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黒船(ペリー)がやってきた!』









 船来航(くろふねらいこう)は、1810年(文化7年)にて、アメリカ合衆国海軍所属の艦隊が江戸幕府を攻撃した武力衝突事件である。
1810年、マシュー・ペリー代将率いるアメリカ海軍東インド艦隊の艦船四隻が突如として江戸幕府に対し、ナパーム弾十発による来訪を行った。
この攻撃により、当時の大名・徳川慶喜および側近二十名が即死。
幕府の中枢機能は一時停止に追い込まれた。
ペリー代将は来訪の理由について、「CIA[1]の情報は信憑性が高い」と供述している。
開国を目的としたとされているが、平成に至る現代においても実行犯の特定はなされておらず、歴史上の未解決事件として扱われている。








  𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

 𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

    𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪


「フンフフフ~ン♪ ニホンは素晴らしい国デス!」



 ……フン。
ニホンは素晴らしいだと? お褒めに預かり光栄ってもんだぜ。
青藍の浴衣を風に遊ばせ、夏という季節そのものを身体で受け止める風情な大男──名は、マイク・フラナガン。

カナダからはるばるやってきたこの男。今度は何を血迷ったか現在、渋谷の河川敷をママチャリで滑走中だ。
アンデス山脈も真っ青な重量級の男に跨がられちゃあ、安物のチャリンコもさぞかし悲鳴を上げたいところだろうが……。……流石は、メイド・イン・ジャパン。
軋みひとつ見せず、異国の観光客を『和の心』の真っ只中へと運び込んでやがる。
やれやれ、マイク。
風の導きに身を委ねたその先で、お前はいったい、どこへ辿り着くつもりだ?


「ニホンはマナーが厳しい。ソコはワタシも守らなきゃいけませ~~ん!」


誰に言い聞かせてんだか、殊勝なセリフを吐き捨てて奴さんは自転車を止めた。
……見ろ。
奴の眼下じゃ、カモ数匹が岩の上でこれ見よがしにお昼寝タイムだ。


「Oh, cute!」


大げさな身振り手振りで、カモの家族に熱視線を送るマイク。
おいおい、起こしてやるなよ?
ぽかぽかと照りつける太陽は、野生動物にとっちゃ、何物にも代えがたい安眠の権利なんだからな。
……だが、そこはマイクだ。
さっきの独り言を守るように、奴さんは橋の上から、ただ静かにのどかな景色を眺め続けてやがる。
ありふれた昼下がり。
日本人にとっちゃあ、退屈ですらある一頁。
……異国の男の目には、宝石よりも眩しく映ってるってわけだな。

……しかし、マイク。
今はまだいいが、あんたに忠告したいことは、この舌が足りねぇほどあるんだぜ。
インバウンドの時流に乗って、観光客が絶えない我がニッポンだが……比例して、住み心地がいいってわけでもねぇ。

なにせここは、世界有数のマナー大国、ジャパン。
自国じゃ当然の振る舞いも、ここじゃ『普通』とは扱われない。……困ったもんだ。
下手をすりゃあ警察沙汰……なんて不自由も、欧米(あっち)にとっちゃあ、息の詰まる話だろうよ。

果たしてこの男……、
八百万の神が定めたような『暗黙のマナー』を、最後まで守り抜けるもんだかな…………。


 ──PANッ、PANッ
  ──PANッ、PANッ、PANッ、PANッ、PANッ、PANッ、PANッ、PANッ、


「…………Perfect!!」


……だなんて語ってりゃ、ンだぁこりゃ。
マイクの野郎、唐突にチャカを抜き出しやがると、全弾カモへぶちまけやがった。
確かに「起こしてやるな」とは言ったが……お前、そりゃねぇだろ……。

奴は空になった鉄砲を放り捨てると、そのまま橋からダイブ。
ただの肉塊と化したカモを、サルモネラ菌もクソもありゃしねぇ、バリバリ、グチャグチャと喰らい始めやがった。
……おうおう、旨ぇかよ。採れたての新鮮ってやつはよぉ。


 ──グチャグチャ……

「……GTAのような暴力ゲームは野放しな一方で、アダルトゲームは鉄カーテンのような検閲が敷かれる。子供たちのナイーブな心に毒を盛るのは……果たして、どちらの『自由』なんでショウ……」


……今まさにGTA以上の蛮行をやってのけた口で、よくもまあ語れるもんだ。
やれやれ。
どうやらマイクには、日本のマナーの厳しさに……ちょいとばかり、手を焼くことになりそうな予感がするぜ。


………………
…………
……




「ペリーが残した謎のシュワっとする飲み物……。これは何だ!? 何故こんな美味い?! いや、そもそもこれはどう開けるんだ!!? ──その問いも虚しく、気づけばあの人は黒船の中……」

「……」

「つっっっっまりぃィィ~~はッ!!! そう……ハリスも、西郷どんも、みんなこの甘酸っぱいシュワシュワに、日本の未来を賭けたのよォオッ!!!! ……あ~あ☆ 歴史の真実に“目覚めちゃった”わねッ、小泉ちゃんッ!!!」

「……はぁ。歴史がだいぶ発酵してますね。その理論だと、アヘン戦争も駄菓子で説明されそうで怖いです」

「YESッ☆☆↑↑!! これぞプロパガンダ・駄菓子ズムッ!!」


 ……ふぅ。まったく。
朝焼けを背にして、ここまで一方通行な会話も珍しい。

一方は、駄菓子の『真理』に脳を焼かれたハイテンションお嬢様、枝垂ほたる。
そしてもう一方は、至高の一杯のためなら修羅の道も厭わぬ麺の求道者、小泉さん。

端から見りゃあ、ただの女子高生の放課後だが…………フン。
片や『砂糖の魔力』に、片や『小麦の誘惑』に。それぞれ異端の神に魂を売った、筋金入りのジャンキーお嬢だ。
同じ声、同じ年齢。
だが、その瞳の奥に宿る業の深さは、到底堅気にゃ理解できねぇ。
やれやれ。
ま、せいぜいその暗黙のマナーとやらで、互いの領域(テリトリー)を侵さねぇよう願いたいもんだ。


「んっ、んっ、んぐ………んん~~~~ッ♡♡♡ 来た……来たわよこれッ!!!! 喉奥を駆け上がる刺激のカタルシスッ!!!! ビー玉が奏でるこの微振動……これはもう音楽よ、レクイエムよッ!!!! ああッ……これが……ラムネ・シンフォニー……ッ!!!! この旋律だけは……神様にだって止められないわ~~ッ!!!!」

「……そうですか。……あの、私はそろそろラーメンを食べに──」


「𝘋𝘪𝘵𝘦𝘴, 𝘭𝘦 𝘍𝘦𝘴𝘵𝘪𝘷𝘢𝘭 𝘐𝘯𝘵𝘦𝘳𝘯𝘢𝘵𝘪𝘰𝘯𝘢𝘭 𝘥𝘶 𝘍𝘪𝘭𝘮 𝘍𝘢𝘯𝘵𝘢𝘴𝘵𝘪𝘲𝘶𝘦 𝘥𝘦 𝘛𝘰𝘬𝘺𝘰, 𝘤'𝘦𝘴𝘵 𝘭𝘰𝘪𝘯 𝘥'𝘪𝘤𝘪 ? 𝘑𝘦 𝘷𝘢𝘪𝘴 𝘣𝘶𝘵𝘦𝘳 𝘑𝘶𝘯 𝘌𝘥𝘰𝘬𝘪」


「……え?」 「……え? ……トキョ?? ジュン~エドキ??」


 ……おっと、そんなお二人さんにも、客がお呼びのようだ。
自転車をキキィッ、と。
満面の笑みを貼り付けて語り掛けてきたのは、にこやか爽やか……マイク・フラナガン。

何に用があんのかと思えば、どうやら道を聞きたい様子なんだが……如何せん、奴さんの口から飛び出したのは、この島国には馴染みのねぇカナダ香わしい言語だ。
流暢な母国語を前に、駄菓子お嬢もラーメンお嬢も、完全に匙を投げちまってる。

……困ったもんだよな、二人とも。『言葉の壁』はよ。
それはボルダリングしようにも、指をかける窪み一つありゃしねぇ。
観光客も、話しかけられた方も、一度迷い込めば、出口の見えねぇ迷路ってわけだ。
ほたるの嬢ちゃんに至っちゃ、近辺に専用通訳でも落ちてねぇかとキョロキョロ見回してやがるぜ。


「𝘖𝘯 𝘯𝘦 𝘴𝘦 𝘤𝘰𝘮𝘱𝘳𝘦𝘯𝘥 𝘱𝘢𝘴... 𝘊'𝘦𝘴𝘵 𝘦𝘮𝘣ê𝘵𝘢𝘯𝘵」

「……小泉ちゃん~、どうしようかしら…………。なんだか……フランスの高級なガトーみたいなこと言ってる気がする……。ああ、私の英語力が悔やまれるわ……!!」

「絶対そんな高尚な話ではありませんよ。……仕方ありませんね。──」

「──Excuse me, do you speak English?」
(すみません、英語を話せますか?)

「What's!?」 「え!!?」

「I can speak English. I'd like to communicate in that language if possible...」
(私は英語を話せます。もしよければ、その言語でコミュニケーションを取りたいのですが……)

「Yes, we can!! This must be a twist of fate...! You're a lifesaver!!」


「バ、バイリンガールこ……小泉ちゃんンンンンッ↑↑↑!!! 嘘でしょ、あなた『麺』だけじゃなく『言語』まで飲み込んでたっていうのォ!? まさしく救世主さま(メシア・ガール)だわ!!!」

「……単に必要だったので覚えただけです。ここは私にお任せを」


……おいおい。
こっちは言葉の壁にぶつかって右往左往する、人間らしい不自由さを見せてもらうつもりだったんだが……チートもいいとこだ。

ただのラーメンマニアと思うなかれ。
この小泉ってお嬢、実は鼻持ちならないほど……いや、惚れ惚れするほどの教養人ときてやがる。
かつてフランスの迷子を助け、その報酬に異国の麺情報をせしめたっていう実績持ちだ。
通訳アプリいらずのお嬢様には、マイクもほたるも拍手喝采じゃねえのかな。


「……なるほど、マイクさん。By the way, is there anything I can help you with? I'd be happy to assist if I can.」

「I'm looking for a place!!!! Preferably somewhere nearby... heh heh heh」

「A place? What do you mean?」

「A mountain. Preferably a filthy natural place, full of trash and swarming with maggots… something that smells absolutely terrible」

「え? ...What?」

「It's a secret—double meaning intended. Man, you're so dumb lol」


おお、こりゃスピードラーニング流し聞きしてる気分だ。
あまりに自然すぎて、異国語であることを忘れそうになる。
会話が弾めば弾むほど、蚊帳の外に置かれたほたるの嬢ちゃん。
「自分もその輪に加わりたい!!」そんな乙女心から翻訳アプリを起動させたのが、運の尽きだったな。


「……あぁ、困りましたね……。...Excuse me, but may I ask who you are?」

「I'm Mike. What I hate is war. I can't forgive it—until I win」

「...I'm sorry. Are you not very familiar with English? I can't quite understand──」

「I'll take both of your lives」

「…………え」

「I'm about to kill two women and bury them in the mountains. Do you know of a good mountain?」


「フフフフ~~♪ イッツア推理タァイム~。“あなたはタケノコの山派ですか”→“いいえおよしを~”→“よきにはからえ~”!! ──」

「──…どれどれ、ここで答え合わせタイムよ~~。ふんふふ~~ん♪──」


「──………………え?」


……「どういうこと?」なんて、ありふれた六文字すら、喉から出やしねかったろうな。

無理もねぇ。
文明の利器、通訳アプリが一〇〇パーセント正確に翻訳した文字列。
そこには──『私は今から女を二人殺します。埋め心地のいい山を知りませんか』。
それを脳が理解した瞬間、ほたるは、目の前の小泉のお嬢が、まるで死人のように青ざめてることに気付いちまってよ。


んで、次の瞬間には目の前一杯に、マイクのダンプみてぇな拳が飛んできたんだから。




 ──パキッ、と。

乾いた音を立てて地面に転がったスマホ。
ひび割れた液晶の中にゃ、『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』って翻訳アプリがまた正確に言葉を教えてくれたもんだ。


もう、言葉はいらねぇって奴だな。


………………
…………
……




  𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

 𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

    𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪



「瓶ラムネ美味しいデス♪ シュワシュワの奥に、歴史の鼓動を感じマース!!」


 あれからしばらくして。
ご丁寧にも銭湯でキレイサッパリ落としたマイクは、再び涼しげな浴衣を纏ってチャリンコに跨がってやがる。
手には、どこで拾ったのやら分からねぇラムネ瓶。
それをグビグビと喉へ流し込みながら、片手運転でご機嫌に疾走中ってわけだ。
道端の草陰じゃ、カエルの野郎がニコやかに彼を見届けてやがる。……フン、実にほほえましい光景じゃねぇか。

……だがマイク、気をつけな。
和の心を語るのは勝手だが、この国じゃ自転車の片手運転は立派な検挙対象だ。
お天道様と俺が見ないふりをしてやってるうちに、少しはマナーってやつを嗜んだ方が身のためだぜ。


「ワッツ!?」


 おっとマイク、またも何かを発見か?
ブレーキを鳴らし、ぎこちなく停車。
その驚きの眼の先にいたのは……一人の金髪の女性。──名はマルシル・ドナトーっつうらしい。
……なるほどな。こればかりは俺も気持ちは分かる。
つまりは、異国の地で出会った同郷らしき人間に、思わずホッとした……ってわけだ。
あたりを見回しても、周りは黒髪の日本人ばかり。
そりゃあ、心細くなるのも無理はねぇもんだ。


「……女性、しかもブロンド! きっと、カナダ人デショウ!! シスター!」


ったく、うきうきワクワクのハッピーバースデーか、お前さんは。
ただ、忠告しておくぞ、マイク。
悪いが彼女は同郷でもなけりゃ、この世界の外国人ですらねぇ。
言うなら……『異世界人』ってやつだ。
エルフの、それもちょいと魔術に長けた娘さんだからな。
あいにくお前さんとは、話も毛色も合わねぇだろうよ。

ついでに言わせてもらえば、カナダってのは別にそんなブロンドまみれのイメージはねぇはずだが……。
おい、それよりマイク。
嬉しいのは分かるが、なんでそうギンギンに血走った目で彼女を見てやがる。
お前さん、そっちの(同性愛)気があるんだろうが。ヨダレを垂らすんじゃねぇよ、全く……。


「……カナちゃんの、お母さんになれるかもしれない!! グギギギィッ!!」


……フン。まあ、細かいツッコミを入れるのも野暮ってもんかな。
マイクは、そのまま『次の対象』へ向けて、ドタドタと地面を揺らしながら突進していった。

………………
…………
……



すると、どうだ。



「♪あぁあああ~~~~~~~~~~~~っ!!!! 北埼玉ぁあああああ~~~~~!!! ブルゥウウウウウウッスぅぅぅよぉ~~~~~~~~~~~!!!!!──」

「──海老名ちゃんも大声出して!! マルシルさんは耳塞いで!! とにかく今は『音』をかき消すのが最優先だ!!」

「え!? は、はい!!」 「……ヒ、ヒロシ…………、っ…………」


「「♪あ、あぁああ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」」


「…………。(……KARAOKEデスか…………?)」


 残念だったなマイク、お連れ様付きだ。
……しかも、とびきりやかましいのがな。

マイクとマルシル──に加え、野原ひろし、海老名菜々の大世帯四名が今いる場所は、喫茶店のトイレの中だ。
便所の中で歌い狂うなんざ、ドブネズミに説教垂れる飲んだくれリーマンか、とツッコみたいところだが……。
あいにく、奴らの顔にゃあ楽しげな色はひとかけらもねぇ。

ひろしと海老名は肩を組んで、必死の形相で『北埼玉ブルース』を熱唱。
……いや、ありゃあ熱唱じゃねぇな。
渋谷中に響き渡る悪意の音をかき消そうとする、死に物狂いの抵抗だ。


悪意の音、──言っちまえば『第一回死者放送』ってこの世で最も下品で、最も残酷な、セレモニーに対するな。


「……ヒロシ、もう……いいから。私は、大丈夫……だから…………」

「い、いいやダメだ!! 聞いちゃダメ!! 絶対聞き入っちゃまずい放送なんだよ、マルシルさん!! 主催者の甘ったるい罠に引っかかるほど、オレたちは安くねぇだろォォ~~~!!──」

「──マ、マイクさん!! あ、あなたも……ぜひ、何か一曲を!!」

「ワッツ? ……ヒロシサァン……理解シマシタ。♪……ある日森の中~~」

「おっ!! いいね!! じゃ行くぞ海老名ちゃん~~~~っ!!」 「え、は、はいぃっ!!」

「「「クマさんに出会ったぁあああ~~~~~~~~~~~~!!!!!」」」


「……(ウルサイデス……オカシイデス…………)」


当然の反応だな、マイク。
自己紹介が終わって、空気がほんの少し柔らいだ瞬間にコレだ。
ひろしの野郎がブッ飛んだ行動を取ってることには、異論の余地もありゃしねぇ。

だがよ、物事ってのは、表だけ見てりゃ見誤る。
お前さんが今、愛おしそうに抱えてるマルシルって子はな……ついさっき、信頼してた仲間を失ったばかりなんだ。
このふざけた殺し合いの中で、何の救いもなく、何の意味もなくな。
そんな彼女の心の傷に、塩を塗りたくるような放送が流れてきた。
付き添いのひろし達だって、心底ギョっとしたに違いねぇ。
……だからこその、この暴挙だ。
多少やり方はぶっ飛んじゃいるが……これでも奴なりに、彼女を守ろうとしてるってわけさ。

分かるか、マイク。
命を救おうとメスを振るう外科医を、『グロテスクな人斬り魔』だと罵るのは……あまりにも無粋って話だぜ。
ここはどうにか。どうにか耐えてほしいもんだ。


「はぁはぁ、あぁ、♪あぁあああああああ~~~~~~~~~~~~!!!」

「ひ、ひろしさん……! つ、次……何を……!?」

「え? ……と、とにかく“あぁ~~”で始まる歌いやすい奴!!」

「……リンカーンのコーナーですかぁ~~。……えっと、あぁぁぁぁぁ~~~~」

「「♪テトラポッドの上で~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」」


「……(ウルサイッ、ウルサイウルサイッ、……なんて、バカみたい……ッ)」


 ──ギュウゥッ……

「いっ……、いたっ……! ちょ、ちょっと……マイク……」

「……(ウルサイ歌……キライ。理解不能……処理不能……エラー……エラー……)」


 やれやれ。
流石は、数多の昼メシ激戦区を生き抜いてきた男、野原ひろし係長だ。
ひろしの野郎、例え場所が便所だろうが、状況が修羅場だろうが……一度「やる」と決めたら、トコトンまで自分を追い込みやがる。

この男は知ってるのさ。
時には恥を捨てて叫ぶことが、どんな高級な慰めの言葉よりも、誰かの救いになるってことをな。
まるで、大盛り無料の誘惑に打ち勝って、デザートのプリンを死守する時のような……。
そんな、男の矜持ってやつが、そこにはあるのさ。

……ま、マルシルの嬢ちゃんにとっちゃ、少々耳が痛い処方箋かもしれねぇがな。
……んでマイク、そんな嬢ちゃんを物理的に痛めつけてどうすんだ。
お前さんの力だぞ? しぼりたて果汁引き絞るほどに、彼女を抱いちまって、そりゃさすがにねぇ話だ。
気持ちは分かるが、そんな怒り堪える程のモンでもないだろ。
ましてや、一度『仲間』とみなした彼女を締め上げてどうするってんだ。



「「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」」

「……ィィイッ(あで始まる曲……? YOASOBIの適当な曲で埋めれるデショウ……? バカじゃない……。)──」


「──(……イライラするッ。イライラするッ。イライラするッ。イライラするッ。)──」

「──(…………絶対ッ、後悔スルッ…………!!)」


──ギィ、
 チチチチチッ…………


「ちょ……ぉっと……………、マイクっ…………」

「……ッ(後悔……サセテヤルッ…………!!!!)」


 ……参ったもんだ。
マルシルの嬢ちゃんは白目を剥く寸前で、必死に奴の腕に爪を立ててやがんのに。
マイクの野郎にゃあ、どんな悲鳴も届いちゃいねぇ。

そんな哀れな者(※マイクのことじゃない)にゃあ、とどめの悲報になるが。
『死者放送』ってのは、まだ中盤のど真ん中だ。
人の命をチップ程度にしか思ってねぇ、軽薄な主催者の野郎が、長々と御託を並べ続けてやがる。
終わりを迎えるのは、あと三分ってところか……。
カップ麺なら、まだ待てる時間だがな。
……だが、殺意ってやつを発酵させるにゃあ、これ以上なく、都合のいい長さだ。

マイクは、もう限界だった。
発端のマルシルは勿論、さっきまで仲睦まじく言葉を交わしたはずの、ひろしや海老名の嬢ちゃんまでも。
まとめてこの世から消去する。
その黒い火が、脳髄の奥でボウボウと燃え上がってやがる。

……花に創価のお経を聞かせりゃ、忽ち枯れ果てるって話だが。
マイクの堪忍袋の緒も、それに似た不協和音で、今まさに弾け飛ぼうとしてやがる。


──ギィイイイッ……

「ぁ、ま…………マ…………イク」

「ィインギイイイイイイイイイイッ…………!! フーッ、フーッ!! ……ィィイイイイ…………」

「「あと少し!! あと少しだぁぁぁ~~~~~~~~~~~~!!!!」」


「ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」



……やれやれ。皮肉なもんだぜ。
善意が生んだ大合唱が、旦那の殺戮スイッチを押しちまうとはな。
これが異国文化の違い……ってやつか。


──殺意の爆発は、もうすぐそこまで来てやがった──────。



「……あ、あのひろしさんっ!」

「え?」


 ──パッ。

「……ワッツ?」

「……ぷはっ、はぁ、はぁはぁ……いった…………」



 ……その時だった。
マイクの噴火をギリギリで食い止める、救いの一声が響いたのさ。
……いや、つっても、その『彼女』がマイクの異様さに気づいていたかは定かじゃねぇがな。


「……あの……音をかき消すのは、その……すごくいいと思うんですけど……」

「どうしたんだよ~海老名ちゃん~~」

「……あんまり大声だと……逆に、危ないというか……。ほら……声に引き寄せられて……怖い人が来たら……その……」

「え? あ……」


その鶴の一声は、あまりに優しい響きだった。
意を決した海老名による、あまりにも正論なその言葉に、ポカーンとした顔のひろし……。
……ま、当然だよな。
擬態虫がコロコロ色を変えちゃあ、鳥に見つかってパクり……。
それでは、元も子もありゃしねぇ。

それを、娘ほど歳の離れた子に諭されるたぁ……おいおい、あんまり言いたかねぇが、ひろし。そりゃあ、ねぇぜ。


「……ハ、ハハハ。……と、当然それを見越した上でのオレだぜ~~!! な、マルシルさん!?」

「……はぁ……はぁ……。バカ……ほんと、バカじゃないの……」

「ぐはっ!? が、が~~~ん……!! ……分かってたさ~、本当だよぉ~信じてくれって、おい~~~…………」

「…………」 「………」


……ああ、見ろ見ろ。あっという間の四面楚歌だ。
全く、ひろしってやつは。
営業のプロってのは、混じりっけなしの本当だが……いつもいつも、肝心なところで詰めが甘く、ドジに終わる男だ。
余りの情けなさに、俺からも涙をお裾分けしたいもんだぜ。

だが、そこは秋田の聖母・海老名だ。


「……そ、そこでです! 私が外で見張ってますから……その間、三人で……ってどうでしょう……!」

「え?! 海老名ちゃん!?」 「え」

「……あ。……それとも、マイクさんも一緒に……! それなら、もっと安全ですよね! ひ、ひろしさん!」

「……海老名ちゃん」 「エ」


「……川口のやつがこんな優秀なら、苦労知らずだったのによ~~……。──」

「──よしっ!! それで行こう!! 頼んだぜ、海老名ちゃん!! それにマイクさん!!」」

「は……はい!」 「エ。──」


「──e?」


ひろしのメンツを立てつつ、全員が納得する案でまとめてやがった。
……この海老名って娘、案外、侮れねぇのかもしれねぇな。
まあそうなると、マルシルがおっさんのマンツーマンによるダミカラオケを浴び続けるっていう……拷問を受ける構図になるんだが。


「……ごめんなさい、エビナ。……じゃあ、頼んだから……!」

「はいっ……!」


……まあ、本人が納得してるんだ。結果はグッド、ってことにしておこうじゃねぇか。

死者放送は、今や狂った指揮者の独壇場。
テンポも節度もあったもんじゃねぇ、壊れたビートルズのワンマンライブだ。
だが、海老名という聖母のお陰で、四人の信頼が崩れることもなけりゃ、凄惨な惨劇も防がれた。

そして、マイクは海老名に連れられ、外へ出る。


「じゃ、マイクさん!」

「ハ、ハァ…………」


良かったじゃねぇか、一件落着で。
このわずか数秒後、海老名のようなグッログロミートスパゲッティも完成することだしな。



 ──ガチャンッ。



………………
…………
……




  𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

 𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪

    𝓑𝔂 𝓒𝔂𝓬𝓵𝓮♪



「レトビ~♪ レトビ~~♪ ……弥一サンへのお土産、サブレでいいデショウか…………」


 ……あれから、数十分。
何事もなかったかのように、マイクの野郎は相変わらずチャリンコを乗り回し、ニッポンの街を滑走してやがる。
可愛らしいジンベエザメの柄が入った浴衣を着て、のどかにな……。

……初めはどうなることかと思ったがな。
結局、警察沙汰にもならず、誰に咎められることもなく、奴さんは郷に従うってやつを、きっちりやり通してやがる。
……フン。どうやら、心配するだけ野暮だったらしいな。

見てみろ。
花も笑えば、河川敷も歌ってやがる。
お天道様も、実にニコやかだ。
ジンベエザメはぐちょぐちょに真っ赤な笑顔でよ、マイクも鼻血出しながら全身鮮血で鼻歌混じり。
白目剥いたまま、お土産なんざ考えてんだから……大したもんだぜ。

頭のイカれたヒグマの、楽しい楽しいにほん観光。
平穏のシャッターチャンスは、まだまだ終わりを示しちゃくれねぇのさ────。





そうなると、遺された者はどうだという話だ。
アスファルトに刻まれた後輪の軌跡。
──その赤黒い轍は、断末魔の叫びを視覚化したかのように、無慈悲な直線を描いてどこまでも伸びている。




………………
…………
……


「……っ!! せ、芹沢……さんよねっ!! ひぐっ……!! ラーメン……一杯!!」

「…………あ? ……悪いが、今はあいにく……俺は──」

「……お願いよぉっ!! これが最後なのよっ!! こいっ……小泉ちゃんの…………ラストオーダーなのよっ!!!」

「……………………あ?──」



「──あ…………」


「……いや、大袈裟なこと言うのやめてください、枝垂さん。…………芹沢さん、申し訳ありません。ラーメン……中で」



 なぜ、時に鬱陶しくさえ思っていたはずの彼女を、あの刹那、身を挺してまで庇ったのか。
感情の電気信号が微弱な火花を散らす今となっては、もはやその理由を峻別する必要などない。
ほたるに支えられ、せめてもの思いで『目的の人』へ目指した小泉さんは、静かに屋台の椅子へと腰を下ろした。

本来なら、それは奇跡そのものと呼ぶべき事象だった。
この渋谷の地で、いくら事前に約束を交わしていたとはいえ、ラーメン界のカリスマ──芹沢達也との邂逅を果たすことは困難を極めたはずだった。
そもそもにして、常に冷徹なまでの合理主義と達観を崩さぬはずの芹沢が、なぜあそこまで死相を漂わせ、廃人の如く座り込んでいたのか。
その変貌の理由を問い、あるいは志を共にする者として、尽きぬことなき問答を交わしたかったに違いない。

だが、今の小泉さんにとって、そんな理屈や詮索はもはや無に等しかった。
彼女はただ、目前に差し出された、熱を失った一杯を啜る。
その行為だけが、彼女に残された唯一の、そして最後の矜持であった。


「…………お待たせしました……小泉さん、……中ですッ…………」

「……ありがとうございます。…………ふぅ、いただきます」

「……っ、小泉……ちゃんっ…………」


震える指先で割り箸を割り、掬い上げられたのは、時間の経過に耐えかねて伸びきった麺。
一本一本が自重に抗えず、無惨に千切れては、もはや湯気すら立ち上らぬスープの底へと沈降していく。

その一杯は、この凄惨な祝祭──殺し合いが幕を開けて以来、彼女が最初に口にした記憶の味。
「一緒にこの悪夢を終わらせましょう」と、無垢な笑顔で店主・アンズが手渡した、あの学食を彷彿とさせる平易な味。
かつて、「普通です」と断じた、あの味。

生命の火が消え入りそうなその身体で、彼女は黙々と、憑りつかれたかのような修羅の如き執念で食べ進める。
まるで、聖なる儀式であるかのように。
最後の一滴までをその喉奥へ流し込んだ刹那、小泉さんは、まるで明日が約束されているかのような、澄み渡る声で吐露した。



「…………普通、です」


「……」 「…………ふ、普通…………?」


「……ええ。普通の、ラーメン。……常々ですがね、」

「え?」

「『普通』という評しは、食べ物において、比較的悪い感想としてあげられがちですが…………人は、いつも……終わってから気づくんです。──」

「──普通がどれだけ難しくて、どれほど奇跡的な均衡の上に成り立っていたのかを。──」


「──……ただ、不思議なものです。普通のはずなのに、……今は、泣けるほど……美味しい」



「…………小泉ッ……さ──」


「ごちそうさまでした。────アンズさん」



それが、区切りだった。

深く。とても深く。
沈むように。落ちるように。
小泉さんは、目を閉じた。


………………
…………
……


 気が付いたときにはもう遅かった。
──辛うじて聞こえた最期の言葉、「ぢんめッ」という声を、彼女から出させてはいけなかった。


「……え、……………エ、エビナ……」

「……ぁ……………………、ぁ……」


徐々に激しさを増した、扉越しの慌ただしい音。
マルシルらが慌てて出た先、広がっていた景色は、良いように言えば『ただの物』であった。

どろりと横たわる血の褥の上で、巨大なプレス機にかけられたかのように蹂躙されたその物体。
四肢は原型を留めぬほどに拉がれ、剥き出しになった内臓がドブ川の泡のように蠢いている。
眼球か歯かも判別し難い顔面は、乱れた髪と脳漿のミルフィーユに埋没し、かつての少女の面影を無慈悲に拒絶している。

海老名菜々の制服を纏った、海老名ではない、その何か。


犯人の足取りを追うまでもない。
残虐の化身が去った後の静寂の中で、マルシルを襲ったのは、魂の芯を揺さぶる本能的な嘔吐感だけだった。


「うっぐッ……!!! ……っ…………わかんない。──」

「──分かんないッ分かんないッ分かんないッ分かんないッ!!! なに、なに……なんなのこれ…………? 意味分からない……なにも理解できないんだけどッ!!!──」

「──……ねぇ、ヒロシ……。これ……なに……? これ……どういう……、──」



「──え」



そして、ひろしは、ただ無言で──その亡骸以上を越えた何物かへと、近づくのみ。

マルシルが言葉を失ったのも無理はない。
彼は、喜怒哀楽のどの定義にも当てはまらない、底知れぬ空虚のまま膝を突くと、慈しむようにその惨状を撫でた。
掬い上げれば掌から零れ落ちる、米粒の様にパラパラとした脳漿や、麺状の臓物。
それらを泥遊びでもするかのように、あるいは愛しい者の体温を確かめるかのように、徹底的にその肌に刷り込んだ後。


『野原ひろし』ではない何かは、白痴のように半開きな口から、そっと『流儀』を漏れ出した。






「ナポリタンにピラフ。……こりゃまた懐かしいな」






【小泉さん@ラーメン大好き小泉さん 死亡確認】
【海老名菜々@干物妹!うまるちゃん 死亡確認】
【残り51人】




【🟠STATES🔥】

【1日目/住宅街/AM.06:09】
【マイク・フラナガン@弟の夫】
【状態】精神完全崩壊
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【マーダー(発狂)】
1:Baby,Baby,Baby,Baby,Baby,Baby,Baby.
2:おれのすべては~~おまえのものさ~~~♪(返り血のララバイ──)
3:カナちゃん、カナちゃん。どこだ、パパはここだ。


【1日目/交差点/AM.06:09】
【枝垂ほたる@だがしかし】
【状態】悲嘆(極)
【装備】わくわくスマートフォン@だがしかし
【道具】本『私だから伝えたい ビジネスの極意』、すっぱいガムx4@だがしかし
【思考】基本:【対主催】
1:……小泉っ、ちゃん……ねぇ、起きて……嘘よね……?

【芹沢達也@らーめん才遊記】
【状態】心労(極)
【装備】なし
【道具】なし
【思考】基本:【対主催】
1:小泉……さ…………。
2:俺は……何を見て……何を、作ってきた……?
3:普通……それすら守れなかったのか……俺は……。


【1日目/ドトール店内/AM.06:09】
【マルシル・ドナトー@ダンジョン飯】
【状態】悲嘆(極)
【装備】杖@ダンジョン飯
【道具】高等魔術一覧メモ@ダンジョン飯
【思考】基本:【静観】
1:エ、エビナ……? ねぇ、これ……違うよね……?
2:マイク……あいつは……絶対に許さない……絶対に……。
3:……ヒロシ? ……ねぇ、あなた……何を見てるの……?

【野原ひろし?@野原ひろし 昼飯の流儀】
【状態】???
【装備】ボウリングの爪切り
【道具】アシストフィギュア
【思考】基本:【???】
1:?????????????? ?????????????????? ???????????????????



前回 登場キャラ 次回
095:『Pcycho【殺】Soldier 097:『ブラッディ・カシスオレンジ
075:『人畜無骸 マイク🐻
080:『サイダーガールと、ラーメンガールと…… ほたるさん
090:『第一回放送 ラーメンハゲ
084:『マルあげよう マルシル
084:『マルあげよう ひろし?
084:『マルあげよう 海老名ちゃん
080:『サイダーガールと、ラーメンガールと…… 小泉さん
最終更新:2026年04月14日 21:19
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