イギリスのウォータールー駅から徒歩五分の所にある日本食街。
その一角の中にある、とあるスシレストラン 『AMAKUSA』 は、開店してから日が浅いものの、従業員の接客や、
メニューの豊富さ、さらにイギリス人好みの味付けなどにより、すっかり地域に住む人の人気スポットとなった店である。
時刻はまだ朝を迎えたばかりであるため、人通りは少ないが、ランチ時や夜などにはお客の絶えないところでもある。
そのレストランからさらに10分ほど離れたところには、そこで働く従業員一同が住めるよう、アパートメントひとつを
丸々借り切った建物がある。
そのアパートメントの一室で、一人の少女が一心不乱に作業をしていた。
「ふんふふんふんふーん♪」
鼻歌交じりに作業を続ける彼女。ともすれば簡単そうな作業に見えるかもしれないが、意外に手先の器用さが求められる
それを、しかし、鮮やかな手捌きでこなしていく。
そうして、彼女がなおも作業を続けていると、
『トントン』
と、ノックの音が響いた。
「はいはーい。どうぞー」
手元の作業を止めずに、返事だけを返す少女。
部屋の主の返事を聞いて、キィ、という音とともに扉が開けられる。
「五和ー、準備できたー? もう朝ごはんだよー………って、うわっ、何これ?!」
半分ほど開いた扉から顔を覗かせながら少女に呼びかけた女性はしかし、部屋の中のありさまを見て思わず声を出した。
「これって、アイリス………? こんなに沢山、いったいどうしたのよ………って、あんた何やってんのよ?!」
慌てて問いかける女性の目を追えば、五和と呼ばれた少女が傍らに挿してあった花瓶の中からアイリスの花をまとめて
何本か引き抜き、その茎から葉っぱをむしっているところだった。
「何って、見ての通りですけどー?」
問いかけられた五和の方にはしかし、慌てた様子は無い。
おもむろに全ての葉っぱをむしり終えると、葉っぱを手元に取り置き、残りの花を別の花瓶に挿し替えていく。
そして、何枚かの葉っぱをまとめると、違う葉っぱでそれを器用に縛っていく。それが済むと違う葉っぱをまとめ上げ、
また葉っぱで縛っていく。そうして手元の葉っぱが無くなれば、また花瓶からアイリスを引き抜いて葉っぱをむしっていく。
彼女は先ほどからこの作業を繰り返していたようである。
「…………いやまったく分かんないんだけど?」
部屋に入ってきた女性がその光景を見ながらなおも問いかける。まあ、うら若き少女が部屋にこもって一心不乱にむしった
葉っぱを束ねているのを見て一発で何をしているかなんてまず分からないだろう。これが花を束ねているのならばまだ理解も
しやすいというものだが、葉っぱの方をとなると、首を捻るしかないというものである。
そんな女性の様子に、五和は手元の作業をやめて向き直り、説明をする。
「もう、今日は五月五日ですよ。端午の節句じゃないですか。だから、その準備をしてたんですよー」
そう言われても、女性の方は今ひとつ理解しかねている様子である。
「いや、今日が五月五日で端午の節句だってのは分かるけどさ、何でアイリスの葉っぱをむしってんの?」
もっともな意見である。端午の節句にアイリスは関係ないはずである。……いや、直接的な関係は無かった、筈?
それに対して、
「あ、それはですねー、本当は菖蒲(しょうぶ)を用意したかったんですけど、ここじゃ用意できなかったんでアイリスで代用して
みたんですよー。やっぱりこういうのは形が無いと盛り上がりませんからねー」
どうやら菖蒲の代わりにアイリスの葉っぱを使って何やらやっているのか、と答えを聞いた女性は再び作業を再開した五和と
その周りにある幾つかの出来上がった品物を見て、ようやく合点がいったように呟いた。
「ああ、なるほど、薬球(くすだま)か………」
その一角の中にある、とあるスシレストラン 『AMAKUSA』 は、開店してから日が浅いものの、従業員の接客や、
メニューの豊富さ、さらにイギリス人好みの味付けなどにより、すっかり地域に住む人の人気スポットとなった店である。
時刻はまだ朝を迎えたばかりであるため、人通りは少ないが、ランチ時や夜などにはお客の絶えないところでもある。
そのレストランからさらに10分ほど離れたところには、そこで働く従業員一同が住めるよう、アパートメントひとつを
丸々借り切った建物がある。
そのアパートメントの一室で、一人の少女が一心不乱に作業をしていた。
「ふんふふんふんふーん♪」
鼻歌交じりに作業を続ける彼女。ともすれば簡単そうな作業に見えるかもしれないが、意外に手先の器用さが求められる
それを、しかし、鮮やかな手捌きでこなしていく。
そうして、彼女がなおも作業を続けていると、
『トントン』
と、ノックの音が響いた。
「はいはーい。どうぞー」
手元の作業を止めずに、返事だけを返す少女。
部屋の主の返事を聞いて、キィ、という音とともに扉が開けられる。
「五和ー、準備できたー? もう朝ごはんだよー………って、うわっ、何これ?!」
半分ほど開いた扉から顔を覗かせながら少女に呼びかけた女性はしかし、部屋の中のありさまを見て思わず声を出した。
「これって、アイリス………? こんなに沢山、いったいどうしたのよ………って、あんた何やってんのよ?!」
慌てて問いかける女性の目を追えば、五和と呼ばれた少女が傍らに挿してあった花瓶の中からアイリスの花をまとめて
何本か引き抜き、その茎から葉っぱをむしっているところだった。
「何って、見ての通りですけどー?」
問いかけられた五和の方にはしかし、慌てた様子は無い。
おもむろに全ての葉っぱをむしり終えると、葉っぱを手元に取り置き、残りの花を別の花瓶に挿し替えていく。
そして、何枚かの葉っぱをまとめると、違う葉っぱでそれを器用に縛っていく。それが済むと違う葉っぱをまとめ上げ、
また葉っぱで縛っていく。そうして手元の葉っぱが無くなれば、また花瓶からアイリスを引き抜いて葉っぱをむしっていく。
彼女は先ほどからこの作業を繰り返していたようである。
「…………いやまったく分かんないんだけど?」
部屋に入ってきた女性がその光景を見ながらなおも問いかける。まあ、うら若き少女が部屋にこもって一心不乱にむしった
葉っぱを束ねているのを見て一発で何をしているかなんてまず分からないだろう。これが花を束ねているのならばまだ理解も
しやすいというものだが、葉っぱの方をとなると、首を捻るしかないというものである。
そんな女性の様子に、五和は手元の作業をやめて向き直り、説明をする。
「もう、今日は五月五日ですよ。端午の節句じゃないですか。だから、その準備をしてたんですよー」
そう言われても、女性の方は今ひとつ理解しかねている様子である。
「いや、今日が五月五日で端午の節句だってのは分かるけどさ、何でアイリスの葉っぱをむしってんの?」
もっともな意見である。端午の節句にアイリスは関係ないはずである。……いや、直接的な関係は無かった、筈?
それに対して、
「あ、それはですねー、本当は菖蒲(しょうぶ)を用意したかったんですけど、ここじゃ用意できなかったんでアイリスで代用して
みたんですよー。やっぱりこういうのは形が無いと盛り上がりませんからねー」
どうやら菖蒲の代わりにアイリスの葉っぱを使って何やらやっているのか、と答えを聞いた女性は再び作業を再開した五和と
その周りにある幾つかの出来上がった品物を見て、ようやく合点がいったように呟いた。
「ああ、なるほど、薬球(くすだま)か………」
端午の節句。
古代中国にその起源を持つとされるそれは、中国においては邪気を払い健康を祈願する日とされ、野に出て薬草を摘んだり、
蓬で作った人形を飾ったり、菖蒲(しょうぶ)酒を飲んだりする風習があった。蓬や菖蒲は邪気を払う作用があると考えられていた。
現代の日本においても菖蒲や蓬を軒に吊るし、菖蒲湯(菖蒲の束を浮かべた風呂)に入る風習が残っている。
古代中国にその起源を持つとされるそれは、中国においては邪気を払い健康を祈願する日とされ、野に出て薬草を摘んだり、
蓬で作った人形を飾ったり、菖蒲(しょうぶ)酒を飲んだりする風習があった。蓬や菖蒲は邪気を払う作用があると考えられていた。
現代の日本においても菖蒲や蓬を軒に吊るし、菖蒲湯(菖蒲の束を浮かべた風呂)に入る風習が残っている。
日本においては、男性が戸外に出払い、女性だけが家の中に閉じこもって、田植えの前に穢れを祓い身を清める儀式を行う
五月忌み(さつきいみ)という風習があり、これが中国から伝わった端午と結び付けられた。
宮中では菖蒲を髪飾りにした人々が武徳殿に集い天皇から薬玉(くすだま:薬草を丸く固めて飾りを付けたもの)を賜った。
かつての貴族社会では薬玉を作りお互いに贈りあう習慣もあったという。(現代電子演算相互互助辞典:Wikiより引用)
五月忌み(さつきいみ)という風習があり、これが中国から伝わった端午と結び付けられた。
宮中では菖蒲を髪飾りにした人々が武徳殿に集い天皇から薬玉(くすだま:薬草を丸く固めて飾りを付けたもの)を賜った。
かつての貴族社会では薬玉を作りお互いに贈りあう習慣もあったという。(現代電子演算相互互助辞典:Wikiより引用)
「で、こっちのやつは何なの?」
そう問いかけられた先には、薬球と呼ばれた品物よりも幾らか作りの甘いようにも見受けられる物があった。
「そっちのは、菖蒲湯に使うためのものですよー」
言われてみれば、確かに菖蒲湯に使うものはあまりガチガチに固めておいては上手くいかないだろう。
しかし、
「菖蒲湯をアイリスで、ねぇ………」
「えー、良いじゃないですか。手に入らないのならあるもので代用すればいいんですし。私たち天草式はその土地その風土に
溶け込んで発展していくものですよー。菖蒲もアイリスも似たようなものですし、大丈夫ですよー」
対する五和は実に楽観的に話している。
しかし、五和の部屋にあるアイリスの花から作られたもの、いや、現在進行形で増え続けているものは明らかにその量が
多いように思える。この部屋全体を埋め尽くすほどのアイリス、まあ、そこから葉っぱだけを取ったとしてもその数は今現在
このアパートメントに住んでいる住人全てと照らし合わせてもいささか多いように見受けられる。
それについて尋ねられると、五和は、えへへ、と照れたように笑いながら、
「あの人にも、あげたくて……」
と体をもじもじとさせながら言った。
そう問いかけられた先には、薬球と呼ばれた品物よりも幾らか作りの甘いようにも見受けられる物があった。
「そっちのは、菖蒲湯に使うためのものですよー」
言われてみれば、確かに菖蒲湯に使うものはあまりガチガチに固めておいては上手くいかないだろう。
しかし、
「菖蒲湯をアイリスで、ねぇ………」
「えー、良いじゃないですか。手に入らないのならあるもので代用すればいいんですし。私たち天草式はその土地その風土に
溶け込んで発展していくものですよー。菖蒲もアイリスも似たようなものですし、大丈夫ですよー」
対する五和は実に楽観的に話している。
しかし、五和の部屋にあるアイリスの花から作られたもの、いや、現在進行形で増え続けているものは明らかにその量が
多いように思える。この部屋全体を埋め尽くすほどのアイリス、まあ、そこから葉っぱだけを取ったとしてもその数は今現在
このアパートメントに住んでいる住人全てと照らし合わせてもいささか多いように見受けられる。
それについて尋ねられると、五和は、えへへ、と照れたように笑いながら、
「あの人にも、あげたくて……」
と体をもじもじとさせながら言った。
ふむ、と女性は軽く息を吐きながら考える。
彼女が言う 『あの人』 とは、故郷である日本の学園都市と呼ばれるところに住んでいるある学生のことだろう。
以前起こったとある事件の折に知り合って以来、どうも五和はあの少年のことを想っているようである。
彼女と歳の近い者たちは何かと五和のことを応援? していたようだが……。
そんな彼女の耳に五和のさらなる声が聞こえてくる。
「それに、この前の上巳のときに送ってもらった内裏雛は上手くいかなかったみたいですから、今度は霊装自体が失敗しても
菖蒲湯にしてもらえば大丈夫ですし………」
五和の視線の先には、一体の人形が机の上に置かれていた。
どことなく五和の姿に似せて作られたそれの隣には、何か、似た大きさの物が納まるような空間が空いている。
『内裏雛(だいりびな)』
内裏が代理に繋がる霊的意味を持つこの人形には、本来もう一つ男の形をした人形が存在する。
いや、存在した、と言った方が正しいか。
過ぎる三月三日の上巳の節句の折、内裏雛の片割の、ある少年の姿を模した人形はやはり海を越えて学園都市に送られた。
そして、少年の身の回りで起こる災厄をその身を挺して少年を守るという使命を立派に果たしたのだが、あらゆる異能の力を
打ち消す少年の持つ右手によりその存在を終えた。
そのことを同じ霊装である女雛たる人形を通して知った五和は、今度は霊装自体が壊れても大丈夫なようにと、次善の策まで
用意しているようである。
「なるほどねぇ……」
想いを持つ少女の行動に対し、いささかの呆れと感心のこもった言葉をついた女性は、もうしばらく好きにさせていようとそのまま
部屋を出ようとする。
「ま、何はともあれ早くしなさいよ間に合わないわよ?………」
「それに、菖蒲湯で朝風呂に入ると気持ち良いですし………」
二人の声が重なる。
「え?」
「え?」
ぽかんとした五和に対して、慌てたように女性は尋ねる。
「あ、あんた、これ、朝風呂に使ってもらえるように渡すつもりだったの?!」
そのただならぬ様子に不安げに顔を曇らせながら五和が 『は、はい、』 と返事をすると、
「ば、馬鹿! あんた時差のこと考えてなかったでしょ! “イギリスのこっちが朝だったら日本のあっちはもう夜じゃないのさ!!”」
その、言葉に、
「あ………ああああああーーーーーーっ!! しまったーーーーーっ!!」
アパートメント中に響き渡るほどの声を上げて五和は頭を抱えていた。
彼女が言う 『あの人』 とは、故郷である日本の学園都市と呼ばれるところに住んでいるある学生のことだろう。
以前起こったとある事件の折に知り合って以来、どうも五和はあの少年のことを想っているようである。
彼女と歳の近い者たちは何かと五和のことを応援? していたようだが……。
そんな彼女の耳に五和のさらなる声が聞こえてくる。
「それに、この前の上巳のときに送ってもらった内裏雛は上手くいかなかったみたいですから、今度は霊装自体が失敗しても
菖蒲湯にしてもらえば大丈夫ですし………」
五和の視線の先には、一体の人形が机の上に置かれていた。
どことなく五和の姿に似せて作られたそれの隣には、何か、似た大きさの物が納まるような空間が空いている。
『内裏雛(だいりびな)』
内裏が代理に繋がる霊的意味を持つこの人形には、本来もう一つ男の形をした人形が存在する。
いや、存在した、と言った方が正しいか。
過ぎる三月三日の上巳の節句の折、内裏雛の片割の、ある少年の姿を模した人形はやはり海を越えて学園都市に送られた。
そして、少年の身の回りで起こる災厄をその身を挺して少年を守るという使命を立派に果たしたのだが、あらゆる異能の力を
打ち消す少年の持つ右手によりその存在を終えた。
そのことを同じ霊装である女雛たる人形を通して知った五和は、今度は霊装自体が壊れても大丈夫なようにと、次善の策まで
用意しているようである。
「なるほどねぇ……」
想いを持つ少女の行動に対し、いささかの呆れと感心のこもった言葉をついた女性は、もうしばらく好きにさせていようとそのまま
部屋を出ようとする。
「ま、何はともあれ早くしなさいよ間に合わないわよ?………」
「それに、菖蒲湯で朝風呂に入ると気持ち良いですし………」
二人の声が重なる。
「え?」
「え?」
ぽかんとした五和に対して、慌てたように女性は尋ねる。
「あ、あんた、これ、朝風呂に使ってもらえるように渡すつもりだったの?!」
そのただならぬ様子に不安げに顔を曇らせながら五和が 『は、はい、』 と返事をすると、
「ば、馬鹿! あんた時差のこと考えてなかったでしょ! “イギリスのこっちが朝だったら日本のあっちはもう夜じゃないのさ!!”」
その、言葉に、
「あ………ああああああーーーーーーっ!! しまったーーーーーっ!!」
アパートメント中に響き渡るほどの声を上げて五和は頭を抱えていた。
「なになに、今の声?」
「なんかあったの?」
「ちょっとー、昨日遅かったんだからこんな朝から大声出さないでよー」
「なんかあったの?」
「ちょっとー、昨日遅かったんだからこんな朝から大声出さないでよー」
部屋という部屋から彼女たちと同じ天草式の面々が飛び出して五和の部屋の前に集まってくる。
彼らが恐る恐る部屋の中を覗き込むと、床にへたり込んでがっくりとうなだれている五和の姿があった。
というか、かなり尋常じゃない位の落ち込みっぷりである。
何かを呟いているようなので耳をすませてみれば、
「うう………、わたしのわたしの馬鹿ばかバカ………!! ちょっとした思い付きでいい気になってるもんだからこんな単純な事に
気付かないのよ………っ!! こ、こんなことだからいつまでたってもあの人に伝わらないのよ………っ!! ………!!」
見ていて哀れを通り越して不憫である。
最初に五和を呼びにきた女性から訳を聞いた面々もさすがに居た堪れなくなったのか、
「ド、ドンマイだぞ五和。これくらいの失敗は誰にだってあることだ!!」
「馬鹿! そんなありきたりの励ましなんかじゃ駄目だろ!」
「そ、そうです五和、今回は駄目でしたが、今度頑張れば良いじゃないですか!!」
「今度っていつだよ!?」
「えーっと、そう、次は七夕です七夕!! 次の節句の時にはこの教訓を生かせばいいだけのことです!!」
「そ、そうだぞまだ次の節句があるじゃないか落ち込むのはまだ早いぞ!!」
そんな励まし? の言葉に、うずくまっていた五和がようやく顔を上げる。
やがて、言われた言葉を反芻してようやく理解し終わると
「そうですよね! これくらいであきらめたり落ち込んでいたりしてちゃ駄目ですよね!? 分かりました! 次の七夕の時には
この教訓をちゃんと生かします!!」
えらく立ち直りの早いもんである。
「ようし、次の七夕に向けて早速準備するぞ!」
「今度の節句には天草式が全面的に協力するからな!!」
「どうせなら今度だけじゃなくて節句ごとにするってのはどう?」
「いいなそれ!」
「じゃあこれから節句ごとに五和がプレゼントするのを応援するって事で!」
「「おーー!!」」
とたんに沸き立つ天草式の面々。揃いも揃ってノリノリの様子である。
だから当然、
「え? ちょっと? これから節句ごとにこういうことするの? 本気なの? ちょっと?!」
という女性の意見があったことは誰の記憶にも残らなかったのである。
彼らが恐る恐る部屋の中を覗き込むと、床にへたり込んでがっくりとうなだれている五和の姿があった。
というか、かなり尋常じゃない位の落ち込みっぷりである。
何かを呟いているようなので耳をすませてみれば、
「うう………、わたしのわたしの馬鹿ばかバカ………!! ちょっとした思い付きでいい気になってるもんだからこんな単純な事に
気付かないのよ………っ!! こ、こんなことだからいつまでたってもあの人に伝わらないのよ………っ!! ………!!」
見ていて哀れを通り越して不憫である。
最初に五和を呼びにきた女性から訳を聞いた面々もさすがに居た堪れなくなったのか、
「ド、ドンマイだぞ五和。これくらいの失敗は誰にだってあることだ!!」
「馬鹿! そんなありきたりの励ましなんかじゃ駄目だろ!」
「そ、そうです五和、今回は駄目でしたが、今度頑張れば良いじゃないですか!!」
「今度っていつだよ!?」
「えーっと、そう、次は七夕です七夕!! 次の節句の時にはこの教訓を生かせばいいだけのことです!!」
「そ、そうだぞまだ次の節句があるじゃないか落ち込むのはまだ早いぞ!!」
そんな励まし? の言葉に、うずくまっていた五和がようやく顔を上げる。
やがて、言われた言葉を反芻してようやく理解し終わると
「そうですよね! これくらいであきらめたり落ち込んでいたりしてちゃ駄目ですよね!? 分かりました! 次の七夕の時には
この教訓をちゃんと生かします!!」
えらく立ち直りの早いもんである。
「ようし、次の七夕に向けて早速準備するぞ!」
「今度の節句には天草式が全面的に協力するからな!!」
「どうせなら今度だけじゃなくて節句ごとにするってのはどう?」
「いいなそれ!」
「じゃあこれから節句ごとに五和がプレゼントするのを応援するって事で!」
「「おーー!!」」
とたんに沸き立つ天草式の面々。揃いも揃ってノリノリの様子である。
だから当然、
「え? ちょっと? これから節句ごとにこういうことするの? 本気なの? ちょっと?!」
という女性の意見があったことは誰の記憶にも残らなかったのである。
「で、盛り上がってんのはいいけどよ。こんだけの量の薬玉と湯種をどうするつもりなのよ?」
皆に遅れてやってきた一人の男、天草式十字凄教教皇代理、建宮斎字は呆れながら尋ねた。
それに対して一同が固まっていると、質問をした建宮はガリガリと頭をかきながら 『しょうがねえなぁ』 と呟くと、集まっていた
面々に指示を出す。
「あーっと、あれだ、薬玉の方は一人一個ずつもらっとけ。こんだけいりゃなんとかなるってもんよな。あと、残った湯種の方は
どうすっかなあ……。ま、いいか。なんとかなるのよ。あてもいくつかあるもんだしのよ」
皆に遅れてやってきた一人の男、天草式十字凄教教皇代理、建宮斎字は呆れながら尋ねた。
それに対して一同が固まっていると、質問をした建宮はガリガリと頭をかきながら 『しょうがねえなぁ』 と呟くと、集まっていた
面々に指示を出す。
「あーっと、あれだ、薬玉の方は一人一個ずつもらっとけ。こんだけいりゃなんとかなるってもんよな。あと、残った湯種の方は
どうすっかなあ……。ま、いいか。なんとかなるのよ。あてもいくつかあるもんだしのよ」
その夜、イギリスのランベス区において少なからぬ浴槽に奇妙なものが入っていたという。
「はあ、何やら今日のお風呂は不思議な物でございますね。何か変わった趣向なのでございますか?」
「趣向なんてたいしたもんじゃねえだろうよ。ただの草が放り込んであるだけじゃないのかしら?」
「ええっ! これ、ただの草なんですか?! なんだか汚そうですよぅ!」
「あらあら、でもなんだかいい香りもしますですよ」
「む、そういわれてみればかすかにいい香りがしないでもないでやすね」
「貴女は本当にそう思っているのですか? なら何故さりげなく葉っぱを遠ざけようと波を送っているのですか?」
「とっ、遠ざけようとなんかしちゃいやせんよ……!!」
「ご心配なく。これは日本に伝わる風習で薬湯浴のようなものです」
「ふーん。相変わらず日本ってのはおかしな風習があるもんなんだな極東宗派」
「(しかし、菖蒲の代わりにアイリスを使うとはいったい何を考えているのやら………)」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ別に。とにかく、害があるわけでも無し、ゆっくりと湯につかったらどうですか?」
「へいへい」
「趣向なんてたいしたもんじゃねえだろうよ。ただの草が放り込んであるだけじゃないのかしら?」
「ええっ! これ、ただの草なんですか?! なんだか汚そうですよぅ!」
「あらあら、でもなんだかいい香りもしますですよ」
「む、そういわれてみればかすかにいい香りがしないでもないでやすね」
「貴女は本当にそう思っているのですか? なら何故さりげなく葉っぱを遠ざけようと波を送っているのですか?」
「とっ、遠ざけようとなんかしちゃいやせんよ……!!」
「ご心配なく。これは日本に伝わる風習で薬湯浴のようなものです」
「ふーん。相変わらず日本ってのはおかしな風習があるもんなんだな極東宗派」
「(しかし、菖蒲の代わりにアイリスを使うとはいったい何を考えているのやら………)」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ別に。とにかく、害があるわけでも無し、ゆっくりと湯につかったらどうですか?」
「へいへい」
「なっ、なんでありうるのよこれは!? 湯船という湯船に怪かしげな草が放り込んであるとは、一体どういうつもりでありうるのか!?
さてはこれは一日の激務で疲れた体を癒すための私のささやかたる楽しみを奪わんがための陰謀に違いなきのことね!!
くっ、イギリス清教のために身を粉(こ)にして励みたる私に対して何たる仕打ちたるのか!! されど、かかる仕打ちに対して
いまさら湯を交換している時間もなし……。ええい、やむを得んのよ。今宵はこのままで湯に浸かりたるしかなしにつきなのよ。
ううっ………………あら? 何だかかすかにいい香りがするのことよ。ふむ……、意外にそれほど悪しきものでもないのかも
しれなきね………。ふむふむ………」
さてはこれは一日の激務で疲れた体を癒すための私のささやかたる楽しみを奪わんがための陰謀に違いなきのことね!!
くっ、イギリス清教のために身を粉(こ)にして励みたる私に対して何たる仕打ちたるのか!! されど、かかる仕打ちに対して
いまさら湯を交換している時間もなし……。ええい、やむを得んのよ。今宵はこのままで湯に浸かりたるしかなしにつきなのよ。
ううっ………………あら? 何だかかすかにいい香りがするのことよ。ふむ……、意外にそれほど悪しきものでもないのかも
しれなきね………。ふむふむ………」