『日々は過ぎれど飯うまし』








 ちいさい頃、父から読み聞かせられた一冊の絵本。
まるで子ガモが産まれて最初に見た相手を親と認識するように。
その絵本の内容は生涯、少女──マルシル・ドナトーの心に深く深く刻み込まれる事となる。



~おうじょさまは、てきのしろにて かくれていました。~
~くらいへやの タンスのなかです。~


「(……はぁっ、はぁっ……。)──」


「──(…お、落ち着いて……絶対大丈夫…。……私なら、大丈夫……っ……。)──」

「──(ウンディーネの挙動は予測済み……、対処法も……把握してる……。詠唱は可能……魔力も乱れてない……。……私は…大丈夫……。大丈夫…大丈夫……)──」


~そとでは、みずの まものたちが「どこだ」「どこだ」と さがしていました。~
〜がががー。がががー。〜
〜こうげき を やすむことなく、つづけながら。〜
~おうじょさまは、ふるえながら、いきを のんで じっとしていました。~


「(……大丈夫…っ…なんだからぁ…………っ!!)」



〜そのときです。~


 ガガガガ────ッ


「がぁっ…!!!」

「……えっ?」



~ふと タンスの すきまから のぞくと、そこに おうじさまが いました。~



「……う………、嘘…でしょ……?」

「………」



〜おそらく、おうじょさま を たすけにきた、そのおうじさま。〜

~かれは、みずの まものに おそわれて、うごかなくなっていたのでした……。~



「……い、……いぃ……っ……!!──」



〜おうじさま、かれの なまえは──。〜



「────い、イイヌマっ!!!!」










………
……

「はぁはぁ…………ッ! 『မင်္ဂလာပါ။ ကျွန်တော်』──────っ………!!!」

………
……




 数刻ほど時を遡っての──回想。
マルシルが山井恋に襲撃され、ウンディーネが蠢く地雷地帯《廊下》へ飛び出した、その折。
彼女の望む王子様・飯沼は、ちょうど真下。六階1682号室にその身を置いていた。
行く先で出会った野原ひろし、海老名菜々の二人と共に、ウンディーネの攻撃から命からがら逃げ延びた彼。

マルシルが危機的状況に瀕している最中、彼は、
──というよりも三人は。
その一室で一体どのような行動に移していたかというと。



 ズルズルズル…────


「うまい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」

「(…うっま………)」

「このラーメン…うんめぇなぁ〜……!!」


「「(あ!! 秋田弁!!)」」



食事をしていた。




【本日のお品書き】
  • エースコック クセになるもやしそば ピリ辛仕立ての味噌
  • エースコック クセになるもやしそば 胡椒仕立ての塩
  • マルちゃん 赤いきつね

カップ麺。以上三品。



──「人がこんな目にあってる時に…なに呑気に食ってんのじゃ!!」──。
──もしマルシルがこの場に居合わせたならそうツッコんだ行動ではあるが、一旦は置いておく──。


 ガガガガ────ッ、ガガガガ────ッ。
部屋の外にて、けたたましい殺意の狂騒が響く中、それでも気にせずして夜食を嗜むひろし一行。

停電はすれど、ホテルの非常用電気のお蔭で電気ポッドが利用できるとなれば、購買から持参したカップ麺に湯を注ぐ。
待ち時間、三分とは短し。されど空腹には酷な三分間。
この待ち時間の間、

「飯沼くんはスポーツしてたの?」→「…あ、いえ。特には……」→「ふーん(…してないのかよぉ〜…)」
「彼女はいるの?」→「いえ、特には…」→「そうなんだ〜(…う〜ん…)」
「出身は?」→「…東京ですね」→「………へー(…う〜む、会話が盛り上がらねぇ〜!!!)」

等々。
ひろしが飯沼との世代の違いで、会話に苦戦を強いられる中。
沈黙を切り裂くようにタイマーが鳴り響いた時、──いざ、食事。



 飯沼が二重の意味でアツアツのお揚げを口に入れれば──、


「はふはふ…っ!! (…このお揚げ、久しぶりに食べたけど…うまいな………)」

「おっ! 飯沼くんはキツネ先に食べる派なのかぁ〜!!」

「…あ、はい。野原さんは最後まで残す派なんですか?」

「当たり前だぜ〜。好きな物は最後まで残す! 秋田県民は皆そーなんだからな!! な、海老名ちゃん!!」

「え……? あ、ごめんなさい! 私もきつねうどん食べるときは…先派…ですかね……!」

「えっ?!! が、がびぃ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!!!」


──ひろしが大きく出た主語で玉砕され。

 もやし麺を啜るひろしが、散らばったラベル等を片付けようとすれば──、


「あ、野原さん。ここは僕が…」

「おっ、サンキューだぜ。──」

「──(気が利くなぁ。飯沼くんは若いのに立派だぜ……。…川口のやつなら絶対しね〜ってのによ!!!)」


──飯沼の気遣いに感心し。

 そして、飯沼の食べ顔。光悦で頬を紅くする、汗滴りしその表情に、海老名がふと気づけば──、


「…うまっ…」

「あっ!!! …〜〜〜〜〜〜っ!!!」

「ん? どうしたんだ海老名ちゃん」 「…?」

「あ、い…いえ!! なんでもありません…!!」


──海老名は顔を赤らめ、目を逸らす。


「(…い、言えないよぉ……。タイヘイさんに似てるから……飯沼さんのこと…惚れちゃった…って〜〜!!)」

「?」


────そんな、和気あいあいとした食事風景。



 ガガガガ────ッ、
ガガガガ────ッ。


 『水は油に強く、対して、水は油に弱い』。
──その言葉が示す通り。
ホテルのドアは一般的に、特殊な油(Neatsfoot oil)を塗っているため、ウンディーネがどれだけ鋭い水圧で攻撃をしようとも、完全鉄壁。
ウォーターカッターは油の壁に弾かれ、それ故にひろし等が被害を受ける可能性はゼロ。
自らドアを開かない限り安全地帯となっているのだが、それでもドア前にはウンディーネが二体。
完全包囲の証として、煩いほどに攻撃を続ける現状だ。

あははは、ハハハ!、と室内で咲き乱れる雑談の花。
その花咲く大地に立つ、壁の向こうでは旋律なる殺戮の戦場が繰り広げられている。
いわば──『BATTLE ROYALE』。
今はまだ対岸沿いの水圧カッター音は聞こえぬふりをするひろし等ではあるが。


彼らは如何にしてこの状況を乗り越えるというのか。

────いや、それ以前に。

何故、彼らはこの状況にして、まず飯を喰らうことを選んだというのか。



きっかけは、ひろしの言葉だった。



 ズルズル…

「ハハハ。『窮地に立たば、まず敵を見定めよ。空腹に勝る敵なし』!!」

「…え?」

「あ、あの…どうしたんですかひろしさん! いきなり……」

「あ〜ごめんよ二人とも!! オレがさっき言ったセリフ…なんかカッコいいからもっかい言いたくなってな〜。いや〜悪いぜ」

「あぁ、ははは〜。そういうことでしたか〜」


「…やっぱり、焦った時は飯を食うに限る!! ……ラーメン食べたら、少しは冷静になれた気がした…ってのはオレだけか? 二人とも」


 ガガガガ────ッ、
ガガガガ────ッ。


「…………はい…!」 「……はい。──」


「──僕も、…正直さっきまで落ち着けなかったというか…。自分らしさを見失っていたので、……その通りだと思いますよ、野原さん……!」

「おう!! 飯沼くん!!」



 周知された言葉で言うならば『腹が減っては戦はできぬ』。──とは少し違うかもしれないが。
その精神の元、ひろしの提案でつかの間の食事を行った経緯となっている。
ウンディーネの刃に、少し前までは恐怖しか見出だせなかった三人。
泣き晴らす海老名に、震えが止まらない飯沼、そしてひろし自身も死の影に心を侵されそうになっていた。
そんな怯える三人の、共通点。
──好きな事となればすばり『食べること』。


ごくごく、ぷはっ。
スープまで完飲し、光悦の表情で顔を見合わせる三人。
そして三つの箸が、空のカップにほぼ同時に置かれた。


「……さて、飯沼くん。海老名ちゃん」



 *海老名にとっての『食』。
──それは、どこにいるかも分からない兄との架け橋。そして、何よりも一番幸せな時間だった。


「はい…!!」 「…野原さん……」


 *ひろしにとっての『食』。
──それは流儀。昼飯タイムという短い時間の中で、己のあり方、そしてビジネスの方向を決める、貴重で好きな時間だった。


「………オレの息子にしんのすけっているんだけどな〜。そいつは何か覚悟を決める時に、どこで知った言葉なのか分からないが…こう『決め台詞』を吐く。──…ってのを、さっき話したよな?」

「…しんのすけ…さんですね……!」 「野原…しんのすけ……くん…………」

「…悪いけど付き合わせてもらうぜ…!! すべては脱出…、そしてマルシルさん救出のために!!!」

「「!!!」」



 そして、

 *飯沼にとっての、『食』────。


「…かすかべ防衛隊…ならぬ、しぶや防衛隊〜〜〜っ!!!」


「!!」 「…!」



それは────、



 ガガガガ────ッ、ガガガガ────ッ。
 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
  ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
   ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ




「ファイアアアアアアアアアアァァァ───────ッッ!!!!!!!!!」


「「ファ、ファイアあああああああぁぁぁぁあああ!!!!!!!!──」」




  ────バキィイッ



「────あっ」




────単純に、『好きな時間』だった。



 水と油──とはいえど。
ドアに薄く塗られただけの油では、高圧の水刃を完全に防ぎ切ることは叶わない。
漏れ出た『水』は、我先に飯沼に向かって。
津波の如く【絶命までの時間《タイムリミット》】が押し寄せてくる────。


「に、逃げろォオッッ!!! 飯沼く──…、」



──プツンッ




………
……






 魔術詠唱────『မင်္ဂလာပါ။ ကျွန်တော်』。

人間《トールマン》の言語にすると、直訳で────『蘇生せよ』。


……

 “わっ!! え、なになに?!”

 “──ごめん…マルシル。私の魔力を少し分けてあげようと思って……”

 “やだもう…、人に分けるほど魔力ないんだからさ。ファリン…”

 “──…ううん。なんだか調子がいいの…!”

 “──力が湧いてくる…みたいな。…私、さっきまで死んでたのに、不思議……!!”

 “……で、でも……”


 “──ねぇマルシル。…よく思い出せなくてさ…、一体何が起きたのか…教えてくれる?”

……



 “──……あなたの名前は、イイヌマさん……だったよね?”

 「……え?」

 “──ふふっ、ごめんね。マルシルが何度も呼んでたから……覚えちゃって”


 “私は…マルシルが好きだった。お弁当を一緒に食べて、雲を眺めてさ……。好きな人と好きな事を共有する時間が、一番幸せだったんだ……”

 「……」

 “…お願いが一つ。いいかな、イイヌマさん”

 「…お願い………?」



 “────私の好きだったあの子の一口を、守ってあげて…。”


 「…………あの子…」


恐らく妹の夏花と同い年ぐらいだろうか。
無音な銀世界の中、見知らぬ少女は飯沼の両手をしっかり握り締める。


「…すみません。あなたは…一体…。──」


少女の手がふっと離れた、時。


「──……あっ」



飯沼の手中にて。
魔法のレシピ──『一枚のメモ』が握らされていた。



………
……




 …ドクン…………ドクン…………………。

  ────ドクンっ。


「(………あっ…)」


 一波高鳴った鼓動の音で、飯沼は目を覚ます。
何があったかは覚えていない。周囲はひたすらに黒一色で、目を擦って凝らそうとし眼鏡をかけ直しても、闇は晴れなかった。
壁に背もたれをかけ鎮座する、暗闇の空間にて。
足を伸ばそうとすれば、対岸の壁にぶつかり真っ直ぐ伸ばし切れない。
仕方なく立ち上がろうとすれば天井に頭がぶつかる。そういった具合で、この非灯の空間がいかに狭いかを思い知らされる。

──まるで、棺桶のような箱に入れられたかのような、息詰まる狭さ。


「(……あぁ、そういうことか………)」


犬のような獣臭と黴臭さが鼻につくこの空間にて。飯沼は『自分は既に死んでいる』という結論に至った。
朧気な記憶を辿ると、水の塊からの逃走中。ひろし等と離れ離れになった末に、意識が途絶えたのだ。
──ガガガ──ッ、ガガガ──ッ、鼓膜を破るような爆音が最期の記憶で。
過去を整理し、現状を客観的に見れば、間違いなく『死』。
恐らく、今は葬儀中で自分は納棺でもされているのだろうと彼は実感していた。


「(…ふぅ……)」


ただ、死を前にしても特に慌てふためく様子がない点は、マイペースかつ冷静な彼らしい。
ありのまま死を受け入れた飯沼はゆっくりと。
思い残すことなく、再度眼を閉じていった。


「(…あれ。………待てよ……)」


──“ただ、そうだとするなら、何故『心臓』の音が聞こえたんだ”────?


 終焉した筈の身体にて、確かに聞こえ、──目を覚ました起因となる──自分の鼓動。
先ほどの音は空耳だったのか。なにかの幻聴なのか。
不思議に思い飯沼は、自分の胸へそっと手を当ててみる。

ゆったりとした動作で触れたその先に、

──ふんわりと柔らかな髪の感触。
──花のような匂い。


「…え?」


 暗闇に目が慣れ、徐々に明瞭さが増していく視界。
視界の良好さに比例して、不思議と体の力がどんどん漲っていくような気がした。

飯沼の胸へ顔を埋め、小さな体を震わしつつも、確かにギュっと抱きしめてくる。──その彼女。
必然的に、頭を飯沼に撫でられる形となったその彼女は、温かな掌の感触に。

涙は止まりを見せず、ただずっと、ずっと飯沼の体を離さなかった。


「……っ……ひっ……うぐ……っ……。よかっ……たぁ……っ。よかっ……たぁ……っ……!!」

「…………あなたは…もしかして…」

「ほんとに…っ、せ、成功して……生き返ってくれて……よかったんだからぁ……!! ……………うぅ…っ!──」



「──イ、イイヌマっ………!!!」


「…ま、マルシルさん……」



再会────。
エルフとサラリーマン。不釣り合いで奇妙な関係の、再会。


「……あの…。すみませんマルシルさん。僕、よく覚えてなくて…。ここは一体──…、」


「──…ん? …あっ………」


はっ、はっ、はっ、はっ、と。
膝元の違和感に視線を落とせば、何処かで見たような大型犬。
犬がしっぽを振るい、ペロペロと人懐っこく飯沼のスーツを舐めだした折。


「(………………これは、いったい何があったんだろう…)」


今自分がいるこの場が───『タンスの中』である事に気が付いた。


──

□(事情説明中略)□

──



「……はぁっ、はぁっ……聞いて驚かないでね…。私なりの考えなんだけどさ……。──このシブヤは、ただの街なんかじゃない…!! ……【ダンジョンの異界】なんだって!」

「……あ、はい」

「………え? リアクション…薄くない? ま、とにかく説明を聞いて!!」

「はい」


「普通なら、外での蘇生は成立しにくいでしょ? 身体と魂の結びつきが脆すぎて、死んだらすぐに離れていっちゃうから……。そこはまず分かるよね? イイヌマ」

「はあ」

「でもここでは蘇生が成立した……。あり得ない…ほんとにあり得ないことなんだけど……──この通り、私があなたを生き返りを成功できた………………」

「はあ」

「そう、ダンジョン内部は魂が留まりやすい…。だから体と魂を繋ぎ直す蘇生が可能になる、成功率が跳ね上がるの。……ね、理屈は分かるでしょ?」

「はあ」

「……でしょ!? …そう、外では熟練者じゃない限り成立しない蘇生が、ここでできたのだから……。──」



「──つまりシブヤは、ダンジョン以外の何物でもないって結論に至るわけ!! …そうじゃないと…説明がつかないんだから…!!」


「はあ。分かる気がします」



 勿論、嘘である。
東大生が幼稚園児相手に数学問題の講義するかのような。──全く意味の分からない力説ではあるものの、飯沼は黙ってマルシルの話を聞いていた。
ダンジョンが云々、魂が云々と。
何かのアニメかゲームの影響でそんなジョークを言っているのかと思っていたら、マルシルの顔は至って真剣。
どうやらマジな様子のマルシルに、飯沼は何を思うか。ひたすらに無難な相槌を打ち続けた。

ただ、おとぎ話の中に放り込まれたような奇妙な説法の中で、二つ。
飯沼でも理解ができた、『現実』。────認識させられた事実がある。
それは、彼女の説明曰くして、自分がウンディーネの攻撃で一旦は『死』に至ったこと。

そしてもう一つは、


「………はぁ、はぁ……そうなると、一つだけ……。…どう考えても説明がつかないことがあるよ……」

「……え、それは…?」

「……こんなに高度な魔術の一覧が載っていて……。しかも、蘇生術が専門でない私でも唱えれる…安易な手順でできる方法が記されているとか……。なんなの……。──」

「──『このメモ』は誰が書いたものなのっ…?! どこでこれを拾ったの?! もう…わからないっ……!!! 常識が通じないよっ!!! …はぁ、はぁ………」

「…マルシルさん……。──」



──自分の支給品であるメモ一枚が、とんでもない力を秘めているという事。

メモを見せつけながらマルシルは訊いた。『これは一体誰が書いたものなのか』と。
ふと、先程まで自分が見た夢とシンクロしていることに気付き、その『誰か』について口にしようとした飯沼だったが、──何だか思い留まる。


 紙面は古く茶ばみ、サイン書きしたアラビア語のような羅列が埋め尽くされた、そのメモ用紙。
無論、飯沼からすれば何が書いてあるのか、ましてや何が高等なのか全く理解不能。
未解な文字列でしかなかったのだが、どうやらマルシルにとってはこの世をひっくり返すほどの破壊力があったようだ。
彼女のメモを握る手はガクガクと震え、吐息が不規則に揺れており、


「──これ、僕のカバンの中に入っていたんです。野原ひろしさん、海老名さんらと支給品確認したときに見つけて……。それで──…、」

「あっ!! ちょ、ちょっとイイヌマ!! 声が大きいって!! ……もう少し落として……本当にまずいんだから……!!」

「え。…あ、すみません。…ところでマルシルさん、このメモはもしかしてフランス語なんですか? 僕には読めな──…、」


「──あっ…!」


 ──バタリッ。


「……う、…うぅ…………。…ぐっ……」

「ま、マルシルさん…! 大丈夫ですか……」


何よりも、彼女の顔は酷く青ざめていた。
意識はある。ただ、軽い貧血のような症状で、飯沼の身体へとグッタリ、吸い込まれるように倒れ込んでいった。
ふと見れば、マルシルの顔色とシンクロするように、萎れきった杖の先っぽの枝葉。
「もっと声のトーン下げて!!」とは言いつつも、自分の方が断然に声が大きいマルシルであったが、あれは気力だけで無理やり言葉を紡いだものだったのだろう。

──はぁ、はぁ。

息苦しそうに、やっとのことで空気を吸っていたマルシルの吐息。限界に近いその体から、弱々しく伝わる心臓の鼓動。

「……マルシルさん…」


飯沼は医者ではない。
だが、それでも何とかしてマルシルに即効で健康を取り戻す術が欲しかった。
狭く、一畳にも満たない、薄暗いタンス内にて。
ビタミン剤や飲料水といった部類が見当たらない中、なんとかしたい。──なんとかなきゃ、という一心で。
飯沼は、ふと。


「はぁ…はぁ………。い、イイ…──…、」

「……………えーと…──『ကဂစမား』……!」


──無意識のうちに、視線はマルシルが落としたメモを『読み上げた』。



「ヌ……マ……………。……──」


 ──パアァァァァ


「──って、ストップストップストップっ!? ちょっと何やってんの、イイヌマっ!?」

「…あ、すみません。蘇らせる魔術があるなら、回復する類もあるかなって…。つい」

「それは隣の行だし!! イイヌマが詠唱したの、火炎系魔術なんだけど?!! ちょっと適当に詠むのやめてよね!! デリケートなんだからこういうのはぁ!!!」

「あー、それは本当に申し訳ありません…。速攻中止します」

「もう…!!」


 ──シュン……




「──…え。いや……何で……………?」

「……あ、なんですか?」


「……イイヌマ、どうして、それ……『詠めた』の…………?」

「…あぁ、何故だが分かりませんが──『詠めちゃった』んですよ。知らない文字なのに……」


「……え………?」



 火炎系魔術。
暗いタンス内にて、一瞬のみ灯りを広めた火の光。
その刹那の光に浮かび上がったマルシルは──畏怖を帯びた顔でこちらを見つめていたという。

何故、ダンジョンとは無縁な一般人が、魔術を『詠唱』できたのか。
仮に繰り返し問われても、飯沼は困惑を浮かべることしかできないだろう。
感覚、というか。
目にした瞬間、反射のように言葉が口をついて出た──と。それ以上の理屈など、彼には語れなかった。

これは言わば【参加者特権】。
主催者側の設定にして。メタな視点で説明すれば、『誰でも詠唱できるよう施した物』ということなのだが。
当然知る由もない飯沼、そして理論重視派であるマルシルは愕然とするのみである。


「………都市伝説みたいなものだけどさ……。カナリアにいる罪人エルフは耳に刻みを入れられるって聞いたことがある……。……もう分かった…」

「え? マルシル…さん?」

「イイヌマ、あなた元エルフなんでしょ!? そうに決まってる!! 試しに答えてみてよ!! 何歳なの!? 私は百一歳だけど!! ねえ、正直に答えてよ!! 理屈や構文に基づいた魔術はエルフの得意分野なんだから…っ!!」

「…うーん、困ったな…。………ん? あれ? 今百一歳って言いました???」


 理屈&理屈&理詰めに、時折挟まる支離滅裂な発言。
顔色を悪くしながらもツッコミに夢中なマルシルのお陰で、気付けば今隠れているという現状を忘れさせるほどの騒がしさだった。
彼女が口を酸っぱく注意していた『声のトーン』という概念は一体何なのか。
飯沼の耳を触りながら騒いでくるマルシルには、さすがの飯沼も困りが限界といった様子で。
彼女に共鳴してか、唐突に鳴き始める大型犬を傍らに、メガネの縁を押し上げる動作しかできずにいた。


「わんっ、わんっ、」

「わっ?! い、イイヌマやめてよ! いきなり犬の真似してさ!! 話逸らさないでね!!」

「え…。いや、このマロって犬が鳴いたんですよ」

「へ!? …え……。あっ、ちょっとわんちゃん!! あまり騒がないで!! バレちゃうから!!」

「わんっ、わんっ。ばうっ、…ぅううぅぅっ」

「ねぇもう〜〜〜〜っ!!!!──」


タンスのドア部分に向かって、懸命に吠えだす犬《マロ》。
「このバカ犬め…」──だなんて思ったか否か。飯沼から離れて、マルシルがその口を抑えようと行動に移した。


「──ね、いい子だから!! 落ち着いて!! 怖くない…怖くないから──…、」




「いやバレバレだし。クソ犬よりも声でかいじゃんアンタ」



「…え」 「………えっ…」




「ねえ、マルシルちゃぁ〜〜ん……?」




 そんな時だった。



 犬が鳴くときには、必ず理由がある。
野生の本能として『外からの敵意』を察知すれば、飼い主に危険を知らせる。
マロの吠え声は、ただの騒ぎではなかった。

タンスの薄い壁を挟んでかなりの至近距離。
そこから、じわりと染み込むように声が響く。
──口調は明るく、年頃の女子といった可愛らしさはあるものの、────奥底では人ならざる邪悪を孕む。
何も知らない飯沼でも、そう察知させられる、その声が聞こえた。


「……ッ!」

「…ま、マルシル…さん……?」


マルシルの表情が瞬時に強張る。
先ほどまでの飯沼を責め立てていた真っ赤な顔色は消え失せ、健康状態相応の蒼白さ《恐怖》だけが残るのみ。

──忘れるはずもない。
偽装された明るさの、ついさっき聞いたばかりの声を、マルシルは忘れる訳がなかった。


「………ごめん、イイヌマ。……ここは私に任せてッ…」

「え?」


 十数刻前、突然自分の眼の前にパッ、と現れ。
 何があったのか額を真っ赤に濡らし悶えていた『ソイツ』は、目を合わせた途端、心配の声を待つまでもなく宣言。

 【死ね】──と極めて単純なる、宣戦布告。

 やたら先の尖った菜箸を片手に襲いかかった後、
 暫くしてから、どこからか、自分の使い魔と語る『ウンディーネ』を呼び寄せ、


 『過去のトラウマ《ウンディーネ》』の召喚と、『今起こり得るトラウマ』の生産を、二重の螺旋で見せつけてきた、
────その女。


「……私が…合図出すから……逃げてよね……」

「………逃げるって…。何からですか…?」

「…ッ、そんなの答える必要ないでしょ……。…それは──…、」


「あっ、マルシルちゃん〜♡ さっきはゴメンね〜? 私、ついちょっとだけ酷いこと言っちゃったかな〜って思って、ほ〜んと反省してるの! …ほんとだよ~?──」

「──ねえ仲直りして遊ぼうよ! 大丈夫大丈夫〜、傷付けたりもしないから~~」

「……ィッ!!!」

「……だからさ、──」



「──早くドアを開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けてよ開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」


 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、



「う、わ、わぁ……!!!」


「………ッ……!! ──『ウンディーネ娘』ッ…!!!」



 時折ドアの隙間から見えるがん開かれた瞳孔と、笑顔。
事情を知らぬ飯沼とて、眼前の少女のおぞましい表情は、すべてを察知させるだけのエナジーがあった。
蝶番とハンガーで施錠したドアは何度も何度も何十度も。
開かれそうになっては開けきれず戻され。また無理やり開かれそうになり。
ドア全体が軋み、タンスが地鳴りのように揺れ動く──この場は一瞬にして恐怖の支柱と化していた。


 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ──

────見ィ──ツ──ケ──タ。


ウンディーネ娘────山井恋。彼女のその目は地獄の陽炎の如し、邪悪にギラつき揺れ動く。


「…も、もう……。なんでなの………」

「え? なんで隠れ場所が分かったのかって?? だってさぁ〜タンスの前に血ぃべったり付いてんだもん。中にいるのバレバレじゃん☆ それよりも早くドアを開けてよ~~」

「…いや違うってッ!!! なんで私を襲ってくるの?! 私……なにか貴方にしたかなっ?!! …わけが……わけがわかんないよっ!!!」

「えー何それウケる〜。勘違いしないでよね? 私は本当にマルシルちゃんと遊びたいだけなんだよぉ〜〜?? …あんたの隣りにいるメガネくんとも、ね♫」

「…っ!!」

「ねえだから友達になろうよ〜。絶対滅多刺しにしないから〜〜。本当に絶対刺さないよ〜。ねっ。刺さない。──」


「──刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺さない刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい刺したい──」


「──殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」


 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、



「………もう…………嫌ッ……!!!」

「……うぅ………」


 刺さないと口で吐いても、鋭利な菜箸先だけは本音を語る。
ギラつき光を放つその刃は、マルシルらを触れずして羽交い締め仕切っており。
この状況はもはや文字通り。──そして本来の意味通りで『八方塞がり』。

マルシルが「もう嫌」というのも仕方がなかった。


「…………な……何が友達…だ……ッ」


だが、マルシルは八方塞がりの現実を受け止める気は毛ほどない。
背中に冷たい汗が伝い落ちても、視線は決して逸らさず。

──抵抗する。
それ以外の選択肢など、彼女には存在しなかった。


「……私はもう…十分なくらい仲間はいるんだからッ……!!!」


事実──具体的選択肢として、こちらにはあの高等魔術のメモがある。
紙切れ一枚。しかし、その一枚が、生死を分ける高価なキップ代わりであることは確かだ。


「ライオスに……チルチャックに……センシに……ッ! ──ファリンに………ッ!!」


 ただ魔力の消耗は著しい現状。
体力はすでに短い蝋燭の炎のように揺らぎ、息は乱れ、吐き気が収まらない。
むせ返るような暑さと、耳を劈くドアの開閉音が、さらに喉の奥を締めつけた。
まるで短く揺らめく蝋燭の炎のようだった。


ただ──それでも。

それでも、大丈夫。

根拠はないが、絶対大丈夫。



「…そしてイイヌマにッ!!!」



なぜなら、隣には──、
自分の【王子様】がいるのだから──。


「………ッ!!!!」


 マルシルはちらりと飯沼の顔を見やる。
口をぽかんと開け、曇った眼鏡越しにこちらを見る──頼りなくて冴えない顔。
……それでも、彼女にとっては間違いなく王子様。夢見たその人が、すぐそばにいるのだから。

体力も、理屈も、魔力量の残りも──夢の前では関係ない。


 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、
 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、


マロを強く抱きしめ、杖をどうにか握り。


「…終わらせてやるッ…!!──」


マルシルは一度だけ深く息を整える。


「────何もかもッ!!!!」


そして、足元に置いてあった筈の、あの一枚のメモ用紙へ手を伸ばした。







「『ထမင်းစားချင်တယ်』────。」





「……………………………え?」





「……詠唱って、これだけでいいんでしたよね。マルシルさん」



 そう。足元に置いてあった──『筈』だった。


確たるメモの行方は、隣の──飯沼の手中にて。
『詠唱』を唱えた彼は、笑うわけでも、悲しむわけでもなく。



普段通りのボーっとした面持ちでマルシルを眺めて。
手をかざしていた。



「え…イイヌマ…………。…なん…で…」

「あ、はい。勝手なことしてすみません。──」


「──外には……さっき話した二人がいます。以降は彼らに頼ってください。……それにしても、野原ひろしって……すごい名前ですよね。本名らしいですけど……あ、マルシルさんは外国の方だから……知らないかな」

「……いや…………。…なんで……イイヌマ……」


飯沼が唱えた詠唱。
その響きは──既視感だった。

かつて、マルシルが一度だけ『受けたことのある』魔術の詠唱。再演を彼は繰り出して見せた。


「……なんで……。あんた、その『魔術』…なんなのか………分かってて唱えたの…………?」

「はい。…説明を読めばわかったので」

「……は? …………はっ? ……ふ、ふざけないでよ……………」

「………」


徐々に、輪郭がほどけていくマルシルと、腕に抱いた犬の身体。
二つの影は光の粒となり薄れ始める。


『ထမင်းစားချင်တယ်』。
──さかのぼれば、迷宮に初めてパーティで挑んだ際の、炎竜(レッドドラゴン)戦にて。

自分一人を残して、仲間を全員送還させた──ファリンによる、



 ────【迷宮脱出魔術】。



「ふざけないでよッ!! ねえなんでッ…!! …どうして……そんなことを──ッ…、」

「マルシルさん。モノを食べる時はですね」

「え?」


あの時も、そうだった。
声を伸ばしても、手を伸ばしても、ファリンの背中に届かないまま光にさらわれていく。
残された指先には、ぬくもりの余韻だけがやけに鮮明に残っていた。


「誰にも邪魔されず自由で……。なんというか救われてなきゃダメだと思うんです。独りで…静かで……豊かで。──」


嫌だった。
もう、仲間を失うのは──嫌だった。


「──……僕は大勢で食べるのも一人で食べるのも好きですが、今は『一人食いしたい気分』ですかね」


そう言ってメモを丁寧に彼女の手へ握らせる飯沼。
透明さを増していくマルシルの指先。
涙は頬を伝い、重さを持った雫となって指先へ落ちた。
その手は、溺れる者が最後の浮き輪を求めるようにただ一人へ向かって伸びていく。



「……え………。な、何言ってるのって…聞いてるよねッ……!!!!」


自分の好きな人は、みんな目の前でいなくなっていく。
姿が消えるのは、いつだって、自分の方だというのに。



「ねえ……イイヌマ………。イイヌマッ………!!!」

「それにしても……──」

「……え?」



だから今度こそは。──この光から、誰も奪わせたくなかった。




「──お腹すきましたね……。マルシルさん」




 ──ピシュン



奪わせたくなかった。心からの想いだったのに。



………
……


「イ…イヌマ……っ…!! …うっ……ヌマ……っ……! ……イイヌマぁ……っ……!!!」


「………ひろしさん…」

「……………。──」


「──君が、マルシルさん……だね?」


「……ひっ……ぐ……っ………っ……ひくっ……! ぁ……っ……!!」




────ホテル玄関前の光が、痛いくらいに眩しかった。



【1日目/F6/東●ホテル前/AM.05:39】
【マルシル・ドナトー@ダンジョン飯】
【状態】悲哀
【装備】杖@ダンジョン飯
【道具】高等魔術一覧メモ@ダンジョン飯
【思考】基本:【静観】
1:もう、いや……。

【野原ひろし@野原ひろし 昼飯の流儀】
【状態】疲労(軽)
【装備】銃
【道具】なし
【思考】基本:【対主催】
1:飯沼くん……っ。
2:マルシルさんをなだめる。
3:海老名ちゃん、マルシルさんを守る。
4:新田、ウンディーネ娘(山井)を警戒。

【海老名菜々@干物妹!うまるちゃん】
【状態】疲労(軽)
【装備】なし
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:飯沼さん……そんな……………。
2:ひろしさんと行動。

【クン●ーヌ@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【思考】基本:【静観】
1:くーん…。



………
……

 ザシュッ────

  …ぐちゅぐちゅ


「…ぐうッ……!!!」

「はっ……んぁっ……んんっ…!! わ、わけが…分かんない………。なんで…どうして…なの……。ぁ…」


 ホテル廊下にて、粘り気を含んだ水音と、肉と肉がぶつかる鈍い音が響き始める。
出会い頭、即腹部に一突き。──激痛のあまり仰向けになった飯沼を逃さまいと、馬乗りになる山井。
それからは刺す。刺す。刺す。突く。滅多刺し。
菜箸が皮膚を貫き、肉の中で泳ぎ蠢き。
刺される度に、ビクンと揺れる全身に、グズグズと真っ赤に染まる白シャツ。
飯沼は悲痛の汗や唾液、途切れ途切れの声を漏らし続けるが、彼の苦しみなどお構い無しに、山井は刺し続けた。


ぬちゅ、ぬちゅ、ぬちゅっ……。
紅潮した頬の飯沼から、唾液や汗が飛び交い、山井の顔を濡らしていく。


 ザシュッ──

「あぅッ……!!」

「ぁあ………っ、なんで…どうしてなの………っ」


 ザシュッ──

「ぎいッ…!!」

「…体が…疼いちゃう………っ。ドキドキが止まらない………!!──」



「──もう止まらないんだけど…っ!!♡♡」


 ザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッザシュッ


「んあッ!! はぁん………、ん、んはぁ……はぁっ…!!!」



 飯沼の下腹部に股がる山井。ピクつく肉感の良い太もも。
片手で胸を触る彼女の口からは、もう言葉というよりも、断続的な喘ぎと甘い声しか出てこなかった。

深く、そして鋭く突き上げるたびに、飯沼の身体が大きく仰け反る。


「っ、ん……っ、は……っ、ふぅ……っ……」

『と、止まらないのっ……♡ あぁっ、すごくっ……きてる、からぁっ……♡──」


最初は慎重だった動きが、徐々にリズムを帯びていく。
ガンッ、ガンッと腰を打ちつけるたびに、山井の胸が制服越しに、下にぶら下がり、ぐるんぐるんと大きく揺れた。

呼吸が乱れ、頬が紅潮し、目が潤む。
────それは、飯沼。そして山井。二人揃ってのシンクロナイズ。



「──なんて…なんて……可愛いリアクション……するの?!♡ アンタはぁ…♡ あっ…♡ んっ、あぁっ!!♡♡」

「っは、あっ……ふ、ひぁぁっ…」


 ぬちゅっ、ざしゅっ、ざしゅっ、じゅぷっ……。
水気たっぷりの音が、湿った空間にいやらしく響く。
まるで、本能のままというか。
自分の意志では止められない身体の奥から突き上げられる欲求に、抗うことなく身を任せているかのようだった。


体液が、太ももを伝ってぽたぽたと床に滴っていく。

声が、甘く蕩けていく。


「っふ♡ くっ、…んぁっ♡ んっ…♡ だめぇっ……♡ もっと突いてぇ!! 突いてったらぁ!!」

「……んっ……ふ……っ……お…お………」

「って…突いてるのは私だしぃ〜〜〜〜っ♥  はっ♥ ふあぁっ♥ あっ…、んっ、あっ!!♥──」


物を食べた時の、光悦かつ淫靡なリアクションは、見た女子全て惚れさせる────。

食べることが好きなサラリーマン、飯沼。


「──あぁああっっ〜〜♥♥♥ あァんっ♥ あぁああ〜〜っ♥♥♥ だめなのにぃい〜〜〜!!!♥♥♥♥♥♥」



彼はまた一人、女子高生を快楽へと陥らせた──。





【飯沼@めしぬま。 死亡確認】
【残り63人】





【1日目/F6/東●ホテル/7F/室内/AM.05:40】
【山井恋@古見さんは、コミュ症です。】
【状態】光悦、額に傷(軽)、鼻打撲(軽)、膝擦り傷(軽)
【装備】めっちゃ研いだ菜箸@古見さん、ウンディーネ@ダンジョン飯
【道具】???
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象︰古見硝子】
1:古見さん、四宮かぐや以外の皆殺し。
※マーダー側の参加者とは協力…かな?
2:こんなドブネズミの巣から古見さんを早く脱出させたい。
3:ホテルにいるクソカス共をとりあえず全員皆殺し。
4:クソ犬(マロ)を使って古見さんを見つける。トリュフ探すブタみたいにね☆
5:クソ親父(ひろし)、脂肪だけの女(海老名)、魔人(笑)(デデル)とその仲間共(うまる、マミ)に激しい恨み。




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最終更新:2025年08月08日 23:19
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