『並行世界(リアルワールド)』
神と人の拳が交わる時、
空間が歪む。
時間が歪む。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が激突した。
深紅の瞳が上条当麻を見つめる。
ドラゴンの背中から生えている『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が、上条当麻を囲い込むように迫りつつあった。
神すら殺せる能力を持つ少年も、右手以外はごく一般的な男子生徒と変わらない。
「やべっ!」
地面が削れ、周囲の物体と共に消滅させる一歩手前で、上条当麻は一〇メートル以上の高さを跳び上がった。
ドラゴンは、上条当麻の浮遊が『魔王』のベクトル操作によるものだと一瞬で理解した。事実、上条当麻の肉体は、触れた時から『魔王』の支配下にある。ドラゴンは『竜王の脚(ドラゴンソニック)』によって、瞬時に座標を変更した。
再び、二人の上条当麻は拳を交えた。
ドラゴンは上条当麻の鋭い右ストレートを回避し、重い膝蹴りを胸部に叩き込んだ。
「がはッ!」
肋骨が軋む。
口から嗚咽が零れた。
反動を受け流し、空中で一回転した上条当麻は、二発目の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を放つ。ドラゴンの左足に神殺しの拳が突き刺さった。
「GuYaaaaaaHHHHHHHHHataevokeokoth…!!」
ガラスを割るほどの振動数を持った叫びが轟いた。
(これで…ドラゴンソニックは使えないっ!)
上条当麻は、最大の問題を払拭した。
『時間転移(タイム・テレポート)』をされてしまえば、ドラゴンを滅ぼせる唯一の奇跡は潰え、作戦は失敗に終わってしまう。
痛みに耐えかねたドラゴンは、『竜王の顎(ドラゴンストライク)』で上条当麻の頭部を噛み砕こうとするが、勢いよく空を切った。紐に引かれる凧のように、少年の身体は後退した。
上条当麻に狙いを定め、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』が発射される。
刹那、
(アプリケーション〇〇九一。検体番号(シリアルナンバー)二〇〇〇一号。個体名、ラストオーダーより起動の申請。
検体名、アクセラレータ以外の申請は、パスワード――クラス『A』の入力が必要。
入力確認、開始―――――――――――――――――――――――『レッドE.M.』と判定。
『受理』
〇〇九一。アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』を確認。『マザー』による検体名、アクセラレータの存在を確認。
『三次元空間』演算による座標指定。――――――――――――――――――――完了。
アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』。
起動―――――――――――――――――――――――――――――――――――開始)
『打ち止め(ラストオーダー)』の無機質な声が、白髪の少年の脳内に響き渡る。
だが、白髪の少年には届かなかった。心の内に鳴り響く轟音に、全てが掻き消されていく。
AIM拡散力場――――――――――――――――class;9,99。Level『S』と断定。
ヴァルハラとのアクセスによる『共振』を感知。
IFM振動数を空間周波数から逆算―――――――――――――――――――――成功。
248,91[Dz/s] 。SLF;9861,000[BQ/s]。
エマージェンシーモードのレッドアクセスのため、カウント00.00
『竜王の翼(ドラゴンウイング)』に関するステータスを確認。
ヴァルハラとのシンクロ率―――――――――――――――――――――――2.00%
ゴッドマターの出力量――――――――――――――――――――――――グリーン
アプリケーション〇〇九一。正常動作―――――――――――――――――――確認
『接続(アクセス)』―――――――――――――――――『完了(コンプリート)』)
『一方通行(アクセラレータ)』の背中から噴出した黒翼は、光線の軌道を捻じ曲げる。
ブバァアッッ!と。
屈折した閃光は空を突きぬけ、立ち込める雲を吹き飛ばし、ドロドロとした暗黒の翼が光を遮った。
「同じ手は何度も喰らわねェンだよッ!」
白髪の少年は叫ぶ。
「当麻!走れ!」
「言われなくても分かってるぜ!シンラ!」
大地を踏みしめ、少年は突き進む。
「早く行きなさい!当麻!」
少年の道を阻む『闇』を、一七億ボルトの雷撃が吹き飛ばした。
黒マントを羽織った御坂美琴は叫ぶ。恋人と目を合わせることなく、彼女の意思は通じ合った。
「愛してるぜ!美琴!」
「私も愛してるわよ!当麻!」
地下水路が剥き出し、舗装された道路は見る影すら無い。至る所に漂う『闇』は、駆け抜ける少年を見つめた。
『ドラゴンウイング(竜王の翼)』の余波で、傾いていた高層ビルがついに崩壊を始めた。大小問わず、幾多の瓦礫が少年の頭上に降り注ぐ。
「おおぅ!?」
だが、
「行け。世界の英雄よ」
バゴォッ!と。
一人の聖人がガラティーンを振るい、薙ぎ払った。
シャツが斬り裂かれ真っ赤に染まっていたが、インデックスの『神々の楽園(ヴァルハラ・ディ・リューベヌ)』の魔術によって完全に治癒している。
「ウィリアム!『騎士団長(ナイトリーダー)』!」
『騎士団長(ナイトリーダー)』は剣多風水が生み出した双剣で、『闇』を次々と葬り去っていた。動きを最小限にとどめ、両腕を小刻みに揺らし致命的な斬撃を随所に与えていく。
「我々の役目はこれで終わりだ。頼むぞ。英国の救世主」
背中越しに語る姿は、騎士そのものだった。
「当麻くーん!」
「ベイロープ!?」
銀髪の少女が上条に大きく手を振る。ドロシー、フロリス、ランシスの『新たなる光』のメンバーが『闇』と交戦していた。北欧神話の雷神トールを基とした礼装を用いる魔術結社であったが、今では正式に神上派閥の一派として属している。
「負けたりなんかしたら許さないからな!」
「ど、どこにいるの!?トーマは!」
上条当麻を視認できていない金髪碧眼のフロリスが、うろうろと辺りを見回していた。声をかけたかったが、背後に迫る、槍を持った『闇』を見て、上条は息を呑んだ。
間に合わない!と、上条が思ったとき、一発の九ミリパラベラム弾が、『闇』を撃ち抜いた。
銃声が鳴る方角を見ると、硝煙を上げるベレッタW78を持ったミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニン)』が、
「ゼロ!お前も来てたのか!?」
「ひどいなー。こんなにワクワクする場所には居るに決まってんじゃん!ブーブー…あっ!それとフロリス!一つ貸しだからね!」
髑髏マークの帽子を深くかぶり、にこやかに叫んだ。
『当麻様!』
今度は周囲に散らばる『妹達(シスターズ)』の叫び声が重なる。
アサルトライフルの残弾は底を突き、今は電撃の槍による攻撃を行っていた。一年前では、統一性が見られた少女たちも、周囲の環境や摂取する食糧、生活習慣から、一人ひとりに個性が出始めている。今では髪型や性格、体系にも変化が見受けられる。
「ミサカ達…お前らも愛してるぜ!」
「っ!!」
だが、変化しないものもある。
「任務の完遂は最優先事項だとミサカ一九〇九〇号は、ネットワークを通じ、全シスターズに厳命します!」
上条当麻の笑顔を間近で見てしまったミサカは頬を赤く染めた。
『…我々の、誰一人が、欠けても、当麻様は…喜びませんと、ミサカ一〇〇三二号は…重要事項、を再確認させます』
肉体を喪失した『打ち止め(ラストオーダー)』に変わり、司令塔であるミサカ一〇〇三二号は、ドラゴンの波動に当てられ戦線離脱しているが、戦況を逐一集め、戦略を練る役割を担っていた。
全シスターズが声を上げる。
『了解(ラジャー)!!』
突如として、少年の進むべき道の縁側が、五〇〇〇度を超える炎で赤く彩られた。
「期待しててくれよ!バードウェイ!」
「…ふん」
ベロアパンツに付着していた土を取りながら、頭に巻いていた包帯を捨て去り、火の魔術で燃やしていた。普段から高飛車な性格を演じている彼女にとって、格好悪い姿は見せたくなかった。それが意中の相手なら尚更である。
彼女の複雑な心中をお構いなしに、上条は笑顔を見せた。
バードウェイは腕を組み、そっぽを向く。
「オッレルス!オリビア!」
中央に群れる『闇』が、空高く吹き飛ばされた。
オッレルスの『北欧王座(フリズスキャルヴ)』が起こした現象であり、聖人であるシルビアが片っ端から『闇』を捌いていた。イギリスの片隅に住んでいる二人だが、一人は『魔神』に成り損ねた魔術師であり、もう一人は世界に二〇人といない聖人。その戦闘力は凄まじさは、かつて刃を向け合った者同士だからこそ分かる。
「ミスタ、カミジョー!世界を救ってくれ!」
「こいつに会う前にお前と会ってたら、惚れてたかもね、私♪」
「俺もそうかもしれなかったな」
「…がははっ!その年で甘い冗談も言えるようになったか!ますます末恐ろしいな!お前は!」
シルビアは豪快に笑う。
ドパァン!と『北欧王座(フリズスキャルヴ)』により空気が圧縮され、闇の軍勢は一瞬で消え去った。
「…さっきのは冗談だよな?」
「さあ?」
オッレルスの答えは、軽く受け流された。ふらりと立ち寄ったミラノで人身売買を行っていた組織を潰せても、長年付き添ったパートナーの心情を未だに掌握できない、ヘたれ男だった。
「ステイル?」
「さっさと行け。あの子を悲しませるような事をしたら、僕は許さないぞ。地の果てまでも追いかけてやる」
『魔女狩りの王(インノケンティウス)』の炎で、『闇』は一向に近寄れない。知能が低いのか、『闇』の兵隊は次々に特攻し、火の海へと消えていく。上条当麻と幾多の戦場を共にしてきたステイル=マグヌスだが、彼とは未だに相容れない。インデックスの事が絡むと、彼に理屈や常識は通じない。仮にこの二人が違う形で出会っていれば、無二の戦友になれたのかもしれない。
上条当麻のすぐ横を、ロングソードが物凄いスピードで通過した。『闇』を貫き、コンクリートで出来た柱に突き刺さる。冷や汗をかいた上条が後ろを振り返ると、
「久蘭お姉様を誑かした罪で、貴方を八つ裂きにしてやりたいところですが…」
元から無表情な彼女だが、今はその三倍ほど冷え切った瞳で、『大能力者(レベル4)』の『金属使い(メタルオブオーナー)』、剣多風水は彼を見ていた。
至宝院久蘭との一件で彼女と知り合った。一人の男性として認めつつも、愛しのお姉様に並び立つには相応しくない、というのが剣多風水の評価だった。この点に置いては白井黒子と共通した感情があるようだ。
だが、今だけは認めなければならない。
彼だけが、この戦いを勝利に導く男なのだと。
剣多風水は深く頭を下げた。
「久蘭お姉様を悲しませるような事だけは、しないでください…」
「当たり前だろ!」
上条当麻は即答する。
「行ってらっしゃいませ。ご主人様」
栗色の髪が揺れる。スカートの両端を摘まみ、黒のメイド服に身を包んだ少女の姿は、まごうこと無きメイドそのものだった。
両手に精製されたカットラスを握る。
華麗なる剣舞が再開した。
「七閃!」
銃弾よりも速い鉄線が、『闇』の軍勢を屠る。
「上条当麻!神戮が第四章を終えると、世界は破滅します!急いでください!」
ビンテージの青ジャケットを羽織り、血で染まったシャツを隠している神裂火織は叫んだ。
「言われなくても分かってるさ!」
天草式の人々も、
「任せたぞ!当麻君!」
「当麻の兄ちゃん!頑張れよ!」
「五和の事は感謝する!私たちの事は気にせず突っ走るんだ!」
彼らの言葉を聞いて、上条の心は熱くなった。
皆を守りたい。
それだけが上条当麻の願いだった。
「人の為に善いこと」と書いて『偽善』。
誰かに言われたことがある。
自分が行っている正義はただの偽善であると。
上条当麻は「偽善使い(フォックスワード)」だと。
だが、それでもいいと、彼は思った。
自分の身を犠牲にしてでも、救われる誰かがいるならば、
自分が血を流す分だけ、涙を零す人が少なくなるならば、
上条当麻は突き進む。
正義を貫き、一人の少女の運命を変えた。
正義を貫き、一人の少女の命を救った。
正義を貫き、一〇〇〇〇人の少女の命を救った。
正義を貫き、死ぬべき運命を背負った人々を救った。
正義を貫き、国を救った。
正義を貫き、世界を救った。
だからこそ、人々は彼を『英雄』と称える。
『希望』と言う名の重荷を彼は背負っていた。一人の青年の背中には重すぎる代物だ。色々な伝説を作り上げた人物とはいえ、特異な右手を持っていることを除けば、ごく一般的な高校生にすぎない。大事は一人では成しえない。人一人の出来る事には限界がある。自身の力量を知っている。
だからこそ、英雄は仲間を求める。
人々は強烈な指向性に惹かれる。一つの目的の為に人々が集まり、行動するからこそ大事を成す。
『竜王(ドラゴン)』は強大だ。
単体で世界に匹敵する強さを持つ。
だからこそ、ドラゴンを倒す、という目的を成す為に上条当麻は仲間を頼った。
彼を慕う雲川芹亜が中心となってプランを立て、
彼を慕うインデックスが助言し、
彼を畏怖するイギリス清教が協力し、
彼を崇拝するローマ正教が従い、
彼と契約した魔術結社が手を貸し、
彼が住む「学園都市」が同意した。
奇跡は一人では起こらない。奇跡は人々が作り上げる。
上条当麻は右手を握りしめたまま走った。多くの仲間が作った一つの道をひたすら走った。
時を越え、危機を乗り越え、ここまで辿りついた。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』をドラゴンにぶつける。それだけのために上条当麻は走った。
瓦礫を蹴り飛ばし、もう一人の上条当麻は目の前だった。
少年は右手に力を込める。
その時だった。
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
『竜王(ドラゴン)』が顕在化する。
上条当麻の拳が空を切った。
「なっっ…!?」
もう一人の上条当麻は『闇』に呑み込まれた。
空を覆う漆黒の翼。
大地を踏みしめる片足の凶悪な爪。
地を這う竜尾。
金剛の鱗で覆われた蛇のような胴体。
そして、鈍く輝く深紅の瞳。
封印を解かれた『竜王(ドラゴン)』は真の姿を現す。
禍々しい雄叫びが、人間の心を凍りつかせた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
そして、その姿は夜空に溶け込む。
「ドラゴンが…世界と、同化した?」
神裂の呟きが木霊する。
声では無い。
人間が反応できる言語では無い。
ただ理解する。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(滅――)
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(セ――)
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(ヨ――)
「滅セヨ」という意味を持っている事だけが、人間には分かった。
雲を突き抜け、青く染まる闇夜から「何か」が迫りつつある。
だが、人々は迫る危機が大きすぎるがゆえに感知できなかった。
グシャァアアアアアアアッッッ!!!
巨大な竜王の腕が、学園都市を押し潰した。
神と人の拳が交わる時、
空間が歪む。
時間が歪む。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が激突した。
深紅の瞳が上条当麻を見つめる。
ドラゴンの背中から生えている『竜王の翼(ドラゴンウイング)』が、上条当麻を囲い込むように迫りつつあった。
神すら殺せる能力を持つ少年も、右手以外はごく一般的な男子生徒と変わらない。
「やべっ!」
地面が削れ、周囲の物体と共に消滅させる一歩手前で、上条当麻は一〇メートル以上の高さを跳び上がった。
ドラゴンは、上条当麻の浮遊が『魔王』のベクトル操作によるものだと一瞬で理解した。事実、上条当麻の肉体は、触れた時から『魔王』の支配下にある。ドラゴンは『竜王の脚(ドラゴンソニック)』によって、瞬時に座標を変更した。
再び、二人の上条当麻は拳を交えた。
ドラゴンは上条当麻の鋭い右ストレートを回避し、重い膝蹴りを胸部に叩き込んだ。
「がはッ!」
肋骨が軋む。
口から嗚咽が零れた。
反動を受け流し、空中で一回転した上条当麻は、二発目の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を放つ。ドラゴンの左足に神殺しの拳が突き刺さった。
「GuYaaaaaaHHHHHHHHHataevokeokoth…!!」
ガラスを割るほどの振動数を持った叫びが轟いた。
(これで…ドラゴンソニックは使えないっ!)
上条当麻は、最大の問題を払拭した。
『時間転移(タイム・テレポート)』をされてしまえば、ドラゴンを滅ぼせる唯一の奇跡は潰え、作戦は失敗に終わってしまう。
痛みに耐えかねたドラゴンは、『竜王の顎(ドラゴンストライク)』で上条当麻の頭部を噛み砕こうとするが、勢いよく空を切った。紐に引かれる凧のように、少年の身体は後退した。
上条当麻に狙いを定め、『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』が発射される。
刹那、
(アプリケーション〇〇九一。検体番号(シリアルナンバー)二〇〇〇一号。個体名、ラストオーダーより起動の申請。
検体名、アクセラレータ以外の申請は、パスワード――クラス『A』の入力が必要。
入力確認、開始―――――――――――――――――――――――『レッドE.M.』と判定。
『受理』
〇〇九一。アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』を確認。『マザー』による検体名、アクセラレータの存在を確認。
『三次元空間』演算による座標指定。――――――――――――――――――――完了。
アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』。
起動―――――――――――――――――――――――――――――――――――開始)
『打ち止め(ラストオーダー)』の無機質な声が、白髪の少年の脳内に響き渡る。
だが、白髪の少年には届かなかった。心の内に鳴り響く轟音に、全てが掻き消されていく。
AIM拡散力場――――――――――――――――class;9,99。Level『S』と断定。
ヴァルハラとのアクセスによる『共振』を感知。
IFM振動数を空間周波数から逆算―――――――――――――――――――――成功。
248,91[Dz/s] 。SLF;9861,000[BQ/s]。
エマージェンシーモードのレッドアクセスのため、カウント00.00
『竜王の翼(ドラゴンウイング)』に関するステータスを確認。
ヴァルハラとのシンクロ率―――――――――――――――――――――――2.00%
ゴッドマターの出力量――――――――――――――――――――――――グリーン
アプリケーション〇〇九一。正常動作―――――――――――――――――――確認
『接続(アクセス)』―――――――――――――――――『完了(コンプリート)』)
『一方通行(アクセラレータ)』の背中から噴出した黒翼は、光線の軌道を捻じ曲げる。
ブバァアッッ!と。
屈折した閃光は空を突きぬけ、立ち込める雲を吹き飛ばし、ドロドロとした暗黒の翼が光を遮った。
「同じ手は何度も喰らわねェンだよッ!」
白髪の少年は叫ぶ。
「当麻!走れ!」
「言われなくても分かってるぜ!シンラ!」
大地を踏みしめ、少年は突き進む。
「早く行きなさい!当麻!」
少年の道を阻む『闇』を、一七億ボルトの雷撃が吹き飛ばした。
黒マントを羽織った御坂美琴は叫ぶ。恋人と目を合わせることなく、彼女の意思は通じ合った。
「愛してるぜ!美琴!」
「私も愛してるわよ!当麻!」
地下水路が剥き出し、舗装された道路は見る影すら無い。至る所に漂う『闇』は、駆け抜ける少年を見つめた。
『ドラゴンウイング(竜王の翼)』の余波で、傾いていた高層ビルがついに崩壊を始めた。大小問わず、幾多の瓦礫が少年の頭上に降り注ぐ。
「おおぅ!?」
だが、
「行け。世界の英雄よ」
バゴォッ!と。
一人の聖人がガラティーンを振るい、薙ぎ払った。
シャツが斬り裂かれ真っ赤に染まっていたが、インデックスの『神々の楽園(ヴァルハラ・ディ・リューベヌ)』の魔術によって完全に治癒している。
「ウィリアム!『騎士団長(ナイトリーダー)』!」
『騎士団長(ナイトリーダー)』は剣多風水が生み出した双剣で、『闇』を次々と葬り去っていた。動きを最小限にとどめ、両腕を小刻みに揺らし致命的な斬撃を随所に与えていく。
「我々の役目はこれで終わりだ。頼むぞ。英国の救世主」
背中越しに語る姿は、騎士そのものだった。
「当麻くーん!」
「ベイロープ!?」
銀髪の少女が上条に大きく手を振る。ドロシー、フロリス、ランシスの『新たなる光』のメンバーが『闇』と交戦していた。北欧神話の雷神トールを基とした礼装を用いる魔術結社であったが、今では正式に神上派閥の一派として属している。
「負けたりなんかしたら許さないからな!」
「ど、どこにいるの!?トーマは!」
上条当麻を視認できていない金髪碧眼のフロリスが、うろうろと辺りを見回していた。声をかけたかったが、背後に迫る、槍を持った『闇』を見て、上条は息を呑んだ。
間に合わない!と、上条が思ったとき、一発の九ミリパラベラム弾が、『闇』を撃ち抜いた。
銃声が鳴る方角を見ると、硝煙を上げるベレッタW78を持ったミサカ『〇〇〇〇〇号(フルチューニン)』が、
「ゼロ!お前も来てたのか!?」
「ひどいなー。こんなにワクワクする場所には居るに決まってんじゃん!ブーブー…あっ!それとフロリス!一つ貸しだからね!」
髑髏マークの帽子を深くかぶり、にこやかに叫んだ。
『当麻様!』
今度は周囲に散らばる『妹達(シスターズ)』の叫び声が重なる。
アサルトライフルの残弾は底を突き、今は電撃の槍による攻撃を行っていた。一年前では、統一性が見られた少女たちも、周囲の環境や摂取する食糧、生活習慣から、一人ひとりに個性が出始めている。今では髪型や性格、体系にも変化が見受けられる。
「ミサカ達…お前らも愛してるぜ!」
「っ!!」
だが、変化しないものもある。
「任務の完遂は最優先事項だとミサカ一九〇九〇号は、ネットワークを通じ、全シスターズに厳命します!」
上条当麻の笑顔を間近で見てしまったミサカは頬を赤く染めた。
『…我々の、誰一人が、欠けても、当麻様は…喜びませんと、ミサカ一〇〇三二号は…重要事項、を再確認させます』
肉体を喪失した『打ち止め(ラストオーダー)』に変わり、司令塔であるミサカ一〇〇三二号は、ドラゴンの波動に当てられ戦線離脱しているが、戦況を逐一集め、戦略を練る役割を担っていた。
全シスターズが声を上げる。
『了解(ラジャー)!!』
突如として、少年の進むべき道の縁側が、五〇〇〇度を超える炎で赤く彩られた。
「期待しててくれよ!バードウェイ!」
「…ふん」
ベロアパンツに付着していた土を取りながら、頭に巻いていた包帯を捨て去り、火の魔術で燃やしていた。普段から高飛車な性格を演じている彼女にとって、格好悪い姿は見せたくなかった。それが意中の相手なら尚更である。
彼女の複雑な心中をお構いなしに、上条は笑顔を見せた。
バードウェイは腕を組み、そっぽを向く。
「オッレルス!オリビア!」
中央に群れる『闇』が、空高く吹き飛ばされた。
オッレルスの『北欧王座(フリズスキャルヴ)』が起こした現象であり、聖人であるシルビアが片っ端から『闇』を捌いていた。イギリスの片隅に住んでいる二人だが、一人は『魔神』に成り損ねた魔術師であり、もう一人は世界に二〇人といない聖人。その戦闘力は凄まじさは、かつて刃を向け合った者同士だからこそ分かる。
「ミスタ、カミジョー!世界を救ってくれ!」
「こいつに会う前にお前と会ってたら、惚れてたかもね、私♪」
「俺もそうかもしれなかったな」
「…がははっ!その年で甘い冗談も言えるようになったか!ますます末恐ろしいな!お前は!」
シルビアは豪快に笑う。
ドパァン!と『北欧王座(フリズスキャルヴ)』により空気が圧縮され、闇の軍勢は一瞬で消え去った。
「…さっきのは冗談だよな?」
「さあ?」
オッレルスの答えは、軽く受け流された。ふらりと立ち寄ったミラノで人身売買を行っていた組織を潰せても、長年付き添ったパートナーの心情を未だに掌握できない、ヘたれ男だった。
「ステイル?」
「さっさと行け。あの子を悲しませるような事をしたら、僕は許さないぞ。地の果てまでも追いかけてやる」
『魔女狩りの王(インノケンティウス)』の炎で、『闇』は一向に近寄れない。知能が低いのか、『闇』の兵隊は次々に特攻し、火の海へと消えていく。上条当麻と幾多の戦場を共にしてきたステイル=マグヌスだが、彼とは未だに相容れない。インデックスの事が絡むと、彼に理屈や常識は通じない。仮にこの二人が違う形で出会っていれば、無二の戦友になれたのかもしれない。
上条当麻のすぐ横を、ロングソードが物凄いスピードで通過した。『闇』を貫き、コンクリートで出来た柱に突き刺さる。冷や汗をかいた上条が後ろを振り返ると、
「久蘭お姉様を誑かした罪で、貴方を八つ裂きにしてやりたいところですが…」
元から無表情な彼女だが、今はその三倍ほど冷え切った瞳で、『大能力者(レベル4)』の『金属使い(メタルオブオーナー)』、剣多風水は彼を見ていた。
至宝院久蘭との一件で彼女と知り合った。一人の男性として認めつつも、愛しのお姉様に並び立つには相応しくない、というのが剣多風水の評価だった。この点に置いては白井黒子と共通した感情があるようだ。
だが、今だけは認めなければならない。
彼だけが、この戦いを勝利に導く男なのだと。
剣多風水は深く頭を下げた。
「久蘭お姉様を悲しませるような事だけは、しないでください…」
「当たり前だろ!」
上条当麻は即答する。
「行ってらっしゃいませ。ご主人様」
栗色の髪が揺れる。スカートの両端を摘まみ、黒のメイド服に身を包んだ少女の姿は、まごうこと無きメイドそのものだった。
両手に精製されたカットラスを握る。
華麗なる剣舞が再開した。
「七閃!」
銃弾よりも速い鉄線が、『闇』の軍勢を屠る。
「上条当麻!神戮が第四章を終えると、世界は破滅します!急いでください!」
ビンテージの青ジャケットを羽織り、血で染まったシャツを隠している神裂火織は叫んだ。
「言われなくても分かってるさ!」
天草式の人々も、
「任せたぞ!当麻君!」
「当麻の兄ちゃん!頑張れよ!」
「五和の事は感謝する!私たちの事は気にせず突っ走るんだ!」
彼らの言葉を聞いて、上条の心は熱くなった。
皆を守りたい。
それだけが上条当麻の願いだった。
「人の為に善いこと」と書いて『偽善』。
誰かに言われたことがある。
自分が行っている正義はただの偽善であると。
上条当麻は「偽善使い(フォックスワード)」だと。
だが、それでもいいと、彼は思った。
自分の身を犠牲にしてでも、救われる誰かがいるならば、
自分が血を流す分だけ、涙を零す人が少なくなるならば、
上条当麻は突き進む。
正義を貫き、一人の少女の運命を変えた。
正義を貫き、一人の少女の命を救った。
正義を貫き、一〇〇〇〇人の少女の命を救った。
正義を貫き、死ぬべき運命を背負った人々を救った。
正義を貫き、国を救った。
正義を貫き、世界を救った。
だからこそ、人々は彼を『英雄』と称える。
『希望』と言う名の重荷を彼は背負っていた。一人の青年の背中には重すぎる代物だ。色々な伝説を作り上げた人物とはいえ、特異な右手を持っていることを除けば、ごく一般的な高校生にすぎない。大事は一人では成しえない。人一人の出来る事には限界がある。自身の力量を知っている。
だからこそ、英雄は仲間を求める。
人々は強烈な指向性に惹かれる。一つの目的の為に人々が集まり、行動するからこそ大事を成す。
『竜王(ドラゴン)』は強大だ。
単体で世界に匹敵する強さを持つ。
だからこそ、ドラゴンを倒す、という目的を成す為に上条当麻は仲間を頼った。
彼を慕う雲川芹亜が中心となってプランを立て、
彼を慕うインデックスが助言し、
彼を畏怖するイギリス清教が協力し、
彼を崇拝するローマ正教が従い、
彼と契約した魔術結社が手を貸し、
彼が住む「学園都市」が同意した。
奇跡は一人では起こらない。奇跡は人々が作り上げる。
上条当麻は右手を握りしめたまま走った。多くの仲間が作った一つの道をひたすら走った。
時を越え、危機を乗り越え、ここまで辿りついた。
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』をドラゴンにぶつける。それだけのために上条当麻は走った。
瓦礫を蹴り飛ばし、もう一人の上条当麻は目の前だった。
少年は右手に力を込める。
その時だった。
「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆」
『竜王(ドラゴン)』が顕在化する。
上条当麻の拳が空を切った。
「なっっ…!?」
もう一人の上条当麻は『闇』に呑み込まれた。
空を覆う漆黒の翼。
大地を踏みしめる片足の凶悪な爪。
地を這う竜尾。
金剛の鱗で覆われた蛇のような胴体。
そして、鈍く輝く深紅の瞳。
封印を解かれた『竜王(ドラゴン)』は真の姿を現す。
禍々しい雄叫びが、人間の心を凍りつかせた。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
そして、その姿は夜空に溶け込む。
「ドラゴンが…世界と、同化した?」
神裂の呟きが木霊する。
声では無い。
人間が反応できる言語では無い。
ただ理解する。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(滅――)
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(セ――)
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
(ヨ――)
「滅セヨ」という意味を持っている事だけが、人間には分かった。
雲を突き抜け、青く染まる闇夜から「何か」が迫りつつある。
だが、人々は迫る危機が大きすぎるがゆえに感知できなかった。
グシャァアアアアアアアッッッ!!!
巨大な竜王の腕が、学園都市を押し潰した。