長坂周次郎(ながさかしゅうじろう、1925年8月~1999年5月)、映画監督、脚本家、作家。
日本著作家協会役員。
来歴
映画時代
作家時代
1960年に、日本発の世界的ファッション誌である「
裁と形」(
創元社)創刊号の表紙を飾った
南條沙世子とともに巻頭特集のほか、連載小説「
曇りガラス越しの彼女」を発表。以降、8作品すべてを同誌で発表した。1982年から3代目総編集長を務めた
ファッションの女帝橘杏は、
日本書院映画作品部でくすぶっていた三流編集者だったが、自身が担ぎ上げて出世させた。一部作品では、脚本補などを担当した。
1973年に、大洋映画制作局脚本部副部長の地位にありながら
帝日映画へ移籍。
移籍後、
雲よかたれ、
物部家シリーズ、
落日などの歴史映画を次々に監督・脚本として世に送り出した。1988年から帝日映画取締役・映画本部長としても2作品を発表した。1993年に退職し、
南條プロダクション取締役・演出教育部長として若手俳優の育成などにも携わった。
人物
1960年創刊の「裁と形」の立ち上げに時流監督として参画した。創刊以来、30年以上にわたって文化特集・文芸アドバイザーを務めた。また、1987年から出版元の
創元社取締役として、経営実見にも携わった。1982年から総編集長を務めた
橘杏との交流は深く、1964年に橘が
東京書院から
創元社へ移籍したのは、長坂がきっかけであった。一時期、2名は愛人関係にあった。
アメリカ時代のはなし
長坂は、脚本家としてデビューした1948年に、脚本部に入社してきた才媛
本庄百合子の優秀さに度肝を抜かれ、やがて彼女に抜かれるだろうと確信していた。そのため、脚本家としてではなく、演出・監督として飯を食えるようにならねばならないと考えていた。この時、アメリカの
ワールドミュージックプラスが、新作映画の「
星条旗がなびくとき」の監督に、文学作品に造詣が深い
メテル・ブラットスキンを起用するという話が出てきたため、長坂は、ブラットスキンに学ぶ目的で、単身で渡米することになる。長坂は、この作品に、監督補佐員として参加していた。
作品
脚本補として参加
脚本作品
- 門司港に帰す(1948年、刑部陽監督)
- 曇る教室(1950年、上村章と共同脚本)
- 母語の川(1953年、上村章と共同脚本)
- 天狗男(1953年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第1作)
- 天狗男が傘を失う(1955年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第2作)
- 天狗男と子供たち(1956年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第3作)
- 天狗男と郵便配達(1957年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第4作)
- 天狗男は語らない(1958年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第5作)
- 天狗男は名を呼ばれる(1960年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第6作)
- 天狗男さようなら(1962年、刑部陽監督、天狗男シリーズ第7作)
- 曇よかたれ(1975年、大橋修一主演)
- 兄とともにさりぬ(1977年、松本文男主演、物部家シリーズ第1作)
- 久我博士日記(1979年、松本文男主演、物部家シリーズ第2作)
- 江戸くらし手帳(1980年、松本文男主演、物部家シリーズ第3作)
- 落日(1982年、松本文男主演、南條沙世子助演、南條プロダクション)
- 合戦(1983年、松本文男主演、物部家シリーズ第4作)
- 白眉の男(1984年、松本文男主演、物部家シリーズ第5作)
- 楽天な武士道(1986年、松本文男主演、物部家シリーズ第6作)
- 曇りガラス越しの彼女(1987年、南條沙世子主演、上村章と共同脚本)
- 神秘の経典(1989年、松本文男主演、物部家シリーズ第7作)
- 無常(1992年、松本文男主演、物部家シリーズ第8作)
最終更新:2026年05月06日 22:06