とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

とある世界の三重記号

最終更新:

index-ss

- view
だれでも歓迎! 編集
1章 一〇月三日 Birthday_of_the_memory

「上条ちゃん? この追試を頑張らないとすけすけ見る見るだけじゃすまないのですよ?」
 静まり返った放課後の教室にいるのは二人の人物。
 教卓からちょこんと頭だけを出しているのは、この一年七組のクラス担任である月詠小萌。身長一三五センチ、見た目年齢一二歳で
発火能力者(パイロキネシス)を専攻しているこの女性は、どう見ても幼女なその体型から『月詠小萌は虚数学区で研究された不老不
死に関する貴重なサンプル』とまで言われるほどだ。
 一方、そんな机にへばりついている平々凡々な高校生——上条当麻は白紙のままの解答用紙を恨めしそうに眺めては担任に抗議の言
葉を送る。
「うだっー! 無理だって! 上条さんには粉末(エルプラーゼ)やら錠剤(メトセリン)やら、その他諸々の薬品の構造式なんて覚
えられません!!」
「なに言ってるのですか! 上条ちゃん以外はみんな完璧だったのです。やればできる子なのですから頑張るのですよ!」
 おぉーっ、と一人で勝手に盛り上がっている担任を横目に上条は溜め息をついた。
 本日の日付、一〇月三日。
 大覇星祭での疲れをイタリアで吹き飛ばす予定のはずが、結局いつもどおりに不幸な上条は向こうでも一暴れしてきたのだ。その結
果が学園都市への強制連行と強制入院である。そして今日にいたるわけだが——、
 ともに追試の常連である青髪ピアスの席を睨みつける。
(なにやってるかわかんねぇ土御門はともかく……アイツまでいないってのはどうゆうことだよ。あんまし考えなかったけど、俺って
魔術とのいざこざで入院ばっかしてろくに勉強してねぇよな? ……いや、普段からしてなかったんだが。もしかして……もしかした
らの話ですが、上条さんすっごいピンチ?)
 そんな上条の不安に気づいたかのように小萌先生が喋りだす。
「一人なのが気になるのですか? 上条ちゃんってば世話がかかるのです……えへ、進級とかテストのことなら心配ご無用なのですよ。
えへへ、上条ちゃんには私がじぃっくりと教えてあげるので、えへえへへへ、覚悟して欲しいのですよー」
 ニコニコニコニコと眩しいほどの笑みを浮かべる小萌先生を見て、今日は終バス乗れねぇな、とひときわ大きく溜め息がこぼれた。

* *


 下駄箱に体を預けてうつらうつらと船を漕いでいる少女を見て、上条は小首をかしげた。
(完全下校時刻すぎてんのに、なにやってんだ?)
 小萌先生のつきっきり補修は結果的に三時間も行なわれた。もはや夕暮れ時を過ぎ、少しずつ夜へ近づいている。
 いつまでも眺めているわけにはいかないので上条は少女に近づく。
「起きろ、姫神。こんなとこで寝てると風邪ひくぞー」
 熟睡状態なのか姫神秋沙はいくら揺さぶっても起きる気配がなかった。
 仕方なく上条は制服の上着を姫神の脚にかけ、その隣に座る。
 部活動も終了して喧騒のすぎさった校舎で、姫神の穏やかな寝息だけがはっきりと聞こえてくる。すぅすぅと繰り返される単調なリ
ズムは、さながら電車の振動のように上条の意識まで奪っていこうとする。
「姫神ー、そろそろ起きねぇか? おーい、姫神さーん?」
 ふらふらと揺れる顔を覗き込む。
 大覇星祭は大変だったし……やっぱ疲れてんだろうな。
 九月十九日から一週間にわたって行われる大規模な体育祭——それが大覇星祭である。その初日、姫神秋沙は魔術師に襲われ重体に
陥った。ローマ正教の『使徒十字(クローチェディピエトロ)』による科学の駆逐。すべての人が成功を望んでいた大覇星祭を奪われ
ること。その恐るべき両事態は避けられたが、姫神はその争いに巻き込まれてしまった。
 カエル顔の医者のおかげで怪我のあともなく今は前と変わらず生活していたようなのだが——。
(どうせ歩いて帰るんだし、もう少し寝させてやるか)
 上条には心地よさそうに眠っている姫神の寝顔がとても神聖なものに感じられた。



 姫神が目を覚ましたのはそれから十分ほど後のことだった。
「お、やっとお目覚めか」
「……」
 寝起きでなかなか焦点が定まらないのか、まだ意識は夢の中なのか、姫神は上条の投げかけに無言で応じた。
「ったく、こんなところで寝るなって——ぐぼぁっ!?」
 上条の言葉を無視してくりだされる手加減無視の右ストレート。吸い込まれるように顔面直撃コースに乗った拳は上条を思いっきり
吹っ飛ばした。姫神の体は震えていて、その視線もいっこうに険しいままである。
 さっきの神聖さはどこへやら、鬼のような気配をまとって立ちつくす姫神だった。

 そんなこんなで上条たちは一緒に放課後の第七学区を歩いていた。
 姫神はというと、さっきの先制攻撃以来ぶすっとしていて取りつく島もなかった。
 そうして何度目かになる押し問答を繰り返していた。
「姫神、なんであんなところで寝てたんだ?」
「君こそ。どうして私の隣にいたの?」
 それに対する弁解も同じものだ。
「いや、さっきのは悪かったって。驚かそうとしてたわけじゃなくて——」
「わかってる。……そんなの。わかってる」
 不意の切返しが今までとは違ったものだったので上条は言葉に困ってしまった。
(んーっ、機嫌は戻ったのか? いや、でも、さっきの一撃は熊でも殺せそうな威力だったしなぁ)
 唸る上条を横目で睨むと少しだけ語気が強くなった。
「なんだかとても失礼なことを考えている気がするんだけど」
「い、いえ! そんな滅相もございません! ワタクシはいつでも世界の平和と愛について真剣に考えています!」
 無言のまま姫神はスタスタと早足で歩いていってしまう。
「……上条君」
 駆け足で追いかけようとした矢先、姫神の声で上条の動きが止まる。
 姫神は振り返らずに前を向いたままだったが、気持ちだけは真っ直ぐに上条に向かっている気がした。
 どんな話をされても驚かずに聞いてやろうじゃねぇか! と気合を入れていた上条だったが、
「君は。七日の予定ある?」
「はい?」
 あっさりと出鼻をくじかれた。
「だから。……秋祭りの日。もう予定は決まっているの?」
 七日。秋祭り。予定。
(なに一つ身に覚えが——じゃなくて、記憶がないから俺にはなんのことだかさっぱり。……ってか、あれ? 駄フラグばっかの上条
さんになにが起きているのですか? この展開って……あれれ? まさか……いや、落ち着け! 相手は姫神だぞ? いや、でも姫神
だって実は結構……じゃなくて! 姫神がこんな大胆な——)
「——君? 上条君?」
「はいっ! で、でもでも上条さんにだって心の準備が——って、姫神ぃっ!?」
 思考の渦に完璧に飲み込まれていた上条は近づいていた姫神にまったく気づいていなかった。



 おかげで裏返った返事をし、挙句の果てには目の前にいた姫神を再びビクつかせ——、

「どうしたの?」

 両手を胸の前で握りしめ、不思議そうな視線を向けてくる姫神がいた。
「あ……いや、そうだよな! さっきと同じノリでもう一回殴るなんて姫神はしないよな!」
「……私のことを。どうゆうキャラだと思っているの?」
 呆れた声で姫神は呟いた。
(あ、でもさっきあんな殺人パンチくらった後だし、それくらいは誰だって警戒するって……いや、姫神さん? あぁ、そんな目で見
ないで! ワタクシ上条当麻にそちらの趣味は……って、青髪ピアスと同じ視線を向けないでぇっ!!)
 うろたえる上条の反応などもとから気にしてないかのように姫神は淡々と話を進める。
「それで。予定はある?」
 そんな姫神のようすに上条も自然と落ち着きを取り戻し、
「ん? いや、予定とかそんなもんねぇけど。っつーか秋祭りだったか? そんなんあるの今知ったしな!」
 上条当麻は夏休みの初め頃から『エピソード記憶』、つまり『思い出』に関する記憶を失っていた。
 その原因はわからないが、上条は自分が記憶喪失だということを隠して生活している。
 全ては一人の少女のため。『記憶を失う以前の』上条当麻を演じ続け、その少女の笑顔を守り通すため。
 禁書目録(インデックス)。
 それが少女の名前だった。完全記憶能力を持った必要悪の教会(ネセサリウス)に所属する魔術師。一〇万三〇〇〇冊の魔道書を記
憶している魔道書図書館。
 インデックスは上条の学生寮でともに生活している。同棲だからといって絵に描いたような素敵イベントがあるわけでもなく、日夜
財布の中身と献立に頭を悩ませるばかりだ。
 そのためこの時期に秋祭りがあることなどまったく知らなかった。
「で……誘うのが俺なんかでいいのか?」
 魔術師やら『非日常(オカルト)』な世界に足を踏み入れて経験豊富な上条だったが、こうゆうことにはめっきりだった。
 上条の発言に一瞬だけきょとんとする姫神。
 それでもすぐに上条の発言を理解したようで、穏やかな笑顔を浮かべて、
「期待させたみたいだけど。それに応えることはできない。みんなで行くつもり」
 その言葉で一気に自分の勘違いを知った上条は、
「そ、そうだよな! みんな! みんなでだよな! HAHAHAッ!! 姫神、言っとくけど、わかってたからな? フラグまみれ
の上条さんにとってこんなの日常茶飯事ですのことよ?」
「ぐだぐだ」
 一言で上条のプライドはぶった切られた。
「はぁ……で、みんなってクラス全員か? だとしたら多すぎじゃね?」
「さすがに全員は無理。残念だけど。私は吹寄とインデックスを誘うから」
 吹寄とインデックスか。
 インデックスは大覇星祭のときにクラスのみんなに溶けこんでしまったので吹寄とも問題はないだろう。
「じゃ、俺は土御門と青髪ピアスとかでいいか?」
「それでかまわない。もう遅いから詳しいことは明日にでも学校で。こんなに遅くまで迷惑かけたよね」
「……じゃあ姫神が残ってたのってこれを俺に言うためだったのか?」
 思えば放課後に姫神と会ってからまともな内容を話したのは今が最初だった。
 ということはその可能性が一番高かったのだが——、
「それが正しいかったとしても。そうゆうことを聞くのは配慮にかけると思う」
「うっ! ……ごもっともで」
 今日だけでかなりの失態を姫神にさらしてしまい、しゅんとなる上条だった。それでも姫神の顔を見ると、まぁいいか、という気に
なってくる。
(あんなことがあったってのに笑っていられるんだから、喜んでいいんだよな?)
 薄っすらと微笑んでいるように見える姫神と別れ、上条は家路を急いだ。



 上条は自分の感性をそれなりに信じていた。
 だから姫神と別れて学生寮に向かう途中の公園で、一人の少女を見たとき思わず立ち止まってしまった。
 時刻は七時半。街灯なしでは道路を歩くのさえ危険なほど夜は深まっている。そんな中で少女は制服姿のまま、ずぶ濡れでベンチに
座っていた。こんな季節に水浴びはありえないだろうし、雨にうたれたなんて論外。となると——、
(強度(レベル)による迫害(いじめ)か……)
 目の前の少女も学園都市において学生として生活しているからには能力を開発したのだろう。ここは時間割り(カリキュラム)で薬
を飲んだり、頭に電極をぶっ刺したりと外から見れば異様なことを平然と行っている。そのため全ての学生がなにかしら開発を施され
、その結果を背負って過ごしている。
 しかし、それは能力の強度(レベル)に大きく依存する。
 学園都市では暴力や学力ではなく能力の強度(レベル)が基本である。結局のところそういった個人の権力を示すものは、必然的に
上下関係を生み出してゆく。原因の全てが環境に依存しているとは思っていないが、当然のように自己の価値を否定されるのだ。周囲
からの反応は大きな一因となるだろう。
(くそっ、あれじゃ本当に風邪ひいちまうじゃねぇか!)
 近くの自動販売機から暖かくて比較的飲みやすそうな『撫子ミルクティー』を買って少女に歩み寄る。少女は上条の気配に気づいて
顔をあげたので、持っていた缶を見せる。
「そんな格好じゃ風邪ひくだろ。これ、おごってやるから」
 少女は手に持っている缶をじぃーっと睨みつけると、
「——ゴメン」
 高めの透き通った声だ。
「ん?」
「おごってくれるんなら、アタシ冷たいのがいいかな。熱いの飲めないんだ」
 少女の体は濡れて冷えていると思ったのだがどうやら取越し苦労だったようだ。しかし、飲めないとはどうゆうことだろう? 猫舌
なら冷めてから飲めばいいだけ。苦手とでも言えばいいはずだ。
(まぁ、言い間違いみたいなもんだろ。気にしても無駄かな)
 缶を少女の隣、ベンチの上に置く。
「ったく、しかたねーな。ちょっと待っててくれよ?」
 「うん」と頷いた少女を背にし、今度は『ヤシの実サイダー』を買ってベンチの隣に座る。
「ほら。これでいいか?」
「ありがと」
 喜んで缶ジュースを受け取る少女を眺める。
 遠くからではっきりと見えなかったのか、少女の制服はそこまで濡れているわけではなかった。少し湿っている程度と言えるかもし
れない。短めに整えられた黒髪はしっとりとして街灯に鈍く輝き、風呂上りのような印象を受ける。しかし、少女の足元にはくっきり
と大きな水溜りの跡が見受けられた。
(事情を聞くのは……やりすぎか? でもとりあえず家出かどうかは確認すっか。そうだったら、申し訳ないけど小萌先生にでも)
 小萌先生はかなりの世話好きで、心理学を応用してまで家出少女を保護する人物。ぶつくさ言われそうだが信頼はできる。
「ね、アタシの顔なんかついてる?」



「うわぁあああっ!?」
 無遠慮に見すぎたのか、少女が上条の顔を覗き込んできた。
「え? やっぱなんかついてるの? たはぁー……恥ずかしぃー」
「いや、そうゆうわけじゃ——」
 そう言うと、お返しとばかりに立ち上がって上条を観察してくる。
「ふーん。……ほぇーっ……ん、……ふむふむ……」
(な、なんだよ。俺が見てたのそんなに嫌だったのか? そうなのか、そうなんだなそうなんですね!?)
 上条は、今にもベンチの上で「ごめんなさい! でもワタクシ上条当麻に不謹慎な気持ちはありませんよ?」と土下座までして謝ろ
うとしていた。潔い言えば聞こえはいいが、もはや情けない条件反射とも言える。
 それを遮るように少女の顔がさらに近づいて、
「アタシ、因幡里数葉(いなばりかずは)ていうの」
「へ?」
 いきなりの自己紹介だった。しかし上条を驚かせるのはこれだけではなかった。

「たはは、いきなりだったか……。んとね、キミが噂の上条当麻クンだね?」

 このずぶ濡れ少女こと、因幡里数葉が言うには、一部で上条は有名らしい。
 曰く、
「だってさぁ、夜にスキルアウトと追いかけっこしたり、街中で意味わかんない能力者と喧嘩してたり……果ては常盤台中学の超能力
者(レベル5)ともバチバチやってるじゃん? しかもかなりの入院経験者でお見舞いにはお菓子とおもちゃが大好きなシスターさん
までやってくるらしいじゃない! こりゃ気になるってものよ。そう思わない?」
 加えて、
「それに同じ学校の子は『ストライクゾーンは幼女から教師まで』とか『角を曲がれば女の子にぶつかってる』とか『立てたフラグは
三桁を超えた』とか言われてるみたいだし。あぁ……なんか『カミやん病は空気感染するんだにゃー』とか『カミジョー属性は鉄壁の
女すら攻略するんや』とか意味わかんないことも言われてるよね」
 と言うことらしい。
(あの野郎ども俺がいないところでそんな評価を……。この憎しみどうしてやろうか? ここは思い切って、階段の踊り場にある窓か
ら二人を投げっぱなしジャーマンスープレックスで池にぶち込んでやるってのがいいか)
 と上条がクラスにいる二人の馬鹿への報復を考えていると、
「それなのに……無能力者(レベル0)、だもんね。そりゃ有名になるでしょ」
 上条は今の因幡里の言葉に少しだけ影を感じた。
 自分自身が無能力者(レベル0)だからこそ感じるものなのか、それとも因幡里自身が与えるものか。どちらにせよいい気分になる
ような気配ではない。
 とりあえず当初の予定どおり家出かどうか聞こうとした上条だったが、
「んじゃ、アタシそろそろ行くよ! これでアタシにもフラグが立ったみたいだし、また会えるかもね?」
「なっ、おい! ちょっと待てって!」
 たははっ、と——少し変な笑い方だが——笑いながら因幡里は駆け出していってしまった。
 一人残された上条はぼんやりと照らされた公園の時計に目をやって不意に思った。
 インデックスを忘れていた。
 ただ今の時刻は午後八時すぎ。寮に着くにはもう三〇分ほどかかるだろう。
 帰宅すればあの欲望丸出し腹ペコシスターがいることを考えると、今から頭がズキズキと痛む上条だった。


2章一〇月四日Float_one's_feeling

 姫神秋沙は朝早くから顔の火照りを抑えきれずにいた。
「私の頬。リンゴみたい」
 自分の部屋に備え付けてある鏡には面白いほど真っ赤に染まった自分の顔が写っていた。
 姫神は『三沢塾』の事件から月詠小萌のアパートで居候の身だったのだが、転校を機に学校の寮へ移動していた。もともと家事は苦
手ではなかったので、ここでの生活にも特に不自由はない。
「秋祭り。……とうとう誘っちゃった」
 昨日のことを思い出しただけでも嘘のように体中が熱をもっていくのがわかる。
 当初、姫神は上条を誘うつもりはなかった。これは二・三日前に決めたことではなく、秋祭りの日程が決定した九月上旬から考えて
いたことだ。
(私なんかが誘ったって迷惑なだけだと思ってたけど——)
「喜んでくれてた……。と思う」
 自分の口からでた言葉に一層恥ずかしさがこみ上げてくる。
「——こんな顔じゃ学校行けない」
 洗面台に汲んでおいた水でめいっぱい顔を洗う。首筋を流れる水滴もその少し冷たすぎる温度が今は心地よかった。


「なるほどね。私は貴様ら三バカの手綱(たづな)を握ってればいいわけね?」
 上条がクラスのおでこ委員長である吹寄制理に秋祭りのことを提案したときの反応である。
 前髪の片方をヘアピンでとめ、なかなかに豊かな体つき、通販の健康グッズにどっぷりはまっている吹寄は秋祭りのお誘いに快く了
承した。そのため今は休み時間を利用して教室前の廊下で詳細を話し合っている最中だった。
「カミやん? それにしても秋祭りだなんて、いったいどうゆう気違いなん?」
「そうなんだにゃー。俺だってカミやんのことだから、どうせ家でゴロゴロしてると思ってたんだぜい?」
 上条以外の三バカと名づけられた人物、青髪ピアスと土御門元春が二人ともニヤニヤしながら口を開いた。その顔から本気で理由を
気にしていないことが経験則として理解でる。
「そう言えばそうね。上条当麻、そこの所、私にも納得できるように説明してくれる?」
 吹寄の発言に上条は首をひねった。
 どうやら姫神は吹寄にも自分から誘ってはいないようだ。この話し合いだって姫神が「秋祭りの話し合い。君はみんなを呼んできて
ほしい」と言うので、上条が吹寄たちに声をかけていた。
(吹寄なんか、俺が声かけたら「私は貴様になんかなびかないわよ!」とか意味わかんねぇこと言ってたし。姫神、まだクラスのみん
なに馴染めてないのか? やっぱ少し内気なとこがあるし、まだ恥ずかしいのか? そうならこれは姫神を吹寄に慣れさせる大チャン
ス! 名付けてっ、『吹寄制理ろめろめ大作戦』!! ……いや、大作戦はいいけど、ここで俺がばらしていいものか?)
 どう答えようかと思って横目で姫神を見ると、普段はあまり起伏の少ない表情だがその質問が予想外だったのか、ほんのり頬を赤く
しながら上条の方をじぃっと見つめていた。
(くそぅ! 俺任せってやつですか? これは——)
「いやいや、俺がそんなこと考えちゃいけないと言いますか! この上条当麻さんは変わりゆく季節感を大切にする趣きある詩人です
よ? こういった行事はふるって参加するに決まってるじゃないですか。さらに友達思いの上条当麻ですから親友たちを誘って祭りに
くりだすのですよ!」



 上条が選んだのは、姫神が誘ってきたことを隠すという選択肢だった。
「……どうせこの機会に新しい出逢い(フラグ)を探すんでしょう? なんたって貴様は『上条当麻』なんだし」
 一言でこの場の雰囲気がガラリと変わった。
(あれ? 姫神優先の選択すぎて吹寄さんがお怒りモードですか? もしかして選択肢……間違えた? 自分で言うのもなんだけど、
このフラグ王である上条当麻さんが?)
 何をしでかそうというのか、吹寄がじりじりとにじり寄ってくる。
「上条当麻……今日こそその腐った性根を——」
「はーい! みんなさん、授業を始めるので教室に戻ってほしいのですよ。チャイムが鳴るまでに戻らないとビシッと授業で指名しち
ゃいますからねー。今日は小萌先生も開発に関わった変換器(トランジスタ)の試験品(テストモデル)を使って擬似的ではあります
けど、発火能力者(パイロキネシス)を再現してみようかと思うのです。だから、指名されちゃうと被験者(モニター)になっちゃう
かもしれないですよー?」
 大きく声を張り上げながらバスケットボールほどの大きさの試験品(テストモデル)を抱えた小萌先生が登場した。
「と言っても、どうせ誰かにやってもらうんですけどねー。……って、なんでみんなさん一斉に教室に戻っちゃったんですか? そり
ゃぁ、小萌先生が戻ってって言いましたけど……そんなにやりたくないのですか? 小萌先生たちの力作なのですよ!?」
 学園都市で開発された能力者用の多種多様な試験品(テストモデル)。開発で得られたデータを基に設計され、能力者の性能を高め
たり、警備員(アンチスキル)や風紀委員(ジャッジメント)の武装などに活用される。学園都市の治安維持や低レベルの能力者にと
ってはこういった開発品も重要なことだ。しかし、そこはやはり試験品(テストモデル)。失敗する確立の方が高い現状では誰も被験
者(モニター)などやりたがるはずもなかった。
 涙目になりながら訴える小萌先生に同情はするが、ここは背に腹はかえられないので上条も一歩遅れたが教室に戻ろうとした。
 その眼前で教室のドアがぴしゃりと閉まる。
「なっ!?」
 ドアの小窓からニヤニヤした土御門の顔が覗いている。声は聞こえないが、その口がこう語っていた。
『カミやん、尊い犠牲は必要だにゃー』
「てめぇ、なに人を生贄に捧げてんだ! 上条さん一人じゃ人柱にもならないし、真っ赤な石だって練成できないですよ? ってか、
俺が無能力者(レベル0)だって知ってんだろ!? 土御門、このっ——開けろってんだ!」
 硬く閉じられたドアと格闘し始めた上条の背後から、素晴らしく眩しいのに背筋が凍るほどの気配がする。
 振り返ると——、
「上条ちゃーん? まったくしょうがない子なのですよー、えへへ、そんなに被験者(モニター)がやりたかったのですか? えへ、
上条ちゃんが開発熱心な生徒に育ってくれて、えへへ、小萌先生はすっごく嬉しいのですよ、えへへへへ、そうです! 放課後の警備
員(アンチスキル)用の武装開発にも参加してくれますか? なんか忍耐強い能力者の被験者(モニター)が必要らしいんですよねー
、えへえへへ」
 小萌先生は感動の臨界点を突破してしまったのか、先ほどの吹寄よろしく、小萌先生もその小さな体ながらかなりの威圧感で迫って
くる。小さな笑顔に収まっている細められた瞳に上条は恐怖を覚えた。
「小萌先生、なんか様子がおかしいですよ? いつものかわいい顔が台無しになってますし、落ち着いた方が……って、ちょっと! 
そんなギラギラと目を光らせないでください!」
「えへへ、『かわいい』だなんて……担任に言う台詞じゃないのですよ。それとも……えへ、上条ちゃんは小萌先生を女性として見て
くれるのですか? とっても嬉しいですけど、えへえへへ、それなら『きれい』の方がよかったのです、えへへへへ、でも、教師と生
徒なんで諦めてほしいのですよー」
 一歩間違えれば小萌先生のフラグを立てていたようだが、今はそんなこと考えている暇はなかった。



 すぐ近くまで、世話焼きの鬼がやってきていた。
「小萌先生、上条さんは実験体(モルモット)にはなりたくありません! ここはなんとか見逃して——って、あれ? ちょっ——ぐ
げっ!!」
 上条は背中がドアにぶつかって退路を絶たれたと諦めた……のだが、そこにドアはなく寄りかかろうとした上条は背中から教室に倒
れてしまった。受身をとる余裕もなく、後頭部をしたたかに打ちつける。
「上条君。大丈夫?」
「ひ、姫神……」
 見上げた先には、心配してくれているのか、少し眉根を寄せている姫神の顔があった。遠くで小萌先生が「あわわっ! 上条ちゃん
が倒れちゃったのです! 平気ですか、上条ちゃーん?」と騒いでいるが、ここは被験者(モニター)を避けるため無視しておく。
 倒れたまま、姫神に声をかける。
「あぁ、俺は大丈夫だけど……ドア開けたのって、もしかして姫神?」
「そう」
「結果として、とりあえず助かった。ありが——っとぉおおお!?」
 お礼を言うために姫神を見ようとした瞬間に上条は自分の首を思いっきり横に曲げて視線を逸らした。
(今気づいたんですが、姫神さん立ってましたよね? そんでもってこの学校の制服は一般的なセーラー服。この位置から見上げると
必然的に例の光景が視界に入ってしまうはず。上条さんは健全な学生ですが、それ以前に誠実な男の子なので、ここで姫神を見てはい
けないと思うのです。というか、それは御坂妹のポジションなのでは——とトウマは自分の心中を包み隠さず吐露してみます)
 不自然な行動がバレたのではと、ダラダラと嫌な汗をかく上条を一瞥した姫神は、
「見えてるんじゃない。見せてるの」
「なにぶっちゃけてるんですか、姫神さん! ——って今度は吹寄ぇ!?」
 思わずノリで声のした方に向いてしまったが、そこにあるはずのものはなく……あるのは吹寄の光り輝くおでこ。
 よく見ると吹寄の肩越しに姫神がいた。
 どうやら上条が首を変な方向に曲げている間に姫神は移動していたようで、
「上条当麻、貴様はやっぱり一回ぐらいは死んだ方がいいと思わない? それがいいわよねそうよねそうしましょう!」
「自己完結ネタ!? 吹寄さん、それは上条さんの専売特許で——いぎゃぁあああ!!」
 悲鳴とともに額に大きなタンコブをもらって床をのたうつ上条。
「えーっと……それじゃ、昨日の続きからなのです。みんなさん、テキストの準備はおーけーですか?」
 ちょっと前から成り行きを眺めていた——慌てすぎて事態を治められなかった——小萌先生はひきつりながらも笑顔をたやさなかっ
た。慣れとは怖いものである。


「——上条ちゃん、ちょっといいですか?」
 悲惨だった授業が終わった直後、上条は小萌先生に呼ばれて廊下に連れ出された。
(なんの用だ? まさか……昨日の追試、そうとうやばかったのか? もしかして追追試? うだー……上条さんに開発の試験はきつ
すぎなんですよ。勉強したってなんの成果もないってのに、集中なんてできませんのことよ?)
 廊下の端、あまり人の気配がしないところまできて、やっと小萌先生は口を開いた。

「上条ちゃんは……因幡里ちゃんとお知り合いなのですか?」

 一瞬、聞き違いかもしれないと思ったので、声が裏返らないようにして小萌先生に聞き返す。
「因幡里って……因幡里数葉、ですか?」
「そうなのです。やっぱり上条ちゃんのお知り合いだったのですね。一応ですが、どうやって会ったのか説明してほしいのです」



 つい昨日聞いたばかりの名前が小萌先生から聞こえて上条は驚きを隠せなかった。しかし、ここで慌てるのもおかしいので声を落ち
着けながら上条は話し始めた。
 昨日の追試のあと、帰るのが遅くなったこと——姫神のことは除く。
 帰り道にある公園で見知らぬ少女がびしょ濡れになっていたので、思わずいじめにあっていると思ったこと。
 話しかけるとその子が因幡里数葉と名乗り、一〇分ほど話して因幡里は帰っていったこと。
 上条の話を聞き終えると小萌先生は妙に納得したかのように、うんうんと一人で頷いている。そして、すっと人差し指を立てて、
「因幡里ちゃんは一週間くらい前からウチに居候しているのです。自分のこともたくさん話してくれるとてもいい子なのですよ。小萌
先生が話を聞いた限り強度(レベル)によるいじめとかは受けてないと思うのです。びしょびしょだったのは……たぶん、因幡里ちゃ
んの能力のためですね。だから上条ちゃんは心配しなくてもいいのですよー」
(能力? 水力使い(ハイドロハンド)なのだろうか? 自分自身が濡れていたということは能力の制御ができていない?)
 上条の疑問などお見通しというかのように小萌先生は続けた。
「ところで……ですけど、上条ちゃんは自分の能力が影で話されるのは嬉しいですか? ふふっ。因幡里ちゃんも同じなのです。小萌
先生も上条ちゃんの性格は知ってますからね、ちょっとのことでも気になるのも納得なのです。でも、気になったのなら本人から聞く
べきなのですよー。因幡里ちゃんなら放課後にはもう小萌先生のアパートにいるはずなので、帰りにでも顔を出してほしいのです。上
条ちゃんが来たら、因幡里ちゃんもきっと喜ぶのですよ」
 「それでは、お願いしますねー」と言って小萌先生は次の授業へ向かっていった。
 小萌先生の言ったとおりだと思った。俺が勝手に考えたって、それじゃ相手を値踏みするようなことだし……放課後、空いた時間で
会いに行くか。そう決心して、なんだかんだで小萌先生が尊敬に値する人物だと再認識した上条も教室に戻ろうとした。

「上条君。また女の子と関わったの? しかも私と別れた後すぐに」

 背後からの声に、ぎくぅっと上条の肩がすくんでしまった。
「ひ、姫神!? いつからそこに?」
「君がその女の子とのいきさつを話したあたりから」
「いや……いたなら声かけてくれればいいのに」
 しかし、ほとんど最初から姫神はこの話を聞いていたのなら、小萌先生はなぜなにも言わなかったのだろうか。やはり姫神は見つか
らないように隠れていたのか。どちらかと言えば後者の方がありそうなのだが。そうならそうで、盗み聞きはいけないことだと注意し
なければいけない。



「——ってか、小萌先生には見つからなかったのか?」
 上条の問いにゆっくりと首を振る。
「小萌先生は私が君の後ろにいたことを知っていた。私がこうしたら——」
 そう言って小さな唇の前で右の人差し指を立てて、しぃーというジェスチャーをする。
「黙っていてくれた。さすが小萌先生」
(なんでだよ、小萌先生……)
 全身の力が一気に脱力していく。今すぐにでも、うだーっとしたいところだが、ここは廊下なのでそうもいかない。
 気だるい体を引っ張って姫神と一緒に教室へ戻る。
 その途中、
「どうして私が誘ったことを言わなかったの?」
「ん? あ、あぁ……なんつーか、言っていいのか迷ったから結局、ってとこかな。吹寄にも自分から言ってないんだろ?」
「そう。了解」
 言葉どおりに、満足げな表情をしていた姫神だったが、
「でも君はまた別の女の子に関わっていく。……やっぱり。私って報われない」
 ぽつりとこぼした。
「いや、だから、あれはだな……」
 あきらかに不機嫌で、ともすれば頬でも膨らましかねない感じだったが、慌てふためく上条の様子に姫神がくすりと笑った。
(なんだかこの頃……姫神もよく笑うようになったような気がするな。さっきみたいに冗談だって言うようになったし)
「だけど——」
 一転。姫神が真剣な顔をした。
「秋祭りは。……ちゃんと来てほしい。絶対に来てほしい」
 真摯な瞳が上条を見据える。
 普段の姫神からはあまり感じられない、焦燥、当惑、懇願、様々な感情が混ざったような複雑な表情に見えた。それは口にした言葉
にも表れていた。誰かに何かを頼むとき、姫神は『絶対に』などの強い言葉をあまり使っていないと思う。上条が考えていた以上に、
姫神はこの秋祭りを重要視しているようだった。
「あたりまえだろ? 約束だ……必ず行くから。姫神とは大覇星祭のナイトパレードも一緒に見れなかったしな」
 力強く宣言した上条に、姫神は心の底から安堵したふうだった。
 上条の事件に飛び込んでいく性格から考えれば、新しい人物との関わりが心配にならないはずがなかった。わずか二・三ヶ月の関係
だが、姫神もそれを十二分にわかっているのだろう。
 二度も約束を破るわけにはいかない、と上条は思った。
 ある少女と同じように、この少女の笑顔も曇らせてはいけないものだと、小さく右手を握りしめた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー