砂漠にビーズを落としたと少女は泣いた。
少女は百年かけて砂漠を探す。
砂漠でなく海かもしれないと少女は泣いた。
少女は百年かけて海底を探す。
海でなくて山かもしれないと少女は泣いた。
――――本当に落としたのか、疑うのにあと何年?
Frederica Bernkastel
▼ ▼ ▼
『――――おかけになった電話をお呼び出しいたしましたが、おつなぎできませんでした』
朝のニュースを見て、慌ててかけた電話は通じることはなく。
私、
古手梨花は落胆と共に通話を打ち切った。
「そう。そう…なのね」
慣れた感覚だった。
ある夜を境に知り合いと連絡が取れなくなり、私の手の届かない彼岸へと消えてしまう。
百年に渡って経験してきたのだ、まごう事などある筈もない。
そうして、私は静かに。
数日前に出会ったマスター、白瀬咲耶の生存を諦めた。
「馬鹿…」
セイバーに捜索に向かわせているが、未だに連絡はない。
その事実が白瀬咲耶がもうこの世にいないことを浮き彫りにするようで。
ふらりと、私は自宅の台所へと向かった。
田舎から独り進学してきた女子小学生。
そんな役割を課せられている私の自宅に何故ワインなどがあるかは分からないけれど。
ともかく、今は界聖杯の粋な計らいに甘える事とする。
トクットクットクットクットクットクッ、と。
クーラーをガンガンに利かせた自室で、無言でグラスに血のように赤いワインを注ぎ、一息に飲み干す。
慣れてしまった苦い喪失の味が、喉元を通り抜けていった。
「はぁ…」
深い溜息を吐きながら、私は数日前に白瀬咲耶と出会ったときの事を想起する。
彼女と出会ったのは、セイバーを召喚してから数日後。
聖杯戦争が幕を開ける五日前。
出会いのきっかけは、彼女のサーヴァントであるライダーの少年が私とセイバーに接触してきた事からだ。
一悶着の後、ライダーが非戦の意思を示したことで戦闘から対話へと状況は移り。
私と彼女はそこで始めて、顔を合わせる事となった。
そこに至るまでスムーズに事が進んだのは、セイバーとライダーが知り合いだった事にも起因するだろう。
「あの時の声通り、100点、いや200点付けてもいい美少年!!お持ち帰りしたいぃ〜」と、
身をくねらせテンションの高いセイバーはハッキリ言って気持ち悪かった。
ともあれ、顔を合わせた白瀬咲耶という少女は…私の憧れをそのまま形にした様な少女だった。
すらりと背が高くて、スタイルもよく、アイドルをやっているらしい彼女は、私が夢見ていた都会の華やかさの具現だ。
そんな彼女が態々敵のマスターに出会うと言うリスクを犯してまで持ちかけてきた話は、この聖杯戦争からの脱出だった。
これ以上、誰の犠牲も出さず、この東京から脱出すると言う形で聖杯戦争を終結させる。
そのための具体的なプランも用意していると、彼女は決意と信頼を籠めた声でハッキリと宣言した。
傍らで黙々と彼女に買い与えられたパフェを食べる、ライダーの少年を撫でながら。
脱出には、ライダーの所有している船を使うらしく。
彼の船に刻まれた虚数潜航という技術を用いてこの東京から消失し、元の世界へと再浮上する…厳密にはもっと複雑な手順を踏まなければならないが、ライダーの語った話で理解できたのは此処までだった。
そして、何より重要なのは…数多のカケラ世界を渡ってきた私とセイバーの存在が再浮上の際に必要になるという事だった。
私たちの力で、成功率は二割弱から五分にまで向上すると、ライダーは語った。
無論の事まだまだ準備しなければならない事はあるし、今は机上の空論でしかないけれど。
それでもこれ以上血が流れる事を望まないなら、私達に協力してほしい。
白瀬咲耶はそう言って私に手を伸ばしてきた。
真っすぐ私を見つめるその瞳は、小学生の外見である私を子供扱いせず、対等に尊重していて。
語る言葉が嘘偽りでないことは見ただけで分かった。
そして、そんな彼女の手を、私は――――
――――ごめんなさい。考えさせて欲しいのです。
私は、とれなかった。
そんな都合のいい方法が本当に可能なのか。
仮に雛見沢に帰還できるとしても、また惨劇のループの輪の中へ組み込まれるのではないか。
セイバーはその時も「よく考えてから答えを返せばいい」と、私の意思を尊重してくれたけれど。
分かっている。本当の所、手を掴めなかったのは私の弱さ故だ。
けれど、打ち破った筈の数々の惨劇の再演は、私の中のそんな弱さを萌芽させるに十分な物だった。
(もし、彼女が圭一やレナだったら……)
もし、彼女が、信頼のおける雛見沢の仲間であれば。
自分は彼女の手を取れたのだろうか。
何かが、変わったのだろうか。
そう考えずには居られなかった。
しかし今となっては、全ては水の泡だ。
肝心要のライダーが盤面から脱落してしまったのだから。
(……彼女は仲間なんかじゃない。
出会って数時間の人間を信用するほうが、むしろおかしな話よ)
白瀬咲耶と古手梨花は仲間などでは決してなかった。
唯出会って、一度顔を合わせてお茶をして別れた、それだけの関係。
仲間になど、なれるはずもなかった。
仮に今すぐ台所へ行って包丁で首をかき切れば彼女が死ぬ前のカケラに戻れるとしても。
自分はきっと、しないだろう。
死の苦しみは、百年経っても決して慣れるものではないのだから。
けれど、それでも。
―――本当に仲間の事を想っての事なら…ボクは隠し事もアリだと思いますです。
勿論、何もかも打ち明けられるならそれが一番ですが……
護るために隠し事をしたからをして、もう仲間じゃない、なんて事は絶対に無いのですよ。
咲耶の仲間なら、猶更です。
でももし、咲耶がそれを罪だと思って、後ろめたいと言うのなら…
ボクが、その罪を赦します。これでも地元では神に仕える巫女だったのですよ。にぱー!
それでも何故か、未練がましく、彼女とのやりとりが脳裏に蘇ってくる。
返答に時間を貰う代わりに、彼女は此方へ相談を持ちかけてきた。
曰く、この聖杯戦争の事を隠しているのが少し、辛いと。
彼女は悩んでいる様だった。
だから、前に圭一が同じ事を悩んでいた時に、魅音と一緒に言った事を彼女に伝えた。
そう言われた彼女は、とても嬉しそうで。
だから。
この世界に、一人だけ罪を背負って涙を流さなきゃいけない敗者はいらない。
―――これが、古手梨花が奇跡を求めた千年の旅路の果てに…辿り着いたたった一つの答えよ。
「……私は、彼女に敗者に何か、なってほしくなかったのに」
ほんの少しだけ、小さじ一杯分くらいは強く、彼女たちに期待していたのだ。
残酷な法則(うんめい)を打ち破って、新天地を目指すその姿に。
だから、聖杯戦争が開幕して、生き残れるのが一人だと分かった時も、踏みとどまる事ができた。
セイバーもきっと、それが分かっていたから。自分の先延ばしの言葉を汲んでくれたのだろう。
「あの子は…仲間に伝えられたのかしら」
万感の想いを籠めた問いに応える者は無く、ただの部屋の沈黙に溶けて消えた。
―――最後に一つ。約束してもいいかな?
どうか…生きてほしい。これからもきっと、辛い事はあるかもしれない。
だけど、私は…白瀬咲耶は、梨花。君が生きて元の世界に帰れることを祈っているから。
消沈する脳裏に蘇るのは、最後に交わした咲耶との約束。
彼女が抱いた尊き祈り。
ぎゅう、とグラスを握る力が強まる。
「―――えぇ、えぇ。分かってる、分かってるわよ。
貴方が祈った最後の願いだけは、叶えて見せる。
私は必ず生き残って…皆で幸せになれるカケラへと私は辿り着く」
―――私にとって、世界はいつだって惨劇と戦いを強いてくる残酷なものだ。
勿論、この界聖杯に作られた世界も例外じゃない。
だけど彼女には…白瀬咲耶はそんな世界を嫌っていなかった。
あの子の瞳には他人に対する深い思いやりがあった。
きっと、貴方は誰であれ死んでほしくなかったのだろう。
そんな貴方に願いを託された以上、私も負けない。今、そう決めた。
もう帰ってこない貴方のために、それだけは、強く。心に刻みつける。
(だから俯くのも、悔いるのも、全部後回し)
アルコールの力か、思考がクリアになっていくのを感じる。
やるべきことを、頭の中で整理する。
方針は一先ず変わらない。火の粉を払いつつ、新たな生還の道を探る。
その上で、先ずはセイバーの帰還を待ち、その後咲耶達を襲ったであろう主従を探す。
非戦派だった咲耶を問答無用で殺す様なサーヴァントとマスターだ。
仇討ちというには烏滸がましいけれど、野放しにしておくのは余りにも危険だと、私は判断した。
最低でもサーヴァントは排除しておく必要がある
そして…これは感傷かもしれないけれど、咲耶を喪った彼女がいた事務所がどうなっているかも、少し気になった。
一度、赴いておきたいかもしれない。
「―――私には、やらなきゃいけない事があるもの」
最後に脳裏を過るのは、綺麗な金の髪。不敵に笑いながら私に銃を向けてきた親友の姿。
彼女が、親友の
北条沙都子が数年の時を経て再び起きた連続怪死事件の黒幕なのか。
それとも、沙都子もまた、誰かに操られている被害者なのか。
確かめなければならない。
私と彼女は……親友、なのだから。
そして、私はグラスに残った最後のワインを、喪失の苦々しさをもたらすその液体を。
そっと、決意と共に飲み干した。
【世田谷区・古手梨花の自宅/一日目・午前】
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、ほろ酔い
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。取り敢えず今は捜索に向かったセイバーの報告を待つ。
1:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
2:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
▼ ▼ ▼
「……暑いですわ」
一言で言って、苛立っていた。
この町は暑すぎる。
雛見沢の豊かな自然と気候で育った北条沙都子にとって、コンクリートジャングルに囲まれた都心の気候は過酷な物だった。
僅かな距離を歩くだけもダラダラと汗が流れ、ぞろぞろとせわしない群衆は暑苦しい。
タクシーを拾おうかとも思ったが、拾い方がよく分からないし、態々調べるのも億劫だ。
何しろ雛見沢で主な交通手段は徒歩か自転車、或いは知り合いの車に相乗りすることだったし、ルチーアに入学してからは外に出歩く事すら稀だったのだから。
だから、こうして、汗をとめどなく流しながら病院を目指している。
とは言え、本当に暑い。何か飲み物を買おうと自販機を探した時だった。
通りがかった音楽ショップのモニターから、流れてきた歌を彼女が聞いたのは。
―――何だってできるよ。一人じゃないから、昨日よりももっと。
光集めて響け遠くへ未来を呼んでみよう。いつだって僕らは――――
四人組のアイドルユニット。その売れ筋の曲らしい。
モニターの下にはポップな文字で『幼馴染ユニット』、話題の一曲!と銘打たれていた。
それを見ながら、沙都子は画面の向こうで彼女達が歌い踊る様を無言で見つめる。
その様はとても華やかで、瑞々しく、本当に仲の良い四人組であるのが伝わってきて―――
「本当に―――虫唾が走りますわね」
友情だとか絆だとかで一杯そうな四人の顔を見ていると心の底から虫唾が奔った。
不特定多数の人間に見世物にして切り売りしているくせに、何が『仲良し』だ。
友情だとか絆だとかってそんなんじゃないだろう。
いい所だけ見せて綺麗に装飾して売り物にして―――そんなものが友情だとか絆だとかであっていいはずがない。
一度でも爪をはがされ五寸釘を撃ち込まれて拷問された経験はあるか?
疑心暗鬼の果てに仲間同士で殺し合い、バットやナタで脳漿を叩き割ったことは?
気化したガソリンに吹き飛ばされたことは?大人たちに成すすべなく射殺された経験は?
疑心暗鬼を打ち破り、喉をかきむしる病気に打ち克ったことは?
仲間と団結し、特殊部隊の精鋭たちに勝利したことは?
百年の惨劇を打ち破るという不可能を成し遂げたことが一度だって画面の向こうの四人組にあるのか?
―――醜い所も見せあって許し合って、そして不可能に共に立ち向かって
始めてその時、友情や絆は産声を上げるんじゃないのか。
そのはずなのに。
「梨花は本当に、こんな上辺だけの薄っぺらくて吐き気のするものを選んだんですの…?」
許せなかった。
梨花が部活メンバーを、雛見沢を、『ほんとうの仲間』を捨てて、上辺だけの薄っぺらい世界を選ぼうとしていることが。
梨花を連れて行こうとする外の世界が。
何もかも気に入らなくて、ぶち壊して台無しにしたくなる。
「いっそ、この方達がマスターなら話は早いのでございますけどね」
もし、画面の向こうの彼女たちがマスターだったのであれば。
一切の慈悲も容赦もなく鉛弾を馳走できるだろう。
そんな昏い憎悪に思考を浸している時だった。隣から、声をかけられたのは。
「…アンタ、北条沙都子だよな?」
声の方向にいたのは体格のいい褐色の少年だった。
勿論、出会った覚えも、名乗った覚えもない。
沙都子は、無言で鞄の中のトカレフに手を伸ばした。
「おっとっと!落ち着けって。俺はただの使いのモンだよ
アンタをどうこうするつもりは皆無(ねー)から」
剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、褐色の少年は慌てた様子で宥めてきた。
そのまま腰の低い態度で、「取り敢えず話だけでも聞いてくれ」と懇願してくる。
「ここじゃ灼熱(アチ)ぃし、そこのサ店でお茶でもしようぜ
何でも好きなモン奢るからよォ〜〜?」
そう言ってのっしのっしと巨体を揺らして褐色の少年は店へと入っていく。
店内を見れば、女性客や夏休みの家族客とも思しき客が何人か食事をしており、待ち伏せされている様子は無かった。
一瞬己のサーヴァントであるリンボを呼ぼうかと思ったが、彼が到着するまで待つのも億劫だ。
無論いざというときに直ぐに呼ぶための心の準備をしつつ、沙都子は店内へと踏み行った。
店内に入ると既に褐色の少年は席についており、こっちこっちと馴れ馴れしく手招きをしているのが見えた。
軽薄なその雰囲気に鼻を鳴らしつつ、沙都子も向かいの席に腰掛ける。
「それで?わたくしに何の御用ですの?えぇと……」
「黄金球(バロンドール)だ。よろしくな」
「えぇ、それでバロンドールさんは私の事を何故知っていて、何の御用か教えていただきたいですわね。私、これから用事があるので手短に」
何の感情も感じさせないほど冷徹にそう問いかけた。
だが、バロンドールと明らかに偽名の名前を名乗った少年は全く動じていないようだった。
「その沈着(クール)な表情。恋慕(キュン)だぜ…」などと宣いつつ、返答してくる。
「そうだなァ〜何で俺がキミを知ってるかっつうと…アンタ、数日前に極道の屋敷に襲撃(カチコン)だだろ?その屋敷に仕掛けてあったカメラからちょっとな」
サーヴァント。
その単語が出た瞬間、目の前の少年が聖杯戦争の関係者であることは確定した。
それに加えて、数日前に資金飛と武装の確保のために襲撃した極道の手の者らしい。
直後にあのアルターエゴは何をやっているのかと考えて、あの男ならもしかしたらこうして聖杯戦争関係者を釣り上げるためにわざと行ったのかもしれない。
だが、今はもうそんな事は重要ではない。問題は此処からだ。
「……それで、その報復という訳ですの?」
運ばれてきたイチゴシェイクを飲みながら、テーブルの下でカチャリと金属音を響かせる。
周囲には鞄と座席で隠しつつ、いつでもテーブルの下で撃発可能なトカレフを誇示しながら静かに尋ねた。
バロンドールもトカレフには気づいているのか、テーブルの下を一瞥し、そして。
「とんでもない。俺が今日アンタに会いに来たのは……同盟(スカウト)の打診さ」
向けられる銃口も気に留める事はなく、ふっと微笑みながら剣呑な雰囲気を弛緩させた。
「スカウト?」
「あぁ、極道を眉一つ動かさねーで一人一人淡々と撃ち殺していくそのイカレっぷり……
俺たちのボスが気に入ってね。是非客賓(ビッグ・ゲスト)として迎えたいってさ」
「…そんな都合のいい話を、私が信じるおバカさんに見えまして?」
「信じられないかもしれないけどよ、もしここで話を蹴るならアンタは俺らに面(ツラ)割れた状態で敵に回すことになるんだぜ。それはちょっと旨くねーんじゃねーか?」
バロンドールのその言葉に、沙都子も思案を巡らせる。
極道の手の者であり、『俺ら』と言う言葉から相手が複数かつ、自分の名前を調べるぐらいは可能な組織だった手合いの可能性が非常に高い。
推察するに、目の前の少年のボズとやらが自分と同じマスターなのだろうが…
「贔屓目に見なくても俺たちのボスが引き当てたサーヴァントは災害(チート)だぜ?
最終的には殺し合う仲でも、組んでるうちは損はさせねーって」
そう言って、少年は彼のスマートフォンを沙都子の前へと差し出してくる。
画面に映っていたのは三十秒ほどの動画で、巨大な老婆が敵サーヴァントと思しき騎士を一撃で倒している姿だった。
その威圧感、そして画面越しからでも伝わってくる強靭さは紛れもなく彼のボスとやらが引き当てたサーヴァントが強力である事を実感させた。
少なくとも、戦力としては申し分ないだろう。
「……なるほど、お話は分かりましたわ。
でも、貴方のボスとやらを信じるに値する根拠は未だ無いですわね」
「それに関しちゃガムテの…あいつの、割れた子供全部の味方になるって信条を信じてくれとしか言えねーな」
俺にも分かる、とバロンドールは沙都子の目を見て、静かに告げた。
生きるために、イカレられずには生きられなかった瞳だと。
祝福された成長など、与えられなかった瞳だと。
大切な物に、裏切られた瞳だと。
そんな奴らの味方なのさ、うちのボスは、と。
さっきまでとは打って変わって真剣(シリアス)な様子で少年は語った。
「―――勝手に一緒にしないで下さいまし?不愉快ですわ」
憐れまれている様で、不愉快な気持ちが湧き上がってくる。
テーブルの下で引き金に指を賭け、先程よりも冷たい視線で、少年を睨みつけた。
しかしそれでも彼は動じない。
真っすぐに沙都子の瞳を見つめて、身じろぎ一つ行わない。
まるで、撃ちたいなら撃てばいい、と言っている様だった。
そのまま、暫しの沈黙が流れる。
「―――俺たちはどうせこのゲームが終われば消える夢(ウタカタ)だ。命なんて惜しくねぇ。
でも、ガムテが王(キング)の椅子に座れば、俺たちはあいつの中で生き続けられる。
そうすりゃ、俺たちが此処で生まれてきた意味ってヤツもあるンだろうさ」
例え俺たち全員が死んでも、その頂点にあいつが座ってるなら、それでいい。
そう語る彼の瞳に恐怖は見えず。
ただ純粋なる仲間への信頼と、献身と、覚悟だけがそこにあった。
それはまるで、あの部活メンバーの様で――――
「……いいですわ。取り敢えず私のサーヴァントと協議してみましょう」
「ほ、ほんとか!?ならこの番号に連絡頼むよ!」
鞄の中にトカレフを入れ直し話を呑む旨を出すと、花が咲いたようにバロンドールは破顔した。
そして、一件の電話番号が書かれたメモを差し出してくる。
「ガムテ…じゃなかった。俺たちのボスとの直通番号(ホットライン)だぜ
最初に黄金時代(ノスタルジア)って言ってくれればそれで通じる」
「黄金時代(ノスタルジア)?」
「あぁ、組むときのために用意した、アンタのコードネームだ」
「……分かりましたわ。では、私はこれで」
メモをひったくって番号を改めた後、足早に座席を去る。
やるべき事は終わったし、聞いておきたいことも現時点では聞けた。
後は、己の従僕と話し合う必要がある。
「あっ…!ちょ、ちょっと待てよぉ〜これから個人的に親睦を深めるためにカラオケでも…」
「結構ですわ。ガムテさんによろしく」
「え…あっ!失態(ヤ)べッ!…………」
ひらひらと手を振って、店内を後にする。
そうして後には、項垂れる黄金球の姿だけが残された。
▼ ▼ ▼
「さて、これからどう動きましょうか」
同盟を組む相手のアタリは付けた。
折角ここまで来たのだから当初の予定通り病院に向かってもいいし、あのバロンドールのボスとやらにコンタクトを取ってもいい。
一先ず、自分のアルターエゴのサーヴァントと話し合う必要があるだろうが、向こうから同盟の打診があった事は手間が省けたと言えるだろう。
首尾よく事が運べば、自分が切れる手札は大いに増える。
―――ガムテが王になれば、俺たちはあいつの中で生き続けられる。
思考を巡らせながら、あの少年が語っていたガムテ(恐らく偽名だろう)という彼らのボスに想いを馳せる。
どんな人物かは未だ分からない。
けれど、一つだけ確かな事があった。
この上辺だけの嘘ばかりの世界で、彼らの覚悟と、友情は本物のものなんだろうな、ということ。
「ま、それも利用させて頂くわけですけど」
実の所、話を前向きに乗るつもりになったのは確かに、恐らく
NPCであろう少年が見せた覚悟に感銘を受けたと言うのが大きい。
だが、それが彼女の心境や方針に及ぼすかと言われれば、それはない。
新たなオヤシロ様の代行者となった彼女にとって、自分と古手梨花以外の全てが盤上の駒に過ぎないのだから。
「精々、役に立って下さいまし。私が―――あの笑顔のある世界へ帰るために」
もう一度、自分にとって全てがあった世界へと帰る。
少女の願いはただそれだけ。
それだけのために、どれ程の罪を犯すことも厭わない。
例え、彼女が信じていた『ほんとうの仲間』に泥を塗ってでも、進み続ける。
【新宿区・大通り/一日目・午前】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:黄金球(バロンドール)のボスにコンタクトを取るか、或いは当初の予定通り皮下医院へ向かい、院長『
皮下真』と接触する。
[備考]
※アルターエゴ(
蘆屋道満)と合流するかどうかについては後の話にお任せします。
時系列順
投下順
最終更新:2021年09月04日 20:29