落ち着け、と。
北条沙都子は必死に言い聞かせていた。


(今のお前は何?北条沙都子。今のお前はオヤシロ様の代行者。
雛見沢の新たな祟りを下す者でしょう。この程度の苦境、嗤って相対なさい)


現状の北条沙都子の立場は、一言で言って芳しくなかった。
二つの巨大陣営に取り入り総取りの機を伺う。
その計画はついさっきまで順調に事が進んでいたのだ。
首尾よく要求された仕事をこなし、鏡の要塞と割れた子供達という戦力も手に入れた。
同盟者二組のサーヴァントは何方も性格に難ありだが超一流。
このまま上手く立ち回ればリンボの企てが実を結ぶときまで安心して待てるはずだった。
扇動し共倒れさせるはずだった怪物二人が、数十年来の知己でなければ。


(状況を、整理しましょう)


予想される最も不味い展開は、二組の主従に八方美人の裏切者として認識されること。
そうなれば待ち受けているのは正しく童話の蝙蝠の末路だ。
鳥からも獣からも嫌われ追放される。
そうなれば沙都子はこれまで築いてきた全ての地盤を失うことになる。
最悪の場合皮下とガムテの主従、そして割れた子供たちを同時に敵に回す事になるかもしれない。
そうなれば勝ち残りどころか生存さえ絶望的だ。
令呪を使っての逃走も考えたが、今は棄却する。
それでは地盤を失うだけでなく、令呪一画も失う物の中に加わるだけだからだ。
逃げるにしても状況を好転させる当てがなければ意味がない。
死期が僅かに伸びるだけだ。


(…クールに。COOLになるのよ沙都子。
まだ私は何方の陣営にとっても不利益になることは喋っていない。
大事なのはここからの立ち回り。それさえクリアーすれば挽回は十分可能)


深く呼吸を一度行い、脳に酸素を巡らせる。
瞳を紅く煌めかせ、思考を切り替える。
皮下らにガムテと一緒にいられるのを見られれば確かに心証は下がるかもしれない。
だが、最悪でもその程度だ。
何せ自分は皮下主従の情報を一つとしてガムテらに売り飛ばしたわけではない。
双方共に八方美人を行うつもりだったのだから当然ではあるが。
ともあれ、決定的な裏切りに当たる行為は行っていない。
加えて皮下主従には自分から売り込んだが、ガムテの場合スカウトして来たのは向こうだ。
彼のサーヴァントと割れた子供達という私兵を抱えている事を伝えれば孤軍であった沙都子に断る選択肢など無いと察しが付くだろう。


(向こうだってあの調子なら他にも同盟者がいるはずですし、皮下先生に対しては開き直ってしまいましょう)


となれば問題はガムテの方だ。
こっそり自分が同盟を結んでいて、それを黙っていたとバレればいい顔はしないだろう。
だがそう遠くないうちに裏切ることは常々話していたし、最初に誘ってきたのも向こうの方だ。
彼らと同盟を結ぶ以前の事を詳らかにする義理なんて何処にもない。
整理してみれば、此方もさほど問題は無いといえる。
もし何方かに寄ったスタンスを見せていればもっと苦しい状況だっただろうが…
それを考えると露見するタイミングが今だったのは怪我の功名だったのかもしれない。


(とは言え余裕を見せられる状況でもありませんの。
何らかのフォローは行うべきでしょうが…謝罪、何てもっての外ですわね)


いつか裏切るぞと公言していた者が「自分は二股をかけていましたすみません」なんて謝罪するなど愚の骨頂。
心証を下げるだけでなく誤魔化す度量も無い無能の誹りは免れない。
裏切りではなく己の能力不足を疑われて放り出されるなどあってはならないのだ。
故に、今とるべき行動は…と。
思考巡らせていた時だった。


「お~い黄金時代(ノスタルジア)、鞍替え(チェンジ)の予定はあるか
あの生臭坊主(リンボマン)はダメだ。ちょーっち臭いぜ」
「…今のところ予定はありませんわね。あれでも命令には忠実ですのよ、彼。
能力的にも優秀ですし…そこが頭の痛い部分でもありますけど」


ガムテから珍しく咎める様な言葉をかけられる。
しかし、沙都子には現状リンボを手放すつもりは毛頭なかった。
二体の怪物は別としても、リンボは優秀だ。
プロデューサー神戸あさひのサーヴァントを一瞥した時にそれは実感した。
贔屓目になるが、この聖杯戦争に招かれた英霊の中でも上澄みに入るだろう。
……鬼や婆の様な怪物だらけではありませんように、という願望が少し反映されている気が無いとは決して言えないが。
それに、もし予想通り二体の怪物級サーヴァントが知己の仲で。
本当に共同戦線を張るとするならば。
猶更、リンボを手放すわけにはいかない。
彼の企てている窮極の地獄界曼荼羅は盤上全てを覆す鬼札になりえるのだから。


「ハ~ハハハハ…不躾な謁見への処罰はそのクソ度胸と面白ェ話で猶予してやるさ。
つまらない話だったら殺すがね!」
「ええ、必ずや御身の享楽を満たす絵図を紡ぐと自負しております」


それはそれとして。
此方の胃痛も知らないで地雷原でブレイクダンスを踊る己の従僕に青筋がピクピクと震える。
果たしてこの陰陽師は今の状況を分かっているのか?


(丁度いい機会ですわ…リンボさんの有用性のアピールと、私がちゃんと手綱を握っている事を示しておきましょう。
お婆様と鬼さんがあの与太話を聞き入れてくれるかどうかは…祈るしかありませんけど)


状況は苦しいが、致命傷には遠い。
かと言って胡坐を?いていられる状況でもない。
故に沙都子はカードの一枚を切ることに決めた。
今最もすべき行動は、己のサーヴァントの有用性を示し、その手綱を握っていることをアピールすることだと判断。
裏切られる危険性を考慮しても、手放して敵に回られるよりは自陣に加えておきたい。
そう思わせることが現状では最も肝要なのだ。
筋さえ通せばリンボの存在に難色を示しているガムテも一応の納得を見せるだろう。
何しろ人質とは言え確実に裏切るであろうプロデューサーさえ懐に置いている少年なのだから。


「リンボさん!ガムテさんとお婆様にもあの蜘蛛さんの事をお話しして下さいまし。
突然の訪問になったのですから、せめて手土産が無いと失礼ですわ」
「……ンン、それはしかし―――」
「いいから。普段は偉ぶるつもりはありませんが、これは主としての命令ですの」
「……マスターのご命令とあれば仕方ありますまい。では……」


自らの主の命令に多少の逡巡を見せたものの、リンボは直ぐに肯首する。
彼にとっても、沙都子にとっても、デトラネットに巣食う蜘蛛はさして聖杯戦争の盤上において重要なピースではない。
田中という凡夫と約束はしたが、それも彼にとっては気まぐれの一つでしかなく。
蜘蛛とは向こうは此方の邪魔はしないといったが、此方は特に約束もしていない。
ならば主の不興を買ってまで黙秘する義理も無かった。
そうしてリンボは朗々と、この東京に巣を張る蜘蛛の存在とその所在を語った。


「あのクソガキと同じようなのがもう一匹、ねェ…本当だろうね
お前はどうも胡散臭いからねェ……」
「ンン、これは辛辣。ですが拙僧の語ったことはすべて真実ゆえ」
「ま~そのクソ坊主(リンボマン)が胡散臭いのは事実だしィ。
取り合えずデトラネット傍受(デバガメ)してみるかァ~」


ガムテはそう言うと、タブレットのウィンドウを切り替える様に、鏡が映る映像を切り替えていった。
デトラネット程巨大な企業なら地図アプリがあれば性格な位置は直ぐ割り出せる。
それに加えてリンボの情報を参考とすれば……


「発見(み)~つけた」


―――如何な蜘蛛と言えど、ミラミラの実の補足から逃れるのは不可能だ。
ガラスウィンドウから覗き見た、老年期に差し掛かった紳士。
その姿を見た瞬間、ガムテは確信した。
こいつだ、間違いない。リンボの情報は正しかった。
姿こそ違えど、纏う雰囲気は殆ど同一のもの。
こいつは283プロダクションで出会った美男子(イケメン)と同じ地平に立つ存在だ。


「手柄(ジャック・ポット)だぜ、黄金時代」


ガムテは、目の前の老人を全く侮ってはいなかった。
むしろ、自分ともあろうものが今に至るまでこの毒蜘蛛の存在を認知していなかったことに戦慄が走る。
峰津院や283の蜘蛛と同じく、最上級の警戒対象。
それを拠点を含めて探知できたのは大きな収穫だ。
ミラミラの実という反則を気取られている様子もない。


―――『仮に手を組むとしたら対等、了解した。改めて話を続けよう』


彼の蜘蛛は何某かと電話している様だった。
それが分かった瞬間、ガムテはガムテープで目や耳を塞がれても周囲を精密に認識できる知覚能力を全力で行使する。
隣の沙都子に口の前で静かにするようジェスチャーを送りながら、老人のみならず電話先の相手の微かな声さえ聞き逃さない。
沙都子もそれに倣うように耳を澄ませる。
背後にそびえるリンリンも彼女にしては非常に珍しい事に空気を呼んだのか一言も声を発さない。
リンボは「ンンン!」と何か言おうとしていたがリンリンの裏拳で吹き飛んで行った。
それきり、一同は無言で。
鏡の向こうの、蜘蛛の企みを傍受していった。




衝撃を受けた話は、幾つもあった。
対ガムテ陣営を見越して同盟を結んだ二匹の蜘蛛の陣営。
これだけならばまだ飲み込むまで時間はかからなかっただろう。
だが、それに殆どノーヒントでミラミラの実という反則級の能力に気づく蜘蛛の脅威。
莫大な霊地と予想される東京タワーとスカイツリー地下、そしてそれを確保する峰津院陣営という最大級の主従。
それを利用し、ガムテらを罠に嵌めようとしている双頭の蜘蛛の毒。
ここだけ積み重なれば一息で咀嚼し情報を吟味するのも難しくなる。
いや、それよりも。
沙都子にとって目下最大の、ガムテにとっては猶更無視できない情報があった。


「ハ~ハハハハママママ……ガムテェ…あのジジイの話に気になる所があるんだが……
お前はどう思う…?最低限の主従関係もないとか、マスターの裏切りとかねェ……」


二匹の蜘蛛によって示唆された、ガムテとリンリンの間に横たわる亀裂。
沙都子もそうではないかと考える瞬間があった。
実際に切り崩すとしたらそこだとも考えた。
だがまさか、こんな形で目の前の怪物にその情報が伝わることになろうとは。
今この局面でよかったのか?それを教えてしまった自分達にも矛先が向くのでは?
逃げるべきか?ガムテはこの問いになんと答えるのか?
目まぐるしく脳内で現状で考えるべき疑問が巡り、思考が纏まらない。
はっきりしていることは一つだけだ。
即ち目の前のガムテープをつけた少年は、次に吐く言葉次第では死んでいると言うこと。
当事者本人ではない沙都子にすら、緊張が走る。
息をのむ。音が消える。
視線の先のガムテは、無言無表情だった。
そして、その表情のままに告げる。


「あァ―――俺達がライダー、お前を裏切(ユダ)るかもしれないって話だろ?」


―――死ぬ気ですの、ガムテさん!?
思わず喉元まで出かかった言葉を、沙都子は必死に飲み込んだ。
そんなことを言われれば、目の前の老婆は容赦しないだろう。
絶対に、裏切りを許すタイプではない。確信をもってそう思えた。
事実、その予想は正しかった。
シャーロット・リンリンという女は裏切りを許さない。
目の前の少年は確実に死ぬ。
事実、主のその言葉を受けて老婆は巨大なカトラスを振り上げていた。
あれを振り下ろせば少年の体は豆腐よりも脆く砕け散るだろう。
手ごわい競争相手が脱落することを喜ぶべきか。
しかし彼が死ねばこの空間はどうなる。
自分は皮下らに身を寄せるべきなのか?
再び選択肢が湯水のように沸いてくるが、事態は沙都子を待ってはくれない。
彼女を置き去りにして、事は進んでいく。
そして、空気を切り裂き、唸りを上げて。
少年へと、断罪の刃が振り下ろされた。
迫る死に、少年は。
少年の表情が変わる。
無表情から、感情の籠った顔へと。
怒りではない。
無念の表情でもない。
口の端が弧を描き、一部が欠けた歯をのぞかせて―――




あぁ、畜生(ファック)だ。
な~んでこのタイミングで露見(バレ)るかね~
いっつもいっつも俺達は運命に嫌われる。
傍受(デバガメ)なんてちない方がよかったか?
でもあの状況ならするだろ定石(フツー)。


「そうかい、だったら死にな!」


質問に正直に答えると、クソババアがドスを振り下ろしてくる。
薬(ヤク)もキメてねーのに異常にゆっくり見えた。
あー…これは死(ち)んだな。確定だ。
恐怖(ぴえん)超えて絶望(ぱおん)だぜ。

こういう時、極道ならどうすンのかなァ。
こーゆーどう考えても詰んでる時は。


………。


って仮定(かんが)えるまでもねーか。
あいつなら、きっと。
きっと、こうするんだろうなァ。
何しろあいつは超一流だ。
超強い、超賢い、超クソ野郎のあいつなら……


そして、俺は笑って見せた。
糞婆に、これまでで一番の笑顔で、にっこりと。
見えた彼奴の顔は、ババアのくせにムキになったガキの様だった。
何だ。
意外と矮小(かわい)いジャン。
その顔がおかしくて、余計笑止(ウケ)た。




殺意は本物だった。
一瞬でも逃げようとしたり、令呪を使うそぶりを見せれば、そのまま振り下ろすつもりだった。
マスターを殺せば己の身が消滅するとしても関係はない。
このビッグ・マムを謀るなど万死に値する。
来るものは拒まず、去るものと裏切る者には死を。
それがビッグマム海賊団の鉄の掟だ。
だが、ガムテと呼ばれた少年は、まだ死んではいない。


「マ~マママ……!よく最後まで突っ立っていられたねクソガキィ……!」
「勿論(モチ)。どーせ避けようとしても無理だかんな~
それにあのバンダイっ子共の推理は、ぶっちゃけて言うと外れてる」


ガムテは笑みを崩さない。
目の前で停止した刀が視界一杯に広がっていても、だ。
それしきのことでは道化の笑顔は奪えないといわんばかりに。
つつう…と。
磨き抜かれた刀身を撫でながら、ガムテは歌うように言葉を紡ぐ。


「確かに、舞踏鳥達はライダーに畏(ビビッ)てるかキレてるかのどっちかだ」

「だけど、俺は違う。俺はお前の力を信用ちてるのさ。ライダー」

「お前が他のサーヴァントにブッ殺されない限りは、俺はお前のマスターだ」

「“最後まで”…俺のサーヴァントはお前だけだ」


女海賊と幼狂の王の視線が交わる。
一触即発の空気に、傍らの沙都子は再び息をのんだ。
ガムテは未だ微動だにしない。
背を丸めて微笑みを浮かべたまま、ライダーを見上げている。
後ほんの少し彼女が力を籠めれば、確実な死を迎えるにも関わらずだ。
そのまま、しばし。
沈黙が、鏡面世界を包む。


「……そうかい、まぁ、お前はいつもせっせとお菓子を用意してくれるし―――」


静寂が終焉を迎えたのは、ライダーが巨剣をガムテのすぐ脇へ降ろしてからだった。


「安心したよ。お前を殺さなくて済んでね」


さっきとは打って変わって真顔で、ライダーはそう言った。
どこまでも笑みを崩さないガムテとは対照的な、真剣な表情だった。
それはつまり。
二匹の蜘蛛の推理よりも、ガムテの言葉を信じると決めた決定に他ならない。


(死に際でも笑みを崩さない、か…忌々しいが、ロジャーの奴を思い出すねェ)


リンリンもまた、ガムテと同じく二体の蜘蛛のやり取りを余すところなく聞いていた。
高レベルの見聞色の覇気を有する彼女にもまた、造作もない事だった。
そして、示唆された裏切りの可能性。
どれもガムテ本人の裏切りの意思を決定づける物ではないが、怪しいのも否定しきれず。
故に断片的にしか聞いていないフリをしてカマをかけたのだ。
結果は御覧の通り。
ガムテは正直に疑われるのを覚悟のうえで、自分に誤魔化さず話した。
そして、怒り狂ったフリをして振り下ろした巨剣にも、避けようとする素振りすら見せなかった。
それどころか、死に際に笑みすら浮かべて見せた。
故に、リンリンはガムテの言葉を信じることに決めたのだ。


「あのクソ生意気な小僧と小娘どもに関しちゃお前に任せるよ
おれは先にダチと話をつける必要があるからね」
「了解(りょ)、任せとけ。
……あと、話(ナシ)付けンならココと新宿(ジュク)以外にしてくれると嬉ちい
暴れんなら、昼間行った矮小(チャチ)い事務所の前とかあンだろ?」
「さぁてねェ、そりゃ向こう次第だが…まぁいい。散歩がてら行ってくるとするか」


ビッグ・マムと言う女は狡猾だ。
だが、同時に身内と呼べる存在には酷く純粋になるきらいがある。
食い煩いを発症した際ですら、苦し紛れに放った実子の嘘を信用したのだから。
それどころか矛盾を指摘されればヒトの息子を嘘つき呼ばわりするなと怒り狂う程だ。
血縁上の繋がりは無いとは言え魔力パスの繋がったマスターを身内として判定したのかは微妙だが、ガムテの言葉を信じたのは確かだった。
そのため、彼女にしては本当に珍しいことに物分かりも良く。
巨大なカトラスを担ぎ、のっしのっしと空間内で一際巨大な鏡へと歩む。
犯罪卿の小賢しい策をねじ伏せる戦力を手にするために。
そして、その巨大な女王の背中を見送りながら、幼狂の王は心中で呟くのだ。


(―――あぁ、テメーは最後(メインディッシュ)だクソババア。
聖杯がもー少しで手に入るって時じゃねェと…最高に最悪の状況(シチュ)にはならねェだろ?)


ガムテは一つの嘘も吐いてはいない。
最後の一組までリンリンという最強のババアを御しきって見せる。
犯罪卿がいくら裏切りを示唆しようとも、ガムテが行動を起こさなければ裏を取る術はないのだから。
仲間にすら、最後にババアを殺すと明言したのは舞踏鳥ただ一人。
それまではどんな屈辱も甘んじて受け入れる覚悟だった。
そう、どんな屈辱も。
ス…と無くなった左手に手を添え、その先に収納されていたある物を取り出す。
それはガムテにとって宝物だった。
心底(マジ)で胸糞(ムカ)つくが、彼の人生の中で一番の宝物。
サンタからもらった人間国宝・関の短刀(ドス)。
だが、それは。


『ママー!いってらっしゃい!!』
「黙れ。喋るな」


今はライダーの手によって醜悪に魔改造されていた。
ライダーの有するソルソルの実の能力。
最高レベルの神秘を有するその能力を付与されたドスはサーヴァントにすら致命傷を与えるだろう。


―――ハ~ハハハ!どうだい?おれのお陰で素敵な剣になったろう!!


柄を握る掌に、握りつぶさんばかりの力がこもる。
聖夜に贈られた、かつての記憶を踏み躙られた様で屈辱だった。
それでも、ガムテは殺意すら殺して時を待つ。
踏み躙られた刃を突き立て、狂った女王の尊厳を蹂躙するその時を。
それまで彼は彼女のマスターを完璧に演じ切る。
仲間を捧げることも厭わない。


(極道をブッ殺す前に―――俺はお前を超えるぞ。クソババア)


壊されたいつかの日の思い出を握りしめ。
幼狂の王は仮面の下で、殺意の花を育て続ける。




「……好機も乗ったとはいえ、上手くやりましたわね。ガムテさん」


一部始終を眺めていた沙都子は、事が終わるとぽつりとつぶやきを漏らした。
二匹の蜘蛛には、同情してしまうくらいタイミング的に運がなかった。
自分が瀬戸際に陥るのがもう少し遅ければ。
彼らの悪だくみがさっさと終わっていれば。
傍受される憂き目には合わずに済んだに違いない。

では、翻って自分にはどうだろうか。
リンボの存在で揺れた自分の立場の回復はできたといえる。
だが、反対にガムテとライダーらを仲たがいさせ、陥れるのは難しくなった。
人は一度疑いが晴れたと思ったものを再度疑いなおすのは難しいからだ。
とは言え、大連合にガムテらが狙われているのを知れたのは収穫ではある。
できる事なら、彼らとガムテらをぶつけて対消滅を狙いたい処だが…


(そうなると、重要になるのはタイミングですわね……)


できる限り双方の被害が拡大したうえで共倒れを起こしたい。
そうなるとタイミングは限られてくる。
何方にとっても有利過ぎない状況を作れるものか。
いっそ惨劇を容易に演出できるあの悪魔の薬があれば楽だったのだが―――


「よ~う黄金時代(ノスタルジア)。さっきは貴重(レア)な情報、感謝(アザ)」
「別に、お礼を言われるようなことはしていませんわ。
ガムテさんにリンボさんを嫌われたままでは後々不都合が生じそうでしたし」


思考の海に沈んでいた意識が、ガムテからかけられた言葉で浮かび上がった。
それとともに、無い物ねだりをしていても仕方ないと思考を切り替える。
今はとにかく、ガムテと意識のすり合わせを行っておかねば。
何しろ彼が置かれている状況も、決して楽観視できるものではないのだから。


「ガムテさんももうかうかしてはいられませんわね。
蜘蛛さんたち、どうにか貴女を誘い出して袋叩きにしようと必死ですわよ」


会話の全容を把握した訳ではない沙都子にも、ガムテが狙われているのは伺えた。
その上で、「当然、このまま済ますつもりは無いんでしょう?」と問いかける。
ガムテは沙都子の問いに対し、ニッと口が裂けたような獰猛な笑みで笑い返し。
懐のスマートフォンを取り出した。


「当然(モチ)だぜ、黄金時代。滅茶苦茶にしてやるよ」


取り出されたスマートフォンは本人のモノではなく。
プロデューサーから奪ったものだった。
淀みのない動作でチェインのアプリを起動し、283の共通アカウントを開く。


「ほい、Pたんの組抜け動画をアップロードっと」


アイドル達が目にしているそこへ―――先ほど撮影したプロデューサーの動画を挙げる。
真剣な様子で、283への決別を示すプロデューサーからの動画だ。
すぐさま何人かの事情を知らない様子のアイドル達から『どういう事?』『何の冗談?』と問いただす様な反応が見られるが、当然のごとく無視する。

犯罪卿が283プロダクションと繋がりがあるのは既に確信へと至っている。
そして、283の関係者が善良な者ばかりなのもプロデューサーの命がけの献身で察することができた。
単に職場の繋がりというだけの相手に寿命のほとんどを捧げたりはしないだろう。
それだけプロデューサー側からの思いが深いならば、アイドル達も当然彼を憎からず思っているはず。
それでなければさしものガムテと言えど僅かに同情してしまうところだ。
兎も角、そんな相手に一方的に拒絶を示されるのは相当な混乱を見込むことができる。
そして、これはあくまで第一の矢だ。
悪魔を更に追い詰めるべく、幼狂の王はすぐさま第二の矢を放つ。


「もっしもォ~し、舞踏鳥(プリマ)~!準備できてるか?」
『―――えぇガムテ。何時でも』
「よ~し☆そんじゃ十五分後に襲撃(カチコ)め。家族も纏めて鏖殺(みなごろち)だ」
『家にいないアイドルはどうするの?田中摩美々櫻木真乃
あと七草にちかも帰ってる報告が無いけど…幽谷霧子も皮下病院が無くなったし」


下す命令は総攻撃。
時刻は二十時を回り21時に差し掛かろうとしている。
夏休み中で学校や部活が無く、仕事に炙れたアイドルは家で休んでいる頃合いだ。
にも拘らず未だ家を不在にしているアイドルはほぼ黒と見ていいだろう。
逆に言えば現在家にいるアイドルは白の可能性が高いが…そんな事はもうどうでもいい。
283陣営もこのままではジリ貧だ。
それ故にこれより攻勢に出てくるのが予想される。
差し違える覚悟の相手に、遠巻きな牽制や圧力など藁の楯にも等しい。
故にガムテ達もこれからは攻撃一辺倒とはいかなくなるだろう。
その前に向こうの出鼻を挫く。それが割れた子供の首魁の決定であった。


「いない奴のお家は…殺島の兄ちゃん見習って火をつけるだけでいーや。
サーヴァントがいるかも知んねーし、そこに差し向けるのは最小限でいい」


関係者の拉致と放火は極道の常套手段だ。
此方の力を見せつけ、戦力差を理解(わか)らせ、立ち上がりを崩す。
東京各地のアイドル達の家庭への一斉攻撃だ。
如何な犯罪卿と言えど迎撃は難しいだろう。
昼間はプロデューサーという切り札が彼女達を救ったが…その鬼札ももう無い。
ガムテ達が抑えているから。


『了解よガムテ。他の標的(ターゲット)はちゃんと家にいる?
小宮果穂、有栖川夏葉、三峰結華、月岡恋鐘……だったかしら』
「あァ、お利口な偶像(ブス)共は呑気に家で寛いでるぜ。
ただ、警察署(ぶたばこ)にいる奴らはちょっとな~』
「そっちは天井努と七草はづき…あと浅倉透に市川雛菜、芹沢あさひだったらかしら?」
「あァ、本当は事情聴取(おはなち)も夕方前に終わったんだろうが…
あの新宿の騒ぎがあって警察(サツ)共もお目目グルグルでこんな時間になったんだろ」


遠方のロケの許可が下りなかった高校生以下のアイドルや東京在住のアイドル。
それだけでなく事務所荒らしの一件で事情聴取を受けていたところに新宿の事件があり、まだ帰宅できていないアイドルや関係者が不幸にも標的に選ばれていた。
標的の選出は、プロデューサーのスマホから標的の方から情報を送ってくれるため、何ら困らなかった。


「警察(サツ)共は殆ど出払ってるけどォ…それでもまだ十人はいるみたいだぜ~」
『そう、それなら薬(ヤク)を持たせた誰かに行かせる?』
「それでもちょっち厄介(めんど)いな~証拠消したりさ~
生け捕りにしてほしい、歯臭歯磨きって女(オバサン)もいるし…」
『……七草はづきのこと?―――あぁ、確か七草にちかの姉だったわね
その子がマスターなら確かに……』


既に事務所を去っている七草にちかだけはプロデューサーや元同僚への思い入れが無い可能性が高い。
だが肉親であり283の事務員である七草はづきだけは別の可能性が高い。
七草にちかがマスターの可能性が高い以上、拉致する価値はある。
そう考えての判断だったが、やはり警察署そのものに襲撃をかけるのはリスクが高い。
どうするべきかと考えた所で、意外な方向から助け船が来た。


「………………………ガムテさん、ちょっと」
「ン~何だ黄金時代?」
「察するに、今お話ししてるのはアイドルの方々への攻撃という事ですわよね
それも、マスターでは無い方への」
「肯定(そー)だけど、どした?」
「それなら、私とリンボさんが行ってきますわ」


意外にも、警察署にいる面々への攻撃は自分が受け持つと。
少女はそう宣言した。
まさか志願されるとは思っていなかったため、ガムテも目を丸くする。


「ん~と。どういう風の吹き回しだ。黄金時代?」
「どうやらガムテさんはまだ、リンボさんの事を認めてはくれないご様子ですし、
ここはもう一押しお婆様が帰って来られる前に私達の能力をアピールしておこうと思いまして。
誘拐という形なら、リンボさんの方がより確実ですわ…ねぇリンボさん!」
「はい、此処に」


丁度、憂さ晴らしがしたい所でしたし、とトカレフを指で弄びながら。
沙都子は怪しく微笑み、己の走狗へと呼びかける。


「事情は聴いていましたわね?お婆様がお帰りになる前に、もう一仕事こなしましょう」
「ンンン、拙僧が身を治している間に大海賊殿が行ってしまわれたのなら仕方ありますまい」


彼女の背後に、ついさっきライダーの裏拳で吹き飛ばされたリンボの姿が現れる。
自身のサーヴァントが不在の状態でリンボと同じ空間にいるのは大抵のマスターであれば相当な緊張が伴うだろう。
だが、ガムテは顔をしかめつつも自然体を保ったまま、沙都子の提案を承諾した。


「オーケー。そんじゃ~警察署(ブタバコ)は黄金時代に頼むわ。
聞こえてた舞踏鳥?そういう事だから警察署は包囲解除(フリー)でヨロ」
『……了解よ、ただ私はその子を信用するのは反対とだけ言っておくわ』
「分~かってるって。こっちの事は心配するなよ舞踏鳥。指揮は任せたぜ、俺の右腕」
『えぇ、勿論。私達、精一杯殺すわ。ガムテ」


確かな信頼が込められた言葉と共に、通話が終了する。
昼間の攻撃の意思すら希薄だった訪問とは違う。
これから始めるのは正真正銘の全面戦争(コウソウ)。
ガムテもまた、本格的な激突に向け腹を括る。
他の主従に目をつけられてもなお勝つという気概がこれから先には必要だ。
それでこそ、破壊の八極道。それでこそ、殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)。



「……態勢も定まった様ですし、此方も動きましょうか。二十分程で帰ってきますわ」
「あァ、そんじゃ~頼んだぜ。黄金時代、糞坊主(リンボマン)」

鏡の前に手をかざし、フリック入力の様に映像を切り替える。
すると、十秒ほどで目的地である中野区の警察署へと座標を合わせることができた。
相変わらず、反則染みた能力ですわね。
そんな事を考えながら、沙都子は鏡の前へと進み出た。
やはり、この少年はできる限り敵に回したくはない。
この能力が見せ札に過ぎないともなれば果たしてあと何枚切り札を残していることやら。
自分も彼に勝ちうる手札を持っているが…かなり信頼性に欠けるのが頭痛の種だ。


「リンボさん、向こうについたら―――」
「えぇ、承知しておりますとも。人と絡繰りの目を誤魔化す呪いは既にかけております。
拙僧、常に一流を志しております故、抜かりはありませぬ」


警察署に襲撃を駆ける以上、警察と監視カメラの誤魔化す術は必須。
引いたサーヴァントがそういった搦め手に長けているリンボでなければまず志願はしなかっただろう。
例えNPCが相手でも準備は入念に。油断はしない。
鞄に忍ばせたトカレフと弾倉の感触を確かめながら、恐れることなく沙都子は鏡の中へと進んでいく。


「では、ガムテさん。また後で」
「はいよ~☆フレフレ黄金時代っ!!」


ひらひらと、無くなってしまった腕を振って。
自分を見送るガムテの姿を苦笑しながら、沙都子は鏡の中へと姿を消した。




無人の女子トイレに降り立ち、そのまま黄金球に与えられたスマートフォンの地図アプリを起動する。
位置情報を確認すると、中野区の警察署内になっていた。
どうやら、問題なく侵入は成功したらしい。


「リンボさん、先ずは出入り口の封鎖と、外から中の様子を分からなくして下さいまし」
「では簡単な結界を張りましょう。ンンン!甘美な恐怖と絶望の響きが収穫できるか楽しみですなァ!!」


相手はマスターですらないNPC。順当にいけば赤子の手を捻るが如くだ。
反撃のリスクで言えばプロデューサー主従を相手にする方が余程危険だっただろう。
周辺に魔力存在が確認できないのも、簡易ではあったがリンボの索敵で裏が取れている。
檻を最初に作ってしまえば、後は楽な仕事だ。


「しかしマスター…何故あの少年の指示を?
あの大海賊殿が去った時勢ならば、拙僧が屠ることも可能だったでしょう」
「ガムテさんを侮ってはいけませんわ。それで失敗すれば死ぬのは此方ですもの。
それにまだ敵対主従は大勢いますから、まだまだ彼らには暴れてもらいたいですし…」
「ふむ、成程…しかしそれでも御身自ら動かずとも宜しかったのでは?」


珍しく身を案じる様な台詞を吐くリンボ。
意外と忠誠を見せたりするのが悩ましいですわねぇ等と思いを巡らせつつ、沙都子はもっともらしい理屈を述べていく。


「まぁ、そうでござますが。偶には動く的に当てないと腕も錆びついてしまうでしょう
私自ら出向いた方がガムテさんの心証もよろしいでしょうし、それに―――」


そう。
ここまで述べられてきた理由は建前でしかない。
それを示すように、少女の瞳には昏い憎悪の炎が燃えていた。


「単純に、アイドルという方々が大嫌いですのもの。
この薄汚い街並みと一緒に消え去ってほしい位には」


いうまでも無く、283のアイドルと沙都子は出会ったことはない。
だがそれでも彼女にとっては梨花を、親友を奪っていく薄汚い新天地の象徴だった。
午前中耳にした彼女たちの歌声も、何処までも不快な不協和音でしかなく。
どうしようもなく心がささくれだった。
そんな不快な存在に、惨劇を起こす機会が訪れたのだ。
ならば裁きを下そう。祟りを起こそう。
人の子よ、恐れるがいい。我こそはオヤシロ様なり。

…雛見沢で新たな祟り神となった時も。
彼女は自らの手足で惨劇の糸を引く黒幕となった。
引きこもっているよりは、本来積極的に動く方が性に合っている。
無論、リスクが無い場合に限るが、と。
彼女は自分自身をそう認識していた。


「お喋りはここまでですわ。お婆様が帰って来られる前に、もう一仕事行きますわよ」
「…………えぇ、マスターの御心のままに。
あの大海賊殿達の再開の宴の音頭を取り計らえるのは拙僧以外におらぬと自負しております故」


前を行く主を見て、リンボは思う。
やはり自分を引き当てたマスターだ。田中一などとは役者が違う。
この娘が健在である限り、鞍替えなどありえる筈も無し。
そして…楽しみだ。本当に、愉しみだ。
我が主は身の破滅の瞬間、どんな苦悶と断末魔の響きを聞かせてくれるものやら!
垂涎の瞬間を想起しつつ、にたりとリンボは嗤う。


「さぁ…楽しい楽しい兎狩りの時間ですわ」


己の従僕が浮かべるええ身に気づかぬままに。
主もまた、血の様に紅い瞳を煌めかせ嗤う。
それは最早人の笑みではなかった。
魔道に堕ちた…魔女の笑みに他ならない。
かつて、仲間に悩みを伝えることの大切さと、人の痛みを知っていた少女。
そんな少女の面影は……今は遠い。


【中野区・中野警察署内/1日目・夜】

北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、軽い頭痛。
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
0:取り合えずガムテの心証を上げておく。差し当たっては仕事をこなす。
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に潜り込み利用する。皮下達との折り合いは適度に付けたい。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい
4:ずる賢い蜘蛛。厄介ですけど、所詮虫は虫。ですわよ?
5:にっちもさっちも行かなそうなら令呪で逃亡する。背に腹は代えられない。


【アルタ―エゴ・リンボ(蘆屋道満/式神)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:???
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:この東京に新たな地獄を具現させる。
0:地獄界曼荼羅の完成に向けて準備を進める。
1:マスタ―には当分従いましょう。今の拙僧はあの幼子の走狗なれば。
2:新宿区の地獄を眺めに行くか、リンクの切れた式神の調査を行うか…
3:式神は引き続き計画のために行動する。田中一へ再接触し連合に誘導するのも視野
4:…のつもりでしたが、やめました。祭りの気配がしますぞ、ンンン――。
5:式神にさせるつもりだった役目は本体が直接担うことに変更。何をするつもりかはおまかせします。
6:それはそうと新たな協力者(割れた子供達)の気質も把握しておきたい
7:“敵連合”は静観。あの蜘蛛に邪魔されるのは少々厄介。
8:機会があればまたプロデューサーに会いたい。

[備考]
※式神を造ることは可能ですが、異星の神に仕えていた頃とは異なり消耗が大きくなっています。
※フォ―リナ―(アビゲイル・ウィリアムズ)の真名を看破しました。
※地獄界曼荼羅の第一の核としてフォーリナー(アビゲイル・ウィリアムズ)を見初めました。
 彼女の再臨を進ませ、外なる神の巫女として覚醒させることを狙っています。
※式神の操縦は一度に一体が限度です。本体と並行して動かす場合は魔力の消費が更に増えます。




返し手は打った。
迎え撃つ心の準備ももう済んだ。
此方も腹を括ろう。
ババアが連れてくる厄ネタをも手札の一枚と扱おう。


「邪魔な足手纏い(ハンデ)はこっちで処理してやるよ、バンダイっ子
だから…本気(マジ)で殺しに来い」


守る片手間で勝てる様な相手ではないことをたっぷりと教えてやろう。
あの犯罪卿の本気の悪辣さを引き出したうえで勝利する。
それでこそ、“パパ”を超えるための経験値(はぐれメタル)になる。
一人となった鏡の世界でガムテは虚空に向けて言葉を放つ。


「お前の本気(マジ)を出させて殺さないと…最悪のシチュにはならないだろ?
ババアと同じ、極道を殺す前の踏み台にしてやる」


ガムテにとって、聖杯戦争の勝利ですら通過点に過ぎない。
彼にとって人生の最大の目的は、父を超えることに他ならないからだ。
人質を取って本領を発揮させないまま勝つことも可能だろう。
だが、それでは極道を超えるための経験値にはならない。
あの犯罪卿の全てを引き出したうえで絶望させて殺す。
それでこそ、殺しの王子様としての矜持は保たれる。


「……そうさ、お前に比べれば“犯罪卿“なんざ怖くはねェ―――」


そう言って、独りの時にしか見せない複雑な感情を含んだ瞳で手の中のスマホを眺める。
そこには、この聖杯戦争でガムテが最も恐れた敵が映っていた。
聖杯戦争本選開幕時に、ガムテがとある事務所を訪れようと思ったきっかけ。
この敵に比べれば、犯罪卿すら恐ろしくはない。
割れた子供達は悪意には慣れている。


―――もう、殺すのは、私、で最後に…して、くれ…。


消えゆく命で。それでも彼女は訴えた。
類稀なる演技力を有するガムテだからこそ分かった。
その女は、本気で自分達がこうなる原因となった悲しい過去に怒っていた。
そんな事をしなくても、自分たちは幸せになれるのだと、嘆いていた。
そして、まだやり直せるのだと、訴えた。
消えゆく命で、それでもなお、彼女は。


「……遅いよ」


消え入りそうな呟きを一つ。
割れた子供達はどんなヒーローであっても救えない。
全員地獄への道行きが決定した者たちだ。
だからこそ、ガムテもまた。
どんな言葉を掛けられても冠を捨てるわけにはいかないのだ。
顔に手をやり、再び少年は狂える王の顔へと舞い戻り。
鏡の要塞(グラス・フォートレス)で、宣戦を布告する。




「―――さぁ…殺し合いだ。決めようか、蜘蛛と極道。
何方が生存(いきる)か。死滅(くたば)るか……!」




何時だって、死者は生者が恨めしくてたまらない。
憎悪によって磨かれた怨嗟と咆哮は高らかに。
砕けて尖った夢の残滓を、幸せな子供達に叩き付けに行こう。
いざ、いのちといのちを相打とう。
見捨てられ、闇に沈んでいった孤独なる者たち。
その逆襲劇(ヴェンデッタ)を―――此処に。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)・鏡面世界内/一日目・夜】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券。
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:蜘蛛共を叩き潰す、峰津院の対策も 講じる。
2:283プロ陣営との全面戦争。
3:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
NPCの鏡世界内の侵入不可
鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
投射能力による姿の擬態の時間制限。


アスファルトを草鞋で切りつけ、夜の街を駆ける。
ビルディングの側壁を水平に駆け抜け、一足飛びに屋上を跳ぶ様は地上に現れた流星の如く。
全てはこれ以上の犠牲者を、これ以上の涙を生まぬために。
自分が為さなければならない。
主ではいけない。
彼の度量、真っすぐな性根、そ して剣の腕は尊敬に値する。
今回も、彼はまず自分が死地へと赴こうとしていた。
マスターであるとか、峰津院大和との戦闘での疲労が残っているだとか。
そんなことは関係ないと言わんばかりに。
奴がもし居るのならば、来るのならば、と。
鉄火場へと馳せ参じようとしていた。

だが、今回ばかりは自分が赴くことを譲らなかった。
未だ新宿という街が負った傷は根深く、火の手が燻っている箇所が至る所にある。
民を守る者たちも奮闘しているが、早急なる救命活動にはこの都市は猥雑に過ぎた。
故に主君には民草を救うように告げ、この身が赴くことに決めた。
これから相対するものは間違いなく、先の鋼翼の悪鬼に負けずとも劣らぬ強敵だろう。
自身の主君を打ち滅ぼした男なのだから当然だ。
そして、それ故に。
主君と待ち受ける龍が相対すれば生存(いき)るか死滅(くたば)るかの果し合いになるは必定。
消耗を避けるだとか、今後のための立ち回りだとか。
そんな小賢しい考えは相対した瞬間お互いの脳裏から消え去るだろう。
そして、熾烈極まる死闘が、周囲のすべてを巻き込んで始まる。
だが、傷を負った街にこれ以上の追い打ちをかけるわけにはいかない。
悪鬼を打つよりも、これ以上の惨禍を回避するのを彼らは優先した。


故に。
その場所に向うのは光月おでんではなく。
神域の剣士―――継国縁壱が、その場所を目指し駆けていた。




一言で言って、苛立っていた。
テメェが呼んだんだろうがと毒づいて。
いやそう言えば正確には呼ばれたワケじゃねェな…と我に返り。
じゃあいそいそと急いできた俺がバカみてェじゃねェかとまた憤る。


「人を呼んでおいて、何でいねェんだあのババア~~!!!」


そんなこんなで四皇・百獣のカイドウは夜の帳が下りた空で叫ぶのだった。
現在地は新宿の空、暗雲立ち込めるビルディングの上空。
つい2時間ほど前に、かのシャーロット・リンリンの覇王色の覇気を感じ取ったのもこのあたりだ。
だが、肝心のリンリンの姿が見えない。
あれだけ大掛かりなアプローチをしておいてこれはどういうことか。
そんな時だった。
新宿にほど近い地点…確か、中野区といったか。
そこに、唐突に爆発的な存在感があふれ出したのは。
空を覆う漆黒の天蓋を切り裂いて、全速でその地点へと向かう。
三分も掛からず到達したのは283の数字が刻まれた事務所前方の交差点。
時折覇王色の覇気を垂れ流しやじ馬たちを次々と昏倒させながら、カイドウは龍から人の姿へと変わり降り立った。


「ウォロロロロ…さっさと出てこいリンリンッ!!」


その一言で中野の街を行く人々がバタバタと倒れ伏せる。
カイドウの覇王色の覇気を僅かにでも浴びれば常人など一瞬で昏倒する。
そのため道路を跨ぐような巨体のカイドウが仁王立ちで陣取っていても、周囲は驚くほどに静かだった。
しかし、そんな静寂も長くは続かない。
ゆらゆら、と。
カイドウの眼前にある283の数字が刻まれたガラスウィンドウが陽炎の様に揺らめく。
そしてまるでゴムの様に膨れ上がり―――弾け飛んだ。


「おれの名を!!呼んだかい~~!!!カイドウ~~~」


事務所を崩壊させながら巨人の老婆が現れる。
リンリンが覇王色の覇気を送っていた新宿からほど近い地点とは、283プロダクションの事務所だった。
どこまでも豪快に。怪獣映画さながらに。
少女たちの夢の城を見るも無残な瓦礫の山に変えて。
四皇、シャーロット・リンリンは最強生物・カイドウの前に降りたった。


「………相変わらずだなこのクソババア。何でこの街にテメェがいる」
「マ~マママ!!お前も相変わらず酒臭いねェカイドウ!決まってるだろう!!
お前と同じ、聖杯っていうとびっきりのお宝をいただきに来たのさ!」


ゴクゴクゴクゴクゴクゴクと酒を呷りながら憤るカイドウ
そんな腐れ縁の仇敵の姿を見て、怪婆は愉快そうに爆笑しながら応えた。



「お前が聖杯を獲ることはねェよ。俺がいるからな」
「さぁて…そりゃあどうだかねェ!シンジュクって街で一戦やらかした見てェだが相手は死んでねェみたいじゃないか。それでよく大口を叩けたもんだ!!」
「ウォロロロ…言ってろ。言っておくが俺が新宿で戦った相手はお前よりも強いぞ」
「へーそりゃあ腕が鳴るねェ。ハ~ハハハハ!!」


喧々囂々。共に海賊の高みへと至った者たちは丁々発止のやりとりを興じる。
それもそのはずだ。
彼と彼女にとってお互いは数少ない、片手の指で足りるほど貴重な対等な相手なのだから。
この世の九割はどちらかに同じような態度で接した場合、三分と経たずこの世を去っていることだろう。


「おれがお前を呼んだ理由はもう分かってるだろ?いがみ合ってりゃ届かねぇが―――
手を組めばもう射程距離だ!一緒に界聖杯を獲りに行こうじゃねぇかカイドウ!!
此処へ来たって事は、お前もそのつもりなんだろう?」


マムがカイドウを呼んだ理由はたった一つ。
それ即ち、生前の如くカイドウと海賊同盟を結ぶこと。
それだけが、彼女の目的だった。
布団の様な巨大な舌をだらんと覗かせ、猛禽の様な鋭い視線で酒乱の鬼を視線で射貫く。
常人ならば恐怖で失禁していてもおかしくないプレッシャーだ。
事実、彼女の威圧は覇王色の覇気と合わせればロケットランチャーすら跳ね返すほど強力なもの。
それを受けて立っていられるだけでも、大いに評価に値する代物だ。
だが、しかし。


「ウオロロロ…お前なら俺がどういうか分かってるはずだぜ。リンリン」


マムの重圧を受ける者も、遥か怪物。
怪物そのものな老婆の覇気にも涼しい顔でカイドウは聳え立ち。
またゴクゴクと寸毫も動じることなく酒を呷って。
そして、答えた。


「―――断る」


彼は、酔っていた。
マムの提案をコケにしながら袖にするという暴挙を肴に再び酒を飲む。
そして笑う。どこまでも豪快に。人さえ呑み込めそうな大口を開けて。
その酒勢は最早飲むというより浴びるという方が近しいかもしれない。


「あァ、お前ならそう言うだろうさ。そうでなくちゃ張り合いがねェ…」


対するマムもまた、笑顔であった。
こうでなくては、こうであろうとも。
従順に自分に迎合する百獣のカイドウなど気持ちが悪い。
この世で本当に数少ない、おれの意見を突っぱねられる男なのだから、と。
聖杯によって世界に召し上げられても変わらぬ仇敵の姿に、子供の様に無邪気に笑いながら。


「ナポレオン!」


自身の魂を分けた懐刀であるカトラスを開帳する。
満面の笑みだったが、瞳だけは全く笑ってはいなかった。
舌なめずりをして、大剣を構える。


「フン…足腰弱ってねぇだろうな。クソババア…!」
「誰に物言ってんだい。ガキが…!」


交渉は決裂した。
だが、ビッグマムという女はそれで諦めるような潔い性格ではない。
言葉での説得が失敗したならば、今度はその双肩に物を言わせるのみ。
カイドウもまた、それに受けて立つ。
長大な柱のごとき金棒を正眼に構えて、戦闘態勢へと移行する。


「安心したぜ。殺しあった方が話は早え」


とどのつまり、海賊とはこういう生き物だ。
どこまでも自由にあろうとすする。
そして、エゴと欲望を貫く手段を己の腕っぷししか知らない。
その事に誇りさえ持っているのだから周囲の人間にとってはたまらないだろう。
激突は最早必至。
天は割れ、大地は裂け、気を失った人々の命は躯へと変わる。
それは回避不能の未来だ。
この光景を眺めたなら、誰もがそう思っただろう。


「生憎…殺されるつもりはないねェ…!」


数階建てのビルと同程度の身長の巨人たち。
カトラスと、金棒を構えたのは同時だった。
それに伴い、周囲に暴力的なまでの覇気が満ちる。
常人のマスターならそれだけで昏倒している強者同士の戦場だ。
事ここに至り言葉は不要。
後はお互いの全力をぶつけ合い、雌雄を決するのみ。


「「ウォオオオオオオオオオ!!!」」


大気を落雷の様にふるわせて。
咆哮が轟き、武器が振り下ろされる。
最初はゆっくりと、次瞬には音の壁を超えて。
それが激突すれば衝撃波で周囲の建物は崩れ落ち、更地へと変貌を遂げるだろう。
激突、したならば。


「「―――――ッ!!?」」


それを感じ取ったのもまた、殆ど同時だった。
双方の武器が激突する、その寸前。
丁度人一人分まで二人の武器が接近したその時に、それは現れた。


「――誰だい、あいつは」
「…生憎、俺も知らねぇ。だが……」


ビッグ・マム、百獣のカイドウ
両者から笑みは消え失せていた。
真剣そのものな表情で、闖入者を睥睨する。


「俺に用があるらしいな」


現れたのは男だった。
柳の様に静謐。しかし登りゆく日輪の様な得も言われぬ存在感。
額から頬にかけて奇妙な痣が顔を覆うその男の風体にはカイドウは見覚えがあった。
あぁ、この男は―――、



「あの災禍を招いたのは、お前だな」



この男は、侍だ。
それも、あの光月おでんに匹敵する。
本能が、警鐘を鳴らしていた。
男の実力に、ではない。
男からは、所謂名を挙げた剣士が放つ剣気というものがまるで感じられなかったからだ。
人というよりは植物の様な穏やかな覇気。
しかし、それをまともに受け取るには余りにも男の存在は不気味だった。
もし男に実力がないのなら、そもそもリンリンとカイドウの激突の瞬間に居合わせることすらできない。
覇王色の覇気の渦に充てられて即昏倒だ。
加えて、新世界でも最高峰の水準を誇る二人の見聞色の覇気でも彼の接近に気が付けなかった。
アサシンの持つ気配遮断とは別の、世界と同一化したような接敵。
侍の持つただならぬ『スゴ味』を、二人の四皇は感じ取っていた。
だが、その上で。
目の前の侍の超常の腕を微かに感じ取った上で、彼らは怯まない。
カイドウは泰然とした態度で、首を縦に振った。


「―――あぁ、そうだ」


侍の姿が描き消えたのは、瞬間の事だった。
その瞬間に限り、彼らをして見えなかった。
侍の速度は四皇の知覚の外へと飛び出していた。


(――――!!!ぐ、ぉ…ッ!?だが、目視(み)えるぞ侍ッッ!!!)


カイドウの金棒に比べれば哀れなほどに見すぼらしい白刃を煌めかせ。
50はあったはずの彼我の距離が10メートルを切る。
正しく、瞬きにも満たない一瞬のうちの出来事だった。
完璧なまでに想定の外の速さ。
だが、カイドウは追いついた。追いついて見せた。
残されたのは刹那に満たない僅かな時間。
だが、その刹那さえあれば彼には十分すぎる。
筋肉のバネに力を籠め、侍の斬撃に合わせて金棒での刺突を敢行しようとする。
タッチの差で間に合った。これで肉塊へと変わるのは奴の方だ。
その瞬間まで、カイドウはその事実を疑ってはいなかった。



「避けなカイドウ!!ただの刀じゃねェ!!!」



ゾクリ、と。
カイドウの背筋に悪寒が走った。
即座に金棒の刺突を諦め、そのまま即席の盾として身を翻す。
彼に屠られてきたサーヴァントが見れば驚愕を禁じ得ない光景だろう。
熟練のレスラーの様にあらゆる攻撃を打ち破ってきた最強生物が逃げに徹するとは。


「―――っ!!…チッ、成程な」


回避に徹したため、受けた傷はとてもとても小さなものだ。
だが、燃えるような痛みがカイドウの首筋に奔った。
侮っていたわけでは決してない。
だが、あのおでんの剣技を受けたときと同じ悪寒と、リンリンの警告が無ければ。
カイドウの首は、今ここに転がっていたかもしれない。


「……俺はライダー。
いや、お前にはカイドウでいいか。百獣のカイドウで昔は通ってた」


カイドウには、ある種の確信があった。
もし、光月おでんがサーヴァントではなくマスターとしてこの東京にいるのなら。
彼が連れているサーヴァントは、まず間違いなく。
その確信があったから、彼は真名さえ明かして名乗りを上げた。


「―――お前の名はなんだ。おでんのサーヴァント」


一度立ち合い、その剣を受ければ否応なく理解できた。
目の前の侍は、間違いなく光月おでんのサーヴァントである、と。
単なる直観ではない。彼の剣にはおでんの気配があった。
おでんだけではない。
あの鋼翼のランサーの気配すら、カイドウの見聞色の覇気は感じ取っていた。
成程、目の前の侍ならば、あの鋼翼のランサー相手でも屠るのは難しいだろう。
サシの勝負なら生き残っているのは必定と言っても何ら過言ではない。
カイドウが下したのは、そんな最上級の評価だった。
それ故に、真名とまではいかずともせめて英霊としてのクラスだけでも知りたかった。


「―――セイバーの位階を以て、此度の聖杯戦争に現界した」


カイドウの予想通りの答えを、セイバーは簡潔に返した。
成程、おでんが従える英霊ならば、彼に勝るとも劣らぬ剣の腕を有していなければ不釣り合いという物。
界聖杯は、けだし納得の人選を行ったらしい。
それを認識するや否や、フッと笑みがこぼれる。
何故笑みが零れたのかは、彼自身にも分からなかった。
だが、その笑みを引き締める事はせず、そのまま視線をセイバーから隣に佇むリンリンへと移す。
そして、彼女に命じた。


「おいババア、お前の話に乗ってやる。だから暫くの間口を挟むな」

「……!良いだろう。お前がおれの話に乗るっていうなら黙っててやるさ」


笑みを滲ませた口で紡いだのは、リンリンの話への承諾だった。
あれだけ嫌がっていたにも拘らず、打って変わった即決であった。
リンリンも彼の意思を汲み、顛末を見守る事にしたらしい。
それを確認したのち、カイドウはセイバーへと改めて向き直った。


「さて、セイバー。改めて言うが、概ねお前の予想してる通りだ。
あの街の景色は、確かに俺とお前も覚えがあるだろう。鋼翼のランサーで作った」


その言葉に、セイバーは再び納刀した刀の柄に力を籠める。
我流の、抜刀術の構えをとる。
カイドウはその様にまるで大砲を向けられているような威圧感を幻視した。
しかし…それでも彼は顔色一つ変化させず。
ズン!!と。
自らの武器を大地に降ろすではないか。


「それについては申し開きをするつもりはねぇ。何を言ってもお前を謀ることになる。
だが…お前が何のためにここに来たのかも分かった上で、提案がある」


大仰に腕を広げて。
カイドウはあろうことか何某かの提案があると、己の首を飛ばしかけた相手に言った。
縁壱は動かない。
カイドウの首をその気になれば即座に狙える体勢のまま目の前の男の言葉を待つ。


「―――俺と共に、あのランサーの首を獲るつもりはねェか」
「断る」


即答、であった。
偉大なる航路にその名を馳せたカイドウの誘いを、セイバーはにべもなく断った。
だが、カイドウは動じない。
断られるのは予定通りと言わんばかりに余裕を醸し出しながら、訴える。


「まぁ、待て…俺もお前ら“侍”がどんな生き方をする生き物かは分かってるつもりだ。
だから下につけって言ってるワケじゃねェし。共闘するのも鋼翼を倒すまででいい」
「断る、と言ったはずだ」


その言葉を最後に。
再びセイバーは神速の踏み込みへと至る。
一秒を百等分した僅かな時間でカイドウへと肉薄する。
―――ヒノカミ神楽・円舞。
その斬撃は昼間アヴェンジャーの片腕を両断したのと同じもの。
その超絶の剣技を以て、カイドウの右半身を狙う。
しかし―――、


「雷鳴八卦」


断絶は、為されなかった。
ゴゥッッッ!!!、と。疾風が駆け抜けた。
残心は暴風の如く吹きすさび、周りの木々や倒れた一般人達の体をボールの様に転がした。
双方、無傷。
得にカイドウは金棒を地面に降ろしていたにも関わらず、だ。
それは彼が、セイバーの疾(はや)さに順応した証だった。


「これはお前の目的を達成する一番の道だぜ。セイバー」


再び金棒を降ろし。
まるで政治家の演説の様に、カイドウは語る。
力の差はそれこそアリと巨象ほどあるというのに、自分と打ち合ったセイバーが無傷なのには疑問を抱いていない様子だった。


「ここで殺しあうのもいいが…寝転がってる奴らは全員死ぬぞ」


セイバーの足が止まる。
こう言えば、侍という人種の足が止まることをカイドウは熟知していた。
その為に、あえて先ほどは限界ギリギリまで膂力を抑えていたのだ。
それですら余波で突風が吹くほどの威力。
彼が全力でスイングを行えば、この場に倒れているNPC全員の命が危険に晒される。
それをセイバーは認識させられてしまった。
そして、認識させられれば否が応でも交渉のテーブルにつかざるを得ない。
カイドウは、セイバーが此処へ調停のために訪れたことを看破していたのだ。
四皇の激突、それによって齎される死を阻止する為に。


「お前もあの鋼翼のランサーと戦ったんだろう。奴は話の通じる相手じゃねぇ。
となれば殺しあうしかねぇが…生憎こっちは奴に構ってる暇はなくなった
奴なんぞより、よっぽど俺にとって重要な相手が此処にいると分かったからな…」


セイバーは先ほどまでと同じ何時でも切りかかる事のできる態勢で。
しかし先ほどまでの様に踏み込む様子は無かった。
彼がカイドウの言葉に耳を傾けているのは明らかだった。


「とは言え奴はそんな事お構いなしだ。俺やお前を見れば即襲い掛かってくるだろう。
俺にとってもお前にとっても、奴は目の上の瘤って訳だ
…そして俺は生憎周りに配慮して戦うってのがちと苦手でな。奴と戦えばまた大勢死ぬことになる」


そこで言葉を区切り、カイドウはセイバーに向けて指をさした。


「そこで、お前よ。俺が持ってる固有結界の中で、お前があのランサーの首を獲れ。
討ち入りは侍の得意技だろう。お前ほどの剣士ができねぇとは言わせねぇ」


確かに、セイバーにとっても悪い提案ではなかった。
あの鋼の翼を携えたランサーは、悪鬼だ。
何を置いても斬らねばならぬ。
だがそれは、目の前の別の悪鬼の片棒を担ぐやもしれぬという事であり…


「勿論、ランサーを倒した後は俺やこのババアの首を狙ってもいい。
もしかしたら、挙げられる首が三つに増えるかもしれねぇぜ。ウォロロロロ…」


一理はある話ではあった。
セイバーからしてみれば先ほど戦った槍兵も目の前の騎兵も討たねばならない悪鬼。
そして両者ともに最高峰の実力を有している。
一騎打ちならば必ず勝てるとは口が裂けても言えない、激戦は必至の難敵。
当然、生存(いきる)か死滅(くたば)るかの戦いともなれば巻き添えになる人間も新宿事変の比では無いだろう。
だが、カイドウの固有結界内で、乱戦という形に持ち込むことができれば…
外界への被害を最小限に、或いは二体の悪鬼を一気に屠ることも可能なのかもしれない。
そこまで考え、セイバーは始めて自ら話を切り出した。


「お前が言う、最優先の相手とは…」


ある種の確信を抱きながら、それでも彼は尋ねずにはいられなかった。


「我が主…光月おでんのことか」


数秒の間、重苦しい沈黙が流れる。
常人ならば呼吸すら怪しくなるほどの緊張が伴う一幕だった。
その沈黙はカイドウの肯首を行うまで続いた。


「―――そうだ。そして、おでんの奴にも伝えろ。俺はお前との決闘を望んでいる、と。
あの鋼翼にも、隣のババアにも、他のサーヴァントにも、誰にも邪魔はさせねぇ…!
今度は、お互い一人の海賊として一対一(サシ)の勝負と行こうじゃねぇか…」
「おい!お前おれが弟分の決闘に茶々を入れる無粋な女だと思ってんのかい!!」
「思ってるから言ってるんだ。ババアは引っ込んでろ」


口を挟んできた女海賊の言葉も一蹴し。
紡ぐ言葉は紛れもなく男と男、海賊と海賊の間で為される決闘の申し込みだった。
その言葉にはカイドウの狂おしいまでの渇望が伺えた。
おでんから生前戦った際の勝者はカイドウであると既に聞いている。
だが…目の前の男が纏う覇気は勝者のそれではない。
まるで挑戦者の様な…ギラギラとした“飢え”があった。
彼の瞳は、地獄の業火の様な野望の焔を湛えていた。


「その為にもあのランサーの野郎は邪魔だ。
おでんの奴もあんなのを野放しにしたままじゃスッキリ戦えねぇだろう。
それじゃダメなんだ。奴との決着は今度こそ何の憂いもない物じゃねぇと意味がねぇ…!」
「―――マスターを戦わせるサーヴァントがいると思っているのか」


カイドウの全てを飲み込むような渇望を前にしても、縁壱は冷静だった。
冷静に、こんな怪物の前に主を立たせるわけにはいかないと指摘した。
それは至極当たり前の判断。市井の民もみんなそう考えるだろう。
だが、彼らは海賊だ。当たり前の思考をしていては海賊は務まらない。


「それを決めるのはおでんの奴だろう。そして主君がそうと決めれば…
お前もそれに従うさ。それが侍ってモンだろ」
「―――私は、侍ではない」


何処までも、自信に満ちた声。
おでんが自分の誘いに乗ってこないことなどありえない、と。
そしてマスターのその意思を、セイバーがたがえる事もまたあり得ない、と。
確信していなければ決して出せない声色だった。
だが、カイドウのその言葉を縁壱は否定する。
自分は侍などではない、と。
一時は志していた事もあった。だが、今はもう、自分は……。


「私は、鬼狩りだ」


領地と民を守る侍にはなれなかった。
自分にできた事は、生涯を賭して鬼を殺すことだけ。
大切な人さえ、守り抜く事はできなかったのだ。
だからセイバーは、カイドウの信頼さえ混じった声を否定し。
そのまま重ねて、問いを投げる。


「……お前は、先の新宿で。あの地獄を作ったことをどう考えている」
「そんなもんは決まってる。弱い奴らは死に方も選べねェ。それだけだ」


今度はカイドウが即答する番だった。
偉大なる航路においては弱さこそ罪。
アリを踏み潰すのを気にして歩くゾウはいないのだ。
そして、その言葉を受け、
セイバーはやはりこの男は斬らねばならない、と。
その認識をさらに強め、場の空気が再び剣呑なものへと変わる。
その直後の事だった。


「ちょっと待てカイドウ!あの騒ぎはやっぱりお前かい!!
ふざけるなよてめェ!!お前が吹き飛ばした街にはお気に入りの店があったんだ!」
「黙ってろって言ってるだろうがクソババア。恨むならランサーの奴を恨め」
「そいつは勿論ブチ殺さないとねェ!!」


ぷんすかとセイバーとは別方向で怒りを露わにして。
再び口を挟んでくる老婆のサーヴァント。
彼女の怒りはどうしようもなく自身の欲望に依るものだったが。
それでも、本心から憤怒に駆られているのは確かだった。


「お前は…」


カイドウから、ババアと呼ばれていた老婆へと視線を移す。
そして、その憤るさまを見て、思わず。
思わず、問いかけていた。
大和の語った思想と、新宿の被害を絡めて。
その上でお前はどう考えると、セイバーはそれが知りたかった。
問われた老婆のサーヴァントは笑みを浮かべて答える。


「ハ~ハハハママママ…ま、隣の男と概ね同じだねェ。
顔も知らねェ奴の事なんざどうでもいいし、弱い奴は死に方も選べねェ、だが…」


やはりこの女も、似通った思想らしい。
自分の主、光月おでんとは同じ海賊でも全く違う。
生前狩ってきた鬼たちや鋼翼のランサーと何ら変わりはない。
冷酷かつ残虐。命を何だと思っているのか。
清流のせせらぎの様に静かに。
その実マグマのような激情を煮えたぎらせて。
柄を握る己の手に力を籠める。
だが、直後に彼女が語った内容は、セイバーの義憤すら上回るほどの、彼の想定を完全に超えたものだった。


「半年にひと月分の寿命!それか甘~~いお菓子!!何方か捧げるなら守ってやるさ!
おれの国(トット・ランド)は、来るもの拒まずだからね!!」
「……?」


セイバーの眉根がほんの僅かに顰められる。
女の言葉をどう咀嚼したものか考えてしまったのだ。
彼にしては非常に珍しい事に、感情に困惑の色が混じった。
その様を見て、老婆は子供の様に破顔の表情を作り。
巨木の様な腕を振り上げて、己の大志を述べる。


「ハ~ハハハハハハハ!何を言ってるか分からねェって顔だねェ!
いいさ、お前ほどの剣士なら聞かせてやろう!俺の夢を!!!」


ビルの様な巨体に備わった声量もまた並みのモノではなく。
びりびりと、大気を震わせて。
高らかに、歌うように、老婆はセイバーへと告げる。


「このビッグ・マムの夢は…!世界中のあらゆる人種が『家族』となり…
同じ目線で食卓を囲む…そんな国を創ること……!」


まるで婚姻前の処女が語るように普遍的。
されどその『家族』の規模を考えれば誰もが夢物語だと断じる大望であった。
人の歴史とは差別と争いの歴史。
その一切を排除し、差別も偏見も争いもなく、誰もが平等にテーブルを囲む世界。
それこそが、万国(トット・ランド)。それこそが、彼女の目指すシャングリラ。


「おれのマスターやそのダチのガキ共は不憫な奴らでねェ…親に捨てられたり、
貧乏だったりでまともに育った奴は一人もいねぇ…その辛さはおれにも分かる。
おれも、実の親に捨てられた育ちだからね!!!」


ビッグ・マムを自称する老婆が元孤児だったことに、セイバーも驚愕を禁じ得ない。
一体全体どんな巡りあわせならば、孤児がここまでの怪物に育つというのか。
表情には出さないものの、セイバーをして驚かずにはいられなかった。
そんな彼の驚愕も意に介さず、マムは夢を語り続ける。


「そんな救えないガキ共でも家族としてテーブルを囲める…そんな国をおれは創る!!
おれの名のもとに!!偉大なるマザーの威光は永遠の命を持つのさァ!!」


見果てぬ夢を語るマムの瞳と声は、何処までも澄んでいた。
先ほどまでの如何にもアウトロー然としたふるまいとは違う。
理想を唄う牧師や歌手の様な、或いは今日初めて夢を抱いた幼子の様な。
無垢なる希望に満ちていた。
何時だって慈しいマザーと、羊の家の仲間と過ごした楽しい日々が彼女の原風景。
もう記憶の彼方になってしまったあの家には、全てがあった。
争いなんて一つもなかった。
皆が幸福なだけの世界だった。
マザーは、理想郷を確かに作っていた。
なら、おれにもできない道理はない。つまらない道理など蹴散らしてしまえばいい。
居なくなってしまったマザーの分まで。
この世の光の意思は、おれが継ごう。


「いつ聞いてもバカな夢だぜ。海賊が見る夢とは思えねェ」
「ママママ…言ってろ、そんな場所が確かにある事をおれはもう知ってる。
逆に夢物語だと笑う奴らがそんな国は存在しえないなんて証明できた試しは一度もねェ」


セイバーはこの時、得心が言った気がした。
目の前の存在が、“何”であるのかを。


「バカな夢で結構!!笑ってきた奴は全員この手でぶちのめしてきた。
誰も築いた事のねェ国だからこそ、追いかける甲斐があるってモンだ。
そう、それでこそ――――」


彼女達は。
紛れもなく、悪ではあるのだろう。
正義でも、善なる存在でも断じてない。
しかし、彼らはそれでも自由だった。
そして、




「それでこそ、浪漫(ロマン)だ!!!!」




彼らは、永遠の夢追い人だ。
寝ても覚めても、それしか頭にないのだ。
命を賭して夢(ロマン)を追い求め、母なる海に帆を張る愚かな旅人(ドリーマー)。
年老いた後も、死後ですら。
果てなき夢を、前人未到の明日を求める憧憬こそ、彼女達の無限のエネルギー。
それ故に、揺らがない。
それ故に、強靭(つよ)い。
それは彼女たちが停止不能かつ無限駆動の怪物であることも同時に意味するからだ。


「―――其方の聖杯に託す理想は理解した。ビッグ・マムよ」


その夢を聞いて。
眼前の女傑は、あの久遠の時を生きる悪鬼とは違う。
それは理解した。
セイバー…継国縁壱をして、目の前の老婆の夢が悪であると断じることはできなかった。
それどころか、ほんの僅かに。
彼女の求める頂きを聞いた時…本当にほんの僅かだが、胸が高鳴ったのだ。
有体に言えば、一瞬だが、高揚した。
善悪を超越した、人という種が持つ希望(ロマン)への久遠の憧憬が、縁壱の心を揺らしたのだ。
だが。
その上で、彼は、


「残念だが…お前の至ろうとする悲願と我々の道は、どうしても交わらない」


彼は、マムの掲げる理想を斬るべきものだと判断した。


「ほう…その心は?」


己の夢を否定されても、マムは怒らない。苛立ちすら沸いていない様だった。
無論凡夫の否定なら即座に叩き潰していたし、目の前の剣士もそうするつもりだった。
だが何故そう思ったか知りたくなる程度には、マムは目の前に立つ剣士の腕を買っていた。
彼女の問いに、縁壱は簡潔に答える。



「その悲願が成就するまでに…私が大切に思う沢山のものが轢き潰されてしまうからだ」


もしかしたら、間違っているのは自分で、正しいのは彼女の方なのかもしれない。
だがそれでも、縁壱はマムの夢の成就を認めるわけにはいかない。
誰もが家族として食卓を囲める世界。
その願いには敬意すら禁じ得ない。
自分もまた、うたと。我が子と。共に食卓を囲むのが夢だった。
そんな夢は実現不可能だとか。
縁壱を懐柔する為に彼女が嘘を言っているなどとは考えなかった。
目の前の老婆は本気でそんな世界を目指しているし、
それを実現しうるだけの力を有している。
彼女を目前にしてそんなことは不可能だと笑う人間の方が節穴というものだ。

事実マムは数十年にわたって、万国という国家を運営してきた。
食い煩いという災害はあったものの。
民を飢えさせることも戦禍に巻き込むこともなく、混沌とした新世界においても秩序と平和を保っていたのだ。
無論その陰には他国の犠牲はあったにせよ、自国をファーストに考えるのは為政者として当然のことでもある。
その事を認めているため、馬鹿な夢だと評しつつもカイドウはマムの夢を笑わなかった。
だがしかし。
彼女は、夢のためなら縁壱がこの世界で大切に思う物を踏み潰し続けるだろう。
佳き人々の営みを、二つとなき華達を無残に散らしながら進み続けるのだろう。
生前逃してしまった栄光を、今度こそ手にするために。



―――故に、斬る。



マムが己の夢を諦めない様に。
縁壱もまた、彼が大切に思う物を一歩も譲らない。
故に共存の道はなく。
何方かが死滅(くたば)らなければ未来には進めない。
それをハッキリと認識したからこそ、縁壱のその宣言に迷いはなかった。


「ママママ…お前ほどの侍の血も万国(ウチ)には欲しかったが…仕方ないねェ
お前ほどの剣士なら、スムージーの奴をくれてやっても良かったんだが」
「生憎、主君も、妻もすでに定めた身だ。……お前たちを斬ることも、な」


マムの言葉に、縁壱はやはりという思いを強める。
彼女が語った理想は本心から目指しているものだが。
家族の基準がすべて彼女に依るものならば、その在り方は独裁に近い。
彼女という親に捨てられた子供も、実子を殺めたこともある可能性すらある。
彼女の夢に対する敬意は揺るがないが、やはり相容れることはない。
斯くして対立の姿勢を強める縁壱だったが、対するマムもまた悠然とした態度を崩さず。


「ハ~ハハハママママ恐れるに足りねぇなァ!おれは海賊王になる女だからねェ…!」


その巨躯に、はち切れんばかりの覇気と戦意を漲らせ。
バチバチと周辺の空気がスパークする。
彼女の代名詞である雷霆と陽光が、現出しようとした、その時だった。


「いい加減にしろクソババア。直ぐ話を本末転倒な方に持っていこうとするんじゃねェ」


カイドウが横やりを入れ、開戦に傾きかけていた空気を修正する。
ここでマムが戦闘を始めてしまえば、自分が行ってきた交渉が全て水の泡だ。
視線を遮るように強引にマムの前に陣取り、再び縁壱と相対する。


「……で、質問には一通り答えてやったわけだが…お前はどうする。
やっぱり此処で俺達と殺しあうか」


冗談の様な対格差で縁壱を見下ろしながら、最強の生物は問いかける。
縁壱はやはり変わることなく、刀の柄を握ったままの様で、カイドウを見上げる。
そして、カイドウの射すくめる様な視線も意に介さず、一つの要求を投げる。
―――お前の話を信じるに値する、証を示せ、と。


「フン…そりゃあそうだな。お前からしてみれば話を飲む根拠がないと話にならないよな」


その要求を受けて。
カイドウは、己の肉体に走る刀傷を示した。
数十年前に付けられたと見られる、古い十字傷。
それを摩りながら、百獣のカイドウの名のもとに宣言する。



「俺は……この傷に嘘はつかねェ。足りねェか」



見るものを震え上がらせる強者の瞳。
その瞳で縁壱を見据えて、カイドウは言葉を紡いだ。
視線と視線が交わる。
真っすぐな瞳だった、少なくとも、この台詞だけは真である、と。
そう確信させるだけの説得力を有した瞳の色だった。


「……マスターには、伝えておこう」


暫しの間を開け、縁壱は刀を収めた。
四皇二人を前にして武器を収める、普通に考えれば自殺行為以外の何物でもない。
だが、カイドウもマムも仕掛けることはなく、ただ一度頷き。


「……夜明けまでにはあの鋼翼達に仕掛けるつもりだ。時が来れば覇気で知らせる。
部下達にお前たちが来れば通すように伝えておくから、今度はおでんも連れてこい」


それだけを告げて、カイドウもまたくるりと背中を晒して。
地面にずっと降ろしていた金棒を担ぎ上げる。


「行くぞババア、帰って聖杯を獲る計画を練る。
あとどうせお前も傘下を作ってるだろ、そいつらも紹介しろ」
「そうだね。お互い色々話すことは多そうだしねェ…
おっと、それまでに少し野暮用をすませるよ!」
「行っておくが、余り時間はとれねェからな」


喧々囂々と、軽快なやり取りを交わしつつ。
カイドウは人から龍の姿へと変貌を遂げ、マムは己の愛騎である雷雲を呼び出す。
去ろうとする彼らの背中を眺めながら、縁壱は別れの言葉代わりの情報を一つ与えた。


「あのランサーは…触れるもの全てを腐食させる槍を使う」


カイドウはその言葉にほう、とつぶやきを漏らし。
マムと共に宙に浮かび上がりつつ、短い返事を返した。


「覚えておくぜ」


その言葉を最後に。
二人の四皇は縁壱の日輪刀でも届かぬ夜の闇に消えていった。
きっと、次に相まみえるときは。
こんな別れにはなりえないだろう。何方かの屍が晒されているに違いない。
その時を予感しながら足早に、残された日輪の剣士もまたその場を去る。
残されたのは覇気で気を失った可能性なき命たち。
しかし、それでも。いずれ消えゆく命だとしても。
四皇二人が相まみえたにも拘らず、潰えた命は一つとして存在せず。
今聖杯戦争で頂点に位置する強者たちの邂逅は結びを迎えた。






「…そうか、やっぱりあの野郎だったか」
「すまない。あそこで、斬り伏せるべきだったのやもしれん」


時刻は日付が変わるまでに三時間を切った頃。
縁壱は再びおでんのもとに戻り、今しがた起きたことの顛末を報告した。
おでんの体は煤や粉じんで薄汚れていた。
縁壱が二人の四皇の調停に赴いている間も。救命活動を行っていたのだろう。


「なぁに気にするな!あいつを前にして死人無しで済ませるなんて、
やっぱりお前さんは大した奴だぜセイバー!俺じゃそうはいかなかったろう」


バシバシとセイバーの背中を叩いてガハハと豪快におでんは笑う。
そして、その表情が巌の様に引き締められたのは直後の事だった。


「後は俺の仕事だ。奴を仕留めそこなった責任は…俺が果たさなくちゃいかん」


揺るぎのない決意に支えられた様相で、おでんは為すべきことを口にした。
彼もまた、自身の因縁の再演の完遂を望んでいるのだ。
本来なら止めるべきなのかもしれない、しかし。
縁壱は制止の言葉を飲み込む。
我が主なら、きっと…あの龍鬼にも勝つだろう。その確信があった。


「さ、まだこの辺に崩れそうな建物がいくつかある。
諸々は先ずこの街を助けてからだ。手伝ってくれセイバー。
俺一人じゃ、へとへとの体で休む間もなく奴と戦うことになっちまう」
「……承知した」


未だ地獄の最中にある新宿で。
二人の剣士はそれでも一つでも多くの命を救うために奔走する。
魔を絶つ剣を執るその時を、静かに待ちながら。


【新宿区・郊外/一日目・夜】

光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:全身にダメージ(中)、右肩に刀傷(行動及び戦闘に支障なし)、疲労(中)
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
0:新宿に向かって人々を助けたい。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:カイドウを討つ。それがおれの現界の意味と確信した。
4:ヤマトの世界は認められない。次に会ったら決着を着ける
5:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
6:あの変態野郎(クロサワ)は今度会った時にぶちのめしてやる!
7:あさひ坊のことが心配。頃合を見て戻りたい
[備考]
古手梨花&セイバー(宮本武蔵)の主従から、ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の計画について軽く聞きました。
※「青い龍の目撃情報」からカイドウの存在を直感しました。
※アヴェンジャー(デッドプール)の電話番号を知りました。
※廃屋に神戸あさひに向けた書き置きを残してきました。

【セイバー(継国縁壱)@鬼滅の刃】
[状態]:疲労(中)、全身各所に切り傷や擦過傷(いずれも小程度)
[装備]:日輪刀
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:為すべきことを為す。
1:光月おでんに従う。
2:他の主従と対峙し、その在り方を見極める。
3:もしもこの直感が錯覚でないのなら。その時は。
4:凄腕の女剣士(宮本武蔵)とも、いずれ相見えるかもしれない。
[備考]
※鬼、ひいては鬼舞辻無惨の存在を微弱ながら感じています。
気配を辿るようなことは出来ません。現状、単なる直感です。


夜の闇の中の空を、二体の怪物は我が物顔で進む。
その様はまるで天を流れる彗星の様だった。


「おい!どこへ行くんだこのババア!!行っておくが時間はあまりねェぞ!!」
「ハ~ハハハ!おれとお前が殺しあってた時間を考えりゃお釣りが来るよ!
なに、ちょっと鬱陶しい蜘蛛の巣をぶっ潰しに行くだけさ!」


グングンとスピードを上げ、二体の怪物は目的地を目指す。
目指す地点は新宿からほど近い豊島区。
そこへ聳え立つ一際大きいビルこそ、女海賊の目的地だった。
先ほど傍受した二匹の蜘蛛の内の一匹の所在。
そこへ行って一暴れしようというのが彼女の魂胆であった。
昼間の283プロの時とは違い、制止するガムテは隣にはいない。
カイドウという申し分ない戦力も手に入れた。
ならば海賊として後々必ず障害になる小賢しい蜘蛛の住処を焼き払いに行くのも悪くはない。
勿論ガムテには知らせていない独断だが気にしない。
天上天下唯我独尊、何処までも無軌道。
カイドウはそれを咎める事はしても止めはしなかった。
どうせ無駄だし、時間の浪費にしかならないからだ。


「チッ!20分以内に済ませろよクソババア!!」
「十分だねェ!それだけありゃ!!!」


見るものを震え上がらせる笑みを浮かべて。
強大なる母は蜘蛛の巣へと迫る。
あと数分もしないうちにその脅威はデトラネットへと降りかかるだろう。


「さぁ…!始めるよ!!国盗りをねェ!!!」


【豊島区・上空/一日目・夜】

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:首筋に切り傷。
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
0:あの日の悔恨に"決着"を。
1:峰津院の霊地(東京タワーとスカイツリー地下)を強奪ないし破壊する。
2:組んでしまった物は仕方ない。だけど本当に話聞けよババア!!
3: 鬼ヶ島の顕現に向けて動く。
4:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
5:リップは面白い。優秀な戦力を得られて上機嫌。てめェ戻って来なかったらブチ殺すからな
6:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
7:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
8:峰津院大和は大物だ。性格さえ従順ならな……
9:ランサー(ベルゼバブ)テメェ覚えてろよ
[備考]
※鬼ヶ島の6割が崩壊しました。復興に時間が掛かるかもしれません

【ライダー(シャーロット・リンリン)@ONE PIECE】
[状態]:健康
[装備]:ゼウス、プロメテウス、ナポレオン@ONE PIECE
[道具]:なし
[所持金]:無し
[思考・状況]
基本方針:邪魔なマスターとサーヴァント共を片づけて、聖杯を獲る。
0:蜘蛛の巣をぶっ潰して、カイドウとこれからの計画を練る。
1:あの生意気なガキは許せないねえ!
2:ガキ共はビッグマムに楯突いた事を必ず後悔させる。
3:北条沙都子プロデューサーは傘下として扱う。逃げようとすれば容赦はしない。
4:カイドウを見つけて海賊同盟を結成する。



時系列順


投下順


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079:あらし(ワイルドハントあるいは祭り)のよるに 輝村照(ガムテ) 094:崩壊-rebirth-(前編)
ライダー(シャーロット・リンリン)
北条沙都子 97:新月譚・火之神
081:サイレントマジョリティー アルターエゴ(蘆屋道満)
087:神の企てか?悪魔の意思か? ライダー(カイドウ) 094:崩壊-rebirth-(前編)
077:明日の神話 光月おでん 97:新月譚・火之神
セイバー(継国縁壱

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最終更新:2022年03月08日 19:37