とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-180

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匿名ユーザー

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××××××××××××
「不幸ですわ………」

白井黒子は暗闇の中で、長く深い溜め息をついた。

「それはこっちのセリフだ!」

応えるのは男の声。
上条当麻のそれだった。
当麻の顔は黒子のすぐ目の前、黒子の顔から10センチと離れていないところにあった。
「何だって、ビリビリの後輩と一緒にこんなとこに閉じ込められなきゃなんねーんだよ!」

彼らがいるのは
学園都市は名門、常磐台付属中学の学生用シャワールーム、
その、


―――――――ロッカーの中である。


××××××××××××
30分前。


「やってしまいましたわ……」
白井黒子は途方に暮れていた。
彼女の目の前には山程の数のデータチップが散乱している。

風紀委員の仕事の帰り、寮に向かっている途中のことだった。
黒子の鞄に突然亀裂が入り、中身を道路にぶちまけてしまったのだ。
色々と無茶をやっている為、確かに鞄は痛んでいた。
だからその内壊れてしまうだろうとは思っていたが……

「何も今でなくとも良いのではありませんか?」

実は風紀委員の仕事で学園都市のデータの入ったデータチップを大量に鞄に入れていたのだ。
ある案件について風紀委員で調査中なのだが、結論としてしらみ潰しに依るしかないと解り、仕方なく皆で分担してデータに目を通すことになった。
これだけでも大量だが、初春はこの三倍の量のチェックを任されているので愚痴は言えない。
しかし、ぶちまけられた数センチ角のデータチップを一つ一つ拾わければならないこの状況には、流石に愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
更に酷いことに、路面は連日の雨で濡れている。
チップは防水加工がされているので問題ないとは言え……


「不幸ですわ……私、何か悪いことでもしたかしら?」

仕方なく路面に膝をついてチップを集める。
こういう時は、レベル4のテレポーターと言えど、何の役にも立たない。


と、

「?」

ふと一緒になって路面に膝をつき、チップを集めている人影があることに気が付いた。

「な、何をしてますの?」
「はぁ?何って、拾うの手伝ってるだけだろ。はい、これ」
そう言って人影は顔を上げ、こちらに集めたチップを差し出してきた。
黒子は取り敢えずそれを受け取り、
「あら、確か貴方は……」
その人影に見覚えがあることに気が付いた。


「ん?あれ、お前確かいつもビリビリにくっついてる後輩だよな?」
「貴方はいつもお姉様が追いかけている殿方ですわね」
同時に言う二人。
「んまっ、お姉様をビリビリなどと!」
「いや、だっていつもビリビリしてるし……つーかそっか。ここって常磐台の近くか」
「って、そうではなくて!貴方は一体何を……」
「だから拾うの手伝ってるだけだって」
「手伝う義理なんてありませんでしょう?」
「手伝わない道理なんてないだろう?」
即答する当麻。
「………なんというか、今時珍しい方ですのね」
「何が?」
「はぁ……いいえ。手伝ってくださって、ありがとうございますですの」
「いいっていいって。ほら、早く集めないと。車にチップ轢かれたりしたら大変だろ?」
言ってチップを集める作業に戻る当麻。
「まぁ、最悪データは風紀委員に戻ればいくらでもバックアップが……」

その時。

しゃがみこんでチップを集めていた当麻の前を車が一台通っていった。
車は路面の水を盛大に跳ねさせ……

「あら、ま……」

その水を当麻に盛大に振りかけていった。


「ふ………不幸だ……」


××××××××××××
「いや、ホントにいいから。大丈夫だって」
「いけません。服が濡れたのは拾うのを手伝ってくれたからですし、そのまま帰ったら風邪を引いてしまいます。寮はすぐそこですのでシャワーだけでも浴びていって下さいですの」
上条当麻は白井黒子に連れられて、常磐台への道をずぶ濡れのまま歩いていた。
「でも、常磐台って女子校だろ?」
「こっそり入れば大丈夫です。大体貴方、一度入ったことありますでしょう?」
「けどシャワーって……替えの服とか……」
「この時間はどの部活も使用していないですし、服なら常磐台の洗濯乾燥機は1分で洗濯から乾燥までしてくれますから」
「す、すげぇ……」
「さぁ、着きましたわ。さっさと入って下さい。寮監に見つかっては面倒ですので」
「お、おぅよ……」

×××××××××××
何とか寮監に見つからずにシャワールームにたどり着いた二人。
黒子が見張りをしてくれている間に、当麻は乾燥機に服を放り込むと早速シャワーを浴びる。

「これが女子校のシャワールーム……なんつーか、すげーきれー」
当麻はおどおどしながらシャワーを浴び、烏の行水が如く数分で終えて脱衣場に戻った。
成る程確かに、当麻の服はものの数分で完璧に乾いていた。
当麻がそれらを全て身につけ、黒子に声をかけようとした時、突然見張りをしていた筈の黒子が脱衣場に駆け入って来た。

「ん、どうし…」
「しっ!寮監が来ましたわ!」
「げっ、マジ!?」
「もう用は済みましたようなので、乱暴ですが外までテレポートさせて頂きますわ」
「え、いや、多分それ…」
「チップの件ありがとうございました。それではごきげんよう!」

(座標計算終了。殿方を寮の外にテレポート!)


……………………
………………
……………


「………って、あれ?ですの」
「無理だと、思う……」
申し訳なさそうに告げる当麻。
「テレポート出来ない………そ、そういえば前に地下街でも似たようなことが……って、もう寮監がそこまで来てます!取り敢えず隠れて!」
「隠れるったって何処に……」
「ロッカーの中ですの!」
「つったって、ロッカー全部鍵掛かってるぞ!」
「そうでしたわ……私のロッカーの鍵は部屋ですし……そうですわ!お姉様のロッカー!」
言って黒子は脱衣場に並ぶロッカーの内の一つを開けた。
「やっぱり開けっ放しですわ。殿方、早くこの中に」
「あぁ」
当麻がロッカーの中に身を滑りこませると、続けて黒子も中に入った。
「ちょ、何でお前まで入るんだよ!」
「寮の出入り時には玄関でチェックを受ける決まりですの。チェック無しで寮内にいるのもマズいんですのよ」
「んだよそれ!つーかこんな狭いロッカーに二人も入らな……きっつ…」
「静かに!」

二人が息を潜めると、寮監が脱衣場に入ってきた。

「物音がしたと思ったんだが……気のせいか」

(何とか凌げそうですわね……)
(あぁ)

「ん?」

寮監が美琴のロッカーに目を止めた。

(ば、ばれた!?)

寮監はロッカーに近づいてくると、


「たく御坂の奴、また鍵掛けてないな。こんなとこまで盗みを働く馬鹿なんてそういないだろうが、防犯意識が低いのは問題だぞ」


そう言って、


ガチャン


マスターキーを使って美琴のロッカーの鍵を掛けると、脱衣場を後にした。


「……………い、行ったみたいですわ」
「ど、どうすんだよ。鍵掛けられたぞ。出れねぇぞ」
「ご心配なさらず。確かに何が原因かは解りませんが、貴方をテレポートさせることは出来ませんでしたわ。しかし私はテレポーター。それもレベル4の大能力者。自分自身をテレポートさせるなんて朝飯前ですの。取り敢えず一旦私だけ外に出て、お姉様に事情を説明して鍵をお借りしてきます」
「あ、いやでもそれ多分……」
「それではしばしの間お待ちを」

(座標計算終了。自分自身をロッカーの外にテレポート!)


………………
……………
…………


「……あれれ?ですの」
「……無理だと思う」
やはり申し訳なさそうに告げる当麻。
「どど、どうしてですの!?」
「いや、実はさ。俺の右手、イマジンブレイカーって言って……」


××××××××××××
「そ、そんな能力が、レベル0の貴方に……まるで都市伝説の類いではありませんか……でも実際にレベルアッパーは存在しましたし……本当に能力が無効化されていますし……」
「ま、まぁ、そういう訳でこの右手で触れるとどんな異能の力も無効化しちまうんだ……」
「右手……、右手だけですのね。だったら右手をどけて頂ければ…」
「出来ると思う?」
「あ……」
言われて黒子は気付いた。
慌ててロッカーに入りこんだせいで、当麻の右手を壁と自分の背中で挟むような体勢になっていることに。

「何てこと……いえ、お姉様に携帯で連絡を取れれば……って鞄は外に!殿方、貴方の携帯を貸して下さいませんか!」
「ゴメン……この前ふんずけて壊した」
「…………」
「体当たりで鍵を壊すとかは…」
「無理ですわ。常磐台のセキュリティはそんなにヤワではありません。このロッカーも、対戦車ミサイル位ならビクともしませんわ」
「何でそんな頑丈なんだよ……」
「まぁ、どれだけ頑丈でも能力によっては何の意味もありませんわ。私のテレポートみたいに」
「そうだけど……じゃあつまりはここから出る方法は無いってこと、だよな?」
「………えぇ、そうなりますわね」


「……………」
「……………」


二人は、10センチと離れていないお互いの顔を見交わしてから、溜め息をついてほぼ同時に言った。

「不幸だ!」
「不幸ですの!」


××××××××××××
そして場面は冒頭の状況に戻るのだった。

「不幸だ……」
「殿方。確かに私達、ついてはいませんでしたが、不幸だと嘆くばかりでは何ともなりませんわ」
常磐台付属中学寮のシャワールーム、御坂美琴のロッカー。
その中で、上条当麻と白井黒子は文字通り額を付き合わせて危機を脱するための話し合いを始めた。
「ったって、どうしようもないじゃねぇかよ」
「ダメ元でも行動を起こすべき、ということです。例えば貴方の右手、多少無理すれば私の背中から引き抜けませんこと?」
「狭すぎて腕もまともに伸ばせないんだぞ?」
「ものは試し、ですわ」
「……わかったよ、じゃあちょっと背中浮かせて」
「こ、こうですの?」
黒子が壁と背中とに隙間を作ろうと、当麻の方へ体を傾ける。
「よっ……ん、もうちょっと広がらないか?」
「こうっ、ですの?」
更に黒子が力を入れ、当麻によりかかる。
(? あれ、この感触は………)
ふと当麻が胸元の柔らかい感覚に視線を下げると、
「ちょっ」
まるで黒子が自分の胸を当麻の胸元に押し付けるような格好になっていた。
「ん……まだ抜けませんの?」
「あ、あぁえっと、まだムリ……」
(い、いかんいかん。手元に集中!)
胸元の感触を振り切り、当麻は右手を引き抜こうと力を入れる。
しかし、腕も伸ばせない空間だ。中々思うように力が入らない。
「腕を伸ばせれば……そうか、こうして……」
当麻はロッカーの中で爪先立ちになった。
更に右手を下に下げる。
横の距離が足りないなら、縦を使えばいいのだ。
「よし……これならもしかしたら………ふんっ」
その体勢で、当麻は右手に力を込めた。


ふにっ


「ふにっ?」
力んだ右手が何か柔らかいものを鷲掴みにした。
「あ……あ、貴方……一体何処を…触っているん……です……の……」
「えっと……」
脂汗が当麻の皮膚を伝った。
「もしかして……おし」
「もしかしなくてもお尻ですの!!」
「ぎゃっ」
叫ぶと同時に、黒子の頭突きが当麻の顎にクリーンヒットした。
「いっってぇぇ!何すんだお前!」
「それはこっちのセリフですの!れ、レディのお尻を、ああ、あろうことか、わ、鷲掴みにするなんて……」
ロッカーの隙間から入ってくる薄明かりに、黒子の顔が真っ赤になっているのがわかる。
「す、すまん。悪かった……」
「…………そ、それで、右手は抜けましたの!?」
「……抜けません」
「全くもう!」
「……すいません」
申し訳なさの余り、頭を垂れる当麻だったが、
「……あ、あの」
その視線の先に更に見てはいけないものを見つけてしまった。
「今度は何ですの?」
「いや、多分今頭突きで飛び上がったせいだと思うけど……その、スカートの裾が、ロッカーのフックに引っ掛かって……その、」
「へ?」
慌てて下を見る黒子。
そこにはパンツ丸見せ状態になっている自分の下半身があった。
「な、ななな……」
「えっと、何か、スゲェの穿いてんのな……」
当麻の言う通り、黒子が身につけている下着はフリルを大量にあしらった、キツい紫色の布地少なめのランジェリー。
対美琴用の勝負下着である。
「ななななな、なんてことしやがりますかですの!!」
「ぎゃあっ!」
再度の頭突きに当麻はまたも顎を射抜かれる。
「ここ、これは、貴方などに見せるために穿いているのではありませんわ!おおお、お姉様に……ベッドの上で、お姉様に披露させて頂く筈でしたのに!」
「わかったから落ち着け!」
「あぁ、お姉様に操を捧げると誓っておりましたのに……私、こんなツンツン頭に純潔を奪われてしまいましたわ!」
「おい、勝手言うな!てか暴れるの止せ!つーかスカート直せ!」
「直そうとしてますわよ!でもフックが取れなくて……」
両手でスカートの裾を掴み四苦八苦する黒子。
「は、外れませんわ………ふんっ」
「わ、おい跳び跳ねるな!」
黒子は跳び上がって何とか高さを稼ごうとするが、中々上手くいかない。
「仕方ありませんわ。殿方、私を持ち上げてくださいな」
「え?それって……だっこしろってこと?」
「みなまで言わないでくださいませ!」
「いや、でも……いいのか?」
「恥ずかしい下着を晒し続けるよりマシですわ!」
「恥ずかしいって思うなら穿くなよ……」
「お姉様になら見られてもいいんです!ほら、早くしてくださいな!」
言って両手を当麻の方へ突き出してくる黒子。


(こ、これは……!)

当麻から見ると、その様はだっこのおねだりをするポーズそのままである。

(ちょっといいかも……)
「何をしていますの!早くしてくださいませ!」
「お、おぅ」
黒子の言葉に従い、当麻は左腕を黒子の脇腹に差し込み、そのまま挟まれている右腕を掴んだ。
黒子の方も当麻の腰にしっかりと両腕を巻き付かせる。
いいですわ。持ち上げてくださいな」
「よし、っと」
腕に力を入れると、思いの外楽に黒子の体は持ち上がった。
「軽いな…」
「……誉め言葉と受け取っておきますわ」
言いながら裾を直す黒子。
「さ、もういいですわ。下ろしてくださいまし」
「あぁ、っと」
黒子の体を下ろす当麻。
「ありがとうございましたですの…………しかし」
黒子は相変わらず挟まれたままの当麻の右手を見て告げる。
「何も進展していませんわね」
「…………そーだな」
「はぁ……本当にもう、八方塞がりですわ」
「まぁ、でもその内ビリビリがこのロッカーを使う時になりゃ、とりあえず出られるよな」
「そりゃあそうでしょうわね。お姉様の電撃もおまけで付いてくるでしょうけど」
「だよなぁ……」
「あぁもう、相手がお姉様だったら一体どれだけ良かったことでしょう……」
深い溜め息をついた黒子に、当麻は質問を投げ掛けた。
「そういや、お前いつもお姉様お姉様って、そんなにあいつのこと好きなのか?」
「んまっ!ビリビリの次はあいつ呼ばわりですの!」
「あー、あー………っと、あいつ、名前なんてったっけ?」
「何と無礼なお方ですこと!御坂美琴お姉様ですわ!」
「あーそっか、そんな名前だった。で、何でお前御坂にそんなべったりなんだよ」
「そんなこと、お姉様が好きだからに決まってますわ」
「だから何で、あんなガサツいのが良いんだよ」
「確かにレディとしてはしたないところも見受けられますが……そんなところも含めて、私、お姉様のことを愛していますもの」
「愛……ねぇ…」
「それに、良いところだって上げればキリが無いですわ。元々レベル1だったのを努力して努力してレベル5にまで上げた健気なところ、しかしレベル5であることをおごらず、誰に対しても分け隔てなく接する気さくなところ、何より……私のピンチにはいつでも、どこからでも駆けつけてくれるところ…………はぁ、うっとり」
「いつも自分はレベル5だから強いとか言ってるし、年上の俺に対してタメ口きくし、何より俺のことをピンチにしてるのはあいつ自身なんだけど……」
「はぁ、わかってないですわねぇ殿方。それはお姉様の愛情の裏返しですのよ」
「あ、愛情?……ぷっ……はっはっはっはっ!」
黒子の言葉に突然笑い出す当麻。
「な、何かおかしなことを言いまして?」
「いや、だって……さすがにそれはねぇよ。あいつが俺のこと毛嫌いしてるって、見ればわかる。何しろ出会い頭に喧嘩吹っ掛けてくんだぜ?はっはっは!ないない!ぜってーない!」
当麻は左手で腹を抱えて大笑いしている。
「………お姉様も難儀な方ですわね。一体どうしてこのようなお方を…………そうですわ、殿方」
「ん?何だ?」
「いい機会なので、私からも幾らか質問をさせて頂いてもよろしいですの?」
「あぁ、構わねぇぞ。どうせやることもねぇし」
「では、お聞きしたいのですが………いえ、その前に謝らなければならないかもしれませんわ」
「謝る?」
「実は私、お姉様が貴方のことを追いかけていることを知ってから、失礼ながら貴方の行動を調べさせて頂いていますの。風紀委員の情報網を私用で使うのは誉められたことでは無いのですが……お姉様が悪い男に引っ掛かったのではないかと思うと心配で……申し訳ありませんですわ」
「悪い男ねぇ……ま、あんまプライベートに突っ込んだものじゃないんなら俺は構わねぇけど」
「ありがとうございますですの」
「んで、調査の結果俺はどんな男だった訳?」
「えぇ……異常、でしたわ」
「異常?いやいや、上条さんは高校生活をエンジョイしているだけの普通の男の子ですよ?」
おどけていう当麻に、しかし黒子は声のトーンを一段下げて返した。
「学園都市の教師、月詠小萌のアパートの天井に大穴が空いた事件……その事件の起こった同じ日に貴方は病院に入院しました」


「……?」
「更にその後も、学園都市で大きな事件があった日には必ずと言っていい程、貴方は通院か入院を繰り返しています。そして……貴方は毎度、冥土返しと呼ばれるあの名医の手にかかっている……これは、高校生活をエンジョイしているだけの普通の男の子にはあるまじきことですわ」
「それは……」
「酷い時には退院の一週間後には病院に逆戻り……どうして貴方はそんなにも大怪我を繰り返すんですの?」
「いや、それは、だから……」
「これが私の質問ですわ。貴方は――――『一体何と戦っているんですの?』」
「…………」
「…………」
沈黙が、場を支配する。

黒子はその精悍な眼差しを真っ直ぐに当麻に向けて答えを待っている。

この答えを――白井黒子は知らなければならない。
この男の戦っているものが、やがて黒子の最も愛すべき者を傷つけることがあるかも知れない。
或いは、黒子が知らないだけで既に御坂美琴はこの男に起因する何らかの面倒事に巻き込まれてしまっているかもしれない。
御坂美琴は、例え学園都市に7人しかいないレベル5の一人だったとしても――それでも彼女はいたいけな女子中学生なのだ。
この男がもしも御坂美琴を危険に晒しているのだとしたら――

(私は、この男をお姉様から遠ざけなければなりませんの……お姉様を、守る為に)


「貴方は、何と戦っているんですの?」

再びの問いに

「………それは」

当麻はゆっくりと口を開いた。

「それは?」

「…………」
「…………」


「あ、余りにも不幸な上条さんは毎週のように車に轢かれて病院通いをしているのでした…………」
「…………」
「…なんつって」
「…………………っはぁ~~~~」
「何その反応!何そのあり得ない位長い溜め息!ホントなんだって!上条さんの不幸なめんな!車と激突なんて朝飯前だぞ!三輪車にだって轢かれるからな!」
「私はそんなボケが聞きたかったのではありませんわ。きちんと答えてくれないのであれば、私、実力行使もやぶさかではありまそんのよ」
言って腿のベルトに手を伸ばす黒子。
「ストップ!暴力反対!待て、待つんだ、待ちやがれの三段活用!」
「では本当のことを教えてくださいまし」
「本当のことっつっても……」
「教えてくださいまし!」
「…………わかったよ」
「では、貴方の敵とは一体何なんですの?」

「……………」
「……………」

「………いや、やっぱ言えねぇ」
「はぁ!?ここまで引っ張っておいてまだ言いますの!?」
「だって言ってもぜってー信じねぇし」
「それは私の決めることですわ!」
「それに……」
「それに、何ですの?」
「これは俺の問題だからさ、他人のこと巻き込むのは――やっぱ違ぇだろ」

「――――」
「大体お前も御坂もまだ中学生だろ。俺の問題に関わって危険な目にあうかもしれねぇし……」
「――――」
「だから、俺はお前らには話せねぇし、関わらせもしねぇ。平和に中学生やってんのが、一番幸せじゃねぇか」
言い終えた当麻にしかし、
「――――――かっちーん」
黒子は怒りの眼差しを向けていた。
「え?何でかっちーん?」
「わかりましたわ……どうしてお姉様が貴方のことを目の敵にしているのか」
「は?」
「お姉様は、きっと貴方のそういう態度が気に食わないんですわ」
「態度って……」
「何ですの?私達には関係ないですって?だから引っ込んでろとでも言うんですの?そんなのは一人よがりの自分勝手ですわ!」

『大体白井さんはいつもそうです!無茶して独断専行ばっかり!』

「右手におかしな能力を持っているからって、誰にも負けない気でいますの?何でもかんでも、自分一人でできるとでも思ってますの?」

『あなたの場合、なまじポテンシャルが高い分全てを一人で解決しようとするきらいがあるからね。もう少し周りの人間を頼るようにならないと危なっかしいのよ』

「俺の問題ですって?周りの人間には何の関係もないだなんて、本気で思ってますの?」

『お嬢様はあくまで一般人、治安維持活動は風紀委員に任せて頂きたいんですの』


「貴方は…………うっ……あな……た、は……」
「ちょ、待った、ストップ!何で?何でお前――泣いてんだよ」
「だって……貴方、は……いいえ……お姉様だって……私と、おんなじ……意地をはって、何でも一人でやろうとして…………ですけど、私は貴方達のようには強くありませんもの……」
「………?」
「私、知ってますの………絶対能力進化計画のこと……」
「お前……!」
「さすがの私でも学園都市のデータベースに侵入することは出来ませんでしたが……お姉様のベッドの下に潜りこむのでしたら、得意分野ですので……」
「じゃあ……」
「えぇ、全部知っていますわ。お姉様のクローンである2万人のシスターズを使った実験と言う名の虐殺……けれどお姉様は、そんなこと一言も仰ってくれませんでした。全部一人で抱えこんで……そして、貴方です。殿方」
「俺………?」
「絶対能力進化計画の主軸たる学園都市最強のレベル5、一方通行。彼を倒したレベル0とは、貴方のことなのでしょう?」
「それは……」
「貴方はお姉様と、学園都市最強の能力者に立ち向かったのでしょう。ただ殺されていくシスターズを守るために、立ち上がったのでしょう。ですけど……私は貴方達がそんな強敵を相手にしている時に、学園都市のチンピラを懲らしめては正義の味方気取り……本当に、お笑いですわ」
「…………」
「…何より、私はきっとこの能力を持っていなかったら風紀委員なんてやっていなかったと思いますの。だって私が風紀委員に入った切っ掛けは、自分の能力をもっと使いたい、もっと自慢したいという……本当にしょうもない理由なんですもの。もし私に能力がなかったら、私は能力者達を疎んで、お姉様のことを妬ましく思って……そして小さく踞って学生生活を送っていたと……そう思いますの……けれど」
黒子は目の前の男の瞳を真っ直ぐ見て言った。
「貴方は……そしてお姉様は、例えその右手に何の能力もなかったとしても、例えレベル5のレールガンではなかったとしても……きっとアクセラレータの前に立ちはだかったことでしょう。私にはそのことが堪らなく悔しくて――堪らなく羨ましいんですの」
言い終え、ずるずると鼻をすする黒子。

すると当麻は、

「!――何をしますの!?」

黒子の頭に自由に使える左手をポンと置いた。


「全然――全然お笑いなんかじゃねえよ」
さっきまでとは違う、低く固い声音で告げる当麻。
「―――え?」
「俺達が一方通行と戦ってて、お前が学園都市の不良と戦ってて、それでお前が劣ってるってことにゃならねぇよ。


誰と戦うかなんてのはどうでもいいことなんだよ。
重要なのは何を守るために戦うかだろ。


お前はこのでっけー学園都市守るために戦ってんじゃねぇか。それは胸張っていいことなんじゃねぇのかよ」
「あ……」
「大体、もしも能力がなかったらだぁ?もしもの話なんて、したってしょうがないだろ。それに、その能力だって何の努力も無しに手に入れた訳じゃねぇ。初めは確かに能力を見せびらかしたかっただけかもしれねぇ。それでもお前は能力使って悪ぃこともしないで、努力してレベル上げて……そんで今はこの学園都市を守りたいって思って風紀委員やってんだろ」
「は……はい……」
「だったらいいじゃねえか。お前はそいつを誇っていい。もしそんなお前を笑うやつがいるってんなら、俺がぶん殴ってやる。――だから、もう泣くなよ」
「はぃ……」
黒子の返事に、当麻は一度黒子の頭をくしゃりと撫でてから左手をどけた。


「私、わかりましたわ。お姉様が貴方を追いかける理由も」
「?」


黒子は思う。

自分から見れば、御坂美琴は気高く、強く――そして遠い憧れの存在だ。
自分も彼女のようになりたい。
美琴に会ってから、黒子はずっとそう思っている。

そして、そんな黒子と同じように、御坂美琴はこの男を――上条当麻を目指しているのだろう。
この男は、黒子の慕う御坂美琴よりも、もっと強い存在なのだ。


しかし――

(だとすると、私にお姉様から殿方を遠ざける権利はありませんわね……)

御坂美琴が上条当麻を追う理由が、白井黒子が御坂美琴を追う理由と同じなら、美琴の気持ちを否定することは自分の気持ちを否定することになってしまう。

そして、上条当麻に彼の生き方を曲げさせることも、また――



「仕方ありませんわね。貴方の敵について追及するのはもう止めますわ。貴方の自分勝手にも目を瞑りましょう」
「え?な、何で突然…」
「但し、一つだけ約束してくださいまし」
「お、おぅ…何だよ」
「お姉様が……例えお姉様がどんなに介入されることを嫌がっていても、どんなに一人で抱え込んでしまおうとしていても、お姉様が苦しんでいる時には、必ずお姉様の手を掴んで――そして守ってあげてくださいませ」

それは御坂美琴の目指す生き方に反することかもしれないけれど、

(それでも黒子はお姉様を危険な目にはあわせたくありませんの)

「よろしいですの?」

黒子の真剣な瞳に

「――当たり前だろ」

当麻は笑いながら答えた。

「…………」
「…………ん?どした?」
当麻は自分の顔をまんじりと見つめつづける黒子に気付いて問う。
黒子は一拍置いてから優しい声音で言った。


「……私、貴方に会う前にお姉様に会えて良かったですわ」
「は?」
「だって、もしもお姉様より先に貴方に会っていたら――私、貴方に惚れていたかもしれませんもの」
「なっ――」
一気に顔を真っ赤にする当麻。その顔に、黒子は満足気な笑みを浮かべる。
「なんて――もしもの話なんて、したってしょうがありませんけどね」
「お前、おちょくるのも……おわっ」
当麻は身を乗り出した拍子に落ちていたタオルを踏み、体のバランスを崩してしまった。
「あ……あぶねっ」
慌てて使える左手を前に突きだし転倒を防ごうとするが、

もにゅ


「……もにゅ?」
当麻がおそるおそる左手の行く先に目を向けると、


「あ…な…た…は………」
それはしっかりと黒子の右の乳房を鷲掴みにしていた。

「何度やれば気が済みますの!!」

真っ赤になりながら黒子が繰り出した頭突きは前二発の比ではなく、当麻の頭はボールのように跳ねさせた。
そして当麻の頭は後頭部をロッカーの壁にぶつけ、勢いを殺せずに跳ね返り――

「――!?」
「――!?」

黒子の顔面に衝突した。

より正確に言うなら、当麻の唇と黒子の唇が、ぴったりとくっついた。


ぶっちゃけ、チューだった。


と、そこへ―――


ドタドタという足音と聞き馴染みのある声が外から聞こえた。

『ちょっと!今私のロッカーの中から黒子の声が聞こえたんだけど、まさかあんたまた私のロッカーにテレポートで……』


ガチャン


ロッカーの鍵が開けられ、扉が開いた。

「忍び……こ……ん……で……?」


ロッカーの中には身を寄せ合ってキスをしている上条当麻と白井黒子。

ロッカーの外にはその余りの光景に思考停止状態に陥っている御坂美琴。


「よ、ようビリビリ……奇遇だなぁ」
いち早く復帰した当麻が唇を強引に剥がし、何事もなくロッカーから出ようとしたが、黒子とロッカーに挟まれた右手が突っ掛えた。
「お、おい後輩!」
「は、はいですの!」
当麻に促されてロッカーから出る黒子。
そうして当麻の右手も自由になり、続いて当麻も外に出た。

「デ、デラレター」
「デ、デラレマシタワー」
「ヨ、ヨカッタナー」
「ヨ、ヨカッタデスノー」
「ハハハハハ」
「オホホホホ」

棒読みで喜び合う二人に

「あ…ん…た…ら…は………」
超高圧電流を身体中からほとばしらせた美琴が
「人のロッカーで何してんだゴルァァァァァァァァ!!!」

強烈な電撃をお見舞いした。


――その日、常磐台付属中学寮とその付近一帯は終日停電に見舞われたという。



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