とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 5-980

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集



 自分は、何処へ行こうとしてるのだろう、と天花はぼんやりと思う。
 体がもえるように熱い。多分、最近毒の進行を止めるための薬を飲んでいなかったせいもあるのだろう。
 息が荒くなる。多分、もう間もないうちに死ぬだろう。
 体の限界が分かるのだ。
 土御門は、もう天花の体の事を話してしまっただろうか。
 天花の正体を、話してしまっただろうか。
 知り合いが死ぬのは恐ろしい。もしかしたら、上条当麻を傷つけるかもしれない。それだけは避けねばならない。
 ――そんな迷惑、かけてはいけない。
 あのまま病院に居れば、上条の目の前で死ぬかも知れなかった。
 でも、死んだことがばれないようにって、今更どうすればいい。
 引っ越したことにして、病院で息を引き取るつもりだったのに。
 ああ、このまま空高くから学園都市を出ればいいだろうか。そうして、海の上空にでも立っていれば、死んだ瞬間深海に沈むだろうか。
 でも、学園都市から出れるか?
 似た系統の風紀委員に追われたら。それ以前に、そこまで能力を使用し続けられるか。
 もうすでに足がふらふらになって、そこまで高くをあるけなくなりつつある。
 がくん! と左足が落ちる。慌てて支えるが、体がゆっくり落ち始めた。
 風が強く吹きつける。なのにちっとも体は冷めてくれない。暑くて暑くて、まともな事を考えられやしない
 だんだん落ちるスピードが加速する。大怪我をおったら逃げられない。せめて――。
 下を見た。そこは公園だった。真下には、木がある。
 さすがに夜という事もあって誰もいない。
 そういえば、この町で死んだ人間はどうなるのだろうかと小さく呟く。
 体に衝撃が来た。凄まじい音がして、木の枝が何本も折れる。
 体にいくつも傷ができた。しかし、今までであればすごい勢いで治った筈なのに、血が流れるばかりでちっとも治らない。
 とうとう、「光速再生」の薬が切れた。
 あとはきっと、細胞の死か、身に回った毒が天花を殺す。
 天花を支えていた木の枝が折れて地面に落ちる。
 しかし、どこも骨は折れていないようだ。首の骨が折れてくれれば一息に逝けてよかったのに。
 木に寄りかかって、目を閉じた。
 もう、上条に、死を伝えないという事は不可能かもしれない。でも、せめて一人で死のう。
 どうか、彼が幸せになれますように。



 バキボキガキボキィっ! と、木の枝が折れる音がした。
 上条は、その音の方向に走り出す。そこに天花がいると確信したわけではない。ただ、確かめようと思っただけだ。
 走っている内に、心臓の音が自分の耳にも聞こえ始めた。疲れているからではない、天花が見つかった時にはもう手遅れになっているのではないかと、それが恐ろしくて、ただ走り続ける。
 空気が異常なほど澄みきっている気がした。普段は気にも留めない空気すら気にかかるというのは、もしかしたら思ってる以上に焦っているのかもしれない。
(くそっ……アイツはもうほとんど動けない筈なのに、何処へ……!?)
 さっき、ものすごい音がした場、夜の公園へと足を運ぶ。
 そして、折れたはずの木を探した。天花が落ちたかもしれない、木を。
 公園の真ん中あたりまで行った時、呻き声が聞こえてきた。その声は、聞きなれた物だった。
「天花!?」
「……ぇ。おにぃ、ちゃん? どう……して」
「大丈夫なのかよ、なんで病院抜け出してんだ、戻るぞ!?」
 放心したような声をあげる天花を持ち上げようとすると、天花はその手を拒み、弱弱しい力で上条を突き飛ばそうとする。
「もぅ、病院戻ったって、意味、ないよ……? あは、結局迷惑かけちゃった。誰に迷惑かけても、当麻――ううん、『上条くん』には迷惑かけたくなかったのに」
 天花は、ボロボロの顔で泣いていた。それでも、笑ってみせた。
 もう、体を動かすことすら辛いのだろう、不自然な格好なのに動く事もしない。
「天花?」
「聞かなかった? 私は、『白船』天花。上条くんの、いもうとなんかじゃないの。私は、嘘を、ついてた。それ以外に、上条くんの、傍に居る方法、思い浮かばなかった」
 再び上条が天花に手を伸ばしても、その手に彼女の手はのらない。
 天花の体を起こしてやり、少しでも楽な姿勢へと変える。
「ああ、土御門から、聞いたよ」


「彼は、私の、『保険』だったのよ。あのヒト、優しかったから、私のお願い、聞いてくれた。――私、貴方が記憶喪失になった事、知ってた。だって、貴方が入院してきた時、覚えてないだろうと、思いつつも、会いに行こうとした。そしたら、あの、医者と貴方が、『何も覚えていないんだろう?』って、話してるの、きいちゃっ、って」
 喋るのが苦しいのか、途切れ途切れにしか言葉を紡がない。
 天花の背に回した手に力が入る。彼女は自嘲の笑みを口元に浮かべて喋りつづける。
「それから、ふっと、思ったの。貴方が記憶喪失ではない、と装うならば、私は、貴方の近しい人間に、なれるのではないかって。だって、私、貴方に会いたかった。傍に居たかった。――一緒に、外に出てみたかった」
 天花は、ずっとそれだけを願って生きていた。たった一つ、上条の傍で、ともに笑う事だけを願っていた。
「ねぇ、私、どうせ死ぬかも知れない。それなら、悔いのない、道を選んだ方が、いいなって。ごめんな、さい……私、ずっと、上条くんに嘘ついてました。迷惑、かけて、酷いこと、して。本当に、ゴメンナサイ」
 もうすぐ、死んでしまうのに。天花は、自分のことよりも上条の事を優先しようとした。
 彼女の我儘はたった一つ、上条の傍にいようとしただけじゃないか。
「別に、気にしてないから。だから」
「上条くん。私、あなたの傍にいる人達が羨ましい。でもね、私は、上条くんが幸せならそれでいい。――多分、後、五分、かな。言いたい、こと、いえるかな」
「天花」
「上条くんは、やっぱり、インデックスが、一、番、なのかな? でも、怖いんでしょ。貴方ではない貴方が救ったのだから、自分がインデックスの傍に居てはいけないのではって。でもね、今の貴方、と前の貴、方はどこも、ちがわない。私、そう思うよ」
「――ありがとう」
 何を言っていいのか分からずに、そんな事しか言えない自分が歯がゆくて仕方が無かった。
 どうすれば、天花を楽にしてやれる。
「ねぇ、上条くん」
「何だよ?」
「当麻って、呼んでもい……?」
 怯えたように、天花が呟く。
 上条は、いつも通りに応えた。
「ああ、別にいいよ」
 それだけで、天花の顔には鮮やかな喜びが刻まれた。とめどなく溢れる涙は、哀しみよりも、幸せで泣いてるように見えた。
 ひゅぅ、と冷たい風が吹き抜ける。ふと上を見ると、まだ降るには早いだろうに雪が降り始めていた。
「あははは……天花って、雪の事、なんだってさ。なのに、私、触った、事もなかったのよ。これはきっと、神様、からの贈り物ね。――当麻」
 ぐっと、体を無理やり上条へ寄せ、囁いた。
 こうすると、上条には天花の表情が見えない。
「好きです。今までも、これからも、当麻は私にとって――」
 ぶつり、と言葉が切れる。
 天花の体が、ずしり、と重くなった気がした。
 慌てて、彼女の顔を見れば、瞼は閉じられ、唇は固く閉じられていた。
 ――なのに、彼女は笑っていた。
 世界一、幸せそうな顔で。上条は返事もしなかったのに。
 雪は、静かに降り積もる。まるで、彼女に捧げられた鎮魂歌のように……。



「とうま」
 とある学生寮の一室でインデックスは上条に呼びかける。
 此処しばらく、上条の料理は目に見えて下手になっていた。ずっと何かを考えているがために、お粗末になってしまうのだ。
 インデックスが上条に呼びかけても、しばらくは気が付かない。
「とうまってば」
「……」
「とうまっ!」
 力いっぱい叫んで、初めて上条は振り向いた。
「あ、……わるい、呼んだ?」
「……クッキー、焼いた。食べる?」
 インデックスが差し出したのは、彼女にしてはあまりにも上手な手製のクッキー。
 しばらく上条は口を開けて、それから訊いた。
「ぇ? ――お前、電子レンジ使えたのか!?」
「つっ、使えるんだよ! 馬鹿にしないでほしいかも!」
「にしてもなんでクッキーが焼けるんだ!? なんで作り方を知ってんだよ!?」
 その質問に、インデックスは少し黙ると、叫び返した。
「てっ……てんげがっ! てんげが教えてっ、くれたから! 『いつか、とうまに作ってあげて』って、笑って言ったからっ!」
 その時、インデックスは、てんげが作ればいいんじゃないのか、と言ったことを聞いた。てんげは哀しそうに笑って、何も答えなかった。
 今まで、泣かなかったのに。ぽろり、と涙が零れてクッキーに落ちた。
「……そっか」
「とうま、てんげは笑ってたの? 辛そうじゃ、なかった……?」
 上条が頷くのを見て、インデックスは俯いた。
 上条はクッキーを手に取り、食べた。
「上手いな、これ」
「うん」
 きっと、天花は上条達が悲しむことを望まない。
 だから、辛そうに話すのではなく、笑って彼女の事を話せるようになろう。
「……今度、一緒に焼いてみっか」
「うん。そうしよう。私がとうまに焼き方を教えてあげるんだよ」
「お前になんか教わるのって変な気分だけどな」
「とうま、失礼だと思わないの?」
「あん? だってお前、実際問題全く社会に対応できてね――ってちょっと!? インデックスさーん、そのがっちんがっちん歯を鳴らすのは乙女としてどうかと……」
「とうまの、ばかー!」
「ぎゃぁああああああああっ、やめろはなれろっ!?」
 二人の挙動はいつもより不自然なものではあった。
 いつものように、心から楽しそうではなかった。それでも日常の為に。
 けれど、天花の事は、忘れたわけではなく。彼女の事を辛い思い出ではなく、楽しい思い出として振り返れるように。
 ――天花が、笑ってくれるようにしていたいから。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー