自業自得 ◆OCD.CeuWFo



 佐倉杏子フェイト・テスタロッサゴ・ガドル・バ
 二人の少女とグロンギの戦士の戦い――その口火を切ったのは、グロンギの戦士の拳による一撃であった。

「フンッ!」
「ぐう!」

 無造作に、しかし巨体に似合わぬ俊敏さで杏子との距離を詰めたと思うや否や、振るわれるのは鉄槌のごとき拳。
 それを真正面から槍の柄で受け止めたと思った刹那、赤き魔法少女の身体は木の葉のように吹き飛ばされる。
 異形の怪物と年端のいかぬ少女が激突したのだ。一見当たり前の光景ように見え……その実異常な光景であった。
 佐倉杏子もまた、単なる少女ではなく魔法少女と呼ばれる超常の存在。腕力1つとっても常人とは比べ物にならず、比喩を抜きにして猛獣をも簡単にひねりつぶせるだけの力を備えているのだ。
 それを容易く吹き飛ばしてしまう、この異形の戦士の膂力はいったいどれほどのものであるのだろうか?

「はあああああ!」

 ガドルが拳を振り終えた間隙を突き、流星のように金髪をなびかせたフェイト・テスタロッサがその背後に回る。
 金の魔力刃が弧を描き、死神の鎌が戦士の首を狩らんと迫り――同時に放たれていたガドルの裏拳と打ち合う。
 戦士の拳が鎌の柄をとらえ、杏子と同じようにフェイトもまた木端のごとく吹き飛ばされ、森の木の1つに叩きつけられた。
 痛みと衝撃に金髪の少女は表情を歪ませるが、休んでいる暇などない。
 緑の瞳、射撃体へとその身を変えたガドルはすでに、エアボウガンで追撃の準備を整えていたのだから。

『Blitz Action』

 高速移動により少女の姿が掻き消えた次の瞬間、エアボウガンによって木々がなぎ倒される。
 その破壊は凄まじく、巨人の拳で薙ぎ払われたと言われても疑いはしないだろう。

「りゃああああああ!」

 今度は、先ほど吹き飛ばされたはずの杏子がガドルの背中を襲う。
 さらに、上空に逃れた勢いを利用し、落雷のごとく天より落ちくるフェイトも金の刃を振るった。
 射撃武器を用いた直後を狙った、背後と頭上からの同時攻撃。
 さすがにこれはかわせまい――そんな少女たちの期待は、グロンギの戦士によって容易く打ち破られる。

 俊敏体。
 ガドルの瞳が青へと変わると同時、手にしたエアボウガンもまた、両刃の槍ガドルロッドへとその姿を移す。
 その長大なリーチと持ち手の剛腕を活かし、ただ薙ぎ払う。
 たったそれだけで、魔法少女の槍も魔導師の鎌も担い手もろとも弾き返されてしまったのだ。

「厄介な相手だとはわかってたけどさ……こりゃ、想像以上だ。フェイト、あんたなんか策はないかい?」

 空中でその身を翻し、片膝を突きながらもなんとか着地を成功させた杏子が隣のフェイトに囁く。
 その表情にはまだ余裕の色をうかがわせているものの、張り詰めた口調がそれが強がりであることを示している。
 対するフェイトの表情は、赤の魔法少女と比べて真剣そのもの。
 すでに表情を取り繕う余裕もないのか……とも杏子は思ったが、考えてみれば最初からこいつはこんな感じの仏頂面だった気もする。
 例外は、医者と名乗ったいけすかない男――けっきょく名前は名乗らなかった――に母親の話題を持ち出された時だけか。

「正直、思いつきません……ただ、白兵戦ではあまりに不利です」

 2人は決して弱くはなかった。
 〝力〟という一点においてはガドルに遥かに及ばないものの、それ以外の要素であれば十分に渡り合うことも可能であったし、事実先の同時攻撃も後わずか早ければグロンギの戦士を捉えることもできただろう。
 だが、そこがこの2人の限界でもあった。
 なにせ、杏子とフェイトは即席コンビである。
 互いの動きも呼吸もわからずに効率の良い連携を取れるわけもなく、むしろ先ほどの一撃ができすぎていたくらいなのだ。
 つまり、このまま白兵戦を続ける限り、あれ以上の引き出しは2人にはなく、しかもそれがあの異形の戦士に及ばないのはすでに実証済み。
 となれば、別の策を考えねばならないのは必定であり、

「だったらさ、あたしの策に乗ってみないかい?」

 このベテラン魔法少女は、すでにその策を用意していた。



※※※※



 3者による戦いが始まり、すでに幾許かの時間が過ぎていた。

 俊敏体で迫るガドルの猛攻。
 それを赤き魔法少女は、ある時は槍でいなし、ある時はその身軽さを活かしてかわす。
 腕力でこそかなわないものの、少なくとも身の軽さ、素早さという点においては杏子は決してこのグロンギの戦士にも劣りはしない。
 特に、このような森の中であれば。威風堂々、圧倒的な巨体を持つガドルよりも、年相応に小柄な身体しか持たない少女のほうがはるかに小回りがきくというもの。
 幾度となく柔肌をかすめる攻撃はあれぞ、ガドルロッドの刃が杏子の身を捉えることはなかった。

「フォトンランサー」
『fire』

 杏子がガドルを振り切り、両者の距離が離れた瞬間――そこを狙い、上空より幾筋もの雷光が降り注ぐ。
 その狙いは当然、グロンギの戦士。

 とはいえ、ここは森の中である。
 何もせずとも木々が盾となり、その何割かはガドルの元にすらたどり着けずリタイアしていく。
 だが、たったそれだけでその全てを凌げるほど、フェイト・テスタロッサが……彼女が母のために捧げてきた時間、その努力の結晶は小さなものではなかった。
 精密な狙いというには少々ばら撒きすぎではあったが、決して悪くはないコントロールにより、木々の間をすり抜けガドルの元にたどり着くフォトンランサーは少なくない。
 また、大地にしっかりと根を張ったはずの緑の障壁も、確実にその役割を果たせるのはたった一度だけ。天より飛来する雷の槍を前にしては、穿たれ、燃え、容易く崩れ落ちてしまう。
 当然、後続の射撃魔法を防ぐことはかなわず、迂闊に一ヵ所に止まろうものなら、このグロンギの戦士とてたちまち蜂の巣になりかねなかった。

「ボシャブ、バ……」

 今もまた、咄嗟にその場を跳びのいたガドルの外骨格に1つのフォトンランサーが着弾する。
 瞬時に弾けた雷光は、いかなる鎧にも勝る戦士の外骨格にわずかな焦げ目を残しただけに終わり、到底倒すには至らなかった。

 ――だが、無傷ではない。
 その事実は、少女たちに作戦の正しさを実感させ、グロンギの戦士にはわずかな苛立ちを募らせる。
 ガドルの外骨格に刻まれた傷は、この一撃を持ってとうとう2桁に達していたのだ。


 佐倉杏子の提案した作戦は単純なものだった。
 飛行魔法という、杏子にもガドルにもない強みを活かし、フェイトには上空から射撃魔法による攻めを担当させ、自身は身軽さを活かして地上での足止めに専念。
 ガドルの長所ともいうべき圧倒的な力、それと正面から向かい合うことは避け、逆に自分達の長所と数の利を活かして相手に立ち向かうという理にかなったものである。
 提案した直後こそ、危険すぎるという理由からフェイトに反対されたものの、杏子が押し切る形で決行されたこの作戦は、ここまではうまくいっていた。

 リントの少女達のとった戦術。
 対するガドルがこれを打ち破らんとするならば、まずはどちらか一方に的を絞り倒すべきであるだろう。
 攻め手と守り手、どちらかが崩れただけでもこの作戦は容易く瓦解するし、複数の敵を相手にした時のセオリーとしても、下手に的を散らすよりは機を見て1人ずつ葬っていくのが常道。
 だが、それは考えるほど簡単なことではない。
 少なくとも、現段階ではそれがうまくいっていないからこそ、戦士の骨格には10の傷が刻まれるに至ったのだ。

 戦闘再開直後、ガドルが真っ先に標的としたのが、変幻自在の槍を操る赤い魔法少女。
 ガドルと接近戦を行い、足を止める役目を負った佐倉杏子である。
 だが、この少女が存外曲者だった。
 確かに単純なスペックだけを比べたら、少なくともガドルが少女に劣ることはない。
 しかし、この少女は見た目の幼さと裏腹に、相当な戦いの経験を積んだ手練れであり、自分に課せられた役目を、この場合の最善となる戦い方をきちんと理解している。
 決して無理はしない。
 あくまでも自分の役割は足止めに過ぎないことをわきまえ、それを忠実にこなす。
 誘いのため、わざと隙をさらしてみせても迂闊に踏み込んでくることはない。
 決して倒されぬようひたすら防御を重視して立ち回り、攻撃は本命たるフェイトの射撃魔法にだけ任せる。
 森の木々を利用し逃げと守りに徹した彼女を倒すことは、適時降り注ぐ雷光の存在もあり、速さに優れた俊敏体をもってしても容易なことではなかったのだ。

 ならば、攻め手を担った雷を繰り出す少女を落とす?
 だが高速で、しかも自由自在に空を飛びまわる金のツバメを落とすことは、やはりガドルにしても簡単なことではない。
 もちろん、手段がないとは言わない。
 彼は飛行能力こそ持たないものの、今少女がいる程度の高さならばその跳躍力だけでたどりつくこともできるし、エアボウガンという飛び道具もある。
 とはいえ、すでに見せた得物の存在は当然相手も警戒していた。
 フェイトはフォトンランサーを繰り出す間も、絶えず空中を飛び回り続け狙いを絞られないようにしているのだ。
 しかしそれでも、少なくともこれが1対1の戦いであったのなら、ガドルがこうも一方的に攻め立てられることはなかっただろう。
 そう、ここでも赤い髪の少女が立ちふさがるのだ。
 下手に殺意の矛先をフェイトに向けようものなら、その隙だけは決して見逃さず、蛇のように狡猾に攻め立ててくる。
 無理して金の少女に攻撃を加えたとしても、わずかに動きが鈍ったその隙に、彼女は素早い動きで攻撃の網から逃げてしまい捉えるにはいたらない。

 当たらぬ自身の攻撃。
 それとは対照的に、次々と外骨格に刻まれていく傷。
 苛立ちの中、ゴ・ガドル・バは認めざるおえなかった。

 ――この2人の少女が、まぎれもない強敵であることを。

 2対1、確かにある意味これは対等な戦いではない。
 が、元を正せばガドルが少女達の背中を狙い撃ったことを契機にこの戦いは始まったのだ。
 これは先に逃げ出した男も含めた3対1での戦闘すら視野に入れた上の選択の結果であり、そもそも強者相手に弱者が手を組むのは戦いの鉄則。
 戦士として、絶対の強者と認識され挑まれたことを誇りに思うことはあっても、それを責める気など毛頭なかった。

 ゆえに、1人1人は自身に及ばずとも、ガドルにとってこの2人の少女はまぎれもない強敵なのだ。
 こうして互いの不足を補い、ゴ族最強の戦士たる自分と今渡り合っているという事実がなによりの証拠。
 これを強者と認めずして、何を強者と認めればいいのか?

 もはやガドルには――本気を出すことに、欠片の躊躇もなかった。
 リントの戦士、クウガの扱う〝金の力〟をヒントにして得た力、電撃体。
 ガドルにとっても最強の形態たるこの変身は、体力の消耗も決して小さくはなく、本来殺し合いの序盤にすぎないこのタイミングで使うべき代物ではない。
 それを、使う。否、使わされるのだ。

「誇りに思うがいい。リントの少女達よ」

 あえてそれをリントの言葉で放ったのは、確実に伝えるため。
 これから起こる出来事が、戦士としていかに誇るべき事態であるのか、それを確かにに伝えるためであった。

 作戦はここまで順調に進んでいた。
 順調に進んでいたのだが……内心、杏子は焦りをかかえはじめていた。

 その理由は、彼女の支給品にあった。
 ソウルジェムを除き、杏子に与えられたアイテムは2つ。
 短機関銃『イングラムM10』と、『火炎杖』と言うらしい火を吐き出す能力を持った杖。
 武器が2つも来たこと自体は、素直に歓迎できる。
 魔法少女である彼女には、ソウルジェムさえあれば極論他の武器は不要とはいえ、あればあったで使いようもないわけではないし、なにより〝魔力〟の節約にもなる。
 そう、問題は〝魔力〟だ……致命的なことに、杏子の支給品には魔法少女にとって命綱同然といえる代物、グリーフシードが含まれていなかったのだ。

 魔法少女は、魔法を使うたびに〝魔力〟を消費しその分ソウルジェムに穢れが溜まる。

 ゆえに、今の優位といえる戦況にも、杏子は焦りを抱かざるおえなかった。
 フェイトのフォトンランサーは確かにガドルの外骨格を抉りつつあったが、それは水滴を岩に落とすようなもの。
 実を結び、グロンギの戦士に大穴を穿つまでにはまだまだ時間がかかる。何度も何度も何度も何度も攻撃を加える必要があるのだ。
 それほどの長時間戦い続ければ、例えこのまま相手を封殺できてもソウルジェムにかなりの穢れが溜まるのは必定。
 フェイトと、ついでにガドルから奪った支給品の中にグリーフシードがなかった場合、杏子は大きく追い詰められことになる。
 大前提として、グリーフシードが参加者に支給されていないという可能性も考えられるため、さらに条件は悪い。

(……となると、考えられる選択肢は2つしかねえ)

 今もまた、杏子はガドルの攻撃を凌ぎ、フェイトのフォトンランサーがグロンギの戦士に突き刺さる。
 しかし、相手が倒れる気配はまったくない。
 それを見て……ひとまず、赤き魔法少女は動くことを決意する。
 撤退か。一気に勝負を決めるか。
 当然、どちらにもリスクはあった。

(確実なのは撤退……なんだけどなあ)

 撤退する場合は、相手の追撃を確実に逃れる方策が必要なのだが、実はすでに思いついていたりする。
 その手段は簡単、仮の共闘関係にあるフェイトを囮にしてしまえばいいのである。

 杏子とフェイト、今は2人ともうまく立ち回り、なんとか相手を封殺しているが、このバランスはどちらか片方が崩れただけで容易く崩れ去る。
 つまり、自分が狙われない程度の距離で、相手にフェイトを狙えるだけの隙を演出してやればいいのだ。
 そうすれば、眼前の強敵はそれを見逃さず確実にフェイトを仕留めにかかり、その機に杏子は撤退できる。
 後は野となれ山となれ。
 フェイトという使えそうな相棒を失うのは惜しいし、もしも生き延びた場合彼女は確実に自分を殺しにかかりにくるだろう。
 だが、ここで消耗しきって詰んでしまうよりは断然ましであり……共闘を持ちかけながらなんだが、騙される方が悪いのだ。

(母さん、か……)

 ふと脳裏によぎったのは、先のいけすかない男との会話の中で垣間見た、フェイトの戦う理由。

「――とにかく、やるしかねえか」

 それを振り切り、佐倉杏子は決断を下した。

「誇りに思うがいい。リントの少女達よ」

 ゴ・ガドル・バが言い放ち、まさに自身最強の形態である電撃体に移行しようとした瞬間――木の根に足をとられ、赤き魔法少女が大きくバランスを崩す。

 ――誘いか?

 この歴戦の少女にありえぬ失態を、ガドルは安易にチャンスとはみなさず誘いでないかと考える。
 しかし瞬時に、誘いだとしてもこれはミスであるとも確信する。
 例えこれがなんらかの思惑を含んだ行動だとしても――この距離ならば、いかなる策をも決行に移す前に勝敗を決することができる。

 ならば、ここで決める。
 そう判断したガドルは己が全力の姿――電撃体へと移行。
 一瞬、金色の光がその身を包んだと思った刹那、その瞳は黄金に染まり、放たれる威圧感はより強大に膨れ上がる。
 それに恥じぬ圧倒的な動き、今まで以上に遥かに力強く鋭い動きで秒にも満たぬ刹那の内に……〝佐倉杏子〟の眼前へと肉薄する。
 同時に繰り出された拳の一撃は、もはや拳であって拳でない。その破壊力はもはや矛、最強の盾すらもうち貫く矛盾なき矛である。
 防御のためであろう、槍がわずか数センチ動いた瞬間には……ガドルの突きだした右腕は杏子の左胸――心臓のど真ん中を貫いていた。

 その手応えに――

「……杏子ッ!」

 その叫びに――
 ガドルは自身の勝利を確信し、

「――ばーか」

 少女の笑みと反撃によって、それを即座に打ち砕かれた。

 自身の身体を貫通した腕をものともせず振るわれる長槍。伸長し、蛇のように曲がりくねったそれがガドルの身体が巻き取ろうと迫る。
 思いもよらぬ、完全に不意をつく形この逆襲を前に、さすがのグロンギの戦士も咄嗟に反応ができず、なすすべもなくその身を拘束されてしまう。
 赤き衣をさらに紅く染めた魔法少女は、そのままガドルの胸板を蹴り、反動で突き刺さった剛腕を引き抜くと、滴る鮮血もおかまいなしに空中でトンボを切った。
 開いた距離、槍の拘束をガドルが解くよりもわずかに早く、すでに魔法少女は次の手を打っている。

 槍、槍、槍。
 少女の周囲に、無数の槍が出現したと思った刹那、それら全てその身をくねらせ、ガドルの身体に次々と巻きついていく。
 がんじがらめなど生ぬるい、そのままガドルを圧殺せんと言わんばかりに数十本も槍の柄がガドルの身体を締め上げる。

「――ボンバロボ!」

 常人ならずともまず動けぬであろうその拘束を、それでも圧倒的怪力によって引きちぎろうとするガドル。
 だが、あまりに体勢が悪い。いかなる怪力をもとうとも、完全に拘束されたこの状況ではそれを百パーセント発揮することはできない。
 それでもギチギチと、異様な音を立て無数の槍による拘束が少しずつ食い破られようとしているのだから恐ろしい。

「フェイト、なにやってる! さっさとでかいの叩き込め!」

 胸にあいた大穴から滝のように血を流し続け、それでも歯を食いしばり必死にガドルを縛り続ける魔法少女が、あまりの事態に呆然としていたフェイトを怒鳴りつける。
 それにようやく我に返ったフェイトは、この最大の好機に自身の最強の攻撃魔法を唱え始めた。

「アルカス・クルタス・エイギアス、疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ」

 槍の柄が、内より圧迫され外に向けて膨れ上がる。

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル――フォトンランサー・ファランクスシフト」

 フェイトの周囲に数にして38も雷球が浮かび上がり、放たれる時を待ち望みバチバチとざわめきの声を上げる。
 グロンギの怪力の前に、杏子の拘束は今にも破られそうであったが……それでもわずかにフェイトのほうが早かった。

「……撃ち砕け、ファイアーッ!」

 38発の雷球より放たれた秒間7発のフォトンランサー。
 その斉射時間は4秒、すなわち合計で1064発の雷の槍が、ガドルに向けて降り注いだ。



※※※※



 フォトンランサーファランクスシフト――その着弾の噴煙とともに、大きな火の手が上がっていた。
 降り注いだ雷の槍たちは、周囲の木々をも巻き込み大きく延焼させ、火災を発生させてしまったようである。

「でかいの叩き込めとは言ったけど……少しやりすぎじゃねえか?」

 その惨状に、思わず赤い魔法少女は毒づく。
 彼女自身、咄嗟に飛びのかれなければ、あの破壊の雨に巻き込まれていたかもわからなかったのだ。

 先のガドルとの戦い、最後の最後で戦士の一撃が杏子へと向けられたのは決してミスではない。
 けっきょく、佐倉杏子という少女はフェイト・テスタロッサという少女を切り捨てることができなかった。
 もっとわかりやすい嫌な奴なら躊躇などしなかったのだが、母親のために戦ってるらしいと聞かされてしまいどうにも迷いを捨てられなかったのである。
 そこで、彼女は作戦を切り替えた。
 自身を囮に、魔法少女の身体の不死性を武器に、敵の攻撃を誘い、その隙を突き動きを止める。
 そして、フェイトに強力な一撃と叩き込ませ一気に勝負をつける。
 じりじりと魔力をすり減らすくらいならば、適当なダメージと引き換えに勝負を決めてしまったほうが効率がいいとの判断によるものである。
 少なくとも理論上は、自分達魔法少女は肉体的ダメージでは死ねず、そしてその負傷も幾許かの魔力と引き換えに修復可能なのだ。
 それでも最後の最後、ガドルの見せた今までとは比較にならない戦闘能力には杏子も肝を冷やした。
 いくら怪我を恐れる必要はなくとも、好き好んで攻撃をくらう馬鹿はいない。
 最悪でも胸部を中心とした急所への攻撃だけは外す気だったのが、それがまったく防御が間に合わないとは完全に想定の範囲外だったのである。
 後わずか相手の攻撃がずれていれば、彼女のソウルジェムは打ち砕かれそのまま物言わぬへとなっていたのであろう。
 あるいは、彼女が策を仕掛けるよりも早くあの力を使われていたなら、勝敗はまた違ったものになっていたかもしれない。


 結果として、杏子は予想外以上のダメージを負い、これだけの負傷を癒すとなれば相応の穢れをソウルジェムにため込むことは避けられないだろう。
 自分でもなんだかんだ言って甘いと思いつつ、それでも杏子の胸には――もっとも、今彼女の胸には大穴があいていたりするがそれはさておき――苦い想いはなかった。

「……まあ、これもまた自業自得ってことだな」

 どこか自重気味に笑い、未だ宙にただずむフェイトのほうを見上げる。
 まだ視界が悪く生死の確認はできていなかったが、いくらあの化物とはいえあれでは完全に死んだだろう。
 仮に生きていても、反撃がないということは動けないということ。止めを刺すのは簡単だった。
 とにかく、今後のことも話し合おうとフェイトを呼び寄せようとして、その存在に気付く。

 先に打ち倒した化物とでもまったく比べ物にならない巨大な身体、牛頭に巨大な翼と尻尾を持った怪物が、無防備なフェイトの背後へと迫っていたのだ。

「フェイト、あぶねえ!」

 叫ぶまでもなく、彼女もその存在に気づいていたのだろう。
 今まで見逃していたのが不思議なほどの巨体、それが大きな翼をはばたかせながら自分に迫ってくれば気づかぬわけなどない。
 だが、大技を放ち、大量の魔力と体力を消費した彼女にそれを防ぎきることはできなかった。
 人間1人握りつぶせるであろう巨大な拳が、フェイトの発生させた障壁と激突――防御ごと殴り飛ばされたフェイトが、大地に向けて真っ逆さまに落ちてくる。
 それを、咄嗟に走り込んだ杏子はどうにか受け止めることに成功。
 しかし、彼女は気絶しているようで意識がない。

 上空より迫る巨大な質量……それに対し、振り向くような愚は犯さず、フェイトを抱きかかえたまま杏子は逃走の一手を選択した。
 逃げ切れるかはわからないが、今の消耗した状態でもう一戦など冗談ではなかった。
 幸いにして、相手はあの巨体、ガドルとは違い森の中を逃げ続ければ早々追ってこれるものではないだろう。

 自身とフェイトのデイパックにくわえ、ちゃっかりと近くに転がっていたガドルのデイパックも拝借し、杏子は森の中を駆けだした。



※※※※



 ゴ・ガドル・バ。
 結論から言えば、彼は生きていた。
 最後の最後、フォトンランサーファランクスシフトが直撃する寸前、咄嗟に自身の持つ複数の形態の中でも最高の防御能力を持った剛力体へと変身することで、どうにか一命を取り留めていたのだ。
 だが、さすがに意識を失うことは避けられず……彼が目を覚ました時、燃え盛る森の中でガドルはただ1人放置されていた。

 その事実に、ゴ族最強の戦士は言葉では言い表せないほどの屈辱を憶えた。

 ――負けた、というその事実は認めよう。
 それ自体にも怒りはあったが、その矛先が向くのは少女達に敗れ去った自分の弱さに対してのみであり、決して屈辱を憶えたわけではない。
 少なくとも、自分と少女達は正面からぶつかり合い、弱かった自分がただ負けた。
 それを受け入れないことのほうが、むしろ戦士としての誇りがすたるというもの。

 問題はそこではない。
 問題はそこではない。
 何よりも許せなかったことは、自分の命を奪わずに少女達が去ったということ。
 完全に自分の意識を失わせ、支給品すら奪い去っていきながら、ただその命だけは持っていかなかったという事実。
 つまり、見逃されたということだ。

(俺はあえて殺す価値もないほどの……戦士として、とるにたらない存在だとでも言うか)

 もちろん、それは誤解である。
 佐倉杏子、フェイト・テスタロッサ、井坂深紅朗。
 ガドルが3人の戦いに割り込んだのと同じように、ガドルと少女たちの戦闘にもまた、別の乱入者が発生したというだけのこと。
 ゆえに、勝者となった少女たちに彼の生死を確認している余裕はなく、たまたま彼女達の近くに放り出されていたデイパックを奪い逃走するのが精いっぱいだったというだけの話。
 だが、それを彼に知る手段はない。

 ゆえにただ、ひたすら屈辱だけがこみ上げる。
 だが、その屈辱をガドルはただただ受け入れることしかなかった。
 なぜなら、彼は負けたのだから。
 彼が敗者である以上、勝者の裁定に文句を言うことはできない。
 見逃されたという事実を、受け入れるしかない。

 あえて、それを覆す手段があるとするならば、それはただ1つ。

「ボソグ……ヅギパ、ババサズ」


【一日目・黎明】
【H-5/森】
【ゴ・ガドル・バ@仮面ライダークウガ】
[状態]:全身に大ダメージ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:ダグバを倒し殺し合いに優勝する
1:杏子とフェイトと再び戦い、雪辱を果たす
2:強者との戦いで自分の力を高める
※死亡後からの参戦です
※フォトンランサーファランクスシフトにより、大量の電撃を浴びました。
 ガドルのアマダムに更なる変化が起きている可能性があります

※戦闘により、H-5エリアの森に火災が発生しました。




「ちっ……けっきょくグリーフシードはなしか」

 どうにか怪物を振り切った杏子は、気絶したままのフェイトを地面に横たえ、支給品の確認をしていた。
 ガドルの支給品はもちろん、フェイトの支給品にも無断で手をつけていたが、気絶しているためバレやしないし、いちおう共闘関係にあるのでかまわないだろうと判断していた。
 だが、そこには残念なことに彼女の望みの品はなかった。

「……まあ、他の参加者から奪うしかねえな」

 さっさと支給品の確認に見切りをつけると、彼女は1人これからの方針を考える。
 とりあえず、フェイトとのコンビは何が何でも維持しなければならない。
 グリーフシードの入手がままならない以上、魔力節約のため戦力は欲しかった。
 となると、まず考えるべきは休息だろう。
 自分もフェイトも大きく消耗しており、このままでは殺し合いどころではない。
 幸いこの近くには図書館がある。休憩するにはもってこいの施設である。
 この殺し合いの最中、わざわざ立ち寄る奴も少ないだろうし、仮に誰かいたとしてもこちらが殺し合いに乗ったことを知っているとは思えない。
 それを唯一確実に知っているであろう男は、こことは真逆の北に逃げたからだ。
 つまり、適当にやり過ごすことも隙を見て殺すことも思いのまま。

「よし、決まりだな」

 食糧として支給されていたサンドイッチを一つ口の中に放り込み、杏子は自分よりもずっと小さな少女を背負いなおした。


【I-5/森】
【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(中)、グリーフシードの濁り(中)、左胸に大穴、下腹部に貫通した傷
[装備]:槍@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]:基本支給品一式、イングラムM10@現実?、火炎杖@らんま1/2、ランダム支給品1~3(本人確認済み、グリーフシードはない)
[思考]
基本:殺し合いに優勝する
1:フェイトと手を組んで殺し合いを有利に進める
2:休息のため、図書館に向かう。他の参加者がいた場合、対応は相手に合わせて考える
3:他の参加者からグリーフシードを奪う
4:このサンドイッチうめえ
[備考]
※魔法少女まどか☆マギカ6話終了後からの参戦です
※首輪は首にではなくソウルジェムに巻かれています
※魔法少女の身体の特性により、少なくともこの負傷で死に至ることはありません


【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(大)、魔力消費(大)、気絶中
[装備]:バルディッシュ@魔法少女リリカルなのはシリーズ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3(本人確認済み)
[思考]
基本:殺し合いに優勝してジュエルシードを揃える
1:気絶中
[備考]
※魔法少女リリカルなのは一期第十話終了後からの参戦です



※※※※



「ぐふっ……逃したか」

 先ほどまで追跡していた少女たちは、どうやら夜の森に紛れ見失ってしまったようだ。
 ならば、これ以上この姿でいることもないと、地面に降り立ったパンスト太郎は、お湯を被り巨大な怪物の姿から本来の人の姿へと変身する。
 次の瞬間、なぜか腰にパンストをつけた、目つきの悪い青年がそこにいた。

 これこそが、彼が少女達にもグロンギの戦士のも気づかれずに潜んでいられたカラクリであった。
 戦闘の音を聞きつけ、パンスト太郎がその現場にたどり着いた時、3人の戦いはすでにヒートアップしており、こちらに気付く様子は見せなかった。
 そこで、目立たない人間の姿のまま待機し、決着がついたところで変身して乱入、漁夫の利を狙ったのだ。
 もっとも、とどめを刺そうとした二人の少女には逃げられてしまったが……

「まあ、あの怪我だ。わざわざ俺が手を下す必要もないだろう」

 別の標的を求めて、パンスト太郎は夜の森を歩きだした。


 ――確かに、彼は殺し合いに乗っていた。
 だが、加頭の意図に従う気があるかといえばそれはまた別の話。
 自分に首輪をはめ、このような茶番を強要した男を許す気はない。
 他の参加者を皆殺しにした後、のこのこ出てきたところを殺してしまうつもりだった。
 そして彼の本当の目的の前には、加頭の殺害すらも通過点にすぎない。

 パンスト太郎は、気にくわないながらも加頭の持つ技術が有用であることは認めていた。
 ならば、奪わせて利用させてもらうのだ。
 彼の真なる目的のために。
 そう、この過酷な殺し合いすら単なる通過点にしてしまうほどの、彼の抱えた願いは大きいのだ。
 もとより、パンスト太郎の願いはただひとつ。

「待っていろ、くそじじい……この首輪、すぐに貴様の首に取り付け、俺の名前を付け替えさせてやる」

 パンスト太郎という、自身のあまりにかっこ悪い名前を、名付けの親である八宝斎に付け替えさせることであった。


【H-7/森】
【パンスト太郎@らんま1/2】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:水とお湯の入ったポット1つずつ(変身一回分消費)、支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
基本:殺し合いに勝利し、主催も殺す。奪った技術を用いて自分の名前を付け替える
1:適当に参加者を殺して回る
[備考]
※参戦時期は不明です。




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最終更新:2014年06月14日 18:00