裁と形(さいとかたち)は、
創元社が発刊する、国際的な月刊ファッション雑誌である。
日本で初めて世界的なファッション界に影響を及ぼした雑誌として知られる。映画化された小説「
衣の女王」の鬼編集長である
飯島佐代のモデルになったのが、第3代総編集長
橘杏であるとされる。
概要
裁と形は、1960年に
創元社によって発刊された月刊ファッション誌である。当時、日本のファッション誌といえば、
婦人の窓、
画春といった戦前から発行されていた伝統的な雑誌に限られ、それも40代や50代を対象としたほとんどが生活雑誌と化していた。この市場に参入価値があると感じた
創元社副社長の
桂啓志は、アメリカのファッション雑誌
ニューウォークに発想を得て、女性向けの美容・ファッションのほか、芸術や文学といった広範囲をカバーする総合芸能誌という性格を持つ。
歴史
発刊当時
発刊当初、初代総編集長には、発起人の
桂啓志が就任した。創刊号の表紙を飾ったのは、
声と時代シリーズ3作品目の公開を控える主演女優の
南條沙世子であった。巻頭特集は、声と時代シリーズ監督の
長坂周次郎が務め、同氏の小説「
曇りガラス越しの彼女」も連載がスタートした。
1966年、
桂啓志の
創元社社長就任に伴って、2代目総編集長に芸能文化部長の
熊谷慶春が就任する。熊谷は、戦前からの芸能雑誌記者として知られ、同社の芸能雑誌立ち上げのほか、他社においても文化雑誌などをはじめとする数詞の立ち上げなどの参画したベテラン編集者であった。しかし、熊谷の方針は前時代的で、新時代を追求したいという方針にそぐわないものが多く、それに伴って発行部数も低下の一途をたどる。
1969年、熊谷は、創元社取締役に昇任する形で、編集部門から経営管理部門に移籍した。以降、総編集長不在の時代が続き、各部門ごとに編集長を置き、編集会議で最終的な決定を下すという方式が採用された。
鬼の編集長の登場
1978年、ファッション担当編集長に就任した
橘杏は、類まれなるファッションの流行をキャッチする能力で、ヒット特集を連発させると、1980年代には「渋谷系」「新宿系」「原宿系」とよばれる三大ファッション系統を確立させた。同年の
ポリティモス賞雑誌編集部門最優秀賞に貢献した。1982年、前社長の子である
桂彩斗が新社長に就任すると、編集部門の再編成として、3代目総編集長に
橘杏を起用する方針を発表した。
杏は、担当編集長制度を廃止して、ファッション、美容、芸能文化、文芸、特集の5つの部門に統合した。この時代、世界のファッション誌が日本市場への参入を試みていたが、アメリカ発の名門誌
ニューウォーク、
スコッシュ、
ポルテノモアーの3誌はそれぞれが日本版編集部を新設するも特段な広がりを見せなかった。
1985年、裁と形は、国際部を新設して「cut&form」という英名で、アメリカ、イギリスの雑誌市場に参入。1990年代には、世界6か国に編集部を設置する国際的ファッション誌に成長させた。しかし、1992年の国内不況で廃刊の危機を迎えると、
創元社の新オーナーに、
高木財閥を迎え、
東都メディアホールディングスに参加することで廃刊を免れる。この時、「裁と形」編集部以外は整理対象となった。
独立系ファッション誌へ
2007年、橘杏は、創元社取締役(国際担当)に昇任するも、現場を離れず、総編集長を継続する。2009年、「
鎌倉不正アクセス事件」の影響で、
東都メディアホールディングスの株価が急落すると、古参ファンドの
東海金融組合などから融資を受けて、
今井信代をオーナー社長とする新会社となる。この時、2000年代に入って発行部数の横ばいが続いていたことを問題視していた
高木財閥の一部から、廃刊か他雑誌との合併話が出ていた。
最終更新:2026年05月08日 11:21