答えが、まったくわからない(前編) ◆LuuKRM2PEg





 あたしはずっと昔、誰よりも正直で誰よりも優しかった親父の事を憧れていた。
 あの人は世の中が良くならないのをいつも悲しんでいて、泣いてばかり。それでも親父は決して諦めないで、世界が少しでも良くなるように正しい道を歩き続けた。
 でもそんな親父の正しい話を誰も全く聞いてくれない。それどころか、邪魔者扱いすらしていた。
 あたしはそれが我慢できなかった。どうしてみんな、正しい事をしている親父の事を受け入れてくれないのか。親父は何か間違った事をしていたのか?


 そんな時だった。キュウべぇがあたしの前に現れて、どんな願いを叶えてくれるっていう契約を求めたのは。
 その時のあたしはとんでもない馬鹿で、裏に隠れている罠に気付かないで迷わず首を縦に振って魔法少女という名のゾンビになった。最初は親父の話を聞いてくれる人が増えて大喜びして、その裏であたしは人々を苦しめる魔女を倒す正義の味方を気取っていた。
 それからすぐにマミと出会う。マミはあたしよりも魔法少女としての経験が長くて、一緒に魔女と戦いながら色んな事を教えてくれた。
 一緒に戦ってくれる先輩がいてくれた事で、その時の心の底から喜んでいた。だけど、からくりはすぐにばれてしまう。
 契約の事が知られたきっかけはもう覚えてない。ただ、切れた親父はあたしを罵倒し、何もかもに絶望して酒に溺れた事だけは鮮明に記憶に残っていた。しかも、挙げ句の果てにはあたしだけを一人を残して無理心中を起こした。


 みんなあたしのせいだ。あたしが願ったせいで、みんなの幸せを壊してしまった。だからあたしはもう、この力をあたしの為だけに使うって決めてマミとも別れた。
 そして、生きる為に数え切れないほどの盗みを行った。親父の事を分かろうとしなかった奴らを見殺しにして、魔女の餌にした。まあ、不可抗力で助かった奴もいたみたいだけど……正直、あたしにとってはどうでもよかった。
 あとやった事と言えば、ずっと前のあたしみたいに正義の味方を気取る魔法少女を叩きのめした位。これも全てあたしの意志でやったはずなのに、あたしの心はちっとも晴れてこない。
 この世界の法則は、強い者が弱い者をひたすら潰す弱肉強食の仕組みで出来ている。だからあたしは生きる為にとことん強い者の立場にいるつもりだった。だからこの殺し合いでも、周りの奴らを利用してあたしは優勝する。例えその途中で死ぬ事になっても、そうなったら自業自得として運命を受け入れるしかない。
 今までそうして生きてきたし、これからもそうやって生きていくつもりだ。それなのに、この心が晴れた事は一度だってない。一人で生きていくと決めた日から、いつだって心のどこかで変なモヤモヤを抱えていた。


 何でだろうな……本当、あたしでも何でスッキリしないのか全然わからない。まあ、ウジウジと考えるのはあたしの性に合わないし、とことんまで戦うしかなかった。
 この蟠りの正体が掴めないままだとしても。




 分かり切っていたが、目の前の怪人は強すぎた。全身から放たれる威圧感は凄まじく、当たっているだけで全身の毛孔から汗が滲み出ていく。
 しかし佐倉杏子は雑念を振り払いながら高く跳躍し、迫りくる矢を回避。背後から響く爆音がピリピリと大気を震撼させるが、それに構わず突き進んだ。
 後ろから吹きつけてくる衝撃を追い風にして一瞬で怪人の脇に潜り込み、両手に持つ槍を振るう。槍の先端は右手に激突し、鈍い音を鳴らしながらボウガンを叩き落した。
 そこからもう一度振るおうとするが、すぐに止めて回避行動を選ぶ。怪人は反対側の腕を振り上げるのを見て、杏子は背後に飛んだ。しかしそれで怪人の攻撃が止まる事はなく、反対側の拳が振り下ろされていく。

「チェーンバインド!」

 鋼すらもあっさりと砕きかねないその一撃は杏子の頭を潰そうと迫るが、その瞬間にユーノ・スクライアの叫び声が聞こえた。その刹那、怪人の全身に勢いよく鎖が絡みついて、動きを止めた。

「でかした、ユーノ!」

 杏子はユーノにそう叫びながら、お返しとばかりに槍を振るう。
 何重にも絡みついた魔法の鎖によって拘束された怪人に回避行動など取れるわけがなく、容赦なく叩き付ける事に成功した。それによって凄まじい衝突音が響くも、怪人の巨体は僅かに揺れるだけだった。恐らく、ダメージもそこまで深くないだろう。

(畜生……やっぱりこれくらいじゃ、駄目か)

 先の戦いからわかりきっていたが、やはりこの怪人はちょっとやそっとの攻撃では傷を付けられない。やはりでかい必殺技を放たなければ意味はないだろうが、同じやり方がそう簡単に通じる相手とも思えなかった。

「フンッ!」

 その予想通り、怪人はユーノの鎖を呆気なく引きちぎっている。それを目にした杏子は攻撃が来ると本能で察して、反射的に後ろへ飛んだ。

「下がってろ、杏子!」

 怪人と睨み合う中、杏子の耳に仮面ライダーWへと変身した左翔太郎の叫びが聞こえる。その直後、視界の外から赤と銀に染まったWがその背丈程の長さを持つ棍を握りながら、怪人に飛びかかっていった。
 しかし怪人はそれを片腕だけで受け止める。ガキン、と耳障りな金属音が響いた瞬間に怪人は棍を振り払うが、体制を崩す前にWも後退。それでも怪人の拳は尚も迫るが、Wは上手く回避をしながら棍を振るい続けた。
 無論、これはただの牽制でしかない。先程から何度も攻撃してもまともなダメージにはなっておらず、それどころか身体に傷すら付いていなかった。どういう訳かは知らないが、そんな相手を前に戦いを長引かせても負けるだけ。
 そう思いながら杏子は、こちらの勝利の鍵を握るであろうフェイト・テスタロッサの方に振り向いた。

「アルカス・クルタス・エイギアス――」

 先程も紡いだ言葉と同時に、彼女の周りに雷の球が浮かび上がっていく。それも一つだけでなく、二つ三つと次々に増えていった。

「ザルエル・ブラウゼル――フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 続くフェイトの言葉と同時に、光球はほんの一瞬で三八個にまで増えていく。
 これが戦いの中で四人が立てた策だった。今回は数の有利を利用して、杏子とWとユーノの三人は怪人の気を引きつけて、その間にフェイトは必殺の魔法を用意する。たったそれだけの単純な作戦だが、効果は大きい。
 無論、向こうもそれを黙って棒立ちしているだけでなく、いつの間にか取り戻したボウガンの銃口をフェイトに向けている。

「ガゲスバ!」

 怪人は一度食らっている以上、こうして生きているとはいえその恐ろしさを経験している相手だ。やはり、一番の脅威であるフェイトを潰しにかかるのは当然かもしれない。

「させるか!」
『METAL MIXIMUM DRIVE』

 怪人を食い止める為に飛びかかろうとした杏子の耳に、屈強な男が発しそうな野太い電子音声が響く。
 それに驚いて思わず足を止めた杏子は、Wの持つ棍の両端から凄まじい程の炎が噴き出すのを見た。Wはそれをブンブンと音を鳴らして力強く振り回しながら、怪人に向かって走り出していく。

「「メタルブランディング!」」
「ムッ!?」

 Wに変身している翔太郎と、翔太郎の相棒であるフィリップという男の言葉が重なる。杏子は詳しい事情を知らないが、どうやらフィリップはこの殺し合いを開いた連中に囚われの身となっているらしい。そんな事をしている主催者がWの変身に必要なフィリップの力を使わせる理由は分からないが、今はどうでもよかった。
 怪人はボウガンの標的をWに変えて引き金を引く。轟音と共に風で出来た矢は勢いよく放たれるが、Wは横に飛ぶ事でそれを軽々と避ける。それだけで彼らが相当の修羅場を乗り越えているのだと分かった頃には、既に怪人の目前に到達していた。

「はああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「グゥ……ッ!」

 そして翔太郎の叫び声が発せられると同時に、Wは灼熱を帯びた棍を勢いよく振るう。耳障りな衝突音が周囲に響いて、その音源である怪人は呻き声を漏らしながら微かに後退していく。
 棍に纏われた全ての炎は怪人に燃え移るがWはそれに気を止める様子を見せず、フェイトに振り向いた。

「フェイト、今だ! でかいのを叩き込め!」

 数時間前に杏子が言ったのとよく似ている叫びを発するWは、怪人とは逆方向に走り出す。それに頷くフェイトの周りでは、三八個の光球がバリバリと凄まじい音を鳴らしながら輝いていた。

「ファイアーッ!」

 そしてWが射程圏外にまで逃れたのを見計らったフェイトの号令と共に、槍の形へと変わった全ての光は一斉に発射される。それはまるで死刑囚を裁くギロチンのようだった。
 エリアのほとんどを巻き込む程の威力を持つ魔法は、まさに閃光の如く怪人を貫きながらその光で辺りを照らしていく。数秒ほど輝きが薄い闇に包まれたエリアを照らした後、戦場の爆撃音以上に凄まじい轟音が響き渡った。
 二度目のファランクスシフトによって大地は揺れていき、ほんの一瞬だけ太陽にも匹敵する輝きが辺りを飲み込んでいった。




 フェイトの放ったフォトンランサーファランクスシフトが炸裂した事により、炎が勢いよく燃え上がっていく。前に【I―5】エリアの森林を容赦なく飲み込んだ時のように。
 地獄のような炎に巻き込まれれば、どんな生物だろうと一瞬で灰も残らず消えてしまう。普通ならば、誰だってそう思うはずだ。
 しかし熱気を浴びる杏子は、決して気を緩める事はできなかった。

「嘘、だよな……」

 彼女の口から出てきたのは、そんな言葉だけだった。
 あの戦いのように、牛のような巨大な化け物がまた出てきたわけではない。それとは違う原因で、彼女はこの状況を信じるのを拒んでいた。
 何と、灼熱の中を掻き分けるようにあの怪人がゆっくりと歩を進めながら、その姿を現したのだ。

「その程度、か」

 その巨体から放たれる圧倒的な威圧感を保ちながら、ゆっくりと口を開く。さっきとは違ってWの必殺技も受けているのに、ダメージがまるで感じられなかった。

「マキシマムドライブの上にあんな凄ぇ魔法を受けて、まだ動けるのか……!?」

 怪人が近づいてくる中、Wも同じように驚愕の言葉を漏らしている。きっと仮面の下では翔太郎も表情が歪んでいるに違いない。

「まさか……奴に電気は通用しないのか!?」

 そしてWの左目が輝きながら、フィリップの声が耳に響く。

「おいフィリップ、それはどういう事だ!?」
「詳しい原理は分からないが、恐らくあの怪人に電気の特性を持つ攻撃は通用しない! でなければ、あれだけの破壊力を持つフェイト・テスタロッサの魔法を受けても立ち上がれるなんて考えられないからだ!」
「何だと……!?」
「マジかよ……!」

 仮面から聞こえてくるフィリップの推測に驚いたのは翔太郎だけでなく、杏子も同じだった。生きる為に必死に考え、この身に穴を開けてまでやった策だったが、それは全くの無意味だった事になる。
 ふとフェイトの方を一瞥すると、あれだけの魔法を使った反動で息を切らしていた。しかも彼女の十八番と思われる電気が通用しないのがショックだったのか、今にも倒れそうに見える。

「そんな……ッ!」
「フェイト、しっかりして!」

 しかしそんなフェイトが倒れそうになった途端、ユーノがその小さな身体を支えた。それから問いかけてくるユーノにフェイトは「大丈夫」と答えるが、どう見たって痩せ我慢にしか思えない。
 それが見てられなかったのか、ユーノは回復魔法を使ってフェイトの疲れを癒した。

「おい杏子、ここは俺が引き受ける! その間にお前は二人を──」
「逃げられると思ったか?」

 一方でWは叫ぶが、怪人の冷酷な呟きによってあっさりと遮られる。
 その刹那、地面が揺れる轟音が聞こえて杏子の本能が警鐘を鳴らす。咄嗟に前を振り向くと、あの怪人が凄まじい勢いで突貫してくるのが見えた。





 今この場で繰り広げられているのは戦いなどではなく、ただの一方的な蹂躙でしかなかった。闘争を求める一人の怪人が、異世界に存在するリント達をひたすら嬲っている。
 無論、四人のリントもただでやられるわけにはいかず、必死に抵抗を続けた。Wはガイアメモリの力から生まれる武器を手に戦い、杏子とフェイトは使い慣れた得物をひたすら振るって、ユーノはそんな三人を必死にサポートしている。しかしそれでも、誰一人として怪人に決定打を与えられなかった。

「ちくしょう!」

 そして杏子は今も渾身の力を込めて槍を振るうが、怪人はあっさりとそれを避ける。それに構わず連続して振りかぶるも、どれも怪人は呆気なく回避した。
 これまで何体もの使い魔や魔女を屠ってきた一撃だが、怪人にとっては何の脅威にもならない……そう思った途端、見下されてるような気がして怒りを感じるも、彼女は堪える。下手に突っ込んで返り討ちにされるのは嫌だった。
 反撃のように振るわれる怪人の拳を避けながら、杏子は一旦背後に下がる。彼女の意識は、巨体に刻まれている傷口に集中していた。
 それは二度に渡る戦いによって生まれたと思われる傷。いくら屈強な体躯とはいえ、ほんの僅かにせよダメージとなっているのだ。そこを一点集中すれば、もしかしたら勝機があるかもしれない。
 ようやく活路を見出した杏子は、傷口を目がけて素早く槍を突き出す。その先端が肉体に届くと彼女は確信した。
 だが次の瞬間、怪人は杏子の突きを呆気なく受け止めていた。

「何……!?」
「ハアッ!」

 そのまま怪人は杏子の身体ごと槍を頭上にまで持ち上げて、勢いよく地面に叩き付ける。衝撃によって激痛が全身を蹂躙し、思わず槍を手放してしまった。
 それでも怪人の進撃が止まることはない。何とか立ち上がろうと動く杏子の脇腹を、怪人は蹴りつけてきたのだ。

「――ッ!」

 肺に溜まった酸素と共に、声にすらならない悲鳴が杏子の口から無理矢理吐き出される。彼女の華奢な身体はまたしても宙を漂い、重力によって地面に落下した。

「杏子! 大丈夫か──」

 Wの声がするが、それは次の瞬間に聞こえてきた鈍い打撃音によって掻き消される。
 節々に痛みが走る身体が熱くなっていくのを感じる中、杏子は顔を上げた。見ると、こちらが吹き飛んでいた僅かな間に怪人はターゲットを他の三人に切り替えたらしい。その証拠として、怪人に殴られたのかWは地面に倒れていた。しかし自分に活を入れながら、すぐに立ち上がる。
 しかし怪人はそんなWに目を向けずに、あのボウガンの先をユーノに向けていた。

「おい、ユーノ! 避けろ!」

 魔法で新しく作り出した槍を支えにして立ち上がった杏子は思わず叫ぶが、その瞬間に銃声が鳴り響く。
 発射された矢はユーノの命を奪うと杏子は思ったが、次の瞬間にはその小さな身体が突如として消えてしまった。それによって標的を失ったボウガンの矢は地面に衝突し、盛大な爆発を起こるだけに終わる。
 一体何が起こったのかと杏子が思う暇もなく、少し離れた位置でフェイトがユーノを抱えているのを見た。

「フェイト……?」
「大丈夫、ユーノ!?」
「……うん、大丈夫だよ! ありがとう!」

 ユーノは一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、すぐに笑顔になった。この状況を考えていないのかと思わず言いそうになったが、笑うだけの余裕があるならまだ期待できるかもしれない。
 しかし、だからといってそれが勝利に繋がるとは思えなかった。体調が整って人数も先程より増えて有利になったと思っていたが、実際は逆。それどころか、いつ負けたっておかしくなかった。
 仮にここで三人を囮にして逃げたとしてもこの傷ではまともに動ける訳がないし、すぐ殺されるに決まってる。例え逃げ切ったとしたとしても、その直後に別の敵と遭遇したら終わりだ。
 生き残りたいのなら戦うしかない。単純だがあまりにも困難な道しか、杏子には残されていなかった。

(あたし達はジリ貧で、あの怪物は余裕ありまくりかよ……)

 ユーノを抱えたフェイトを目がけて怪人が矢を放ち続けているのを見た杏子は、心の中で舌打ちする。フェイトはその凄まじい機動力で怪人の攻撃を避け続けているが、ユーノがいる以上いつ撃たれてもおかしくない。そして心なしか、一発撃つ度に怪人の動きが素早くなっているように見えた。

「野郎、させるか!」

 サイクロンジョーカーに戻ったWは二人を守ろうと怪人に殴りかかるが、当然のことながらあっさりと殴り返されてしまう。ふらつきながらも何とか体勢を立て直して拳を振るい続けるが、結果は同じだった。
 その繰り返しを見て、杏子は槍を握りながら怪人を睨み付ける。一瞬でもいいから、彼女は隙が出来るのを待っていた。

(まともに戦ったって勝てるわけがねえ……一か八かやってみるか)

 杏子の狙いは怪人ではなく、銀色の輝きを放つ首輪。参加者全員に巻かれたそれが爆発すれば、どんな奴でも一撃で死ぬと加頭順は言っていた。ならばそれを破壊さえすれば、いくらあの怪人だろうと一溜まりもない。
 奴を倒すなら、もうこれ以外に方法がなかった。

(一瞬だ。一瞬だけでもいい……)

 怪人の攻撃を避けながらWはハイキックを叩き込むが、肝心の相手は全く揺るがない。ユーノに回復されたフェイトもバルディッシュで怪人の皮膚に傷を刻んでいくが、結果はWと同じ。
 そこから怪人はWに拳を振るうが、すぐに空振りで終わる。ユーノの時のようにフェイトがWを抱えて距離を取ったからだ。それを見て、チャンスが出来たと確信した杏子は瞠目する。

(今だ!)

 そして両足で地面を蹴って疾走しながら、彼女は槍を構えた。
 このまま小技を続けたとしても消耗するだけだから、この一撃に全てを賭ける! 確実に距離が縮んでいく中、渾身の力を込めて杏子は握り締めた槍で一直線の突きを放った。
 深紅の煌めきを放つ刃と首輪という名の死神の鎌。それらの距離が確実に縮んでいくのを見て、勝利の二文字が杏子の脳裏に浮かび上がった。
 だが。

「通ると思ったか?」

 槍が首輪を貫くまであと一歩だと思った直後に聞こえてきたのは、そんな冷酷な言葉。
 その刹那、杏子の腹部に凄まじい衝撃が走る。殴られたと彼女が思った頃には、彼女の身体は既に地面を転がっていた。

「ぐ、あ……っ!」

 ようやく回転が止まったが、彼女はすぐに立ち上がる事が出来ずに呻き声を漏らしている。ゾンビに近い魔法少女の肉体だが、痛覚が完全に消えたわけではなかった。
 それでも必死にあがくが、そんな彼女の意志などお構いなしに怪人は迫り来る。

「ボセゼ、ゴパシザ……」

 何を言っているのか相変わらず分からないが、それが死の宣告である事は本能が察していた。
 思わず歯軋りをする杏子は、怪人の腹部から電流が音を立てて流れるのを見る。その直後、全身が金色に染まった怪人は走り出した。一歩進むごとに、その足から電流が地面に流れていく。
 そして助走を付けた怪人は高く跳躍して両足を杏子に向けながら、その巨体はドリルのように高速回転を始めた。夥しい程の電流が流れる巨体を見て、杏子は身体を動かそうとするがあまりにも遅い。
 そうしている間にも、回転する怪人の蹴りは確実に迫っていた。

(もしかして、あたしはここで終わりなのか……?)

 ユーノとフェイトの声が聞こえる中、彼女はそんな事を考える。
 自分はここで死ぬ。このまま何も出来ずに、何の願いも叶えられないまま終わる。この勢いではフェイトのスピードでも間に合わないし、ユーノの鎖でも止められるわけがない。
 つまり、喰われる側の弱者として死んでしまうのだ。

(……もしかしたら、これも自業自得なのかな。だったら、しょうがないか)

 しかしそう思った瞬間、杏子が常日頃信条としている四字熟語が頭の中に浮かび上がる。こうして負けるのも、所詮は見極めを誤った自分の責任なのだ。最初から逃げれば良かったのに、こうして馬鹿正直に戦ったのが間違いだった。冷静に考えてみれば、例え首輪に攻撃が当たったとしてもフェイトの魔法を二回も受けて何とも無かったから、意味はないだろう。
 でも、そんな事をいくら考えたってもう遅いしどうにもならない。

(一度くらい幸せな夢って奴を見てみたかったけど……まあいいや、ここで終わるみたいだし。それにこのまま待っていればみんなにも会えるかも)

 自分が魔法少女になったせいで壊してしまった家族と会える。もしも向こうでみんなに会えたら、なんて謝ればいいのか? こんな堕落した自分を見たら、親父はなんて言って怒鳴るか? そもそも、みんなと同じ所に逝けるのか?
 様々な考えが頭の中を駆け巡っていって、杏子は身体が楽になっていくのを感じる。これまで全身を支配していた痛みも、まるで嘘のように消え去っていた。

「杏子ッ!」

 徐々に意識がぼんやりとしていく中、怪人の蹴りが叩き込まれようとしていた杏子の耳はそんなWの声を聞き取る。
 次の瞬間、立ち尽くしていた彼女の身体は勢いよく横に押し込まれていった。

「えっ……?」

 あまりにも予想外だった突然の衝撃によって思わず声を漏らす中、杏子は見る。自分と入れ替わるかのように、Wが迫り来る怪人の射程範囲に入った事を。
 そして、電撃を伴った怪人の蹴りがWを吹き飛ばすまで、それほどの時間はかからなかった。

「兄、ちゃん……?」

 Wに突き飛ばされてからすぐに体勢を立て直した杏子は思わず呟いてしまう。その直後、倒れたWの装甲が崩れ落ちて左翔太郎の生身を晒した。
 それが意味する事は、翔太郎は自分を庇って代わりに攻撃を受けた。ただそれだけ。

「翔太郎さんっ!」

 そんな翔太郎の元にユーノがすぐに駆け寄り、フェイトにもやった回復魔法をかける。ユーノの手が光り輝いていく中、翔太郎は杏子に振り向いた。

「……杏子、無事か?」

 その声はとても掠れていて、聞くだけでも苦しんでいることが簡単に窺うことが出来る。しかしそれでも、彼はしたり顔で笑っていた。

「何、やってるんだよ……?」

 そんな翔太郎に対して杏子が言えるのは、ただそれだけしかない。

「何で……何であたしを助けたんだよ……?」
「俺が、仮面ライダーだからだ……」
「はぁ!?」
「仮面ライダーは、みんなが生きる街を守るヒーローだからだ……」

 翔太郎は震える声で答える。ユーノは「喋らないで!」と制止するが、翔太郎の答えはまだ終わらなかった。

「俺は……いや、俺達は加頭の野郎からみんなを守らなきゃならねえからな……ユーノやフェイト、それに杏子だってそうだ。こんな下らねえ殺し合いで、死んでいいわけがないからな」
「何だよそれ……そんな理由であたしを庇って、兄ちゃんが──!」
「構わねえさ……それでお前を守る事が出来るなら……な」

 そう言い残して杏子の言葉を遮った翔太郎の瞳は閉じていき、ガクリと項垂れた。

「なっ、兄ちゃん!?」
「まだ気を失ってるだけだよ! でも、今すぐにでも安全な場所に連れて行かないと!」

 焦燥に駆られたユーノの言葉通り、あんな攻撃を食らった翔太郎をここから離れされないと危険なのは杏子とて分かる。いくらユーノが回復を続けても、こんな場所にいさせたままではまずい。一刻も早く逃がす必要があった。
 そう思った途端、杏子の中で疑問が芽生える。何故、いつかは切り捨てる男に対してそう思うのか? 何故、翔太郎が倒れただけでこんなに胸騒ぎがするのか?

「キャア!」

 しかしその疑問を掻き消すかのように、フェイトの悲鳴が聞こえる。
 杏子は思わず振り向くと、全身を金色に輝かせるあの怪人の前でフェイトが倒れているのを見た。彼女は何とかしてその小さな身体を起こすも、戦いの疲れが溜まっているのか息切れを起こしている。

「仮面ライダーとやらはこの程度だったとは……下らん」

 一方で怪人はさもつまらなそうに吐き捨てると、杏子は眉を顰めた。
 その声には確かな侮蔑と失望、そして威圧感が含まれている。それだけでもただの弱者を震え上がらせる事が出来そうだった。

「……うるせえよ」

 しかしそんな事など杏子には関係無い。杏子もまた、怪人に張り合うかのようにその瞳に確かな怒りを込めていた。

「傷の舐め合いか、実に下らん」
「ゴチャゴチャうるせえんだよ!」

 憤怒の感情をそのままに杏子は弾丸を上回りかねない勢いで突貫する。一瞬で肉薄した彼女に怪人は拳をぶつけようとするも、体制を低くした事で長髪を掠めるだけに終わった。
 懐に潜り込んだ杏子は怪人を目掛けて槍を薙ぎ払うも、鋭い金属音が響くだけで微塵も揺るがない。それにも構わず得物を振り上げ続けるが、無情にも結果は同じだった。
 それでも杏子は攻撃を避けながら、ただひたすら槍を振るい続けていく。その一撃に正体のわからない怒りを乗せながら。

『仮面ライダーは、みんなが生きる街を守るヒーローだからだ……』

 その翔太郎の言葉が頭の中で反芻していく度に、杏子は怒りを感じていた。
 正義の味方。かつて佐倉杏子も憧れたが、そのせいで家族みんなを壊してしまった。他人の都合を考えもしないで一方的な奇跡を起こしても、それだけの絶望が周囲に広がっていくだけ。だから杏子は魔法少女の力を自分の為だけに使うと誓った。
 だけど、その身を犠牲にして自分を庇った翔太郎を見ていると何故か思い出してしまう。最後に愛と勇気が勝つストーリーにひたすら憧れていた、理想に燃えていた頃の自分を。
 だから杏子の中で怒りが湧き上がっていた。尤も、それが一体誰に向けられた怒りなのかは彼女自身理解できていない。忘れたかった理想を無理矢理思い出させた翔太郎に対してなのか、過去の理想を下らないと切り捨てた怪人なのか、それとも何も変える事が出来ない自分自身に対してなのか。
 苛立ちと共にこの槍を何度も怪人に叩き付けるがまともなダメージにはならず、何よりも湧き上がる怒りの正体が全く分からなかった。

「フンッ!」
「ぐあっ!」

 疑念が広がっていく中、迫り来る怪人の拳を槍の柄で防御しようと構えるが衝撃は凄まじく、その身体が紙屑のように吹き飛ばされてしまう。直撃は避けられたものの、この槍は使い物にならない程に砕け散ってしまった。
 しかしそれならまた作り直せば良いだけ。すぐさま立ち上がった杏子は魔力を集中して新しい槍を生み出そうとするが、その直前にユーノが傍らにやってきた。

「落ち着いて、杏子!」
「何だよユーノ! 邪魔するんじゃ……」
「フィジカルヒール!」

 憤りをぶつけようとしたユーノはその手を杏子に翳す。すると光り輝く手から、エネルギーが湧き上がっていき、痛みが和らいでいくのを感じる。それに伴うかのように、先の戦いで空いた身体の風穴も塞がっていった。
 流石にソウルジェムの濁りばかりはどうしようも無かったが、それでもユーノの回復魔法のおかげで身体が確実に軽くなっている。

「あ……悪い」
「杏子、僕は君を信じるよ。君は翔太郎さんが傷つけられたのを見て、一生懸命戦ったから」
「はぁ?」

 杏子はようやく頭が冷えたものの、いきなりすぎるユーノの言葉で怪訝な表情を浮かべてしまった。

「何を言ってるんだよ、お前」
「よく聞いて、僕は君達を助ける為の策がある。でも、それをやるには君の力も必要だ」
「だから何を言って……」
「お願いだから聞いて!」

 当然の事ながら杏子は疑問をぶつけるも、穏和な印象を持つユーノからは想像できない程に必死さが感じられる声によってすぐ遮られてしまう。それを前に、杏子は反論することをやめてしまった。

「わかったよ……で、何をするつもりだ?」
「君は確か、前の戦いであいつの動きを止めたんだよね。それをもう一度やって欲しいんだ」
「ちょっと待てよ、そこからどうするんだ? あのフェイトのどでかい魔法もあいつには効かないんだぞ」
「そこからは僕に任せて! 大丈夫、君達を絶対に助けてみせるから」

 そう力強く語るユーノの瞳からは絶対の自信が感じられた。まるでこれさえあれば、確実に成功するとでも言いたげのように。
 だがここでそれを疑っても仕方がない。このまま戦ってもどうせ何一つの案も思い浮かばないし、今はユーノに任せるしかないだろう。仮に策が失敗して全滅しても、それならそれで諦めるしかない。

「わかった、あんたの策に乗ってやるよ。どうせこのままやったって、あたしらみんな終わるからな」
「……ありがとう!」

 ユーノは力強い笑みを浮かべるのを見て、彼もまた翔太郎のようなお人好しであると改めて杏子は思う。そして、かつての自分みたいに誰かを守りたいという理想に燃えているのだ。普段なら下らないと嘲笑するかもしれないが、今はどういう訳かそうする気にはなれない。
 だがそんな事を考えても仕方がないと思いながら、杏子はフェイトの横に立った。

「そういう事だ、フェイトも頼むぞ」
「うん!」

 彼女達は互いに顔を向けた直後、左右に分かれながら空高く跳躍した。それを追うように怪人が顔を上げた直後、フェイトはフォトンランサーを放つ。その一撃は硬質感溢れる皮膚に掠り傷を負わせただけだが、電気が効かない以上仕方がない。
 そして杏子は急降下しながら、フェイトが負わせた傷を抉るように運動エネルギーを利用した一撃を放つ。すると、流石に疲労困憊となっていたのか怪人は微かに後退った。

「今だ!」
「チェーンバインド!」
「ライトニングバインド!」

 その絶好の機会を逃すまいと杏子が長槍を振るうと同時に、ユーノとフェイトも詠唱する。すると、杏子が生み出した無数の槍が怪人の肉体を雁字搦めにして、その上から更にバインド魔法が連続で絡みついた。
 それはあまりにも強力すぎて最早拘束とは呼べず、圧殺する為の行為に似ている。しかしそれでも、怪人はまだ生きていてその怪力で引き千切ろうとしていた。
 あまり考えたくはないが、このままではいつ脱出されてもおかしくない。だから次はどうするのかを聞こうと思って、杏子はユーノに振り向いた。

「おい、ユーノ――」
「杏子、ここは僕が引き受けるから君は翔太郎さんとフェイトを連れて逃げて」

 しかし続くようにユーノの口から出てきたのは、予想を大きく外れた言葉だった。そんな返事を前に杏子とフェイトは呆気に取られる中、彼は続ける。

「このままじゃ、あいつはすぐに僕達の拘束を破ってもおかしくない……だから君達には行って欲しいんだ。翔太郎さんを助けて、この殺し合いを打ち破る仲間を集める為にも」
「……ふざけるな、ふざけるんじゃねえ!」

 しかし杏子は素直に受け入れる事は出来ず、ただ大声で怒鳴り散らすしかできなかった。

「そんなの……そんなのてめえでやればいいだろ! あたし達にそんな事を押し付けて、てめえは英雄を気取って逃げるつもりか!?」
「僕だって、何か策がないか考えた! でもこれ以外に君達みんなを助ける手段がまるで思いつかないんだ! それに、あいつの脅威を一人でも多くに伝えないと犠牲者はもっと増える!」
「じゃあてめえはどうする気だ! あんな化け物を相手にてめえ一人で戦えるとでも思ってるのかよ!?」
「でもこのままここに残ったって、君達二人が犠牲になる! 君達はそれでもいいの!? 僕は……僕はそんなの嫌だ!」

 槍とバインドの拘束を打ち破ろうとする鈍い音が響き渡る中、そんなユーノの叫びを返されて杏子は何も言えなくなる。
 君達を助ける策がある。その言葉の意味は、ユーノが人柱となって他の三人を逃がす事だった。確かに今の状況ならば拘束を打ち破った怪人に対して、誰か一人を囮にすれば他の三人は逃げ切れるだろう。
 本来ならば利用できる相手をここで切り捨て、優勝までの近道を作れるので喜んで受け入れたのかもしれない。しかし杏子は不思議とその選択を取る気にはなれなかった。逃げようとしても、ダメージを負ってないのにこの身体が全く言うことを聞いてくれない。
 その一方で、フェイトも驚きを隠せないのかユーノに詰め寄っていた。

「ユーノ、あなた一人じゃあいつには……」
「大丈夫、すぐに君達の後を追うから! だから早く行って!」
「でも、あなたはどうするの!? このままじゃ、あいつにやられちゃうよ!」
「お願いだから行って!」
「でも……!」
「とっとと行くぞ、フェイト!」

 フェイトの悲痛な言葉を、杏子は無理矢理遮る。

「杏子……!?」
「これ以上ここにいたって、あたし達じゃあいつには勝てねえ! このままじゃあたし達みんな殺されるだけだ!」
「でも、それじゃあ……!」
「いいから早くしろ、死にたいのか!」

 これ以上の反論をさせないかのように、杏子は気絶した翔太郎と二つのデイバッグを抱えた。ふと気がつくと、戦いの最中に零れ落ちてしまったのか支給されたイングラムM10と火炎杖、それに怪人のデイバッグが遠くに放置されていたが、取りに行っている暇などない。
 動揺するフェイトを尻目に、杏子はユーノに振り向いた。

「ユーノ、あんたの力はあたし達には必要だ……もしもここでくたばったりしたら、あたしはあんたを許さない」

 いつの間にか、そんな言葉が口から出ていた。
 殺し合いに乗ったはずなのに、どうしてこんな事を言うのか? もう切り捨てるはずの相手に、何でこんな事を言えるのか? 何より、どうしてあたしは左翔太郎を見捨てようとしないのか? そしてこの胸の奥から伝わる痛みは何なのか?
 次々に疑問が湧き上がっていくが、やはり答えは見つからない。殺し合いに勝ち残る為、あえて演技をしているのだと自分に言い聞かせようとするが、そんな理由では納得が出来なかった。

「うん、わかったよ……ありがとう!」
「……ッ」

 そしてユーノは心の底から信頼しているような笑顔を向けた事で、杏子の痛みは更に強くなっていく。向けられた彼の視線から目を逸らしそうになったが、それも出来なかった。

 だが、このままここにいてもユーノの決意を無駄にしてしまう。突然そんな考えが芽生えた杏子は、フェイトと共に市街地を目指して走り出した。
 ユーノから逃げ出すように、無理矢理体を動かして。


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最終更新:2014年06月14日 17:28