とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-658

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匿名ユーザー

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                   ◇   ◇

 学園都市二大祭事の一つ、全学合同大規模文化祭、一端覧祭。
 開催をいよいよ明日に控え、学園都市の全学校は授業を取りやめにして準備を行っている。
 大覇星祭のように他校と点数を競いあうといったことはないが、店の売り上げや展示の客入りが多ければ多いほど今後のステイタスになる。そのため学生達の気合の入れようはすさまじかった。
 そんな祭の直前に特有の緊張感に包まれた、ここ第七学区のとある場所にこじんまりとした喫茶店がある。
 小喫茶「かるでら」。
 「開店」の札がやや見えにくい場所にあり、時には喫茶店だと気付かれずに通り過ぎられてしまうこともあるような地味な店だ。しかし格安で質の高いコーヒーや、名物のパイに惚れ込んで足繁く通っている客も少なからずいる。いわゆる隠れた名店という奴だった。
 ただし今日に限っては近所の学校が会場校に選ばれたらしく、その準備に追われているためか昼を過ぎても客足はほとんどない。今店内にいるのはマスターとバイトのウェイター(学生。一見爽やかな好青年だがこの時間にバイトなんかしているあたりある意味で将来有望)を除けば午前中からずっといる男性客が一人だけだった。
 窓際のテーブル席に陣取って、コーヒー一杯でねばり続けているその男は、一見したところでは学生にも教師にも見えない。この街でそれ以外の人種というと研究者くらいしかいないのだが、それこそ一番似合っていない。
 恐らく二十代中盤。学生ではありえない年齢だが、教師にしては纏う雰囲気が剣呑に過ぎる。服装はどこにでもあるような秋物のシャツとズボンだが、サイズがだぼだぼだ。またネックレスには小型携帯扇風機を四つもぶら下げている上に、髪はジェルか染料で固められて毬栗(いがぐり)みたいになっている。スニーカーの靴紐はなぜか1メートルほども垂らされており、廊下側にまで出てきていた。誤って踏んでも気付かれない長さだ、とマスターとウェイターは囁きあう。
 だが、“感心はその程度で終わってしまう”。
 この街で教師にも学生にも研究者にも見えない人物がいれば、それは立派な不審人物だ。極めつけに怪しげな長袋(槍でも入ってそうな長さだ)を携えているとなれば、善良な一般市民はすぐさま警備員(アンチスキル)に通報するべきだろう。
 しかし、マスターもウェイターも全くそんなつもりになれず、「まあそんな人もたまにはいるかな」ですませてしまう。怪しさを打ち消すほど存在感が薄い男だった。
 ――正確には意識して存在感を薄くしていたのだが。完全に消し去るのではなく、最低限度に知覚させることで、駅ですれ違う人の顔のような「その他大勢」に混じることで他者に記憶させないようにする技術。
 戦闘の中よりも社会の中で効果を発揮する技である。そして男はそれを呼吸のように自然に行っている。
 謎の、そしてその謎を感じさせない男はただソファに深く腰掛けて、パラパラと一端覧祭のパンフレットをめくっていた。
 彼が持つのは学園都市内の全会場校を網羅した完全版ではなく、第七学区に限定された縮小版である。
 それを気だるげな眼差しで眺めながら、男は誰かを、あるいは何かを待っているようだった。

 チリリリリーン……という涼やかな音が鳴った。

 音の出所は店の入り口にかけられた小さな鈴だ。こんな日に喫茶店を訪れる酔狂な客が他にもいたのか、と図らずとも店内の人間の感想が一致する。
 控えめにドアを開けて入ってきた客は、またも男性で、またも異様だった。
 身に着けているスーツは葬式帰りかと思えるほどの黒尽くめ。更に見上げるほどの巨躯であった。一人目の客も長身の部類に入るが、明らかにこの男の方が体格がいい。年齢はそういくつも違わないだろう。糸のように細められた目はどこを見ているのか定かではないが、かもし出す雰囲気は不思議と落ち着きを感じさせる。右手には大きめのボストンバッグを持っていた。
 早速暇を持て余していたウェイターが応対する。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「いえ、待ち合わせをしていまして」
 二人目の客はちらり、と窓際の男を見る。最も瞳が見えないほどに目を細めたままなので、あくまでそれらしい挙動をしたということだが。
 ウェイターは、おかしな話もあるものだ、と思いながら黒尽くめの男を席まで案内する。
 一人目の客はパンフレットを閉じ、テーブルを挟んで向かいに座る黒尽くめの男をしげしげと眺めた。
 ウェイターがカウンターに戻ったのを確認してから、長袋の男は口を開く。
 その口調は待ち合わせをしていた仲にしては、刺々しい。
「なあお兄ちゃん。俺の記憶が正しけりゃ、俺はお前さんの顔も見たことがないんだが」
「奇遇だな。私もだ」
 拍子抜けするくらい正直な答えだった。長袋の男の眉間に皺がよる。
「じゃあ何か。男相手のナンパか。そいつぁお断りなのよな」
「これまた奇遇だ。私もそのような趣味は持ち合わせていない」
「…………、ああ分かった。喧嘩売りに来たのかお前さん」
 長袋の男の目つきがさらに険しくなる。気の弱い者なら失禁しかねないほどの殺気が真正面に放たれる。
 しかし黒尽くめの男はわずかに怯みもせずに、細められた――長袋の男はここで初めて気付いたが、彼は目を細めているのではなく完全に閉じていた――目を向けて、
「その通りだ」
 と答えた。
「単刀直入に尋ねる。ここ数日、学園都市第七学区でこそこそとよからぬ動きをしているのは貴様だな?」
「………………………………、」
「何をたくらんでいるのか知らないが、不愉快だ。即刻消え失せてもらおうか」
 断言。ファーストコンタクトが最後通告とは理不尽にも程がある。が、黒尽くめの男の表情にはいささかの冗談も含まれていなかった。
「……、」
 長袋の男は沈黙し、観察し、熟考し、
「はぁ~~」
 嘆息した。
 この上なく気だるげに、長袋の男は言う。
「お兄ちゃん。俺だってまあ、あんまり褒められたことしてるわけじゃないって自覚くらいあるのよ。でもそれを他人にどうこう言われるのはまた別の問題な訳でな。第一、“こそこそ何かやってるのはお互い様だろうに”。折角これまで見逃して来てやったのを自分から喧嘩降りかけて無駄にするかね普通」
「――ほう」
 黒尽くめの男の手が横に置いたボストンバッグの口にかかる。ほぼ同時に長袋の口紐もほどかれていたが。
「警告だけで済ませてやってもいいと思っていたが……そういう訳にもいかなくなった」
「俺はそれでも構わんのだがね。でもお前さんが俺やこの街にいらん迷惑かけようって言うのなら、放ってはおけんなあ」
「は。よく言う。どちらのことだというのだそれは」
 そこで会話が途切れた。
 瞬間、戦場が発生する。
 戦闘を望む者が複数居れば、どこであろうとそこは戦場になるのだ――

「失礼します」

 と、動きだす直前に横からウェイターの声が割って入った。いつの間にかカウンターから戻ってきていたのだろう、地面と平行にした掌の上に色々な物が載せられたお盆がある。
「ご注文はお決まりでしょうか」
 爽やかな営業スマイルを向けられて、黒尽くめの男は一瞬反応に詰まる。
「あ、い、いえ。何かおすすめのようなものはありますか?」
 寿司屋じゃねぇんだから、と長袋の男が小声で言うのを閉じた目で牽制。ついでに一杯飲んだら表出てヤルぞこら、とも伝えておく。
 長袋の男は可笑しげに口元を吊り上げて笑った。了承の意味を込めて。
 ウェイターはそんなやり取りが行われているとは露知らず、変わらぬ営業スマイルで、
「そうですね。本日のおすすめはパンプキンパイとシナモンティーでしょうか。珍しい薔薇の形をした角砂糖もございます。さらには」
 お盆から水の入ったコップ、おしぼり、黒い石のナイフを順に手にとって、
「魔術師の方限定で、全身をバラバラにするサービスも行っております」
 直後。
 窓から注ぐ遠い星の光を集めて、物質分解の魔術が発動した。

 部品(パーツ)に分解され崩れ落ちるテーブルセット。
 それに巻き込まれる前にそれぞれ逆方向へ大きく飛びのいた二人の男は、床に着地するなり全く同時にこう叫んだ。
「「何者だ!」」
 瓦礫の向こう。
 爽やかウェイター――その皮を被っていた少年は石のナイフを手の中で幾度か回転させると、
「何者って、貴方達に言われる筋合いは無いとおもいますが。それにしてもおかしな話もあったものです。まさかこんな何の変哲もない店に魔術師が“三人”も集まるなんて」
 魔術師。
 その言葉に今さらながら男達の背筋が冷える。
 科学至上の学園都市の正逆に位置する世界の住人。それが魔術師だ。
 この少年“も”そうだというのか。
 だが、と長袋の男は恐怖と共に戦慄する。数時間同じ店の中に居たにも関わらず、互いの素性に自分だけが気付けなかった!
 この街にいてもおかしくない学生の身分を装っていたことを差し引いても、「魔」の気配を隠すことにかけては少年の方が上手であるようだった。
 また、ふと店の奥に目をやってみると、マスターが眠るようにカウンターに突っ伏している。さっきの魔術を目撃されることを恐れての少年の仕業だろうが、それすらも不可認の内にやってのけたとは、想像を絶する力量である。
 長袋の男は少年の『役割』を推察した。
「お前さん。暗殺者か」
「いえいえ。とっくに廃業して今はしがないスパイですよ。自分みたいな容姿の人間は、この街に入り込む分には重宝されましてね」
 ナイフの切っ先は右と左、二人の男の間を油断なく揺れ動く。
 すぐに追撃してこない所を見ると、先ほどの物質分解は連発が出来るタイプの魔術ではないらしい。あるいは制限のようなものがあるかだ。その隙に男達は己の獲物を準備する。
 長袋から引き出されるのは、波打つ刃を持った西洋風の長剣――フランベルジェ。
 ボストンバッグから取り出されるのは、小型の弓が機巧(からくり)で取り付けられた篭手。
 男達が装備を整えるのを、少年は黙して許した。余裕からかそれとも時間稼ぎのためか。
 どちらにせよ、武器を下ろさないということは、
「お前さんも混じりたいってことだな?」
「ええ。是非。……自分は静かに日々の暮らしを過ごしていきたいと思っているのに、何故かいつも邪魔が入るので少しムシャクシャしていたところです。それに貴方がたのような輩を見過ごしておくと、申し訳の立たない人が近所にいますしね」
 黒石のナイフが掲げられる。照準は少年の真正面。窓だ。
 長袋の男――もとい長剣の男は野蛮な笑みを見せて獲物を振り上げる。
「ははは。そういや俺の知り合いにもおるのよな。あんたらみたいなのを見かけたら後先考えずに殴りかかりそうなのが。祭りの前だ、余計な気苦労かけさせんよう骨を折っておくのも大人の責任かもしれんわな」
 黒尽くめの男――もとい篭手の男は静かに機巧を動かし弦を巻き上げる。
「奇遇が多いな。私の恩人もこの街にいる。もし彼が貴様らのことを知れば……いや、ここで終わらせれば済むことだ」
 そこで会話は終わった。
 刹那の後。
 閃光と白氷と烈風、三種の力で窓ごと喫茶店の壁が吹き飛ばされたのを合図に、戦場が始まった。















 さて。
 関係ない話はこのくらいにして、そろそろ本筋に戻るとしよう。

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