガンッ──、ガンッ────

「ああああああああああああああああああああああああああああああ──…、」


──ぶーん

「──あっ。…………………」


頭を打ちつけていた木のちょうど一点に、変な虫が止まった時………俺は頭を打つのをやめた。




「………………はぁ…………はぁはぁ…………」


全身から力がすうっと抜け落ち、膝から崩れ落ちる……俺…………。
頭の奥でくぐもった痛みだけが鼓動と重なり、静かに鳴り続けていた。


 ドクンッ…バクン……ドクン…………────






「………近藤殿。失礼ながら、こやつはいつもこういう有様なのか……?」

「いや……。…まぁ確かに二郎は、食が絡むとすぐ感情的になって、しばしば人と衝突していたよ。…でも、それでも二郎は人の話に耳を傾け理解しようとしてきた。これまで、ちゃんと自分の中に取り込んで……成長する…進化を続けてきた男だったんだがな………」


「はぁ………………はぁ…………………」



「……ここにきて何で急激に退化した……?」

「……………………………………はぁ……」



………正直今、めちゃくちゃバファリンと絆創膏が欲しかった。
──………それくらいの痛みで、俺は心身ともにズタボロだった………。


 朝の歌舞伎町。
ゴミが道に散らばり、あちこちに空き缶やタバコの吸い殻が転がる。足元ではカラスがぬるく乾いた『地面上のもんじゃ』をついばみ、どこかやる気のない鳴き声をあげる。
…そんな美しい景観の、町の片隅にて。
左から…クロエ。
右に俺……。
そしてクローン藤雄三さんがその間に挟まって座り……。並んだ三人の影が、夏らしく実に長く地面に伸びていた。


 …俺は、………俺…は……仕事前の『朝の匂い』が好きだった……。
カリカリとベーコンと目玉焼きが焼ける音で目を覚まし…、顔を洗うころにはホカホカのご飯の香りが鼻をくすぐる……。
リビングに行けば、みふゆが笑顔で待っていて、しょうもない会話を交わしながら、珈琲の苦々しさが部屋中に広がっていく……。
そんな何気ない時間が………俺にとって一番幸せだった。
好きな人と、好きなものを共有する朝。……それが、ずっと続けばいいと願っていた。
守りたかった。あの何でもない、でも確かな幸せを……未来永劫守備固めしたかった……。
……本来ならちょうご今ごろも、ブレックファストの最中だったはずなのに……。

その筈なのに……俺は………。



「……それで、今度はどうしたっていうんだ。二郎」

「…………近藤さんは……」

「ん?」

「お茶漬け……箸で…食べますか…………? そ、それともれんげで……食べますか………?」



「……お茶漬け、か…」

「………はい……………。…考えられますか………? 俺……今まで知らなかったんですが……いるらしいんですよ…………。お茶漬けを…レンゲで食う……和食の風情も何もない…そんな人間が…………。──」

「──…………そんな…………人間……がぁっ……………。……うぐっ………うっ…うぅ……………」


「「……………」」



──俺は涙が止まらなくて、止まらなくて…………。
──…よくよく考えたら…何の涙なのかわけがわからなかったが………、



「……まるでつかみどころのないヤツ…。近藤殿…こやつは一体………」

「面白いヤツだろうクロエ? 我がどくフラワーが誇る逸材、二郎さ。勿論誰にも引き抜かせんがな」

「……………ぶぶ漬けはいかがだ? ジロ殿に近藤殿………」



………………涙が止まらなくて仕方なかった。



「…………そうだな…。クロエ、君はどっちの派閥に入る?」

…ふと、近藤さんが口を開く…。


「…む。派閥…とは……? なんの話だ近藤殿」

「お茶漬けは──A:『箸派』か──B:『れんげ派』か。A or B。究極の選択さ」

「…………A…だ。…箸派だな、私は」
(『A』→すなわち『え?』。クロエcounter 1回目)


……………。
…不思議と、涙が一瞬で引っ込んだ気がした。まるで強力な掃除機に吸われたかのように……ズルズルズルッ…っと。
俺は頭を抱えつつ、クロエの方へと顔を向ける…………。


「………君も…箸派………。やっぱり箸で食うものだよな…っ!! なあ!!」

「『君も』……。………ジロ殿、お主なんかと同じ派閥とは…私としてもいささか頭が痛くなるものだ……」

「なぁに。頭が痛いのは二郎も一緒だ。…はは、さしずめ箸兄妹めっ。お前らは案外気が合うのかもな。──」

「──で、クロエ。君はなぜ箸で食べるんだ? 俺としては、あの水中でバラバラに泳ぐ米粒を、箸で拾い上げるってのは……正直、めちゃくちゃ食べづらいと思ってるんだがなぁ」

「……オロカモノ。愚門だ近藤殿。──」

…クロエはほんの一瞬、空を仰いだ。
白くまぶしい陽射しが、髪の隙間をなぞっていって………。やがて富士山のような口を開き始めた……。


「──私の場合は『憧れ』だ」

「「憧れ……?」」

「『木枯し紋次郎』。──大昔の時代劇ドラマだ。その主人公、紋次郎は必ずご飯に味噌汁をぶっかけ、猫まんまにして食すという『紋次郎食い』なる作法を行う。──」

「──私は、時代劇というものが好きでな。…あの侍の生き様と飾らぬ食い方に心を奪われたもの。以来、私はずっと紋次郎食いだ。…あの侍のように、箸で静かに、かき込む。それが私のお茶漬けの流儀につながるわけだ」


「………そんな理由………なのか………? ただのかっこつけじゃないかっ!!!」

「……なに? お主とて箸を使う理由など大したことないであろうに……。ドアホウが………」



 …………っ。
富士山みたいな口してるくせに、芯食ってきやがって………っ。
そ、そりゃ…俺だって『箸でかきこんで食べるのが旨いから』という…しょうもない理由で派閥入りしているが………。
……だが、だ……っ。
たかがドラマの影響で自分の食い方を決めるような、そんな流されやすさはどうにも気に入らない…………。
同じ箸派として……クロエを除名処分にしたいくらいだっ……。

俺は軽蔑をにじませた視線で、じっとクロエを睨みつける……。
……くっ。だが当の本人は、俺のジリジリとした怒りなどどこ吹く風といった様子で……。
レジ袋から「さけるチーズ」を取り出すと──

──……裂かずに、モシャモシャと丸かじりしはじめた。



「って………。ふ、ふざけるなァアアア!!!!!!! なんだその…ふざけたさけるチーズの食い方はァアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「……むっ?!」 「……ん?」



 ……………見なきゃ…よかった。
…ここのところの俺は、人の変な食べ方を見るたびにサイコパス化してしまう。
まるでスイッチが入ったみたいに……完全なる沸点と化しているのだ………。

…それだというのに……。そんな自分の性質など分かっていたはずなのに……。



「まるで……まるでサラダチキンスティックのように…………さけるチーズを食べやがって……………。──」

「──生産者に対して冒涜じゃないかァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!」


俺は………もう頭真っ白になって………。
……クロエに対して怒鳴り散らして………………。

もはやブレーキ知らず。制御ができなくなって………………。


「……ま、またか……。…ジロ殿………」

「……また、だとッ?!!」

「ぴぎっ?!」

「…お前が悪いんだろうが………………」



気が付いたとき、俺は……。



「お前がさけるチーズを裂かないのが悪いんじゃないかァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



クロエにグーの拳をふりかざして────……………。




「いや待て二郎。『パー』✋」


「「………え?」」




「お前の負けだ。ジャンケンポン!」



 ──…近藤さんのジャンケンに負けていた────。

………『ふりかざす』で終われてよかったと思う。
顔いっぱいに広がる、近藤さんの掌………。
発狂した奴にバケツの水をぶっかけて頭を冷やす──とはよくある漫画の典型的シーンだが…、…俺は近藤さんに敗北したことでギリギリ寸前冷静さを取り戻せた………。


……やばい。

……ったく、なんなんだ………………俺は…………。

完全に……壊れかけてる……。いや──もう壊れてる………Radio……………。


なぜこんなにも、自我が保てなくなってるんだ……?
完全に狂い切っているじゃないか………俺は………………。
何故こうも自我を保てなくなってるんだ………………俺…はッ…………………。

…………俺は………………………。



「…………怒らずに、俺の話を聞けるか? 二郎」

「………うん」

「そっちは『はい』だろ?」

「……はい()…………」


……近藤さんはため息を吐いた後、口を開き始めた……。


「………俺はな。れんげ派だ」

「……はい()……………。──って、はいぃいっ??!!!」

「お、…こりゃまずいな。…今からずっと『パー』見せつけながら話すから俺の無礼を許してくれよ。…普通に殴られたくないからな、二郎」

「……ハっ!! …………はい()……」


……そう言って近藤さんは、隣のクロエをチラリとみると、彼女の(かじり痕残る)さけるチーズを右手に取った。


 ──バクリっ。

「…あっ! 近藤殿?!」


……もちろん、彼女には許可なくである。



「俺はな、お茶漬けを和食とは思っていない。れんげを使う理由は『チーズ入り』! ──チーズお茶漬けにして食べるからだよ」

「…え?!」 「な、なに………?──」


「──和食をぶち壊す恥知らずめ、このドアホウ……。いいか、近藤ど──…、」

「悪い。こんな早朝に説教は俺的にお腹いっぱいだクロエ。『パー』✋!」

「──もがっ!!」


…近藤さんは、説教魔クロエの口を左手で塞いで……俺に説明を続けた。
……これで俺とクロエはじゃんけん敗者同士。…正直気に食わない女子ではあるが、なんだかんだ彼女と惹かれ合うものはあるのかもしれない。


「きっかけはテレビでな。今流行りの…T君という子役が、お茶漬けにスライスチーズを入れるのがオススメと言っていたんだ」

「『T君』………寺田心くんですね………? ………こ、近藤さんも、そんなすぐ影響受けて脳死しちゃうタイプだったなんて……見損ないましたよ……。…お茶漬けにチーズとか……合うわけないじゃないですかっ!!!」

「おい実名を出すな二郎。……いや俺も最初は合わないと思ったよ。良い言い方をすれば子供らしい無邪気な食べ方…。悪い言い方をすれば……やめておこう。お前が実名出したせいで誹謗中傷になりかねん。……まぁともかく俺も呆れたものだったさ」

「……………」


「だが────『チーズおかき』!」

「…………っ!!! ………チーズ…おかき……………?」

「それと同じさ。食欲がそそられない見た目だが、熱湯でふにゃふにゃに柔らかくなったチーズがお茶漬けに妙にマッチしていて………。…あれは一口目ではまだわからん。…『まっず』と思い、仕方なく二口目を入れたら……もう気が付いたら完食だ。よくよく考えたら大体の料理チーズかけたら美味いからな。──」

「──…だから俺はお茶漬けをレンゲで食う。俺にとっては、お茶漬けは『リゾット』なんだよ」


「………………………だから、れんげ………………?」

「フっ………。『パー』✋。今度はあいこだ、二郎」

「………あ」


 ……気が付いたら、俺は力が抜けて手が開ききっていた✋。

理解できない…理解もしたくない……。……そんな食べ方を聞いたというのに。
俺の拳は開ききっていて、暴力性のかけらも見せていなかった…………。
掌が震えていた。微弱だけども確かに俺の掌は震えていた………。。
汗にじまみ、しわがはっきりと見える。

俺の年季こもった掌は、確かにこの時震えていた……。


「……なっ?! オロカモノ!! 私の朝食っ!!!!──…、」

「…ん?」


……あと…近藤さんが右手を開いた✋以上、クロエから奪ったさけるチーズが必然的に地面に落ちたことにも……今気づいた。(一応、チーズはあとでちゃんと水で洗って食べた)



「つまりな、二郎」


近藤さんは軽く肩をまわして、ポキポキと首を鳴らす……。


「…うまいこと言うつもりはないんだがな。俺もアシストフィギュアとして召喚された以上、お前…そして主であるクロエにも、一つだけアドバイスを送らなきゃならん。──ちょっとだけ気づいたことがあるんだ」

「……………ア、アドバイス…?」 「………なんだ…近藤殿」

「二郎、お前はこれまで食べ方について色んな人と対立し、まさしく気狂い沙汰をみせてくれたものだが……。どんな時も最後は相手を理解し、自分自身も変われた。──それが、俺とお前の歩みだっただろう?」

「……はい……」

「だが今のお前はどうだ。バトルロワイヤルっていう土壇場になった途端、全く他人の食い方に理解を示さなくなっただろ。……何故か。何故お前はここまで狂ったのか。──」

「──…その答えは単純だ。──」



「──『みふゆさん』だよ」


 ……ッ。

俺は……。

まるで全身に雷を落とされたかのような……そんな衝撃を受けていた………。


近藤さんの――心の奥まで見透かすような、その雷鳴のごとき指摘………。

空気は静まり返り、耳に届いたのはただ一言、クロエの「…こやつ…結婚しているのか……?」という的確なツッコミだけだった。



「……みふゆさんがこの場にいない今。………つまりはお前に。そしてクロエはどうすべきか………。それは…つまり──…、」


「ほう。『私』──…と言いたいのだろう。近藤殿」

「ん?」


「…いわばズワイガニ代わりのカニカマ。私がみふゆ殿の代わりとなり、このオロカモノのサポートをする。──」「──そして、またコヤツも私をみふゆと思って、私を守る。──」

「──私とてもちろん本望ではないのだがな。ただ、こやつと『箸派』という同派閥となった以上、運命に従うのは私の使命。──」
「──………フッ。まぁ確かに、考えてみればここまで破綻した人間…。私とて説教のし甲斐がありそうものだからなっ……!──」

「──…近藤殿、お主の提案……、承るぞ……! ズバリ、お主はそう言いたかったのだな?」



「…………………ん?」



…この時、近藤さんは『鈴木雅之の17thシングルのタイトル』といった表情をしていた。
…どういう意味かは各自お調べに任せる。


 ただ、近藤さん、そしてクロエの言葉を重ね合わせ、これから先のバトルロワイヤルを生き抜く術を、俺なりにも考えてみた結果……。
……たどり着いた結論は一つ。この狂った舞台で、俺がまず信じるべきは──クロエと共に歩むという選択だった。

…思い出すのは、彼女…クロエとの最初の出会い。
俺は激情のままにクロエを車内へと引きずり込み、暴行し──そして、首を絞めて殺した……はずだった。
頭のネジが吹き飛んだ暴力魔。そんな男と手を取り合って進もうとする者など、常識で考えればどこにもいない。
……それでも彼女は、余裕いっぱいで笑い飛ばし(…富士山のような口を開いて)、平然と俺の隣に腰かける……。
ノリノリで、やる気まんまんで、…自分を殺そうとした相手を隣に…さけるチーズを咀嚼しながら──(…富士山のような口を開いて)。

…近藤さんもそうだ。
こんな俺を『進化する人間』とまで呼び、まるで父親のように導こうとしてくれている……。


俺は、そんな二人を──この手で遠ざけるわけにはいかなかった……。
……たとえ俺が、何度過ちを繰り返したとしても……………っ。たとえ俺が、何度正気を手放しそうになったとしても……。

この二人がいる限り、俺はまだ……、人間に戻れる気がした…………。


「……………近藤さん………。俺………俺は……………」

「……二郎。結論はもう出たぞ。なら行け………!」

「…………え?」


近藤さんが指すその先──そこには、ぽつねんと佇む一軒の焼き肉屋があった。
『焼き肉じゅうじゅう』。
赤提灯がまだ薄明るい早朝の空に、妙にあたたかく灯っていた。

…………不覚にもこの田宮丸二郎…。
俺はこの時緊張感もなく………………空腹が鳴った。


「朝から焼き肉は普通ヘビーだが、お前にはちょうどいいだろ。色んな意味で」

「…………」

「焼き肉の本場、韓国では──焼き肉屋は『出会い』の象徴らしい。見知らぬ者たちが、煙をくぐらせ、酒を酌み交わし……心を交わす。──」

「──今こそお前たちピッタリじゃないのか? クロエに、そして二郎……!」


「………」 「……焼き肉…」



俺とクロエは互いに顔を見合わせた。──…いや、今はもうクロエ《みふゆ》…なのかもしれない。
じゅうじゅうと焼ける音と、香ばしい炭の匂いが鼻腔をくすぐる……。

…………近藤さんはいつも俺を助けてくれた。
言葉に毒を含ませながらも、…時には毒のような鉄拳制裁をしつつも………導いてくれて……そして、見捨てなかった。

あの時だってそうだ。羅生門社長の言葉で色々と精神的不安定になっていた俺を、何も言わず焼き肉屋にハシゴしてくれて…………、
「割り勘な」とか言いながらも、実際は多めに払ってくれた…………。



……俺も…上手い事を言うつもりはないが……、



────近藤さんは、いつだって俺の『最後の一枚の肉』だったのかもしれない………。







(………………すまない。全く上手くないどころか意味不明だった)





「それじゃあな。…クロエ、悪いが今後しばらく頼むぞ」

「…え?」 「近藤殿、どこへ……?」

「言ったろう? 俺はフィギュアファイター。活動時間『15分』が限度のようだからな。最期にちょっくら目玉焼き定食でも食べに行っておさらばとするよ」

「………え?」


 近藤さんは唐突にそう言って、背を向け始める。
その後ろ姿は歩くごとに少しずつ薄れていき………、
──なぜか、サングラスの輪郭だけが最後まで大きく、はっきりと見えたような気がした。


「……二郎、本物の俺に…よろしくな?」

「近藤さん………」


その言葉を最後に、近藤さんはゆっくりと去っていった……。
………俺がこの先、生還し、…すべてをやり直せることを当然のように信じているかと………そんな口ぶりで……。



……そうだ………! …ハジメさんも。みんなも……この手で、どうにかして生き返らせばいいんだ………。
全てをやり直して、生きて帰ればいいんだ………! 俺は………!

自殺なんて…バカ抜かせだっ………!! 俺はまだやり直せる…!
取り返しのつかないことなんて、きっとない。
信じられる。そう、自信をもって言えるよ……俺は……。


…………なんだ?
…『その自信の源はなんなんだ』…か…………。


簡単さ。


………近藤さんの言葉を信じて動いた時、俺の人生はいつだって前に進んだのだから────。



「……何をしている。行くぞ、ジロ殿」

「………え、あ。ああ!」



──疲れてヘトヘトな時はカルビ→カルビ→カルビときて。落ち着けばハラミ。気が向けばロース……。
──近藤さんはいつでもこんな俺を助けてくれる。


────近藤さんと言う七輪が、俺の悪い脂を焼き落としてくれるんだ。いつも………。




(──今度こそは上手い事を言えたつもりでいるよ。俺は────………………)




【アシストフィギュア No.11】
【近藤雄三@目玉焼きの黄身 いつ潰す? 消滅】



………
……


 ガラガラガラ……


  ジュウジュウ………


『…コト。なんで朝から焼き肉なの? どういう体力をしてるの?』

「だ、だってしょうがないじゃないかぁ!! あんな…頭のおかしいグラサンに…私負けちゃったんだよ!! やけ食いも仕方ないでしょ伊藤さ~ん!!!」

『……それよりも、その食べ方はなに?』

「あぁ。これチュニドラの山●昌がやってた食べ方でね。ほら、焼いた肉を、生の焼き肉の漬けダレにちょんちょんってつけて、──」

「──豪快にバクリッ!! これがおいしい食べ方なんだよ。今度一緒に試してみてよ伊藤さん」

『(……コトの変な食べ方を生で見てドン引きしたいけど、その場合は他の客に私がコトと同類だと思われて引かれる。行こうか行くまいか悩ましい)………………ん?──』


『──あっ。コト、お客さん』



「え………?」




「「あっ」」



──焼き肉屋の扉を開けたとき、そこにはすでに、ひと組の先客がいた────。

──スマホで誰かと会話しながら、そのメガネの女は焼けたカルビをパクリと────。


──…俺はこの時、生肉の漬けダレ絡む…箸先のカルビにしか目が行っていなかった────。

──釘付けだった────。

──クロエのことも、近藤さんとのことも完全に頭から消え去っていた────。



──香ばしい煙が鼻をくすぐった、その瞬間────、






俺は、思わず口について出た。







「お前………バカか?」






────第67話◎─────。
──『山本昌の焼き肉のべ方、おかしい?』───────。
──To Be Continued……─────────。

………
……



【1日目/G1/】


【歌舞伎町→ミニバン車内・走行中/AM.05:25】



【小宮山琴美@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】恐怖(激)、右頬殴打(軽)、手足拘束、頭にレジ袋被せられて「ヘコーヘコー」
【装備】なし
【道具】スマホ
【思考】基本:【マーダー】
1:なになになになに???!! これなに???!! この人(ジロちゃん)なんでいきなりブチギレたの?! なんでこの人に私誘拐されてるの??!! 伊●勤の采配より理解不能なんですけどっ?!!
2:誰か助けて!? 誰か…だれかぁ!??? 伊藤さぁーーん!!! 里●ぃーー!!!!!
3:死ぬ前にロッテ五十年ぶりの優勝が見たいぃい…!!!!!
4:やばい『漢』(堂下)がトラウマ。
5:優勝の願い事でロッテを優勝させる。自分を黒木智樹くんが惚れるような女にさせる。
6:伊藤さんと通話しながら行動。

【クロエ@クロエの流儀】
【状態】恐怖(激)、右頬殴打(軽)、手足拘束、頭にレジ袋被せられて「ヘコーヘコー」
【装備】フランスパン@あいまいみー
【道具】タバコ@クロエの流儀、さけるチーズ
【思考】基本:【静観】
1:息苦しい…。へこーへこー……
2:ジロ殿を説教しまくって更生させたい(建前)
2:見境なく説教して気持ちよくなる(本音)

【伊藤さん@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【思考】基本:【対危険人物→小宮山琴美】
1:コト(小宮山琴美)の暴走を止める。ついでに解説担当。
2:…このレジ袋集団はなに? …やや引く。



【田宮丸二郎@目玉焼きの黄身 いつつぶす?】
【状態】放心状態、額に傷(軽)
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【マーダー】
1:気が付いたら、
2:俺は、
3:クロエと小宮山という子を
4:拉致誘拐していた。

5:……………………え?



前回 キャラ 次回
067:『颯爽と走るトネガワくん 069:『【Plan A】 - from Kaguya's Requiem
041:『僕と彼女と僕の生きる道 ジロちゃん
041:『僕と彼女と僕の生きる道 クロエ
056:『Perfect Girlです。 小宮山&伊藤
最終更新:2025年07月10日 20:51