とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

第五章

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匿名ユーザー

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××××××××××××
翌日。
9月20日。
学園都市では当初の予定通りに大覇星祭2日目が行われていた。
昨日と同じ活気溢れる街並みの中で、その少女はとあるオープンカフェにいた。
何処かの学校の赤いセーラー服を着た、十代の少女だ。
彼女の目の前には白衣を着た初老の男、その隣には機械で出来た動物のような形の四足歩行型のロボット、そして彼女の後ろにはダウンジャケットを着こんだ少年が立っていた。
『昨日の事件のことですが』
突然ロボットから声がした。
少年のような声だ。
『調べてみましたが、外から入ってきた魔術師の件は昨日の内に解決したみたいです。上条勢力の戦果と言うよりは、アレイスターの作戦勝ちといった感じでした。例のナイトパレードですよ。そう思うと大覇星祭というネーミングも中々皮肉が効いてますね、博士』
「だが……それだけでは無かった、そうだな?」
博士と呼ばれた白衣の男が問い返す。
『はい。同じく昨日、能力犯罪者を収容した少年院から数人の逃亡者が出ました』
「あそこはAIMジャマーが働いていて、容易に脱獄は出来ないと聞いていますが」
ダウンジャケットの男が言う。
『えぇ。ですが昨日、少年院が何者かにクラッキングされ、一時的にAIMジャマーが停止したんです。その結果少年院に収容されていた能力犯罪者達が暴れだした。しかし機能はすぐに回復、対能力者用装備の準備もありましたので、騒ぎは早々に終決しました。ただ、高レベル犯罪者の捕縛に必死で、低レベルを数人取り逃がしてしまったらしいですが』
「その取り逃がした連中はどうしたんです?」
『性懲りもなく銀行強盗を働こうとして、またお縄になったそうです。あぁ、そいつらに柵川中学校に通う女子生徒が二名重軽傷を負わされ、うち一名は入院中だそうです』
「……まぁ、そんなことはどうでも良い。重要なのは誰が、何の目的で少年院にクラッキングを仕掛けたかだ」
『犯人は確定できませんでした。目的は……博士はどう思います?』
「査楽、答えてみろ」
査楽と呼んだダウンジャケットの少年に質問を回す博士。
「……そうですね、もっと重要な施設をクラッキングする為の予行演習。或いは少年院の警備体制を確認するため……とかですかね」
「いい線をいっているが60点だ。その『どちらも』という可能性を忘れるな」
「あぁ…そうですね」
『憶測ですが、相手も我々と同じ程度の機密性を持った組織でしょう。最近の動向からして、『スクール』か『ブロック』あたりが怪しいと思いますが』
「ふん、アレイスターに歯向かうとは愚かな連中だ。とりあえず、ある程度アンテナを張っておいた方が良さそうだな」
鼻を鳴らして会話を終わらせる博士。
「………ねぇ、馬場」
すると、今まで黙っていた赤い制服の少女がロボットに向かって声を発した。
「『グループ』は……」
『あぁ、あいつらは今回は無関係だと思いますよ。土御門元春は表の事件で上条当麻と行動していましたし、一方通行は最終信号とデート。魔術師に機械いじりは期待できないでしょうし………仲間が少年院に幽閉されている結標淡希には動機がありますが、あれはもう少し慎重なタマです。人質を取られているのに軽はずみな行動はしないでしょう』
「いえ、そうではなくて、『グループ』の魔術師の調査は……」
『あぁ、はい。すいません。まだ確かな情報が掴めていなくて……』
「そうですか……」
少女が会話を区切ると、残りの2人と1機は再び学園都市の『暗部』についての話し合いを再開した。
だが少女はそれには参加しない。
そもそも少女はつい2週間前までアメリカの洋上を飛び回っていたのだ。
少女がここに来た『原因』は能天気な日本人女子中学生に付き合い、いけすかない組織の上司に歯向かったこと。
『目的』は組織を裏切り寝返った兄貴分を抹殺すること。
故に学園都市内部でどんな抗争が起こっていようと、それが裏切り者の発見に繋がらないのであれば興味はない。
暇を持て余した少女はテーブルに散乱している書類を適当に手に取った。
どうやら先程言っていた銀行強盗事件の報告書のようだが………
「――あンの大馬鹿野郎!!!」
資料にあった写真を見て、少女は今の『人格』も忘れて叫び声をあげてしまう。
「………どうした?君の『目的』の人物が見つかったのか?」
博士の問いに、少女は資料を手に席を立ち上がり様に言い放った。
「逆だ!くそっ!私をこんな極東の地までぶっ飛ばした『原因』の方だよっ!」



××××××××××××
「――お前は何だ?そんなに私を怒らせたいのか?お前の命をわざわざ助けてやったのがいつのことだか覚えているか?2週間前だ!だと言うのにどうしてまた死にかけてる?どうしてお前はトラブルにばかり首を突っ込む?」
佐天は微睡みの中で怒りをはらんだ声を聞いていた。
「お前は何てことのない、そこらにいる普通の女の子だ。それでいいだろう。戦いなんてものとは無縁のところで馬鹿やっていればいいだろう」
しかしその声にはどこか佐天のことを心配するような、慈しむような響きもあった。
「……………お前に死なれてしまったら、私が何のために組織に逆らったのかわからなくなるじゃないか。私は死体は好きだが死にたがりは大嫌いだ。だから、私にお前を嫌いにさせないでくれ……」
この声を、私は知っている……。
願うような声を聞きながら、ようやく佐天は瞳を僅かに開くことに成功した。
自分はベッドに寝かされているようだ。
天井が白い。
どこかの病院だろうか。
そして佐天は声の方に視線を移した。
そこには佐天の知らない顔をした――だけどどうしてか少し懐かしい感じのする――赤いセーラー服の少女が立っていた。
佐天が目覚めたのに気付いた様子の少女は、手に持っていた何かを佐天の枕元に放り投げ、
「餞別だ。私にできるのは、もうこれ位しかないからな……」
そう嘯くと病室の窓を開けた。
佐天は重く、動かない唇を無理やりに歪めて言葉を紡ぐ。
「まっ……………て、ショチ……………」
「何も言うな。覚悟が鈍る」
そして、少女は最後に佐天の知らない言語で何か祝詞のようなものを呟くと、窓から外へ飛び出して行った。

××××××××××××
佐天はガバリとベッドから起き上がった。
身体のあちこちが痛む。
見るとどこもかしこも包帯とガーゼだらけ、服も制服から患者服に変わっていた。
周囲に目を走らせる。
やはりここは病室だったようだ。
自分はベッドで布団を被っており、その布団に寄りかかるように初春が眠りこけていた。
だが――


彼女はいない。

ただ病室の窓が開け放たれ、カーテンが風に揺れていた。

「今度こそ……ちゃんとお別れ言いたかったのに……」
佐天が誰にともなく呟くと、突然大きな足音と共に病室の扉が開かれた。

「今この部屋からもの凄い魔力を感じたんだけど!それこそ『原典』クラスの強大な魔力みたいな!」
部屋に入ってきたのは
「……シスターさん?」
「その呼び方は間違ってないけど、私個人についてはインデックスって呼んで欲しいかも」
インデックスと名乗った白ずくめのシスターは、他人の病室に入るなり詮索を開始した。
「消えた?でも今確かに……これは?」
シスターが指さしたのは、先程少女が佐天に向かって投げてよこしたもの――佐天が母親に貰った御守りだった。
「それは、私にお母さんが作ってくれた御守りだけど………」
「そう……」
インデックスは御守りを手に取った。
「術式が二重にかけられている……古い方は専門知識のある人間のものじゃない。おそらくあなたのお母さんの」
「術式……魔術…?」
話を理解できない佐天を置いて、インデックスは語る。
「別に魔術師じゃないと魔術が使えないって訳じゃないんだよ。神社とかではきちんとお祓いをしたり力のある人が書いた文字なんかを中に入れているけれど、ただ形を真似るだけでも呪物としての魔力は宿る。それに神社の御守りと違って特定人物を想定されて作られたものなら、ちょっとした個人霊装になり得る。そして魔力がストックされているから、魔力を練れない能力開発者(あなた)にも使えるしね」


佐天は懸命にインデックスの言葉を噛み締める。
法螺や妄想と切り捨ててしまえばそれまでだか、佐天にはどうしてもそれが出来なかった。
このインデックスという少女は、佐天の知っている世界とは違う――超能力でない別の何かの支配する世界の住人なのだと、どこか確信的にそう思ったのだ。
佐天は話についていこうと、必死で自前のオカルト知識を引っ張り出す。

「霊装……?御守りが、私を守ってくれてるの?結界みたいな感じ?」
「結界とは違うよ。そういうのもあるけれど、御守りのルーツは身代わり人形と同じ――災厄を『跳ね返す』のではなく、『肩代わりする』術式なの。と言っても傷を回復させたり、無効にしたりは出来ないけれど。持ち主の苦痛を和らげたり、生命力を高める程度。その程度ではあるけれど―――」
インデックスは佐天の傷だらけの身体に目をやって続ける。
「術式が一度発動しているから……多分この御守りがあなたのことを助けてくれたんだと思うよ」
「でも、私、その、呪文とか唱えてないよ?」
自分でもよくわからないままに質問をぶつける佐天。
「魔術に呪文が絶対に必要ってことはないの。呪文っていうのは精神をトランス状態に持っていくための暗示みたいなものだから、訓練するば呪文の詠唱を短縮、破棄したりもできるんだよ。言ってしまえば、強い思いがそのまま呪文の代わりになるの」
「思い……」

――それは、初春を守りたいという気持ちのことだろうか。

「でももうその術式は駄目になってる。無理に使ったせいかな。そして――この御守りには新しい術式がかけられている。こっちはきちんと魔術的知識に乗っ取った、おそらく魔術師のもの」
インデックスは御守りの中身をあける。
「ナワトル語………アステカの魔術かな。あれ?でもこれは、術式とは関係ないみたい」
言いながらインデックスは小さな球を御守り袋から取り出した。
「それって……」
インデックスの手に握られているのは、ラメ加工を施され、キラキラと光るビーズ玉。
それはきっと――

「あ、ははっ」

佐天は異国で知り合った褐色の少女のことを思い、小さく笑ったのだった。

××××××××××××
「行くのかい?」
病室の窓から地面に飛び降りてきた少女に声をかける存在があった。
紙コップ入りのコーヒーを持った、カエル顔の医者だ。
「あぁ、彼女なら大丈夫だよ。どこかの少年と違って超能力を使った治療が出来たしね。すぐに退院できるさ」
「…………」
無視して少女は歩を進めるに、医者は更に言葉を重ねる。
「……君、その身体はどうしたんだい?何か患っているように見えるけど。診てあげようか?」
すると、少女は足を止めて言った。
「これは病などではない、力の代償だ」
「それにしたって放っておいていいものには思えないけれど」
「………そうだな、私はやがてこの力に身を食われ、死ぬだろう。だがそれは、『科学(貴様)』にどうこうできるものではない」
「そうかい。彼女には死にたがりは嫌いだと言っておいて、自分は死にに行くのか」
「………貴様」
「確かに『魔術(君たち)』のことは専門外だけれど、僕にだって何か力になれることがあるかもしれないよ?…………まぁ、行くと言うなら止めはしないけど、何かあったらこの病院に来るといい。いつでも診てあげよう」
「ふん、安心しろ。貴様の世話になるつもりなど毛頭ない」
吐き捨てるように言うと、少女は病院を去って行った。
「………そうかい」
去って行く少女を見送りながら、カエル顔の医者はコーヒーをすすった。

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病院を離れた少女は、しばらくしてポケットの携帯電話が鳴っていることに気付いた。
「馬場ですか?」
少女は口調を丁寧なそれに戻して携帯を耳に当てるが、しかしすぐに触れるか触れないかのところまで遠ざけた。
やはり金属の感触には慣れない。
『例の魔術師の件、調べがつきましたよ』
ロボットから聞こえていたのと同じ声が言う。
『――『グループ』の構成員。他人の皮膚を使ってその人間になりすますことができる魔術師で、現在は常磐台中学理事長の息子、海原光貴の姿を借りているようです。本来の人相や経歴は調査中ですが、攻撃方法は金星の光と黒曜石を利用したトラ……トラビ……』
「トラウィスカルパンテクウトリの槍です。別に覚えなくてもいいことですが。…それだけ調べてくれれば十分です。ありがとうございました」
『そうですか、それでは』
少女は通話を切り携帯を仕舞うと唇を歪めて笑った。
「見つけたぞ――エツァリ。組織を抜け科学に靡いた、愚かな裏切り者め」

少女の瞳に映っているのは、
憎悪か
それとも――


************
インデックスと名乗った少女はそれ以上の収穫が得らず悩んでいたようだったが、
「そうだ、私はとうまのお見舞いに来たんだった!」
と突然に声を上げた。
「とうま……?」
佐天の問いに
「うん。私にふぉーりんらぶしちゃってる男の子」
「へ……へぇ」
威張って言うインデックスに犯罪の匂いを感じてしまう。
「昨日また大怪我して、入院してるんだよ」
「大怪我?また、って……?」
「とうまはさ、か弱い女の子が大好きなんだよ。誰かが助けてって言うとすぐに飛んでいって、誰であっても守ろうとする。自分がどんなに傷ついても……」
インデックスは少し瞳を陰らせ、呟くように言い、
「あ、でもでも、それでもとうまは私に夢中なんだからね!」
と慌てて付け足した。
そして
「じゃあ私はとうまのお見舞いに行かないと」
と言うと佐天の病室から出ていこうとする。
「………その、とうまって人はさ」
その背中に、佐天がゆっくりと言葉を紡いだ。
「ヒーロー、みたいな人?」
「うーん、どうだろう。デリカシーがないし、女心が全然わかってないし、エッチでスケベだし……………でも、うん。確かにとうまは、ヒーローかも」
それだけ言うとインデックスは病室から出ていった。

************

「………にしても、ここってどこの病院なんだろ。目が覚めたこととか、誰かに言った方がいいのかな?」
ようやっと異常から解放され、常識的な思考回路を取り戻した佐天はベッドから起き上がり、用意されていた突っ掛けを履いた。
左足――イコールスピードに傷つけられた腿が痛む。
傍には松葉杖も置いてあったが、歩けない程でもない。
取り敢えず人を探しがてら飲み物でも買ってこようとベッド脇にあった自分の携帯だけ手に取って部屋を出る。
扉を閉める前に、佐天はふと初春の方を見た。
自分程ではないが、初春の身体もそこら中包帯だらけだ。
制服を着ているところを見ると、入院はしていないようだ。
しかしそれは逆に言えば佐天のことをずっと看病してくれていたということだ。

『佐天さんは――私にとってのヒーローですよ』

初春の言葉を思い出して笑みを作りながら、今度こそ佐天は病室を後にした。

が、
「あちゃぁ……そういや携帯壊れてたんだった」
佐天はボタンを押しても反応しない携帯に思わず呟いた。
携帯の電子マネーで飲み物を買おうと思っていたので、財布もない。
仕方なく病室に戻ろうとすると
「とうまのバカー!」
というインデックスの声と
「だー!不幸だー!」
と叫ぶ少年の声が向こうの病室から聞こえ、直後白いシスターが肩を怒らせながら病室から出ていった。

『確かにとうまは、ヒーローかも』

先程のインデックスの言葉を思い出した佐天は、自然足をその病室の方へ向けていた。


************
「あの………」
おそるおそる病室の扉を開ける佐天。
だが、部屋の中にいたのは一人の少女だった。
昨日のテロ事件とやらに巻き込まれたのだろうか、身体中に大怪我をしている。
にも関わらず、患者服はそこらに脱ぎ捨てられ、何故か巫女装束を身につけていた。
少女は病室の壁に藁人形を五寸釘で打ち付けながらぶつぶつと呟いている。
曰く。
「あーぁ。あーぁ。久しぶりに出たと思ったら。殺されかけるだけって。ナニソレ。何その扱い。私がいつからいると思ってるの。2巻。古参よ古参。憎い。鎌池が憎い。存在を抹消したガンガンが憎い。大体■■とか……インなんとかさんより原型が無いし」
と、少女がこちらに気付いて、身体はそのままにくるりと首だけで振り返った。
「あら。あなたは佐天涙子さん。外伝キャラの癖にアニメ禁書目録のOPや原作口絵背景にこっそり出ているだけでは飽き足らず。ついにアニメ超電磁砲では一話から登場しメインキャラ扱いされていた。いいわね。たくさん出番があって。ねぇ。佐天涙子さん。――いっぺん、死んでみ」
「すいません間違えました!!」
言い放ち、ピシャリと扉を閉める佐天。
そしてその足で次の病室、表札に上条当麻と書かれた病室の扉を開ける。
「痛て……」
そこには頭を抱えてベッドに横たわる少年がいた。
少年の頭には何故か猛獣に噛みつかれたみたいな歯形が残っている。
と、少年が佐天に気付いた。
「ん………えっと、どちらさん、だっけ?」
「え、あ、えっと……」
訪ねに来たはいいものの、そういえば何も考えていなかったと気付き、焦る佐天。
だが少年の身体を――自分以上に傷だらけな少年の身体を目にすると、自然言葉が口から漏れた。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、そんなに傷だらけになってまで戦おうって思うんですか?」
「……………そうだな」
少年は、佐天の質問の意図を汲み取ったのだろう。
特にたずね返すこともなく答えようとする。
「なんだろ…自分が傷ついて、それで他の誰かが傷つかないで済むんだったら、それでいいんじゃね?って思うから、かな」
「……ヒーローみたいに?」
「いや、そんなんじゃねえよ。ヒーローってのは、きっともっと強くて、本当に世界中の皆を幸せに出来るようなやつなんだろうけど……俺の右手一本じゃそこまで出来ねぇよ。取りこぼしちまうモンだってある」
何処かの白髪赤眼が聞いたら怒り出しそうな言葉を吐く少年。
「でも、だからこそ。守れるモンは、守りたい。俺の力で出来ることなら、どんなに傷ついたって、出来る限りのことをしたい」

あぁ、と佐天は思う。
この人は本当のヒーローなのだと。
口ではヒーローではないと言っていても、いや、だからこそ。

やはり、その生き方に憧れはある。
だがそれは憧れであって、この人のような信条ではないのだ。
自分がなりたかったのは――能力を欲してまでなりたかったのは、『ごっこの』ヒーローで……そして、この人は『根っからの』ヒーローなのだ。
佐天はそのことにようやく気付き――それでも気分は晴れていた。
「私も……私も、ヒーローになりたかったんです。世界中の人を守るヒーローに。――でも、今は違う」
佐天はベッドに寄りかかって眠っているであろう、初春を思い言う。
「私には大切な友達がいて……世界なんて守れなくていいから、ずっとその子の傍にいて、その子のことを守っていたい。今はそう思うんです」
佐天の言葉に、
「ん、いいんじゃねぇの?それで」
少年は笑顔で答えた。

「あの、ありがとうございました」
佐天は自分でも解らないままに少年に礼を言い、少年に背を向け病室を出ようとする。
と、その時――

ドンッ!

廊下から何かがもの凄い勢いでぶつかってきて、その何かによって佐天の身体は病室の中へと押し倒された。



************

「うわっ、ちょ、どうしたの初春?」
佐天の腰にガシッとしがみつき、押し倒したのは初春だった。
「……………」

初春は佐天のお腹に顔を押し付けたまま何かしゃべっているようだ。
「え?」
くぐもっていて聞き取れず、聞き返す佐天。
「…………佐天さんが」
「わ、私が?」
「……目が覚めたら佐天さんがいなくて、消えちゃったかと思いました」
初春は自分の顔を佐天のお腹にすりつけながら言う。
「勝手にどっか行かないでください」
「そ、そんな、大袈裟だって初春。てか、ちょっと離れて……」
佐天は初春の下から身体を引き抜こうとしたが、

「お………?」

初春は佐天にがっちりとしがみついており、初春を引きずったままずりずりと下がるだけで一向に抜ける気配がない。
「おーい、初春?えっと、初春さん?」
なおも後ずさる後ずさる佐天。
だが、狭い病室の中。
佐天の身体はすぐに病室の奥に置かれたベッドによってそれ以上の後進を阻まれてしまった。
「初春……?」
と、そこでようやく初春が顔を上げた。
その顔に佐天は驚く。
初春の眉が、これまで一度も見たことがないくらいに見事な逆ハの字を描いていたからだ。
「何か、怒っていらっしゃる………?」
おそるおそるの佐天の声に、初春は、きっ、と佐天の顔に睨みをきかせると言った。
「ええ怒ってます。怒っていますとも。佐天さんが私の言うことを全然聞いてくれませんでしたから」
「いや、あれ……?だってあの時は丸く収まってめでたしめでたししてたじゃん……?」
「あの時はあの時、今は今です。佐天さん、もう二度とあんな危ないことしないでください。絶対にです。わかりましたか?わかったら、はい、と頷きましょう。そして復唱して下さい。『私は二度とあんな危ないことしません』」
ずいずいと顔を近づけて迫ってくる初春。
「ははは……う、初春ぅ~、どうどう。ストップストップ。そんなに顔近づけると、チューしちゃうぞ?」
と、

軽口を叩いた佐天の唇が、

初春の唇によって塞がれた。


初春はたっぷり30秒ほど佐天の唇を奪い続けてから、ようやく身を起こした。

「……………………………………………………………………………………へ?」
最早完全に思考停止し、ここはだれわたしはどこ状態にまで処理能力の落ちてしまった佐天に、しかし初春の攻撃は続く。
「別にチューくらい何てことはありません。女の子同士のチューはノーカンだと古来よりの伝統で決まっているんです。そんなものは何の脅しにもなりません」
「う……初春が、ダーク化してる!?ダーク初春になってる!?」
「えぇ、えぇ。いいですよ。佐天さんが言うこと聞いてくれないんなら仕方ありません。私だって悪い子になりますよ。チューだってしますし、パンツだって見せましょう」
そう言って初春はバッと自分のスカートをたくしあげた。
「さぁどうぞ!いくらでもパンツ確認をすればいいじゃないですか!今日の私のパンツは何ですか?さぁ言ってみてください!」
「え………えっと、可愛いひよこのプリントパンツです」
何の罰ゲームだろう。
というかパンツ見せてる初春よりどうして自分の方が恥ずかしいんだろう、と麻痺した思考で考える佐天。
「参りましたか佐天さん。さぁ復唱を。『私は二度とあんな危ないことしません』」
「わ、私は…………、」
勢いに押されそうになるが、途中で止める佐天。
「ううん……それは嫌だ。初春がまたあんなことになったら、やっぱり私は戦う」
それは、さっき決めたばかりの本物の覚悟だ。
が、初春は納得しない。
初春はスカートをたくしあげる手を放すと、それを佐天の患者服に伸ばし、再び佐天の身体にしがみつく。
「あぁ!もう!佐天さんは!もう!佐天さんは!全く!」
そしてひとしきり叫んだ後に、初春はぽつりと言うのだった。

「………そんな嬉しいこと言わないでくださいよ」

「へ…?初春今何て」
「何も言ってません!!言ってませんよ!!」
初春は照れ隠しに佐天の身体を前後に揺する。
と、

プチン

と小さな音が鳴り、佐天の患者服の前がはだけた。



患者服は所謂、薄緑色をした甚平のような構造をしているのだが、前は紐ではなくボタンで止めるようになっていたため、簡単に外れてしまったのだ。
「わっ、わわっ!」
慌ててはだけた胸を隠そうとしたところで、佐天は気付いた。
自分がブラジャーを装着していないことに。
(え……何で!?もしかして包帯とか巻くのに邪魔だから外されてた?そして包帯の感触のせいでブラつけてないことに気付かなかった!?初春のすりすり攻撃があんなにダイレクトに響いたのはそういうことだったのか!)
などと佐天が思っていると、
「……佐天さん」
はだけた胸を凝視して、初春は淡々とした口調で
「何だか心なし胸が大きくなっているような」
と言うと、

唐突に佐天の胸を揉み始めた。

「ちょ、初春何やってんの!?」
顔を赤くして、初春の所業に抵抗する佐天。
だが初春の方は、普段と立場が入れ替わったかのような状況に気を良くしたのか
「ふふ、ふふふふ……」
と不気味な笑い声を上げながら佐天の胸をまさぐり続ける。
「初春、ストップ!ちょっとやめっ……」
「ふふふふふ…」
ニヤニヤと笑うだけで取り合おうとしない初春に、最早言葉は通じないと判断した佐天は、初春の魔の手から逃れようとベッドの上に上がろうとする。
だが、
「ちょ、何これ足が上がんない………って、えぇ!?」
佐天は見た。
患者服の下――ズボンが半分程ずり下がり、佐天の足の動きを封じていることに。
(初春から逃げようとしてる時に脱げたっ!?)
更にその下のショーツまで巻き込まれており、かろうじて局部が隠れているような状況。
端的に言えば今の佐天は見事な半裸だった。
そして、佐天が自らの状況確認に必死なこの数秒を見逃す初春ではなかった。
初春は中途半端にベッドに片足をかけている佐天ごとベッドに飛び乗る。
そして即座に佐天を下に、自分を上に、という有利な体勢に持っていく。
その拍子にスカートや制服がめくれ上がっていろいろとあられもない状態になってしまった初春だったが、普段のスカートめくりの仕返しとでも言わんばかりに悪戯に夢中な初春は気に留めない。
「初春!?何その早業!?」
「これくらい、風紀委員の研修で習いますよ」
「風紀委員の技術をこんなことに使わないっ!」
「ふふふふふふふ……」
初春の瞳が弓のように細くなっていく。
「ちょ……やめっ、駄目だって!ねぇ、初春っ!?」
初春が手をわきわきさせながら佐天の胸元へダイブしようとしたその時――

「ですから!出来ればそういうことは!上条さんのいないところでやって欲しいと言うか!そもそも人の部屋でやることじゃねぇって言うか!」

二人は頭上から降ってくる声を聞いた。
いや、声なら先程からずっと聞こえていたのだが、認識していなかったのだ。

声の主は病室の主。
上条当麻だ。

当麻はベッド脇に取り付けられた窓の窓枠に全身を使って――律儀にも片腕で両目を隠し、残る三体を使って――蜘蛛のように張り付いていた。
おそらく佐天達がベッドに上がってきた為に逃げ場を求めた結果なのだろう。


佐天は、初春の乱入と突拍子のない行動に当麻の存在を完全に忘れていた。
初春は、佐天しか見えていなかったのだろう、今の今までこの病室の主に気がついていなかったようだ。

第三者の突然の出現により、初春が我に返る。
自分の着衣の乱れを認めた初春は、無意識に口を開いた。
「きゃ………」
「待ったぁ!止めて!叫ばないで!上条さんの人間性とか諸々がぶっ壊れるから!」
必死で初春を止めようと両手を突き出した瞬間、
「あ」
当麻は支えを失って窓枠からベッドに落ちた。
丁度佐天と初春を抱き抱えるような格好になって。


そして、同時に聞こえてくる足音。
複数のそれらは当麻の病室の前で止まり――


「あんたがまた入院したって言うから、わざわざ見舞いに来てやったわよ。か、勘違いしないでよね!友達のお見舞いのついでなんだから!」
「などと言いつつ、お姉さまは昨日料理本を引っ張り出して四苦八苦しながら焼いた手作りクッキーを持参していたりします、とミサカは告げ口します」
「とうま、さっきはごめんなさい。いきなり噛みついて……シスターとして、少し思慮に欠けた行いだったかも」
「隣の病室だったの。だったら一緒に。ごはん……とか」
「上条ちゃーん。先生がお見舞いに来てあげましたよー。あぁ、競技の出番はうまく調整しておきましたから大丈夫ですよー」


来客達は一斉に当麻に話しかけ――そして、一斉に沈黙した。


「………………………………………………………………………………えっと、皆さん。ひとまず落ち着いて私めの話を聞いていただけますか?」

「あ、ゲーセンのコイン切らしてたや。まぁいいか500円玉で」
「近くにいるミサカ達は武器になるような物を持ってすぐに上条当麻の病室に集合するように、とミサカはミサカネットワークに指示を飛ばします」
「とうま~?懺悔は終わったかな?」
「耳掃除リターンズ。ただし今度は五寸釘で。いっぺん、死んでみる?鼓膜的な意味で」
「あぁ、もしもし。ステイルちゃんですか?今すぐ焼き払って欲しい子がいるんですけど。40秒で来てください」

「ストップ!ストーップ!誤解!誤解だって!」
当麻の言葉に、しかし誰も耳を貸さない。
彼女達でなくとも、半裸の女の子2人をベッドに横たえ、その上に覆い被さっている男、という図を好意的に解釈できる存在など世界中に一人としていないだろう。

「いやいや、流石に全員一気は上条さんも死んじゃうって!」
必死の当麻の訴えに対する5人の答えは――


「「「「「じゃあ死ねば?」」」」」


「ふ、不幸ぅぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

************
そして――。
阿鼻叫喚の地獄絵図となった病室の隅で。

佐天と初春は互いに顔を見合わせると
「ふふっ」
「あははっ」
――どちらともなく笑顔を溢したのだった。

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