戦いの狼煙 ◆OCD.CeuWFo
孤島の北端、B-7エリアに1つのホテルが存在している。
その感想を一言で述べるならば、巨大。さらに言葉を加えるならば、豪勢。
周囲に他の建造物がない中、超然とたたずむ様はまるで巨人のごとく――圧倒的な存在感を誇るその姿は、多少離れたエリアからでも確認することができるだろう。
目印になり、すぐそばを街道が走るという立地条件。くわえて、ここが地図に載っている施設であることを加味するならば。
その邂逅は、偶然であると同時に必然でもあった。
*
「お前が1人で出てきたということは、このホテルにはシンケンレッドはいないようだな」
「その声は……十臓!?」
ホテルの玄関前、2人の男が向き合う。
一方の名は
池波流ノ介。
一見今風の若者にしか見えない茶髪の青年であるが、れっきとした侍の家系に生まれた人間であり、彼自身も人々のため戦う現代を生きる侍である。
一方の名は
腑破十臓。
ざんばら髪に無精ひげ、ただそこに立っているだけにも関わらず、まるで抜身の刀のような鋭い雰囲気を身に纏った男であり、人の身でありながら外道に身を堕とした生粋の人斬りである。
互いに知り合いと呼べる両者ではあるが、その反応は対照的であった。
不意にかけられた声に驚きを隠せず、警戒心も露わに十臓と対峙する流ノ介。
ごく自然体のまま、なんら気負うことなく流ノ介を見据える十臓。
夜闇がもたらす静寂な雰囲気とは裏腹に、辺りには剣呑な空気が立ち込めはじめる。
本来なら涼しいはずの夜風すら、殺気という名の熱にあてられたのか……どこか生暖かく、肌に纏わりつくかのように淀んでいた。
一触即発。
この場に第3者がいたならば、例外なくその言葉を思い浮かべただろう。
それもそのはず。突然殺し合いに巻き込まれ、このホテルで出会った2人の男達は……本来ならば、敵同士であるのだから。
特に流ノ介にしてみれば、この人斬りは外道衆――人の世の平和を壊す、流ノ介達の敵――であり、それを差し引いてなお、絶対に倒さなければならない相手であるのだ。
その理由としては、この十臓が志葉丈瑠――流ノ介が殿と仰ぐ男に対し、並々ならぬ執着を抱いていることがあげられる。
あえて考えるまでもないのだ。
ここがどこで何が起こっていようとも、十臓という剣士が望むのは宿敵と見定めた丈瑠との戦いだけであるのはわかりきっていた。
当然、主君に危機をもたらすだろうこの存在を、侍たる青年に許容できるわけがない。
「十臓……お前はこの状況下でも、殿との戦いにこだわるつもりなのか?」
それは質問であって質問でない。
流ノ介はすでに答えを確信しており、本来ならあえて尋ねる必要などないのだ。
例えるならそれは、単なるきっかけにすぎない。
十臓の返答……それはそのまま2人の戦いの狼煙となるのだ。
しかし十臓にしてみれば、流ノ介など路肩の石ころ同然の存在。
その腕前の高さは知っていたが、本気で斬り合いたいと思えるほどの興味は惹かれていなかった。
ゆえに、自身に向けられた殺気すらも柳のごとく受け流し、変わらぬ自然体で答える。
ただし、その内容は流ノ介の予想をいささか外れたものであったが。
「そう心配するな。少なくとも今すぐには、シンケンレッドと戦うつもりはない」
「……どういう意味だ?」
わずかな含み。
一瞬の沈黙を挟んだ後、人斬りは簡潔に理由を述べた。
「裏正がない」
「なに?」
「この殺し合いを企画した連中に取り上げられたようだが……その反応を見る限り、お前の支給品には紛れてはいないようだな」
一方的に告げるやいなや、十臓はその身を翻す。
お前には用はないと、迷いなき背中が、足取りが語っていた。
「待て。お前をこのまま行かせるわけにはいかない」
躊躇なく、侍はその歩みを引き留める。
――刀――
空間に光の文字が描かれたと思った刹那、流ノ介の手の中には一振りの刃が握られていた。
〝刀〟のモヂカラにより生み出されたそれこそがシンケンマル。現代を生きる侍、シンケンジャーの相棒たる武器である。
「それで、どうするというのだ?」
「殿の元にたどり着く前に……私が斬る」
「できるのか? お前に?」
不敵に笑みに対する返答は、容赦なき上段からの一撃。
「ふ……裏正がなければ勝てるとでも思ったか?」
だがそれは、変わらぬ笑みを浮かべたままの十臓に容易く受け止められる。
昇竜抜山刀。
十臓がデイパックの中より引きぬいたのは、外道衆の総大将
血祭ドウコクの愛用する大刀であった。
「……その剣は!」
予想もしなかった得物の存在に、流ノ介の顔にわずかに驚愕の色が浮かぶ。
十臓は、その一瞬の隙を見逃さず即座に反撃に転じた。
瞬く間に繰り出される三度の斬撃、その全てが的確に急所を狙ったものである。
苛烈。ただそう形容するしかないほど十臓の攻めは激しいものであったが、流ノ介とてただでやられはしない。
そもそも、流ノ介と十臓の力量に差があるのは事実だが、その差は決して大きなものではないのだ。
十臓が宿敵と定めた志葉丈瑠……その丈瑠と流ノ介を比べた場合、実戦においては丈瑠が勝るのは事実ではあるが、剣の技量だけを比べれば流ノ介は決して引けをとっていない。
くわえて、今の十臓の得物が本来のそれでないことを考えれば……これを流ノ介が防ぎきるのは道理。
しかし、流麗な踏み込みから繰り出される流ノ介の鋭い反撃もまた、相手を捉えるにはいたらず。
まるでそよ風でも受けたかのように涼しげに笑い、十臓はたやすくそれを受け流す。
射ぬくような闘志を込めた侍の瞳。
斬り合いによる愉悦のみをたたえた人斬りの瞳。
それらが交錯し、すれ違う。
一度距離を取った両雄は、しばし呼気を整える。
5秒……10秒……30秒……。
先に動いたのは、流ノ介。
されど、それは攻撃のためではなく――
「一筆奏上!」
右手のショドウフォンが虚空に〝水〟の文字を描き、そのモヂカラを受けて青き鎧の侍戦士が姿を現す。
その名は、シンケンブルー。
対する十臓も、それを受け己が姿を外道のそれへと変える。
一瞬、どこからともなく生じた炎が人斬りの身を包んだと思った次の瞬間には、そこには白き甲冑の異形が立っていた。
「……シンケンレッドとの戦いにまで水を差されてはたまらんのでな」
――本気で行かせてもらうと。
一際濃密に、シンケンブルーの身体にまとわりつくようになった殺気がそう語っていた。
そこからの攻防の激しさは、先の比ではない。
侍戦士と人斬り。
互いに人智を超えた力を身に宿し、ただ目の前の相手を打ち倒さんとひたすらに刃を振るう。
一合ごと。
ぶつかり、爆ぜる殺気は渦を巻き、この2人以外は世界のどこにも存在しないような……そんな風にすら思える、閉じられた空間すら作り出す。
「はあっ!」
シンケンマルが空を薙ぎ。
「ぬん!」
昇竜抜山刀が大地を砕く。
互いに繰り出した技の応酬はゆうに100を超え――最後に待っていたのは、当然の結末。
強きが弱きを喰らうという、ごく当たり前の結果であった。
すなわち、腑破十臓の勝利である。
「ぐわあああ!」
左脇腹を深く切り裂かれ、吹き飛び、大地に転がるシンケンブルー。
その衝撃により、変身すら強制的に解除されてしまう。
確かに、技量において両者に大きな差はなかった。
そして、十臓の得物は本来のパートナーたる裏正ではない。
この点においては、常と同じくシンケンマルを振るっていた流ノ介に分があったのは間違いないだろう。
だが、得物の差を差し引いてなお、十臓と流ノ介の間には埋められぬモノがあったのだ。
それはそのまま、丈瑠と流ノ介の差であるとも言えた。
……明暗を分けたのは、圧倒的な実戦経験の差。
ぎりぎりまで他のシンケンジャーの招集を拒み続け、ただ1人で外道衆と戦い続けた
志葉丈瑠。
200年以上の永きにわたり、ひたすら人を斬り続けてきた腑破十臓。
幼少よりも鍛錬を積みながらも、実際に戦場にでたのはここ1年以内でしかない池波流ノ介。
どんなに努力を重ねようと、埋められぬ溝が最初から存在していたのだ。
ゆえに流ノ介の判断は、丈瑠や十臓と比べその1つ1つがほんの刹那遅く、ほんのわずか的確ではない。
ミスとも呼べないような微細な誤差の積み重ねがしかし、結果として若き侍の敗北を招いたのである。
「……クッ!」
決壊した堤防のように、とどまることなく鮮血が溢れ続ける脇腹を抑え、どうにか態勢を立て直そうとする流ノ介。
しかし、すでに決着はついている。
なによりそれを物語っていたのは十臓の姿。人斬りはすでに、外道より人の姿に戻っていた。
それは油断でも慢心でもなく……ただ、戦いの決着を見極めたがゆえの行動であった。
にじり寄る十臓。
動けぬ流ノ介に、まさにとどめが刺されようとしたその瞬間――
「だめええええええ!」
『Divine Buster』
少女の叫びともに、天より桃色の極光が降り注いだ。
「ぬっ!」
その光の一撃は、咄嗟に退いた十臓を身体をかすめ、森の中へと着弾。
吹き荒れる閃光と爆風に木々が悲鳴を上げ、こぼれた涙は落ち葉となって周囲に舞い落ちる。
「お、女の子?」
咄嗟に〝砲撃〟が来た方向を……天を仰いだ流ノ介の瞳がとらえたのは、まさに我が目を疑う光景。
思わず、自身の危機的状況すら忘れたかのような間抜けな声すら漏らしてしまうが、それも無理はない。
この殺し合いの場にはおよそ似つかわしくない、かわいらしい白い洋服に身を包み、しかしその手には明らかに武器と思われる大きな杖。
そんな珍妙な恰好をした、10歳くらいの女の子が空に浮いていたのだから。
「…………」
声こそあげはしなかったものの、驚愕は十臓も同じ……否、驚愕したからこそ言葉を失ったのか。
彼とてここが殺し合いの舞台であることは理解しており、流ノ介との戦いの最中も周囲からの乱入者に対する警戒は怠っていなかった。
だからこそ、半ば不意打ちであった先の一撃も問題なくかわすことができたのだ。
しかしである。まさかである。
空を飛んできた女の子が躊躇なく砲撃をぶちかましてくるとは、この人斬りにも予想外であったのだ。
「私の……私の話を聞いてください!」
偶然生まれた沈黙を活かし、少女――
高町なのはが口を開く。
その瞳には、確かに恐怖の色があった。だがそれ以上に、強い決意の色を宿していた。
なのはは、つい先ほどまで殺し合いを演じていた男達を前にしてもいっこうに怯む様子を見せず、それどころか今も刀を握りしめたままである2人の間に舞い降りる。
内に抱えた恐れを微塵もうかがわせず、羽のようにかろやかに、そして力強く。
「突然こんな首輪をつけられて、実際に3人の人達が殺されて……不安になる気持ちはわかります。正直に言えば、私も不安です」
『Mode Release』
その手に握られていた杖――レイジングハート・エクセリオンが消失。
バリアジャケットこそ維持したままであるが、それは実質的な武装解除であった。
「だけど、こんなのは間違ってます! あの加頭って人の言いなりになって殺し合いをしたって、きっと何も解決しません! でも、みんなで協力して方法を考えれば何か――」
どこか悲痛にすら聞こえる少女の訴えは――
「勘違いしているようだが……俺は殺し合いに乗ったつもりはない」
人斬りの言葉によって、ばっさりと切り捨てられる。
「……え?」
「ただ、その男が邪魔になったのでな。斬ることにしたまでだ」
そしてなのはに向けられた殺気が、邪魔をするならお前も斬ると告げていた。
もとより、腑破十臓の願いはただ1つであった。
『強い者と骨の髄まで斬り合うこと』……ただそれのみである。
その目的を邪魔するゆえ、池波流ノ介を斬ることにこそしたが、彼は殺し合いというゲーム自体にはさほど興味はなかった。
もちろん、丈瑠以外にも目に適う強者が存在するならば、結果的にその者とも斬り合う可能性もありはしたが……あえて弱き者、興味を惹かれぬ者を斬って、無駄な体力を使うつもりはなかったのだ。
「君の言っていることは正しい。私も同じ意見だ……しかし、今はこの場だけは、退くわけにはいかない。殿のため、何より1人でも多くの人を救うため、その男だけはここで斬る」
若き侍もまた、なのはの言葉に否を返す。
もっとも彼の場合、自ら口にした通りなのはの考えには賛同を憶えていた。
むしろ、殺し合いを止め多くの人を救うことを目指すという点では、共に同じ目的を持っていると言っても過言ではない。
仮に出会ったのが今この時でなければ、流ノ介となのははあっさりと協力関係を結べていたことだろう。
ただ、2人の出会いは、あまりにもタイミングが悪すぎたのだ。
池波流ノ介は、すでに結論していた。
勝てる勝てないの問題ではない……この男、腑破十臓は、命をかけてでも絶対にここで倒す必要があると。
なぜならば、この孤島には外道衆の総大将血祭ドウコクもいるのだ。
あの加頭という男が、あれほどの化物をどうやって連れてきたのかはわからない。1つ確かなのは、もはやドウコクとの対決は避けられないということだけ。
そしてその戦いには、丈瑠の、〝志葉家の当主だけが使える〟封印の文字が必ず必要になるのだ……この殺し合いに巻き込まれる直前、ついに刃を交えるに至ったドウコクの圧倒的な力を前にして、流ノ介はそう思わざるを得なかったのだ。
無論、封印の文字が未完成であるのは百も承知。むしろ、未完成であるからこそ、丈瑠に余分な負担をかけるわけにはいかないとすら考えていた。
――ゆえに、その障害となるものは自分が斬る。
ドウコクという最大最悪の危険因子を取り除けぬ限り、この殺し合いに巻き込まれた人々に未来はないのだから。
「何を……言って?」
高町なのはには、この男達のことが理解できなかった。
彼らの事情を知らないがゆえ、到底仕方のないことであるが。
しかし、だからといってなのはの行動には迷いはない。
事情はわからない。当然理解もできない――しかし、絶対に殺し合いなど間違っている。
ゆえに、止めてみせる。自分が友より授かった魔法の力……それはきっと、ほんのわずかでも悲しみを減らすために存在しているはずなのだから。
少女もまた、すでに覚悟を固めていたのだ。
池波流ノ介、腑破十臓……そして、高町なのは。
それぞれの思惑を胸に、3人は対峙する。
今、戦いの狼煙が上がろうとしていた。
【1日目/未明 B-7/ホテル前】
【池波流ノ介@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:左脇腹に重度の裂傷、体力消費(大)、モヂカラ消費(小)
[装備]:ショドウフォン@侍戦隊シンケンジャー、シンケンマル@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:血祭ドウコクの撃破および、殺し合いの阻止
1:十臓を倒す
2:丈瑠の封印の文字を用いてドウコクを倒す
3:2のため、丈瑠に極力負担をかけないよう障害は自分の手で取り除く
[備考]
※参戦時期は、第四十幕『
御大将出陣』から第四十四幕『志葉家十八代目当主』までの間です。
丈瑠が志葉家当主の影武者であることは知りません。
※ドウコクの撃破を目指すのは、単純に避けられない戦いであることにくわえ、他の参加者の安全確保のためという意味合いが強いです。
殺し合いの阻止よりも、ドウコク撃破を優先しているというわけではありません。
【腑破十臓@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:健康、体力消費(小)
[装備]:昇竜抜山刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考]
基本:強い者と骨の髄まで斬り合う
1:流ノ介を斬る。邪魔をするならなのはも斬る
2:裏正を探す
3:2を達成した後、丈瑠と心行くまで斬り合う
4:他にも興味を惹かれる強者が存在するなら、その者とも斬り合う
[備考]
※参戦時期は、第九幕『虎反抗期』以降、丈瑠を標的と定めた後です。
※流ノ介を斬るのは、丈瑠との戦いを邪魔してくるのが明らかなためです。
※他の参加者の支給品に裏正が紛れていると考えています。
【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:レイジングハートエクセリオン(待機状態)、バリアジャケット
[道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いを止め、皆で助かる方法を探す
1:まずは目の前の2人、流ノ介と十臓の殺し合いを止める
[備考]
※参戦時期はA's4話以降、デバイスにカートリッジシステムが搭載された後です。
※なのはの砲撃は非常に目立つため、周辺エリアからも観測できた可能性が高いです。
時系列順で読む
投下順で読む
最終更新:2013年03月14日 22:11