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SSスレまとめ/『希望ト絶望ノ箱(オペレーション パンドラ)』/10」(2024/07/07 (日) 19:08:54) の最新版変更点

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<13:02 PM>  上条当麻は、地面へと投げ出された身体を起こし、額に浮かぶ汗と血を拭った。 (い、今の声………どこかで)  目の前の少女、御坂美琴の持つ小型の通信機から聞こえた声。  どこかで聞いたことのあるような声だったが思い出せない。いや、勘違いだろうか。  通信機から流れた声には大小のノイズが入っていたし、外の雨の音も入ってきていたようではっきりとしなかったあの状況では、聞き違えてもおかしはない。  どちらにせよ、先ほどの男は佐天涙子を救ってくれたのだろう。それは美琴の態度が証明してくれた。 「ふ、……ふざんけんなよあのヤロォ……こんなことするやつは一人しか………クソが、一人の人間助けて自己満足とは、随分と丸くなったもんだなぁオイ…」  強引に顔の表情を笑顔にかえて、美琴はぎりぎり、と手元の通信機を握りしめる。  口端をヒクヒクと震えさせている少女の眼光は今までにないほどに殺意に溢れていた。  今にも爆発しそうな爆弾のように、少女は肩を揺らす。 「………、」  そんな彼女を見て、上条は自覚していた。 (あとは、俺が御坂を助けるだけ)  しかし、そのための一手を上条はまだ持ってはいない。  つまるところ、こちらの状況だけはまったく変わってはいなかった。 「ふ、ざけんじゃねえぞ…クソッたれぇえええええええええええええええええ!!!」  己の能力で連絡の途切れた通信機を爆発させ、御坂美琴―――を操る何者かが吠えた。  と、同時。  ゴバァ!! と目を覆うほどの大量の電光が全方位へとまき散らされた。 「くっ……」  反射的に目をつむる。  ズバチィッ!! と何かを裂くような音を轟かせながら少年の右手に触れた電撃は左右にわかれて散り、辺りの物質をジュール熱で融解させていく。  それは一瞬だった。  光速の電流が巻き起こす攻撃はその一瞬だけだったが、その被害は爆弾などというものを使っても決して実現出来ないものへと変質している。  三億ボルトの電流はかつて上条を襲ったアンペアが低いものではない。想像を絶するほどの最大値にまで膨れ上がり、膨大なワット量で圧倒的なジュール熱を生成する。  全方位へとそれが放たれた結果は簡単。  上条が居た三階部分のありとあらゆる物資が消滅した。  学生塾跡の名残であった机や椅子、ドアや黒板などはすべて灰に変え、その灰さえも電撃が吹き飛ばすことでそこには物と呼べるものがなくなってしまっていた。  上に繋がっていた水道管は焼き切れ、噴水のように辺りに水をまき散らし、四階へと続く階段は完全に消失しており、三階より上の階を孤立させている。  上条の後ろの壁だけが不自然にその場に残り、上条達の居る廃屋の三階部分だけはまるで戦争の跡地のような場所になり果てていた。  唯一あるとすれば、柱。三階のいたるところにある、建物を支える柱だけがそこに存在している。  廃屋を倒壊させないようにそれだけを残したのだろう。  そこまでを確認してから上条は、美琴の方へと視線を移す。 「ほんっとに、運がいいね幻想殺し(イマジンブレイカ―)……ここまでキミの思い通りになるとこちらとしては不気味な限りだ」  額に青筋を浮かべ、あからさまに表情を歪める御坂美琴。  ニ度三度、前髪の前でバチンと火花を散らして、少女はポケットに手を入れる。 「もういいや。この身体の調整のためにアンタと遊んでいたけど、僕にだってやることがある」  常盤台中学の制服のポケットから出てきたものを見て、上条は身体を強張らせる。 (………来たかッ!!)  美琴はこれからが本番だと示すかのように、”それ”を指で弾いた。  キィン、という小さな音。  宙を舞う”それ”が少女の指に再び触れる前に、上条は大きく横に飛ぶ。  そして、 「全力だ。そっちも本気でこないと命が一つや二つあっても足りやしないよ」  直後。  御坂美琴の指先から閃光が飛び出した。  上条には視認すらできないその軌道。  音は破壊の後に遅れてやってきた。  ゴッガァァァァァァァァァァン!!! という轟音。  上条の後ろに寂しく残されていた壁の一部は豆腐のように砕け散り、煽りを受けた建物はグラグラと揺れて今にも倒壊しそうにミシミシと嫌な音を立てる。  破壊の嵐は真横に避けたはずの上条すらも巻き込み、床にヒビを入れ、天井に異様な圧迫を与える。  壁を突き破り、さらに直進を続ける美琴の一撃は何もない空に一筋の光の道を作り出して燃え尽きた。  目で始まりも終わりすらも知覚させない音速の三倍で打ち出される金属の一撃。  あまりの速度に残像すら空間に焼き付ける。知らない者が見れば、それは一種の流れ星に見えたかもしれない。  超電磁砲(レールガン)。  御坂美琴を学園都市の第三位だと誰もが認める一つの証。  赤子でもわかるその驚異的な破壊力は何ものも寄せ付けず、ただ破壊を辺りにまき散らしていく。 「立てよ幻想殺し(イマジンブレイカ―)。この女を助けるんだろ? アンタの大切な、護るって誓ったコイツを助けるんだろ!? ほらぁ、はやくしろよ!! お姫様(ヒロイン)を助ける王子様(ヒーロー)が無様に転がってっちゃザマァないな!」  その一撃を人に向けて躊躇なく放った張本人は、上条を見て嘲るような笑い声を口から流す。  苛立ちと怒りとを混ぜたような、そんな理不尽な笑いだった。 「これほど面白い『物語(シナリオ)』もないよね。操られる自分の大切な少女に、殺されそうになる少年が命を懸けて少女を助けようとする、なんてさ。はっ、滑稽だね。それにしても御坂美琴は”堕としやすかった”。アンタの姿の幻覚を見せて適当な言葉を重ねたら、僕のことを本人じゃないとわかっているくせに心に大きな揺らぎが出たよ。そこに浸けこんで彼女の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を侵せば、びっくりするほどに簡単に堕ちてくれたさ」 「…………な、に……?」 「仮にも学園都市の頂点がだよ。その程度の精神攻撃で沈むなんて思いもしなかったから拍子抜けしたさ。でも、彼女の能力を操作するには僕の演算能力じゃ足りなくてね。元々、僕の能力とは計算式が違うわけだから満足に出力できない。だから”身体を他の一人に、そして計算を僕が担ってるってわけ”。とは言っても僕が操ってるのはあくまでも彼女の精神だから演算は彼女に任せっきりだけどね。まあ、彼女の意識なんてものは奥の奥においやっちゃったから、死んだも同然なのかも。”言っただろ? あの地下駐車場で『御坂美琴は死んだ』って”」 「な、にを………言ってるんだ?」 「ん? 何をって……あぁ、そうか…アンタはあの地下駐車場での”出来事(幻覚)”は僕とは別の人物がやったことだと思ってたのか。あの魔術師がやったとでも、思っていたのかな? バカ言わないでくれよ。クエイリス=アーフェルンクスが何度キミの右手に触れたと思ってるんだ」  違うよ、と美琴は小さく続けた。  からかうような、バカにするような表情を顔に張り付け、少女は笑う。 「地下駐車場でクエイリス=アーフェルンクスを偽装(コーティング)した幻覚も、アンタが朝に見た夢も、御坂美琴を操っているのも、全て僕の能力『精神操作(メンタルオペレート)』だ」  魔術師に、能力者。  そう、美琴は言った。 「お前、『超能力者』なのか? 『魔術師』じゃ、ない………のか?」 「そうだよ」  信じられないような口調で尋ねる上条の声に、美琴が疑問を切り捨てるように返事を返す。  上条は、しばし呆然とした。 (なんで…………魔術師じゃ、ない?)  上条は今回の出来事を三沢塾のときのように『学園都市の施設が魔術師に乗っ取られた』といったものだと思っていた。  土御門が、今回の敵は『組織』だと言っていたから。 (もしかして、地下駐車場の魔術師と、御坂を操るコイツは別の組織なのか………?)  考えてそれはないと自分で思った。一週間前から行方不明となっている美琴を別の組織が同時に利用しようだなんて思わないだろうし、精神操作(メンタルオペレート)と名乗る誰かが魔術師の名前を―――ましてや存在を知っていることはおかしいのだから。  そして少年の言葉が言外にそれを否定している。  まさか、と上条の口から声が漏れた。  そして、少年の予想通りの答えが見知った少女の口から告げられた。 「科学と魔術の混合組織。それが、それこそが〔パンドラ〕の実態だよ」  ガギギギギ!! と建物が軋む音をあげた。  上条はその音源を見ない。この音は先ほどから何度も聞いている。 「まあ、魔術との混合って言ってもこちらの魔術師は二人だけなんだけどね。ローマ正教、神の……なんつったかな?」  建物の柱となる役割から外れ、いくつかの鉄筋が宙を飛ぶ。  建物が倒壊しないように計算して選んだものなのだろう。数十もある内から五つの鉄筋が不自然に振動しながら美琴の周りを浮遊した。 「まあ、名前なんてどうでもいいんだけどソイツらがアンタを殺せってうるさいんだよね。自分達でやれって思ったりするわけだけど、一応は協力関係ってことになってるからさ」  協力関係。その言葉を聞いて上条は〔パンドラ〕の目的を思い出した。  ―――〔パンドラ〕の目的は学園都市を破壊すること。 「お前、超能力者なんだろ!? この学園都市で育ってるんだろ!!?? なんで学園都市を壊そうだなんて思っちまうんだよ!!!!」 「アンタには関係ないだろ」  ピクリ、と眉を少し動かし美琴が上条の言葉を遮った。 「もし関係があったとしてもアンタには言わないよ。言っても無駄だもの。学園都市の『闇』を知らないヤツに僕らの正義はわからない」 「正義だ? お前は自分がやってることを正義だって言うのかよ。ざけんじゃねえぞ!! 俺ならともかく、魔術に何の関係もない御坂まで巻き込んでおいて……」 「確かに魔術には関係ないかもしれないけどさ、科学には関係してるだろ。『絶対能力者進化計画』の時のように御坂美琴は今までに何度も自分の認めないものを邪魔してる。僕らのやってることを知って、妨害してくるのは簡単に予想できたからね、先に手を打っておくのは当たり前のことだろ」 「何が当たり前だ? 何が正義だ!! テメェらがテメェらの都合を他人に押し付けてるだけじゃねえか!!」  思わず上条は吠えていた。  その言葉に美琴の表情が一変する。 「知ったような口聞いてんじゃねえぞ偽善者ぁ!! 自分の都合をいつも他人に押し付けてるのはテメェだろうが!!!!」 「ッ!!!?」  美琴の怒りに呼応するように、五つの鉄筋が少女の前にバラバラに整列した。  さながら女王を護る盾のように配置された鉄筋。その後ろで、学園都市最強の電撃姫は勢いよく床を踏みつけた。  宙に浮いたのは半径三センチ程度の石ころだった。  そのうちの一つに美琴は裏拳気味の平手打ちを振りぬく。 「―――なァ!?」  ガァン!! と急激に鉄筋に激突した石ころが砕ける音と衝撃音が同時に鳴り響いた。  磁力によって飛ばす限界速度を超えるためか、超簡易型の超電磁砲のようなもので鉄筋の身体を叩き、無理やりにそれを吹き飛ばしたのだ。  竹トンボが縦回転したような形で一つの鉄筋が恐るべき速度で飛んでくる。  咄嗟に、上条は真横に飛ぶように避けた。後のことを考えずに全力で飛んだからだろう、鉄筋の着弾場所から身体一つ分ほど離れてから上条が地面を転がる。  しかし。 「ゴ、……」  ガァン!! と鉄筋の側面に激突した石ころがその軌道を無理やり捻じ曲げた。  鉄筋の真横で無防備に転がる、上条の脇腹へと直撃する軌道へと。  ゴドン!! と少年の身体に鋼鉄の塊が容赦なく激突した。 「アアアアアアァァァァァ!!??!?」  上条の身体が宙を舞った。ノーバウンドで五メートルほど飛び、地面に激突してもなおその勢いは止まらず、一つの柱にぶつかってからようやくその動きを止める。  それでも攻撃は止まらない。石ころに叩かれて変形し上条を叩いた鉄筋が宙に静止し、そのままゆっくりと再回転を始めた。 「アンタの頭ん中覗くのはかなり苦痛だったさ。いつでもいつでも自己犠牲と言う名の自己満足だ。テメェの右手のせいか深いところまでは潜り込めなかったけど、深層意識なんざ覗かずにアンタが何の躊躇いもなく他人を助けようと思ってることもわかる。それがもし相手の為にならないものだとしても助けるってこともなぁ!!」  シュンシュンシュンシュン、と空気を裂く音が連続し美琴の周りに待機する鉄筋も身体を回転させる。 「目先の問題を解決するだけで満足してんなよ!! 見えないものを見ずに、見えているものだけ見て何が正義だ!! 本当の問題を見ようとしないのはただの偽善だろうがぁ!!」  顔に一層の怒りを刻みながら美琴は帯電した拳を握りしめ、勢いよく床を踏みつけた。  ゴッ、と音を立てて浮き上がる数十もの石ころ。それらすべての役割は火薬。鉄筋と言う名の弾を打ち出す銃は自分自身。 「自分が正義を名乗るなら、全部救えよ! 全部護れよ!! 僕らは救うよ、救ってみせる。大事なものはもう失ってしまったけど、これから先にあんな”悲劇”は絶対に起こさせるもんか!!」 「…………わかんねえよ」  それらを前にして、上条は起き上がった。  拳をかたく握り、額から血を流し、満身創痍のような身体でも足を力強く地につけて、起き上がる。 「俺は、どうして学園都市を壊そうとしてるのかって聞いたんだぜ。なのにどうして、そんな言い訳じみたことばかり言ってんだよ」 「言い訳? 違うだろ、事実だ。アンタが行ってることは正義なんかじゃない!」 「ああ、俺は自分のやってることに正義を感じたことなんて一度もねえよ」  あっさりとした肯定の言葉に美琴が眉をひそめた。 「そんなことはどうでもいい。んなこたぁどうだっていいんだよ!! 俺はお前にどうして学園都市を壊そうとしてるのかって聞いてんだ!!」 「アンタには関係ないじゃ―――」 「細かいことぐちぐち言ってんじゃねえよ!!」  びくり、と美琴の肩が震えた。  上条はそんな少女は睨みつけ、続ける。 「お前は俺に、何を言いたいんだよ。何を伝えたいんだよ!! 話が一方通行すぎて俺にはまったくお前の動く理由がわからねえ。自分ひとりで納得して自分ひとりで思い悩んでんじゃねえよ!」 「お前に何がわかる!!」 「わからねえから教えろっつてんだろうが!!」  叫びに叫びで返し、上条はさらに言葉で畳みかける。 「気のせいかもしれねえし、勘違いかもしれねえ。でもな、俺にはお前の話を聞いていて、まるで『助けてくれ』って言ってるように聞こえる。本当は嫌なんじゃないのか? 学園都市を壊すなんてこと、本当はしたくないんじゃねえのか!?」 「うるさい………っ」 「話せよ。自分が言いたいことを。自分で伝えたいことを。何もせずに相手が理解してくれるわけないだろうが!! つまらない意地張ってないで、誰かに助けを求めてみろよ!! 自分ひとりだけで―――自分達だけでやろうとせずに、誰かに助けてくれって言えばいいだけじゃねえかッ!!!!」 「うるさいっつってんだろうが、無能力者(レベル0)がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」  ガァァァァァァン!! と轟音が辺りに打ちつけられると同時、合計五つもの鉄筋コンクリートが弾きとんだ。  少年に届く途中、衝撃だけを極限に高めた簡易型の超電磁砲の石ころが激突し、軌道を読めない鋼鉄の塊が五つ。  それらは己の身体をあらんばかりに回転させ、少年の居る場所へと容赦なく突き刺さった。 <13:06 PM>  白井黒子が少年、一方通行(アクセラレータ)に向けた攻撃はいたって単純なものだった。  自分の能力『空間移動(テレポート)』の限界である、総質量一三〇・七キログラムに届くほどの重さのものを一方通行の頭上に移動させる。  見知らぬ少年の身体に直接空間移動(テレポート)させないのは、彼女に残る小さな良心ゆえだろう。  そこらのゴミ箱や鉄パイプ、大きな木箱などを寄せて集めて作った一つの塊は正確に少年の頭上に移動して、その頭をカチ割る。  はずだった。 「なっ!?」  ゴッガァァァァン!! と盛大な音を轟かせて、少年の頭へと直撃したはずの大きな塊は、まるで見えない何かに弾かれたように方向を変えコンクリートの壁に激突する。  白井が驚いたのは、少年に自分の攻撃を防がれたことにではない。  自分の攻撃をどうやって防いだかを理解出来なかったから、である。 「ほォ……こりゃァ珍しい………空間移動(テレポート)かァ」  一方通行はその場から一歩も動かず、興味深そうに白井を見る。  真紅の瞳が宿すのは白井への興味のみ。相手を空間移動(テレポート)と分かってなお、警戒も身構えもしない少年を前に白井は言い表せない不安を感じる。 「そういや、テレポーターとやンのは初めてだなァ。反射が適応するのどうか前々から疑問に思っちゃいたンだ。来いよ。怪我しないように計算してやっから」 「―――ッ!!」  少年の言葉を聞くや否や、白井はすぐに空間移動(テレポート)で己の身体を移動させた。  無防備な姿で構えもしない一方通行の後ろに白井が出現する。  流れるような動作で少年の肩を掴み、空間移動で(テレポート)でどこかに移動させてしまおうと思って――― 「えっ?」  ヒュン、と聞きなれた風を切るような音が白井の鼓膜を震わせる。  白井が空間移動(テレポート)を発動させると同時、少女は己の身体が宙に投げ出されたような感覚を感じた。  いや、違う。 (こ、これはッ!?)  自分の身体が空間移動(テレポート)している。  地面からニメートルほど高い位置に移動していた白井は、地球の重力に引かれ地面へと叩きつけられた。 「が、ほっ……」  突然のことに能力を発動させることも出来ず、受け身すらもとれなかった。 (け、計算ミス? バカな。そんなはずが……) 「ほォ。一一次元での自分の位置を計測してそこから移動”ベクトル”を演算してるのかァ? こいつァ空気のベクトルより面倒な式をおったてなくちゃなンねェ。もしかしたらこの複雑な演算がテレポーターの少なさの原因なのかもなァ。聞いた話によると、自分の身体を移動させれないやつはレベル3以下らしいし。ってこたァお前レベル4か?」  独り言のようでいて、何かに語りかけるように一方通行は続ける。 「つっても常盤台とは言えこンなガキでも出来る演算だしィ。自分の能力を制御しきれないテレポーターってのはただのアホだな。身に余るチカラほど、滑稽なもンはねェ―――オラァ、いつまで寝てやがる」  少年が何もない道を踏みつける。  ゴウン!! と鉄筋ほどの大きさのコンクリートが地面からくり抜かれたように宙へと飛び出した。  そのコンクリをまるで扉をノックするかのように一方通行は右手で叩く。  突如、爆風でも受けたかのようにコンクリが白井のほうへと勢いよく吹き飛んだ。 「―――っ!!」  すぐさま白井は空間移動(テレポート)を実行。  少年の死角へと移動し、大きく足を広げる。露わになる太ももには少女に似合わない革のベルト。それに差し込まれるいくつもの金属矢。 (仕方ありません。少し痛い思いをしてもらいますが、我慢していただきますわよ!!)  金属矢の一本に手が触れると同時に能力を発動させた。  空間移動(テレポート)によって移動させられたものは元あったものを押しのけて出現するため、それがなんであろうと貫く防御不可の一撃となる性質を持つ。  そのため、普段は人の身体には転移しないように考えているのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。  白井は、金属矢を少年の片足へと空間移動(テレポート)させた。  金属矢は転移された場所にあるものを押しのけ、その場へと忽然と出現する。  ドスッ、という音。  空間移動(テレポート)された金属矢は白井の狙い通りに、か細い足を貫く。 「えっ?」  そう、”白井黒子の右足をド真ん中から貫いた”。  ガクンと崩れる右足。  手で身体を支えることで辛うじて地面に倒れることはなかったが、白井はそのダメージよりも起こった出来事に疑問を感じざるを得なかった。 「…どう、して?」 「わりィな。もう”把握した”」  白井の前に立つ白髪の少年、一方通行が疑問に簡潔に答えた。 「一一次元……ねェ。ぱっと見ならぬ考えでは難しそうに思えたもンだが、ここまですンなりといくとはなァ」  がっかりだとでも言わんばかりに、肩をすくめる。 「登場がどっかの誰かさンにあまりにも似てたもンで思わず相手にしちまったが、こりゃ時間の無駄だったな。こうも短時間で把握できる計算なら事前に対策を練る必要性すら感じられねェ。格下がァ、自分の身の程をわきわえやがれってンだ」  ガチャリ、と白井の頭に小ぶりの銃が突きつけられた。 「こンなもンかよ情けねェ。あれほどカッコよく場に乗り出してきたくせに出来たことは俺をガッカリさせることだけなンて、死んでも死にきれねェよなオイ」  そんな中、白井は恐怖とは違う何かを感じていた。  底が見えない。  自分以上の能力を知ったときもこんな気持ちにはならなかった。  能力に大きな差があった結標の時でもこんな気持ちにはならなかった。  初めて美琴の超電磁砲(レールガン)を見たときでさえもこんな気持ちにはならなかった。  敵わない? 違う。わからないのだ。次元が違う。能力者としての格が違う。この少年が誰かに負けるところなど想像もできなかった。  それが例え、自らが絶対の信頼を置くお姉様でも。  それは、超能力者(レベル5)の美琴の近くにいる白井だからこそ感じれたものなのかもしれない。  ダメージは少ない。能力だってまだ使える。身体も動く。  しかし、この少年には絶対に勝てない。  それを自覚し、白井は思わず目を閉じた。  あるのは後悔。御坂美琴、初春飾利、佐天涙子。この三人の誰も救えずに死ぬことへの後悔。  それは白井黒子という人間らしからぬ後ろ向きな考えだった。  普段の少女なら、こうは簡単に諦めはしなかったかもしれない。  しかし、白井はこの五日間、御坂美琴を探すことに全力を費やしている。  警備員(アンチスキル)からの暗号メールや、ツンツン頭の少年を見て希望を持った少女だったが自分が想像していた以上に精神はボロボロのようだった。  そんな白井を見て、一方通行はわざとらしく舌打ちをする。突きつけた銃を下げ、白井に背を向けてから告げた。 「お前の友達…………殺せば何か変わンのか?」 「ッ!!??」  直後、白井は目を見開いた。  反射的に空間移動(テレポート)を発動させ、少年の顔面にドロップキックを思いきりぶつける。  ドロップキックを受けた少年は、心なしか笑っているように見えた。  少年の皮膚に白井の足が当たるか当たらないかのところで、少女の身体が急激に回転した。  視界がぶれるを超え、視界がかき混ぜられたような感覚を覚えたところで、白井は地面に激突する。 「あァ? まだやるのかよ。俺の足元にすら届きやしないテメェがいったいこれ以上何をしようってンだ」  確かに、白井は少年には敵わないだろう。  白井黒子の一番の武器たる空間移動(テレポート)を逆に利用され、物理攻撃は一切効かない相手になんてどうやったって勝てる要素が見つかりはしなかった。  しかし、少女には絶対に譲れないものがある。  絶対に譲れないものが、絶対に折ってはいけないものがある。 (今、わたくしが諦めてどうなると言うんですの? わたくし以外に佐天さんを救える人はいませんわよ)  それが折れることは白井の今までの生き方を否定することになる。  白井黒子という心の芯を根底から否定することになる。 (立ちなさい、白井黒子。あなたの目標とするお姉様は相手の力が大きいことを理由に諦めたりは絶対にしません。だから、わたくしは……)  とある少女の隣で胸を張るために、ここで倒れるわけにはいかない! 「…………へェ」  対し、目の前で立ちあがる白井黒子を見て、一方通行(アクセラレータ)は徐々に顔に笑みを広げながら小さく、呟くようにこう言った。 「良い根性してンじゃねェか。俺なンかよりよっぽど、な」 <13:09 PM>  ザァァァァ、と雨が降り荒れ雷が轟く。  本格的に降り始めた豪雨に少しの反応を示すことなく少年と少女は視線をぶつけ合わせる。  合図はなかった。  しかし、白井黒子と一方通行(アクセラレータ)が動き始めるのはほぼ同時だった。 「!!」 「!!」  少年は辺りに落ちていた瓦礫かなにかを吹き飛ばし、少女はそれを避けるように空間移動(テレポート)を発動させる。  ガァン!! と辺りに響く音は一つだけ。  瓦礫が地面に激突する音に空間移動(テレポート)の移動音がかき消された。  同時、一方通行の真上に風に服をたなびかせる少女が出現する。 「はッ! 当たりませんわね。もっと良く狙われたほうがよろしくてよ」 「オイオイ、あンま調子のってっと怪我じゃすまねェぞ」  ゴン!! と地面を踏み砕いてから一方通行が頭上に飛んだ少女へと飛翔した。  上からは雨が降り続いているというのに、少年は決して眼をつむらない。紅く染まる瞳は白井の姿を映し出す。 「くぅ……」  白井はそれをあえて空間移動(テレポート)をせずに避けた。  相手の能力を把握するために一瞬の観察の間を手に入れるこの行動は一種の賭けだった。  空中で身体を捻り、迫りくる一方通行の細い腕が白井の真横を通過する。  風が生じた。  轟ッ!!!! という炸裂音と共に少女の身体が勢いよく吹き飛ばされる。 (これ、は………何が起きてるのかまったくわかりませんの……ッ!!)  くそっ、と少女は憎々しげに吐き捨てた。  地面にぶつかる前に辛うじて真上へと空間移動(テレポート)し、空中で衝撃を殺す。  くるくると回る視界に普通ならば眼が回るのだろうが、空間移動(テレポート)の使用に慣れている白井にそんな心配はいらない。  勢い余って裏路地を飛び出しようやく少女は地面へと降り立った。  緩やかな着地ではない。ざりざり、と地面が靴底を削る音が耳に届いた。 (しまった……あの男は)  目から離した少年を、首を巡らし辿る。  しかし、少女の考えに反するように少年は簡単に見つかった。  ついさっきまで自分と少年が戦っていた場所の方向に目を向けると、その視線をさえぎるように一方通行(アクセラレータ)が目の前いっぱいに広がっていたのだから。 「ッ!!??」  反応する暇はなかった。  計算式を組み立てる余裕もなかった。  ゴン!! と音を立てて少女は少年に首を絞められたまま壁へと叩きつけられた。 「オイオイ……どうしたってンだ。さっきまであンなに余裕ぶってたくせにこれはねェだろォがよ」  顔を近づけ、不機嫌そうな声を出しながら一方通行は首を持ち上げる。  ごっほっ、と絞り出すように息をする少女を見て彼は目を細めた。 「こちとら急ぎの用なンだぜ? それを邪魔されて結構頭にキテるってのに、なンだそりゃ。お前でストレス発散するつもりだった俺は損しかねェぞ。つゥかガッカリを通り越して呆れ ちまうっつの」  そう言う一方通行だが、実のところ彼はこの状況を楽しんでいた。  ぎりぎり、と首を絞められながらも少女の瞳には決して諦めの色は浮かんでいない。  彼女は”勝つため”の計算を素早く組み立てていく。 (…アイツが言った言葉に一つだけ気になることがありますの)  どっかの誰かさん。  少年は己の警戒する人物として、そう一人の人間を挙げた。 (警戒するほどの人間がいる………つまり目の前のコイツの能力は『絶対』ではありません。何かの弱点が、どこかにあるはず……)  御坂美琴で考えてみよう。  彼女の能力は『電磁力に関するあらゆるものを制御する』というものだ。  後ろからの襲撃にも常時発している電磁波で発見されることから、一見にしてスキの無いように見えるが案外簡単なところに弱点がある。  それは、見えないところからの超遠距離射撃だ。  能力者を捕まえる際の常套手段は『能力を使わせる前に捕縛すること』である。  能力が強力すぎて太刀打ちできないのなら、能力を使わせずに勝てばよい。  真正面からが無理ならば、後ろから。後ろからが無理なら真上から。真上から無理なら真下から。  要するに、ものはやりようである。そのままで勝てないのなら、勝てる状況へと自分から持っていけばよいのだ。  まあ正直な話、美琴なら狙撃されてもなんとかしてしまいそうな気がするが。 (問題は相手の能力がいまだにわからないことにありますわね。物質を弾いたり、空間移動(テレポート)を跳ね返したり出来る能力など聞いたこともありませんし、バリアか何かの応 用でしょうか?)  念動力(テレキネシス)を応用すればそれらしいものを作れるかもしれない。  先ほどの風もそれで充分に説明がつくだろう。  しかし、もしバリアなのだとしても一一次元まで適応される最高度の盾のはずだ。  自身が得意とする空間移動(テレポート)では、太刀打ちできない。 「…………、」  そこまで考えて、白井は薄く笑みを浮かべた。  それを見て少年が怪訝そうな表情をするが、気にしない。  できるだけ挑戦的な口調で、目の前の男に吐き捨てる。 「あなたの負けですわ、殿方さん」  突如、一方通行の手の中から常盤台の少女が消えた。  おそらく空間移動(テレポート)で移動したのだろう。  力を入れていた腕が空回りし、勢い余って壁に陥没させながら彼は楽しそうに口端を歪めた。 「俺の負け、ねェ」  壁から腕を引き抜き、背後を振り返り、 「まさか、こンなもンで俺をやれるなンて思っちゃいねェよなァ」  ゴッ!! と。  彼の方へと飛んできたゴミ箱を片手で弾き飛ばした。  いや、それだけではない。  いくつもの物体が放物線を描くようにして少年の元へ殺到した。  ズガガゴガガガ!!!! とまるで空爆のような弾幕が一方通行の身体を叩く。  しかし、彼には能力があった。  触れたものすべてのベクトルを操作できる能力の一部である反射はどれほどの物質量でも例外なく弾き返す。  反射された物体が壁を叩き、道を転がり、宙を舞う。 「めンどくせェ……」  しかし、物体の弾幕攻撃は止まらない。どこからこんなにも見つけてきたんだろうかと思うほどの量の物体が空間移動(テレポート)し、少年の方へと飛んでくる。 「めンどくせェってのホントに」  ゴァァァァァァァ!! と轟音が炸裂した。  大気を操り、風速五〇メートルを超える突風が一方通行を中心として発生した。  さながら竜巻のような風の動きに飛んでくる物体が空へと大きく巻き上げられる。 「なにがやりたいンですかァ? いくら量を変えようが、方向を変えようが、そンなもンが俺に届くわきゃねェだろ!!」  左右の手を広げ、彼は笑いながら風の勢いを上げた。  周りの廃墟の窓ガラスが割れ、少年の周りに降る雨粒が地面に着くことなく空へと舞い上がる。  本来ならば、彼の通常の戦闘スタイルはチョーカーの電池消費を抑えるために細かく電源を切っては入れるを繰り返す。  しかし、今は状況が状況だ。敵が空間移動(テレポート)というどこから飛んでくるかわからない攻撃に不用意にスキを見せるわけにはいかない。  彼がこの状況を楽しんでいたということもあるだろう。  久しぶりに見るヒーローというヤツに、少年は少なからず興奮していたのだ。  そう、興奮していたからこそ、彼はいつもであれば気付くであろう相手の目的に気付くことができなかった。 「ハッ……おバカさんですわね。自分が術中にハマっていることにすら気付かないなんて」  荒れる風の中で少女の凛とした声が混じった。  その声はこの暴風の中では聞こえても居場所まではわからないだろう、と思っての言葉だったのだろう。  バカはテメェだ、と一方通行は一つの廃ビルへと目線を向けた。  彼の能力で引き起こした風だ。自分に届いた声の発生場所を逆算できない学園都市の一位ではない。 「さァて、かくれんぼは終わりだクソガキ!!」  勢いよく、彼は地面を蹴った。その瞬間にベクトルを操作する。  爆音が鳴った。  ゴガン!! と炸裂する破壊音と共に地面がひび割れ彼の身体がミサイルのような推進力を得て廃ビルへと激突した。  ロケットのように壁を突破し三階部分へと強引に特攻をかける。  直後。 「あァクソ……」  目の前に広がる光景に、彼は思わずといったふうに似合わない苦笑をこぼした。 「やってくれるじゃねェか、クソッたれ」  ゴッガァァァァァン!! とそれを合図とするように廃ビルが倒壊した。  からくりは簡単だ。  一方通行が突撃してきた廃ビルの柱がすべて、空間移動(テレポート)による物質移動で破壊されていたのだ。  柱を失い重みに耐えきれない廃ビルは当然長くはもたない。そのうちに本人は脱出し、それと入れ替わるようにして一方通行が侵入してきただけ。  しかし、それは白井が一方通行を倒すための行動ではない。  白井が一方通行から逃げるための行動だった。  彼女の目的は少年を倒すことではない。あくまでも、佐天涙子を助け出すことが彼女の目的なのだから、無理に一方通行の相手をしなくても良いのだ。  結果、一方通行はビルの倒壊で数秒とはいえ、白井を視界から消し、少女は得意の空間移動(テレポート)で佐天涙子を連れて逃亡。  少女は恐らく一方通行が佐天涙子を殺すことを目的としていると勘違いしていたのであろう。  だからこその『逃げるが勝ち』。  皮肉なことに、一方通行が〔パンドラ〕の少年少女から逃げたときと同じようなやり方である。  結果的な話、双方の痛み分けとしてこの戦いは決着した。
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