とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

五日目

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匿名ユーザー

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 天花が目を覚ましたのは、白い部屋での事だった。
 誰もいない、真っ白な部屋。そこが病室だと知る。
 お気に入りの硝子の置時計が丑三つ時を指している。どうやらしばらく気絶していたようだ。
 そう、気絶――。
(え? ……私、まさか、みんなの、まえ、で……?)
 それだけは避けなきゃいけない筈だった。ばれないように気を使った。ばれる前に色々あって転校したという事にして上条の前から姿を消す。
 それまで後悔しないようにしてきた。
 臆病な自分みたいな女の子達がせめて告白くらい出来るように背中を押したらいいじったりして遊んで。
 でも、本当は、上条当麻は誰にも渡したくなかった。天花は、上条の事が誰にも負けないくらい好きだった。
 一緒に居る為に嘘ばっかついて。でも、その嘘がばれないよう、気をつけた。
 最後に最大の迷惑をかけてしまわないよう、消える。なんにも気付かれないように、分からないように。
 布団を握りしめる。すぐにくしゃくしゃになった白い布団。
 天花は顔を上げた。
 足音が聞こえてくる。誰のだか分かった。
 慌てて窓を開ける。此処は七階、でも天花の力を使えば怪我はしない。
 空を走りはじめた。見つからないよう、最後は一人で――。



「先生、天花は?」
 あれから、しばらくたってカエル医者が上条達の元へ歩いてきた。
 インデックスは疲れて眠っている。美琴は、もうすでに帰った。
「うん? 白船天花さんの事だね?」
「……へ?」
 カエル医者の言葉に、上条は首を傾げた。
 彼女の名字は上条だ。そう言っていた。上条の義理の妹の、天花だと。それを信じて、両親に確認しなかったし、そんな事をしたら墓穴を掘ることになるだろうと思った。
 だけど。まさか……。
「君が連れて来た女の子だね? あの子は――」
「まってくれ、そこから先はおれが話す」
 かつん……、と病院内に静かに足音が響く。
 其処に立っていたのは、土御門元春――、上条当麻のクラスメイト、そして必要悪の教会のスパイ。いや、学園都市のスパイだったか。
「土御門、なんで、お前が?」
「カミやん。あいつからおれには全ての事情が話されている。結構きついことあるかも知れないけど聞くか?」
 いつもと違って、真剣な口調の土御門。
「あいつがカミやんに話さなかったのは知られたくなかったから。それでも聞くか?」
 答えなんて一つしかない。
「当然だ」
 きっぱりと答えた上条に、土御門は小さく笑った。
 頷いて、少し場の雰囲気をほぐすようにいつもの口調になってみせる。
「ま、そういうとおもったにゃー。じゃ、ちょっとちがうとこにいくか」



「――あいつは、呪いをかけられていたらしい。とある魔術結社に、幼い頃……一ヵ月くらいだったか。色々と実験されたそうだ。両親と海に来ていて……自分達が助かる為に天花を差し出したのだとか。結局殺されたらしいけど」
 土御門はよどみなく話す。
 上条の頬が引きつった。とんでもない話だ。
「そこを必要悪の教会がぶっつぶして、ある程度の事情説明されてから学園都市帰ったんだと。まさかその時天花が魔道書持ってて魔術を使えるようになったなんて知らなかったしな。でも、もう手遅れだった。あいつの体は呪いに侵されてた」
「どんな?」
 もしかしたら、幻想殺しで直せるかもしれない。
 だが、土御門はちらり、と上条の右手を見ると首を振った。
「ああ、カミやんの右手じゃ直せない。あいつの体を蝕んでんのは毒だ。毒を一定期間体に貯めて、一気に体に回らせる此処の作業を魔術で行っただけだ。もう、回ってんだよ」
「なら、どうして天花はまだ」
「此処の医者が、その毒の進行をかなり遅くした。だけど、解毒薬は作れない。あれはそういう毒だ。でも、2、30年ぐらい先に希望はあった。でも、天花はその可能性を捨てたのさ」
 助かる見込みはもうない。その小さな呟きを、上条は聞きとる。
 何故、とからからで、上手く舌の回らない口で問いかけた。
「……天花、魔術使ってみせなかったか?」
「ああ、見た。あいつ、能力者なのに、なんで――」
「あいつは薬を飲んだ。『光速再生』、だったか。体がおかしくなっても、すごい勢いで修復される薬。でも、分かるだろカミやん。どんな薬だって副作用がある」
 魔術を使っても平然としていた天花。苦しそうに顔を歪めて倒れた。
 時々、転んでも傷一つ負っていなかったのを見た事がある。
 あれが、薬によるものだとしたら。
「あれは細胞を急速に弱らせる。もってせいぜい一週間」
「じゃ、じゃぁ、なんで天花はそんな薬……!?」
 もはや悲鳴のような声をあげる上条。
 冷静に見つめ返される。土御門は何時これを聞いたのだろうか。
「――二十年くらい、多分生きられたらしい。でも、保証が無い。明日には死んでいるかもしれない。何より、外へ一生でれないかもしれない。毒の所為で、すぐ熱が出るんだと。だからあいつは飲んだ。カミやん……お前に会うために」
「……は?」
「あいつの名字は白船、上条じゃない……っていうかなんで気付かなかった?」
「いや、しらない間に義妹いたのかと」
 冷や汗がたらりと流れた。多分、何故かは知らないが天花は上条の秘密を知っている。
「……まぁいい。ずっと前、お前がたまたま此処にきて、天花に会ったんだと。その時以来、お前は天花にとっての外の象徴だったんじゃないか? 友達なんかずっと入院してりゃいなくなっちまうからな」
 おれの話はこれで終わりだと土御門が立ち上がった。
 上条は、しばらく座っていた。土御門が去って、しばらくしてからもずっと。
 そして、全てを聞くために天花の病室へと向かう。



「天花っ……、あれ?」
 目に入ったのは空っぽのしわが寄ったベット。触れるとまだ温かいベットは、誰かがさっきまで寝ていたことを示す。
 ガラスの置時計が、もう十二時を回っていることを示していた。指紋が付いているのは、天花が触ったからだろうか。
 縫いぐるみなどの私物が置かれていて、それは長い間天花が此処に居ることを示しているように思われた。
 風が強い。薄緑のカーテンが大きく翻る。
 窓を閉めようと近づいていって、嫌な予感がした。
(窓……、いない、まさか、『空中散歩』(スカイフライ)、か!?)
 病室を飛び出した。
 階段を駆け下り、外へと向かう。途中カエル医者にぶつかった。
「先生! 天花がいない!」
「え? ……あの子は、動けるような状態じゃ、ない筈なんだけどね?」
 それを聞くなり、もう一度駆け始めた。
 引き留める声もするが、止まる気なんてさらさらない。
 天花は、消えた。
 だけど、もう一度会わなければならない。訊かなければならない事がたくさん、たくさんあるのだから。



 自分は、何処へ行こうとしてるのだろう、と天花はぼんやりと思う。
 体がもえるように熱い。多分、最近毒の進行を止めるための薬を飲んでいなかったせいもあるのだろう。
 息が荒くなる。多分、もう間もないうちに死ぬだろう。
 体の限界が分かるのだ。
 土御門は、もう天花の体の事を話してしまっただろうか。
 天花の正体を、話してしまっただろうか。
 知り合いが死ぬのは恐ろしい。もしかしたら、上条当麻を傷つけるかもしれない。それだけは避けねばならない。
 ――そんな迷惑、かけてはいけない。
 あのまま病院に居れば、上条の目の前で死ぬかも知れなかった。
 でも、死んだことがばれないようにって、今更どうすればいい。
 引っ越したことにして、病院で息を引き取るつもりだったのに。
 ああ、このまま空高くから学園都市を出ればいいだろうか。そうして、海の上空にでも立っていれば、死んだ瞬間深海に沈むだろうか。
 でも、学園都市から出れるか?
 似た系統の風紀委員に追われたら。それ以前に、そこまで能力を使用し続けられるか。
 もうすでに足がふらふらになって、そこまで高くをあるけなくなりつつある。
 がくん! と左足が落ちる。慌てて支えるが、体がゆっくり落ち始めた。
 風が強く吹きつける。なのにちっとも体は冷めてくれない。暑くて暑くて、まともな事を考えられやしない
 だんだん落ちるスピードが加速する。大怪我をおったら逃げられない。せめて――。
 下を見た。そこは公園だった。真下には、木がある。
 さすがに夜という事もあって誰もいない。
 そういえば、この町で死んだ人間はどうなるのだろうかと小さく呟く。
 体に衝撃が来た。凄まじい音がして、木の枝が何本も折れる。
 体にいくつも傷ができた。しかし、今までであればすごい勢いで治った筈なのに、血が流れるばかりでちっとも治らない。
 とうとう、「光速再生」の薬が切れた。
 あとはきっと、細胞の死か、身に回った毒が天花を殺す。
 天花を支えていた木の枝が折れて地面に落ちる。
 しかし、どこも骨は折れていないようだ。首の骨が折れてくれれば一息に逝けてよかったのに。
 木に寄りかかって、目を閉じた。
 もう、上条に、死を伝えないという事は不可能かもしれない。でも、せめて一人で死のう。
 どうか、彼が幸せになれますように。



 バキボキガキボキィっ! と、木の枝が折れる音がした。
 上条は、その音の方向に走り出す。そこに天花がいると確信したわけではない。ただ、確かめようと思っただけだ。
 走っている内に、心臓の音が自分の耳にも聞こえ始めた。疲れているからではない、天花が見つかった時にはもう手遅れになっているのではないかと、それが恐ろしくて、ただ走り続ける。
 空気が異常なほど澄みきっている気がした。普段は気にも留めない空気すら気にかかるというのは、もしかしたら思ってる以上に焦っているのかもしれない。
(くそっ……アイツはもうほとんど動けない筈なのに、何処へ……!?)
 さっき、ものすごい音がした場、夜の公園へと足を運ぶ。
 そして、折れたはずの木を探した。天花が落ちたかもしれない、木を。
 公園の真ん中あたりまで行った時、呻き声が聞こえてきた。その声は、聞きなれた物だった。
「天花!?」
「……ぇ。おにぃ、ちゃん? どう……して」
「大丈夫なのかよ、なんで病院抜け出してんだ、戻るぞ!?」
 放心したような声をあげる天花を持ち上げようとすると、天花はその手を拒み、弱弱しい力で上条を突き飛ばそうとする。
「もぅ、病院戻ったって、意味、ないよ……? あは、結局迷惑かけちゃった。誰に迷惑かけても、当麻――ううん、『上条くん』には迷惑かけたくなかったのに」
 天花は、ボロボロの顔で泣いていた。それでも、笑ってみせた。
 もう、体を動かすことすら辛いのだろう、不自然な格好なのに動く事もしない。
「天花?」
「聞かなかった? 私は、『白船』天花。上条くんの、いもうとなんかじゃないの。私は、嘘を、ついてた。それ以外に、上条くんの、傍に居る方法、思い浮かばなかった」
 再び上条が天花に手を伸ばしても、その手に彼女の手はのらない。
 天花の体を起こしてやり、少しでも楽な姿勢へと変える。
「ああ、土御門から、聞いたよ」



「彼は、私の、『保険』だったのよ。あのヒト、優しかったから、私のお願い、聞いてくれた。――私、貴方が記憶喪失になった事、知ってた。だって、貴方が入院してきた時、覚えてないだろうと、思いつつも、会いに行こうとした。そしたら、あの、医者と貴方が、『何も覚えていないんだろう?』って、話してるの、きいちゃっ、って」
 喋るのが苦しいのか、途切れ途切れにしか言葉を紡がない。
 天花の背に回した手に力が入る。彼女は自嘲の笑みを口元に浮かべて喋りつづける。
「それから、ふっと、思ったの。貴方が記憶喪失ではない、と装うならば、私は、貴方の近しい人間に、なれるのではないかって。だって、私、貴方に会いたかった。傍に居たかった。――一緒に、外に出てみたかった」
 天花は、ずっとそれだけを願って生きていた。たった一つ、上条の傍で、ともに笑う事だけを願っていた。
「ねぇ、私、どうせ死ぬかも知れない。それなら、悔いのない、道を選んだ方が、いいなって。ごめんな、さい……私、ずっと、上条くんに嘘ついてました。迷惑、かけて、酷いこと、して。本当に、ゴメンナサイ」
 もうすぐ、死んでしまうのに。天花は、自分のことよりも上条の事を優先しようとした。
 彼女の我儘はたった一つ、上条の傍にいようとしただけじゃないか。
「別に、気にしてないから。だから」
「上条くん。私、あなたの傍にいる人達が羨ましい。でもね、私は、上条くんが幸せならそれでいい。――多分、後、五分、かな。言いたい、こと、いえるかな」
「天花」
「上条くんは、やっぱり、インデックスが、一、番、なのかな? でも、怖いんでしょ。貴方ではない貴方が救ったのだから、自分がインデックスの傍に居てはいけないのではって。でもね、今の貴方、と前の貴、方はどこも、ちがわない。私、そう思うよ」
「――ありがとう」
 何を言っていいのか分からずに、そんな事しか言えない自分が歯がゆくて仕方が無かった。
 どうすれば、天花を楽にしてやれる。
「ねぇ、上条くん」
「何だよ?」
「当麻って、呼んでもい……?」
 怯えたように、天花が呟く。
 上条は、いつも通りに応えた。
「ああ、別にいいよ」
 それだけで、天花の顔には鮮やかな喜びが刻まれた。とめどなく溢れる涙は、哀しみよりも、幸せで泣いてるように見えた。
 ひゅぅ、と冷たい風が吹き抜ける。ふと上を見ると、まだ降るには早いだろうに雪が降り始めていた。
「あははは……天花って、雪の事、なんだってさ。なのに、私、触った、事もなかったのよ。これはきっと、神様、からの贈り物ね。――当麻」
 ぐっと、体を無理やり上条へ寄せ、囁いた。
 こうすると、上条には天花の表情が見えない。
「好きです。今までも、これからも、当麻は私にとって――」
 ぶつり、と言葉が切れる。
 天花の体が、ずしり、と重くなった気がした。
 慌てて、彼女の顔を見れば、瞼は閉じられ、唇は固く閉じられていた。
 ――なのに、彼女は笑っていた。
 世界一、幸せそうな顔で。上条は返事もしなかったのに。
 雪は、静かに降り積もる。まるで、彼女に捧げられた鎮魂歌のように……。

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