短編01『迷走家族F(ファイアッー!)』


『時刻:AM.04:56/場所:東●ホテル3F』
『────現在』




 ガガガガガガ────ッ…


  バキバキバキ────ッ…



「…ぼっ、僕には……、妹がいるんですよ。歳の離れた…夏花っていう…………」


「………」 「…い、ひぐっ…うぅ……」



 飯沼がふと口を開いた。
豪華な扉を、静かに綺羅びく灯りを、誇り一つない床を。
小学校低学年の版画が如くウンディーネが無作為に切り裂く中。──ひろし等は縮こまりながら、飯沼に耳を傾ける。
ウンディーネ【水先案内人】──。水の精霊である奴が居る場所は階下なのか、階上なのか。そもそも今、何体に分裂したのか。
どちらにせよ、ウンディーネの繰り出す『ウォーターカッター』はレーザービームそのもの。
岩、鋼、人体に人骨。何であろうと簡単に真っ二つにする威力な物だから、奴が暴れ狂うこの場──東●ホテルの長居は危険極まりない自殺行為である。


奴と闘っても勝ち目などなかった。
ましてや、戦闘どころか喧嘩すらも無縁なひろし、飯沼、海老名の三人なら、即刻退避が望ましいだろう。



ただ、三人には。

──厳密には、飯沼には残らざるを得ない『使命』という物があった。



「うぅっ……ぼ、僕は一人暮らしをしていて…。……たまになっちゃんが遊びに来て……料理を振る舞って…やるんですが…………。『美味しい…!』って歓びを共有するあの時間が……凄く好きで…………………」

「……………」

「…僕、人と話すのは…苦手で………。…昔から…人にはあまり興味もなかったん……ですが…。…なっちゃんの面倒は…よく見たんですよ………。…アイツ、お兄ちゃん、お兄ちゃんっていつも……………──」


「──そんな妹に……、マルシルさんはよく似ている……っ。…彼女、僕のことを慕って…なついてくれるんです…──」

「──こんな卯建が上がらなく、……暗い…魅力がない僕なんかに………。彼女は………、…マルシルさんは接してくれた…………」



「…飯沼君………っ」



ガシャンッ────、と。窓ガラスが真っ二つに切れ落ちた。



「ヒィッ……!!! ………ひぐっ………──」



「「──あっ!!」」



否。
切断されたのは窓ガラスのみではない。
水の精霊による無差別乱射は、天井の照明にも及んだのか、三階廊下は薄暗さに包まれる。

暗闇が、怖かった。
無は恐怖だった。
無は何もかもを不安と絶望に覆い包んでくれる。
死への絶句と視界不良から、海老名はもうパニックで、二重の意味で眼の前が見えなくなっていた。

ただ、唯一、はっきりとこの目で捉えれた事がある。
それは、水圧による斬撃と。
そして頭を地面につけて懇願する、飯沼の姿。──涙だった。


「…い、飯沼君っ!!」

「………だ、だからぁ……っ!!! …お願いしますっ…、野原さん!!! …一緒にマルシルさんを…………。お願いします…………!!」

「………っ!!」



「ここで逃げたら………僕は…………自分のことが…堪らなく嫌いになる………。だ、だからぁ…野は──…、」


「もういい。飯沼君」




「ひ、ひろしさん……!!」


「………………」



 ガガガガガガガガガガガ────ッ…


  ガシャン────ッ…



 曲がり角奥から、何かが大破する音が響いた。

縮こまって頭を上げない飯沼の背中へ、ポンと置かれる掌。
手を置いた張本人──野原ひろしは、この時何を考えたのか。
辺りは目を凝らさざるを得ない程暗闇だったため、その表情は飯沼、海老名共に把握できなかったが。

────無論。
ひろしという男は双葉商事係長を勤め上げ、これまで幾多のビジネス的困難を昼メシの力で挑んできた人物。
心の底から懇願する若者へ、「諦めろ」等とドライに言い放つ男ではなかった。


「…喋ってる暇があれば足を動かせ──社会人のモットーだぜ、飯沼くん……!!」


「………っ!! の、野原さん…っ」




「……確かにオレたちはそのマルシルさんを知らねぇさ…。…だが、それがどうしたってんだっ…!!──」


「──オレらサラリーマンはどれだけ身が削れても…どれだけ心が減っても…耐え忍びっ…。社会という大きな壁に向き合ってきたんだ…………──」


「──バトルロワイヤルだぁ…? 生死の戦いだぁ? ンなもん知らねェッ!! サラリーマン人生を歩んできたオレらに……今更怖いものなんかねェんだよッ!!!」




「………っ!」




「…マルシルさんのいない世界に未練なんてあるかってんだッ………!! ……行くぞ……。た、助けに行くぞオイッ!!!」


「の、野原さん…!!」

「ひぐっ……、ぐっ………………う……」





──それが野原ひろしという男の『流儀』だった。

飯沼に鼓舞を打った後、ゆっくりと立ち上がっていくひろし。
彼は、半ば巻き込まれ状態である海老名に一言詫びを入れると、前へ向いた途端、その目は一変。
覚悟を決めたその眼、その魂のまま、マロが向かったであろう十一階。──即ち、移動手段であるエレベーターへと歩んでゆく。
あとに続くは、怯えつつも勇気を振り絞って立ち上がる海老名、飯沼の両名。

────奇しくも三人は飯好き。美味しい物好き。グルメ大食いという共通点を持つ。


空腹よりも辛い、惨劇のホテルにて。
三人は1421号室で身を縮こませるマルシルを救いに、恐怖と抗う。
ひろし等が第一目標として、その姿を探すは、自分らをこんな目に遭わせた戦犯の内ともいえる──マロ。


「オレが…絶対に皆を……。責任持って守ってやるからなッ……」


「………はいっ…」 「ひっ、ひっ…………。ひろし、えぐっ…さん…………」




「……。………野原一家ッ……F【ファイアーッ】………!!」



ただ、この絶望へ抗うにあたって、三人合わせて武器一つのみとは、あまりにも心細かった。






………
……



「…はっ、はっ、はっ、はっ」



 ─────パッ


「……きゃっ………──ぁ…っ?!! 何ここ…?」

「…え!? うわっビックリした?!!!」

「……は? は?? は? はぁっ?! って、あの時のバカ犬っ!!! て、てんめっ…」


「…はっ、はっ、はっ、はっ」



「…え。血、大丈夫………? というか、だ、誰なの、あなた…………??」

「………は? 私山井恋。これで満足? ていうかアンタ何してんの? バカ犬にペロペロ股間舐めさせて………。こんな事態に発情期……?」

「なっ、ち、違うわいっ!! この子が部屋に入ってきて…急にスカートに突っ込んできたんだけどっ!!!──」

「──あ。あと私はマルシル。マルシル・ドナ──…、」

「あーどうでもいいよアンタの名前なんか。別に仲良くする気はないし、興味ないって感じ〜〜?」

「…は、はぁ??!」

「ま、何はどうあれ…。そのクソカスが眼の前にいるんだから結果オーライって感じ…かな。私が用あるのはその犬だからさ〜」

「…??」






「────だからアンタは死ね。…バイバイ、マルシル何たら」






 ガガガガガガッ………………






『Pulp Fiction<三文小説・第一集>』

~パルプフィクション。短編を時系列シャッフルで綴る、群青劇~












短編02『古見八犬伝』

[登場人物]  山井恋

『時刻:AM.04:08/場所:桜丘の森』
『────『←』巻き戻し/話は16分前に遡る。』




 『犬』という動物は、──血統、種類にもよるが──知能面に関して人間の二歳から三歳程度。
つまりは、IQ90程の知能を兼ね備えているらしい。
動物学的研究結果によると、ニンゲンを除いて平均知能の最も高い生物は犬とのこと。
遡ること古代エジプトから、犬は人間の一番のパートナーとして可愛がられて来ているが、その頭脳は計り知れない物なのだ。
従って、躾も訓練を熟せば容易に覚えさせられる。


下衆な例となるが、例えば────『バター犬』だとか。



「はっ、はっ、はっ、はっ、」



 渋谷サクラステージの一角にて、舌を出す大型犬が一匹。
この犬の名前はマロ。
そして、飼い主の名は今江恵美────と、本来なら説明する所だが、マロは殺し合いにおいて『支給品』。
参加者の一人──佐野が連れ忘れた犬であり、バトロワ的には彼女こそが飼い主であった。

そっと吹き付ける夏風の指示の元、マロは一人でに動き出す。
犬の視線が捉えた先には、呆然と膝をついて座る女子生徒がいた。
血溜まりと嫌な死臭が立ち込む中、それでも身動きを取らない彼女の放心っぷりたるや凄まじい物ではあっただろうが。



「……はぁ…はぁ、はぁ………………。…何してんだろ、私…………」


マロは、


「はっ、はっ、はっ、はっ、」



いや、『クン●ーヌ』(命名:黒木智子)は、



「はっ、はっ、はっ、……」


「……ごめんなさい。……只野…く──…、」



「はっ、はっ!!!!」



 ズボッ────



「んおわっ!!???」




誰に教わった躾なのか。
女子生徒のスカート内へと顔を突っ込み、ベロベロと股ぐらを舐め出していった。








短編03『北埼玉ブルース』

[登場人物]  野原ひろし海老名奈々山井恋

『時刻:AM.04:10/場所:渋谷駅前』
『────通常再生』





「はっ、はっ、はっ、はっ、」


 ペロペロペロペロ……



「わっ!! ちょ、ちょっと…!!! えっ?!! ひ、ひろしさん…た、助けてくださぃ…〜〜!!!」

「なっ、なんだこの犬は〜〜っ?!!! …くっ……。や、やめなさいっ!!!! …この破廉恥野郎〜っ!!!!」


 ────ボコッ


げ    ん   こ    つ!!




 シュゥゥゥゥ〜……と、倒れたマロのたんこぶから湯気が出る。

 渋谷駅待ち合わせ場にて、唐突に現れては海老名の股ぐらへダイビングしたこのバカ犬。
海老名の同行者──ひろしは、色んな意味で突飛な襲撃者に、思わず手が出てしまった。


「え、海老名ちゃん大丈夫か〜っ!!?」

「うっ、え…は、はい………。…あの、いくらなんでも…殴るのは酷いですよ〜……。わんちゃんを……」

「…う、うぅ………。…自分の行いを正当化するつもりはないが、仕方ないってもんだぜ〜…?」

「し、仕方なくなんかないですよぉ〜!!」

「海老名ちゃん、考えてみるんだ! SASという部隊では軍事犬という攻撃専門の犬がいると聞いたぜ。…今は殺し合い中だ……。この犬も、もしかしたら誰かが送り込んだ刺客という可能性もあるから…警戒を──…、」


「はっ、はっ、はっ」


し〜〜〜ん……



「流石にないと思いますよ………?」

「……………ああ、オレが馬鹿だったよ。すまない!! …さしずめ、一人暮らしのOLからの刺客…かなぁ……。この犬は………」



 見れば見るほど間抜け面のマロ。
ひろしは脱力感でくたびれそうなほど呆れ返った。


 時刻は午前三時。──普段なら騒ぎ足りない若者達が踊るこの時間帯も、今や閑散とした寂しさが漂う。
つい先程の、何処ぞの参加者によるバカでかい拡声器発声もまるで嘘のような静けさだった。

新田義史追放以降、男手一つで海老名菜々を守るは、双葉商事のスーパーサラリーマン野原ひろし。
ローン十年。三十五歳。これまで幾多ともなるトラブルに立ち向かってきたひろしだ。
治外法権下と化した渋谷区で、彼が何もしないなどある訳がなく────、


──という訳はなく。
現時点では、海老名を連れて渋谷駅を出ることしか行動を取らずにいる。

待ち合わせ場所まで出て早数十分。
未だ、彼ら一行は基本スタンス通りの【静観】を貫き続けている。


「はっ、はっ、はっ、はっ、」

「はは…あははぁ〜…。それにしてもめんこい犬だべな〜〜……」

「…言うほど可愛いか〜? そいつ……。まぁ人それぞれだけどよ〜」


「待て!」────と、犬の躾の如く待機を貫くひろし等。
これは当然ながら誰かに指示されてのスタンスではない。
──そして、何も考えず愚鈍にただ突っ立っている、という訳でもなかった。


 言わば、『何もしない』という策である。


 軽く遡るは、数カ月前のランチタイム。
束の間の休息を釜飯屋にチョイスしたひろしは、あろうことかスマホを会社に忘れてしまっていた。
本格的釜飯店ともあり、出来上がるのにも数十分掛かる。
その窮屈すぎる長い待ち時間、暇を潰す道具も持たずして一体何をすれば……と。
熟考に頭を働かせたひろしが辿り着いたのが──『何もしない』事なのである。


“待てよ…。なんでオレは何かをやらなきゃいけないと思ってるんだ…!?”


“思い返せばちょっと時間が空くといつもスマホをいじっていた…”


“何もしないでいるのを時間を無駄にしていると思っていた……”



“──けど本当にそうなのか────?”



この思い付きは結果的には得。
ひろしのこれまでの考え方をリライトする、新たな価値観となった。
何もせず、店の中をぼんやり眺めてみれば、雰囲気の出る竹ザルやアンティークな掛け時計、囲炉裏の上にある魚の飾り等…古民家風な凝った装飾が発見できる。
その温かみのある内装にひろしは心から落ち着いた様子であった。
もしもスマホを会社に忘れてこなかったら、これら店の雰囲気には一つも気づかなかった事だろう。

情報だらけの昨今。
ひろしは、こんなにも落ち着く気持ちになったのは久々な気がしていたのだ。


「かわいいな〜えへへ〜〜!! あ、ひろしさんもよかったら撫でますか…? わんちゃん」

「え? いや、いいぜ。うちはもうシロで散々撫で飽きたモンだからな〜〜」

「あ、そうですか〜。…めんこいな〜〜」

「はっ、はっ、はっ、」



────ただ待つという贅沢。

何もしないことにより、今まで目に付かなかった物がハッキリと感じれるようになるから、と。
今はまだゲーム開始から三時間も経っていない。四十五時間も短いようで長い時間が有り余っているのだ。
従って、以上の経験の元。ひろしは海老名を説得し、ただ何もせずにい続ける。
本当に、何にも──。


「はっ、はっ、はっ、はっ、」

「んん〜〜〜!! かわいい〜〜〜! …………──」


「──……………。…………」


「ん? どうしたんだ海老名ちゃん」

「あっ!! い、いや…何でもないです……!」

「…そうか〜? なら良いんだが…」


「……………ははは…」


もっとも、海老名からしたら今すぐにでもうまる等知人たちを探したいのであるが。


 満月。
映像広告看板が目まぐるしく文字移動し、誰も乗っていないにも関わらず尚も働き続けるエスカレーター。
ひろし達は、何もしないという攻防策を身に置いて、静観をただただ続けていた。

まるで、何かを待っているかのように。



「はっ、はっ、はっ、はっ!!!」


 ズボッ


「んおわっ!!! きゃっ!!!!!」




「「え…?!」」


二人の「え?」が同時に重なる。──ということは、『第三者』の声が発生したとの次第だ。

少しばかり向こう、青ガエル電車模型前にて響いた、女子の声。
海老名と同年代頃であろうその女子は、声が飛び出る今の今まで気配を察せず。二人揃って振り返った時、初めてその子の存在に気付かされた。
──それと、マロがその女子のスカートに頭を突っ込んでいたことにも、今更。


「あっ!!! あのおバカ……、い、いつの間に…!!!」


女が目に付けば見境なしに襲うのだろうか、随分と『躾』がなった犬だなぁ…、と。
脳裏に我が息子が思い浮かびながら、ひろしは海老名と共に大慌てで静止にかかる。


「す、すみません〜!! …こらっ、離れなさい! もう…一体どうなってんだお前は……!!」

「すみません!! うちのわんちゃんが〜…ご、ご迷惑を〜…!!!」

「…は?」


バカ犬を無理やり引き剥がし、ひろし等は被害者の女子に平謝りを始める。
対して、虚を突かれた様子で地面に座り込むその女子。
肩までかかる茶髪のミディアムヘアに、同じく茶色のセーターで制服を覆う。イメージ的には、キャピキャピした感じといった顔立ちの女子生徒であった。


「……またこのバカ犬………。…なんなわけ………?」

「えっ? また、って…。君こいつを知っているのか〜?」

「は? …あー、こいつ名前マロだから。…ほら、首輪に書いてるでしょ?」


「首輪……?──」


待ち合わせ場所にて、誰かを待つかのように静観し続けたひろし等が出会った、その女子。


「──あっ、確かに!! 今まで気づかなかったぜ〜…。ごめんよ、うちの〜…っていうか君の…かな? マロのやつ、なんかこう…女の人見かけると暴れちゃうタイプで〜〜…」

「いや知ってるから。私もさっきそのバカ犬に頭突っ込まれたし。やだよね〜ほんと。獣くっさくて敵わないってーの。──」

「──本気で死ねばいいのに。…そう思っちゃう感じ〜? ね〜〜」


「「………」」


「お、オレは野原ひろし! で、こっちは海老名ちゃんだ」

「あ、はい!! よ、よろしくお願いします〜…」

「取り敢えず君に怪我なくて良かったぜ……。ところで君は──…、」

「あ、私パスで。自己紹介」

「え?」

「だってさ〜、普通に面倒臭いし。自己紹介で終わるならまだしも、これまでの経緯とか仲間の話とか色々しなきゃダメでしょ? そんなのダルいしキツイじゃん〜──」


もしかしたら、ひろし等は本当に待ち続けていた。
──いや、待たされていたのかもしれない。



「──それに、やる意味なんかないし」


「…え?」



武器も乏しい、戦闘力も皆無、無害、──殺人者としては格好の餌。
待ち続けていたのだ、──死神はひろし等を。

ひろし等の身体から魂が離れる、その瞬間を。


「バカ犬は…とりま保留。対象はそこのオッサンと脂肪の塊みたいな女だから。よろしくね♫」

「……えっ」



「────『ウンディーネ』っ!! 皆殺しにしてッ!!!!!!」



女子生徒──山井恋が、ペットボトルのキャップを外した瞬間。
飲み口からまるで水晶のような透明の塊が宙に浮かび、

刹那。
レーザー《ウォーターカッター》が飛び掛かる。



 ガガガガガガ──────ッッッ



「えっ!!??」

「え、海老名ちゃん!!! 逃げ──…、」




 グシュッ──




────死神がその黒いベールを脱いだ。






短編04『マミの使い魔』


『時刻:AM.04:10/場所:渋谷駅前』
『────同時刻』




 使い魔には、使命がある。


使い魔には、主【マスター】の命令に従い、護衛や補助などの役割を担う義務がある。

使い魔には、どんな不条理や理屈であっても、どんなに頼りなくか弱い主であっても、その主の存在を。
いや、主の生命を一番に考えなくてはならない運命がある。

例え、自分の身に危機が迫ったり、戦いの末、自らの魂が犠牲になろうとも、守り続けたい『存在』があった。


それが、使い魔として産まれたが故の、天命だった。



──ただ、その半透明化した身体は、使い魔と呼ぶにはあまりにも脆弱な姿だった────。





「(……保って半日…いや二時間ほどか。…クッ……。──)」

「(──…主がいかにもオツムの弱そうな小娘ときたものだからな。奇天烈かつ無駄な願いを連発することは多少目に見えていたが………。…あまりにも酷い、酷すぎる………──)」

「(──OK,siri感覚で私を酷使するとはっ………。お陰で私の充電は5%未満だ…………。──)」


「(──…魔力が欲しい。……一刻も早く、魔力が………………)」



「あっ!!! ゆ、UFOだ!!! ほら魔人さん、うまるちゃんも一緒に!! アーメンソーメンヒヤソーメン〜〜っ!!! アーメンソーメンヒヤソーメン〜〜っ!!! わたし達をどうか助けにきてぇ〜〜〜〜!!!! 宇宙人さん〜〜〜〜〜!!!!!!」

「いやただの飛行機じゃんアレ。…でももう一途の望みにかけるしかないよーー!!! アーメンアーメンアーメ──────────ンっっ!!! うまるをここから連れ出してぇえーー!!!! あとついでにダラダラしてても文句言われない星に連れてってぇええーー!!! お願い宇宙人様ぁ─────────っ!!!!!!!」


「……………はぁ」



夜空を一つの赤い輝きが通過した頃。
必死こいて天にお祈りをする二人の小娘に、魔人・デデルはため息が漏れる。

──なんて愚かな光景だろう。
──そしてなんて馬鹿な主《マスター》なのだろう。

地面上にてジャンプーSQ雑誌や月刊マー、お菓子等が乱雑に散らばる中、デデルは赤い星(──と言うか普通に飛行機)に向かって指パッチン。


 パッ


「「あっ!!??──」」


「──き、消えちゃった?! どうして!!? なんで!!! わたしを見捨てないで宇宙人さん〜っ!!!」

「いや魔人が消したんでしょ絶対! …何してるのさもうーーっ!!!! ワンチャンUFOだった説あるんだよ!!? ワンチャン〜〜〜〜っ!!!!」


「バカな信仰をしてる暇があったら行きますよ。……全く…」

「ば、バカって……。別にうまるは本気で心からUFO信じてたわけじゃないよ! …バカは、その………マミちゃんだけだし」

「なにそれっ?!!!」


「………………はァ。困ったモノだ…」


魔人のただでさえ消えかかっている姿が、余計スケルトン度を増すこととなった。





短編05『制服少女に踏まれたい』

[登場人物]  山井恋

『時刻:AM.04:03/場所:桜丘の森』
『────『←』巻き戻し/話は7分前へと遡る。』




 S極とN極は、その磁力でまるで運命のように引き寄せ合う。
ただ、どれだけ強い磁力を発そうとも──山井恋は、意中のあの子に未だ出会えずにいた。
【S】hoko──Komi極。
彼女の為なら、こんな下劣で全てが終わっている厨二デスゲームでも喜んで乗ってやろう。
そう意気込んでいたというのに──。


「…ひっ!!! ………あれ。………え…。嘘っ………──」



「──…………只野くん…」



 渋谷高校から徒歩数時間。
どれだけ歩こうとも歩こうとも、先程から山井が出会す参加者は、『既に参加者で無くなった者』──【死体】ばかりである。

 渋谷サクラステージの歩道橋を進み、道なりに足を踏み入れた先は桜丘の森。
ライトアップされた木が閑散と光るこの公園。
死臭に飛びついたのか、さっきからカラス達の声が酷く喧しかった。


「……………早っ。…早すぎでしょ…………。何してんの、…うげっ………。只野くん……………」


ベンチ下の地面にて、まるで寝返りを打ったかのように仰向けのクラスメイト。
知り合いの遭遇ともあり、山井は思わず前屈みで座り声を掛けたが、当然返事など無い。
赤黒く胸を染め、鼻と口からは歌舞伎のペイントのように紅の軌道を綴る、白目の死体。
下半身の断面からは、どこかに失った両足を探すが如く、血の噴水が水溜りを伸ばして続ける。


「……。(…早坂ちゃん説ある? ワンチャン…)」


 死体の傷口を眺めながら、山井は不意に犯人像を思い浮かべた。
三時間前、校舎内にて互いに不可侵条約【古見/四宮接近禁止令】を交わした、早坂という女。
条約締結の記念品として、所持武器をそれぞれトレードしたものだが、山井に比べて早坂は参加者遭遇率が高かった様子。
早速目についた只野を即襲撃──逃げられない様脚を切断してから──トドメを刺したのだろう、とスプラッターで嫌な想像が頭に浮かんだ。

山井に重い現実を突きつける、知り合いの死。
──ただ、かと言って彼女は別に早坂を恨んだり復讐心を抱いた訳でもなく。
よくしてもらった親戚の葬式と同程度の悲しみで、山井は涙を浮かべながらそっと鎮魂の想いを念じた。


「………っ、……うっ……………。は、はは…。おかしい…よね。…そんな仲良くも友達でもなかった………っていうのに…。──」

「──いや、違うや。…………こうなると分かってたら、もう少し仲良くしてれば良かった。……っ……、そうだよね、只野くん………──」



「──…………………。」


 ジィィィィィ……

 涙を袖で拭きながら、山井は返り血で染まるデイバッグを開いた。
中に詰まっていたのは生徒手帳やらノートやら、食べる気なんか起きない血染めの菓子パンやらがズラリ。


「……何これ? …『うんでぃーね』………?」


その数ある遺品の中から、彼女が取り出したのは一本の飲料水。
──いや、只野仁人の『支給武器』であった。
ラベルには【只野仁人様専用武器 ウンディーネ】とデカデカにラッピング。
一見役立たずそうなデイバッグ中身群の中から唯一、彼女がソイツに興味を惹かれたのも、『武器であるから』が理由である。
今はまだ詳しく取説を読んでいないため、その飲料水が毒物なのか硫酸のようなものなのかも不明。
効果がどう作用する武器なのかは不明なものの、


「…ごめん。ちょっと借りるから………」


取り敢えず持っていて損はないと、山井はNEW武器として拝借をした。


屠殺場のような血の匂いが立ち込める公園地帯。
羽虫の存在が鬱陶しい中、山井は吐き気を催した事によるものでない──悲哀の涙を確かに流す。

山井恋は、病んでいます──。
──古見さんが関わる事以外であれば、至って普通の女の子である山井。
【マーダー】タイプの彼女とはいえ、同級生の死には堪えられない物なのだ。


「…………もう行くね。…バイバイ、只野くん…」


 去り際、彼女はそっと掌を只野の顔へ向ける。
白目をかっ開いたまま眠る死体には、誰だって目を閉ざさせたくなるものだろう。
山井もその想いのまま、ゆっくりと瞼を閉じさせにかかった。




 フワッ




「…え?」




 それが、悪かった。



 掌から感じる、奇妙さ。
只野の顔にいざ触れたとその時、羊の毛のようなふわふわとした感触が伝わる。
体毛に覆われた野生猿ならまだしも、人間の素肌に触れて普通、毛のような感触が伝わる筈など無い。
その突飛たる違和感に山井がふと手を止めた時。
彼女はよくよく注視してみると、




「…………………………………は?」





只野の顔中至る所、蚊の大群が蠢いていた。




鼻、耳、額、唇、頬。何十匹。

どこもかしこも無数に。
羽。羽。羽。
手足の細い蚊達が、大小群れを成して夢中に吸血を続ける。

視点を移せば、損傷の激しい胸部には羽虫共に混じってカナブンや蛾が血肉を舐め。
両足断面から湧き出る水溜りには、蚊や蟻の溺死骸が馬鹿のように漂う。


山井が涙ながら語りかけていた只野。
乾いた白目をむくコイツはもう、死体ですらない。
夏の虫たちへの贅沢なディナー。大きな大きな食料と化していた。




血臭につられた黒虫が一匹、山井の鳥肌を通り過ぎて行く──。




「──────…ィ気持ち悪ィんだよッッッ!!!!!!!」




 グシャッッ


  ドシャッ、グチャグチャッ、グシャッ……


   グチャグチャグチャグチャ………………



 我を忘れて虫共を踏み潰す頃合い、気が付けば靴も、靴下も、太腿に至るまで、返り血でベチャベチャになっていた。
嫌悪感という激しい怒りで容赦なくぺしゃんこになっていく蚊達。
──そして崩壊が止まらない只野の顔面。


これが古見さんの死体ならば、ここまでの地団駄は踏まなかったことだろう。


「ふざけんなッて!!! ふざけんなッ!!!! 死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ死ねッ!!!!!──」


「──気持ち悪いんだよッッッ!!!!!!」


 グチャッ────



只野くんという、比較的どうでもいい人間が、山井恋の本性を曝け出していく。






短編06『しんのすけ、網膜を"焼け"』

[登場人物]  野原ひろし海老名奈々山井恋

『時刻:AM.04:15/場所:渋谷横丁』
『────『→』早送り/話は12分後へと進む。』






♫山井ちゃーん!!


「はァ〜〜い!!」


♪何が好きぃ〜〜???


「チョコミント!! …よりも古・見・さん❤️💕💕🥰」



「(はい♪ ここで自己紹介タ〜イム! と言っても、私の紹介は別にいいよね?)」

「(今回は、私のNewフレンド!! 只野くんから奪…貰った、ウンディーネちゃんについてご紹介しまーす! 可愛いでしょ? 皆ウンディーネちゃんのことよろしくね〜!!)」

「(ほら、ウンディーネちゃんも挨拶して!)」


シーン……


「(…もうっ寡黙な子なんだからっ…!! ほらって!! してよ挨拶!)」


シーン…………



「──いや挨拶しろって言ってるよね────。──」


………、
…………………。


「──…まぁいいや」


「(この挨拶すらもできない人見知りな子!! …っていうか喋れないか、口ないし。……ともかく、このウンディーネはいわゆる私の武器!! ポケ●ン的な使い魔って感じだよ!)」

「(見た目はなんていうか…水晶玉みたいな? 真ん丸の水、宙に浮いてる…ってそういう感じかな)」

「(正直なところ、コイツ話すことできないからお喋りも退屈だし〜? しかも全然オシャレな見た目じゃないから、私的にはかなり無理なタイプなんだけどもさ〜…)」

「(でも、そんな些細なこと全然許せちゃうくらい……この子は物凄く強いのっ!!)」


「(…ん? 何がどう強いの?──だって? えーと、それは〜……取説取説と)」



【支給武器紹介】
【ウンディーネ@ダンジョン飯】
湿地帯に生息する魔物。
厳密には精霊(の集合体)。
圧縮した水をウォーターカッターのように高速で打ち出すことで──…、


「(あー堅苦しくい説明で滅入るわ。ということで、私の口から説明するねっ☆)」



「(小学生の頃プール入る時にさ〜、目洗う専用の蛇口みたいなのあるでしょ? あの、やたら水圧強くてめちゃくちゃ痛いやつ)」

「(それのハイパー強化版が、ウンディーネの攻撃《ウォーターカッター》なわけ!! つまりは〜〜)」


ガガガガガガガガ──────ッッ

高くはビルの看板から電柱にかけて、低くはアスファルトなり店の扉なり路上駐車した車と。
レーザーは規則性無く、街の至る箇所を切り刻んで行く。


「(↑そうそう~こんな感じで!! どんな物でも切断できちゃうの! 窓ガラスでもコンクリでも、レーザーみたいな奴でスッパスパ!! 凄いでしょ?! バイオの映画に出たアレみたいだよね〜〜)」


「(あとさ〜、取説には『意思がない魔物』って書かれてるけど、私の命令なら何でも聞いてくれんだよ! バカそうなのに意外と賢いんだよね〜〜!!)」

「(OK,Siriする感覚で〜、『アイツとコイツだけは攻撃するな』みたいに命令すれば従順に行動してくれるの!!)」

「(ほら、この通り! さっきから色々切りまくってるのに、私だけはま〜ったくの無傷!!)」



ガガガガガガガガ──────ッッ

盗んだ自転車に乗り走る、山井の頭上には二つの水晶玉が浮かぶ。
主人のスピードにピッタリ合わせて進むウンディーネは、一切攻撃の手を緩めることなく。
山井が過ぎ去った後の道は、どこもかしこも戦場跡かのように、ズタズタに切り拓かれていた。


「(──…まぁ私を攻撃したらしてきたで、『楽しい』調教タイムが始まるんだけどさ────。)」



「(ともかく! このふしぎなお友達と仲良くなった私はスーパーエンジョイタイム!! とってもハラハラして、それでいて楽しいわけ☆)」

「(…はぁ。……早く…見せたいな、古見さんにも。私の強いパートナー・ウンディーネを………)」


「(こんなクラスの隅っこ界隈が昼休みに妄想するようなデスゲームで…、)」

「(産まれたてのチワワのように震えてる古見さんの元を…、)」

「(私が颯爽、駆け付ける……。ドラマみたいなシーン…‥…)」

「(…ねっ? だから、こっちを振り返って…。早く会いたいよ…。ずっと私だけのことを見ていてよ…)」


「(私だけの…………────古見さんっ」




「(──水の精霊が祝福の雨を降り注ぐ中、私達は幸せ一杯にずぶ濡れる。…そんな時間の訪れは、もしかしたら割とすぐなのかもしれない……)」




ガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ
バキバキバキバキバキバキバキバキガシャンッッッ



「………いや空気読めって。ロマンスなときめきの予感してる時に、ガガガ〜じゃねーよ。うっさすぎるし。……やっぱコイツとはオトモダチ無理。ほんと使えないわ………。──」

「──…はァ。……てかいつまでやってんのコイツ? 私、アンタに街破壊しろだなんて頼んでないし。さっさと殺ってよ。つか脚狙えよ、まず脚。──」


「──……たかが水に大活躍期待した私がバカだったかな…………。はぁ〜ア最悪………。もう……──」




“死ねよッ。古見さん優勝計画に邪魔な、無能達がッ──────”



ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
切る切断きキ切創斬切る切ったがきる切って切るを切るお切りますきるきってきったきろう切る切ってkillキルキル切る切断きキ切創斬切る切ったがきる切って切るを切るお切りますきるきってきったきろう切る切ってkillキルキル
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切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切切………



「ぎょえぇええええええええええ〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!!! ハァハァ…え、海老名ちゃぁあああ〜〜〜〜〜〜んんッ!!!!!!」

「はぁ、はぁ…は、はいぃ〜!! ひ、ひろしさぁあん────────ッ!!!!!!」

「チクショぉおおおおお!!!! みさえ、みさえぇえええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!」


「はっ、はっ、はっ、はっ、」



 ここ、渋谷横丁通りを駆け抜ける三つの影。──追いかけるは自転車の影と水晶二つ。
今思えば、渋谷駅前にて放たれた奇襲《ウォーターカッター》は「よーい、ドン」のピストル代わりと言えようか。
ひろしと海老名は人生最大級の危機を背負いつつ、人生最大級の激走を続けていた。
ひろしの手から伸びる長いリード。──彼らを引っ張るかのように、マロもまた四足の脚で大地を蹴る。

ボイラーのように熱くそして膨張する太腿に、どんどんと切れていく息。
ただでさえ全身汗だくだというのに、いつ自分の方へ飛んでくるか分からないレーザー攻撃には、冷や汗が混じり入った。

先頭を走る犬は、今の危機的事態を理解しているのか否か。
苦悶の表情で走るひろし等とは対象的に、さぞ愉快に尻尾を振るソイツの尻は、必要としていない苛立ちをどんどんどんどん沸かせに来た。
“お前がアイツに飛びついたせいでこうなっているんだぞッ!??”────。
──ツッコミを入れる分の体力が勿体ない為、この叫びは心の中のみに押し留めるひろしであった。


汗と、涙と、男と、女。──と、犬一匹。
ひろし史上最走となる犬の散歩が、油臭い横町で開幕する────。


「うっえええぇえ〜〜〜〜〜んんっ!!!!! はぁはぁ………!!! 誰かぁ〜〜〜っ!!!!!」

「…ぜぇはぁぜぇ……はぁああっ!!! あぁあ〜お慈悲を〜〜!! お慈悲をくださいぃ〜〜〜〜っ!!!!! 助けてくれみさえ〜〜〜〜〜っ!!! みさえ〜〜〜〜!!!!!!!」


ポポン♪

『畏まりました。野原みさえさんに電話をかけます』


ひろしの懐から機械音声が響いた。


「いやこんなタイミングで反応するな!!!! siriぃ〜〜〜〜〜〜!!!! くそぉおおおお〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」

「はぁはぁ……。ひろしさんん〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

「は? うわウケる。丁度いい機会でしょ? 最期の電話したらいんじゃない〜?」

「「最期とか言うな(言わないでくださいっ)っ!!!!!」」

「…うわウッザ〜…。…息ピッタシすぎ」


「…ゼェハァ……ゼェゼェ……。…お前なんかには…絶対分からないだろうなっ…………。ハァハァ……」

「え、何が? あとウンディーネ、そのオッサン集中狙いに作戦変更で」


ガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ


「うおっ!!? ひ、ひ、ひぃいいぃいいいいっ!!!!!!! 話してる途中に攻撃すんじゃね〜〜っ!!! 武士道の風上にもおけない卑劣さだぞちくしょおおおおおおおおおお〜〜ッ!!!!!!」

「? ウシ道?? 牛は早坂ちゃんだよ?」

「…はぁはぁ……、な、なんの……話ですかぁ………」


 ウォーターカッターの二重攻撃。──もはや螺旋化。
ただでさえ深夜の全力疾走は三十代の齢男を蝕むというのに、二重ともなるレーザーの全力回避は、満員電車の何倍もキツかった。
回避→ジャンプに、かがんで→回避 x ∞…。
ふたば商事に勤めて早十年近く。営業で鍛えた足腰を自慢に思っていたひろしとはいえ、体力消耗は著しい様子。
願わくば、風呂に入ってパァ〜〜っとビールを飲み干したい気持ちだった。
というか、限界超越した今、頭の中はソレ《現実逃避》のことしか無かった。


「……ハァハァ…──」

「──おい、聞けよ……。ウンディーネ娘……!!」


そんなひろしの目つきが、ふと変わる。


「…カチーン。その呼び方めちゃくちゃムカついちゃったー。でもアンタら如きに本名言うのもヤだからもどかしいって感じ〜──…、」

「聞けつってんだろッ!!!! おいぃッ!!!!」

「………」


立場上優位な事もありヘラヘラ減らず口が止まらない山井であったが、『圧』。
ひろしのエナジー籠もる『圧』を受け、思わず押し黙ってしまった。

現状、ビールのことしか考えれていない華金頭のひろしではあるが、コレを良く言うとするのなら。
──いや、逆に言えばだ。
この絶望の中。
彼は、“絶対、マイホームに帰ってやるッ”──という強い意志が有るということなのだ。


「……いいか…ハァハァ……。家に帰れば既に風呂は沸かしてある……ッ。子供たちとゆったり湯船に浸かりながら疲労を癒やし……ッ! 風呂上がりには酒とつまみ、…大好きなジャイアンツ戦が待っているッ!!!」

「……は?」


「…しんのすけらが眠った後…たまには妻とのんびりコーヒーさッ!! みさえの入れたインスタントは…工夫も拘りもない癖して何よりも美味くッ…!! 温かくッ……!!!」

「…ねえ通訳お願い。そこの脂肪の塊みたいな女!! このオッサン何が言いたいわけ??」

「……はぁはぁはぁ、ひぃい〜〜〜〜!!!!」

「はぁ? 無視はなくない〜?! …ムカついたわ、罰ゲームとしてウンディーネ分裂。そいつにも追加制裁で」


ガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッガガガガガガガガガガガガガガガ──────ッッ


「え…。ひっ──…、」


 分裂。──水の精霊 x 4。

 一々苛立ちを表してくる山井の命令の元、水晶体は四体に増殖。
その事も束の間、間髪入れずに右二体は水圧の槍をぶち飛ばした。
狙いは無論、命令通りたわわな胸の美少女へ。

運動が苦手で、自他共に認めるおっちょこちょいな海老名である。
秒知らずの螺旋レーザーが迫り来たこの瞬間、避けるどころか反応すらも当然敵わず──。



「あっ────…、」

「海老名ちゃん危ないッ!!!!」



ズザッザァ───────…


その小さい身体は為す術なく、衝撃から一瞬宙を舞った。







グイッ

「きゃいんっ」







──リードを無理矢理引っ張りつつ、海老名を抱きかかえ攻撃を避けた、ひろしの手によって。




「あ…ひ、ひろしさん!!!」

「…ハァハァ……。あ、危ねぇ〜〜。間一髪すぎるだろうが〜〜っ……」

「くぅぅぅん〜〜…」


 首が締まったことで顔が真っ青になるマロと、違う意味で青ざめていくひろし。
彼が「あぶねぇ〜…」と口にするのも無理はなかった。
倒れ込むひろしの靴先数センチの距離にて、道路がズタズタに亀裂走る。
これも営業で鍛えた恩恵というわけか。後一歩遅ければ、海老名ごと真っ二つのブロック肉と化していただろう。
海老名の死、そして自分の死をもギリギリに回避したひろしは、気を抜けば失禁しそうなくらいだった。

ただ、そこまでしてでも守りたい物がある。
命に変えてでも──いや、否。

何一つ失わずして守護りたいという信念が、ひろしにはあった。


「…武士道……ッ。一旦、刀を置け…! な? ウンディーネ娘!!!」

「だからウシは早坂かそいつ。で、私をそんな呼び方しないでちょうだい。…つかいい加減死ね──…、」

「なぁッ!!!!」

「…っ!! …………」


「チッ」と舌打ちと共に、自転車から降りた山井へ一睨み。
ウンディーネの攻撃でまたも遮られた『熱弁』を、彼は息が上がるのを忘れて吐き飛ばした。


「…しんのすけにひまわり、そして愛する妻のみさえ……ッ。久しぶりの日曜日には、家族皆で釣りに出かけるんだ…。あんたの漕いでるような自転車でッ、オレら四人はよッ!!!!」

「………」

「…ちょうど明日…、本来ならそういう予定だった。…しんのすけの奴に、釣りの流儀ってもんを教えたくてウズウズしていたよ……──」


「──だが、予定変更だッ…!! オレは明日、海老名ちゃんを家族に紹介するんだッ!!!」

「は?」

「はぁはぁ……。えっ、ひろしさん…?!」


「…きっとしんのすけの奴は言うだろう…『お姉さんいくつ〜?』とナンパしてな……ッ。みさえはこう叱るに違いない……『あなたその子何っ?! 離婚よ離婚!!』ってなぁッ!!! ご近所迷惑なくらい大騒ぎ間違いなしだろう!!」

「…」


「…だが、それで良い…ッ! それが家族なんだ…、それがオレの愛する…帰るべき家族なんだッ!!! 今想像している家での未来が…オレを待っているんだよッ!!!」


この時。
ひろしは海老名(とマロ)を庇いつつ、右足で地団駄を踏んだ。


「…娘。お前には分からねぇ〜だろうな…。家族が待つ温かさがッ、…無事に帰って来れた心地よさがッ!!」

「………」


ガシャンッ──

この時。
たった一人の地団駄では揺らせれる筈がないというのに。
確かに、自転車が倒れた。


「だから…もうよせっ。いや、攻撃なんかやめたほうがいいんだよッ…!!──」

「──さいたま春日部生まれッ…、双葉商事二課…、係長……ッ、ローン十年…中年……ッ、三十五歳ッ…!!──」

「──オレは野原ひろしだッ……!!!!」


「……」


「あっ…!」


この時。海老名は気付いた。
自転車が一人でに倒れた理由。それはどこぞの風による自然発生なんかではない。
地面が確かに、確かに揺れ動いていたことを。


「大して責任も、罪悪感も、背負う物も無いお前が……ッ。お前なんかがッ………」


「………」



そして、この時。
ひろしはゆっくりと立ち上がった。
珈琲臭い口に、ジョリジョリの無精髭、全身親父の汗でフラワーに香る中年サラリーマン・野原ひろしであったが。
──彼の熱い魂は、渋谷横丁を揺れ動かす。


ひりつく周囲。
この暑さは真夏の気温とは別の、熱意籠もる『熱さ』。
絶対に家に帰るという信念は、周りの環境を確かに変えていく。



「愛する家族がいるオレに………………ッ」



野原ひろし、FIRE──。

彼の炎燃え滾る思いは、サバンナクラス。

もはやウンディーネの攻撃とて焼け石の水であろう。



「お前なんかがッ……………」



時はまだ深夜。

太陽いらずのこの夜に、ふと眩しさが灯る。



「オレを倒そうだなんて…ッ」


僅かばかり一呼吸置いて。

漢・焼け野原ひろしの魂の叫びは、ウンディーネを確実に蒸発へと掛かる───。





「──誰がなんと言おうとッ、百年早ぇんだよオオオオオオオオオオッッ──…、」







『あなたー!! ちょっとどこにいるのよ!? こんな時間に電話して!!』




「…げっ。み、みさえ〜……」


「は?」 「えっ?」





──…このとき、ひろしからしたら冷水を浴びせられた思いであったろう。
懐のスマホから鳴り響くは、愛する妻の怒りの声。


“あー。そう言えばsiriのやつ、連絡しやがったんだよな〜…。さっき……”──と。


『早く帰ってきてちょうだい!! 話はそれからです!!! もうっ…』


「…………………み、みさ…──…、」


ガチャッ…

ツーツーツー


「…………………」

「……」 「………」


「はっ、はっ、はっ」




「…………………………──」


「──こんな時くらい、カッコよくさせてくれよ〜〜〜…みさえ〜……。…やれやれ、海老名ちゃん」

「…は、はい………」



一気にトーンダウンした渋谷横丁にて。
マロを持ち上げ、海老名の手を握ったひろしは一呼吸分ため息。



「熱く語ればなんとかなるとは思っていたんだが〜〜…」

「…ウンディーネ。はい準備〜」



「うしっ、逃走再開だ!!! えひゃああぁああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」

「もういやぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

「あいつらバカ三人を切り刻んで!!! 本気で死んでよねもうッ!!!!!!!」



ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ




三人は絶望の鬼ごっこを再開するのであった。


戦士《サラリーマン》に休息はない────。







前回 キャラ 次回
062:『悪魔のいけにえ(漸ノ篇)/(爻ノ篇) 063:『Pulp Fiction<三文小説・第一集>(2)
004:『殺したいほど愛・ラブ・ユー 山井
027:『新田さんは捨牌だゾ ひろし
027:『新田さんは捨牌だゾ 海老名
043:『【明日の天気は曇りのち】 飯沼
043:『【明日の天気は曇りのち】 マルシル
クン●ーヌ
038:『魔神 が 生まれた日! デデル
038:『魔神 が 生まれた日! マミ
038:『魔神 が 生まれた日! うまる
最終更新:2025年06月01日 22:09