◆◆◆◆◆◆
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――悲しい。一番の■■だったのに……
――もういいから
――もう嘘ばっかり吐かなくていいから
――貴方何も感じないんでしょ?
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◆◆◆◆◆◆
中央区。
『松坂』の表札。
広大な屋敷に満ちる、生気の欠けた冷気。
主がいなくなっても残留する、血肉と腐臭の澱み。
生臭い空気に反し、そこは豪邸と呼ぶに差し支えない佇まいを残していた。
だが、二人のサーヴァントが見回るのに費やした時間は最低限の、手短なものだった。
GVは上階から取って返し、童磨は地下から引き返し、痛々しい弾痕や亀裂が晒された玄関前でさてと合流する。
それぞれの偵察の最中に、
松坂さとうに向けて『緊急事態』を告げる念話を送り入れて。
『叔母さんに電話する』というさとうの返答を受けて童磨にとっての『消えた方角』である豊島区を軽く偵察し。
地面がえぐれて広々と更地になった無人の崩壊跡や、延焼を続ける周囲の高層建築を目の当たりにして。
その状況をマスターたちにどう説明したものかと悩みながらも、に再びの中央区に足を踏み入れ。
その途上で寄り道として侵入したのは、まさに『叔母さん』と遣り取りしたその邸宅だった。
無防備なマスターの少女ふたりを待たせているサーヴァント二人が立ち寄るには、決して賢明と言えない不潔な無人宅だ。
それでも敢えて再訪したのには二つの理由があった。
「そっちの収獲はどうだ?」
「不思議だねぇ。ここに来てからの暮らしぶりが窺えるものは色々あったのに。
こんなものを見た事があると懐かしくなったのは確かだが、真名が思い出せないのは埋まらなかったよ。
とりあえず紙幣だけはあって困るものじゃないから、車賃の足しに拝借して行こうじゃないか」
交通がこんな風になってしまった以上、いつまでも民間の車なんぞが当てになるかも分からないけどねぇと嘯きつつ。
どこかの隠し財産金庫から、がめてきたらしい札束を懐にしまいこむ。
主君だった者の屋敷から遺産荒らしをすることに対する呵責などは全く見せない。
GVもまた、状況が状況であること、彼らの主従関係が冷え切っていたことは数時間前の光景で察していたので何も言わなかった。
――その数時間前の光景にも、靄で覆われ始めているのが現状ではあったが。
「生前から知っていたはずの俺でさえ、虫食いがあるんだ。雷霆君にとってはもっと頭の溝が大きいんじゃないかな」
「ああ、この屋敷を訪れたことも、通された書斎までの間取りもはっきりと覚えている。
案内をしていた松坂さとうの叔母さんに限って言えば、霊体化の目視だったけど様相も人格も思い出せる。
だけど、書斎でマスター達が対面したサーヴァントの顔と名前が思い出せない。
部屋に入ってみても、内装や家具の位置取りはきちんと既視感があったのに、そこに座っていた者の記憶だけはっきりしないのはおかしい」
一つ目の理由は、豊島区の惨禍を目撃した直後ほどから、双方にもたらされた違和感が健忘や錯覚ではないことを確かめるため。
記憶の蓋というものは、体験や体感と結びついている。
頭の中を指で掻きまわして記憶の点検ができる童磨ならばいざ知らず。
GVにとって数時間前を思い出すための最も手っ取り早い方法は、同じ場所に立って既視感をともなうことだった。
その上でなお『あの時のあの者はこうだった』という実感がわかないのだから、これはGV達の記憶力による問題ではないと結論を出していい。
「サーヴァントを葬った主従のどちらかが、忘却の副作用を伴う能力を持っていたのかもしれないな」
「しかも、その技は叔母さんの死因とは別物ということになるだろうねぇ。俺たちはどちらも叔母さんのことを同じように思い出せるんだから」
サーヴァントの持つスキルのひとつに、『情報抹消』というものがある。
状況終了後に、相対者から己の記憶を削除するものだと、GVはサーヴァント化に由来する知識として把握している。
だが、当のサーヴァント自身が己を忘れさせるスキルを持っていたというのなら、同盟を組んだところで別行動さえ取りにくくなっていただろう。
また情報抹消は、己の情報を相手に渡さないことで優位を得続けるためのスキルであり、己が倒した者を忘れさせるという力ではない。
つまり、どんな襲撃者のどんな能力であるかも知りようがなく、どうしようも無ければ、どうこうする急務が伴った呪いの類なのかどうかも不透明な現象だった。
であれば、わざわざ記憶の混濁症状について詳しく検討する為だけに汚濁に満ちた屋敷に戻ってくる意味は薄いように思われた。
だが、そこで『二つ目の理由』、そして『二つの理由を重ねた上で見える結論』が意味を持つ。
「それで、雷霆君の『はっきんぐ』とやらは上手くいったのかな?」
「ハッキングだなんて大掛かりなことはしていないよ。書斎にパソコンがあったのを覚えていたから、メールボックスを検めるついでに送信元を当たらせてもらっただけだ」
GVとひとつになった電子の謡精は、電子機器端末の処理内容を思いのままに操ることができる。
たとえば、それがゲームであれば『なぜか敵モンスターから受ける攻撃は全てが『Miss!』となり、自機が攻撃する時はすべてがクリティカルになる』ような接待ゲームさえ可能となるほどに。
GVが第七波動の恩恵により生前から得意としていたハッキング技術に上乗せして、他者の端末を覗き見るにあたって有利な判定が得られることもある。
屋敷の書斎にあったパソコンがあたかも常の習慣のように起動していた以上、SNS、あるいはメールボックスには他者と交流した形跡があるかもしれないと踏んでのことだった。
「松阪邸に同盟の申し出らしきメールを送ってきた奴がいた。ほとんど弱みを洗い出して脅迫するような誘い方だったけどね」
「それは僥倖じゃないか。なら送り主を割りだすことなんか、雷霆君なら朝飯前なんだろうねぇ」
「いや、夕方の転売アカウントの時と似たようなものだったよ。文面を考えたのは
神戸しおの仲間の一人だろうけど、送信には第三者が間に噛んでいる、という風だった」
「なるほど、ただでさえあっちもこっちも壊れて無くなった中で、関係者を辿るような悠長なことをやっていれば時間がかかるというわけだね。
つまりさとうちゃんの『愛』が豊島区に関わっているかどうかは、聞き出しようがないってことか」
それが二つ目。
今となっては、『松阪邸と繋がっていたという陣営の手がかりはない』かどうかを確定させること。
松阪邸にいた二者の音信不通は、松阪さとうと
飛騨しょうこにとって少なくない意味を持っていた。
それは同盟者の喪失という痛手だけではない。
松阪さとうにとっての肉親が消えたという影響だけでもない。
――しおちゃんの仲間達と■■■くんはつながってる。
――遅れてはいるけど、もうすぐ此処に来ることになってるのよ。しおちゃん達
松阪邸の主従は、
神戸しおおよび彼女を擁する陣営と合流した後で死亡した。
つまり、『さとうの叔母とそのサーヴァントが襲撃された場に、
神戸しおも共にいた』可能性は高いということになる。
とりもなおさず、記憶は不確かなれど『
松坂さとうが即座に童磨からの鞍替えを申し出たほどに強い』ことは裏どりが取れている鬼の盟主が、不覚を取るほどの。
それほどの実力者が襲撃をした鉄火場に、
神戸しおが巻き込まれたかもしれない、ということさえも。
その上で、ロストポイントである豊島区を見渡せばあの激戦の跡だ。
むろん、
神戸しおたちと別行動するなり決裂するなりで離散した後に襲われた……という可能性にも期待したいところだが、それについては館に向かう前の童磨が『ある理由』によってきっぱりと否定した。
となれば、『同盟者および叔母の喪失』に対して一区切りをつけたさとうが、次に想うことは『大切な人の安否の心配』だろうと予想はできる。
そのまま行方が知れないとなれば、『こんな事なら、会わないことを選んだのは間違いだったのか』という今後の迷いにも繋がるだろう。
GVにとって、松阪さとうに対する警戒は解けないまでも。
飛騨しょうこと松阪さとうの繋がり、そして決着の時までは共にありたがっているという想いは分かる。
一時離別をするまでの道中で充分に伝わった。
だからこそ、『さとうちゃんにずいぶん肩入れしてくれてありがとう』という皮肉なのか本音なのかという発言は受け流し、情報収集の結果を語る。
「結論から言うと、今となっては会わないことを選んだ以上に、会おうとしても会いに行けるものじゃない。
だけど、
神戸しおの身に危害が及んだとも限らない」
言い切るねぇ、と童磨はいつもの動揺した風でもない微笑で口元の扇を揺らす。
「それは、あの方が逃げずに戦ったらしき推量のせいかな?」
「ああ、ぼくらの忘却が人為による現象だとはっきりしたことで、信憑性ができた。
叔母さんは忘却に巻き込まれていないんだから、叔母さんを殺した手段とそのサーヴァントを殺した手段は別だ」
これが逆だったなら――叔母のことだけ忘れたなら、『マスターである叔母さんが奇襲を受けたことによって、サーヴァントは消滅した』と考えることもできた。
だが、実際はその逆であった。
ならば童磨の元主君を仕留めたのは、彼自身が他の主従と交戦した結果だということになる。
つまり、豊島区をあのように倒壊させた激震の只中で、主従そろっての抗戦を選択した果ての結末だということ。
そこに加えて童磨からもたらされた主君の人柄についての話がある。
鬼としては極めて珍しい事に――だからこそ違和感も早かったのだが――人間だった時代から散華までの記憶をすべて所持している童磨は、元主君をこのように評したからだ。
「それに、『あんな目立つ戦場で交戦を選ぶなんて、令呪によって無理やり戦わされたとしか思えない』……だったっけ?」
「崩壊跡を見たばかりの俺が言ったことだから、虫食いが増えた今になって思い出しても断言はできないなぁ。
けど、『鬼』としても異例の判断には違いないことだぜ?」
昼間に拠点を壊されただけで詰む立場でありながら、無限城もない東京の只中で力を持った連中の乱戦に飛び込むような真似をしたんだから、と語る。
どうにも彼の元上司は、部下に対する暴虐ぶりからは相反して、こと自ら動くという一点についてはとことん腰の重い慎重居士だったという。
変化を厭い、不変を好むとは、霞んだ記憶にさえ未だ残るほど、たびたび聞かされていたところだった。
他者を死に物狂いで働かせることには容赦しないが、己が死に物狂いで戦うことは本当に最後の手段でなければ踏み切るまい。
住宅区域ひとつを消し飛ばすような無法者と相対してもまず『他者を戦わせる』ことを考えるだろうし、それが不可能であったとしても『マスターを連行しての逃走』を選択する。
常態の判断であればまずやらないような、彼にとっての愚行を働いた上での戦死。
聖杯戦争においてそのような事態を引き起こす原因といえば、『令呪を使われた』ぐらいしか思い当たるところはない。
では、なぜ
松坂さとうの叔母は、サーヴァントを失うリスクを冒してでも令呪を使用したのか。
理由があるとすれば、そうまでしても守るものがあったから。
己やサーヴァントの寿命を縮めるほど重要な存在――彼女曰く『かわいい姪っ子』の大切な人、
神戸しおを守るためだったのだろうとしか思い当たらない。
「お前でもまず敵わないほど強いことだけは分かっているサーヴァントが、令呪で強化された上で戦ったことになるんだ。
その足止めが上手く働いたなら、
神戸しおとその仲間は生きているだろうと思う」
神戸しおの安否は、まだ絶望視されるに足るものではないと。
そう告げれば童磨は「なるほどねぇ、俺は探知探索には不向きだからそういった方向に頭は回らなかったよ」と頷きながら、腐臭を振り払うように扇を仰いだ。
であれば、GVが抱いたもう一つの疑念には今のところ引っ掛からなかったらしいと内心でほっとする。
書斎のパソコンから松坂氏宛として届けられたメールの文面と『社会的身分を盾にとっての脅迫』というやり口を確認した時に、GVはまた別の既視感を覚えた。
送信元をたどることで、トカゲのしっぽ切りのように雇いの者を使って火元を突き止めさせない抜け目のなさを感じ取ったことで、その出どころが分かった。
まだ社会がゴシップや少年犯罪の話題だけで盛り上がるに足るものだった時間帯。
そんな昼間と夜が来るまでの間隙をついた、ひとつの炎上騒動の火元を調べた時の感覚だ。
この両者が同じ人物像として重なることから、導き出されるのは。
それはすなわち、豊島区の崩壊現象と関係があるのかないのかは別としても。
神戸しおと
神戸あさひが、現在進行形で互いの願いのために、闘争を繰り広げているやもしれないということ。
――ダメだよGV……その人は……■■■■くんは……わたしの大切な……
そこに伴っている感情を推し量ることはできないとはいえ、どちらかが、あるいはどちらもが、『誰かのことを選ばない』という決断で痛ましい血を流しているかもしれないこと。
その可能性を、GVはまだ言わないことを選んだ。
松阪さとうが大切な人の安否で動揺するかもしれない時に、さらに追加で持ち出すには、
神戸あさひという少年の存在はデリケートに過ぎる。
その代わりに、納得を持ってからは常と変わらず微笑している眼前の鬼にたいして口を開いた。
マスターである
松坂さとうからは何度も相手をするなと言われた上でだったが。
しばらく実務的な会話ばかりが続いたことから注意が緩んだところはある。
訃報を聞いてからずっと、気になっていたことを。
「主人のことは、追悼とか、何も言わないんだな?」
「主人……ああ、さとうちゃんではなく、生前の方のことかな?
あいにくと記憶が定かでない以上、悲しいことなのかどうかも分からないからねぇ」
曲がりなりにも王と仰いだ存在が死んだのにずいぶんと冷淡だと、GVの言葉をそのように解釈したらしい答えを返す。
しかし、GVに去来していた疑問はそこではなかった。
「それだよ。お前は、いなくなったり、忘れたりすることを、悲しいと思っていても、逆に悲しくなかったとしても。
どっちの場合でも言葉の上では『悲しい』って言うのかと思ってた」
出会った当初から童磨の言葉の大半を占めているものは戯言だった。
嘘をつかなくていいところで、茶々を入れるためだけに苛立たれること承知の上で嘘をつく。
こちらが冷淡に反発したところで、痛痒を覚えている風には見えない時でさえも、『君達は酷いなぁ』と嘯く。
心配する思い入れなどないのに『心配したんだぜ』とのたまう一方で、全く敬意を払っていない鬼の王にさえ表面上は恭しく傅いて敬語を使う。
傅かれる鬼の王が記憶からいなくなった後でも、誰の目にもうわべだけだと分かる傅きをとる姿は覚えていた。
であれば、まるで不謹慎さを感じさせずに悲しい悲しいと言ってのけるか、形だけの哀悼の言葉を述べるか、どちらかを予期していたのだが。
「ああ、確かに俺はそうだったのかもしれないねぇ」
さりとて童磨は、そんなGVの予想さえも、いつものように『酷いじゃないか』と煙に巻かなかった。
扇をぱたりと閉じ、少しだけ考え込むように顎の近くにあてがい。
やがて、現在の主を思わせる笑みのつくり方に微笑を変える。
「でも雷霆くん、俺もうそういうのやめたんだよ」
前に嘘をついて、嘘だろうと当てられた時に。
ひどく嫌な思いをしたことがあったからねぇ、と。
GVがつい見入ってしまったのを、童磨はいかように受け取ったのか。
「おやおや? 俺と言う鬼にあんまり情が無いもんで、驚かせたかな?」
予防線でも引くように、そう言い放った。
馳せるような想いは無い。
ただ、隠すのをやめたという変化はあった。
「きっと主君が死んだって忘れたって、俺は何も感じないんだよ。幻滅したかい?」
「お前の性質の悪さは元から知っている。ただ、『感じない』というのに限って言えば、それだけではバケモノの証明にならない」
GV自身が相手にしてきた、異常者たちのことを振り返る。
善意も悪意も目的もない、純粋な戦意のかたまりに当てられて『イカレているのか』という感想が出たことはある。
理解できない愛の形を説かれたとしても、『何一つ理解できない』と答えるしかない。
だが。・
死んだのに、消えたのに、それを何も感じないことが罪かと言われたら。
「たとえば、慕っていなかった者が死んだことに何も思わないのと、慕っていた者をこの手で殺すのと。
どっちの方に『情が無い』のかなんて、僕には分からないから」
あの『育ての親』は、確かにチームシープスという家族の長であり、少年にとっての父であり兄だった。
そのアシモフを、家族だったことを全て覚えているままに憎悪して殺したのは、成長した少年であるところのGV自身だ。
「なるほどねぇ、俺もそっちは体験したことがなかったや」
『そっちは』という言いようから、家族絡みで『そっちではない何か』の体験をしたことはあったのか。
追及しても良い会話にはならないと思ったので、GVは心痛をおしこめて話題を変えた。
「鬼の性質っていうなら、お前は朝が来ても大丈夫なのか?
さっき書斎のメールについてた脅迫文を読んだけど、松坂って男は夜の間しか姿を見かけないように書かれてたぞ。
お前も同族なら、夜しか動けないようなリスクでもあるんじゃないのか?」
この疑念については、あと数時間もせず夜明けが訪れるという急ぎの事情がある。
弱点を掴んだことを秘匿して優位に立つよりも、『夜明けとともに戦力が実質GVだけになってしまう危惧』を潰すことこそ優先すべきだと判断した。
さすがに日中動けないという弱点があったとすれば、童磨としてもそれを知られるのは致命に過ぎる。
いくらコイツでもいささかに棘のある態度を取られてしまうだろうな、とGVは危惧したのだが。
「…………あ、そうだっけ?」
疑問を突きつけられたときに鬼の顔に浮かんでいたのは、『弐』と刻印された数字が幾度も瞬きで見えなくなるほどの、間だった。
「ああいや、うん、そうだったね」
まるで他人事のようなとぼけ方。
己でも答えらえないかのように、煮え切らない返答。
とても、あと数時間でマスター達とも相談が避けられない事態がやってくる者の様子ではない。
「どうした? 自分の体のことじゃないのか?」
「うん、それについては、いささか確かめたいことがあるんだ。次の夜明けが来る頃にははっきりすると思うよ」
まぁどっちにしろ、まずはさとうちゃん達に朗報を届けようじゃないかと童磨ははぐらかして扉を開けた。
◆◆◆◆◆◆
(どうしてだろうねぇ…………ずばり言われたというのに、『太陽は危ない』という自覚が失せていた)
鬼は、鬼であるというだけで陽の光を浴びれば死ぬことを自覚できる。
それは鬼の始祖が変異した時からそうだった当然の現象だ。
これによりどんなに分けられた血の量が少ない頭の足りない鬼だったとしても、目覚めてすぐ日中に活動して死ぬということはない。
その自覚が、危機感が、ぽつねんと頭から抜けていた。
(感覚が狂った……心当たりがあるとすれば、あの方が消えてしまった時に共に何かが変わったんだろうかなぁ)
自覚が失せたからといって、じゃあものは試しに実際の太陽光に当たってみるか、と気まぐれを起こすほど童磨は安易ではない。
どころか、なぜか太陽が怖くなくなったから、夜明けに屋外で身を晒してみよう、などと考える鬼は生存本能を無視している。
常ならば有り得ない違和感を抱いたところで、試行するには恐れの大きすぎる博打だ。
本能としての自覚と、経験に基づいた諦念はまったく別の問題であり、そもそも『やってみよう』と発想することからして困難を伴う。
しかし童磨の場合は、いささかも危険を冒さずに試しようがある。
それを可能とする血鬼術を、持っている。
(夜明けの際になったら、結晶ノ御子を生み出して朝陽に当てればいい。気のせいだったら、氷が水になるまでのことだ)
日光による蒸発は、鬼自身のみならず鬼の息がかかった血鬼術であっても例外ではない。
それは、『氷でできた童磨自身の複製』という使い魔(ゴーレム)でさえも含まれる。
故に、いくら童磨そのものと遜色ない氷人形を生み出せたとしても、日中に活用することは叶わなかった。
だが、耐性の有無が童磨自身とまったく同じであるならば、己のことを確かめるための試金石になり得る。
であれば、やってみて損はないだろうと、あくまで『だめでもともと』『ものは試し』程度の気軽さで、童磨は考えていた。
あくまで、気軽な発想だ。
日光の克服は、鬼の王による千年の悲願。
童磨自身もまた百年余りは人界に身分を持っていた以上、その制約に縛られながら社会的身分を確保してきた。
『教祖は陽に当たることができない』という点を不審に思われ面倒に発展したことは幾度もある。
鬼は陽に当たることができないからこそ、人に混ざれなくなり、異端になったと身を持って理解する。
青い彼岸花(キセキ)を待ち望んだ千年の盟主と、幾人かの例外を除いて誰も克服を願うことさえしてこなかった。
◆◆◆◆◆◆
だが、それはあくまで鬼の肉体を持つものにとっての不可能事であって。
ひとつ違いがあるとすれば、界聖杯にもはや『始まりの鬼』の物語は存在せず。
『人を鬼に変えてしまう鬼』の物語が失われた世界において。
彼らは『鬼』の肉を持つ前に、あくまで霊体(サーヴァント)という器に収まっている。
始まりの鬼が死んだとき、始まりの鬼から誕生したすべての鬼が死滅する。
陽に当たれば死ぬというなら、そもそも始祖の死亡によっても消滅するという軛も、反英霊(サーヴァント)たる鬼たちには適用されていない。
■■■■■が敗退した後も界聖杯内界に上弦の鬼は存在し続けている。
要因として推定されるのは、主君と鬼たちとの間にあった支配の『縛り』が、生身であった時のように強固に繋がっていないこと。
上弦の鬼たちの現界を為さしめているのは、もとをたどればマスターが供給し、界聖杯が形を成させた魔力であり、大正の世においてそうであったような血の縛りではない。
現に、生前であれば問答無用で生死を握っていた始祖の支配は、同じ行政区内まで接近しなければ呼び寄せることさえ敵わないほどに劣化している。
だがそれは、劣化しているだけであり、完全にその血液による隷属の呪いが消失したというわけではない。
少なくとも■■■■■は、上弦の弐と相対した上で強引にでも支配を繋ぎ直すことはできると見立てている。
上弦の鬼たちも、まったく鬼の血による支配力から解き放たれたわけで無いとすれば。
界聖杯内界における『鬼と関わりのあるサーヴァント』は、『上弦たちの霊基それぞれに独立して刻まれた逸話の再現』だけでなく。
『界聖杯に始まりの鬼が存在することに伴った影響力と縁による繋がり』がわずかなりとも混在している。
その証左は、チェンソーの悪魔が『界聖杯の始まりの鬼を消滅させた』後での影響力の一端からも見出せる。
上弦の鬼にせよ、最強の鬼狩りにせよ。
生前の『始まりの鬼』に伴う記憶は、界聖杯での現界にともなって与えられた知識ではない。
生前の記憶として、英霊の座に登録されるより以前の段階で刻まれたはずの記憶である。
そうであるにも拘わらず、かの鬼を知る者たちは、『英霊の座に登録された
鬼舞辻無惨』ではなく『召喚されたサーヴァントとしての■■■■■』を消されたにも関わらず。
生前の記憶ごと鬼の記憶が消失していくという事象が起こっている。
チェンソーの悪魔に消去されたことで、界聖杯内界は『鬼のいない世界』にとどまらない『始まりの鬼という伝承がそもそも根付きようのない世界』に変わった。
それが同じ世界にいるサーヴァントの霊基にも響くと仮定しなければ、この現象は起こらない。
これを前提として。
もともと陽に当たれないという欠陥は、鬼舞辻が平安時代の医者から勧められた薬物の副作用によるものだった。
だが霊(サーヴァント)としての『鬼』で同様の現象が起こるのは、肉体に響く薬物の効能ではなく、霊基に刻まれた生前の再現だ。
ここで、霊体(サーヴァント)にとっての鬼の血による変異を『呪い』だと見立てた場合。
『日の光に当たれば死ぬ』という弱点は『縛り』だ。
あることが禁じられる代わりに、別の異能――バケモノとしての身体能力や生命力に再生、血鬼術の行使といった見返りを得る。
であれば、『縛りが無くとも魔力供給によって生きていける』という大前提があったとして。
その縛りを生み出していた呪い(■■■■■)の影響が、より強固な呪いによって削り取られた時に。
太陽はそれでも、彼らを焦がすものだろうか。
【二日目・未明/中央区・豪邸】
【キャスター(童磨)@鬼滅の刃】
[状態]:健康
[装備]:二対の鉄扇
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:もう一度“しのぶちゃん”に会いたい。
0:君の愛が、俺の先を行くものでないのなら。その時は俺が君の先を行くよ、さとうちゃん。
1:さあ、どうしようかな?
2:しょーこちゃんもまた愛の道を行く者なんだねぇ。くく、あはははは。
3:
黒死牟殿や
猗窩座殿とも会いたいなぁ
[備考]※予選期間中にアーチャー(ガンヴォルト(オルタ))と交戦しています。さとうの目を通して、彼の魔力の気配を察知しました。
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要ですが、さとうは索敵のために渋々受け入れています。
【アーチャー(ガンヴォルト(オルタ))@蒼き雷霆ガンヴォルト爪】
[状態]:健康、クードス蓄積(現在3騎分)
[装備]:ダートリーダー
[道具]:なし
[所持金]:札束
[思考・状況]
基本方針:彼女“シアン”の声を、もう一度聞きたい。
0:マスター。君が選んだのはそれなんだね。
1:マスターを支え続ける。彼女が、何を選んだとしても。
2:ライダー(
カイドウ)への非常に強い危機感。
3:
松坂さとうがマスターに牙を剥いた時はこの手で殺す。……なるべくやりたくない。
4:バーサーカー(
鬼舞辻無惨)への強い警戒。
[備考]
※予選期間中にキャスター(童磨)と交戦しています。また予選期間中に童磨を含む2騎との交戦(OP『
SWEET HURT』参照)を経験したことでクードスが蓄積されています。
※
神戸しおと
神戸あさひが、現在交戦関係にあるかもしれないと思っています
時系列順
投下順
最終更新:2022年07月27日 21:12