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SSスレまとめ/並行世界(リアルワールド)/2-16」(2010/01/16 (土) 21:07:09) の最新版変更点

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(二日目)15時26分 『魔神』の背後で、『騎士団長(ナイトリーダー)』は魔剣フルティングを振りかぶった。 四人の魔術師が作り出した、一瞬の機会。 「――ッ?!やめろ!」 オッレウスの声が届く前に、彼は剣を振り下ろし、 『騎士団長(ナイトリーダー)』の左肩から、バッサリと肉が裂けた。 血飛沫が宙を舞う。 在り得ない光景に、ウィリアム=オルウェルは絶句した。 「なっ!?」 『騎士団長(ナイトリーダー)』が『竜王(ドラゴン)』を斬りつけた。しかし、斬撃を受けたのは、ほかならぬ本人だった。 「『竜王の鱗(ドラゴンアーマー)』…」 オッレルスは独白する。 「人に神を触れることは出来ない。そして、神を傷つける者には相応の罰が与えられる。神に与えたようとした傷が、そのまま自分に跳ね返る能力。 それこそが『竜王の鱗(ドラゴンアーマー)』…『神に近づく者(イカロス)』を名乗るこの俺が持っていたチカラだ」 宙に体を浮かべたまま、『魔神』は笑う。 未だに何が起こったか把握できないでいる『騎士団長(ナイトリーダー)』の表情を見ながら、右手を突きだした。そして、 「『現実守護(リアルディフェンダー)』を解放する」 『魔神』のワイシャツの右腕の袖がはじけ飛んだ。上条当麻が有する『消滅』の能力を発揮し、 『騎士団長(ナイトリーダー)』の右足を消し飛ばした。 一瞬だった。 気づけば、周囲の大気ごと消滅した。 「ぐっがあああああああああああああああっ!!」 激痛が襲う。 チッ、と舌打ちするとオッレルスは右手で『何か』を手繰り寄せるように腕を上げた。 負傷した『騎士団長(ナイトリーダー)』が、物理的に有り得ない軌道を描いて、戦場の遥か遠くに飛ばされた。 ギチギチと、アスファルトを魔剣フルティングで削るが、左足だけでは体の衝撃を抑えられない。途中で剣から手を離し、無様に転がっていった。 『騎士団長(ナイトリーダー)』が斃れる。 だが、他の魔術師たちは負傷した彼に声をかけるどころか、見向きもしない。 単独の魔術師同士の戦いにおいて、仲間の負傷に気を取られた者は、死が待ち受けている。  『騎士団長(ナイトリーダー)』も魔術師たちも理解していた。 そして、『魔神』がそれをさせない。 「っがッはァア!!」 「貴様の『北欧王座(フリズスキャルヴ)』も、余の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の前では無力だ」 オッレルスの腹部に、『魔神』の拳が突き刺さる。 人ならざる強烈なパンチ力に、オッレルスは口から血を吐く。『北欧王座(フリズスキャルヴ)』を用い、『魔神』の背後にある、ウィリアムが所持していたメイスを動かした。数本の蛍光灯が飴細工のように曲がり、らせん状の槍が形成された。銃弾と変わらない速度で、『魔神』を襲う。 「――『竜王の翼(ドラゴンウイング)』」 『魔神』の背後が真白に塗り潰された。 ドバァア!!という轟音が鳴り響く。 その光景に一瞬呆けていたオッレルスは事態を察知する。 『魔神』と距離を取った。彼は血に塗れた口を拭いながら、 「…ごほ、ごほっ…本当に…強いね、君は」 太陽の光を遮っていた高層ビルが一瞬で消滅し、オッレルスの周囲がオレンジ色に照らされる。一二〇メートルを超える高層ビルは、二階から上が綺麗に消滅していた。彼が引き寄せていた鉄くずも同様に、『竜王の翼』に跡形も無く吹き飛ばされている。『魔神』は何の感情も表情に出さず、 「貴様は弱すぎる」 侮蔑の声と共に、強烈な蹴りがオッレルスの腹に叩き込まれる。一〇メートル以上もオッレルスの体が宙を浮いた。肺から酸素を全て吐きだし、受け身も取れないまま、瓦礫の山にダイブした。 瓦礫に埋もれた魔術師から目を逸らし、標的を聖人に変更する。 『魔神』は左手をかざした。 一瞬で、大気が消滅する。 バオワッ!という轟音が鳴り響き、発生した真空状態の空間に大気が収束する。 ウィリアム=オルウェルが大剣アスカロンを構え、その風圧を防ぐ。 しかし、バキィ!と『魔神』が大剣アスカロンごと殴り壊した。ガラスが割れるように崩れ去る大剣。 その様を目に捉えることなく、ウィリアム=オルウェルの眼前に―― 『Dios guarda llama de la fuego del infierno!』 (神よ!業火をその身に与えよ!) 『魔神』に、一〇を越える火球が直撃した。 アスファルトやコンクリートが溶け、『魔女狩りの王(インノケンティウス)』すら焼き尽くす炎が『魔神』を呑み込む。 だが、上条当麻の持つ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』には、神のチカラすら、意味をなさない。炎を打ち消され、『魔神』の姿を捉えたバードウェイは、 「―――――っ!!」 バードウェイは思わず息を飲んだ。 『破滅の杖(レーヴァテイン)』の炎が打ち消されたことではない。彼女の視線の先にあるものは、人ならざる『魔神』の真紅の瞳。 (やばいな。すでに、ドラゴンの覚醒が始まっているではないか…) バードウェイは内心で舌打ちした。彼女が杖を黒髪の少年に向けると、『ドラゴン』の紅い瞳が、バードウェイを捉える。 『Dios guarda llama de la salud del ――』 (神よ!業火をその身に与え――) 彼女は詠唱を途中で破棄した。 『ドラゴン』の姿を消した。 何処に?という思考が浮かぶ前に、その疑問は解決した。 『ドラゴン』はバードウェイの背後に『在(い)』た。 トンッ…と、『魔神』は彼女の背中を押した。 たったそれだけでバードウェイは意識を失い、両足から力が抜ける。彼女が被っていた黒いベレー帽が地に落ち、『魔神』はそれを踏みにじる。倒れそうになったバードウェイを『魔神』は抱きかかえた。 再び『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』が出現する。 禍々しく鋭利な爪の指先から伸びる白い糸が、バードウェイの体と繋がる。蜘蛛の糸のように白い糸は本数を増し、彼女の全身を包み込んでいった。  オッレルスは口に溜まった血を吐きだすと、 「ま、まずい!バードウェイも天使にされてしまう!」 彼は痛む腹部を押さえながら、走りだした。   『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』の能力は『万物を操る』能力(チカラ)。 錬金術のように、変哲もない石を金に作りかえることも、『心理掌握(メンタルアウト)』のように他者の思考を操ることも、『御使堕し(エンゼルフォール)』のように、人を天使に変えることも可能である。竜王の腕は、まさに『神の手』と同義の能力を所有している。 「うおおおおおおおおッ!」 『魔神』の意図に気づいたウィリアム=オルウェルは、空中を突進するように『魔神』に接近し、ブチブチィ!と『竜王の鉤爪(ドラゴンクロー)』の指ごと引き千切った。 繭のように全身を包み込まれたバードウェイが『魔神』の手から離れ、『北欧王座(フリズスキャルヴ)』の見えない手が彼女をオッレルスの元に引き寄せる。 彼は急いで、腰にあるナポレオンダガーでザクザクと繭を斬り裂く。虚ろな目をしているバードウェイの素顔が糸に絡みついたまま現れ、 「おいっ!気は確かか!」 「……うぐっ…あ、あがっ!…いぎぎぎぎぎギッ!…や、やめろォォオオ!ち、ちが、違うっ!わ、私はァアア!…あああああ!!」 意識を取り戻したかと思われたが、目を開くなり、バードウェイは苦しみだした。いつも冷静沈着な彼女の風体からは想像できない姿。 オッレルスは彼女の頬を強く叩き、声を張り上げる。 「君は『明け色の陽射し』のボスなんだろ!?しっかりしろ!」 「や、やめてくれぇ!私を見るなァアア!見ないでくれ!ち、違うぅう…私はそんなことを、望んでいない…や、やめてぇええ…私の心を、見ないでええええ!」 手足を大きく動かし、瞳孔が半開きになっていた。まるで赤子のように泣きじゃくっている。ブロンドの長い髪が頭の動きに合わせ乱れる。黒のマントが、砂と土に汚れていた。 バードウェイは戦闘不能だ。 天使になることは免れたものの、彼女の精神がズタズタに凌辱された。 「shit(くそっ)!」 オッレルスが悔しさを込めて、地面を叩きつけた。それと同時に、彼がいる瓦礫の山が軽く揺れた。 「!?」 彼の拳の衝撃で揺れたわけではない。 オッレルスの目下で、ウィリアム=オルウェルの巨体が叩きつけられた衝撃だった。 「がばっ…!」 ウィリアム=オルウェルの周囲に粉塵が舞う。 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫と共に、『魔神』が砂利をゆっくりと踏みしめる音が響く。ウィリアム=オルウェルは痛みに打ちひしがれる事なく、 「Viento. Me vuelvo mi escudo y me vuelvo el colmillo――」 (我が名において力を持つ風の天使よ。私の盾となり刃となれ――) 短縮された詠唱で、風の護符を発現させた。 聖人であるがゆえに、人間が使う魔術は扱えない。『聖痕(スティグマ)』を発動させ、人を越えた力を所持しているとしても、メイスとアスカロンを失った今、『魔神』に対抗できる武装は魔術だけだった。 その魔術ですら、彼の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の前では無意味であることを知っている。だが、ウィリアム=オルウェルの戦士としての姿勢が揺らぐことは無い。 (―――本当に、厄介な男である) 彼の鋭い眼光の先にいる者は、かつて、拳を交えた敵であり、現在は同志として肩を並べる男。 彼は、どんな絶望的な窮地に立たされようとも、己の未来と正義を切り開いてきた。多くの命を救い、幾多の戦場を駆け抜け、人々に希望を与えた。 そして、人一倍正義感の強く、どこにでもいるような少年は、やがて、世界の命運すら左右しかねない程の存在へと成長した。 それが世界の英雄、上条当麻である。   高層都市が瓦礫の山と化し、灰色の粉塵が舞う。 少女の叫び声が鳴り響く中、 「弱さとは、罪だな。聖人」 英雄の声で雄弁と語る少年は、上条当麻ではない。  彼の身体を乗っ取った『魔神』。 『ドラゴン』。  真紅の瞳は、まっすぐとウィリアム=オルウェルを見つめた。 「…だからと言って、神であるお前が人間を見下す理由にはならないのである」 腰を下ろし、拳を構えた。  ギュンッ!と腕と脚部に纏う風が、勢いを増した。竜巻のような風が、ウィリアム=オルウェルの体を包む。 「抜かせ。それは余が決めることだ」 ウィリアム=オルウェルは大地を蹴った。 足元の瓦礫は爆発し、『魔神』との距離をゼロにする。 風の魔術と『聖痕(スティグマ)』で増した聖人の拳。 衝撃は数十トンに及び、列車の一車両を吹き飛ばすほどの威力を持つ。  『魔神』は何の構えも無く、 「っ!?」 ドゴォオッ!という鈍い音が鳴り響いた。 パンチの衝撃と、風の魔術で引き起こされた強烈な爆風が、周囲の破片を撒き散らす。ウィリアム=オルウェルは確かな手ごたえを感じた。次の瞬間、生温かい液体が頬を濡らした。 (――やったか!?) 拳を捻り、ゴキゴキと体内の肋骨をねじ折った感触がした。骨の鋭い先端が内部の臓物を傷付け、完全治癒が困難な状態まで悪化させる殺人拳。通常の人間であれば、聖人のパンチを腹部に受けただけで、内臓を突き破り背骨に到達する。 幾ら鍛えていたとしても、破壊された内臓の激痛を耐えるほどの訓練を積む人間など存在しない。 また、温かいモノが顔にかかる。 ウィリアム=オルウェルの視界がゆっくりと鮮明になってきた。 眼前には、赤く染まるシャツ。 顔を濡らす液体は口からボタボタとあふれ出す血。   血塗れになったオッレルスの姿がそこにあった。 「な……に……?」  ウィリアム=オルウェルは言葉を失った。 「ぐぅ……おえぇう……かひゃ…」 『魔神』はオッレルスの肉体を楯に使った。 オッレルスのシャツの腹部あたりが赤く血に染まり、彼の口からは大量の血が零れ落ちている。ウィリアム=オルウェルは無意識にその場から退き、『魔神』はオッレルスの頭から手を離すと、 「く、くっくくくく…ぶわっはっはっはっはぁ!!」 オッレルスは力なくその場に倒れ込んだ。 口に血が溢れているため、叫び声すら発せない。瀕死の状態に陥った彼を見ることなく、『魔神』はウィリアム=オルウェルに近づく。 ぺろりと、頬についたオッレルスの血を舐めると、 「お前は知らなかっただろう?余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』のチカラを」 「ッ!?」 『魔神』と同じく、オッレルスの血に染まったウィリアム=オルウェルは、仲間を攻撃した事に動揺を隠せない。 「分かりやすく言うなら、『空間転移(テレポート)』と似たようなものでな。オッレウスの肉体を余のところに置き、盾となってもらっただけだ」 まるで遊戯を楽しむように笑う『魔神』の表情と、その辛辣な言葉にウィリアム=オルウェルは冷静さを失った。 「きっ…貴っ様ァァアアアあああああああああ!!」 風の魔術を纏った拳は空を切り、ウィリアム=オルウェルの背後で『魔神』は語る。 「余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』は――」 バゴォッ!と振りかえったウィリアム=オルウェルが放った拳が地面に突き刺さり、アスファルトの道路が抉れた。 「余の望むままに、かの地へ辿りつくことができる。余の歩む道に、『距離』も『空間』も無い。そして――」 ウィリアム=オルウェルの拳が、『魔神』の頭部を捉えた。 「『時間』すらも―――」 『魔神』に触れた途端、ウィリアム=オルウェルの腕が『消滅』した。 彼の体は右腕から消滅を始め、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』のリミッター外した上条当麻の能力である『消滅』が、ウィリアム=オルウェルの身体の肉片も骨片も残さず消し――――― 彼の手には、全長五メートルを超える『金属棍棒(メイス)』があった。 「―――――――――――――――――――――――――――――――――――はっ…?」 ウィリアム=オルウェルは左肩にかかる重量感と眼前の光景に、目を疑った。 「何を呆けている、ウィリアム。死にたいのか?」 彼の隣には、右足を失ったはずの『騎士団長(ナイトリーダー)』が両足で立っていた。 折れた信号機の上には、 「『天使』に『竜王(ドラゴン)』…まるでおとぎ話を見ているようだね」 内臓をグチャグチャにされたはずのオッレルスが、無傷でその場に座っている。 「『天使』一人あたりに、幾らふっかけようか。それとも時間制で請求するかな?」 精神崩壊を起こしているはずのバードウェイが、年齢不相応な不敵な笑顔で『魔神』を見ていた。黒のベレー帽と黒マントには、汚れ一つ付着していない。 ウィリアム=オルウェルは、胸に手を当て、周囲を確認した。 傷一つ付いていない。 彼は、眼前を見る。 そこには上条当麻の姿をした『魔神』が宙に浮いていた。 不敵な笑顔と、真紅の瞳で。  ウィリアム=オルウェルは、思わず言葉を零した。 「――――――『天使』など、何処にいるのであるか?」 「…何を言っている?『天使』は上条当麻の……」 『騎士団長(ナイトリーダー)』の言葉は、そこで止まった。 彼だけでは無かった。オッレウスもバードウェイも言葉を失った。 いない。 眼前には、『魔神』のみ。 一瞬にして、四人に戦慄が走った。 「来るぞ!」 オッレウスたちは構えるが、ウィリアム=オルウェルだけが反応できなかった。ただただ、『魔神』の紅い瞳に吸い込まれるように、彼を見つめていた。 幾ら待っても、『天使』はこの四人を襲ってこない。 当然だ。 何故なら、シルビアとステイル=マグヌスが『天使』の相手をしている。 (ま…さ、か……これ、は…) ニヤアァ、と上条当麻らしからぬ不気味な笑顔で『魔神』は言った。 真紅の瞳が、ウィリアム=オルウェルを射抜く。 「『理解(わか)』ったか?―――――――これが余の『竜王の脚(ドラゴンソニック)』だ」 その言葉に、ウィリアム=オルウェルは、手から『金属棍棒(メイス)』を落とす。ドスン、とアスファルトの地面に、鈍い音が鳴り響いた。 「あ…あ……」 戦いにおいて、真の勝利とは、相手の敵対意思を消失させることにある。 戦意喪失。 一人の騎士(ウィリアム)は心を砕かれた。 自分たちが相手にしているドラゴンの強大さに。 「聖人。貴様は『識』っているであろう?この先の未来を」 『魔神』の声に、騎士の心が震えた。 「…何の事だ?」 『騎士団長(ナイトリーダー)』が神妙な視線を浴びせるが、ウィリアム=オルウェルは口を閉ざした。 言えるはずもない。 自分が、敗北の未来を『識』っている、などという非現実的な事実を。 「さて、どう出る?」 魔神はウィリアムを真紅の眼でとらえ、右手を広げた。魔神の右肩から大気を歪ませる無色の『竜王の翼(ドラゴンウイング』が出現する。魔術師たちは瞬時に事を起こす。 だが、唯一人、足が動かなかった。 『既視感(デジャビュ)』がウィリアム=オルウェルを襲う。 オッレルスが高く飛び上がり、バードウェイが『高速詠唱(クイックスペル)』を始め、『騎士団長(ナイトリーダー)』が突撃する。   その光景が、ウィリアムの脳裏に写る記憶と重なった。   後に、彼らはドラゴンに倒される。 『騎士団長(ナイトリーダー)』は右足を失い、 バードウェイは精神崩壊を起こし、 オッレルスは、内臓を潰され、  ウィリアムは―― 「やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオ!!」 男の叫びは、三人の魔術師たちの足を停止させた。 だが、彼の人徳が災いした。ウィリアムの警告に、三人の魔術師たちは耳を傾けてしまった。彼が叫ばすにはいられないほどの罠が仕掛けられていると判断し、行動を中断したのだ。 彼らに出来た一瞬の隙。 圧倒的な破壊力を有する無色の片羽が震える。 魔神の唇が三日月のように薄く歪んだ。 「実に愚かな選択をしたな。聖人」 ドバァア!!と轟音をかき鳴らし、炸裂した。  空気は、鉄は、土は、圧倒的な力に抉れ、破壊され、分解し、吹き飛ばされる。 泥と鉄の混ざった灰色の津波が、『魔神』を中心に引き起こる。その高さは一〇〇メートルを超えていた。  消滅を本質とする上条当麻の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と異なり、『竜王の翼(ドラゴンウィング)』の本質は『消滅』ではなく『破壊』。物理的な力で物質に干渉する能力でしか無い。だが、そのチカラが、爆弾で生み出されるような爆発力とは比べ物にならないほど強いだけだ。 呪いも神の加護も無い、純粋なチカラ。 それこそが、ドラゴンの有する翼の本質。 『魔神』は周囲の大気を圧縮した。 ただそれだけで、四人の魔術師は成す術もなく吹き飛ばされた。 「がはっ!?」 「ふうっ!」 「うぐゥ…!」 「……ッ!」 華奢な体躯をしているバードウェイは地面に強く叩きつけられる。脳震盪に襲われ、身動きが取れない。 『騎士団長(ナイトリーダー)』は意識を失い、オッレルスは岩盤に体を挟まれている。 『金属棍棒(メイス)』を握り締めたウィリアム=オルウェルだけが、無傷でドラゴンを待ち構えていた。 土色の煙幕から現れたのは、大剣アスカロンを左手で持った『魔神』。 ドスゥン!と突如として、西方の建物が崩れ去った。 地盤に体を縫い付けられたステイル=マグヌスが姿を見せた。胸部、腹部、右腕、両足に数本の白い槍が貫通し、大量の血を流していた。 「がば…っ!」 右肩に刺さっていた槍を引き抜いたシルビアは、再びサーベルに手を取る。ふら付いた足つきで立ち向かうが、 グサッ!と三本の槍がシルビアの腹部を貫いた。 純白の翼と鎧を纏う五和の姿をした『天使』が聖人と神父をねじ伏せた。『天使』の槍が二人の体を射抜き、彼らは歩行すらままならない。何の感情も無い瞳が、二人の無残な姿を映している。 五人の魔術師は戦闘不能に陥っていた。 聖人は知る。 『魔神』と『天使』に立ち向かえる戦士は、ウィリアム=オルウェル唯一人となっていたことを。 荒廃した都市に、一人の聖人だけが生き残っていた。 不敵な笑顔を浮かべた『魔神』はフワリと飛びあがり、聖人との距離をあっと言う間に詰めた。 五メートルを超える剣から重い斬撃を繰り出す。 大剣アスカロンと『金属棍棒(メイス)』がぶつかる。 ガキィィイン!と金属音が轟いた。 「ッ!!?」 ウィリアム=オルウェルの筋肉が収縮する。  (な、何だ…この剣圧はっ!)  『聖痕(スティグマ)』を解放している状態でありながら、ウィリアム=オルウェルは圧倒されていた。聖人の腕力を持ってしても、『魔神』には及ばない。 「ふははは、怖いか?お前に迫りくる死が」 聖人の足が徐々に土に食い込んでいた。剣が音を立てて軋む。人を越えた力がウィリアム=オルウェルの肉体を捉え、『魔神』の瞳がウィリアム=オルウェルの心を捉えていた。 全てを見透かし、全てを掌握するような真紅の眼。 「この音が貴様の命の音色か?いや、悲鳴にも聞こえるな?」 ザリザリと大剣アスカロンが『金属棍棒(メイス)』を削っていく。聖人は両手で『魔神』の剣圧を防いでいる。『魔神』は左腕の力だけで、聖人を抑え込んでいた。 「これが聖人か…つまらぬな」 『金属棍棒(メイス)』が砕け散れば、己の肉体が真っ二つにされる事をウィリアムは感じ取っていた。強靭な肉体が悲鳴を上げている。 「確か、ヴィリアンと言ったか?お主が守るべき主君は」 「…そ、れがっ…どう、した?」 「光栄に思え。その女を雌として喰ってやる」 『魔神』の笑みに聖人は凍りついた。 「選べ、聖人。ここで体を裂かれるか?愛しき君主が眼前で快楽に溺れていく様を横目に、死に絶えるか?」 「き、きっ貴様…!」  外道の言葉を浴びせ、ウィリアム=オルウェルを挑発した。一瞬で頭に血が上ぼる。腕に力が籠るが、『魔神』は徐々に圧していた。『金属棍棒(メイス)』の強度は限界に近い。 だが、聖人の心は折れない。命に代えても守るべき主君の危機に、聖人は屈強な騎士に変わる。この絶対的な力量の差に打ちひしがれる事無く、騎士は背を向けなかった。剣を握り締め、『魔神』に立ち向かう。 騎士は願った。 この状況を塗り替えるほどの剣が欲しい。 己が従う王女を守り抜く剣が欲しい。 『天使』を斬り裂く剣が欲しい。 『魔神』を討ち滅ぼす剣が欲しい。 未来を切り開く剣が欲しい。 その願いは、一人の少女によって叶えられる。 「剣、ですか……幾らでもどうぞ」 ガガガガガガッ!と轟音が鳴り、ウィリアム=オルウェルの周囲にある突如としてアスファルトが変形した。 槍のような灰色の針が次々と突出する。多環の炭化水素の油やレジンの中にコロイド状に分散しているアスファルテンと呼ばれる高分子炭化水素がさらに形を変え、茎を形成し、柄を形成し、鯉口を形成し、鋭利な刃を形成した。 「なっ!?」 その光景に、ウィリアム=オルウェルは驚愕した。 彼の眼前に、一〇〇〇を越える剣が現れた。 カットラス、サーベル、ロングソード、レイピア、フランベルジェ、クレイモア、エストック、グレートソード、ショーテル、コピス、スクラマサクス、青龍刀、ダガー、日本刀、バスタードソードなど、古今東西の剣が創造された。 フワフワな栗色の髪をした、身長一四五センチほどの小柄な少女はペコリと頭を下げた。その場に相応しくないメイド服と黒マントを着用したままで、スカートの先端にあるフリルを両手で掴む。 「改めて初めまして。上条当麻様。私は常盤台中学二年、久蘭お姉様の終身メイドを務めております、剣多風水(けんだふうすい)と申します」 両手を前にかざす。 メキメキとアスファルトが音を立て、二本のショートソードが精製された。手元に置かれた剣は、『魔神』に穂先を向け、音速を超える速度で投擲される。ギュン!と耳を劈くマッハ波が鳴り響いた。続いて、背後に精製されていた剣が次々と突撃した。 『天使』と『魔神』に幾多の剣が襲いかかり、数十メートル後退した。 「私の能力は『金属使い(メタルオブオーナー)』。お姉様の盾となり、剣となる従僕。金属を操ることには長けているのですが、周囲に金属が無ければ、私は『無能力者(レベル0)』も同然」  剣多風水の周囲にある瓦礫が全て剣へと変換される。精製を終えた剣は、一刃の弾丸となり、その勢いは止まる事を知らない。彼女はウィリアム=オルウェルの元へと歩みより、一振りの剣を創造した。  聖人は眼を疑った。  漆黒の柄に黄金の竜の刺繍。輝く刀身には剣の名が刻まれていた。  『GALLATIN』  アーサー王に仕えた円卓の騎士の一人、ガウェイン卿が所持していたとされる、絶対勇者だけが持つことを許される剣だった。 勇猛果敢で強靭な騎士が、主君を守り抜くために振るう呪破の剣。 偶像崇拝の能力付加を基礎としたレプリカとはいえ、一本の聖剣は、一〇〇〇本の名剣に勝る。 「貴殿は、一体…」 栗色の髪と栗色の瞳をした少女は、淡々とした口調で言葉を発した。 「これもメイドの嗜みです」 ズドンッ! 続いて、秒速六〇〇〇メートルを超える五〇口径二五〇ミリ滑腔砲が『魔神』に激突した。 眩い閃光が大気を切り裂く。砲弾が潰れ、粘着榴弾が爆発する。 粘着榴弾とは目標に着弾後つぶれ、密着した後に起爆する「対戦車用」の砲弾だ。ホプキンソン効果によって、衝撃波が目標車両の装甲を伝わり装甲の裏側が剥離飛散するスポール破壊を引き起こす。飛び散った装甲の破片によって内部の人員、機材にダメージを与え、第二次世界大戦ごろに徹甲弾に取って代わられたアウトオブデイトだが、学園都市では「対能力者用」として改良された粘着榴弾が開発されていた。 現代の戦争において主流である徹甲弾よりも、対人間兵器として特化した弾丸が『魔神』に浴びせられた事となる。 それだけではない。 通常、五〇口径二五〇ミリ砲弾の初速は、毎秒一八〇〇メートル程度である。 外部から受けた一七億ボルトの高電圧により、ローレンツ力とプラズマと共に、速度表皮効果による加速がなされ、その破壊力はさらに増していた。 すなわち、正真正銘の『超電磁砲(レールガン)』。 砲弾の硝煙が晴れると、五〇口径二五〇ミリ滑腔砲を放った大砲と、二人の少女の姿があった。 ゴーグルを装着している一人の少女は、 「原始的な構造の牽引砲ですが、流石は学園都市最高の『武器職人(ウェポンスミス)』。即席の代物にしては文句のつけようがありませんと、ミサカは高く評価します」 「風水に自ら金属を生み出す能力があったら、とっくの昔に『レベル5(わたしたち)』の仲間入りしてたわよ…」 「ところで…アンタ、何してんの?」 パンパンと手を叩いたもう一人の少女は、爆炎に包まれた『魔神』に声をかけた。 腰まである茶色いロングヘアーに、日本女性の平均よりも高い一六五センチほどの背丈。ベージュ色のブレザーに紺色のプリーツスカートを穿いている。そして、剣多風水と至宝院久蘭と同じ、黒のマント。 学園都市『超能力者(レベル5)』第一位、『超電磁砲(レールガン)』の異名を持つ御坂美琴がそこにいた。 爆弾で羽を失い、全身が煤で汚れた純白の『天使』を目端に、彼女は、 「当麻、五和をどうしたの?」 「なに、甘い言葉を囁き、籠絡しただけだ。ただ嬲るだけには惜しい女だからな」 「…恋心に漬け込むなんて、本当に最低」 御坂美琴は心底落胆したような溜息をついた。  全身を黒に覆うマントが風に靡く。 「AAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!」 爆発で翼を捥がれ、『天使』は悲鳴を上げていた。 『魔神』は、 「どうだ?心地よい声だろう?快楽に組み伏した時の、お主の鳴き声ほどではないがな」  真紅の瞳が、二人を見つめる。 言い知れぬ悪寒を感じ取ったミサカ一〇〇三二号は反射的にアサルトライフルを構えた。御坂美琴は腕を組んだまま、一息吐くと、 「当麻。大好きよ。世界中の誰よりも愛してる」  彼女は戦場の中で、意中の男に愛の告白をした。  遺伝子レベルで同一なミサカ一〇〇三二号すら、御坂美琴の行動が理解できず、思わず彼女の顔を見た。 「貴方が、世界を壊す魔王になるというなら、私は魔女になってみせる。私はね、上条当麻って男にめちゃくちゃ惚れてるの。そこらへんのカップルとか、恋愛小説なんかとは比べ物にならないくらい、私たちは愛し合ってる。 背は結構高いし、顔立ちだって整ってる。運動神経はズバ抜けて凄いし、最近は勉強も出来る。学生なのに、奨学金やら『神上派閥』やらでお金には困らない程の甲斐性ありだし。世界中探したって当麻ほどの超優良物件は無いわよ」 「随分と気の強い女だ。屈服させ甲斐がある」 ズドドドドンッ!! 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃。 一瞬にして上空に暗雲が立ち込み、一〇〇〇億ボルトの雷が不自然に発生した。 バチバチと、青白い高電流が頭上で発生し、 「ねぇ…当麻。私、マジでムカついてんのよ」 三発の落雷は、『上条当麻』の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』により打ち消され、二発の落雷は、再生しかけていた『天使』の翼を焼き尽くした。再び『天使』は叫び声を上げながら地に落ちた。『魔神』は右手を空に上げながら、 「…ほう?」 唇を三日月のように歪めていた。 「当麻はいっつもそう。他人の悩みはすぐに気づいて解決しちゃうのに、自分の事は一人で背負い込んじゃう…」 「確かに、この男は――」 『魔神』の声は、彼女の怒号によって遮られる。 「それが、大きな間違いだって言ってんだろうが!悩みを一人で抱え込むなんてのは、馬鹿がやることなんだよ!さらに性質が悪いのは、当麻はそれを一人で解決できるチカラを持っちゃってること!私はねぇ!男に守れられてばかりの女じゃない!アンタの帰りを待つだけなんて真っ平ごめんよ!」 『魔神』を睨みつける御坂美琴の瞳が黄金に輝いた。 (…なに?) 御坂美琴の変化に、『魔神』は眉を潜めた。 彼女は大声で叫ぶ。 「風水!!」 名を呼ばれた至宝院久蘭終身メイドこと剣多風水は、フリルのついたスカートを両手で持ち上げると、頭を深く下げた。 「了解しました。美琴お姉様」 剣多風水も御坂美琴と同じく、栗色の瞳から黄金に変わる。 メイド服の少女の瞳を見て、『魔神』の表情から笑顔が消えた。 「砲口制退器、砲身、駐退復座機、閉鎖機、砲耳、防盾、揺架、平衡機、上部砲架、下部砲架、架尾鐶、駐鋤、固定双脚を構成、三次元同時演算における精製に移行します」 ボゴボゴボゴボゴォ!と剣多風水の左右にある瓦礫の山が歪み始めた。 周囲の異変を察知したウィリアム=オルウェルは、聖剣ガラティーンを引き抜くと揺れ動く足場から立ち去った。倒れている魔術師たちに目を向ける。そこには、御坂美琴を同じ顔をした少女たちがコーグルを被ったまま、彼らの身体を数人がかりで引き上げていた。 「『魔術師(メイガス)』様、早急に離れた方が得策です、とミサカ一四五八二号は率直に警告します」 「…何をする気であるか?」 聖人の問いに答えることなく、『騎士団長(ナイトリーダー)』、バードウェイ、オッレルス、シルビア、ステイル=マグヌスを救出した一三人の『妹達(シスターズ)』は、彼らを抱えたまま後退した。 ウィリアム=オルウェルは足元を見た。地面に落ちている金属や砂利が大群の蟻のように蠢いている。この現象を引き起こしているのは、彼の手元にある聖剣を作りだしたメイド服の少女に違いなかった。 (これが…超能力であるか。魔術でもこれほどの業、出来るかどうか…) 『聖痕(スティグマ)』を発動させ、脚力を爆発させる。 ひとっ飛びで『魔神』と『天使』から距離を離した時、真下に広がる光景を目にして、ウィリアム=オルウェルは再び言葉を失った。 一人の少女によって、一〇〇を越える牽引砲が精製されていた。 一機の牽引砲には、三人の『妹達(シスターズ)』が傍に控えていた。一人は高低標準装置で狙いを定め、もう一人は方向標準装置を設定し、最後の一人は、五〇口径二五〇ミリ滑腔砲を揺架に装填した。 『魔神』と『天使』に、五〇口径二五〇ミリの大砲が向けられている。 瓦礫と崩壊したビルに囲まれた戦場は、瞬く間に、幾多の剣と牽引砲が聳え立つ軍地と化していた。 「標的をドラゴンから『天使』に変更。『マザー』の情報高速処理をバックアップとして、ミサカネットワークを通し、標準はコンマ04の修正を最重要命令として要求」 腕を組んだ御坂美琴は一息を吐くと、 「撃て」 瞬間。 戦場は轟音に塗り潰された。 断続的に初速一八〇〇メートルの五〇口径二五〇ミリ滑腔砲が放たれる。一発、二発、三発と、標準は寸分の狂いも無く、『天使』に直撃した。 魔術防壁と神の力によって保護されている翼も、一〇〇発を越える強烈な火薬弾頭と衝撃波には耐えられるはずもない。純白の翼を突きぬけ、五〇口径二五〇ミリ滑腔砲は天使の聖鎧に届いた。 「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHH!?!」 人間の言葉とも悲鳴とも異なる音を『天使』は発した。だが、その音すらも、大砲の銃声にかき消され、御坂美琴や『妹達(シスターズ)』の耳に届く事はなかった。 人ならざる『魔神』を除いて。 「なにっ!?」 『天使』が数キロ先に吹き飛ばされる光景を横目に、『魔神』の表情に初めて動揺が浮かんだ。 刹那、『魔神』がいる場所へと、一筋の道が現れた。 それは舗装されたアスファルトの道路のようなものではない。地面から発生している高電流によって、浮上した瓦礫の足場。 空中に出来た階段を、御坂美琴は人間離れしたスピードで駆け抜けた。 『魔神』は目を見開いた。 黒マントを靡かせながら、御坂美琴は『魔神』との距離を詰めていく。 『魔神』は右手をかざし、ゴバッァ!と宙に浮いている瓦礫を大気ごと消滅させた。 だが、御坂美琴は止まらない。 常人を超越した反射神経で、右手の消滅を免れた彼女は、自身の能力である電気をコントロールし、瓦礫を浮上させ、幾多の足場を作っていた。一つ一つの瓦礫を蹴飛ばし、数メートル離れた足場を、蝶が飛びまわる様に踏み越えていく。 ゴロゴロオオオッ!!と、御坂美琴は左手から一〇〇〇億ボルトの電流を『魔神』の方向に発射する。 だが、電撃は『魔神』ではなく周囲に散乱した。 「!?」 『魔神』を幾多の灰色の刃が襲った。 御坂美琴の能力によって、振動した砂鉄の刃が『魔神』を中心に螺旋状の刃を形成する。ズバァッ!とアスファルトをいとも簡単に切り裂いた。幾多の刃が中心に重なり合う前に、『魔神』は一〇メートルほど飛びあがる。終結した砂鉄は剣山を形成し、間欠泉のように吹き上がった。空中に漂う『魔神』を追い詰める。 『上条当麻』の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が、灰色の剣山をただの砂鉄に帰した。 その時、『魔神』と同じく、地上から約一〇メートル浮かび上がった足場にいた御坂美琴は『魔神』の射程範囲に入ってしまった。 真紅の瞳が、茶色のロングヘアーをした彼女を見つめ、右手をのばす。 「『現実守護(リアルディフェンダー)』を――」 『魔神』はそこで言葉を止まった。 神すら理解できなかった。眼前で御坂美琴の姿が消えたワケが。 背後から聞こえた声に、『魔神』は反応が遅れる。 『魔神』が目の端に捉えたのは、懐から拳銃を引き抜いた御坂美琴の姿。 生まれた一瞬の隙に、彼女は迷いなくトリガーを引いた。 ドゥン!とソレノイドで加速された九ミリパラベラム弾が『魔神』の右腹部を貫いた。 「ぐあああああああああアアアっ!!」 『魔神』は悲鳴を上げた。 『超電磁砲(レールガン)』で右腹部を撃ち抜かれ、激痛が走る。 血が溢れ出る腹部を押さえ、『魔神』は膝をついた。  その瞬間を目撃したウィリアム=オルウェルは絶句する。 単独で一国の軍事力を誇る『魔王』ですら、  世界に二〇人といない『聖人』ですら、 最強と恐れられた名高い魔術師たちですら、 『神(ドラゴン)』に弄ばれ、傷一つ負わせる事すら出来なった。 だが、たった一人の少女によってその幻想が打ち砕かれることになる。 その現実を受け入れるのに、聖人は少々戸惑ってしまった。 彼女が操作していた、宙に浮かぶ瓦礫の足場は役目を終え、ガラガラと重力に引かれ地に落ちていく。『魔神』を見下ろしている少女、学園都市『超能力者(レベル5)』第一位、御坂美琴は茶色のロングヘアーをかき上げた。右手に持つベレッタW78には、彼女が施した電気がバチバチと煙を立てて発生している。  そして、九ミリパラベラム弾の『超電磁砲(レールガン)』の二発目が『魔神』に向け、躊躇なく発射された。 今度は『魔神』は被弾することなく、ズバァン!と『超電磁砲(レールガン)』は土を撒き散らしながら地面を深く抉った。 「『竜王の脚(ドラゴンソニック)』か……ほんっと、当麻の能力って反則レベルよね。努力なんてなんてものが、本当に馬鹿らしく思えてくるわ」  銃口から噴き出る硝煙に、フッと御坂美琴は息を吹きかける。  彼女の視線の先には、ワイシャツが血に染まる腹部を押さえている『魔神』が彼女を睨みつけていた。 『魔神』の表情に一切の余裕がない。ただ、言葉を綴る。 「貴様の『空間移動(テレポート)』……そのチカラ、『幻想御手(レベルアッパー)』か」 「ご明答♪」 『魔神』の真紅の瞳は、御坂美琴の黄金の瞳を捉えていた。  そう、御坂美琴が繰り出す一〇〇〇億ボルトの電撃も、剣多風水の大規模な演算処理も、『幻想御手(レベルアッパー)』を用いてミサカネットワークに介入し、『妹達(シスターズ)』と『マザー』の演算能力を借りての能力だった。勿論、先ほど御坂美琴が行った『空間移動(テレポート)』は白井黒子の能力であり、三次元から一一次元への特殊変換を要する複雑な演算も、五〇〇〇人を越える『妹達(シスターズ)』の並列作業でいとも簡単に処理することができる。  故に、御坂美琴は名実ともに『妹達(シスターズ)』の頂点に立っていた。  御坂美琴は左手を上げ、黄金の瞳が『魔神』を射抜く。 ゴロゴロォォォン!と、雷鳴に似た音と共に、一〇〇〇億ボルトの電撃が周囲を満たし、大量の砂鉄と金属が宙に浮かぶ。  数百キロを超える瓦礫が音速を越えて舞い、一〇〇〇億ボルトの電圧を纏う、死の螺旋。 眩い光を伴う竜巻の中心で、御坂美琴は漆黒のマントと長い髪を揺らせながら、 「ドラゴン、耳をかっぽじってよく覚えておきなさい。私は御坂美琴。上条当麻に相応しい女よ」 こうして、神を恋人に持つ少女は、『雷の女神』となる。 &br()

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