『颯爽と走るトネガワくん』
「クククっ……………。…バカが……っ!」
「…え? あ、利根川さん何ですか?」
早朝の渋谷を歩く、二人。
ふと、利根川がスマホを眺めながら口を開いた。
良くも悪くも掴みどころのない上司的存在に、三嶋は内心ハラハラしながらも、反射的に言葉を返す。
「お嬢……、キサマの名前は…確かに三嶋瞳なんだなっ……………?」
「?? 何を今更……」
何を言い出すか予想もつかず、そもそも予想すらしていなかった問いに、三嶋は一瞬だけ言葉を探す。
その隙を縫うように、利根川は語調を変えることなく淡々と続けた。
「…いや、いわば同業の好でな……? わしとお嬢は『プランA』のビジネスパートナーだ。……したがってキサマ──『三嶋瞳』について今……軽くググってみたものだが……………。──」
「──なんだぁ…? 『中学時代はバーテンダー、イベントスタッフ、ビール売り子にビル清掃、派遣社員を兼業。そしてアメリカに渡り軍に入隊し、ノウハウを掴む。高校時代は一年で企業。現在は某海外ベンチャーのCEOとして活躍中』……とは…」
「………」
「クスリしながら書いたのかな? このWikipedia編集者は………っ!」
「…それが困ったことに事実は小説よりえなりかずき〜って奴です。だってしょうがないじゃないですかぁ〜〜!!」
目を泳がせ語尾を引き延ばしながら、三嶋は渋々と返答をつむいだ。
彼女のひょうひょうとした答えに、利根川は余計舌を巻く事となる。
それが“事実”だと、困惑しきった顔でなお言い切れる──その神経に、利根川は静かに震えたのだ。
「バカかキサマはっ……!! 未成年就労児でもここまで働かんわっ……!!!」
「…私だってそう言われても〜ってわけですし…」
「…いやキサマが貧困家庭ならまだ納得がいくもの……。きっかけはなんだっ!? 何がキサマをそうさせたんだ……!? 何が目的でここまで働くっ!!? 答えろお嬢……っ」
「…な、なにがってぇ〜〜………。…イチローさんや野茂さんは野球、羽生さんは将棋…じゃないですか……」
「あ……っ?」
「…つまりは私は仕事…みたいな? 最初っからそうって訳じゃなかったんですけど、好きなんですよ。──」
「──『働くことが』が」
「……………なっ……。──」
「──………とりあえず、来るなよ………?」
「…へ?」
“なにに来るな”と言いたいのか──。
三嶋は一瞬迷い、口を開く。
「…とりあえず利根川さん、倒置法で話すのやめません……? 主語言わないから一々聞くの大変で──…、」
「帝愛にだっ……!! ビジネスがどのような流れになろうが……ウチには絶対近づくな…小娘っ………!!」
「えっ!? そ、それは何故で──…、」
「──…あっ」
勘の良い三嶋である。
彼女はふと、利根川の言いたい事を先読みさせられた。
なるほど。自分が帝愛に関わろうものなら、利根川の狙うNo.2の座が揺らぎ──水泡。三嶋自身がそこに座ってしまう可能性すらある。
“はは……お互い社会人人生、大変なんだなぁ〜……”──と。三嶋は小さく息を吐いた。
そんな三嶋の隣で、利根川はといえば──口横にて怒りの唾液泡をブクブクと。絶え間なく湧き上がっていた。
「水泡水泡水泡水泡水泡水泡水泡水泡水泡水泡………っ!!」
「……」
………
……
…
【死のゲーム】────…っ!
これは…、疑心暗鬼と裏切りの連続が絡み合う…──『バトル・ロワイヤル』にて………。
主催者が自分と瓜二つな男な故に、とんでもない運命に遭うという…………。
帝愛グループNO.2候補のエリートにして、サラリーマン一筋で戦い続けてきた中間管理職………『利根川幸雄』の………。
「──水泡水泡水泡水泡水泡………っ!! 水の…バブルっ……!!! 来るな……絶対に来るなっ……!!! 悪魔めがっ………!!!」
「………はあ」
…いや、どちらかといえば『三嶋瞳』の………っ。
苦悩と葛藤の物語である。
■第 (六)(十)(六) 話■
ヒナまつりx中間管理録トネガワ
〜酒と泪と男と女といくらとツインテと小春と幼馴染と戦士と唯一の味方と893と893と、そして……。登場人物定員オーバー・ロックンロールフィーバー〜
………
……
…
◆
【限定ジャンケン】──………っ。
それは、希望の船・エスポワールで行われた1対1のゲーム。
手札はグー・チョキ・パー各四枚、持ち点は『星』三つ。
勝てば星を奪い、負ければ失う。十二枚のカードをどう使うか──運否天賦と駆け引きの応酬が、勝敗を分ける。
裏切りが約束された場所では、信頼こそが最も貴重な札となる物。
だからこそ三嶋は、疑う余地すらない『知人』との再会を心の底から願っていた。
この時────。
「ククク…っ!! 『私だから伝えたい ビジネスの極意』…──圧倒的名著………っ!! 次回作はいつぞやかな…? 三嶋大先生よ………っ!!!」
「…ぃっ!!! 黙れいじるなっ!!! …あ、失礼しました……。もうっいじらないでくださいよ〜っ!!!」
「ほう、なになに…? 『情熱を無くして仕事はできない』…とは……っ!! 同感の極み…!! クククっ…!」
「……はァ……っもう〜〜〜っ…!! 言っておきますが超適当に書いた本ですからねコレっ?! こんなの…精神異常者しか読んでませんよ……。──」
「──まったくっ…。…なんなの…もう………」
「クククっ……!!」
神南の並木道。
まだか弱い日光がビルの谷間から差し込み、カフェのシャッターが音を立てて開き始める、そんな時刻。そんな渋谷の一角にて。
利根川は一冊の書籍を片手に、厭味ったらしくページを繰りながら歩いていた。
──言わずもがな、堂下のお陰で今や渋谷中知らぬ者はいない三嶋大先生の著・『私だから伝えたい ビジネスの極意』である。
二人が目指す先は、拡声器を手に『三嶋万歳っ!!!』と叫び回る──そのバカ本人の元。
もはや三嶋にとって、殺し合いよりも利根川の嫌味よりも何よりも、
──余りにも理不尽な狂信者の存在が、最も神経をすり減らす災厄だった。
「利根川さん………、堂下って人、普段からあんな感じなんですか?」
「あ?」
そんな異常崇拝者の素性について、三嶋はふと質問を投げる。
「…大変失礼ながら、アイツのせいで私もう…歩くのさえやっとな位赤っ恥ですよぉ………。なんなんですか、あの人…」
「……。……そうだな……。──」
「──…My Answer────ワシからの答えは、『そうっちゃそう』……っ」
「……はあ」
「そして『そうじゃないっちゃそうじゃない』………だっ…………!」
「え?? はいぃ…?」
Answerはまさかの二段構え。
三嶋は思わず足がガクッとさせられた。
『そうっちゃそう』と『そうじゃないっちゃそうじゃない』──。彼の口にした曖昧な返答には、一体いかなる意図が潜んでいるのか。
噛み合わぬ二つの答えが曖昧な靄を残して空に浮かぶ中、利根川は本を静かに閉じた。
「とどのつまり……確かに堂下の奴は…圧倒的脳筋………っ。ワシとて、目に余る程の…要注意人物……判定:Eだ………っ。──」
「──だがその要注意判定も…あくまで常識の範囲内……っ! 破綻はあれど……まだ……っ…まだ『一般人』の括りに入れていい………。優秀な奴ではあったのだがな…………」
「………」
「…これまではワシという操縦者……っ。ワシの制御下にいたから…まだ暴走には至らなかったのか…………。………とにかく……このバトル・ロワイアルが発端であることは…確かっ………。奴が狂い出したのは…………っ」
「…出会ったら責任持ってきっちり操縦し直してくださいね。その壊れたラジコンを……」
「クク………。さっきから聞き流してみれば…キサマも中々のモノじゃないか……毒吐きが………っ!」
三嶋からしたら、文字通りの『毒』を壊れたラジコンにぶち注いでやりたいものなのだが。
テトロドトキシン、トリカブト、ベラドンナetcetc……。古今東西の毒物名が脳内で流れ続けるが、ここで思い出す諺は『バカにつけるクスリはない』。
(別の意味で)毒されていく脳裏に三嶋が苦しむこの最中、──今度は自分が問いを投げる番だと言わんばかりに、利根川がゆるりと口を開いた。
「さて、お嬢よ……。こうしてキサマからの質問を律儀に…答えてやったわけだ。ワシからも当然……っ、一つ良いよな………? 軽い質問を……っ!」
「ほんとに軽くしてくださいね? …どうぞ」
「ああ……っ。それは紛れもない…キサマ自身についての疑問だが──…、」
「あっ」 「あ?」
「えっ?」 「え」
ただ、利根川の問いが発せられることはなかった。
まさに言の葉がこぼれようとしたその瞬間──、通りの向こう、ビル角の影からふいに現れた二人の女子。
次の一音を押し出す前に、『出会い』が言葉を遮ったのである。
ほぼ同時に共鳴した、4つの声──「あっ」と「えっ?」。
空気をピンと張りつめさせる合図代わりの、小さな驚きのハーモニーは、並木道の空気感を固めてくる。
「あ、ヒナちゃん!!」
「…あ………っ??」
ただ、女子二人組のうち──青髪の女子に、三嶋は反射的に声がこぼれた。
特徴的な無表情と、のんびりとした空気感。紛れもない、級友の新田ヒナ──その人だ。
殺し合いとは、出会いのすべてにまず疑念が差し込む世界下だが、その一瞬──少なくとも三嶋にとっては、張りつめていた神経が緩んだ瞬間だった。
「なんだお嬢…知り合いか…………っ?」
「ええ! …あ〜〜、実家のような安心感ですよ〜……。とりあえず、あの子はヒナちゃん。私のクラスメ──…、」
「ヒナちゃんッ!!! アイツにサイコキネシスだ!!!」
「はぁ〜い」
「……………………………え?」
──その安堵も、『念動力』という風で速攻吹き消される事となるのだが。
「ほいよっと」
グイッ………
ぎぎ、ぎぎ…
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッッッッ
「ぎいっ……!? ぐががががががぁああああああぁあっ…!!!!!!」
「え…。え、ぇ…、え゙っ!?? ちょ、ちょちょ何?!!」
利根川の悲痛な叫びと三嶋の慌惑の声が、並木道に木霊した。
刹那、ありえない方向へ向かって捻じ曲げられる利根川の右腕。
それは、誰かの手による直接的な圧力ではない。言うなれば、『目に見えぬ意思により、骨を追い詰めていた』という様な。
目に見えぬ『圧』が、利根川の腕を逆へ逆へと捻り上げていく────。
──説明は不要。サイキック少女・ヒナの『念動力』である。
骨がねじ切れそうな感覚に、本能のまま絶叫を上げる利根川。
突然かつ突飛、突拍子もない先制攻撃に、「あわゎわわわわ」で脳内泡まみれとなる三嶋。
そして、片手を利根川に向けるヒナ。
まるで起き抜けの猫のような顔をする彼女は、実にマイペースに、隣のツインテールへと話しかけた。
「ところでさぁ陽菜〜、あのおじさん誰?」
「いや分からないで攻撃してたわけっ?!! …ほら。『主催者』だよ、アイツ! さっきのバスで、トネガワって主催者がいたでしょ?──」
「──その御本人が今目の前にいるってわけなんだよ…ッ! …何考えてるのか知らないけどさ………」
「ほ〜〜。なるへそなるへそ」
「いや、なるへそじゃないでしょっ?!!!」
まるでピントの合わない悪夢を、白昼に見せられているかのようだった。
利根川の右腕はどんどんどんどんと捻じ曲がり、悲鳴は風に引き裂かれるように並木道へ響く。
一方で──当の加害者本人は、どこか他人事のような目で、ふわりと掌を掲げているだけ。
「あわわわ、あわわわ……」脳内に吹きこぼれた泡を、ふと味見してしまったのか。
すぐさま、三嶋の脳内は「──まずいっ……」の一言ループに支配されだす。
舌の上に残った苦みは、まるで状況の悪化そのもの。
『誤解』による取り返しのつかない暴走劇で、三嶋の顔からは、わずかな安堵の色もすっかり消え失せていた。
(……マズイマズイマズイっ!!! つまりはこれ…利根川さん腕折られそうになってるんじゃんっ……!──)
(──ヒナちゃんの力で…………!!──)
(────しかも…あらぬ誤解でっ…!!──)
(──…あー。なんか利根川さんの倒置法喋り乗り移っちゃってるし……私ぃ〜………──)
(──……って、そんなことはどうでもいい!! とにかく……は、早く説得しなきゃ~~っ……!!!)
三嶋は、喉の奥から突き上げる焦燥のままに、必死で声を張り上げる。
言葉を選ぶ余裕を辛うじて保ちながら、ただひたすらに、誤解をほどこうと、慌てて説得を始めた。
「ち、違うからっ!! この人は主催者じゃないし!!! い、一旦話を聞いてよっ、ねえ!!」
「あ、瞳だ」
「ヒナちぁゃんんんんんん〜っ…!!!!」
三嶋の必死の呼びかけに、ヒナは休日に友達を見つけたかのような無邪気さで答えた。
その声を聞いたツインテ女子──根元陽菜は二人の関係性にピンと反応する。
「え? なに?? ヒナちゃん、あの子と知り合いなの……?」
「うん、三嶋瞳。瞳はわたしのクラスメ〜トで、わたしが授業中寝てたらヨダレ拭いてくれたり、わたしの給食運んでくれたりさ、優しいんだよ」
「…なにその世話係みたいな感じ……。──」
「──…じゃあさ。…えーと、三嶋さん…でいいんだよね…? …………え、あの?」
「そうですっ、私があの悪名高き三嶋大センセーですっ!!! …そ、それはともかく早く力を止めるよう言ってくれないかな!!? 利根川さんは本当に悪い人じゃないんだってぇ!!!」
「………どこまで事情説明すればいいか分からないけど…、とりあえず後回し! 今ヒナちゃんの…『力』で、そいつを食い止めてるからさ。…三嶋さん、ゆっくりこっちに来て!」
「いやなんでっ!?」
「………なんで、って…。三嶋さんを助けたいからだよ。──」
「──そのトネガワ《主催者》からッ………!!」
「なんかまんじゅう食べたいなあ~」
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギッッッッ
「ぐいぎぎががががががががががががががぁぁぁぁっっ…!!!!!」
「…………………」
もっとも、今一番助かりたいのは、他でもなく利根川本人なのだが。
「…………誤解」
「え?」 「まんじゅう?」
何かが腑に落ちたような、あるいは底抜けに落ちていくような誤解の渦中で、三嶋はそれでも必死に言葉を尽くした。
「誤解だからそれっ!! い、いいかな…?!」
「………?」 「まんじゅうの話?」
「結論から言うと風評被害なんだって!!! 主催者とこの利根川さんはすごく顔が似てるだけの別人なの!! 中身なんてIQの差が歴然なんだからぁ!!」
「………んん??」 「あんまん」
「そ、そそ、そりゃ信じられないのも無理はないけど……でも、本当に別人なんだからぁっ!!! だからお願い……私を信じてよ!!! その子も…──」
「──そしてヒナちゃんもっ…!! ね……? ねっ…??!」
「………………」 「まんじゅう…」
「…うん、分かった」
「えっ!!」
口を開いたのは、陽菜だった。
ぽつりと漏れた「…うん、分かった」の一言に、胸はほぐれる。
目に見えない緊張が少しほどけ、小さく息つく三嶋。
信じてくれた──その事実が、今はただ嬉しかった。
「ヒナちゃん、あの『三嶋さんモドキ』にもサイコキネシス!! …一応女子だからさ、足動かなくするだけでいいからね」
「まんじゅー」
「はいぃぃいいいっ!!!?? ──って………があっ!!」
ただ、その安堵も、束の間もいいとこの即オチニコマだったが。
希望の芽を握りしめたその手が、次の瞬間には地雷を踏んでいたようなものだった。
三嶋の両脚は、ふいに地面と一体化したかのようにピクリとも動かない。
柔らかな風すら足元を通り抜ける中、彼女の膝下だけが異様な静寂に閉ざされていた。
「……何をどう、分かったつもり…なの…でしょーか…………っ?!」
「正直偽物がどうとか……似てるのがどうとか…。意味分からないし、関係ないよ。それはトネガワも、あなた自身にも」
「いやいやいやいや関係あるからっ!!?」
ちなみにだが、この時すでに三嶋は二人を──、
「でもハッキリと言えることはさ。『人を信じる』ってとてもじゃないけど簡単にはできない事でしょ? …現状、私が信頼できる参加者はヒナちゃんだけ。──」
「──だからさ、ヒナちゃんに結論出させる事にするね」
「まんじゅ………、──…えっ」
(いやソイツなんかに判断委ねるなよなぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ)
──完全にバカを見る目で見下していた。
「ねえ、どう思う? ヒナちゃん。…簡単には結論出さないでね。ヒナちゃんなりにじっくり考えて、あいつらの命運を決めて。…お願い」
「……え…。──」
「──う、うーーん…」
(うーんじゃねぇぇえわっ!! 絶対なんにも考えてないでしょぉおおおっ!!!)
「うーん、うーん…」
三嶋のツッコミは、ズバリその通りだ。
事実、根元からの突飛なフリに、ヒナの思考回路は見事ショート。──心なしか、その耳の穴からは本当に煙が上っているように見えた。
(で、でもワンチャンはある……!! ヒナちゃんだってたまにはマトモになる可能性が…)
それでも三嶋はただ、祈るように両手を胸の前で握りしめ続ける。
頼むから、ボケないで…。
今だけは、せめて一瞬だけでも『まとも』でいて…。
バカの脳みそが、奇跡的な化学反応でマトモな結論に辿り着いてくれることを──、それだけを信じて。
「……う~~ん…」
(お願いぃ……ふざけた事を話さないでぇええ………)
淡い希望を胸に灯し、ただ一縷の奇跡を信じて三嶋は祈り続けた。
(お願いいぃいいいぃぃぃぃぃっ)
奇跡の、価値は──────。
この時の三嶋の姿は、まるで自身が最も忌み嫌う堂下さながらの信仰者。
神へ一心の願いを祈り続けていた──。
「とりあえず瞳さ……哀しきモンスターを必死で庇う村娘みたいで…ウケる?(笑)」
「はいっ!! じゃあ攻撃続けて!! ヒナちゃん!!!」
「…………………。──」
(──言っても分からないバカばっか……)
《大衆は限りなく愚かだ。》
《大衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮でなく、むしろ感情的な感覚で考えや行動を決める。》
《獲得すべき大衆の数が多くなるにつれ、宣伝の純粋の知的程度はますます低く抑えねばならない。≫
────アドルフ・ヒトラー・著『我が闘争』より
ギギギギギギギギギギギギギギギギ……
「…どうせ今出会ったばっかの薄っい関係性の癖に。ちょっと話したぐらいでヒナちゃんと信頼関係あるとか言わないでよ………」
利根川の叫び、そして彼の腕からの嫌な音が途切れなく続く中、三嶋からボソッと毒を漏れ出た。
毒を吐き出した矢継ぎ早、彼女は矛先をヒナへ向け、言葉を放つ。
ヒナと三嶋の付き合いは、中学時代からの長きにわたる物。
根元よりも長く、誰よりも深く──ヒナの本質を理解しきっている三嶋は、攻略の一手をシンプルに差し出す。
言葉を紡ぐその直前、呆れながらの彼女の脳裏には、以下の名文が蘇っていたという──。
《バカとハサミは使いようとは圧倒的愚ことわざ。》
《とどのつまり、バカはハサミよりも扱いに容易いものなのである。》
────利根川幸雄・著『お説教2.0』より
「ヒナちゃーん、あそこにイクラの赤ちゃんがいるよーー」
「え? まじ??」
三嶋が指を伸ばしたその方向に、ヒナはあっさりと首を向けた。
「な?!!」
「がぁあはぁぁぁ………っ!!」
バタリ…
「大丈夫ですか! 利根川さん!!」
反射的な動作──彼女の注意が逸れた瞬間、指先に集まっていた超常の力がふっとほどける。
「よし、今ですよ利根川さん!!」
「……グっ………。なんだ……っ。なんなんだこれは…一体ぃ〜〜っ……!!!」
「イクラの赤ちゃんどこだろ〜」
「なっ、なな何をしてるのヒナちゃん?!!!」
「え、だって陽菜。イクラベイビーが~…」
「そもそもイクラの時点で赤ちゃんでしょ?! バカじゃないっ!!??──」
「──って、あっ!!!」
根元が気づいたときには、もう既に遅し。
三嶋と利根川──二人の背は、疾風のごとく並木道の奥へと向かっていた。
風を裂いて逃げるその背中は、もはや手の届かぬ距離。追う者の焦燥すら置き去りにして、二人は朝の渋谷に溶けていった。
「……あぁ…ッ。も、もうっ!!!」
そんな二人を逃がすまいと、大慌ての根元はポケットから支給武器──ダーツの矢。その一本を握りしめ、腕を振るう。
ビュンッと、鋭く空を裂き、利根川の背中目掛けてホップアップし続ける矢。
ダーツの矢とは、たとえ軽く投げられたとしても時速200kmを超える速度に達しうる、小さく鋭利な凶器である。
しかもその弾道は細く、速く、静かだ。目で捉えるのすら難しい。
ゆえに避けることなど、ほとんど不可能に近かった。
(何が『もうっ』だ…っ!!)
バンッ──
「え…?!」
「なっ……!?」
その矢をいとも容易くエイム。
的確に銃撃し、命中させ、破壊しきった者がいる。
──他でもない。三嶋瞳、彼女本人だ。
即座に振り返り、まるで呼吸するような自然さで銃を構えると、無駄のない動きで一撃放つ。
「お………お嬢………………。キサマ………!? 今………っ」
「ちょ、話しかけないでくださいよ今は………。ほら走ることに集中しましょう!! 利根川さん!!」
007のジェームズ・ボンドさながらのアクションは、根元の動きを、そして利根川の驚顔を完全に静止画化していった。
【1日目/C3/並木道/AM.04:41】
【根元陽菜@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】健康
【装備】ダーツx15
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:ヒナちゃんを守る。他の参加者は基本話し合いで解決。
2:田村さんたちが心配。
3:フードの男(肉蝮)に恐怖。
4:主催者逃がしちゃったし………。てかあの三嶋さん何者!?
【ヒナ@ヒナまつり】
【状態】健康
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:いくらの赤ちゃんを探す。
2:まんじゅう食べたい。
3:よくわかんないけど瞳必死でなんかウケる。(笑)
4:陽菜はやさしい。なんでもおごってくれるから大好き。
………
……
…
◆
【勇者達の道〔ブレイブ・メン・ロード〕】──。
──別名・『鉄骨渡り』────…っ。
高層ビルの間に架けられた細い鉄骨を、命綱なしで渡らされるという狂気のギャンブル。
落ちれば即・地獄。
己の恐怖心とバランス感覚を天秤に賭けた、人間競馬の極致である。
三嶋と利根川。
二人の身を撫でる風は、果たして希望を運ぶ追い風か、それとも単なる絶望の強風か。
息も絶え絶えな三嶋らが辿り着いた丸井デパート一階にて、乾いた風が吹き抜ける──。
「ハァハァハァ………ぐうっ………………」
「はぁはぁ………、はぁ…………。間一髪でした…ね…………」
「……。……ククク……なるほど………。どうやら…本物のようだな…………、お嬢……………っ」
「はぁはぁ………。な、何が…ですか…………?」
「『──そしてアメリカに渡り軍に入隊し、ノウハウを掴む。』────Wikipedia……っ! [三島瞳-の項より]…出展……っ!!」
「………」
「あれだけ小さな矢を…針の穴を通すかのように撃ち抜いた……キサマの銃コントロール………っ! …流石のワシも、アメリカ仕込の銃扱いには圧倒的感服……。頭が上がらん…。Congratulations……! ──………とどのつまり、三嶋お嬢よ…………」
「はあ」
「…何故、わざわざアメリカ軍に入隊した…?」
「………英会話を習いたかったから…です」
「あ…………? 禅問答かっ! キサマ……!!」
禅問答かッ――と声を荒げられても、三嶋としては困ったものである。
なにせ、『英会話を習いたかったから』とは誇張抜きの事実。ド真ん中153km/hストレートの事実なのだから。
三年前。まだバーテンダー時代の三嶋はふと「英語くらい話せた方が、カウンターも映えるだろう」と思い立つ。
バーテンダーは英語で注文されても返せなければ話にならない。そう考えた彼女は、迷わず英会話留学を申し込んだ。
わずか二週間の短期、場所はニューヨーク。軽い気持ちの渡米留学のはずだった。
しかし、どこでどんな手違いが起きたのか、彼女が辿り着いたのは米軍訓練基地の本場──フロリダ州。
案内された施設の看板には、『LIVE FIRE TRAINING ZONE!!』の文字。すぐ隣でカモフラージュ姿の大男たちが発砲訓練を続ける。
パスポートを手にうろたえる間もなく、彼女はそのまま基礎体力演習コースに放り込まれたのだった。
結果、二週間後――三嶋は、英会話以前に銃の照準をマスターしてしまったという次第に至る。
ただ、そんな行く先先で酷い目に遭うという三嶋の体質を、利根川は知るはずもなく。
彼女の曖昧な回答を煙に巻く詭弁とでも思ったのか、口角を引きつらせたままゆっくりと息を吐いた。
「……………。──」
「Then let's see what you've got in terms of English conversation skills.」
(ならばキサマの英会話力を……お手並拝見……! いこうじゃないか……)
「え…!?」
饒舌かつ嫌みを含んだネイティブが、利根川の口から飛び出る。
どうやら英会話テストが始まるご様子だった。
「えー…。あーー…。──」
「──Ah? The hell you say, p*g」
(あ? 何だブタ野郎)
「あ………!??」
「Don’t start babbling in English outta nowhere, a*shole」
(突拍子もなく英語でベラベラしゃべってんじゃねぇよクソッタレ)
「…あぁ…っ!? ──...You—how exactly do you plan to survive this Battle Royale?」
(──…これからこのバトルロワイアル。キサマなりにはどう生き抜くつもりだ?)
「Like I give a sh*t. Whether I live or croak depends on the goddamn scene. But you? You better keep that fat a*s movin' and try not to slow me down, got it, d*ckhole?」
(さぁな。生きるも死ぬもその場の流れ次第だろーよ。ただなァ……てめぇはあたしの足引っ張んなよ? そのでけェブタケツ引きづってなぁあ~? わかったかこのチン──【不適切なフレーズの為以下翻訳不能】)
「なっ…………。…米軍仕込みすぎるだろ英会話力……っ!! ハートマン軍曹かキサマっ…!!!」
「はーとまん…? すみません、まだ英語が板についてないものでして…」
「その小汚い板を取り外せっ……!!! 大至急っ…!!!」
どうやら英会話テストは、わずか会話二ターンで合否が出たようだ。
米兵隊仕込みの美しいネイティブスピーカーに、利根川の顎はわずかに緩んだまま戻ってこない。さしずめ、口の中で小型爆弾が炸裂したかのような衝撃だったろう。
利根川評して『小汚い板』との、その板裏には、三嶋の意図せずとも星条旗と弾薬と罵詈雑言がみっしり貼り付いていた。
「…あ、あの〜。具体的にどこが英文法おかしいんですか? 私も一生懸命頑張ったつもりなんですけど……上手くいかなくてぇ~──…、」
「黙れ…! もう既にパーフェクツ・ネイティブだ……!! 違う意味でな……っ?!!! ……ちっ…。さて、お嬢よ…………」
「えぇ…なんでしょうか……」
「…改めて、一つ良いよな………? 軽い質問の件を……っ!」
──誤解なきよう何度でも念を押したい。三嶋は本当に、『意図せずして』酷いスラング交じりの英会話をしているのである。
──彼女にとって、本当に普通な英会話をしているつもりなのだ。
──ただ、そんな(違う意味で)あんまりな英会話力は見なかった事にして。
────再演。
利根川は、先程ヒナ&陽菜に遭遇したせいで遮られてしまった『軽い質問』を、捨て牌をふと切るように投げかける。
タイミングを逃したまま切り損ねていた言葉の断片が、今になって熱を帯び、舌先へとせり上がった。
「……一つ聞くぞ。いいか………?」
「Keep the heavy sh*t limited to that flabby-ass body of yours」
(【不適切なフレーズの為以下翻訳不能】)
「黙れ死ねっ…! ……ともかくキサマ自身についての疑問だ。…何故、キサマはワシを…──…、」
「「…あっ……」」
「あっ」
ただ、またしても質問は遮られる事となる。
言葉の続きが喉に引っかかったまま、二人の視線が角に張り付く。
壁の向こうから、まるでタイミングを測ったかのように、ふらりと顔を覗かせる金髪ショートの女子生徒。
言うまでもなく、見知らぬ参加者。
そして言うまでもなく、立ち込める『災いの予感』である。
軽い質問から始まり、対面した人物と出会い頭「あっ」がハモるというこのデジャブ。
再演再演再演再演再演再演再演…、再演の連続。──『災炎な再演』――──。
ヒシヒシと火の粉が舞い込む中、金髪娘はその再演の幕を躊躇なく引き上げるのであった────。
「…な??! …い、いやァァアアアアアアアアア──…、」
「──ふがっ!!??」
「あっ、危っな〜…!!! なにこの一難去ってまた一難!?? …も、もうっ~~…またまたまたまたまたまたまたぁああ〜〜~~~~〜…!!!!」
「………………クソ……っ!! …はぁ……やれやれだ………」
女子生徒──日高 小春の叫び声が漏れるその寸前。
三嶋は反射的に一歩踏み出し、目の前の少女の口を勢いよく塞ぐ。
先程の対ヒナ戦の経験ゆえ、出会う参加者すべてを信じる権利をとうに停止させられていた利根川タッグだ。先手必勝と、とりあえず日高の動きを封じることに先じた。
三嶋の手のひらに日高の唇が触れる――指先を擽る湿った感触。甘やかな唾液。
暴れる彼女の体を押さえつける三嶋を傍目に、我先にと『再演』の上映中止に動いたのは利根川であった。
「…もが…ッ、もが……も…が……ッ──…、」
「Shut-up…!! 黙れ…ぶち殺すぞ……!! 小娘めが………っ」
「……っ!!」
ビクッ──、と。
利根川の低い唸り声で、日高は肩を小さく震わす。
刃物よりも冷たい視線が頬をかすめ、「……っ」と喉の奥で悲鳴が噛み殺される。
補足として、「……いや、殺しはしないからね? 殺しは……」と囁いた後、三嶋は硬直下を見て取るや言葉を継いだ。
「あの……いい、かな…?」
「…………ッ………!」
「…私だってこんな安っぽい脅し気が進まないけどさぁ……。ごめん…大声出さないで…。──」
「──仮に叫んだら……、こうだから!! こうっ!!」
「っ!!!」
三嶋はそう言って、二・三回トントン…と、日高の肩に銃を突きつける。
それは軽い仕草のようでいて、否応なく状況を理解させるには十分だった。
「だから、…お願い。私もそんなのしたくないから〜…、何も見なかったことにして去ってくれる…かな………? ね?」
「…………………」
「…ね……?」
「……………」
日高からのアンサーは、コクリっ────、と一つ。
三嶋のプチ脅しに、今にも涙が零れそうな潤んだ眼で、日高はそう小さくうなずいた。
その仕草に、三嶋の胸の奥から長い息がこぼれ落ちた。
張りつめていた空気が、氷の表面にひとすじの亀裂が走るように、わずかに緩んでゆくという。
三嶋は安堵の思いのまま、そっと対面の柔らかい唇から手を緩めそうになった。
「……はぁ~~………、良かっ──…、」
「フっ……青二才が……っ」
「えっ?」
その横からぬるりと差し込んできたのは――"蛇"こと利根川幸雄。
まるで安堵という名の糸が張られた瞬間──その瞬間の真ん中を躊躇なく断ち切るように。
静かに、だが確実に響く声で彼は再び、三嶋の『甘さ』へ刃を向けた。
「黙って聞いていればお嬢……。貴様はビジネスでは一流なのかもしれんが…、……出とるぞ……っ。──」
「──いざ説得となった際……年相応の甘さが…………っ!!」
「え、え、…利根川さん、な、何が不満と…?」
「良いか……? この小娘のように──こちらへ強い警戒心を抱き……、かつ自らが不利な立場にある者には……完全なる『納得』……っ! 納得を与えねばならないもの…………。ワシらは……っ」
「えぇーと…とどの〜つまり〜〜…?」
三嶋の『とどのつまりイジリ』にコンマ0.005秒だけ眉をひそめたが、利根川は意に介さず結論を突き付ける。
「そう…とどのつまり……Win-Win…──『対価』だ……っ。双方が得をする形を提示する……この小娘にも利益があるような……そんな対価の提示をせねばなるまい………!!──」
「──それをせねば、叫ばれて終わり………っ!! 人は納得を得たとき、初めて従う……それこそが…プロの駆け引きなのだっ……!」
「あーなるほど…。……じゃあ、お手本。お願いしますよ……? てか自分がやりたいんですよね? 説得」
「…ククク……っ!! その言葉を待っていたものよ…………!!」
利根川が一歩、日高ギリギリまで歩を進める。その足取りはまるで将棋の飛車。直線的で迷いがない。
視線を正面から受け止めた日高の肩が、小さく震えた。
「…………っ…」
「おい……小娘……!!!」
「っッ…!」
「…ワシが……主催者ではない……何度そう訴えたとて……っ、まぁキサマらには……理解できまい事……。なぁ? 小娘よ……っ」
「…………」
「──ゆえに…仮にで構わん。“ワシが主催者である”という体で……話を進めるぞ……っ。体で……っ!」
「……え?」
「………?」
日高。そして抑える三嶋、と。
彼の言葉にキョトンとする二人を前に。利根川は唐突に右手を上げ、
「…ククク…………。──ドガアァァアンッ!!!」
「……っッ!?」
「わっ!?」
パチンっ────と指を鳴らした。
そう、これもまた『再演』。
あのオープニングセレモニー時の偽主催者の第一声、ならびに首輪起爆の指パッチンが、静まりかけた丸井デパート内を切り裂く──。
──とはいえ、彼はあくまで『偽物』の主催者。
その指先に宿るはずの死神の契約も実体を伴うことはなく。音だけが虚しく響き渡ったという結果に留まる。
「……だなーんて。ワシの指パッチン一発で…首と銅がララバイになることは承知の筈だ……。キサマも重々………っ──」
「──ましてや、キサマが叫んで…仲間を呼ぶとなればな………? こちらも渋々強硬せざるを得なくなるもの………。分かるか…っ」
「………っ……………」
利根川の口から漏れた『仲間』という一語に、日高の肩がわずかに反応する。
震え続けていたその身体が、ほんの一瞬だけ別の感情に触れたかのような。
そんな微細なしぐさを、利根川は一切見逃さず――そして間を置かず、声の刃をさらに深く突き立てた。
「ククク…………。小娘、連れがもうできてるようだな………? 参加者の…仲間が……」
「………………」
──こくりっ。
「ほうほう………! …なら尚更丁度いいっ……! ちょうどワシとて調子が悪かったものだからな…指鳴らしの不安定さがっ……。──」
「──ほれ、もってけ…っ! セーラー服娘………!」
「…………っ……?」
「出血大サービス………っ!! 『悪魔的特別支給品』をくれてやる………!! 出会った縁に…特別だ………っ!!」
「……っ!」
「え………?」
そう言うなり、利根川は背後のデイバッグに手を差し入れる。
ゴソリ…と布が鳴り、気づけば一冊の『書物』がその手の中に。
『出血大サービス』とは、いかなる贈り物か――。全身の血潮が波打つ日高に、差し出されしその本。
何を思ったか、なんとも言えない表情をする三嶋をスルーしつつ、利根川は一切の間を置かずに言葉を継ぐ。
まるで呼吸と同じくらい当然の所作として、説得と支配の『次の一手』を置いていった。
「記憶に新しいものだなっ………。先ほどのバスにて、ワシ…が蘇らせたろう…? 首の離れた…見せしめの…小娘を………っ」
「………」
「…………と、とね…」
「あの信じられぬ光景の原理はこの本………!! 見ろ……二百ページ目の『魂を蘇らせる~』の記述………。ここを詠唱するだけでどんな肉片もカムバック………!! 何度でも蘇生させれるのだ………っ!──」
「──いわば、魔導書…とやつだな…………っ!!」
「…………っ……………!」
「……いや…、いや……利根…川さぁん……。──」
「(──いやソレ私の本やんけぇええええええ…ええ……ぇぇ…………)」
無論、その魔導書は『私だから伝えたい ビジネスの極意』。
著者である合法ロリ社長の顔写真入り。
帯には『堀江氏絶賛!! 【バカと政治家はこれを読め!! 日本復活の鍵となる本!!】』との詭弁が躍る、魔法の如しビジネス本である。
「そんな本をキサマに…無条件でやるというのだからまさしく悪魔的………! もはや犯罪っ………!!──」
「──…無論…信じるか信じないかはキサマ次第……っ。キサマには自由が保障されておるわけだ…。選択の自由がな……?──」
「────まぁ違う意味で『自由になりたい』というのならっ…今すぐ大声をあげるといい…………っ!! ククク…!!」
「…………………ッ」
──ビクッ
「Are you Alright? ──さぁ…ワシからの縁、受け取ってもらえるかな………? 小娘……っ」
「……。……………」
視線という矢が四方から突き刺さるなか、日高の前に差し出される蘇生本。
頁の重みより利根川の声の圧が重く、恐怖と奇妙な期待が胸の奥でせめぎ合う。
胸の奥ではまだ怯えがざわめいていたが、それでも信じてみたくなるような熱が、心の奥に滲んでいた。
逃げる余白も、否と告げる勇気も見当たらず、せめてもの意思表示に喉がひとつ震える中、
静かに彼女の身体は応えた。
「……………ッ」
──こくり………
「クククっ……!! 圧倒的賢明な判断………っ! キサマの将来が非常に楽しみだよ…。ククク……」
────勝利。
──結果的に、完全勝利。
利根川の説得は通るに至った。
それはまるで、タンヤオすら見えないゴミ手で始まった配牌が、ツモるごとに不思議と形を成し────混一。
ドラドラ──、三色同順まで乗って――倍満。
そんな逆転の巡り合わせだった。
ブラフも押し引きも冴えわたった、完璧な一局。
その和了牌を、短い会話の中で利根川という『天才雀士』は完璧に引いたのである。
利根川の見事な和了に、三嶋は祝杯の声をあげざるを得なかった。
「…私の本を勝手にどんどん神格化してきやがるのはさておき………。──」
「──さすが利根川先生!! デメリットを逆手に取って窮地を脱するとは……。さすがですよ!!」
「クク……。トネガワ主催者と呼びなさい…! 今はな…。三嶋よ……。──」
「──しかしキサマも中々酷な女だ…。ほれ…、もう解決したのだから、小娘の口から手を放すんだ………」
「あ、そうでしたね…。ご、ごめんね……! そしてありがとね!!」
「…………──ぷはっ…」
日高の口から、そっと三嶋の手が離れる。
その瞬間、張りつめていた糸が静かにほどけ、利根川と三嶋の胸に、歓喜と安堵がゆるやかに満ちていった。
まるで長い局を制したあとの和了の余韻――。
静かで、
確かな、
そんな勝利の余韻がそこにはあった────。
「まぁお嬢、これはキサマの本にも助けられた賜物だっ………。クククっ……」
「…うーん、それに関してはとりあえずノーコメントで〜…!!」
「…しかしワシも考えものかな……? 『私だから伝えたいビジネス』一冊で秒速億を稼ぐ…激アツビジネスを──…、」
「早く助けてぇえええええエエエエエエエエエエッッ──────!!!!!!!!! なじみちゃァ──────ん!! センシさん──────ッ!! 主催者がいるよぉぉ────────────っっ!!!」
「「なっ」」
──ただし、勝利の味は『水』の味。
利根川ら二人の余韻に水を差したのは日高の絶叫。その声の大きさたるや、まるで館内アナウンスさながらの通達だった。
溜まった物を全て吐き出すかのような。日高の血気溢れる絶叫は、デパート内の空気を突き破り、三階の天井までも震わせるほどの凄まじいデシベルで響き渡る。
利根川も三嶋も、一瞬で言葉を奪われ、ただその空虚な余韻の中に立ち尽くすしかなかった。
「むっ。…聞こえたか、なじみ」
「…当然! ボクの耳に入らないのは授業だけだよ!! ……よ~くは分かんないけど日高っちピンチっぽいし、さぁダッシュだDASHダッシュ──────!! センシィ──────っ!!!!」
「ゆくぞっ!!」
タ、タ、タタタ、タタ、タ………。
「「あっ!??」」
その叫びを合図にしたかのように、奥まった通路からと靴底が床を刻む二つの速足音が近づく。
続いて硬質な金属が引きずられる不協和音が重なり、静寂の廊下へ不気味なリズムを奏で始めた。
利根川の和了ももはや水の泡。
ツモの直前――日高が放ったのは、麻雀界における禁忌の奥義、『つばめ返し』。
あらかじめ欲しい十四枚を一列に積み上げ、己の手牌と瞬時にすり替えるという、禁断の反則技。
『サムライスピリッツ』──橘右京使いの日高による『ツバメ返し(↙↓↘→+斬り)』は、利根川のプライドをズッタズタにまで切り裂いていった。
──日高の足元にて、魔導書(笑)がゴミのように転がり、風に吹かれて行く…────。
(このクソボケカス女ァ……)
「この…クズがぁあああああああぁあああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」
………
……
…
【1日目/H1/OIデパート/1F/AM.04:59】
【日高小春@HI SCORE GIRL】
【状態】恐怖(軽)
【装備】橘右京の居合刀@ハイスコアガール(サムライスピリッツ)
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:なじみちゃん、センシさんと行動。
2:主催者とその助手(@三嶋)の顔を認識。
3:矢口くん、大野さんと合流したい。
4:なんか私このパーティでツッコミポジション…?!
【センシ@ダンジョン飯】
【状態】健康
【装備】斧、料理セット一式
【道具】鍋、干しスライム@ダンジョン飯
【思考】基本:【対主催】
1:日高を助ける。
2:殺し合いから脱出。主催者を倒す。
3:日高・なじみとパーティを組む。
4:メガネの若者(丑嶋)が心配。
【長名なじみ@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】健康
【装備】レーザー銃@ハイスコアガール(スペースガン)
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:日高っち今助けにいくぜえええええ!!!!
2:参加者の幼馴染たちと会う!! 僕はみんなの『幼馴染』だからね
3:…あれ? センシとボクの出番もしかしてこれだけっ?!
◆
最終更新:2025年11月19日 22:03