鏡面世界は震撼していた。
 ガムテの陣営に与する者のみが踏み入れるこの世界に、異物と呼ぶにも大きすぎる存在が割り込んだ結果だ。
 胃の中のものを片っ端から吐き出して顔を青褪めさせた仲間が居た。
 何か途方もない悪夢でも見たように茫然自失としている同胞が居た。
 その光景を内心苦々しく思いながら、王子(ガムテ)は呼び出しの主である皇帝――"ビッグ・マム"の元へと沙都子共々足を運ぼうとしていた。

(あのババア……何処まで勝手な真似しやがんだ。本気(マジ)ムカつくぜいい加減)

 話し合うなら鏡面世界の外にしろと言った筈だったにも関わらず、何故当然のような顔をして厄介な旧友を連れ込んでいるのか。
 荒事の類はもう外で済ませている? ああそうだろうな、あれで頭が冷えないならとんだ阿呆だ。
 ガムテは自身のサーヴァント、シャーロット・リンリンが昔馴染みの怪物と共に開いた戦場の顛末を知っている。
 義賊ならざる悪の蜘蛛。老いた蜘蛛(オールド・スパイダー)の築いた悪の連合。
 それを相手に一方的に持ち掛けた殲滅戦で、リンリンは結果的に"してやられる"形に終わった。
 小指を落とされる屈辱。相手を追い込みすぎて覚醒させてしまう体たらく。

 "連合"との戦争の第一幕は――間違いなく彼女の敗北であった。
 失策からの撤退。だがガムテはそれを何の冗談かと嘲笑いはしない。
 彼は至極冷静に……先の戦いの一部始終を脳裏で反芻し、そしてこう思った。

 ああ――なんだ。
 ちゃんと赤い血が流れてるんじゃないか。

 そしてガムテは安堵した。
 改めて分かったからだ、この怪物は確かに"殺せる"存在なのだと。
 血が流れるなら殺せる。血が通っているなら殺せる。
 生きているなら、たとえ何の道を極めた化物であろうと殺してみせる。
 それは、殺し屋としてのガムテの覚悟であり。
 殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)、割れた子供達の王としての矜持でもあった。

(とはいえ殺るのはもっと……まだずっと未来(さき)だ。
 胸糞悪いが今のオレ達にはあのババアの力が要る。泥を舐めてでも、唾かけられて笑ってでも、今は耐えなきゃな。
 最後の最後に臓物(ハラ)の底から嗤うために、アイツには気持ちよく手のひらで踊ってもらわなきゃ)

 ビッグ・マムは殺す。
 今までしてくれた好き放題の報いを受けさせる。
 この世で最も屈辱的で、自分達にとって最も愉快な末路を必ずや与えてみせよう。
 だが"いつか"は"今"じゃない。今は彼女という極上の凶器を、苦汁を舐めながら振るう場面だ。
 そうして勝ち取った勝利が、未来の因果応報(ディナー)に繋がると信じて。
 散っていった仲間達にそう誓って――ガムテは沙都子と並んで歩きながら、彼女の元へと向かっていたが。

「……あ?」

 彼はおもむろに、その足を止めることとなった。
 怪訝そうに眉間に皺を寄らせている様子を、隣の沙都子は「どうしたんですの?」と問いかけ見やる。
 そんな彼女の方を見てガムテは――更に二、三秒沈黙した。
 その上で「あ゛ー……」と発声。彼女へ、自分が足を止めた理由を伝える。

「ライダーが呼んでる」
「は?」
「だから、ライダーが呼んでる。お前一人で来させろだってよ、つーかあの糞坊主(リンボマン)から何も聞いてねーのか?」
「……は……?」

 リンリンからの命令があった。
 念話を通じて言い渡されたそれは、今ガムテが口にした通りの内容。
 彼女は現在、この鏡面世界に招き入れた"客人"との会談を行っている筈だ。
 つまりそこには当然、ともすれば界聖杯内界においてのトップ2とすらなり得る怪物が揃っているということ。
 聡明な彼女のことだ。そこに名指しで呼び付けられることの意味は、きっと理解出来ているに違いなく。
 だからこそガムテは居丈高なその命令に逆らおうとしなかった。
 確信があったからだ。呼び付けられる理由に、この黄金時代(ノスタルジア)は覚えがある筈だという確信が。

「ま……自業自得だ。心当たりはあんだろ?」
「……ッ。貴方、いつから――」
「さ~な。オレを簡単に騙せると思わねえことだ」

 ひらひらと手を振っておどけて見せる、ガムテ。
 それを尻目に沙都子は唇を噛んだ。
 何を勝手なことをしてくれているのだというリンボへの怒りも、もちろんある。 
 しかしながら事がこの状況に至るまで、"こうなること"を予期せず何の手も打っていなかった自分自身の迂闊さに腹を立ててもいた。
 鬼ヶ島のライダーと、割れた子供達(グラス・チルドレン)を率いるライダーとの間で蝙蝠を演じ続けることのリスク。
 何故こうなる前にそこを解消しようと努力しなかったのかと、そう思わずにはいられない。

(……過ぎたことを悔やんでも仕方ありませんわね。重要なのは、この先でどうするか……)

 思い返しても、そう間違った立ち回りはしていなかった筈だ。
 どちらかに酷く恨まれることをした覚えもない。
 悪い高鳴りを奏でる心臓を宥めるように脳内であげつらいつつ、自分でも驚くほどの素早さで突如訪れたこの窮地に立ち向かう術を算出する。

 だが果たしてその策が――あの怪物共に通用するだろうか。
 百年の魔女を襲名した沙都子でさえもが我を忘れて戦慄するしかなかった、巨大で凶悪な怪物二体。
 理屈ではなく感情と衝動で行動するあれらは、何処に地雷が埋まっているのか分からない酷く厄介な存在だ。
 背中を冷たい汗が伝う。嫌な汗だった。頭の中には自分のサーヴァントのにやけ面が浮かぶ。張り倒してやりたい気分だった。

「終わったらババアがオレを呼ぶだろ。またお互い元気な顔で会えるよう祈ってんぜ」
「……当然ですわ。私をそこらの有象無象と一緒にしないでくださいまし」

 ガムテは沙都子に対して寛大に接している。
 殺し屋である彼が目の前で銃を抜かれて、次はないぞと言い含めるだけで済ませているのは本来ならあり得ない厚遇だ。
 それは彼女がガムテがその威光で照らすべき、心の割れた子供であるから。
 だがそんな彼も、どんな状況であれ無条件で沙都子の味方をするわけではない。

 北条沙都子は最終的に敵となる存在で。
 いつかはこの刃(て)で刺して殺すことになるだろう相手の一人である。
 だからこそ、此処ではガムテは彼女を味方しない。
 むしろスタンスとしては"お手並み拝見"、そんなところであった。
 それに――ガムテは実際のところ、北条沙都子が下手を打つかもしれないとは然程心配していない。

(ああ、そうだろうよ。オレに言わせりゃお前も大概化物だからな、黄金時代)

 殺し屋としての資質……否。
 極道としての資質であれば、彼女はガムテの同胞達の誰よりも上だろう。
 もう何年か訓練を積んだ上で回数券(クーポン)を服用すれば、その技巧は八極道にすら届くかもしれない。
 お世辞抜きに自分の後継になれる可能性とてあるだろうと、ガムテは大真面目にそう感じていた。
 先ほど彼女の銃撃に対して下した高評価だってれっきとした本音だ。
 少なくとも。十年生きているかどうかという年頃の少女が繰り出せる技巧では、間違いなくなかった。

 彼女のサーヴァントである、この世の悪意という概念を片っ端から集めて煮詰めたような陰陽師の顔を思い出す。
 心底最悪な奴だとすぐに分かったが、成程確かに黄金時代には似合いかもしれないと感じる部分もあった。
 あの悪意を乗りこなせるのは――信用出来ないことを含めて信用出来るのは、恐らく黄金時代を除いて他には居まい。
 少なくともガムテには無理だ。ともすれば、リンリン以上に馬が合わないだろうと容易に想像出来た。

(さてと……。ババアの連れてきたクソ客人がどんなもんか、一目見ておきたい気持ちはあったが仕方ねえな。
 黄金時代との三者面談(アッパクメンセツ)終わるまでに――そうだな、あいつンとこにでも顔出しとくか)

 かくて魔女となり、猫箱の主となることを願った少女と殺しの王子様(プリンス・オブ・マーダー)は一旦別れる。
 彼と彼女、二人の壊れた子供の道が交わるかどうかはひとえに魔女の頑張り次第。
 彼女の向かう道の先では、二人の皇帝と主の胃痛も知らず不敵に笑う怪人が待っている。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)・鏡面世界内/二日目・未明】

【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:健康、胃痛
[令呪]:残り3画
[装備]:トカレフ@現実
[道具]:トカレフの予備弾薬、地獄への回数券
[所持金]:十数万円(極道の屋敷を襲撃した際に奪ったもの)
[思考・状況]
基本方針:理想のカケラに辿り着くため界聖杯を手に入れる。
0:本気(マジ)何してるんですのあのお坊様は?????
1:最悪脱出出来るならそれでも構わないが、敵は積極的に排除したい。
2:割れた子供達(グラス・チルドレン)に潜り込み利用する。皮下達との折り合いは適度に付けたい。
3:ライダー(カイドウ)を打倒する手段を探し、いざという時確実に排除できる体制を整えたい
4:ずる賢い蜘蛛。厄介ですけど、所詮虫は虫。ですわよ?
5:にっちもさっちも行かなそうなら令呪で逃亡する。背に腹は代えられない。


◆◆


「やべえことになってんな、東京。日本の安全神話も型なしだろこんなの」

 デッドプールのスマートフォンは、首都を舞台に起こった新たな悲劇について報じる特別番組を流していた。
 アナウンサーが早口で報じているのは現時点でも被害の全貌が明らかになっていない、新宿区で起きた大災害についてではない。
 それとはまた別の、最新の災禍についてだった。
 場所は豊島区。起こった事象は新宿のものに引き続き"原因不明"。
 数キロメートルにも及ぶ規模で、建造物や道路、有機物も無機物も問うことなく――範囲内の全てが"崩壊"したという報せ。
 崩壊。比喩でも何でもなく、そこにあったものの全てが崩れて壊れた。
 そのニュースを耳にしたデッドプールはいつものように軽口を叩いたが、彼のマスターである神戸あさひはただ絶句するしかなかった。

「……何だよ、これ。こんなことが出来るサーヴァントが居るってのか……?」
「今更だろ。新宿のニュースを見た時に楽観視は捨てとくべきだったな、あさひ。
 この聖杯戦争には化物が居んだよ。俺ちゃんみたいな控えめでお淑やかな英霊を引いちまった自分を呪いたくなるような、無法者(チーター)共がな」

 こんな奴らに、どうやって抵抗すればいいのか。
 息を吸って吐くように街を滅ぼす怪物共、化物共。
 新宿の破壊に続く形で起こった豊島の崩壊、これらを引き起こした相手といつか相見えることになると考えただけであさひは頭痛を禁じ得なかった。
 デッドプールを弱いと言いたいわけではない。
 そんなことを思ったことはないし、自分のサーヴァントは彼以外に居ないと、言葉にこそせずともあさひはそう思っている。
 しかしかと言ってそれは、未来を悲観しない理由にはならなかった。
 勝つと誓ったその覚悟に嘘はなく――どんな手段でも使うと決めたその意思に虚飾はない。

 けれど現実問題、この世には出来ることと出来ないことがある。
 こうも容易く一つの都市を壊せる、それだけの力と破綻した倫理観を持った相手と実際に対面した時、どのようにそれを乗り越えるのか。
 その明確なビジョンを、どれだけ頑張ってもあさひの利口な脳は描き出してくれなかった。
 そんな彼の思考をネガティブの螺旋から引き戻してくれたのは、頭の上にぽんと置かれた手のひらの感触だった。

「あさひよ、忘れたか? 俺ちゃんのクラスを」
「……デッドプール。いや――アヴェンジャー」
「そうさ、そういうことだ。アヴェンジャーってのは復讐者。
 誰かに因果応報をデリバリーするこの世で一番物騒なアマゾンドットコムだ。
 大上段から見下してくるいけ好かないヤロー共に吠え面搔いて貰う、そういうカタルシスありきのクラスなのさ。
 銀幕の向こうのお客様にいい気分で帰っていただくためにも、俺らはある意味ヒーロー以上に勝たなきゃいけねえ」

 デッドプールとて「おいおい」とは思った。
 呼ぶ英霊を選ばなすぎだろ、勝負になるかよ普通。そう悪態もつきたい気分だった。
 だがそれは決して諦めの二文字を意味しない。
 そも、デッドプールは決して強いサーヴァントではない。
 丈夫ではある。ちょっとやそっとじゃへこたれないメンタルもある。
 しかしそれだけ。凄いビームの出る剣や当たれば即死の槍、そんな劇的に強烈な宝具は持たぬ卑賤の身。
 そしてそれを百も承知の上で――彼はあさひの"勝利"への道程に寄り添うヒーローをやっているのだ。

「ジャイアントキリングは俺ちゃんの本領だ。
 今は精々調子こかせとこうぜ。どうせその内見せ場がなくなる連中なんだから」
「……っ。……そう、だな。ごめん、アヴェンジャー」
「謝んなよ。むしろ笑っときな、必死こいて見せ場作ってる連中の滑稽さをよ」

 目指すのは"勝利"だ。
 デッドプールはともかく、あさひはそれ以外の結末を望んでいない。
 だからこそ彼もその道に続く。一人で歩かせるにはこのマスターは、あまりにもか弱すぎたから。
 実際のところ――新宿や豊島で暴れた某かを蹴落とす手段など一つも思い付いていなかったが。
 それでもこの笑ってしまうような窮地の中で、今に見てろと笑えるのは、紛れもなくデッドプールというサーヴァントの無二の長所だった。

 芽生えかけた弱気の芽はデッドプールが摘み取った。摘み取ってくれた。
 彼に感謝をしながら、あさひは視界の端から姿を現した彼とは異なるシルエットに意識を向ける。
 顔をガムテープで彩った/汚した少年。あさひが当面組むと決めた殺し屋集団の長、ガムテであった。
 何の用だ。此処に来て何か大きく動くつもりなのか――そんな考えが視線から滲んでいたのか、ガムテはあさひの言葉を待たずして首を横に振った。

「よ~、神戸あさひ。そう身構えんなよ、別に剣呑(ブッソー)な話しに来たわけじゃねえから」
「豊島区の一件についてのことじゃないのか?」
「え。察し良いじゃん、正解(ドンピシャ)だぜ。
 ――ああでも、お前が思ってるのとはちょっと違う内容かもな。話せば長くなるんだが」
「……まさか、お前が一枚噛んでたのか? ガムテ」

 噛んでたって意味じゃ間違いじゃねえなァ。
 そう言ってガムテは考えるような素振りを見せた。
 何処から話したものか、頭の中で纏めているような仕草だった。

「オレが、って言うよりはオレのサーヴァントが、だな。
 藪をつついて蛇を出すって慣用句(ことわざ)あんだろ? それだよそれ」
「……返り討ちに遭ったってことか」
「お~まさしくその通り。けどそれ、間違っても此処以外で言うんじゃねえぞ。
 もしウチのライダーの耳に入ろうもんなら、身の安全はちょっと保証出来ねえかんな」

 あさひはまだ、ガムテのサーヴァントであるライダーに直接会ってはいない。
 だがデッドプールの推測では――"そいつ"は頭抜けて凶悪なサーヴァントな可能性が高い、ということだった。
 恐らくそいつは割れた子供達の最終兵器。ただでさえ強力な軍勢である彼らが控えさせている、最強最大のリーサルウェポン。
 聖杯戦争における核爆弾のような存在である筈だと、デッドプールはあさひにそう見解を伝えていた。
 それが幸いして、あさひは事態の実像を限りなく正しいスケールで捉えたままガムテの話を聞くことが出来ていた。

「この界聖杯内界(トーキョー)には、あれこれ鬱陶(ウッゼ)え悪巧みかましてる蜘蛛みてえな連中が二匹居てな。
 涙ぐましく善人ごっこしてるイケメン野郎と、手垢塗れ(テンプレ)悪人のクソジジイだ。
 で、ライダーが喧嘩売ったのはジジイの方。けどライダーは見誤った。だがその失策(ミス)は責められねえ。
 ――多分オレでも予想出来なかった。何しろカチコミ掛けたその瞬間は間違いなく、奴らはただの弱者だったんだから」
「何だよ、つまりこういうことか王子様。"蜘蛛ジジイの愉快な仲間達は、戦いの中で成長してのけた"。
 そんなドラゴンボールみてえなことを、この現実でやってのけたってことかい?」
「ああ、そうだよ」

 デッドプールの発言に、ガムテは首肯する。
 その目も顔も、笑ってなどいない。
 それは彼という殺し屋がかの"連合"を脅威と認識していることの証左であり。
 彼が豊島でどれほど凄まじい光景を見たかの片鱗が、顕れていた。

「豊島に崩壊をぶちかましたのは狗(サーヴァント)じゃねえ、飼い主(マスター)の方だ」
「……は? おい、待て――そんなこと!」
「あるんだよ、そんなことが。そんな馬鹿げたことをやり遂げた野郎が蜘蛛ジジイの飼い主だ。
 そしてそいつの部下には、お前の言ってた星野アイと……オレの知ってる兄(アン)――野郎(オッサン)も居た」

 それは、にわかには信じ難い話だった。
 あさひはおろかデッドプールにしてもそうなのだから、どれだけおかしな話であるかが分かる。
 サーヴァントではなくマスター。
 英霊を召喚し従えることが役目の存在が、あさひと同じ立場の人物が、一つの区を半壊させるほどの力を保有している事実。
 心底馬鹿げているとしか言いようがなかった。
 その衝撃も冷めやらぬ中投下された次の燃料。それを受けてあさひは、忌々しげに奥歯を軋らせた。

「星野、アイ……っ」

 必ず落とし前を付けさせると誓った存在の名前が出た訳だが、しかしあさひ達が彼女らに因果応報を突き付ける道のりはむしろ遠のいたと言える。
 兎にも角にも後ろ盾(バック)がでかすぎるからだ。
 蜘蛛の智慧に寄ってきた烏合の衆の一人に成ったというならまだしも、サーヴァントの水準で見ても上澄みと看做せるような破壊を振り撒ける輩が統べる組織に属しているというのだ。
 当然、おいそれと手は出せない。憎きアイドルはあさひの怒りを嘲笑うように、更に遠くへと歩いていってしまった。
 あさひはそれを痛恨と感じ表情を濁らせたが。
 しかし――ガムテが真に彼に伝えたい話は、それではない。

「それとな。もう一人、会った奴が居た」

 アイ達とあさひの間には因縁がある。
 だがこれは、あくまでもこの地で出来た因縁であり。
 そして損得勘定の土俵の上で生じた因縁だった。
 あさひはアイの人となりを表面上のわずかなものしか知らないし、アイもまた同じだろう。

「あさひ。お前さあ――」

 その言葉の出だしを聞いた時点で、嫌な予感が込み上げた。
 あさひの本能的な部分が、今すぐ耳を塞ぐかこの場から逃げ出すべきだとそう告げていた。
 そんな行動は不合理に尽きることは百も承知の上で、そうしろと叫んでいた。
 けれどあさひは動かない。足をその場に留めたまま、ガムテの言葉の続きを待つ。
 庇護欲をすら唆らせるような彼の姿を――デッドプールはただ見つめていて。
 "聞く"、"受け止める"ことを選んだ神戸あさひに、ガムテは容赦なく残酷な真実を投げつける。

「――妹、居るよな?」

 あさひも、デッドプールも。
 それで全てを理解する。
 そして悟る。
 自分達はやはり――逃げることも曲がることも、決して許されないのだと。

「……会ったんだな。しおと」

 神戸あさひの願う未来。
 母が居て、そして妹が居る幸せの団欒。
 守れなかった、成し遂げられなかった光景。
 あさひの"妹"。神戸しおの存在は、そこに必要不可欠なものだ。
 その彼女がこの界聖杯内界に存在しているという事態は、本来なら受け止め切れずに頭を抱えて悶えるようなもの。致死の毒。
 しかしあさひは、既にその可能性に思いを馳せ終えていた。
 だからと言って、確たる現実の事実として突き付けられて全く痛みを感じないわけではなかったが――

「ああ、会った。妹、お前そっくりだな」
「……、……」
「けど中身は全然違う。少し話しただけだけどよ――」

 あさひはこの期に及んで。
 ああまで世界に嫌われて、運命に嗤われて、尚も学習しないほど愚鈍ではなかった。

「お前と違って、あいつはもう戻れねえ。あいつはもう――オレや黄金時代と同じだ。人でなしに成っちまってる」
「……やっぱり、そうか。此処に居るしおは、そうなってしまってるんだな」

 全てが解決した後の、あの無機質な病室で。
 白くて四角い角砂糖を思わせる部屋で、自分に冷たく微笑んだ彼女の顔を覚えている。
 この世界に妹が居たとして。最愛の彼女が、その時系列から呼び寄せられた存在であったなら。
 もしも、あの時見たような。救いようのないほどに壊れた心で、自分の敵になるのなら。
 その最悪な"もしも"を、あさひは既に想定し終えていた。
 だからどうにか受け止められた、耐えられた。体面は取り繕えた――心の奥底はいざ知らず。

「しおは……何か言ってたか?」
「"心配しないでいいよ"だってさ。お前のことも殺すつもりだとよ」
「……はは。そうか――そうだよな。……そう、なるよな――」

 結局、あさひの予想は的中していた。
 この世界に居る神戸しおは、あさひが知るあの病室のしおで。
 だからこそ自分の存在など一切顧みない。
 家族のことなど想わない。
 彼女はもう――壊れているから。

「思ったより驚かねえのな。結構衝撃の事実だったと思うんだけど、そうでもなかったか?」
「そんなわけないだろ。どんな姿になっても……家族は家族なんだから」
「……そっか。けどあっちはそう思ってねーぞ。
 あいつの兄貴の位置(ポジ)はもう埋め合わせが済んじまってる。
 連合(やつら)の頭とチェンソー頭の化物だ。お前の入る隙間は、もうねえよ」

 神戸しおは、神戸あさひに執着していない。
 その理由は単純だ。彼女はもう、兄を必要としていないから。
 砂糖菓子の日々の中で得た幸せと真実の愛、それだけを寄る辺にしおは歩んでいる。
 それを邪魔立てする兄など、もはや敵以外の何物でもなく。
 最終的な結論や考え方は違えど、自分の隣を歩いてくれる者達が新たな家族――兄の立場になる。

 神戸しおの今の"兄"はチェンソーのライダーであり、死柄木弔であった。
 神戸あさひの名はそこに挙がらないし、彼らとはどうやったって並べない。
 彼は兄を名乗り続けるには弱すぎた。最後の最後まで――しおの"現在(いま)"を理解出来なかった。
 だからあさひは、しおにとって"不必要なもの"になったのだ。チェンソーの刃音と崩壊の呪詛に比べて、彼の存在は彼女にとって薄すぎる。

 神戸あさひは――弱すぎる。
 あさひからは何も得られない。
 学べることすら、何もない。
 同じ部屋で自堕落に、あれこれ遊んで一緒に過ごしたわけでもない。
 悪とはどういうものなのか、凄絶な破壊の力で教えてくれたわけでもない。

 子供とは時に大人よりも残酷な生き物だ。何しろ彼女達には遠慮がない。
 無邪気故の、未熟故の冷徹。しおの場合のそれは、ガムテ達割れた子供達のものともまた別種。
 狂気ならざる悪意。目指す未来のために、信じる運命のために、それ以外の全てを轢き潰す"愛"の車輪。

「ありがとう、ガムテ」
「不要(いら)ねえよ礼なんて。オレは伝えろって言われたことを喋っただけだ」
「けど。お前が伝えてくれなかったら……"俺達"は最後の瞬間まで、お互いが此処に居ることすら分からなかっただろ」

 あの病室で見たしおは、あさひにとってもう過去の存在だ。
 そしてあさひは今、未来だけを見据えている。
 悲惨な過去を、何をしてもうまくいかなかった過去を、最後に求めたたった一つの救いすら得られなかった人生を。
 その全てに別れを告げて、今度こそ誰にも奪われたり傷つけられたりすることのない家族の幸せをこそ求めていた。

「この世界のしおを、俺は乗り越える。
 ……俺は俺の都合で、俺達のために、あいつを殺す」

 改めて言葉にしたその殺意は、存外胸の中にすとんと落ちてくれた。
 神戸兄妹が同じ道を歩くことは、少なくともこの世界では二度とないだろう。
 彼らの道は完全に分かたれた――あさひは未来へ、しおは過去へ。
 それぞれ違った殺意と悪意を隣人にして、同じ胎から生まれ落ちた兄妹は殺し合う。

 もう軌道を修正することは出来ないけれど。
 とはいえあさひは、殺すと決めた彼女と家族だった事実まで捨て去れるほど冷淡にはなれなかった。
 或いはそここそが、兄と妹の間にある一番の差なのかもしれず。

「だけど、最後にあいつの言葉が聞けて嬉しかったんだ。
 あんな風になっても……しおは俺の妹で、俺はしおの兄だから。
 もうどうしようもなく殺し合うしかなくなる前に、話せてよかった」
「……、……」
「たとえただの伝言だとしても……あいつにしてみれば、ただの気まぐれで伝えたことだったとしても。
 また話せて、嬉しかったよ。だから礼を言わせてくれ、……ガムテ」
「お前さ~~~真実(マジ)で幸薄いだろ。話聞いてるだけでも不幸体質(ハードラックマン)なのが伝わってくるわ!」

 舌を出して言うガムテに、あさひは「なっ……!」と癇に障ったような声をあげる。
 真面目に話しているのに茶化されたと思い、それでムッとしたのだろう。
 しかしそんな彼らの様子を見ていたデッドプールは、ガムテの軽口を違う意味合いで受け取った。

(成程な。確かにネバーランドの王様だ)

 本人は覚悟を決めたつもりでいても――事実として、ちゃんと覚悟を決められていたとしても。
 歳の幼い肉親を、本来守るべき存在である筈のきょうだいを殺す決断に痛みが伴わない筈はないのだ。
 だからガムテは敢えて無神経におどけて、あさひを噴飯させて、その痛みを和らげた。
 覚悟の余熱がその心を焼かないように。あさひの殺意を肯定し、彼の決断を尊重しながらも、彼の心に寄り添った。
 そして彼のそんな考えが理解(わか)ってしまったからこそ――デッドプールはこう思う。

 ああ、そうか。
 コイツは、本当にどうしようもなかったんだな。

 こういう風にしか生きられなかった、誰からも手を差し伸べられることのなかった子供が。
 ぐしゃぐしゃに心を壊して発狂して、血と臓物に塗れながら、不出来な王冠を被って、それでも王たらんと務めている。
 まさに割れた子供だ。技巧でも狂気でも仲間達の先を一人歩んで、何処までも地獄の底へと落ちていく呪われた人生。

 デッドプールの頭の中に浮かんだのは、いつかの施設の光景だった。
 復讐に走ろうとしていた一人の少年。ラッセル・コリンズ。
 その姿がガムテと、昼間葬った子供達と、今になって重なった。
 だけど彼らは同じではない。そこには一つ、決定的な違いがある。
 彼らの前にデッドプールはやって来なかった。
 こんなろくでなしのコメディリリーフすら、彼らの前には現れなかった。
 此処にあるのは、此処に居るのは、すべてその結果だ。
 ヒーロー不在の悲劇譚は、何処までも際限なく落ちていくしかないのだから。

 そしてこの世界においても――デッドプールというヒーローの座すべき席は、もう決まっていて。
 やはり彼らの隣に、手を差し伸べてくれるヒーローなどは現れない。
 その無情に零せる言葉は、デッドプールにはなかった。
 それに。

 零したところで、もう、どうにもならない。


【中央区・某タワーマンション(グラス・チルドレン拠点)/二日目・未明】

【ガムテ(輝村照)@忍者と極道】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:地獄への回数券
[道具]:携帯電話(283プロダクションおよび七草はづきの番号、アドレスを登録済み)
[所持金]:潤沢
[思考・状況]
基本方針:皆殺し。
1:蜘蛛共を叩き潰す、峰津院の対策も 講じる。
2:283プロ陣営との全面戦争。
3:あのバンダイっ子(犯罪卿)は絶望させて殺す。
4:黄金時代(北条沙都子)に期待。いざという時のことも、ちゃんと考えてんだぜ? これでも。
5:黄金時代……流石に死んだかな? いやあいつなら何とかすんだろ。
[備考]
※ライダーがカナヅチであることを把握しました。
※ライダーの第三宝具を解禁しました。
※ライダーが使い魔として呼び出すシャーロット・ブリュレの『ミラミラの実の能力』については以下の制限がかけられています。界聖杯に依るものかは後続の書き手にお任せします。
NPCの鏡世界内の侵入不可
鏡世界の鏡を会場内の他の鏡へ繋げる際は正確な座標が必須。
投射能力による姿の擬態の時間制限。

【神戸あさひ@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:全身に打撲(小)、覚悟と後悔
[令呪]:残り3画
[装備]:デッドプールの拳銃(懐に隠している)、着替えの衣服(帽子やマスクを着用)
[道具]:リュックサック(保存食などの物資を収納)
[所持金]:数千円程度(日雇いによる臨時収入)
[思考・状況]
基本方針:絶対に勝ち残って、しおを取り戻す。そのために、全部“やり直す”。
0:ガムテと協力する。後戻りはもう出来ない。
1:折れないこと、曲がらないこと。それだけは絶対に貫きたい。
2:さよなら――しお。
3:星野アイと殺島は、いつか必ず潰す。
4:聖杯は、出来る限り諦めたくない。
5:櫻木さん達のことは、次に会ったら絶対に戦う……?
6:プロデューサーさんに、櫻木さんのことをいつか話すべきか……
[備考]
※真乃達から着替え以外にも保存食などの物資を受け取っています。
※廃屋におでん達に向けた書き置きを残しました。内容についてはおまかせします。

【アヴェンジャー(デッドプール)@DEADPOOL(実写版)】
[状態]:『赫刀』による内部ダメージ(小)
[装備]:二本の刀、拳銃、ナイフ
[道具]:予選マスターからパクったスマートフォン、あさひのパーカー&金属バット
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:俺ちゃん、ガキの味方になるぜ。
0:お前がそう望むなら、やってやるよ。
1:あさひと共に聖杯戦争に勝ち残る。
2:星野アイ達には必ず落とし前を付けさせるが、今は機を伺う。
3:真乃達や何処かにいるかもしれない神戸しおを始末するときは自分が引き受ける。だが、今は様子見をしておきたい。
4:黄金時代(北条沙都子)には警戒する。あのガキは厄(ヤバ)い
[備考]
※『赫刀』による内部ダメージが残っていますが、鬼や魔の属性を持たない為に軽微な影響に留まっています。時間経過で治癒するかは不明です。
櫻木真乃、ガムテと連絡先を交換しました。
※ネットで流されたあさひに関する炎上は、ライダー(殺島飛露鬼)またはその協力者が関与していると考えています。



時系列順


投下順


←Back Character name Next→
104:力と銃弾だけが真実さ ガムテ 111:輝村照:イン・ザ・ウッズ
104:力と銃弾だけが真実さ 北条沙都子
093:支え合う心! あさひの覚悟と確かな繋がり 神戸あさひ 122:ねぇねぇねぇ。(前編)
アヴェンジャー(デッドプール)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年07月27日 21:11