この界聖杯を巡る聖杯戦争には、様々な反則技を秘めた手合いが存在する。
 例えば桜舞う新秩序を望む男は、現世と完全に隔絶された鬼ヶ島という名の異空間を保有している。
 心の割れた子供達を率いる王は、無から可能性を獲得した"覚醒者"の殺し屋集団を忠誠度最高の私兵として抱える。
 そしてこの峰津院大和という青年も彼らに決して劣らぬ……それどころかこと社会的地位と権力においては群を抜いたものを所持していた。

 峰津院財閥。
 政財界は勿論のこと、その気になれば東京都内に存在するありとあらゆる機関にコネクションを繋ぐことが出来る破格の権力。
 資金力の制限などは無いに等しく、拷問や脅迫を受けても決して情報を渡さない覚悟の決まった部下も相当数控えさせている。
 ジェームズ・モリアーティが社会に糸を張って得た基盤と権力でさえ大和の持つそれにはてんで及ばない。
 一人のマスターに与えるには明らかに過剰な社会力。
 それを全力で使わせたならどうなるかという端的な事実が、大和の口から従者である褐色肌の槍兵に向け放たれた。

「283の残党共の居場所が分かった。奴らは世田谷に潜んでいる」

 槍兵、ベルゼバブの眉がぴくりと動く。
 遅いと咎める言葉は出なかった。さしもの彼も文句の付けようがなかったのだ。
 何せ大和が部下に捜査を命じてから今に至るまでまだ一時間と経っていない。
 如何に相手が芸能人で、目撃証言(てがかり)が辿りやすいとはいえ――本来なら草の根を分けて探すのにも等しい労力が掛かりそうな追跡作業をたったこれだけの時間で完了させてのけたというのは十分すぎる程に破格だった。

「偉く急がせたものだな。余の不興を買うのがそうまで恐ろしかったか?」
「長くは待たせないと言った筈だ。私は意味のない嘘は吐かん」

 とはいえ、流石に多少無理をさせたのは事実である。
 方々に連絡をして管理会社経由で監視カメラの映像を提出させ、警察の捜査等で利用される顔識別のツールにそれを照合。
 そうして283プロダクション所属のアイドルである可能性が高い人物を割り出し、SNSでの僅かな目撃情報を拾い上げ総合的に分析。
 流石に詳細な座標までを特定するのは不可能だったが、この異常事態の中で異なるユニットのアイドル同士が連れ添って移動しているというのは十分に疑わしいファクターだった。
 シーズの七草にちかとアンティーカの田中摩美々
 二名のアイドル……もとい暫定"脱出派"の居所はほぼほぼ間違いなく世田谷区であろうと、大和の優秀な部下達はベルゼバブをして驚くほどの短時間で主君に成果を送ってくれた。

「とはいえ世田谷区も決して狭い土地ではない。その中から特定の集団のみを探し出すとなれば……正攻法では手間が掛かるだろう」
「手緩いな、羽虫よ。
 手段を選ぶ必要が何処にある」
「貴様なら、そう言うだろうと思っていたさ」

 大和が微笑を浮かべる。
 それは肯定の笑みだった。
 彼がベルゼバブに求めていたのは、まさに彼が口にした短絡な選択であったのだ。
 今日の一日で東京の情勢は大きく揺れた。何せつい先程も、豊島区で原因不明の災害が発生したというではないか。
 そうまで末法の世に突き進みつつある街の中で、何故この期に及んで手段を選び続ける必要があるのか。
 そして、そうでなくとも。
 この狂戦士(バーサーカー)じみたランサーを動かすというその時点で、"必要最小限の被害に留める"等という言説は夢想も甚だしい。

「私が同行しないのであれば、無用な奸計に巻き込まれる可能性も低い。
 仮にそうなったとしても逆にその糸を辿って殺すまでだが――ランサー、貴様の暴力を止められる者はこの地上に存在しない。
 界聖杯ですらもが貴様を裁けない。故、好きにするがいい。恐るべきベルゼバブの手腕に期待しよう」

 彼という駒を最も効率的に使うオーダーはこれだと、大和は彼を召喚したその時から把握していた。
 昨日の日中、俗に言うところの新宿事変が勃発してしまう前であればいざ知らず。
 明らかに局面が変わりつつある今であれば――大和としても躊躇はそう大きくない。
 生じた不都合は全てこの身、そしてこの身に連なる峰津院の全権を以ってねじ伏せてみせよう。
 だからベルゼバブ。貴様は――

「改めて命ずる。ランサー、思うが儘に虐殺しろ。
 青龍殺しを仕損じた汚名を、今こそ存分に濯ぐがいい」
「その首と胴を泣き別れにされたくなければ、それ以上無駄口は叩かぬことだ」

 大和は作法も条件も求めない。
 彼がベルゼバブに求めるのはただ戦果。
 蠢く脱出派、聖杯戦争の破綻を目論む不穏分子を誅戮すること。
 それだけを命として受けたベルゼバブが、腰掛けていた席を立った。
 向かう先など問うまでもない。彼という"嵐"はこれから、脱出派の巣である世田谷区へと向かい疾走を開始する。

 彼らが望むは太陽の如く輝く未来。
 しかしそれは既に翳り始めている。
 絶望の月によって――蝕まれ始めている。
 そこに降り注ぐ、混沌を振り翳した破壊と暴虐の化身。
 これ以上の絶望が果たして何処にあろうか。
 大和は僅かながら、これから本気の彼と対面せねばならないアイドル達とそのサーヴァントに同情した。

「私は東京タワーに赴く。窮地になれば呼び出すことになるだろう、出来ればその前に片を付けてくれ」
「その暁には……未来、余が貴様へ与える苦痛は倍に膨れ上がろうな。貴様如き矮小な羽虫が、余を令呪(あご)で使うなど万死に値する」
「そうならないよう努力はするさ。では武運を祈るぞ、ランサー」
「貴様も、余をこれ以上怒らせないよう善処することだ。全身全霊でな」

 マスターとサーヴァントが別行動を取る。 
 その上で、マスターが単身激戦区となるだろう霊地へ向かう。
 通常なら常軌を逸していると笑われても不思議ではない行動だが、主従揃って頭抜けた強者で構成されている彼らにとってはこれも大真面目な戦略だった。
 何しろ峰津院大和は。下手なサーヴァントであれば、自力で返り討ちに出来るだけの実力を秘めているのだから。

 斯くて戦乱の化身とそのマスターは一時別れる。
 戦乱、ベルゼバブは世田谷区――脱出派の住処へ。
 万能、峰津院大和は墨田区――霊地・東京タワーへ。
 更なる混沌の予感を残して、野蛮なる者と高貴なる者は次の一手を完遂するべく動き始めたのであった。


◆◆


 嵐が走る。
 遠からぬ未来血風そのものと化すだろう暴風が世田谷に向け直進していた。
 その英霊の真名はベルゼバブ。漆黒の翼と混沌の魔槍を持つ星の民。
 人の絆を踏み砕き、人倫の鎖を引き千切って、あらゆる理(ルール)をその力の下に蹂躙する生粋の戦闘者。
 過剰と呼んでいいほどに赤熱した力への希求は、彼が英霊となり、サーヴァントとなった今も尚衰えるどころか激しさを増している。

 目指すは蜘蛛の住処。
 脱出派――ノアの方舟という名の愚行に走った羽虫達の殲滅と鏖殺。
 少女達と大人達の優しい結束を引き裂くために、対話不能の純粋暴力が爆進する。

「忌まわしき"狡知"め。これ以上、余の視界で呼吸することは許さん」

 ベルゼバブの脳裏に過ぎる忌まわしい記憶、辛酸の味。
 百度、千度。それどころか億度引き裂いても飽き足らない仇敵の顔が、これから向かう街に潜むという蜘蛛のイメージと重なった。
 本気で隠れた蜘蛛を探し出すのは確かに至難の業だろう。
 しかしそれも、あくまで手段を選ぶのならば――の話だ。
 その縛りから解き放たれたベルゼバブは最早、彼らの信じる"知"で迎え撃てる存在ではない。
 ましてや知略、交渉……そうした奸計ありきでしか刃を振るえない弱者が相手だというのなら、尚のことだった。

 ベルゼバブが彼らを嫌悪する理由は、しかしそれだけではない。
 聖杯戦争において勝利を目指す者であれば誰もが眉を顰めて拒むだろう、実際に脱出計画が実ってしまった時に起こる事態。
 それは言わずもがなに、最強の座を目指して槍を振るうベルゼバブにとっても断じて看過することの出来ないものであった。

(真実――度し難い羽虫共だ。
 そうまで闘争が恐ろしいか。そうまで殺し殺されることが恐ろしいか?
 その醜悪な軟弱さで、余の覇道を邪魔立てしようとした罪……裁かねばならん。
 貴様らの魂が巡り廻っても余の怒りを忘れぬよう凄惨に。羽虫の分際で余の足を引こうなどと、二度と考えられぬよう――確実に)

 瞳に宿る赫怒は激しく、けれど絶対零度の冷たさも帯びていて。
 その双眸がこの世のどんな言葉よりも雄弁に、これから彼が何をするのかを物語っていた。
 日を蝕むように。けれど、月すらも涜すように。
 この界聖杯戦争における"最強"のひとりが今――この世で最も傲慢な断頭刃(ギロチン)となって、脱出を目論む罪人達の鏖殺を宣言した。


【渋谷区・大和邸→移動中(行先は世田谷区)/二日目・未明】

【ランサー(ベルゼバブ)@グランブルーファンタジ-】
[状態]:極めて不機嫌、胴体に袈裟の刀傷(再生には時間がかかります)
[装備]:ケイオスマター、バース・オブ・ニューキング
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:最強になる
0:世田谷に赴いて蜘蛛の283勢力を処刑する。
1:現代の文化に興味を示しています。今はプロテインとエナジードリンクが好きです。
2:狡知を弄する者は殺す。
3:青龍(カイドウ)は確実に殺す。次出会えば絶対に殺す。
4:鬼ヶ島内部で見た葉桜のキャリアを見て、何をしようとしているのか概ね予測出来ております
5:あのアーチャー(シュヴィ・ドーラ)……『月』の関係者か?
6:セイバー(継国縁壱)との決着は必ずつける。
7:ポラリス……か。面白い
8:龍脈……利用してやろう
【備考】
※峰津院大和のプライベート用のタブレットを奪いました。
※複数のタブレットで情報収集を行っています。今は大和邸に置いてあります。
※大和から送られた、霊地の魔力全てを譲渡された為か、戦闘による魔力消費が帳消しになり、戦闘で失った以上の魔力をチャージしています。


◆◆


 ベルゼバブの魔力が遠ざかっていくのを感じながら、リムジンに揺られ大和は港区を来訪していた。
 目的は先程ベルゼバブにも告げた通り、霊地である東京タワーの偵察を行うこと。
 本来であればそう急がなくてもいい案件だった筈なのだが、何処ぞの藪医者が余計なことをしてくれたお陰で要らない仕事が増えてしまった。
 とはいえ大和達が脱出派に対して抱いていた疑念を確信に変えてくれたのも、その宿敵達なのだったが。

(恐らくこの東京に蜘蛛は二匹存在する。
 聖杯戦争そのものを善しとしない義賊の蜘蛛と、それとは真逆に聖杯戦争を正しく暗躍する悪の蜘蛛。
 ……幾つかの企業で見られていた不審な動きと、先のデトネラット本社ビルの炎上――そして池袋で起きた大破壊(カタストロフ)。
 これを無関係だと切り捨てることは出来ん。巧妙に存在を隠していた知恵者が、ようやく少し尻尾を覗かせたというところか)

 仮称"悪の蜘蛛"に対してもいずれは手を打たねばなるまいが、まず優先すべきはやはり"義賊の蜘蛛"だろう。
 何しろ連中の計画の骨子は脱出だ。
 もし彼らが目的を達成し、界聖杯が自身の内界に起こった異常事態に気付いてしまったなら――その時は大和ですらどうすることも出来はしない。
 百パーセント回避不可能の破滅、ゲームオーバーがこの世界に残された全てを呑み込んで終幕だ。
 まして脱出を成す具体的な手段を既に彼らが掴んでいるのだとしたら、危険度は更に跳ね上がる。
 彼らを真っ先に潰さない手はどう考えてもない。
 もし皮下が余計なことをしていなければ、大和も同伴して害虫の駆除に当たる腹積もりであった。

(不安要素が無い、と言えば嘘になるが……あれは決して力だけの莫迦ではない。
 息抜きの座興であるとはいえ、この私に知恵比べで勝てる頭脳の持ち主だ。気を揉むだけ無駄というものだな)

 昼間の記憶を思い返す。
 チェスで敗れたのは久々の経験だった。
 チェスは二人零和有限確定完全情報ゲーム。ランダムの要素が介入する余地のない完全な実力勝負である。
 それで峰津院大和を下せる者など、そうは居ない。
 現代における最新最強のAIを持ってきたとしても、大和相手に五割の勝率は出せないだろう。
 それほどの頭脳を、あのベルゼバブは遊びとはいえ上回ってみせたのだ。
 如何に相手が狡知冴え渡る蜘蛛と言えど――最強の武力と最上の頭脳を併せ持つベルゼバブが遅れを取るとは、大和には思えなかった。

 よって思考を切り替える。
 世田谷でこれから起こるだろう戦いは奴の勝利に終わると大和は確信した。
 であれば次に見据えるべきは、他でもない自分自身の問題についてだ。

「此処でいい。ご苦労だったな」

 運転手へチップを差し出して車を停めさせ、降りる。
 チップは善意ではなく、持つ者の振る舞いの一環だ。
 無限に湯水のように湧いてくるものを惜しむ感性は、大和にはない。

 東京タワー。
 スカイツリーが建設されて以降も、変わらず首都のシンボルとして聳え立つ赤い塔。
 そんな場所にもしかし、心霊スポット紛いの曰くがある。
 タワーの足の一本が墓地の上に建っており、故に心霊の目撃証言が多いという実に"らしい"ものだ。
 実際には潰したのは墓地ではなく寺であるのだが、"見た"という話が実際に多く囁かれているのも事実である。
 峰津院の方陣や龍穴絡みの諸々を抜きにしても、此処は元々霊的に優れた土地であるのかもしれなかった。

 短時間の内に東京を舞台にこれほど凶事が連発しているからだろう。
 人通りそのものは多かったが、東京タワーに近付けば近付くほどその数は目減りしていった。
 魔力の反応も特には感じない。ハイエナが集まってくるよりも、私の判断の方が早かった――というところかと。
 そう思いかけたところで大和の瞳は、東京タワーの麓で一人立つ奇妙な女の姿を捉えた。

(……サーヴァントの気配は感じない。感じないが――間違いなくマスターだろうな。
 侮られていると見るべきか、それとも何か策を潜ませているか)

 ――十中八九後者だな。
 そう確信した大和だったが、彼は当然のように怖じることなく女の方へと歩を進めていった。
 それは荒事になっても打ち勝てると判断した、彼の自信の表れでもあり。
 そして、どうやら自分が来るのを待っていたらしい彼女の腹の中を知りたかった故の行動でもあった。

「こんばんは……なんて挨拶は不要かな」
「遅かったですね。峰津院財閥の御曹司様なら、もっと早く手を打ちに来ると思ってました」
「私とて暇ではないのでね。それに、殊更焦るほどのことでもない。
 一手二手遅れた程度のことでは揺らぐほど、生半な体制で聖杯戦争に臨んではいないさ」
「……随分自分に自信があるようで。でも何よりです。そのくらいじゃなきゃ、わざわざリスク冒して出てきた甲斐がありませんから」

 女の態度は存外にふてぶてしかった。
 持つ者というのはその立ち振る舞いから既に、ある種の威圧感のようなものが滲むものだ。
 その点猫を被っているわけでもない峰津院大和を前にして、こんな態度を取れるというのはなかなかどうして驚きに値する。
 単刀直入に言います、と女が口火を切った。

「窮極の地獄界曼荼羅ってご存知ですか」
「聞いているだけで頭が痛くなりそうな言葉だな、という所感だけならば述べられる」
「知らないんですね。じゃあ、なるべく簡潔に説明します」

 窮極の地獄界曼荼羅――それは大和にとって初めて聞く言葉だった。
 意味の推測すら手持ちの知識では難しかったが。
 しかし、どうやら碌でもない意味の言葉であるらしいことは分かった。
 女の顔色があからさまな不快感を湛えていたからだ。

「エクストラクラスのサーヴァント――フォーリナー。
 そのサーヴァントに秘められた謎の力を利用して、聖杯戦争ごとこの世界を破壊する企てだそうです」
「……フォーリナー。推測するに、意味合いは"降臨者"というところかな」

 馬鹿げた話だと、大和はこれまでこの話を耳にしてきた人間の例に漏れずそう思った。
 が、それと同時にこうも思う。
 成程――確かにそのアプローチは"有り"かもしれんな、と。

「……あんまり驚かないんですね。もっと眉間に思いっきり皺寄せて、何言ってんだって顔して欲しかったんですけど」
「荒唐無稽な話ではあるが、狂人の戯言と笑うほど愚かな論でもないと思っただけさ。
 サーヴァントの枠に囚われない可能性を内包した存在を活用し、界聖杯戦争の枠組みそのものをまずは破壊する。
 不出来な世界からの超越と飛翔の手段としては意外に生産的且つ現実的だ――君もそう思っているのだろう? "今は"」
「……、……」

 口端を歪めて笑う大和に、女は押し黙った。
 図星であるのは明らかだった。

「君が此処を我々の要所だと知れた理由は、すぐに思い当たる。
 Docter.Kなるふざけたハンドルネームで拡散してくれた輩が居たからな。それを見て、私に取り入ろうとでも考えたのだろう」
「――ええ、まあ。そんな感じです」
「ならば君は、奴がばら撒いたもう一つの情報についても知っている筈だ」

 東京タワーとスカイツリーが極上の霊地であることよりも、もう片方の情報の方が遥かに急を要する問題だった。
 聖杯戦争からの脱出という絵空事が、もしも現実に成し遂げられてしまった場合――この世界に何が起きるのか。
 それを知った者が抱いたろう感想は、概ね一つで一致するだろう。
 そしてそれを知るからこそ、この女は馬鹿げた話だと苦々しく思いながらも、大和の言葉を完全には否定出来ない。
 女が、口を開いた。

「――界聖杯は、願望器としてひどい欠陥品だ」

 欠陥品という呼称は、厳密には正しくないかもしれない。
 より正確に言うならば、界聖杯はシステマチックすぎるのだ。
 端的に言って融通が利かない。不測の事態に対する備えが一切ない。
 聖杯戦争を再構築するでもなく、ぶん投げて、それで終わりにしてしまう。
 悪い冗談のような計画も手段の一つだと思えてくるような――陥穽。
 その情報は既に、耳聡い者の許から順に浸透していきつつある。

「そういうことさ。だから我々器(プレイヤー)が自浄を行わなければならない。
 私のサーヴァントも今は掃除(そっち)に向かわせていてね」

 君と同じだ。
 そう言う大和の笑みを受けて、女は唇を噛んだ。
 その反応を見るだけでも、彼女が自分と同じくサーヴァントを連れずに此処に来ていることが窺えた。
 大した度胸だと思うと共に、聞いてみたくもなる。

「それで。君は私に何を求めるつもりだ?」
「……フォーリナーとそのマスターを狙う陰謀の破壊です。要するに、共闘しようってこと」
「人にビジネスを持ち掛ける時は、まずそれに乗ることの利点(メリット)を提示するべきだな」
「分かりませんか?」

 大和の眉が小さく動く。
 女は彼の顔を、真正面から怯むことなく睨みつけていた。
 不自然な蒼色を湛えた右目が魔眼の類であろうことに、大和は既に気が付いている。

「フォーリナーですよ。世界を破壊出来るくらいの力を持った、とんでもなく強いサーヴァント」
「私と組んで、二人で地獄界曼荼羅の続きをやろうと?」
「二人でじゃありません。三人で、です」

 その言葉を受けて、大和は彼女の真に狙っているところを理解した。
 何やら婉曲に言ってはいるものの、つまり彼女は――

「フォーリナーのマスターを助けたい、というわけか」
「――はいそういうことです。私は是が非でも、何としても、そいつに死なれるわけにはいかないので」

 若干やけっぱちな物言いになっていた気がするのは、多分気のせいではないだろう。
 どうやら彼女は事此処に至ってようやく、この峰津院大和という少年を出し抜こうと考えることがまず間違いなのだと気付いたようだった。
 しかしかと言って退きはしない。譲ることも、しない。
 巧みに隠して話を進めるつもりだった本心を直球で投げ付けて、女は――紙越空魚は続けた。

「脱出でも、超越でも、何でもいいんですこっちは。
 私はそいつと勝ち馬に乗って、生きて帰れれば何でもいい。
 でもそれを叶えるためなら、どんな手でも使います。誰か殺さなきゃいけないって言うなら――世界だろうと、ぶっ殺す覚悟です」


◆◆


 なんだこのいけ好かないガキは。
 最近の未成年ってこんなのばっかなのか?
 るなの奴といいこの大和といい、最近の義務教育はちゃんと機能してんのか??
 道徳の授業はちゃんと行われてんのか???
 大丈夫なのか日本。もとい、大丈夫なのか日本の未来――。
 私は内心、目の前の恐らく高校生かそこらだろう涼しげな顔をぶん殴ってやりたい気持ちに駆られていた。
 でもそれを表に出したら、もう交渉も何もなくなってしまう。
 だから我慢。我慢だ。
 ストレスは鳥子と合流次第、あいつに思いっきり愚痴ってやればいい。

 そのくらいのことは許されるだろ、どう考えても。
 こっちがどれだけ死にものぐるいで奔走してると思ってんだ、まったく。

「……確かに覚悟は据わっているようだ。
 修羅場に慣れているな。一朝一夕の覚醒では、こうまで磨かれはすまい」

 大和の言う通り、私はあの"Docter.K"の書き込みを見た。
 その書き込みに気が付いたのは、本当にただの偶然だ。
 もしかしたらSNSで聖杯戦争のことを暴露する馬鹿とか居るんじゃないかと思って、たまたま検索をかけてみた結果である。
 界聖杯からの脱出が行われた場合のことにもおったまげたが、峰津院大和という有望株を見つけられた喜びの方が勝った。
 タクシーを飛ばさせて、信号に引っかかる度にまだですか急いでるんですと催促するクソ客ぶりを披露しつつ。
 まだ距離的にマシな東京タワーまで急いだ。そうして今、このいけ好かないガキの前に立っている。

「まあぼちぼち。で、答えの方を聞かせてほしいんですけど。
 それとも誰をぶちのめせばいいかも言った方がいいですか?
 リンボとか名乗ってるマジふざけたアルターエゴらしいです」
「では、君の要請に対して回答していこうか」

 いちいち勿体つけるやつだな。絶対友達居ないだろこいつ。
 内心のむかむかがそろそろ隠し切れなくなりつつ、大和の言葉を待つ。
 そんな私の堪忍袋のことなどまるで顧みず、大和は何処までも自分本位に語り始めた。

「確かに、呑む価値はある」

 視界が開けた感覚があった。
 でも、話はまだ終わっていないようで。

「しかし君と組むことの必然性が見当たらないな。
 フォーリナーを掌握するだけならば、私が自分のサーヴァントと共に行えばいい。
 それにそもそも。私は他人の儲け話に飛びつかなければならないほど、逼迫した状況にはなくてな」
「……随分自分のサーヴァントに自信があるんですね」
「ああ。私のサーヴァントは――間違いなく、この聖杯戦争における上澄みの中の上澄みだとも。
 その力を更に跳ね上げる手段にも覚えはある。
 リンボなるアルターエゴを排除したい思いは君と同じだが、フォーリナーを君達諸共抱き込む火急の理由がない」

 最悪の展開だった。
 こうなることを予想してなかったわけじゃない。
 もしかしたら、とは思ってた――でもまさか本当に。
 まさか本当に、最強の権力を持つマスターのところに、そんな馬鹿げた強さのサーヴァントが渡ってるなんて。
 苦心の果てにようやく掴んだサイコロの出目は憎たらしくも一。
 思わず奥歯を鳴らす私だったが。

「だが……私はこれでも、君という一個人のことは"悪くない"と感じている。
 懐に不自然な膨らみがある。形状からして恐らく拳銃の類だろう」
「っ……」
「近代兵器の一発や二発は、正直なところ怖くも何ともない。
 しかし私を前にして、それを抜く覚悟が出来る人間というのは希少だ。
 何の異能も、魔術の心得も持たない只人の精神としては――なかなかだ」
「……褒めてくれてどうもありがと。
 それで――もうぶっちゃけるけどさ。あんたは私に何を求めてるの?」
「示してみろ」

 こんな奴に遜るのはやっぱり性に合わない。
 それにこいつは多分、礼儀だとかそういう小さなことで動くタイプじゃないんだと分かった。
 だから念入りに施しておいた心のメイクを全部ひっぺがす。
 懐のマカロフに手を伸ばして。
 私は、大和の言葉の続きを待った。

「私に――己の価値を示せ。
 君が私に提供出来る"力"を見せろ」
「それが出来れば……いいわけ?」
「さあな。だが、一考の余地は生まれるかもしれん」

 結局、そうなるのか。
 私は思わず天を仰いだ。



「じゃあそうするよ」


.
 出来の悪そうな素振りで注意を反らしてから。
 顔を覆った手をどけて、私は大和を"よく視る"。
 私の右目は異常な右目。でもそれは、魔眼だの何だのって大それたものじゃない。
 いや、もしかしたら大それてはいるのかもしれないが。
 多分それは――峰津院大和(こいつ)が知っているのとは違うベクトルの話だろうから。

「――――ッ」

 大和の表情が初めて変わった。
 不敵に佇んでいた姿勢が揺らぐ。
 たたらを踏む姿に、胸がすく思いがした。
 前に踏み込んで、大和の胸倉を引っ掴む。
 全体重を前へとかけて押し倒す形を取りながら、私はマカロフを容赦なく大和の顔面に照準した。

 先に喧嘩売ったのはそっちだ。
 ヤバい未成年の相手は慣れてんだよ、馬鹿野郎。


◆◆


 紙越空魚の右目は魔眼ではない。
 仕組みはどうあれ、その本質は似て非なるものだ。
 何故ならこれは、一つの"現象"と呼んだ方が早いモノ。
 普遍的無意識、ヒトの恐怖から生まれる<裏世界>の怪異。
 それと接触することで得た異能ならぬ"異常"――第四種接触者であることの証。

 空魚自身の分析を引用するならば、"一つの事象について、幾つもの様相を渡り歩くように認識する"力がそこにはある。
 裏世界の存在の正体看破や透視。あくまであちらの世界でのみに限られるが、他者の存在のあり様すら部分的にだが歪められる。
 そしてこの眼を現実世界で、人間に対して用いた場合に起きる現象。

 それは狂気への強制的な接近。
 ただの人間を、裏世界の存在に抵抗出来るようにさえ出来るほどの――付与(エンチャント)。
 当然、多くの場合こんなことをされては只でなど済まない。
 だから空魚は普段、これを自分の中で此処ぞという時のみの禁じ手として定めていた。
 逆に言えば。"力"が求められるような状況は、この眼の一番の使いどころでもあるのだ。
 右目の狂気は魔術ではない。
 この世とは違う、領域外の理の押し付けだ。
 故にそれは――魔術を究めた超人である大和にさえ問題なく作用した。

 彼がたたらを踏んで顔を歪め、それどころか只の人間である空魚に胸倉を掴まれたのはそれが理由だ。
 大和の強さを知る者なら誰もが驚くだろう大金星。
 正真正銘のジャイアントキリングが成就する、その一歩手前まで、紙越空魚は迫ることが出来た。
 が。

「詰めが甘かったな。もう一枚二枚は、追加の札(カード)を伏せておくべきだった」
「ぐ……っ、う……」

 地に臥せっているのは空魚の方だった。
 仰向けで夜空を見上げる彼女の腹を、大和が踏んで縫い止めている。
 王将が倒れる一歩手前まで迫っていた筈の空魚は一転、敗者へと落とされていた。

「とはいえ、肝を冷やしたことは素直に認めよう。
 警戒はしていたが――敢えて使わせた上で、君に跳ね返してやる心算だった。
 しかし計算外だった。君のその目は、どうやら私の知らない領域の異能のようだ」

 大和の脳内はあの瞬間、確かに耐え難い混沌の狂気に撹拌されていた。
 空魚は誇張抜きに、あの時峰津院大和を追い詰めていたのだ。
 だが手が足りなかった。詰めが甘かった。峰津院大和を殺そうとするなら――もっと策の構造を複雑にしておくべきだった。
 大和は混乱と暴走を併発させた脳裏で、しかし思考。
 魔術を行使して自らの容態を強引に整え、身につけた武術で以って胸倉を掴んだ空魚を逆に投げ飛ばしたのである。

 勿論無茶の代償は大きい。
 今も大和は、脳の血管が悲鳴をあげているとしか思えないような強い頭痛に苛まれていた。
 彼ならば耐えられる範疇のものではあるものの、これは暫く残るだろう。
 そう考えると――少なくとも、無傷で凌ぐことは出来なかった。と、いうことになる。

「……、で……。結局、どうなの。組むの、組まないの……ッ」
「合格だ。無力な者ならこの場で殺すつもりだったが、君には――界聖杯の常套句を借りるならば、可能性がある」

 大和はそう言って、空魚の上から足を退けた。
 けほけほと咳き込みながら何とか起き上がる空魚。
 しかし、大和はそこに追撃しようとはしない。
 それは、今の言葉に嘘がないことを意味していた。

「――中で話すとしようか。
 君の知っていることを、もっと深く教えてもらおう」
「……あのさ。最初から思ってたけど――あんた、めちゃくちゃ性格悪いでしょ」
「失敬だな。真実、正しい道のみを見据えて歩んでいるつもりだよ」

 暗躍するアルターエゴ・リンボ。
 紡がれる窮極の地獄界曼荼羅への筋道。

 しかし――誰もが彼に振り回され、貪られるばかりではない。
 少なくとも今此処に、彼の強大な敵となるだろう同盟が結成された。
 銀の鍵の巫女を中心に回る陰謀は、直に急展の時を迎えよう。
 誰がどう動いた結果そうなるかまでは――誰にも分からないだろうが。


【港区・東京タワー/二日目・未明】

【峰津院大和@デビルサバイバー2】
[状態]:頭痛(中、暫く持続します)
[令呪]:残り三画
[装備]:宝具・漆黒の棘翅によって作られた武器(現在判明している武器はフェイトレス(長剣)と、ロンゴミニアド(槍)です)
[道具]:悪魔召喚の媒体となる道具
[所持金]:超莫大
[思考・状況]
基本方針:界聖杯の入手。全てを殺し尽くすつもり
0:紙越空魚と話をする。只人としてはなかなか高評価。
1:ベルゼバブを動かせる状況が整ったら自分は霊地へ偵察に向かう。
2:ロールは峰津院財閥の現当主です。財閥に所属する構成員NPCや、各種コネクションを用いて、様々な特権を行使出来ます
3:グラスチルドレンと交戦しており、その際に輝村照のアジトの一つを捕捉しています。また、この際に、ライダー(シャーロット・リンリン)の能力の一端にアタリを付けています
4:峰津院財閥に何らかの形でアクションを起こしている存在を認知しています。現状彼らに対する殺意は極めて高いです
5:東京都内に自らの魔術能力を利用した霊的陣地をいくつか所有しています。数、場所については後続の書き手様にお任せします。現在判明している場所は、中央区・築地本願寺です
6:白瀨咲耶、神戸あさひと不審者(プリミホッシー)については後回し。炎上の裏に隠れている人物を優先する。
7:所有する霊地の一つ、新宿御苑の霊地としての機能を破却させました。また、当該霊地内で戦った為か、魔力消費がありません。
8:リップ&アーチャー(シュヴィ・ドーラ)に同盟を持ちかけました。返答の期限は、今日の0:00までです。
9:光月おでんは次に見えれば必ず殺す。
10:逃がさんぞ、皮下
【備考】
※皮下医院地下の鬼ヶ島の存在を認識しました。


【紙越空魚@裏世界ピクニック】
[状態]:疲労(中)、背中と腹部にダメージ(いずれも小)。憤慨、衝撃、自罰、呪い、そして覚悟
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:マカロフ@現実
[所持金]:一般的な大学生程度。裏世界絡みの収入が無いせいでややひもじい。
[思考・状況]基本方針:鳥子を助ける。
0:鳥子を助けに行く。何が何でも。何を利用しようとも。
1:峰津院と組む。奴らの強さを利用する。このことはアサシンにも知らせないと。
2:アイ達とは当分協力……したかったけど、どう転ぶか分からない。
3:アビゲイルとか、地獄界曼荼羅とか……正直いっぱいいっぱいだ。


時系列順


投下順


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102:日蝕/Nyx 峰津院大和 113:僕の戦争(前編)
ランサー(ベルゼバブ) 114:掃き溜めにラブソングを(前編)
088:死ぬんじゃねえぞ、お互いにな 紙越空魚 113:僕の戦争(前編)

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最終更新:2022年10月20日 01:34