『わが友よ冒険者よ』
 ファミコンゲームの──『怒 IKARI』。  
タイトル画面にて、野郎二人がもじもじ行進してきて、意味もなく銃を乱射。
で、その後に1Pか2Pプレイを選択できるわけだ。
こいつのアーケード版はそれはもう非の打ち所のない大傑作だぜ。なにせ天下のSNK制作だからよ。
傭兵のおっさんが一人で戦地に挑み、敵陣を壊滅させていく、ってストーリーでな。
元ネタは明らかに『ランボー』だが、手榴弾で敵兵を吹っ飛ばすあの爽快感ときたら…、──本当に戦地にいるかのような目まいさえ覚えるんだ。
……それがファミコン様に移植された途端、なんでこうもなったんだか…。
もうよ、ハッキリ言やあクソゲーだぜ?
モッサリした動きで爽快感もクソもねーし、ガビガビな操作性の悪さにはストレスマッハ。おまけにグラフィックはノッペリ手抜きデザインだ。
さっき1P/2Pつったが、こんなんを好きこのんでプレイしてくれる友達なんざいるわけねぇー。
陳腐な8bitBGMのみが延々と鳴り続ける、静かな部屋での一人プレイ……。
その虚しさときたらもう……、…やった奴だけが味わえる特権みたいなもんだわな。
────…と、矢口はそう説明していた。
 ──ピコピコピコ…
  ──ガガガー、ガガガー…
「『ABBA』…と」
「ひっ……!」
「…おお、復活したぞ?!! 見てくれハルオにキスギ!! 兵士が死んでもすぐに蘇るという…、これは蘇生魔術に近い挙動だがコマンドを入力するだけで蘇りが可能とはなんという簡易さだと思わないか?! なんというか、生命の冒涜というか…それでいてなんという命の輝き……!! ……あの時は仕方なかった。ほかに手段はなかったから俺は仕方なくしてファリンを黒魔術で蘇らせたんだ。──だからこそ俺は思うねッ!! あの時はマルシルが『ABBA』と唱えていればァッ!!! 復活コマンドを知っていたのだとしたらッ!! …どれほどよかったものだとッ!!!」
「……ひ、ひいい………ひぃい……いっ………………」
 ──チラッ
「……ヒソヒソ(来生さんよく堪えた!! わたし達は準備完了に至ったからもう大丈夫だ!)」
「……ヒソヒソッ(だからやっちまえ!!! ガツーンッと一発! 頑張れ来生!!!)」
「…………ぅう…っ……!!──」
「──(──私ばっかに任せてきて………。…なにが“頑張れ”よっ!!)」
 冷え切った空気感のラブホテル七階/一室にて、現場には以下四名。
私、来生。────────十四歳。
矢口ハルオ、───────十四歳。
オルル・ルーヴィンス、──十四歳。
……一人、見栄で明かなド嘘をついてるちびっ子が混じってるけど、表面上は同学年そろい踏みという光景になる。
……そして、
 ──ピコピコ、
  ──ボン、ボンッ
「はははははははははは。あはははははははははははははははははははははは。…ほら見ろ見ろ!! ケン助も見ろ!! 『しゅりゅうだん』一個放り込んだだけでボーンだぞボーンッ!! 命が安すぎる!! 彼らの人生が儚すぎる!! ──だがそれが楽しい!!! だが俺は面白さを感じているんだ!!!!」
「はぁ……ああぁ………、ひぃ、ひぃい………」
「そうそう! 敵兵を無責任に殺したくっても許されるコンセプトがまた秀逸だ…! だって考えてくれよキスギにオルルにハルオ!! 仮に今、俺が君ら全員を叩き斬った場合……」
「…ぃいいッ?!」
「そう、たちまち処刑さ。禁忌そのもの。神でさえ法でさえ、重罪を犯した俺を赦すまい。──」
「──だが人は好奇心を抑えきれない生き物だ。俺も時々思うんだよ、ここで何の理由もなくマルシルを斬ってみたら、皆どんな反応するんだろう……って。──」
「──その欲望を許してくれるのが、この『げーむ』って装置なんだよ!!」
「ひぃいいいいいい……!!」
「いィや、素晴らしいッ!! 俺は人生で初めて感動しているッ!! 涙を堪えるのに必死だッ!! 絶頂だぁ!!!」
「ぃいいい……ぃぃぃぃぃぃ………」
「俺は早くファリンと兵士爆殺をやりたい!! 大切な妹に人を殺害させてみせたい!!! 好きな人と…好きな事を分かち合う…そんな爆殺こそが……!!!」
「ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「俺が抱える──今一番の夢なのさァあああ…、」
「ぃぃぃいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
────ライオス・トーデン容疑者(26)。
 ──ガンッ
「ぐへがっ」
 ──タタタタタタタタタッ
「矢口くん矢口くん矢口くん!!! 早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くっ!!! 早くドア閉めてったらァ!!!!!」
「悪ぃな来生!! こんな思いさせちまってよ!──」
同容疑者は、先程から支離滅裂な発言を繰り返しており、背後からのフライパン一撃程度では到底矯正不能なほどの『異常思考』を抱えている。
また調べに対して、容疑者はこう供述した模様。
──“首輪の正体は動く鎧の亜種。つまりは魔物さ。”
──“こいつの弱点はタバコの煙で、吹き付けるだけで絶命するのだから、首輪解除は簡単なんだ”
したがって私たちの首元がサッパリしている現状は、皮肉にも彼による恩恵であることは否めない。
 ──バタンッ
「鍵穴にカギぶっ刺して、鍵穴に接着剤ブチュ~ッってぶちこんでっと!! よし、あとはオルル!! 鍵をへし折れっ!!!」
「…別に矢口でもいいような仕事だけども、頼み事は拒まぬのがわたしの主義……。…いくわよっ!!」
 ──バキィッン………
「はぁはぁ………ひぃいい…………」
 だからと言って、私は当容疑者を認めるつもりは無い。
異常な目つきかつ、異常な瞳孔で何故か私のことばかり虎視眈々と凝視しながら、異常な回数眼球を動かし喋るアイツ。
服装も異常。
思考回路も異常。
謎に私を気に入っている様子も異常。
皮の剥がれたヤツメウナギみたいな魔物(?)──首輪内の生物を『食べよう』と提案してきた点も異常。
「…あばよライオス。たった数十分間ではあったが、オメェと過ごした時間は忘れねぇからな…。──」
どの角度から観察しても異常そのものなのに、『自分は普通の人間』だと異常な本人だけが信じ込んでいるその異常なまでの自己認識の欠如が異常で、
──私はその異常が生物学上本能的に、嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方なかったから────。
「──…ッつーか、忘れられるかってのっ!! オメェは大脳の主軸にいつまでもいつまでもこびり付いてくんだよ!! クソッタレぇえええ!!!!──」
「──んじゃ逃げるぞ!! 来生、オルルゥ────────ッ!!!!!!!!!!!!」
「うわぁあああああああああああああああああ────────!!!!!!!!!!」 「もう死んで死んで死んで死んでほしい死んでほしいお願いだからライオスなんて死んでもうっ嫌だぁあああああああ────────!!!!!!!!!!」
 ──タタタタ………
  ──タタタタ……
──この現場から退避することに、異論はなかった。
現場からは以上。
◆
………
……
…
 ──タタタタタタ、
「ぜぇぇ~……はぁはぁ………」
「はぁ、はぁ………。…ところでさ、矢口。わたしは思うのだがな……」
「あぁ~? はぁはぁ……」
「……………」
 なぜだかこちらが申し訳なくなるほどの長い長い長い長い廊下を駆け抜け、階段へ。
現在地は三階。
このホテルには、昭和中期にはすでに普及していた人類史上画期的な移動装置が設置されていない。
したがって私たちは、時代から取り残された郷愁さと鈍い足労を、ホテル側からふんだんにサービスされてる現状となる。
タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ──。
階段の段数は十三。いかにも意味ありげな数字だけども、どう『意味深』かはまた後で説明。
折り返し地点の踊り場。壁にて飾られるは、遙か昔、遙か異国の、遙か知らぬ誰かが描いた無名の絵画。
普段でさえこういったブルジョワ的絵画をまじまじと眺めることはないのだから、当然、私たち三人の目を奪われることなく。
オルルと矢口の背中を追いながら、私は黙々と階段を降り続ける。
「……貴様のテレポートを使って、逃げればいいのでないのか……? 走る意味を…皆目見いだせない…」
「バッキャローっオルル!! アレ使うたびにすんげぇー体力持ってかれんだぞっ?!! こんなくっだらね~ことでMP消費してたまっかつーの!!!」
「……はぁはぁ…。…なによぉ、それぇ……」
「…………………はぁはぁ。ところでさ、オルルさんよぉ…」
「………なんだ? はぁ、はぁ………」
「…………」
 階段を出たら広がるまた同じ景色。
『ところでさぁ』からでしか話を始められない愚背中を前に、私たちは申し訳なくなるほどの長い長い長い長い廊下を駆け抜けていく。
現在地は二階。──ことわざ辞典曰く、目薬を落とすのにうってつけの場所とのこと。
「……お前、いい加減やめたらどうよ? その無理して凛々しい口調使うやつ」
「…なっ??! む…む、無理なんてしていないわよっ!!! ──……あ………見透かしたかのように言うでない、愚か者っ…!!」
「おーはいはい。そんじゃあ気抜くんじゃね~ぞ、まじかるキッズどろぴ~~。…はぁ、はぁ…ひぃ……」
「~~~~~~~っ!!!!! もうっ~矢口のバカ、バカ、バカぁぁぁ!!!!!」
「………。──」
このホテルには、昭和中期にはすでに普及していた人類史上画期的な移動装置が設置されていない。
──…と思っていたら、何故だかこの階にだけは存在していた。
上昇先も降下先もない、設置意味の無さからオブジェクト同然の二階専用エレベーター。もしかしたら、それはエレベーターではなく従業員用の出入口か何かかもしれない。
だけど、仮に本物のエレベーターだとして私たちがそれに乗り込んだなら、行き先が二択しかないことに愕然とするだろう。
『天』─国か。『地』─獄かの、二択のみに。
「──………………………ふふふっ」
「あっ!? あ~~~~っ!!!!! き、来生さんまでわたしを笑うなっ!!! わたしはルーヴィンス家の長女にして…悪魔狩り一族の…正当な末裔なのだぞっ!!」
「あーごめんごめんー。オルルちゃんは関係ないよ、単に思い出し笑いだから~」
「…え。………そ、それなら…まあ、いいんだけども……」
「いや腑に落ちんなやオルル!」
「……。──」
タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ、タ──。
階段の段数は十三。伊丹十三が身を投げたのは十四階。
さて、十三という数字を、私が『意味深』に感じた理由について説明しようと思う。
これは軽い雑学になるけども、建築において階段を十三段に設計することは暗黙のうちに避けられている。
なぜなら、死刑執行の絞首台へ至る階段の段数が『十三』だから。
不吉な物、忌々しい物を、人々は避ける傾向にあり、学校の階段でさえも神社の階段でさえも何もかもが通例かのように、十二や十四段になっている。
それにもかかわらず、このホテルは平然と十三段。
『そういう』ホテルなのだから、意図があるにしろないにしろ経営者の途方もない軽薄さは目に見えるけども。──かといって、設計に関わった人や工事人が十三の了解を黙認したとは考えにくい。
すなわち、これは狙って『十三段』にしたのだと推察せざるを得ない。
なにしろ壁に飾られた絵画はイルカの九相図。──作者は恐らく病み切ったラッセンだと思う。
生を作るための建物で、皮肉にもオブジェクトは死で統一されているのだから、悪趣味センスの境地と極北といえた。
私の推論は、決して的外れではないだろう。
ただ、そういうセンス。
──私は嫌いじゃなかった。
「──……ふふふ! ほんとごめんねー。ちょっと重大なこと思い出しちゃってさぁ~。吹き出すのも無理はなかったのよ~~」
「……はぁはぁ…。“何を思い出したの?”…って聞かれてーんだろ?」
「…あ。その見透かしたみたいな反応、私ちょっとカチンッかな~~? あははは~」
 矢口とオルル──。
二人の背中はまるで穴だらけの腹籠もりのように無防備。
私を『普通の人間』、人畜無害で平凡な女子だと信じ切り、仲間だと思い込んで無防備な背中を晒している。
私のこれまでの人生も、性格も、好きなことも、考えていることも、何一つ知らない。
私が普通の人なら気味悪がる絵を平気な顔で描いてたり、ペットのネコに『シュレディンガー』(有名な猫毒殺魔)と名付けたりしていたことを知らない。
たまたま出会って数時間ばかりの関係性にすぎないというのに、私を『ゲームに乗るはずがない人物』と勝手に信頼しきっていた。
──私が、平気で人を殺せちゃう上、なおかつ良心の痛みも罪悪感も沸かない、しかも理由もなく殺人をしちゃうという、
────『普通じゃない人間』と知らずに。
「何を思い出したのだ? 来生さん」
「ほら、ガキンチョが馬鹿素直に聞いてくれたぞ。さっさと説明しろ来生…、」
「────それがさ~私、このゲームで【優勝】するつもりなことを思い出したの~。あははははは~~」
「………」 「…………え?」
 『殺し合い』。それは、【魂の解放】の場。
──なにも殺される者の魂の話じゃない。
人と違い理解されない忌み嫌われ疎外され、狂気と呼ばれ封じ込まれていた純真な心の解放。
──つまりは私の為の、私だけが満足する、私の魂の解放の場。
手を使わなかった理由は指紋がつくからとかじゃない。
ただ突き落とすよりも、私のアーミーナイフで【解放】させた方がアーティスティック的甘美さがあると思ったからだ。
私はオルルの背中目掛けて、平然とナイフを振り下ろす。
「あはははははははははははははは~~~~あははははははは~~~~~~~」
「「…………っ」」
私は、普通な人がうらやましかった。
…ん? 何故って?
普通な人は、殺人が『怖い』らしいでしょ?
私は、『恐怖』という概念を知らなかったから、ほんと羨ましく思えたんだよね〜。
──殺シタイクライ羨マシイ、
ってね────。
 ──パシッ
「……え?」
 ──グイッ
「んぎゃッ?!!!!」
「…危ないぞ来生さん! わたしはともかく、矢口がケガでもしたらどうするんだ!!」
「え? …あ、うおっ!! 危ねっ!!」
「……………………………………え?」
 …え。
え、え、え?? へ?
な。
なに、これ?
……えっと、ごめん。
…淡々と語るモードは持続不可能なくらいに今焦ってるから…、ここからは慌ただしい私を許してほしい。
…ほんとに、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、慌ただしいんだけどさ…。
 え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え
え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、え、ええ、え、え、え、えええ、え、え、ええ、え、え
えっ!? えっ!?えっ!? えっ!? えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?えっ!? えっ!?
い、いやナニコレ!???
ナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレナニコレ!???!?
レレレレレレレレレレレレレレレレ?????????????????????????????????????????????????? ナニコレナニアレ??????????????????????????????????????????????????????????
ほ、ほんとにさ!???!
な、なによこれ!???
なにが“ケガでもしたら~”…なの!?
かすり傷どころか、オルルの身体には1刃先ともナイフが刺さっていない……。
──刺さるわけがないっ! だって、私の手首ごとガッチリ掴まれているんだから!!
なんで!?
ていうかこの子………チビのくせして、なんて馬鹿力してるわけなのっ?!
ど…どれだけ力込めても、まったく動かない…というか……。
力士かってくらい力強いんだけども!!? というよりもはや金剛力士クラスでしょ?!!!! 死後硬直した金剛力士像に掴まれてるようなものナンデスケド?!!
分かる!? これってつまり分かる!!???
今、私……右手がめっちゃくちゃ…──、
「──イッ!!! 痛痛痛イタタタいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたいたい!!!!!!!!!!! ちょっとオルル手痛いからっ!!!!!?? 離しなさいよ!!!??──」
「──いったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──
──かった。-[痛かった]
死後硬直した金剛力士像? ふざけるんじゃないわよ!!! 私の方がもう遺体遺体なんだけどっ!!? いたい・いたい・パーじゃない!!!!??
ほら、手パーにしちゃったからナイフが床に落ちたわよ!!!?
「あっ……。す、すまない来生さん! わたしとて、力の加減にはまだ不慣れなのだ……」
「うおマジ? こえぇ~。……そうとなりゃオルルいじりは少し自重した方がためだわな…。獣王記ばりのメガトンパンチは勘弁だぜ……。──」
「──いや、つ~か来生さんよぉ!!! …え、なに……? お前いきなりどうしちゃったわけ…?? “優勝するつもりなの~”とか意味わかんねーよ!!!」
「遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体遺体イタイイタイ!!! ──…えっ!!?」
「えじゃねーし。…ってどうでもいいや。バカなことしないでさっさとホテル出るぞ」
「えっ!!!???」
……バカな、こと……………!?
「おいオルルお前もだよ!」
「あ…うん。……というか矢口!! 『お前』ってなんなのよ『お前』って!!! 無礼な口の利き方は慎みなさいよ!!!!」
「変な文句言ってくんな!! おふくろかお前は!! …さっきから騎士みてーな凛々しい口調使ってるお前にだけは注意されたくねーわ。言葉の注意をよー」
「な、なんだとっ!?」
「出た。“なんだと”(笑)。ンだぁその口調~? 小学生の分際で中二病とか成長著しいなぁおいっ!」
……っ!!?
……ちゅ、中二…病……………………!?
「な、な、…な…………っ。──」
──なんなのよ?!
言っとくけど、今、あんたたちは命の危機に瀕してるんだけど?! 
殺人者に襲われてる真っ最中なんだけどもっ?!!
なのに…、なんでそう、ごく平凡の日常みたいに和やかでいるっていうか……のんびり話せてるわけ!?? 状況を理解できないっていうの………!?
そうそう『凛々しい口調』といえばさぁ…!!
考えてみればオルルって子……さっきから私に対してだけはずっと凛々しい口調で接してくるクセに、矢口のあくびが出る挑発には余裕なくして口調崩れるじゃん??!!
なにその?! 『弱そうなただの男子>平気な顔して刃物振り下ろせる私』って方式は…!? 破綻しまくって定理なんだけども!!??
なんなの!??
………なんで、私のことを、舐め切ってる……ってわけなの………………?
──…私はあんたたち普通の人とは違う、
──そんな存在だというのに…………………!!!
…理解できない。
理解できない理解できない。
理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない…。
「…あ、理解したぞ。俺バカだからよくわかんねーけどさぁ、来生」
「な、なによっ!!!!!?」
「お前オルルの仲間だろ? つまりは中二病仲間」
「「はぁあぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!?????」」
理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない…。
「さっき、あの容疑者野郎いってただろ? “ここで意味もなく人殺してみたらどうなるかなー”って。影響受けたのか知らねーけどさ、まんまじゃねぇかよ」
「ハアアアア??_??_>?_?_?_?_?_?_??????!!!?!??」
理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない…。
理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない……。
理解できな…。
「つまりお前良いわけ? ────ライオスと同じ『異常者』で」
「ハ?」
理解ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ───────ッッっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!
「うおっ!! だから暴れんなっつーの!!! ヨガパンチっ!!!」
 ──バンッ(弱パンチ)
「んぎゃっ!!!!」
…ぃぃぃぃ、い、ぃぃぃい………………
な、い………………。
…………
………
……
…
 タ、タ、タ、タ──
  タ、タ、タ、タ──……
「……大野…晶、さん?」
「おうよ。俺なんかでもダルシムの技をラーニングしたんだ。アイツに豪鬼並みのパワーが授かれたことは間違いねぇー。──」
「──俺だけのサンクチュアリに現れては度々邪魔してくる……忌ま忌ましい野郎だけどもな…。だが今は好き嫌いを言ってられねぇ。大野探しを第一目標にすっぞ」
「了解した。……来生さんも分かった? わたしたちの目指す先はゲームセンターだ」
「………………」
 私は今、残機ない思いだ。
………──まちがった。
 私は今、慙愧な思いで推し潰れそうだった。
人間という生物は、徹底的に打ち負かされ何もかもを失うと、過去のどうでもいい記憶が蘇る。
現在一階。玄関前。
カビの繁殖した一畳間に押し込まれたような、窮屈で居心地の悪い並び歩きの中で、私はふと小学六年の修学旅行を思い出す。
担任からの「好きな人と班を組んで」と処刑宣言の元、クラスの余りものだった私は、他クラスの仲良しグループにぶち込まれてしまった。
私と対面したその子たちの反応ときたら「え…」や「あ……。来生さん…だっけ? よろしく~(^^;」。──だなんて陳腐なものだったら、まだマシだったかもしれない。
皆、優しくしてくれた。驚くほど気をつかってくれた。
皆、あたかも普段から友達だったかのようにフレンドリーに接してくれた。
──私はそのコーティングされただけの善意で、二日三晩。心とプライドを完全に破壊された。
仮病の私を無理やり連れ出した両親と、「先払いした旅費が無駄になる」という両親の行動理念を作り上げた野口英世・樋口一葉・福沢諭吉。
以上五名へ、呪言が止まらない旅晩だった。
「……お前さぁ来生。…だからごめんつっただろ! 謝ったんだからいつまでも不貞腐れんなよな~!!!」
「……………いや、不貞腐れてないわよ…」
「うお、喋ったし。“大野みたいにダンマリこくなよ”ってツッコむ準備してたんだぞ俺~~」
「…………………」
 思えばいつもそうだった。
私が『自分』をアピールすると、まるでそれがフラグかのように必ず自分以上のヤバい人が現れる。絡まれる。そして負ける。
勉強もできない、何の才能もない。
空っぽな私が、この不条理な世の中で唯一ひねり出したアイデンティティ──それが『個』を発揮することなのに。
結局今回も、ガチヤバ女児オルルと手足ゴム人間矢口という、私よりもヤバかった二人に気圧されて、『仲間』というパズルにはめ込まれてた次第になる。
──ピースの名前は『普通の人』という。
「なんだ矢口。その大野さんって子は、おしゃべりが苦手なのか?」
「あー? いや、そういうわけじゃねぇけどよ。とにかくアイツは気難しいやつでな………。──」
「──まず出生の話からするぜ。大野の奴はなんか知らねぇけどお嬢様育ちでよ。本来ならゲーセンとは無縁の人間だっつーのに………、」
「ねぇねぇ君たち~~~っ!! ……ちょい、イイ?」
「あ?」 「え?」
「………………え」
私にはいつだって、仲間なんていらなかった。
私は、自分を有象無象じゃない人間でありたかった。
社会性も友達もない分、その埋め合わせをするかのように自分が『特別な人間』だというオーラを振りまきたかった。
「あ、ダイジョブダイジョブ~! 私別に危険人物とかじゃないしー?☆ …とりま私、早坂。早坂愛ってカンジなんで~~よろしくぅ~☆」
「…………お前みてーなやつが殺人者なら天地一変だよ。……んで、何? 俺らに何の用?」
「……や、矢口………あの人…」
「あーオルルいいっていいって。ゲーセンも乱入上等だろ? 来るもの拒まず。多人数プレイがいつだって面白れぇもんだ」
「あ! 39~☆♪ チョー話分かるじゃ~ん!! んじゃさ、さっそく本題入っちゃっていいよね~~?」
「……………」
それだというのに、何故この世は、──このバトル・ロワイヤルでさえ、私をいてもいなくてもいいようなNPCに当てはめてくるんだろう。
「ちょっとこのホテルでさぁ~~、──『ある参加者』を探してほしいんだよね~……」
………
……
…
◆
…
……
………
 ──グツグツ…
  ──グツグツ…
【?????】
[エネルギー]★★★
[タンパク質]★★★
[脂   質]★★★★
[炭水化物 ]
[カルシウム]★★
[鉄   分]★★★★★★
[ビタミンA]★★★★★
[ビタミンB2]★★
[ビタミンC]
………
……
…
◆
 出会って数時間も満たない関係だけども、はっきりと言えることがある。
私たち三人は決してお人好しなんかじゃない。
「おぉぉ~~いっ!! 私ですよ~早坂だよ~~っ!!! ねぇ~~いないなら返事してぇ~~~!!!」
「はぁはぁ……おい、おーーいぃ!!!!」
「はぁ……ひぃ、はあはあ…………………」 「……………っ…」
 CASE×CASE。
例えば登校中、おばあさんから道を尋ねられたとして──私は間違いなくスルーする。
──それは矢口も絶対同様。無視はしなくとも、「あーあっちだよ」と適当な方向を指してあしらうに違いない。
──……その点オルルに関しては……、まるで掴みどころのないファンタジー少女だから、どう接するのか想像が難しいけども………まぁどうでもいい。
大事なのは仮定より今。顔色を悪くして、額を汗びっしょり濡らしてるオルルに、人助けなんて余裕があるはずなかった。
そう。なかった。
今の私たちはまるでらしくなかった。
自己犠牲の人情魂とはまるで無縁な、怠惰で現実的な人間であるはずだというのに。
「…もう、返事しないとか超さみしいし~~!! お~~~~~~~~い!!!! ──かぐや様ぁ~~~~~~~~!!!!」
「卑弥呼様ぁ~みたいに言うなっつーの!! …もういいだろ? 次行こうぜ次、早坂……」
「……………うん……」
何故、早坂愛という子の個人的な『四宮かぐや探し』に、付き合っているんだろう。
 タ、タ、タ、タ──
  タ、タ、タ、タ──
「………ねぇオルルちゃん……。いい加減腕痛いんだけどっ!? もう、あんまギュってひっつかないでよ!!」
「………………っ……。…来生……さ……」
「…~~~~~っ!! あぁもう、ベタベタベタベタ…歩き辛くて仕方ないわっ!!!」
『死を間近に控えると、人間は内面や心理が大きく変わる』──って聞いたことある。
なら私たちは死ぬんだろうか。
なつかれたゴリラに腕の痛みを延々浴びされながら、私は吐息徒労混じりの自答を繰り返し続けた。
「はぁはぁ……、言っとくけど早坂、次の階でラストだからな? ラスト!!」
「………うん~。……で、でもさぁ矢口くん~本当にかぐや様いなかったんだよね? 八階から屋上までにさ~! …マジで~、動くのダルいからってテキトーこいてんじゃなくて~~?」
「失礼なこと言うんじゃねーぞおめー!! んじゃあ確かみてみっか?! ヘッロヘロの俺ら引き連れて全階探索をよー!!! 鬼か! グラディウスⅢ並みの鬼かっ!」
「……じゃ、信じるしー……。……………かぐや様…」
「………かぐや『様』ねぇ~……。早坂、お前罰ゲーム中なんか? 友達なのか何なのか知んねーけど、人を様呼びって相当イカついだろ。はぁはぁ…」
「え? ………見て分かんない~? あたし一応メイドキャラだから、主人に礼儀尽くすのがモットーなんだし~☆ そゆことだよ~、矢口さまぁ♡」
「…ったくよもやよもやだぜ。おめーのアキバ系にはため息物だが、…このホテルの方が忌ま忌ましいってもんだ!!──」
 タ、タ、────タ。
「─ほら着いたぜ。さっさと探して、いなきゃ帰っぞ!! おーいかぐやぁ~~~~~~!!!!」
「…オッケー! かぐや様~~~~!! かぐや様~~~~~~~~~~~!!!!」
「お~~~~~~~い!!!!」
「……はぁはぁ……。……………アホらし…」
 人生ゲームの『〇〇まで戻るマス』が如く、一階から順に上り登りを繰り返され、現在ホテル六階。
幼少期からきってのインドア勢で、体育授業も仮病つかいまくってきた私だ。
一生分の運動を行い、それはそれは大変健康的だと思った。
疲労なんて置き去りにしてるのか、元気いっぱいかぐや姫かぐや姫と叫ぶ二人と、──心身共に過労な私とオルル。
徐々に広がっていくその2・2の距離感が、陰キャ陽キャの明暗が具現化されてるみたいで酷くけだるかった。
……というか、なんなんだろう。『メイドキャラ』って。
それでいて、キャラの痛さで言ったら早坂と同格ってくらいのオルルが、何故私側にひっついてくるんだろう。
かぐや探し発足以来、様子がおかしかったオルルだけども、六階まで来た現在、顔色はますます青ざめていた。
その容態を一言でいうなら、満点の青空のような貧血ブルー。
わなわな口元をふるわせて、涙粒を必死に堪えていて。──そりゃ誰かの介抱が必須な具合ということは、私でもわかった。
なら、その『誰か』を何故私に白羽立てたんだろう。
「………来生…さん…っ。…あの…………」 「…つか、早坂さんよぉ」
「え、…何よ」 「ん~? どしたしー」
「……………っ、いや、何でもない………」 「……まぁあとででいっか」
「………は?」 「あー、そう~?」
 前方後方、ちょうど会話が被った上に会話内容も酷似していたから、ただでさえか細いオルルの声が聞き取りづらかった。
意味のない奇跡的シンクロを受けて、振り返ったメイド&オタクと目が合う。そして近寄ってくる。
矢口はいかにもやる気なさげな私らを見て、きっとこんなことを言ってくるだろう。
──…って、おい来生! 俺一人にやらせんな! つかサボんな!! 俺がバカみてーだろ!!!──って。
「…って、おい来生! 俺一人にやらせんな! つかサボんな!! 俺がバカみてーだろ!!!」
「…………」
…………一字一句違いなく台詞を言い当てたという、意味もない奇跡をまた使ってしまった。
奇跡という物が消耗品である場合、将来絶対的絶望に陥った私の元には奇跡が訪れないことだろう。
まぁ将来といっても、私の未来はこの渋谷で完全に絶たれているのだから、人生最後の奇跡はこれにておしまいということになる。
……消耗品なんて、奇跡なんて、…クソ食らえだ。
「……(ていうか私、なんでご親切にも矢口たちについてきてんだろ。…そりゃ今はオルルにがっちりホールドされてるから逃げられないけども…、離れるチャンスはいくらでもあったのに……)──」
「──……………………はぁ」
もっとも私は、早くかぐや捜索をおしまいにしてほしかった。
「…はぁはぁ。………さて、こういうわけだ早坂。残念だがこの階にもヤッコさんはいねー。…早く帰ろうぜ」
「え?! ちょ、ちょっと待ってってば矢口くん!! もぉ~あとちょっとだけ…! ホント少しでいいんだし~~!!!──」
「──あっ! ほら、あれ!! 『ママの七階』ってとこ? そこまだ探してないじゃん!! いこーよいこーよ~~矢口くんっ~~!!!」
「『魔の七階』だアホ!!」 「ひっ!!? な、七階……!?」
「ほら今の来生の反応見たか!! 絶対ぇ~ぜってぇ~~あの階だけはダメなんだよ!! さっきも言っただろ?! あそこにゃ例のライオスくんがいるんじゃい!!!」
「……マジでちょっとビビりすぎじゃないの~? そんなヤバい人なのかなぁ、ライオスって人~~…」
「食わず嫌いってのもいいもんだぜ早坂! …俺らには運良くも悪魔判定機がいる。七階に行った暁には、フロアの空気だけでコイツぁビリビリ痺れるだろうよ。──なぁオルル!!!」
「………………………っ……」
「ンだよ…。“人を金属探知機扱いするなァアアアア!!!!”とかキレてくるかと思ったのに……」
「え? オルルちゃんってそゆキャラなの? てっきり大人しい系と思ってたけど~」
「…矢口君、オルルちゃん今グロッキーらしいから……」
「あ、そーなわけ? …んまどうでもいいや。どっちにしろ俺らは確かに七階にいて、そんでかぐやって女子を見なかったんだ。このホテルはもう用済みなんだよおい~」
「………………………。──」
「──………チッ。人の弱みに付け込んで……メガネハゲの奴ッ…………」
「……あ? なんか言ったか? 早坂」
「…べっつにぃ~? ちょっと人の小声つっつかないでよ矢口くん~~~!! マジ恥ず~~~!!」
「あーそうかい。やれやれ……」
「………」
 タ、タ、タ、タ──
 私はちょうどこの折、右腕の感覚が完全消失していることに気が付いた。
【愛は霧のかなたに】──。私をシガニー・ウィーバーかと勘違いしているこのゴリラ娘は、矢口の言う通り、『悪魔の呪い』を受けている。
…その『悪魔』ってのがなんなのか、もう別次元の話過ぎて私にはついていけないけども。
とにかく、『悪魔的人格』の持ち主に接すると、身体が痺れる上に自身も弱体化してしまうという話だった。
つまるところ、戦闘においてオルルは全くの役に立たない。危険人物相手には手も足も出ないらしかった。
…………私には無自覚の人体破壊を施すくせして、だ。
「…………来生さん…………、……よく…聞いて………」
「…え?──」
不意に、ダンマリを決め込んでいた具合悪ガールから声をかけられる。
「──…そりゃ効いてるわよっ今季絶望クラスの腕の違和感に!! ………ねぇもう離してくれない…? まだ五体満足で人生送りたいのよ私ぃ~……」
「……いるっ…。…さっきから………いるんだけど……………」
「何がよ…? ん??」
ひそひそ、ひそひそ。
倒れそうになりながらも、オルルは私の目をしっかりと見据え、小声を紡いでいく。
「あっ。そうだ早坂。後回しにしてたお前に聞きたいこと、今ぶちまけていっかぁ?」
「ん~~~? どしたどした~~? 矢口く~ん」
どんだけオルルと一心同体なのか、同じタイミングで前方の矢口も早坂へ声をかけ始める。
階段踊り場にて交じりに混ざる、二つの会話。
どうせ他愛もない会話とはわかっていたけど、私は片耳をかき消えそうなオルルの声へ。
もう片耳は、なんとなく矢口らの会話を流し聞き。
二つの会話に聴覚を集中させることにした。
「悪魔が…………悪魔がいるっ………。体が痺れるのよ…来生さん………っ」 
「悪魔…って。…私だって思い出したくないんだから七階の話しないでちょうだい!!」
「あっ、ちょい待て矢口!☆ 何を話す気なのか、…私予想ついちゃったんだけど~…!!」
「あっそ。知らねー」
「…ライオス……? 違うッ!! ………私はずっと…出会った頃からずっと………身体が痺れていた………」
「え? ん??」
「なにそれ!? んじゃ、せーので同時に言おっか! 矢口くん!!」
「うっせ~早坂、先に言わせろ。お前さぁ…──」
「────もう作り笑いやめねぇか? 目だけ死んでて怖ぇんだけど。…………お前の本性はなんなんだ」
「……」
「……あの早坂って女は…悪魔…──【危険人物】だッ………!!!」
「……………え」
 平行線だった、関係のないはずだった二つの会話。
たまたま同じタイミングで、ものすごくきれいに二つの会話が結び合ったその時。
「だから今しかない…………っ。逃げよう…逃げようッ!!! 来生さんッ、矢ぐ……、」
「あ~あ、予想外れ。『さっきから武器なんで隠し持ってるの?』的なこと訊かれると思ったのに。……ま、バレたんならもういいや。──」
 ────ガガガガ…
「──────お休みなさいませ、矢口様。そしてオルル様に来生様」
 ──ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッ
糸を断ち切るように、チェンソーの絶叫が場を切り刻んだ────。
◆
………
……
…
 …私は、……今知った。
人はこれまで体験したことのない窮地に追い詰められたとき、かえって頭が鋭く冴えわたるのだと。
だけど、かといって私は、冷静を貫く自分の脳を褒めるつもりはない……。
今、脳が鮮明に映し出している光景は、捨てていいような価値のない過去ばかり。
心の中で「やめろ」と命じても、生産性皆無な再放送を延々垂れ流し続ける。
網膜は、──目の前に迫る刃先を、いやに映し出しているというのに………っ。
 ──ギュイイイイイイイイイイイイィィィィィイイイイイイイイ…………ガガガガ………
「はぁ……は、ぁ…………はぁ…あ……………」
「……ぃっ……! …は、ぁ…………は…ぁ………」
 『糸』。──運命の糸のカラーは、決まって赤色。
どこへ向かうのかも定かでないまま、まっすぐに張り詰めた赤い直線。
一ミリの狂いもなく伸びたそのレッドストレートに、発疹のように湧き出る無数の赤泡。
私もあの時。理科の解剖実験の時。
クラスが憂鬱感という群青に染まっていく中、私ひとりだけが昂揚し、夢中でフナを切り刻み始めた。
──メスを入れた先は、丸々と象徴されたその『腹部』から。──
──グジュッ──……って。──
「腹が……、俺の……腹ッ…がぁ………………。い……、ぃで……死にたく、…ねぇ……………ッ」
「だ、大丈夫よ…や矢口………。ひぐっ………、き、傷は浅いから……大丈夫なん…だからぁっ………………!!」
 フナをグズグズに痛めつけたあの時は、それまで虚無でしかなかった心を十分に満たしてくれた。
先生からはさすがに嫌な叱責をされたけども、そんな言葉を霞ませるほど、周りの一目置く視線がたまらなく快感だった。
あのとき私は笑った。
心からの笑顔と自分に嘘をついて、狂ったように口角を上げた。
普段は無表情を貫き、『感情のない人間』に見られることを望んでいた私だが、あの瞬間だけは別だった。
他人に無関心を装いながら、人の目ばかり気にして、ありもしない自分を作り上げていく──それが私だった。
──バタフライナイフで誤って『手首を裂いた』ときでさえ。──
──私は『涙』をこらえ、狂気の笑みを貼りつけた。──
「いた…い……いたいっ……………。……ゥッ…!!! 悪魔…………ッ…。早坂…この悪魔がああ…ッ………!!!」
「…悪魔…ですか、オルルさん。確かにあなた方をジワジワ痛めつけ切り刻む私は悪魔そのもの。──」
「──ですが弁明させてください。もしあなたがそうウロチョロしなければ、斬首一撃で事を終わらせれたのですよ。……申し訳ありません。言い訳めいたことを申して」
「………ッッ…!! …ゎ、わかんないっ…………。そんなに………大切なのっ………? ──四宮かぐやのことが…ッ………」
「……どうなさいましたか、急に」
「だって…そうでしょ……ッ。…彼女の…………っ、かぐやって人のために………貴様は…乗ってるんでしょ………ッ! ゲームにっ……、」
「半分正解半分誤答です」
「………ぇ…………?」
 ……いや、違う。
…私だって、泣くのを我慢できなかったことがあった。
たった一度、本当に本当の自分を、他人に見せてしまったときが。
休み時間に絵を描いた時。
「私たちも『そういう』アーティスティック創作が好きだから」
そう声をかけた『普通』生徒四人の中で、ただ一人。
その場に残った【ホンモノ】のあの人。──佐野さん。
彼女から逃げ出して以降、私の想いが通じたかのように学校からいなくなった佐野さんだけど、…私はあの別荘にて心の底から泣いた。
嘘偽りない本気の恐怖だった。
夜の別荘内にて、腰を抜かしつつも本気で彼女から逃げようとして。
四隅に追い詰められたとき、目の前の無数ある彼女の『視線』すべてと目があった時。
私は汗と涙でもうめちゃくちゃに訳が分からなくなっていた。
──……まるで、……今の状況みたいにっ…………。──
「私もバカじゃない。かぐや様の位置情報がパタりと動かなくなった途端、大方予想はしていましたよ。…いくら危機迫ってるとはいえ、会長とのメッセージが残ってるスマホをあの人が落とすはずがありませんから。──」
「──まぁ生きてるにせよ話の本質は変わりませんがね。かぐや様の命が完全に主催者の掌中にある現状、メイドとして忠実にゲームに従うことこそが私の務めなのです。──」
「──……申し訳ありませんね。これも仕事なんですよ」
「はぁ………げほっごほ……! ………糞ゲーに従順が…てめぇの責務ってか…。…クソッ…タレ………ッ」
「フンはまた肥料となり、美しき花を咲かせるものですから」
「……早坂…ッ……………」
 ……違う。
違う。違う違う違う。違うっ……。
『今の状況みたいに』って、そんなの全く違う………っ。
佐野さんは確かに畏怖の対象だった。
手も触れずして脳と心臓をバーストさせてくるような、圧倒的にかかわりたくない人間では確かにあった。
……それでいて、あの人は、──私とただ、仲間になってほしいだけだった。
 ──ギュイイイイイイイイイイイイィィィィィイイイイイイイイ…………………
「………はぁ、はぁ…うぅっ………。…早坂…………プルって人、知ってるでしょ………」
「はて」
「…ひぐっ…。ぷ、プルは…………あなたと同じくメイドで…ぇ……、…また同じくチェンソーを武器にしていてるんだけども……っ。……………主人にはいつも優しい…そんな人だったのよ………」
「……恐れ入りますが、私も時間が限られております。そろそろ長話はご容赦を…、」
「その主人っていうのがわたしなのッ!!!!」
「……………」
 ………佐野さんが、今の私を見たらどう思うんだろう。
…佐野さんと比べたらまるで普通の人間──早坂なんかに、ビビってる私を目の当たりにして。
……これまでとは違って、形だけではあるけど『仲間』が二人いる。そんな私を目の当たりにして。
仲間二人と違って、無傷な私を目の当たりにして。
……というより、その仲間の小さな女の子に庇われたおかげで、何ひとつ痛みのない私を目の当たりにして。
息も絶え絶えな二人を唯一助けうる存在、そんな私を目の当たりにして。
それだというのに、自分のことしか考えれてない──私を目の当たりにして。
「優しいプル……いつもわたしを気にかけてくれるプル………ッ。わたしは…分かる……プルとはいつも一緒にいたから…分かるんだからぁっ…!!! ──プルの生き写しなあなたが……、本当は優しい人だってことをッ…!!!!」
「……優しい、ですか。…ではお聞きしましょう、そのプル氏はチェンソーを一体どういう意図で使ったのでしょうか? 『武器』とおっしゃりましたよね?」
「…ッ……。…だ、だから何よっ……だから何ッ!?! プルが倒したのは悪い悪魔だけで……人には危害を加えてないわっ……!!!」
「左様ですか。では、貴女の眼を以てして、その悪魔たちに生きる価値がないと」
「……………何が…言いたいのよ……ッ」
痛みに耐え声を絞り出すオルルたちとは対照的に、おびえることしかできない。
──それしかしていない私を、
目の当たりにして。
「悪魔にも家族や大切な人がいないと限らないでしょうに。それでも殺して大丈夫と?」
「そんなの関係ないッ!!! 理屈とか道理とか…そういうのは話してないわよッ!!!! お願いあなたも目覚めて…!! やり直して!!!!!!」
「ロジックから逃げないでください。…別に私はそのプル氏が悪と断言したいわけでないのですよ? いいですか、オルルさ…、」 
「ねえお願いだからッ!!!!! お願いだから優しいあなたに戻って!!!!!」
「………あのオルル様、世のな…、」
「お願いッ!!!!!!! 早坂…早坂ァッ!!!! 目を覚まして!!! 早坂ァアアアアア…、」
「────……私だってッ!!!!!!」
「……………え」
「…私だって、本当はこんなことしたくない。優しい仮面のまま……、…貴方がたと時間を重ねたかった」
「…………………」 「……………」
…………瞳を一度、淡く濡らした──目の前の殺人者。
この場でたった一人だけ、
一言も発していない上、
何もかもからっぽな『普通』な私を。
佐野さんが、目の当たりにしたら。
──…いったい、どう思うんだろう……っ──────。
「……オルルさん。誰かの優しさは、また別の誰かの不幸の上に成り立っているんですよ。──」
「──想い人への贈り物に花を摘めば、その花は命を落とし。想い人の誕生日を祝えばそれを目にした孤独な者は劣等感に苛まれる。どうにかして人を傷つけない善行をしようと思えば、それは必ず偽善になる。──」
「──この世はそうした厄介な仕組みでできており、抗おうにも抗えないのです。…なにせ、私たちは醜悪なこの世に住まわせてもらってる民なのですから」
「はぁ………はぁ……。っ、早…坂……………」
「……私ばかり長々と申し訳ありません。…矢口さん、最期に何かあればお聞かせください」
「ひ………がぁっ…………。…はぁ……は………ぁ」
「………配慮が不足していました。喋る余裕はもう…ですよね。……──」
「──では、来生さんは。何か、一言でも」
「……………………え…」
「ええ。何でもよろしいです」
 ……これは罰だと思った。
この世の管理者のような人物から私宛への、制裁なのだと思った。
私を育ててくれた両親に。慙愧な思いで胸が裂けそうだった。
私が『普通』の子、友達がたくさんできる『普通』の子として、一生懸命同じ軒の下で育んでくれたというのに、意図を汲まずして私は『個の発揮』ばかり勤しんだ。
世界に対して逆張りをしてしまった。
パズルから零れ落ちてしまった。
仮に私が、友達がいるような『普通』の子だったら状況は変わっていたかもしれない。
ifの一つが生まれていたかもしれないのに。
あいにく私は『普通じゃない』から、最期の一言に、無難な言葉さえも差し出すことができなかった。
「………承知しました。…無理もありませんね」
「……………ぁ、ぅ…」
 ──ガガガガッ
「や…矢口………ぃっ…。来生さんっ………」
「………っ…、オ、ルルちゃ……」
…震えながら私を抱きしめ、身を挺して守るオルルの感触……。
私を最期まで庇ってくれた彼女に、私は何もしてやれないという『普通じゃない』振る舞いを晒していた。
 ──ガガガガ……ガガガガ
「はぁ……は…ぁ……………」
「…………矢口…く……」
……矢口の、血混じりの苦しげな吐息…。
私という、暗く掴みどころのない存在を仲間に引き入れてくれた彼に対して、私はただ見つめることしかできない。
『普通じゃない』情けなさを見せるだけだった。
「…………ひ……ぃ! う…………うっ………!」
 五感すべてが、この冷たい空気に抗おうと身をこわばらせても、私の口から出るのは唾液だけ。
涙だけ。汗だけ。震えるだけ。
なにもかも、中途半端に『普通じゃない』私は、普通の人間なら当然取るだろう行動──人を庇う、守るが取れない。
あるいは、『完全に普通でない人』が取りうる極端な行動──ひとりで逃げる、仲間を売る、自分を顧みず暴走。それすらもできない。
ただ沈黙し、ただ怯え、ただ震えるだけ。
『普通じゃない』ことが癪に障るんじゃない。
『中途半端に』『普通じゃない』という相乗が、一番腹立たしくて嫌で嫌で仕方なかった。
そういう人間になるのが嫌だから、日ごろから精いっぱい異端ぶって振り切ってきた私だというのに。
──目の前に刃が差し掛かる──最期の時でさえ。
 ──ギュィィィィイイイイイイイイイイイイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ
「本当に申し訳ございません。──」
「──……この世って、…絶望しかないですね」
「…………………っ」
「…………っ!…」 「はぁ………、ぁ………………」
『ただ一人でも、仲間がほしい』───────。
……その言葉しか何故か思い浮かばない、中途半端に『普通じゃない』自分が、
嫌いだった。
「やぁ! こんなとこにいたのか。いやぁ、よかったよかった!!」
 ───────ガキンッ────
「……え?」
「え」
「え」
 …『え』を言えなかった私は、つくづく中途半端に『普通じゃない』と思う。
私は心の底から自分に嫌悪していた。
五百万円失う代わりに自殺できるボタンなんてあれば、一目散に銀行強盗始めちゃうほど、激しい嫌悪感に呑まれていた。
私はそんな死んでほしいくらいに嫌いな自分の──『ある特性』を、ふと思い出す。
「初めまして。自己紹介前に難だが…、ここで出会ったのも何かの縁という訳で。これ、お裾分けさ!!」
「……は。…は?? ……一体…」
「あぁ、これは『首輪内魔物のゼリー』さ。味は正直保証できないけども…栄養満点なことは声を大にできるよ」
──この世というものは、私が『普通じゃない』行動を晒すとき、決まって必ず。──
「い、いや貴方が持ってる鍋の話じゃなくて!!! ………誰ですか、貴方は」
「あぁ、そういうことか。申し遅れてすまない。────」
「──俺はライオス・トーデン。冒険者さ。妹を助けるためにダンジョンを潜ってるんだが……まぁ、それよりもモンスターの観察と料理の研究。──」
「──そして、『怒 - IKARI』で人を殺すことが趣味なんだ!!」
────より『異常』な人間が現れる。────
最終更新:2025年10月10日 00:23