飢・渇・心 ◆udCC9cHvps



G-5、深き森の中・・・・・・そこにはスーツ姿の男が北へと進んでいた。
男は井坂深紅朗である。
この男は先刻、魔法少女二人と怪物の集った争いの場から一人逃走したのである。
後ろからは爆音などの争い合う音が響き、それは怪物と魔法少女たちが交戦し、戦場になっている事を示していた。
三者が交戦している隙に、井坂は北へ北へと歩を進めていく。
やがて、遠くで雷が落ちたような音を最後に、後方からの音が途絶えた。

(・・・・・・戦いは終わったようですね)

音が聞こえなくなった理由を、井坂は戦いが終わったからだと推測する。
そこで井坂は一度、きびすを返して逃げてきた方角を見つめ、舌なめずりをする。

(今戻れば、あの少女たちの・・・・・・もしくは怪物の死体が転がってるかもしれない)

戦いが終わったという事すなわち、どちらかが勝って生き残り、どちらかが負けて死に絶えたという事になる。
そして、普通なら死した者は骸となる宿命だ。
未知の存在である魔法少女に興味を持っている井坂としては、彼女らの骸が残っているのなら回収し、後に解剖を初めとしたありとあらゆる手段で隅々まで探り、探究欲を満たしたいと思っていた。
また、いくら実力が勝る怪物だとしても魔法少女たちが倒せる可能性は0ではないだろうし、骸になっているのは怪物の方かもしれない。
━━それならそれで、井坂は構わないと思っている。
自分より強力であろう怪物も井坂の興味を引くには十分であるからだ。
こちらも可能なら是非、回収したい。

そんな欲望と期待を胸に、井坂は自分が逃げてきた南方向へと数歩足を進めて・・・・・・ため息の後、すぐに足を踏みとどめた。

(ふぅ、危ない危ない。
また自分を抑えられなくなるところでした)

井坂は湿った地面から涌き出てくるミミズのような欲望を、自制心という石畳で抑えて冷静に思考する。
少女たちが殺されている場合、残るのは必然的に殺した怪物の方である。
獲物を殺した怪物は、次の標的を自分に定めて追ってきているかもしれない。
この前はドーパンドの力ですんなりと逃げおおせたが、次も同じ手が通じるかはわからない。

さらに言えば、争いが終わったという事は何も勝敗や生き死にが決まったとは限らない。
痛み分けで双方退いたか、片方が巧く逃走した可能性だってある。
つまり、あの場に戻っても何も残ってないかもしれないのだ。
とにもかくにも、大きなリスクがちらついている以上は避けるべきだと井坂はつい先ほど決めたばかりでもある。

(死体の回収ならば殺し合いを打破してからでも良いでしょう・・・・・・その頃には流石に鮮度は落ちてそうですが。
それに魔法少女はあの二人の他にもいるかもしれません。
機会はまだまだあるハズだ、焦ってはならない)

例えどんなに欲が疼いても、ここは割り切るべきだ・前向きに考えるべきだと己を律し、諦めて北方面へと向き直すことにした。

だがしかし、一時の欲望を振り払った井坂に次の欲望が襲いかかる。
それは━━


ぐぅぅ~
「それにしても腹が空いたなぁ・・・・・・」


━━"食欲"だ。


~~~~~~~~~~

井坂はディパックを開け、中から支給された食料であるパンを取り出し、早めの朝食を摂り始める。
こんな殺し合いの場で腹ごしらえとだけ聞くと、ずいぶん悠長だと思えるだろう。
実際は背面は樹木に預けて背後からの奇襲を防ぎ、目はギラギラと周囲を見回し、パンを持たぬ片手にはガイアメモリをいつでも挿せるように握られている。
食事時でも、いつ何が起きても対応できるように警戒を怠ってはいない。

「あまり美味くないな・・・・・・このパン」

パンを咀嚼し、飲み込んだ井坂は少々苦い顔で味の感想を漏らす。
吐くほど不味くはないが、旨味というものをあまり感じ取れない無機質な作られ方をしている。
得られる栄養は最低限度に留めてあり、腹の足しにできれば良いレベルだろう。
おそらく、参加者が早く旨いものを食べたいという欲望を刺激するために、ひいては殺し合いを少しでも加速させるためにわざと不味く作ってあるのだ━━参加者によっては優勝すれば家に帰ってこのパンよりは旨いものが食べられるだろう。
と、井坂は評価しつつも、モリモリと食べていく。

井坂深紅朗はガイアメモリの直接挿入の副作用・・・・・・その一つとして、異常な食欲を持ってしまった。
園咲家においても、一度の食事に際して山のような量をたいらげていたほどだ。
そして、食べるものが支給されたパンしかない以上、己の強すぎる食欲を満たすためには味について贅沢を言ってはいられないのだった。
井坂は黙々とパンを食べ続けていった・・・・・・


「参ったな、これだけしかないのか」

パン三食分を食べ尽くした所で、井坂は食の手を止めた。
前述で記した通り、一度の食事量がとてつもなく多い井坂にとって、三食イコール常人の一日分は、井坂の腹三分程度にしかならなかった。
しかし、井坂に支給された食料は他の参加者ないしは常人と同じ量しかないのである。
残り食料は2/3、それを残らず食べ尽くしてようやく腹八分目ぐらいになる。
これでは他の参加者から奪ったり、もらったりしても、たちどころに食料は底を尽きてしまう。
このゲームの主催は、井坂の食事量まで配慮してくれなかったらしい。
井坂は加頭への愚痴と考察を吐く。

「あの男も気が利かない・・・・・・まさかとは思うが、空腹に耐えかねた私に、食料欲しさに他の参加者を襲わせようと誘導しているのか?」

なにはともあれ、首輪解除方法や生き残るための手駒探しの次くらいに、より多くの食料確保も視野に入れて行動した方が良さそうだ。
空腹だからといってコロッと死ぬわけではないが、飢えによる集中力欠如は状況いかんでは痛手になる。
食料事情は早々無視できるものではないと、井坂は悟った。

そして井坂は食事を続け、貪るパンも4つ目に差し掛かろうとした・・・・・・その時であった。

「ん・・・・・・? 今何かが光ったような?」

井坂の眼に、ごく一瞬ではあったが離れた距離で発光が見えた。
方角は北西、地図上ではF-4に当たる場所からだ。

同じ頃、F-4では鋼牙が一条に己の正体を教えるために魔戒騎士に姿を変えていた。
その変身の時の一瞬の光が、井坂の目に偶然入ったのだ。

「参加者がいるかもしれませんね・・・・・・ちょっと行ってみるか」

井坂は光がした場所へと調査に踏み切ろうとする。
光ったということは他の参加者がいる可能性は濃厚だろう。
殺し合いに乗っていないのなら手を組み・・・・・・手駒としてその力を利用させてもらう。
逆に殺し合いに乗っているようならば、実力が上回る相手ならば避けて通り、下回る者ならば命を奪わせてもらう。
さらに井坂は自身の首輪に手をかけて閃いた。

「そうだ、首輪の解析には他の首輪が必要になってくる。
誰かの首をもいで首輪を取らなければならないな・・・・・・」

首輪を外すには、構造を把握しなければならない。
そのための解析には必然的に他者の首輪が必要になってくる。
その首輪を手にいれるには、誰かが犠牲として死んでもらわなければならない。
井坂にとってその対象は、殺し合いに乗っている"自分より弱い"参加者なのだ。

「相手の実力と出方次第では命だけでなく、首輪を奪う必要があるか。
ついでに食料も、欲を言えば私が興味を引くような身体を持ってたら死体(からだ)もいただきましょう」

欲望の塊である男は、相手いかんによっては何もかもむしり取るつもりのようだ。
井坂は食事を中断して、まだ一かじりもしていないパンをディパックに戻し、北西へと進路をとった。

~~~~~~~~

G-4エリア内の、井坂より離れた地点。
ここでは一つの影が闇に紛れつつ、スーツ姿の男を狙っていた。
右腕がライフルと化した青色の怪物、トリガードーパントだ。
その厳つい容姿をしたドーパントの正体は"元"機動六課の隊員であるティアナ・ランスター、この殺し合いにおいて殺戮の道を選んだ少女である。
彼女が井坂を発見したのは、彼が食事中の最中である。
発見と同時にティアナはT2ガイアメモリを身体に挿入してドーパントへと変身。
相手がこちらに気づく前に狙撃を試みようとするが、すぐには撃たなかった。

「のんきに食事をしてるってわけでもなさそうね」

ティアナは狙撃する前に敵をよく観察していた。
通常、どんな生き物でも食事中は大きな隙が生まれ、他者から見れば奇襲ができる絶好のチャンスだ。

されど、スーツの男は絶えず周囲を警戒し、死角となる背面からの攻撃を防ぐために樹木に背に預けるなどの可能な限り隙を殺す工夫がなされていた。

「あれでは正面からの攻撃は効果が薄そうね。
なら、少しでも狙撃の成功率を上げるために側面に回り込む!」

アドバンテージを稼ぐために、ティアナは忍び足で井坂の側面遠方へと回り込もうとする。
日頃の訓練が功を為したのか、それともたまたま運が良かっただけなのか、目標の地点に付くまでに井坂に感づかれることはなかった。

(それじゃあ、始めましょう・・・・・・今度は迷わない、しっかりと狙い撃つわ)

ライフルと化した右手を構え、狙撃の用意をするティアナ。
ミユキの時は迷いや情念から引き金を引く事を躊躇してしまったが、今のティアナには良心の呵責などない。
ドーパントの姿ごしでもわかる冷たい視線が、人を迷いなく撃てるのだと保証している。

準備も整い、ティアナはいよいよ井坂を射殺せんとしようとする。
━━が、そこで邪魔が入ることになった。

(ッ! 光?
何者かがいるのかしら?)

トリガーの力により、捕捉能力が強化されたティアナもまたF-4の光を捉えていた。
少なくとも参加者がいると見越したティアナは狙撃を中止する。
すると、スーツの男も件の光が見えたのか、食事をやめてF-4へと移動しはじめてしまった。

「チッ」

動きだした標的に急いで銃口を向け直すティアナ。
そこへデバイスであるクロスミラージュからティアナへ、井坂には聞こえぬ程度の小声での進言が入る。

『待ってください。
今、下手に撃つと発光があった地点・・・・・・F-4に参加者がいた場合、銃声に気づいたそちらも相手にしなければならなくなります。
また、狙撃に失敗すれば、あのスーツの男まで敵に回してしまい、最悪の場合は囲まれてしまう危険もあるでしょう』
「だったら、このまま見逃せと言うの?」
『・・・・・・』

ここでの攻撃は危険であるとデバイスが訴えかけてきた。
若干納得のいかないティアナに対し、少しの間をおいてクロスミラージュは言葉を紡ぐ。

『私たちはあの男の手の内がわかりません。
相手がどのような戦い方をするかを、知ってるか知らないかではどちらがより安全に戦えるのか?
マスターならお分かりのハズです』
「・・・・・・たしかに」

ティアナはスーツ姿の男に対する情報がない。
狙っている時にガイアメモリらしき物を確認はしたが、他にも装備を隠していることも考慮すべきだろう。
北西から見えた正体不明の光についても懸念材料になる。
もしも、仮になのは以上の攻撃力やアクセル以上のスピードを持つ相手だったら、現状のティアナが仕掛けるには危険であり、まかり間違えれば命を落とすだろう。
しかし、実力など戦闘にならなければ測ることはできない。
ならばどうすべきか?

『ですので、ここは無理をせず撤収━━』
「あえて泳がせるというのも手ね?」
『え・・・・・・?』

最初に解を述べようとしたのはクロスミラージュだったが、何かを思いついたティアナにその言の葉を阻害された。
少なくとも"撤収"という二文字は彼女の耳に入らなかった。
そして、半ば一方的にティアナは頭に浮かんだ策をデバイスに伝える。

「いい? 私たちはあの男を遠巻きから尾行するの。
あの男は例の光があった場所に向かっていて、いずれ到着する。
尾行してる私たちは接触のリスクを省いて、光の正体を探ることができるわ」
『それはそうですが・・・・・・』
「あの男が光の原因と戦う事になれば、私たちは戦わずして相手の手の内も知ることもできるし、流れ次第では漁夫の利が狙えるかもしれない。
労力を最小限に抑えられそうね」
『戦いは最低でも片方が殺し合いに乗っていなければ起こらないのでは?
その上、合流された場合は余計にややこしくなります』
「それでも構わないわ。
合流してしまったら、"監視"すれば良い。
人間時ならともかく、策敵能力が上がっているこのトリガーメモリの力ならば監視ができる。
それよりも、目を離してる間に、ややこしい集団が更にややこしい集団になってる方が私は怖いわ。
動向を追っていくだけでも損は無いハズよ」
『・・・・・・』

策について質問を続けていたクロスミラージュだったが、最後は沈黙する。
その沈黙を、自分への気遣いだと受け取ったティアナはデバイスに優しく声をかけた。

「心配しないで。
無茶をして死ぬつもりはさらさら無いから」
『マスター・・・・・・』

デバイスは喋れども心を持った人間と違い、あくまでAIなので感情というものは持たない。
だが、もし今のクロスミラージュに人と同じ心を持っていたのなら、ティアナの言葉に"安堵"を覚えてただろう。
ティアナがクロスミラージュに向ける視線は暖かなものだった。

「━━私は優勝して、兄さんの魔法の強さを証明しなければならないんだからね」

安堵は、すぐに裏切られた。
クロスミラージュに向けている暖かい視線の意味は、ティアナが自分と自分の所持しているデバイスしか信じていないからである。

「さっきの異常に速い奴や、スバル、なのはさん・・・・・・いや、"なのは"のような実力を持った連中がまだゴマンといるかもしれないんだ。
いちいち正面から戦ってたらこちらの身が持たないわね。
多少、卑怯でも確実に殺せる瞬間以外は狙わない。
今の装備や実力で、なのはたちのような実力者たちに勝つにはそうするしかないわね」

口ぶりからして、現在の彼女には人の殺し方を平気な顔で考えられるほど冷徹さが増している。
もはや同僚のスバルには友情を感じておらず、模擬戦で自分の魔法を否定したなのはに至っては憎しみの対象と化しているかのようだ。
ティアナの心から、徐々にではあるが人間性が抜け落ちていっていた・・・・・・

「それでもこの殺し合いを勝ち抜くのは私よ。
過程や方法などどうでも良い。
ただ、最終的に優勝さえできればそれで良いわ、フフフフ・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・』

今にも弾丸が飛び出しそうな銃口に良く似た、冷たい殺気を放ちながらティアナは笑っていた。
クロスミラージュはただ黙るしかなかった。
彼女がこうなったのも、ガイアメモリの毒によるものだろうか?

全てがそれのせいとは言い切れずとも、ガイアメモリが少なからず影響を与えているのは確かなようだ。
彼女を傍で見ているデバイスが抱いている思考を人の心に置き換えるならば、だんだん砂漠のように渇いていく主の心の変化への"恐怖"に等しかった。
だが、所詮道具に過ぎないデバイスには、主に反抗することも、心の渇きを癒すオアシスになることもできないのであった。

「どうかしたの?」
『いえ、何も・・・・・・』
「そう、まあ良いわ。
そろそろ移動を開始しましょう」
『イエス、サー』

次の行動が決定した所で、ティアナはスーツの男の尾行を開始する。
トリガードーパントの捕捉策敵能力をフルに使い、できるだけ遠巻きで、木々の影に隠れながら、音はあまり立てずに、こちらの存在知らせぬようティアナは密かに追跡する。



ウェザーとトリガー。
すでに怪物である男と、怪物になっていく女。
腹の中まで満たされぬ欲望を持つ者と、ゆっくりと心を無くしていく者。
この二つはこれから先、どのような運命のコンボ(巡り合わせ)が起きるのだろうか・・・・・・


【一日目・黎明/G-5 森】

【井坂深紅朗@仮面ライダーW】
[状態]:健康、腹三分
[装備]:ウェザーメモリ@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式(食料残2/3)、ランダム支給品1~3(本人確認済)
[思考]
基本:殺し合いを打破して、主催者を打倒する。
0:F-4から見えた光に興味、調査をすべく向かう。
1:首輪の解除方法を探す
2:手駒を見付ける
3:リスクのある戦闘は避ける
4:空腹に備えて、できるだけ多くの食料を確保したい。
[備考]
※仮面ライダーW第34話終了後からの参戦です。


【ティアナ・ランスター@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:ガイアメモリによる精神汚染(小)、疲労(小)、魔力消費(中)、断髪(スバルより短い)、下着未着用
[装備]:ガイアメモリ(T2トリガー)、クロスミラージュ(左4/4、右4/4)@魔法少女リリカルなのは、小太刀のレオタード@らんま1/2
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~1(確認済)、機動六課制服@魔法少女リリカルなのは、下着
[思考]
基本:優勝する事で兄の魔法の強さを証明する。
1:F-4へ向かうスーツの男(井坂)を遠巻きから尾行し泳がせ手の内を探り、チャンスがあれば殺害する。
2:引き際は見極める。
3:スバル達が説得してきても応じるつもりはない。
[備考]
※参戦時期はSTS第8話終了直後(模擬戦で撃墜後)です。その為、ヴィヴィオ、アインハルトの事を知りません。


※井坂とティアナが見た光は、F-4にいる鋼牙が魔戒騎士に変身した時のものです(『守りし者たち』参照)。


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Back:brother & sister (後編) ティアナ・ランスター Next:未知のメモリとその可能性
Back:四重奏―カルテット―(後編) 井坂深紅郎 Next:未知のメモリとその可能性



最終更新:2013年03月14日 22:34