時刻は20時半を回った頃。
命がけの交渉を終えて、とにかく一息つこうと皮下真は己の拠点へと歩を進めていた。
彼の背後には交渉の成果である同盟相手、リップが続いている。
何とか、同盟の決裂は避けられたと見ていいだろう。
少なくとも、大和がリップと交わした定刻までは。
胸を撫で下ろしながら、念話で己のサーヴァントに交渉の顛末と、これからの計画を報告する。


―――ウォロロロロ…よくやったじゃねェか皮下。褒めてやるぜ。
お前が企んでる計画も悪くねェ…だが、
『何か、気になる点でもあるかい総督?』
―――あぁ、計画自体は悪くねェが…俺の見立てだとそれでもまだ大和を叩き潰すには不足だな。
『マジかよ。こんだけやってもまだ足りないとかどんだけチートだあのボンボン』


計画自体がまだ実証段階。
だが、立てている仮説が正しいかどうかさえクリアーしてしまえばまずイケると踏んでいたのだ。
その想定に反して皮下のサーヴァント、カイドウの反応は予想よりも渋いものだったが。
本当に大和の奴は自分の二手三手先を行っているのだと辟易しながら―――
皮下はカイドウにそう見積もった内訳を尋ねる。


―――おめェも忘れたワケじゃねェだろう。奴がドデカい霊地を二つも抑えてるのを。
『うわぁ…そういえばそうだったな~それを考えりゃこっちのほうが圧倒的に不利だな。
開花したNPCを食うって俺たちの計画は大和もできないワケじゃねぇし』
―――そう言うことだ。今迄温存しておいたあの魔力溜り。
俺達という戦力を察知した以上奴らがあのまま腐らせておくはずがねェ。


話を聞きながら本当に不公平なものだと皮下は心中で毒づく。
カイドウの話に出た霊地とは、予選期間中皮下達も足を運んだ東京タワーとスカイツリーの事だろう。
あそこが莫大な魔力の油田であることは既に調査済み。
だがそれを承知していながら、皮下達はそれを手に入れることを見送った。
理由は三つある。
一つは単純に、それらの霊地が峰津院に抑えられていたこと。
もう一つは、莫大な魔力の油田を狙う皮下の様な主従と何度かぶつかってしまった時間的ロス。
そして最後はその莫大な魔力は地下深くに眠っており、抽出しようと思えば熟達した魔術師の儀式が必要だったことだ。
つまり、膨大な魔力の泉を手に入れるにはキャスターかそれに匹敵する魔術師の存在が不可欠ということ。
だが皮下達はあいにくマスターもサーヴァントも魔術的技量は持ち合わせていなかった。
どんなに価値ある資源でも、掘り出す方法が無ければ絵にかいた餅でしかなく。
故に予選期間中は諦めるほか無かったが―――もう現状ではそうも言ってはいられない。
大和はその熟達した魔術師の資格を十二分に有しているのだから。
そしてカイドウという同格レベルの相手との接敵。
そんな目の上の瘤と戦力的に差をつけるために、今夜にでも霊地の使用に踏み切るかもしれない。




―――グズグズしてたら手遅れになるぜ。大和の小僧はかなりのやり手だ。
『何としても霊地をブン獲らないといけないってのは分かったよ。
はー…今夜は休む間もなくデスマーチか。掘り出す方法も探さないといけないしなぁ』
―――いいや、そうでもねェ。お前も覚えてるだろ。あのアルターエゴの事を。
『え?あのうさん臭い坊さん使うの?それはやめといた方がいいんじゃね?』


皮下の脳裏を過るのは、傘下に加えた少女、北条沙都子のサーヴァントだ。
アルターエゴ・リンボと名乗った怪僧である。
確かに、皮下が確認したかのサーヴァントの魔力値は規格外(EX)を示していた。
本人も呪いに長けていると豪語していたし、完全自立駆動の式神もこの目で見た。
規格外というのはポジティブな意味合いで捉えても良いだろう。
能力的には問題ないかもしれないが―――人格面は別だ。
あの胡散臭いリンボに莫大な魔力の油田など与えれば何を企むか分かったものではない。


―――そこでお前がリップの奴を引き留めたのが活きてくるってワケだ。
あの機械のアーチャーの奴にリンボの見張り役をさせる。
『えー…いや、確かに適任かもれないけどさ。
あの子をリンボに会わせるのスゲー怖いんだけど。主に過保護な保護者(リップ)が』
―――分かってる。だが替わりのカードも無いだろ。
奴が地獄何たらを勝手に始めようとしたら俺が責任を持って叩き潰す。
だからリップの小僧の説得はお前がやれ。
『あのーカイドウさーん?俺とリップは友達でも何でもないっていうか、
むしろ天敵そのものなんだけどさー……』
―――知らん、こっちもこっちで頭痛の種があるんだよ。


リップのサーヴァント、アーチャーの少女が解析や分析等の仕事に長けているのは皮下も察しがついていた。
虹花の一人であるチャチャを真っ向から破った電子戦の腕や、これまでのリップ主従の言動から見てほぼほぼ間違いはないだろう。
そしてこれまた間違いないといえるのが――彼女はまず間違いなくリンボが嫌いだ。
その為リンボに懐柔され裏切ってくる恐れはまずない。
何だかあれと同レベルに見られている様で誠に遺憾だが、皮下自身が身をもって実感している。
どちらかというとあのアーチャーの娘は、283プロのアイドル達の様に善い子なのだろう。
問題は彼女が不快な思いを抱くのを良しとしない、過保護な保護者(マスター)だが…
土下座して頼む準備でもしておくかと心中で嘆息しながら、皮下は念話に思考を戻す。


―――更に言っとくが、霊地を一つ手に入れた程度じゃまだ大和が有利だぞ。
『えぇ…そりゃいくら何でも盛りすぎじゃねぇの』
―――いや、大和の奴はあの鋼翼に全ての魔力をつぎ込める。
だが、俺たちはそうもいかねぇ…まぁ精々、二割か三割がいいところだ。
『えっとつまり…山分けでもする……ってコト!?
アンタの事だからてっきり総取りしにいくもんかと……』
―――俺たちだけで霊地を奪えるならそれでいいが。それだと協力するリップもリンボの奴も納得しねぇだろ。この計画には奴らが不可欠だしな。
それに…山分けにしねェと絶対納得しねェババアも噛んでくるかもしれねェんだよ。
大和の奴も気づけば当然妨害しにくるだろうし、そんな時に揉めてられるか。


告げるカイドウの言葉に、真面目だねぇと心中で呟く。
確かに自分たちだけ魔力を独占しようと知れば傘下といえど反感を買うだろう。
リップなどそうなった瞬間即座に裏切って大和の奴を呼んでくる恐れすらある。
カイドウがいくら強かろうと魔力の抽出は、自軍ではリンボにしかできない。
そしてそのリンボがおかしな真似をしないように見張れるのはアーチャーしかいない。


(ま、長年海賊のボスやってた側面が出てんだろーな。この酔っ払い親父)


いくら腕っぷしが強くとも、それだけで偉大なる航路を制覇するのは不可能だ。
優れた料理人、船医、航海士に船大工…それらの多くの仲間(クルー)が必要不可欠。
どんな荒くれであっても。ましてそれが新世界という大海に至るものならば猶更。
一人で海を征くことなどできはしない。その不文律をカイドウは佳く理解していた。
あの天上天下唯我独尊を地で行くビッグ・マムですら例外ではない。
故にこそ、二人の四皇はこの聖杯戦争においても傘下の勧誘を積極的に行っていたのだ。
そしてそんなカイドウが呉越同舟を纏め、一丸とする為に山分けという結論になるのは自明の理だった。


『ふーん…総督がそう言うなら俺に異論はないよ。でさ、話は変わるけど―――、
さっきアンタが言ったババアって、もしかしてあのリンリンって婆さん?』
―――……


意味深に無言。
皮下にとっては軽い雑談染みた問いかけだった。
その老婆の話は予選期間中、酔ったライダーからさんざん聞かされている。
しかしまさか、そんな偶然は無いだろうと思っていた。
あの怪物の様な肉体に消えない傷をつけた侍に加えて、まさか。
だが、予想に反して生まれたのは重苦しい沈黙で。
そのままたっぷり十秒間、カイドウは黙り込んでしまった。


『あー?総督?もしかして図星だったか――――?』
―――酒!!!



瞬間、ヤケクソめいた声が皮下の脳髄をクラクラと揺らす。
嘘から出た実というか、実際そんな偶然がありえた様だった。
この反応を見ればもはや疑いようがなく。
先ほどカイドウが漏らしたババアとは、彼と同じ四皇ビッグマムことシャーロット・リンリンを指すのだろう。
曰く、災害の擬人化の様な戦闘力の高さと気性の婆さんだとか。
その風評は間違ってはいない様だ。
四皇、カイドウをしてここまで頭を痛める相手はそうはいない。
下手な手合いなら痛めさせるまえにこの世を去っている。
かの女海賊を除けば彼の不肖の息子ぐらいだろう。
ともあれ、自分が交渉に出かけている間に彼女の存在を察知する何かが―――
或いは、彼女の方がコンタクトを取ってきたのだと、皮下は察した。


―――あぁ…クソ。殺しに行こうとした矢先にリップと言い大和と言い…
何だってあのクソババアの思惑を後押しする様な事が舞い込んで来やがるんだ!


酔いつぶれた落伍者が場末の居酒屋でくだを巻くように、罵声を上げるカイドウ。
それに続いてグビグビと豪快に酒を呷る音が聞こえてくる。
このままだと後三十分もしないうちに完全にへべれけだろう。
リップが初めに掲げていた要求を伝えたときから様子がおかしかったのもこのせいかと皮下は思い至った。


『あー、その。総督的には嫌だろうしリスクが高いのも承知の上なんだけどさ。
これから大和とやりあうなら俺的にはその婆さんを敵に回したくはないんだけども』
―――分かってらあ。だからこれから奴と会ってくるんじゃねェか。
殺すかどうかはその時決めるが…一つはっきりしてることがある。
『何?』
―――あのババアと会うのに素面じゃやってられねェって事だ。


カイドウの言葉に、思わず笑みが引きつる。
皮下だって、シャーロット・リンリンという老婆がどれだけ厄介かは酔った己の従僕からさんざん聞かされている。
少し前までなら、彼も関わり合いになるのを避けようとしていただろう。
だが今の皮下は大和という最高峰の参加者に狙われる立場であり、
リンリンという戦力を魅力的に感じないと言ったら嘘になる状況下だ。
特にカイドウの様にリンリンもまた、自分の部下を呼び出す能力を有しているなら是非とも欲しい能力がある。
鏡の世界を自由に行き来できるというミラミラの実の能力。
異世界に兵を収納できるという点では鬼ヶ島も同一であるが、監視と傍受、そして移動も行えるというのは鬼ヶ島には無いアドバンテージだ。
多少荒事に精通したものなら必ず目をつけるであろう鬼札。
これがあれば峰津院の社会的追跡を躱すのも容易になる。
現状の皮下が最も欲している、喉から手が出るほど自軍に欲しいカードであった。
霊地の争奪戦でも、大いに役に立つだろう。
加えて、リンリン本人もカイドウが認める、彼と肩を並べるほどの実力者だという。
少なくとも、現状で大和と同時に敵に回すのは絶対に避けたかった。
適度な距離感を保ちつつ、大いに利用させてもらいたい陣営だった。
更に、リンリン陣営を此方に引き込めばリップが最初提示した条件もクリアーできる。
流石の皮下も数時間で大和のランサーに並ぶサーヴァントを味方に加えるのは無理だと判断していた。
だが、ミラミラの実で峰津院の社会的追跡を無視し、鋼翼のランサーに並ぶ実力サーヴァントを味方に加えられたなら。
リップの引き留めも現実的になってくる。そこにNPCの開花計画を加えれば裏ドラだ。
だからこそカイドウも非常に嫌々ながら、交渉に赴こうとしているのだろう。


―――大看板は置いていく。何かあったらお前と大看板で何とかしろ。
『俺はついていかなくていいのかい?』
―――言ったろ、癇癪を一度起こせば話の通じるババアじゃねェ。
そんな時にお前がいたら邪魔だ。今は諸々の計画の準備をするんだな。
『…りょーかい。せめて不可侵条約だけでも話が纏まる様祈ってるよ』
―――期待はするな。面倒になったらさっさと殺して終わらせる。


うーん、これは望み薄かな…
そんな事を考えながら、念話を打ち切る。
本当に上手く話が纏まってほしいが、中々上手くいかないものだ。
事態は緩やかに、しかし確実に逼迫しつつある。
割れている主要な霊地二つを潰すか奪うかしない限り、大和は明日にでもチェックをかけてくるだろう。
拠点を失った状態で、果たしてどこまで巻き返せるものか。
頭が痛いが、休んでいる暇はない。貧乏暇なしとはよく言ったものだ。
自分のサーヴァントのご機嫌伺いの次は、同盟者のご機嫌伺い。
にこやかな笑みはそのままにため息を一つ吐き、皮下は気難しい同盟者に向き直った。


【新宿区・皮下医院跡地(異空間・鬼ヶ島)/一日目・夜】

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:やけ酒中
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
0:あの日の悔恨に"決着"を。
1:ライダー(シャーロット・リンリン)とは組まない。組まないったら組まない。
あのババアと素面で会えるか!!(それはそうと会いに行く準備中)
2:峰津院の霊地(東京タワーとスカイツリー地下)を強奪ないし破壊する。
3: 鬼ヶ島の顕現に向けて動く。
4:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
5:リップは面白い。優秀な戦力を得られて上機嫌。てめェ戻って来なかったらブチ殺すからな
6:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
7:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
8:峰津院大和は大物だ。性格さえ従順ならな……
9:ランサー(ベルゼバブ)テメェ覚えてろよ
[備考]
※鬼ヶ島の6割が崩壊しました。復興に時間が掛かるかもしれません
※ライダー(シャーロット・リンリン)の存在を確信しました。




「つーわけだ。仮説の検証の前にお前の要望(オーダー)に応えられるかもしれないぜ」
「そう言うことは実際ことが運んでから言うんだな。俺はお前の胡散臭い話より、
大和の持ってる霊地の方が魅力的に聞こえたぞ。お前らと分けるより取り分は多くなるだろうしな」
「おいおいおーい。ただでさえクソ強いあのボンボンこれ以上強くしてどうすんだよ。
何?もう身も心も大和の手下か?オーハイル峰津院なのか?」
「ほざいてろ。俺とアーチャーの目的はあくまで優勝だ。
…時が来れば殺すさ。大和も、お前も。お前らは俺達の踏み台にすぎない」
「それなら大和を倒すまでは少なくとも俺たちについた方が得だな。
…大和の奴に何を吹き込まれたかは知らねーが、奴のランサーが霊地の魔力を手に入れたら真っ先にお前のアーチャーちゃんを始末するはずだ。賭けてもいい。
最強になったら他のサーヴァント置いとくなんてリスクにしかならねぇ」


火花の散るような剣呑な会話。
だが、皮下は内心安堵していた。
目の前の同盟者、リップはやはり優秀な男だ。大和が引き抜こうとしたのも頷ける。
凡夫なら聞いた瞬間大和の屋敷へ走り出しそうな龍脈の話をしても、冷静なままだ。
リップもまた、大和ら主従が莫大な魔力資源を得るリスクの高さに思い至ったのだろう。
もしこの眼帯男が愚鈍ならどうぞ大和の足を引っ張ってくれと送り出せたのだが。


「それで?その大和のお尋ね者になってるお前はこれからどうするつもりだ。
そろそろ、奴はお前を追い詰めるために手を打ってくる頃合いだろ」


リップの懸念。
それは、大和が峰津院の権力をフル活用して皮下への社会的追撃を行うこと。
この未曽有の惨状の元凶として指名手配されるか、或いは神戸あさひの様に炎上させられるか…
何方にとっても、皮下にとって不味い事態になるのは確かだ。
だが、その当の本人の反応は、


「あぁ、それに関しちゃそこまで支障はないと思ってる」


実に淡白なものだった。
いつもの軽薄な笑みを浮かべたまま、ひらひらと手を振ってリップの懸念を一蹴する。


「随分と余裕だが、根拠はあるんだろうな」
「勿論あるさ。まず一番不味いのが罪をおっ被せられて公的に指名手配される事だが…
幾ら何でも被害の規模が大きすぎる。俺がゴジラでも飼ってたって言うか?」


そう、神戸あさひのケースとは違い、新宿事変は個人が引き起こせる被害規模をはるかに超えている。
まるで大型直下型地震か、絨毯爆撃でも受けたかのような地獄絵図だ。
例え爆弾を使ったとしても、個人であの惨状を引き起こすのは不可能。
皮下が犯人だと大和が言っても、気が触れたと思われるのがオチだ。
翻って、公的に追われる立場にはまずならない。
となれば予想されるのは被害者として取り沙汰されるケースだ。
これについては最早回避しようもないが、NPCから積極的に追跡される立場にならなければ致命打にはなりえない。
何故なら、皮下には鬼ヶ島という反則手があるのだから。

故に、NPCに対する懸念はほぼほぼ問題ないだろうと皮下は語る。


「NPCはそれでいいのかもしれんが、マスター達の心証はどうなる」
「俺がマスターだって露見するのはもう不可避だわな。それは明確に痛手だ。
けどさぁ、何処の世界に開戦初日に本拠地吹っ飛ばしておっ始めるバカがいるよ?」


あぁ、それはそうだな、と。
何処か遠い目をして切ない声で語る皮下の言葉にリップは腑に落ちた気がした。
同時にほんのちょっぴり、同情もした。


「まず真っ先に皮下病院が爆心地になったのはもう報道されてる。
ここから情報操作するのは無理だし、それでどっちが先に仕掛けたかは分かるだろ?」


報道を抜きにしてもSNSなどから一連の惨事の状況は調べることができる。
峰津院がマスメディアに圧力をかけようと、もう揉み消せはしないだろう。
従って、広まった情報から既に時系列程度なら容易に推理が可能になっている。
皮下病院がまず崩壊し、新宿御苑がそれに続いた。
頭の回る者なら気づくだろう、まず襲撃を受けたのは皮下病院ということに。
院長という身分を与えられている以上皮下病院で戦闘を始めるメリットがほぼないからだ。
サーヴァントの衝突を受ければただの病院など直ぐに壊滅。
当然院長なんてロールはもう使えないし、存在も他のマスターに露見してしまう。
となれば損得勘定ができる人間なら皮下病院での戦闘は避けようとするはず。
だが、そうはならなかった。
それは、それほど相手が河岸を変えるほどの交渉の余地もなかった事を示している。
そして、その襲撃者はだれか?
そんなものは決まっている。
新宿御苑の管理者にして、これから皮下を晒上げにする峰津院大和に他ならない。


「病院を攻撃するのは実際の戦争でも禁止されてんだぜ?その為の国際条約もある。
病院に先制攻撃を仕掛ける外道の上に、それを利用して遠回しな吊し上げやるマスター見たらお前ならどう思うよ」
「…一理あるが、それでもお前が応戦して惨状を作ったのは事実だろ」
「そりゃそうだ。それについては申し開きもない。
でも、無抵抗で殺されるわけにいかないってのはどの参加者も同じだ。
違うってんならそいつはよっぽどの偽善者だな」


あくまでさして支障はないとみているのは大和の遠回しな糾弾に限る。
新宿大虐殺の片棒を担いだのは事実であり、警戒されるのは不可避である。
だが、そんな苦境の最中にあっても皮下の態度は相変わらず飄々としていた。


「油断はしない、警戒はちゃんとするさ。
だが、ここで大和の方を一番に警戒しない程度の相手に総督が負けると思うか?
少し考えを巡らせれば、お前が今言ったことはそっくり大和にも当てはまる」


道理だな、と。
口には出さないが、リップは心中で相槌を打つ。
これから皮下らを新宿事変を起こした極悪人としてプロパガンダを大和は流すだろう。
だが、大和も新宿大虐殺の元凶の一人であることは変わらない。
それだけでなく、開戦の狼煙を上げ、新宿を戦場に選んだのは大和だ。
峰津院のバカげた権力を持つ彼ならば封鎖した地区で雌雄を決する事も可能だった。
無論、皮下が乗ってくるかという問題もあるが、本拠地を潰されるリスクを考慮すれば乗る可能性も決して低くはなかった。
にも拘らず、大和は行わなかった。
理由は簡単、先制攻撃というアドバンテージと、敵の本拠地を潰す好機を逃すつもりがなかったからである。
わざわざ手間をかけてNPCの身を案じる心の贅肉は彼には存在しない。
そして、敵対者を逃せば今度は権力で追い詰めようとする。
ここまで材料がそろえば、あの男の腹の中が真っ黒なのは推理できるだろう。


「んで、大和の腹が黒いことに気づけば当然その後の事も想像がつくだろ?」


その後の事とは、つまり。
皮下らを下した後に、次に大和たちの標的に選ばれるのは自らという未来だ。
新宿を地獄絵図に変えた戦闘力。
公的機関に匹敵する社会的権力。
そして何より、病院に躊躇なく先制攻撃を仕掛けられる冷酷さ。
皮下らが没した後、それらの脅威はほかの主従へと向くだろう。
それを回避する方法はたった一つ。
何のことはない、皮下らをこのまま放って置くということ。
可能なら、対大和陣営の旗印にしてしまうこと。
面倒ごとは対岸の火事にしてしまい。火中の栗はだれかに拾わせる。
遥かな昔から面倒ごとはそうやって解決するのが不都合がない。


「勿論俺達が弱ったとみて溺れる犬を叩こうとするハゲタカも出てくるだろ。
そう言った連中は警戒する必要があるが…大半のマスターは静観を取る可能性が高い。
どうだ?納得したか?」


笑みを浮かべながら、教鞭を振り終えた教師の様に。
皮下真はそうやって大和のプロパガンダ戦略を結論付けた。


「……あぁ、根拠のない楽観って訳ではないのは理解した」
「わかってくれて何よりだ。とりあえず今は総督の交渉結果待ちだな。
それまではNPCの仮設の検証や、大和から霊地を奪う計画を立てるさ」
「精々急ぐことだな。俺はともかく、大和の気は長くない」


話の終わりに、これから具体的にどう動くかの補足も忘れない。
リップの反応は相変わらず塩気の強い物だったが、未だ皮下の元を離れる様子は無く。
皮下としても、下手に態度を軟化されるよりは其方の方が安心できた。
精々、大和との定刻までご機嫌伺をしてやるさ。
そう思いながら、懐からスマートフォンを取り出す。
通話の相手は、リップの交渉と並行して重要な仕事を頼んだ自身の部下。
語るまでもなくハクジャ達だ。
未だに連絡がないということは、殺されてしまったのか?
それならそれで構わないが、生死だけは確認する必要がある。
そんな思いからの確認の通話だった。
かかるとは思っていなかったが、予想に反してハクジャへのコールはあっさり繋がった。


「……は?」


ハクジャから聞かされた報告は二つだった。
一つは幽谷霧子に替わり、彼女の仲間である古手梨花という少女を連れていくと言う事。
もう一つは彼女らが企てているという聖杯の改ざんによる脱出計画。
どういう事だと尋ねてみたが、帰ってくるのは何とも要領を得ない答えだった。

無論の事ではあるが、ハクジャが語ったのはこれから皮下のアジトで梨花が語る内容とほぼ同じだ。
ハクジャ達がその脱出計画に乗ろうとしていることは勿論、梨花の不都合になる情報はできる限り伏せている。
だが、その報告は。
今しがた可能性の器についての仮説を立てていた皮下にとって青天の霹靂とも呼べる――
かなりの厄ネタだった。
彼の頬を、冷たい汗が一筋伝った。




その報告を受けて皮下が思ったことは一つだ。
……あれ、これヤバくね?と。
通話を切ってから、無言で天を仰いで思考を巡らせる。
今しがた報告された283プロダクションのマスター御一行が目論んでいる脱出計画。
それを聞いた瞬間、非常に嫌な予感が皮下の背中を走った。
前提として、現段階では取り越し苦労も十分にあり得る懸念だ。
だが、その懸念の払拭は困難を極める、正しく悪魔の証明だ。
実際にどうなるかは、蓋を開けてみなければ分からない。
だが、そのシュミレーションは絶対に行う必要があるだろう。
正しくその箱は、パンドラの箱に他ならないのだから。
皮下の懸念が正しければ、最悪この聖杯戦争そのものが転覆する。


「なぁリップ、アーチャーちゃんに聞きたいことがある。話をさせてくれ」
「突然どうした。大和の奴が殴り込みでもかけてきたのか?」
「あぁ、下手すりゃそれより不味いかもしれねー。
そしてこれは、お前にとっても厄ネタの可能性が高い。それもド級のな」
「……アーチャー」


皮下の表情は今まで通りヘラヘラとした軽薄な笑みだ。
だが身に纏う雰囲気は先ほどまでのそれとは確実に違っていた。
此方を揶揄ったり、何かを企んでいる様子ではない。
故に普段はアーチャーに皮下をなるべく近づけない様にしてるリップも、ここは譲る。
主に促されればアーチャー…シュヴィの方も否やはなく。
先ほどまでの嫌悪一色ではない複雑な表情を浮かべながら、皮下の前へと現れる。


「……なに…」
「単刀直入に聞きたいんだけどさ、アーチャーちゃん。
この東京…ひいては聖杯戦争から、聖杯を改竄して逃げようとしてる奴らがいるらしい」


仮にそう言った宝具があるとして―――
令呪三画分の魔力量によって、発動した宝具が聖杯に影響を及ぼす可能性はいか程か?
それが皮下の提示した最初の問いかけだった。
その問いには思わずリップも目を剥いた。
聖杯の改竄による脱出。
文字列だけならば完全な与太話にしか聞こえない。
だが普段吐く言葉全てが与太話の様な皮下が、大真面目にその事について尋ねている。
異常事態であることは、リップにも分かった。
故に彼は口を挟まず、シュヴィも真摯な対応を行う。


「……情報、不足…余りにも。それだけでは…解析、不可能…
できて…精度の、不確かな…推測…それでも、可能?」
「構わないよ。無理な頼みなのは承知の上だし、今はそれだけでも値千金だ」
「ん…それ、なら…理論上、は…可能……
令呪、三画ぶん……魔力リソースなら……成功率、約4%と、推定……」
「4%か、思ってたより高いな」
「解析、材料…不足…推定、値……条件によって…大きく、変動…予想」
「あぁ、いや、疑ったわけじゃないんだ。ありがとな」


約4%。
それは皮下が推察していた数値とほぼ同一だった。
判断材料は可能性の器として本選に進んだ主従の総数。
何のことはない、単純に23分の1の確立ということだ。
大和クラスの魔力量のマスターが発動すれば更に確立は上昇するだろうし、
そもそも宝具の性質によってはこの仮定自体が意味のないものになる。
しかしそれらの要素をここはいったん無視し、純粋に魔力に乏しい283のアイドル達が件の宝具の燃料源となることを前提とする。
ならば逆さに振っても、賭けられる最大の賭け金は令呪三画分が天井だろう。
そして、単純な出力で比べるなら23分の1という数値もかなり都合がいい数値だ。
聖杯が割いたリソースの中で、サーヴァントの魔力分だけ計上しているのだから。
東京という都市の再現、霊地の魔力や膨大な数のNPCも当然聖杯製だ。
それを考慮に入れればカイドウや鋼翼のランサーの霊基ですら、聖杯全体のリソースで言えば数パーセントあるかどうかも怪しい。
そんな途方もない聖杯の持つ全ての魔力と、一人のマスターに与えられた令呪の魔力。
単純に考えれば、勝負は火を見るより明らかだ。
純粋な出力勝負になれば聖杯の改竄の成功率は4%どころか小数点を割るだろう。


「まぁ、正しく大海をコップで乾すものって奴だな」


計画が成功しても、その程度の出力では用意できて一人分の帰り道の可能性が高い。
何か、出力面をカバーする秘策や宝具の性質でもあれば別だが―――、と。
そこまで考えて、今度は少し視点を変えて、皮下は考えてみることとした。
自分が脱出をしようとして。改竄が難しいなら他にどんな手を考えるか。
顎に手をやり、少し考えると、再び彼はシュヴィに問いを投げる。


「少し本題とはずれるんだが…仮に聖杯の改竄なんかじゃなくてさ。
物理的にここから逃げ出そうとしたらどうなる?宇宙船やワープ能力とか、
サーヴァントの中にはそう言う宝具持ってる連中がいるんじゃないか?」


皮下のその問いに、シュヴィは困ったように小首を傾げて。
少しの間をおいて、「まず…不可能だと、推測……」と回答した。


「この、界聖杯……あらゆる、可能性…あらゆる、世界…あらゆる、時間軸、から…
マスター、は…集め、られてる…物理的、な…距離、の…問題、じゃない……
まず…各々、の…次元、世界線、の観測…から、困難……」


彼らにも知る由はないが。
この界聖杯という舞台は様々な世界線や時間軸、次元の壁が入り混じった可能性の坩堝。
光月おでんやリップ、古手梨花や峰津院大和がその証明といえる。
更に283プロダクションのアイドル達の様に複雑に入り組んだ世界線を形成している例もある。
距離的な空間の問題ではなく、世界線や時間軸の問題も横たわっているのだ。


「それに…聖杯の、観測、範囲から…離れた…受肉、していない…サーヴァントは…座に強制、送還……される…と推測…優勝者…の、サーヴァントも…
最終的に…座に還る、のを、考えれば……これは、ほぼ確実……虚数、空間…でも、経由…して…存在証明、誤認…しない、限り」
「ま、要するにまず物理的な脱出は無理、と……
その虚数空間ってのが何かじっくり聞きたい処だが、今は置いておこう。
……でさ、ここからが本題なんだが―――」


ここまでシュヴィの語ったのは全て推測であり、机上の空論の域を出ない。
それを考慮しても全財産を賭けるには分の悪い賭けだと皮下にもリップにも分かった。
だが、決して0ではない。
仮に成功確率が4%なら、宝くじの一等を当てる確率の約8000倍だ。
この数値は、脱出を目指す者にとってはある意味希望となるだろう。
だが、皮下達にとってそんなもの今はどうでもよかった。
そもそも宝具の性質によってこんな数値は意味をなさなくなる。
知りたかったのは不可能か、それとも0.01%でも可能性があるかどうかだった。
元より皮下もリップもそんな脱出計画に乗るつもりは毛頭ない。
それ故に、今の彼らの本題となる懸念は―――


「―――もし、奴らの脱出計画が成功した場合、この聖杯戦争はどうなる。
残った可能性の器に聖杯はどういった裁定を下すか、解析を頼む」


皮下の言葉を遮って尋ねたのは、シュヴィのマスターであるリップだった。
問うのは283プロダクションの関係者が脱出に成功した場合の、残存マスターの処遇。
もしも彼女たちの脱出が叶った場合も、聖杯戦争がそのまま進行するならまだいい。
リップたちからしても戦わずして競争相手が減るなら万々歳だ。
協力するかは分からないが、少なくとも進んで邪魔するつもりもなかった。
だが、つい先ほど皮下から聞かされた『可能性の器』の仮説。
『可能性の器』がこの聖杯戦争を構成するピースとしてどれほど重要かという仮定。
もし、皮下の考察が純然たる真実だったとして。
可能性の器の大量喪失が、この聖杯戦争にどんな影響を及ぼすか―――
リップの背筋に、嫌な予感が駆け抜けた。
そのため、彼もシュヴィに意見を求めた。
懸念が正しい物の場合、早いうちから手を打っておかねば手遅れになる。
だが対するシュヴィは頷いた物の、その表情はさっきと輪をかけて自信なさげで。


「本選…通達時、の…ログ、から…界聖杯、に…アクセス、してみる…
けど…多分…また、聖杯の…防衛…システムに…弾かれる」
「ダメで元々だ。遠慮なくやってくれ」
「そうだアーチャーちゃん!ファイトだ!!」


励ますようにリップはシュヴィに命じ、皮下もそれに便乗する。
聖杯へのアクセス自体は、予選期間中にも何度か試したことはあった。
この聖杯戦争全ての情報が刻まれているのは言うまでも無く、界聖杯である。
ならばシュヴィの有する解析能力で聖杯へとアクセスすれば、様々な情報が楽に手に入るのではないか?
リップがそう考えたのも無理からぬ話だ。
現在生き残っているのはどんな能力のサーヴァントか。
また、その所在はどこにあるか。
それらを手に入れれば他の主従では影も踏めないアドバンテージとなる。
そんな目論見を孕んだ試みだったが…結果はすべて失敗に終わった。
如何に既存サーヴァントでこと解析能力では最強を誇るシュヴィも所詮は一介の英霊。
聖杯の公平性を保つために用意された情報保護は突破できず、解析結果は全てエラー。
今回も空振りに終わる可能性が高いと、シュヴィ自身はそう踏んでいた。
だが、物は試しだ。
不治の命じるままに、機凱種の少女は解析を開始する。

―――確認。分析。演算。既存情報をもとに再定義。情報防衛網、衝突(エンゲージ)
―――CRACK。CRACK。CRACK。


事態は、意外な方向へと転ぼうとしていた。
カッとシュヴィの瞼は見開かれたまま、解析が進行している。。
情報保護のための防衛システムに衝突したにも関わらずだ。
以前は情報防衛網に衝突した瞬間、エラーを吐き出していた。
シュヴィを含めた全員の予想を裏切って、解析は進む。
嬉しい誤算だったが、同時にパンドラの蓋を開けるような戦慄を禁じ得ない。
だがそれを億尾にも出さず皮下は不敵に笑い、リップは無言のままに。
観測を深めていく機凱種(エクスマキナ)の少女を見守った。
そして、それから一分ほど後。


「―――解析、完了」


……解析が、完了した。




シュヴィの解析結果が出てから、その場にいる全員が暫く無言だった。
全員が結果を受け止め、目まぐるしくどうするべきか頭脳を回転させていた。
シュヴィが参照できた情報は、奇しくも峰津院大和の立てた仮説を裏付けるものだった。


―――もし、聖杯戦争進行中に複数の可能性の器の中途喪失が認められた場合、
    その時点で聖杯戦争を終結とみなし、残存マスターを抹消する。


それが、シュヴィの導き出したシュミレーション。未来予想図。
聖杯を求める者たちにとっての行き止まりだった。


「しっかし、界聖杯も意地が悪いよな。複数の可能性の器って言い方は。
一人ならいいのか。一人でもダメなのか。何人からダメなのか、それすら分からん」


見えてきた拠点に案内しながら切り出したの皮下だった。
くつくつと含み笑いを浮かべて聖杯に毒づく。
結局、彼らが得ることができた情報はそれだけだった。
後は何を解析しようとしても、以前の通り全てエラー。
界聖杯はむしろ混乱の火種を投げ込むだけで、再び黙して語らない。
ただ、一つはっきりしていることは。


「界聖杯は望んでるんだろうな。空の玉座にたどり着くものが現れることを。
それだけはハッキリした」


界聖杯は儀式の完遂を望んでいる。
この解析の一度きりの成功こそ、皮下は界聖杯からのメッセージだと感じた。
せっかく招いたパーティに途中で帰宅されては片手落ちというもの。
その為ゲストの引き留めを遠回しに依頼してきたのかもしれない。


「そんなことはどうでもいい。問題はこれからどう対処するかだろう。
件の事務所の偶像(アイドル)共はマスターが何人いるんだ?」
「今のところ、確定してるのが一人。限りなく黒に近いのが白瀬咲耶を含めれば三人。
古手梨花って嬢ちゃんも入れれば五人だが…この調子だともっといるかもな」
「…それだけいれば立派な一大勢力だな」


皮下から話を聞いてリップは天を仰いだ。
推定死人の白瀬咲耶を抜いても四組。しかももっと増える恐れがあるという。
後2,3組増えれば残存マスターの約三割を占める立派な大勢力だ。
対聖杯陣営としては勿論の事、純粋な聖杯を求める競争相手としても放って置くわけにはいかない。


「俺達が殴り合ってる間にアイドル共がこっそりゴールを決めればそれでゲームセット。
聖杯戦争は打ち切り最終回。俺達はめでたく間抜けな敗残者として消去(デリート)されるわけだ」


しかも彼女たちの大半は顔見知りであるのが更に性質が悪い。
彼女たちが『善い子』なのは皮下も知っている。
元の世界からの仲間ならそれだけ結束も強く、聖杯を目指さない分一枚岩となる。
外部からの切り崩しも余程の事がない限りまず不可能だろう。
みんなで帰ろうと今頃息巻いているのではないだろうか。


「…それで、どうするんだ。ガキの一人がこれから来るんだろ?」


最早静観は不可能。
知ってしまったからには共存の道はない。
283の面々と全面戦争になるか否かの瀬戸際だった。
故にリップも皮下の次の動向が気になったわけだが…


「んー…ま、取り合えず話を聞いてみるさ」


対する皮下の反応は拍子抜けするほど弛緩した物だった。


「何事も早計は良く無いだろ? 向こうの言い分が俺達の意向に沿う可能性が無い訳じゃないしな」
「……もし、沿わなかったら」


リップの問いに対して、皮下の返答は薄笑いとポケットから取り出した錠剤だった。
それをリップの方へと投げ、無言のままにキャッチする。
何だこれはと、再び問うと、ワクチンさ、と皮下は返した。


「仮面の霧っていう無色無臭の幻覚ガスに、氷鬼ってウイルスをブレンドした。
あんまり合ってねぇのか殺傷力はガタ落ちだが、それでもインフルエンザの倍は酷い感じになる」
「化学兵器か、お前らしい汚い手段だな」


リップは容赦なく侮蔑の視線を送るが当の皮下はどこ吹く風。
肩を竦めて軽薄な笑みを浮かべるのみだ。


「向こうさんはいざとなりゃ令呪を使えば逃げ切れるとタカを括ってるんだろうが…
そうは問屋が卸すかよ。気づいた時には手遅れって訳だ」


令呪の瞬間移動の効果の絶大さは皮下も身をもって知っている。
それを封じるには、これが最も効果的な策だと彼は語った。


「向こうがこっちに不都合になる存在って判断したら使う。
最低でも件の宝具を持ってるサーヴァントとマスターの事は吐いてもらわないとな?
今回ばかりはお前にも協力してもらうことになるかも」
「……状況を見て判断する。それまで俺はただのギャラリーだ」
「構わない。大看板じゃ手に負えそうになかったら協力してくれ」


何なら、アンタの不治を使ってもいい、と。
皮下はそう付け加えた。
というより、脅迫するならそれが一番確実な手段だとも。
確かに上手く事が運べば、使える駒が増えるかもしれない。
リップにとっても、脱出を企てているガキがどんな手合いか興味があった。
聖杯戦争を揺るがしかねない相手ともなれば、高みの見物もそうはできない。
古手梨花との会談に同席するのを決め、手の中の錠剤をシュヴィに解析させる。


「信用ねーなぁ全く。俺、これでも一応お前にゃ誠実に対応してんだけどね。
じゃなきゃあらかじめワクチン何か渡さないだろ?」
「信用できるか、バカ」
「ハハハ。じゃあ信用できないついでに、こっちも見てもらうか」


シュヴィが問題ないと伝えた後、やっとリップはワクチンを口へと運ぶ。
その様を見てやれやれと口に出しながら、再び皮下は懐のスマホを取り出した。
そのまま一分ほどかけて何某かの操作を行い、終わってから二人の前に画面を晒した。
そこに映っていたのはツイスタの公式アプリだ。

@DOCTOR.K ・4分  …
峰津院が管理する東京タワーとスカイツリーの地下には莫大な魔力が眠っている。
聖杯戦争の趨勢を決するだけの魔力プールが峰津院の手の中にある。

@DOCTOR.K ・3分  …
283プロダクションのアイドル達はマスターであり、聖杯戦争からの脱出を狙っている。
そして、それが達成された場合、聖杯戦争は中途閉幕となり残存マスターは全て消去される。


DOCOTR.Kと銘打たれた生まれたばかりのアカウント。
そのアカウントには既に二つの投稿の下書きが示されていた。
一つは、峰津院の、もう一つは283プロダクションに対して向けた投稿だ。


「俺達だけが大和や283の事で悩むのは不公平だろ?
だからほかの奴らにも一緒に頭を悩めてもらうのさ」


今しがた皮下が行ったのは、一言でいうなら他主従へのリークだ。
何しろ大和も283も放って置いたら聖杯戦争の趨勢を決定させかねない厄ネタを抱えている。
同時に対処するのは皮下達がいくら強かろうと無理だ。
なのでこうしてほかの主従へと情報をリークする。
大和も聖杯を目指す以上、283を無視はできない。
同時に大和が莫大な魔力を独り占めするのが危険(ヤバ)いのを283や他の主従に分からせる。
こうすれば状況は更に混沌とした方向に進むだろう。
大和も最早皮下らを注視してはいられず、283にも気を払わねばならない。
更に283は他の聖杯狙い達相手に四面楚歌となる。
大和から霊地を奪うには、その混沌こそ最大の好機となるのだ。


「誰とも繋がってないアカウントの投稿だ。気づくのには時間がかかるだろ。
大和たちが気づく頃にゃ、総督の交渉も結果が出てるだろうな」


繋がりが皆無なアカウントの投稿など普通の人間なら早々目にすることは無いだろう。
それこそ神戸あさひを炎上させた情報戦のやり手か、サイバー部隊を抱えている峰津院以外の聖杯狙い達はまず気が付かないはずだ。
だが、余り拡散されなくとも問題はない。
折角貴重な情報をリークするのだ。もとより雑魚は不要。
一定以上のレベルの参加者が気づけば、この投稿の目的は達成される。
カイドウとリンリンの交渉や、梨花との会談が控えていることも考えれば、そのやり手たちが気づくタイミングもできる限り遅い方がいい。


「さぁ、キックオフだ」


拠点へとたどり着き、異界への扉が開かれる。
それと同時に、言葉とともに投稿ボタンがタップされる。
今はまだ誰も気づくことのない騒乱の種。
だがそう遠くないうちに芽吹き―――聖杯戦争を更に混沌へと運ぶだろう。
眠れぬ夜が来る。
世界を回す嵐の夜が、始まろうとしていた。






「しっかしどんな子だろうな?霧子ちゃんみたいな可愛い子なら良いねぇ」
「知らん。ただのガキだろ」
「安易な人道主義(ヒューマニズム)を掲げるお花畑少女か…
或いは本当に奇跡を起こす俺たち最大の敵かもしれないけどな。一つ賭けてみるか?
お前が勝ったら一杯奢るよ。俺が勝ったら…そうだな、お前の願いって奴を教えてくれ」
「……それじゃ、お前と逆の方で」
「前者だな。俺は後者ってことで。
中途半端な平和の使者はいつの世も志半ばで倒れるもんだが…お手並み拝見と行こう」


【港区・皮下のアジト(異空間・鬼ヶ島)/一日目・夜】

【皮下真@夜桜さんちの大作戦】
[状態]:魔力消費(中)
[令呪]:残り二画
[装備]:?
[道具]:?
[所持金]:纏まった金額を所持(『葉桜』流通によっては更に利益を得ている可能性も有)
[思考・状況]
基本方針:医者として動きつつ、あらゆる手段を講じて勝利する。
0:とにかく少し休みたいんだが…マジ勘弁しろよ大和も283も。
1:大和から霊地を奪う、283プロの脱出を妨害する。両方やらなきゃいけないのが聖杯狙いの辛い所だな。
2:とりあえず拠点で古手梨花を待つ。総督の交渉は成功してくれ。
3:覚醒者に対する実験の準備を進める。
4:戦力を増やしつつ敵主従を減らす。
5:沙都子ちゃんとは仲良くしたいけど……あのサーヴァントはなー。怪しすぎだよなー。
6:全身に包帯巻いてるとか行方不明者と関係とかさー、ちょっとあからさますぎて、どうするよ?
7:峰津院財閥の対処もしておきたいけどよ……どうすっかなー? 一応、ICカードはあるけどこれもうダメだろ
8:リップとアーチャー(シュヴィ)については総督と相談。
9:つぼみ、俺の家がない(ハガレン)
[備考]
※咲耶の行方不明報道と霧子の態度から、咲耶がマスターであったことを推測しています。
※会場の各所に、協力者と彼等が用意した隠れ家を配備しています。掌握している設備としては皮下医院が最大です。
 虹花の主要メンバーや葉桜の被験体のような足がつくとまずい人間はカイドウの鬼ヶ島の中に格納しているようです。
※ハクジャから田中摩美々、七草にちかについての情報と所感を受け取りました。
※峰津院財閥のICカード@デビルサバイバー2、風野灯織と八宮めぐるのスマートフォンを所持しています。
※虹花@夜桜さんちの大作戦 のメンバーの「アオヌマ」は皮下医院付近を監視しています。「アカイ」は星野アイの調査で現世に出ました
※皮下医院の崩壊に伴い「チャチャ」が死亡しました。「アオヌマ」の行方は後続の書き手様にお任せします
※ドクロドームの角の落下により、皮下医院が崩壊しました。カイドウのせいです。あーあ
皮下「何やってんだお前ェっ!!!!!!!!!!!!」
※複数の可能性の器の中途喪失とともに聖杯戦争が破綻する情報を得ました。


【リップ@アンデッドアンラック】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:走刃脚、医療用メス数本、峰津院大和の名刺
[道具]:ヘルズクーポン(紙片)
[所持金]:数万円
[思考・状況]
基本方針:聖杯の力で“あの日”をやり直す。
1:皮下の提示した理論が正しいかを見極める。
2:もしも期待に添わない形だった場合大和と組む。
3:283プロを警戒。もし本当に聖杯戦争を破綻させかねない勢力なら皮下や大和と連携して殲滅に動く。
4:敵主従の排除。同盟などは状況を鑑みて判断。
5:地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)の量産について皮下の意見を伺う。
6:ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)は様子見。追撃が激しければ攻勢に出るが、今は他主従との潰し合いによる疲弊を待ちたい。
7:峰津院大和から同盟の申し出を受けました。返答期限は今日の0:00までです
[備考]
※『ヘルズ・クーポン@忍者と極道』の製造方法を知りましたが、物資の都合から大量生産や完璧な再現は難しいと判断しました。
また『ガムテープの殺し屋達(グラス・チルドレン)』が一定の規模を持った集団であり、ヘルズ・クーポンの確保において同様の状況に置かれていることを推測しました。
※ロールは非合法の薬物を売る元医者となっています。医者時代は“記憶”として知覚しています。皮下医院も何度か訪れていたことになっていますが、皮下真とは殆ど交流していないようです。


【アーチャー(シュヴィ・ドーラ)@ノーゲーム・ノーライフ】
[状態]:健康
[装備]:機凱種としての武装
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:叶うなら、もう一度リクに会いたい。
0:…マスター。シュヴィが、守るからね。
1:マスター(リップ)に従う。いざとなったら戦う。
2:マスターが心配。殺しはしたくないけと、彼が裏で暗躍していることにも薄々気づいている。
3:フォーリナー(アビゲイル)への恐怖。
4:皮下真とそのサーヴァント(カイドウ)達に警戒。
5:峰津院大和とそのサーヴァント(ベルゼバブ)を警戒。特に、大和の方が危険かも知れない

※聖杯へのアクセスは現在干渉不可能となっています。


時系列順


投下順


←Back Character name Next→
075:で、どうする?(前編) 皮下真 102:械翼のエクスマキナ/Air-raid
ライダー(カイドウ) 090:sailing day
075:で、どうする?(前編) リップ 102:械翼のエクスマキナ/Air-raid
アーチャー(シュヴィ・ドーラ)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年03月22日 21:11