とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 7-815

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とある騎士(ナイト)の要人警護(エスコート)


序 章 黒幕と右腕の国外追放令 Nostalgia_of_Tyrant.


全英事変―――イギリス全土を巻き込んだクーデターから二週間後のロンドン・ヒースロー空港。すでに夜の帳が下り、日付が変わると共に新しい月を迎えて間もない、冷え切った深夜の滑走路の上。一般のものより一回り大きい大型旅客機の機内に、妙齢の女性の姿があった。窓側の座席に腰掛け、どことなく名残惜しげに外の風景を眺めていた女性が、思い出したように口を開く。
「―――感慨深いものだな。……これまで公務で国を離れたことはあったが、こんな形で祖国を発つ日が来るとはな」
女性の言葉は、誰かに話し掛けたというよりは独り言に近かった。彼女の他にもう一人、席に着いていたにも拘らずだ。
女性の向かいには、男が一人座っていた。三〇代半ば頃の中々の美男子で、英国紳士を絵に描いたような佇いだった。
男は言葉を返すべきか考え、やがて躊躇いつつも尋ねる。
「……後悔しておられるのですか?」
言った途端に、出過ぎた発言だったと後悔した。彼女の心境を鑑みれば、今の問い掛けは適切ではないだろう。
しかし女性は特に気にした様子もなく、外を見たまま返事をする。
「そーではない。私はイギリスを他国の干渉をものともしない、強い国にしたいと望んだ。私なりの大義と、それを成し遂げる覚悟を持って変革に臨んだ。―――暴君は後ろを振り返りはしない」
女性の声に感情(こころ)はなく、ただ唇から零れるように言葉が紡がれる。その目は外の景色を見詰めたままだ。
何か気になるものでもあるのかと、男も小窓に視線をやる。しかしそこには、一般の旅客機との差別化のために他から隔絶された、だだっ広い無機質な滑走路が延びているだけのはずだ。夜間の離着陸のために埋め込まれた誘導灯が、そこに滑走路が存在している事を示していた。暗闇に等間隔に点灯する人工の光など、特に意識して見るべき物であるとは思えない。
だとすれば、女性の心を惹きつけているものは別にある事になる。
彼女は後悔していないと言った。だが、
(……本当にそうだろうか?)
計画の冒頭から彼女の側に仕えてきた男には、彼女の覚悟の大きさが誰よりも理解できた。暴君としてその名を歴史に刻む事も厭わずに、ただ祖国の行く末を憂い変革を望んだ、一人の王女の覚悟を見た。
それでも、クーデターは失敗に終わってしまった。身も心も、全てを懸けた計画はついえてしまった。自身の死すら計画の結末(フィナーレ)として呑み込んでいた彼女が、今何を考えているのか―――彼女の騎士である彼ですら、掴み切れずにいた。
「お前の方こそ、後悔はしていないの? 騎士団長(ナイトリーダー)」
小窓から外を見たまま、彼女は続ける。
「無期刑の国外追放。そう裁かれたのは計画の首謀者たる私だけだし、お前達『騎士派』はクーデター終盤に騒乱の鎮圧に尽力したとして、僅かだが減刑されたはず。それなのに、わざわざ私に付いて来るとはな」
騎士の長の称号を冠する男は外の景色から視線を戻し、女性の問いに答える。
「クーデターの直後に行われた“公式(ノーマル)の”国民総選挙の結果を受けて、私なりに考え抜いた答えですから。私としては、本来『騎士派』全体が負うべき咎を自分一人で償うことで、部下達への処罰を不問にする事を許して下さった女王陛下に、むしろ感謝したいくらいです」
毅然とした騎士団長の答えに、女性は鬱陶しそうに鼻を鳴らす。
「ふん。ローマ・フランスとの戦争が迫るこの時期に、イギリスの武力を司る『騎士派』の大半を裁く訳にはいかないだろーが。お前一人が欠けるだけでも、結構な痛手になると思うがな」
「恐れながら。……我ら騎士の力など微々たるもの。貴女が未来を憂えた祖国には、頼もしい民と王がいます。何も問題はないかと思―――」
「うるさい。黙れ」
紳士の軽口(彼にそのつもりはないが)を女性の言葉が打ち消し、男を黙らせる。


その時、ポーンと軽快な音が鳴って、続けて女性の声で離陸を告げる事務的なアナウンスが“日本語で”流された。音声にシートベルトを確認するよう促され、騎士団長が尋ねる。
「キャーリサ様、この席で宜しいのですか? 乗客は我々二人だけですし、もっと良い席もありますが」
通路の先を指し、より相応しい座席(ファーストクラス)を薦める騎士の長に、
「ここでいーの。……ほんの僅かな間でも、祖国の風景を眺めていたい。もう二度と、見る事もないかもしれないし」
キャーリサと呼ばれた女性は素っ気なく答える。英国王室三姉妹の中でも『軍事』に秀でる“第二王女だった女”は、騎士団長には一瞥もくれずに外の景色に目を向ける。
その憂いを帯びながらもどこか投げやりな彼女の態度に、騎士としての条件反射が飛び出てしまう。
「ッ―――そのような事にはなりません。刑期が定まっていないという事は、いつか何らかの恩赦により帰還を許される可能性が残っているという事です。その日を迎えられるまで、貴女を如何なる苦難からもお守り申し上げる事を、我が名誉に懸けて誓います」
騎士団長の台詞に誇張や誤魔化しは一切ない。自身の宣言を貫き通すだけの覚悟と技量が、彼には備わっている。
―――騎士たる者、貴婦人を敬うべし。一人前の騎士が遵守すべき戒めの一つに、そうある。
あらゆる騎士の頂点に立つ者として、沈んだ気持ちの女性を放ってはおけない。彼は騎士として、普段通りに務めを果たそうとしたのだ。
……だが、今回はそう上手くはいかなかった。迂闊にも彼は失念していた。
騎士団長の宣誓を聞いたキャーリサは、ようやくゆっくりと彼の方に向き直った。
その表情は驚いているようにも、呆れているようにも、嘲っているようにも見えた。それらは渾然一体となり、一つの感情へと昇華する。
即ち―――

「……ぬかせ。お前への信用など、私に刃を向けた時点で地に堕ちているの。お前がまだ自分を騎士の長だと思っているのなら、はっきり言ってやろーじゃないか。お前など、もはや騎士ですらない。仕える主を二度も変え、ただの変節漢に成り下がったお前に、一体何が守れるというの?」

冷めた目のキャーリサは、唇の端を歪めて容赦ない言葉を浴びせかける。
「…………、」
騎士団長は答えられない。自身に突き付けられた主君の感情―――それは騎士にとって死刑判決にも等しい。
―――失望。
(分かっては、いた)
主君への裏切りは、騎士にあるまじき行為。それを二度も犯した者に、どんな評価が下されるか―――わざわざ考えるまでもない。
(……分かっていた……)
だが―――それでも、
「……それでも、私は貴女を守ります。王国の騎士としての私を信用して頂けないのでしたら―――」
騎士団長は胸元から純金の勲章のようなものを取り外す。それは彼の誇りを体現した、盾の紋章(エスカッシャン)をあしらった識別章。
(思えば、これを外すのは今回で二度目になるのか。……随分と安(かる)くなったものだな)
自らの紋章(ほこり)に、しばし目を落としていた騎士団長はキャーリサの前に跪き、うやうやしくそれを捧げる。
「……一人の男として、私は今度こそ貴女のための盾となり、剣となりましょう」
目の前に差し出された騎士の誇りを見下ろし、怪訝な顔をしながらもそれを受け取るキャーリサ。誓いを立てた男を蔑ろにするほど、残酷な女ではない。
「ふん、勝手にしろ。……相変わらず、気持ちの悪い男だな」
彼女は再び窓の外に視線を戻し、そこで会話が中断された。


数分後、二人を乗せた旅客機は空高く飛翔していた。空気を切り裂き雲を突き抜け、未だ眠らない祖国(イギリス)の瞬きが見えなくなってから、キャーリサは騎士団長の方を向く。先ほど預かった騎士の誇りを二本の指で摘み、彼に見せつけるようにして、
「なるほど、お前の覚悟はよく分かった。この識別章はしばらく私が預からせてもらう」
そう言って、それを手荷物の中にしまう。
「今この瞬間から、お前は英国に仕える騎士ではなくなった。お前はこれより、正真正銘、私専用の従者。存分にこき使ってやるから、私のためにせいぜい働くがいーの」
小悪魔を思わせる意地悪な笑みを浮かべた彼女は、自分の騎士(しもべ)にそう告げた。
それを聞くと同時、騎士団長は自分でも驚くほど安堵している事に気づいた。
それはキャーリサの信用を、僅かでも得る事ができたと思ったから?
多分、違う。
もうずっと前から、彼女のこんな顔を見ていないような気がする。
とはいえ、まだ自分を使ってくれる事は確かに嬉しく、彼は昴る心を抑えようと使い慣れた常套句(せりふ)を口にした。
「畏まりました。王女殿下(Yes. Your Highness.)」
しかし、いつにも増して敬意を込めて言ったつもりが、彼女の表情が曇った事に気づく。
「その呼び方はやめろ。今のお前が王国の騎士ではないよーに、……私はもはや、王族ではないのだし」
そう言って寂しげな顔をするキャーリサ。またやってしまった、と自身の未熟を自覚する騎士を気に掛けてかどうかは分からないが、
「……お前は英国に仕えるのではなく、ただ私に跪くと誓ったはずだろーが。同じことを二度も言わせるな」
と、挑みかかるように念を押した。
そうでしたねと応じつつ、何気に酷くなっている自身への扱いすら心地よく思う騎士団長。
王族の位を剥奪され祖国を追われた女と、彼女にのみかしずく一介の騎士となった男。
どんな形であれ、また主従の絆を結べた事に、彼は素直に安堵する。
「申し訳ありません。お嬢様(Yes. My Lord.)」
「そーだ、それでいーの。……だが勘違いするなよ。今現在、私のお前への信頼など下の下。私の信用を得たいのなら―――そーだな、私の命令に絶対服じゅ、ぅぷ」
言い終わる前に、キャーリサの言葉が不自然に途切れた。口を手で押さえたまま、何かを必死に堪えているようだ。
「大丈夫ですかお嬢様。ご気分でも優れませんか?」
「だ、いじょーぶだ。ぅぷ、目的地、まで、んむ、どれくらい、だっけ? ……っむぷ」
「本当に大丈夫ですか? このまま加速していけば、およそ一時間ほどで到着するはずです」
「そー、か。って、一時間!? かかか加速!? この旅客機は今、ななな何キロで、飛んでるぅおおおおぇええええええええええええええええ!!」
「予定では、間もなく時速七〇〇〇キロを超えるそうです」
「ぁんの、クソババァどもォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はしたないですよ、お嬢様」


薄れゆく意識の中、キャーリサは小窓から外を見た。
雲海よりも遥かに上空―――超音速飛行を実現するための超高空は夜間飛行も相まって、もはやどこまでが天空(ソラ)でどこからが宇宙(ソラ)なのか区別がつかない。濃紺のグラデーションを纏った空間が、小さな窓枠によって切り取られている。
もしもこの景色を額縁に入れて飾ったなら、人々はどんな感想を抱くだろうか。
説明を聞けば、多くの人は空を描いた風景画と認識するだろう。
人によっては、何らかのメッセージを内包した抽象画か寓意画と捉えるかもしれない。
では、彼女にとってはどうだろうか。
透明な小窓に顔を寄せると、次第に空の彼方が白んでいくのが見える。―――夜明けは近い。
やがて蒼みを増していく空にぼやけて、物憂げな女性の顔が写る。
しかし、鏡の中に求めるものをどれほど探しても―――


―――彼女が愛した祖国(ふるさと)は、もうどこにも見えはしなかった。


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