とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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<11:15 AM>


ゴッバァァァ!!と進む道にあるもの全てを巻き込みながら、水の壁は突き進む。左右を壁で挟まれ、前方には津波。
後方は行き止まりという八方塞がりの状況で一方通行(アクセラレータ)は回避行動にでた。
上。
御坂妹を抱え、ただ足に力を入れ、飛ぶ。
「きゃ……」
いきなりのことで御坂妹が小さな叫び声をあげたが一方通行は聞いていなかった。
足の裏にかかるベクトルを操作し、驚異的な跳躍で壁を蹴り一気に建物の屋上に駆け上がる。
(ヤツらの狙いはコイツだァ……逃げるか、戦うか……)
逃げる、という選択肢を一方通行に選ばせた理由はひとえに御坂妹の存在だった。
一方通行の最優先順位は敵の殲滅や己の安全ではない。御坂妹を”無傷で”護ること。
一方通行が何も考えずに特攻をかまして敵を潰しはしたが御坂妹が死んでしまいました、では話にならないのだ。
フェンスを無理やり突き破りどんよりと曇る空が広がるビルの屋上へ一方通行は降り立つ。
彼の予想通り、この建物は進入禁止になっているのか使われていないだけかはわわからないが、人の気配や居た形跡のまったくない古びた場所だった。
さびだらけのフェンスに、ぼろぼろの貯水タンク。ところどころにゴミも落ちていることからここ最近使われてないことは明らかだ。
「お前はココで少し待ってろォ……」
ゆっくりと御坂妹を地に降ろし一方通行は天を仰ぐ。彼の白髪が風に揺れた。
どうやら今日は少し風が強いようだ、と一方通行は適当に考える。
「あなたはどうするのですか、とミサカは嫌な予感を胸に抱き、あなたに問いかけます」
御坂妹は撃たれた右腕を抑え、痛みに耐えながら一方通行を見る。
その様子を見ながら一方通行は頭を掻き、ポケットの中のハンカチを御坂妹に放った。
「それで傷口を抑えて止血しとけェ…」
「はぐらかせずにきちんと答えなさい、とミサカはあなたにの言葉に若干の怒りを覚えつつ先ほどの質問と同じ内容の言葉を繰り返します」
「………言わなくてもわかってンだろォ?」
一方通行の護るべきものは御坂妹だ。これだけはなにがあっても変わることはない。
しかし、尻尾を出してくれた〔パンドラ〕をこのままを逃がすなんてことをするつもりは一方通行にはさらさらなかった。
能力に時間制限が付く一方通行はその場で潰せるものは潰しておきたい。
「……………………………………………」
そのことをわかっているのか御坂妹は何も言わなかった。ただ一方通行を真剣な瞳で見続ける。
そんな彼女を見て、一方通行は眉をひそめた。
「なにか言いたそォだな」
「いえ、なんでもありません、とミサカは心の内を隠しながらあなたの言葉に適当な相槌を打ちます」
「……………そォかよ」
一方通行は御坂妹に背を向け、戦場へと足を向ける。
その背を見て、御坂妹は思わず唇を噛みしめていた。
実のところ、御坂妹は一方通行に戦って欲しくなかった。これ以上人を殺してほしくなかった。
誰かを救うために、誰かを殺す。それはどれほどのことなのだろうか。
もともと感情に乏しい御坂妹には想像もできない。そして、想像すらできないことを一方通行に”続けさせている”原因は自分達だ。
その事実が御坂妹を悩ませた。
血を止めるハンカチを巻く力に無意識に力が入る。
自分に力があれば、と思った。
自分の問題を自分で解決できるような。
誰かに護られるのではなく、誰かを護れるような力。
誰かに自分の辛さを押しつけなくてすむ力を彼女は望む。
(あなたなら……)
苦しい、という感情に歯を食いしばりながら耐える御坂妹の表情は悲痛でゆがんでいた。
その胸の痛みは、己の傷に耐える痛みではない。
誰かのことを思っての、胸の痛み。
(あなたなら、こんな時どうするのでしょうか、とミサカは一人の少年の姿を思い浮かべながら、自問自答を繰り返します)
ついこの間まではなかった感情に御坂妹はただ耐えることしかできなかった。
不意に一方通行は足をとめる。
(なんだァ?)
なにか違和感を感じた。自分の周りに奇妙な感覚を覚える。まるで、周りの空気が自分を狙う刃になったかのような。
その違和感の正体に一方通行はすぐにたどり着いた。
「離れてろォ!!」
ゴアアァァァァ!!と一方通行の叫びに呼応するように、屋上に烈風が吹き荒れた。
その風に”御坂妹は”体を浮かせ、さびれたフェンスに勢いよく叩きつけられる。
さびたフェンスは変形しながらも御坂妹を受け止めたが、突然のことで受け身もなにも取れなかった御坂妹は衝撃で一瞬息が止まった。
(ガッ、ア………な、なにが)
一方通行の操る風ではない。一方通行の操る風は御坂妹を吹き飛ばすなんてことは絶対にしない。
下から上へ押し上げるような風の動き。人を簡単に吹き飛ばす風の力。
「上に逃げれば大丈夫、とでも思ったのかな?」
その力を丁寧に操れば、人を飛ばすことなど造作もない。
ビルとビルの間から、にこやかに笑う少女と無表情の少年が空を飛んで姿を現す。
「…………そう簡単に、逃がしはしないよ」
少年の小さな呟きが屋上に響く。
一方通行は周りを見渡し、少女を一瞥(いちべつ)し、御坂妹の無事を確認して、少年を見据え目を細める。
「この能力……風力使い(エアロシューター)かァ?」
「…………ご名答。さすが学園都市第一位の頭脳だ」
一発で能力を看破したからか、少しだけ目を見開いて無表情な少年は感情のこもっていない平坦な言葉を続ける。
「…………あなたも風を操ることができるらしいね。最大風速は百二十メートルだっけ?」
僕だって百メートルも出せないのに、と少年は言葉を吐く。
その動作には、感情というものがまったくというほどなくただただ演技くさいものだった。
「…………凄いものだよ。あなたの能力と、それを完全に操作できる演算能力は素晴らしいものだ。けどね」
と、少年は片手を水平にあげた。
シン…と空気が一変する。
周りを漂う空気の流れが変わった。
漂うような風の動きが、不規則な風の動きへと変化する。
自然風ではない、少年の完全な管理下に置かれた風は屋上を中心とするように不規則に渦巻く。
それが意味するものを理解して一方通行は眉を細めた。
「…………ほら、これであなたは、風を使えない」
「………………………………………………………」
少年の言葉に一方通行は無言で答える。
一方通行の能力はあくまで『ベクトル変換』だ。
烈風の槍は風の動きの向きを変えることで操作しているにすぎない。そして、操作をするには演算が必要なのだ。
風という大気の流れの計算は複雑なものであり一方通行はすべての風を操れるわけではない。
そう、一方通行には”自然風以外を操ることはできない”。
「さぁ、君の大きな武器がなくなったね」
とっ、と音を立てて少女が地に降り立つ。
「この状態で、あのクローンを護りながら戦うことなんて君にできるかな?」
少女の手にはガラス玉。それを指の上でくるくると回しながら少女は一方通行を見る。
少年は風に乗り、空中に立つ。その瞳は一方通行にだけ向けられていた。
「…………油断禁物。相手はあの『一方通行(アクセラレータ)』だ」
「そうだね。戦いの中での油断は命を落とす」
言葉とは裏腹に二人にはかなりの余裕が見て取れた。
それも仕方ないだろう。一方通行の唯一の遠距離攻撃とも言える風を止め、狙うのは大して動けない御坂妹。
絶対的有利な状況であることに間違いはなかった。
「ねえ、おとなしくクローンを渡してくれないかな?ボク達にしても今、君と戦うのはあまりに無意味だ」
子供を諭すように、あるいは小バカにしたように少女は言う。
その言葉に対し、一方通行は引き裂いたような笑みを浮かべた。
「お前らさァ………なンか勘違いしてンじゃねェの?」
悲しいものを見るような眼で、
「お前ら二人をオレだけで抑えられない、だァ?」
それでもどこか楽しそうな顔で、
「風が使えない?それがどうしたってンだァ……」
腕を左右に広げてから、


「その程度で揺らぐ、最強の座じゃねェンだよ。なあァ!!!」


ダゴン!!と屋上のコンクリートを踏みつぶし爆砕しながら一方通行は空を駆けるツバメのように少女の元へ疾走した。
「こーしょー決裂かな。すこし予定より早いけど、殺してあげるよ」
少女はもてあそんでいたガラス玉を握り、ポンと友達にボールを渡すような気軽さで一方通行(アクセラレータ)に放りながら後ろに後退していく。
ガッシャァァン!とかん高い音が響き一方通行が少女の懐に入る前にガラス玉は破裂し、中からは先ほどと同じく大量の水が一方通行の動きを止めるための壁となった。
しかし、一方通行は止まらない。
「ギャアハハァア!!そンなもンがこのアクセラレータ様に効くと思ってンのかァ?脳みそお花畑の三下がァ!!!」
一瞬の躊躇なく水の奔流に突っ込んでいく。一方通行のすべてを反射する絶対防壁はそんなものを寄せ付けはしない。
そして、何事もなかったかのように一方通行は水の壁を突き破り、
一方通行は奇妙な現象を見た。
(どォなってやがる?)
すべてのベクトルを操作し、少女の作りだした水を少女自身に跳ね返るように能力を使ったのに、水は少女の方ではなく自分の後ろや、左右に散った。
”思い通りに”ベクトルを操作できない。
(計算式をミスったかァ?)
頭を傾げる一方通行は知らない。彼の知らない法則の『魔術』というものがあることを彼はまだ認識していなかった。
けれど、今はそんなことを気にしている余裕はない。
正直なところ今の状況は不利だ。遠距離攻撃の風が使えない以上、やるのは自然と近接攻撃に限られる。
近接攻撃において、『実験』を止めたあの少年や木原数多のようなイレギュラーを除き一方通行に敵はいない。
しかし、今は御坂妹が一緒なのだ。彼女をかばいながら長時間戦うのはいくら一方通行でも難しい。
だからこそ彼は勝負をできるだけ早く終わらせるために全力で潰しにかかる。
「やっぱこんなのじゃだめか……」
たやすく水の奔流を突破した一方通行を見て、少女はバックステップでさらに後退していく。
それと並行しながら再びポケットからガラス玉を取り出した。
「さっきから何回やっても同じことはわかってンだろうがァ!」
一方通行は地を蹴りベクトル操作した脚力でバックステップにより離れたはずの少女との距離を零に縮める。
一瞬で少女の懐に入り、腕を突き出した。
触っただけで死に至らしめる右手が少女に迫る。
しかし、少女は慌てない。よっ、と小さく声を出しながら少女は一方通行の右手を体を反らすことで完全に避けきった。
そして、フリーになった一方通行の顔面に少女はガラス玉を押しつける。
「ドカン♪」
バウン!!とガラス玉が破裂し、水流が一方通行の視界を遮った。
唐突に回転。
水流は渦を巻きながら一方通行の体を包みこむ。
(ンなもン効くかっての!!)
それでも、反射の壁は壊せない。水流の壁を無理やり破り、一方通行はいとも容易く拘束から逃れた。
破壊された水の檻は蒸発したかのように跡形もなく消え去り、なんの形跡も残さない。
周りを見渡すと、標的の二人は一方通行とは離れた場所に移動していたのが見えた。
「ダメ……ボクが何度やってもあの『反射』の壁は突き破れないや」
「……………ミーナとは相性が悪すぎるから仕方ない」
言葉に似合わぬ笑顔を表情に浮かべ少女は屋上の隅に移動していた。
空を飛びながら言う少年の言葉に返すように
だけど、と少女が続ける。
「足止めはできるね」
「……………想像以上の効果だった」
少年は無表情の顔の唇を少しだけ、上に釣り上げる。
そんな二人から目を離さず一方通行は御坂妹に近寄った。
横目で御坂妹を見ると強い意志を感じさせる目があの二人に向けられているのがわかる。
「立てるか?」
「少しつらいですがいけます、とミサカは体の状態を確認しながらあなたの問いに答えます」
体にそれほど異常はないようだがこのまま戦闘を続けるとどうなるか一方通行には予想できなかった。
負けることはあり得ないが、勝つこともできるかどうかがわからない。
「………………………………………………………」
ここで一方通行の選択肢に『逃げる』が出てきた。
このまま戦うか、逃げるか。この二つの選択肢が一方通行の中で拮抗する。
御坂妹を見る。御坂妹は右腕から血を流し、辛そうに息をしていた。
考えてみると、妹達(シスターズ)の全員は個体の調整中だ。
十時間も逃走しているためかなり体力を消費しているし、もしかしたら危険な状態かもしれない。
すると、一方通行の中で『逃げる』という選択肢が大きくなった。
敵の二人を見る。少年は風に乗って空を飛び、少女はガラス玉を手でもてあそんでいた。
少年の力は風力操作。少女の力は水流操作といったところだろうか。
この二つの力など、一方通行の力の前には恐るに足りない。
いくら一方通行の風を封じたとしても相手には彼自身を傷つける方法など持ってはいないのだから。
すると、一方通行の中で『戦う』という選択肢が大きくなった。
再び拮抗する選択肢に一方通行は苛立ちを覚える。
(悩むのはオレの性にあわねェ……コイツのことを考えるならァ…)
御坂妹の今の体の状態が危ないか、危なくないかがわからない一方通行は選択肢に迷った。
この相手との距離が十分ある状態で逃げるための条件を彼は考える。
今、このビルの屋上は無表情な少年の能力により完全に密閉されている。
一見、何もないように見えるが肉を簡単に寸断する風の刃が屋上の周りを終始周っているのだ。
出ようとするもの、入ろうとするものすべてを妨害する風の結界がその場に出来上がっていた。
一方通行一人ならば問題はない。こんな風の刃など彼の能力があれば簡単に反射できるのだから。
ここでの問題は御坂妹だ。彼、一方通行の能力は最強だが”自分しか”護ることができない。
ここで、無理やり御坂妹を連れて結界を突破しようとすると一方通行だけが無事で御坂妹が細切れになってしまう。
それでは本末転倒だ。だから、今の状態では逃げることはできない。そう、”今の”状態なら。
(ヤツラを潰すための風のベクトルを操ることはできねェ…)
ならば、
(御坂妹(コイツ)を連れて逃走するさいに風の結界が邪魔だァ……)
それならば、
すべては『風』。風さえどうにかなればすべて解決する。
その風を掌握しているのは無表情の少年だ。つまりは、あの一人の少年さえ潰せば、
(あのクソ生意気な野郎をぶっ潰せばあとはこっちのもンだァ……逃げようが戦おうが関係ねェ)
一方通行は標的を少年にだけ絞る。あの少年を潰すためだけに力を集中させる。隣にいる少女の攻撃など気にする必要もない。
目的を明確に手に入れた一方通行は不気味な笑みを浮かべた。
と、一方通行の隣の御坂妹が立ちあがった。ふらふらと揺れながら御坂妹は口を開く。
「私にできることはありませんか?とミサカはあなたに指示を仰ぎます」
体を襲う辛さに耐えながらはっきりと発音する御坂妹。
一方通行はそんな御坂妹をいちべつし前に一歩踏み出して、一言。
「オマエがやるべきと思ったことをやれ」
その一言にきょとん、とした表情を御坂妹は浮かべる。
「やるべきこと、とは?とミサカは疑問をそのままぶつけます。」
首を傾げる御坂妹に一方通行は知るか、と呟く。
「オレの邪魔さえしなけりゃそれでいいンだよォ」
ぶっきらぼうな言葉。
その言葉に御坂妹は首を縦に振ることで答えた。
「わかりました、とミサカは内心なにが言いたいのかわからねえよバカと思いながら適当に頷いておきます」
「……………………………………………」
一方通行は一瞬だけ、なんとも言えない表情となりため息を吐く。
その時だった。
ズバン!!と一方通行と御坂妹の間を風の刃が走る。
丁寧に間を狙われたのか御坂妹に怪我がなかったからいいものも御坂妹を狙われていたら確実に体が二つになっていただろう。
(チッ!何を油断してンだオレは…)
容易に想像できる残酷な未来を見て、一方通行は頭の中に忌々しいげな言葉が響いた。
「……………さあ、再開しよう一方通行」
ポケットに手を突っ込みながら無表情な少年は空を飛ぶ。
「……………今度は僕の番だ」
少年は唇の端を大きく釣り上げながらそう言った。
「舐められたもンだなァ……テメェ一人でオレとやりあえるなわきゃァねェだろ!!」
一方通行はさびれたフェンスを片手で掴んだ。
バキョン!!とフェンスを根元から無理やり抜き出し一方通行は少年に向かって投げつける。
ベクトルを操作されたフェンスは急回転しながら空を切るように進む。
「……………こんなものに意味はないよ」
と、少年の目の前に来た瞬間見えない壁にぶつかったように粉々になった。
フェンスの部品が宙を舞う。そして、その部品の間から身を沈め発射態勢に入っている一方通行を少年は見た。
ゴガン!!という音とともに一方通行の体がフェンスの部品に紛れながら空を飛ぶ。
脚力のベクトルを操作し彼は一瞬で少年との距離を縮めたのだ。
「こンな簡単に死ンじまうんじゃ面白くねェぞ!!」
求めるものに手を伸ばすように一方通行は両腕を突き出す。
少年の周りにあった見えない壁をいとも容易く粉砕しその両手は少年の体に触ろうとして、


一方通行の両手は空を切った。


「ハァ?」
目と鼻の先には無表情な少年の顔がある。しかし、どれだけ触ろうとしても触れない。
まるで何もそこにないかのように触れない。
(光学……迷彩?)
空気密度を変えることで光の屈折率は、変わる。
見えているものがその場にない、光の虚像。一種の蜃気楼である。
見えるところに本体はいない。その現象が一方通行の目の前で起こっているのだ。
心の中で舌打ちし、そのまま地に降り立ち一方通行は上を見上げると、
「……………避けないと死ぬよ?」
そんな呟きが”真後ろ”から聞こえてきた。
そこに疑問を抱いた瞬間、一方通行は口から血を吐き、地に膝をついていた。



<11:15 AM>

「…………ッ!?」
『御坂美琴』が引き金を引いた瞬間、上条は目をつむった。バァン!!という乾いた銃声が駐車場に響く。
上条はビクッと体を震わせ撃たれたという思いから体を硬直させた。カン、と近くで地下駐車場の整理された地面に薬きょうが落ちる音が聞こえる。
思い通りに動かない体から力が抜けていくのを感じた。近くで聞いた発砲音で耳がジンジンする。
(……………………あれ?)
しかし、それだけだ。強張った体がいう事をきかないだけで銃弾が体に当たった痛みがない。
「……?」
疑問に思いゆっくりと上条は目を開いた。黒しかなかった視界が色鮮やかな視界に変わっていく。
上条の見る、色鮮やかな視界に映るのは、
銃を持っている腕から血を流しており、その手を押さえている『御坂美琴』の姿だった。
(なにが…いったい………どうなってんだ?)
後ろを見ると停まっている車のガラスが割れていた。どうやら銃弾はそれたらしい。
今、何が起きたのか。
誰が上条を助けたのか。
誰がこの状況を見ているのか。
そんなことを考えていられるほど上条に余裕はなかった。
「痛い……痛いよ、とうま。どうしてこんなに痛い思いをしなくちゃいけないの?私は、ただ…」
押さえた手の間からあふれ出るように赤い血が流れる。地にしたたり落ちるその血はとても紅かくて、生々しい色だった。
「ただ、当麻を殺したいだけなのに!!」
その叫びに呼応するかのように前にいる『御坂美琴』の目が紅に染まった。
人を殺すという殺意に満ちあふれた紅に。
「……………クッ!?」
その目の色に怯えるかのように上条は右手を前に突き出した。
同時、ダァァァン!!という轟音と共に上条の右手へ衝撃が走る。
まるで見えない爆弾が上条の手に触れた瞬間爆発したかのような唐突な衝撃だった。
(爆、発した……?)
右手を避けるように爆炎が上条の左右に散る。
数秒後、何事があったかもわからないように炎は消えていた。
(御坂の能力で……爆発なんて起こせるのか?)
しかし、上条から後ろの綺麗な道と炭化している左右の道との色の違いが今なにが起こったかを明確に示している。
「どうして、死んでくれないの?どうして、殺されてくれないの?当麻は私のお願いを聞いてくれるっていったじゃない」
純粋に殺意という感情を瞳に宿し、『御坂美琴』は上条から三メートル離れたところに立つ。
だだをこねる子供のように『御坂美琴』は叫ぶ。
「ウソ?ウソをついたのね?あれだけ私に偉そうに説教しといて…自分のことを棚に上げてんじゃないわよ!!」
その光景を見てもなお上条は理解が追いついていなかった。
これが本物の『御坂美琴』なのか、そうでないのかも。
『御坂美琴』がこんな人間ではない、と上条は思う。
しかし、自分が知らない『御坂美琴』がいるだけでそれは自分の勘違いではないか?
そう、思ってしまう。
(俺の知っている御坂は……本当の御坂だったのか?)
その知らないものを認めてしまう事が上条は怖かった。
友達とも言える、『御坂美琴』に殺意を向けれられることがとてつもなく怖い。
今まで、どんな敵の殺意にも真っ向から立ち向かった少年はたった一人の少女の殺意に恐怖を覚えていた。
と、その恐怖を加速させるように『御坂美琴』が口を開く。
「ウソをついた当麻は自分がどうなるかわかってる?」
先ほどの叩きつけるような言葉とは裏腹に、静かにつきつけるように『御坂美琴』は話す。
喜怒哀楽が激しい『御坂美琴』に上条は違和感を覚えながらも、やはり本物でないという確信がもてない。
多くの違和感を見れるのに上条には確信が持てない。
「ほら、昔こんな歌があったじゃない…」
『御坂美琴』は目で”離さない”と語るようにしっかりと上条を見つめて、
「ゆ~び、き~り、げぇ~んまん…」
舌を滑らかに動かし、歌を紡いだ。
「ウ~ソついた~ら針千本の~ます」
ジャラララ、と金属のぶつかり合う音が上条の鼓膜を震わせる。
音源に目を向けるとさっきからなにもなかったはずの虚空からゆうに五センチの長さがあろう銀色の針が数えきれないほど出現していた。
「こ、これは………ッ!?」
一、二歩後退しながら、上条はこの現象に似たものを思い出していた。
通常ではありえないこの現象は。
超能力では説明のつかないこの現象は。
「魔術ッ!?」
その言葉に『御坂美琴』は答えない。
もう使わないのか銃を後ろに投げ捨て、『御坂美琴』は上条に血のしたたる右手を向ける。
「もう、いいかな?」
『御坂美琴』はクスクスクス、と笑い、


「アンタの命もここで終わりだよ、『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』」


『御坂美琴』の姿が一瞬”ぶれた”。
ほんの一瞬。目の錯覚かなにかと勘違いしてもおかしくないほどの一瞬だけ、姿がぶれた。
「お、お前は御坂じゃ……ない?」
「いいえ、私は本物の『御坂美琴』よ」
クスクスクス、と『御坂美琴』は笑う。
「絶対能力者進化計画も知ってるし、妹達(シスターズ)のことだって知ってる。あんたと私しか知らないようなことを知ってる時点で私が『御坂美琴』と証明してるようなもんじゃない」
それに、と呟き彼女は言葉を続ける。
「『御坂美琴』が『上条当麻』を殺すことに違和感を感じることが間違ってんのよ。でもね、私はあんたのことが嫌いではなかったわ……」
と、目の前の少女が唐突に表情を変える。
愛らしい恋人を見るように、愛おしい子供を見るように。
『御坂美琴』は見る者の目を奪う女神のような穏やかな笑みを浮かべた。
「私は、当麻のことが大好きだったよ」
ズアアア、とおよそ千本の針が上条に襲いかかる。
その様子をひどくスローモーションに見えて、上条は右手を突き出すことも忘れていた。
上条は、ひどく回転の遅い頭の中で考える。
目の前にいるこの少女は本物の『御坂美琴』ではない。
見れば見るほど、本物と似ているこの少女には本物と明らかに違う部分があり、その部分に、早く気づくことができなかった。
決定的な部分なのに。
とても分かりやすいとこだったのに。
とても簡単なことに気づくことができずにただ疑うことだけしかできなかったことがひたすら悔しい。
「ちくしょう…」
上条が呆然と見つめる千本の針は、すべての方向を上条に向け突き進み、
ドッ、と上条は”真横”から衝撃を受け、横に飛んだ。
「ゴッ………ハァ」
脇腹への衝撃に思わず口から息をもらしながら、足が宙に浮く感覚を感じて、それが誰かに担ぎ上げられていると上条は気付く。
少し遠くにさっきまで自分がいた場所が見えた。その場所には千本もの針が地面に刺さっている。
直後、ゴバァァァン!と爆発し、刺さった針を吹き飛ばしながらその場は火の海と化した。
床の爆発に巻き込まれ、上条の立っていた場所にあった自動車が大破する。
大破した自動車のドアやライトの部品が周囲に散り、砕けたフロントガラスは地に落ちる前に高温な炎で蒸発した。
その光景を誰かに担がれながら呆然と見ていた上条は、自分の頬に一筋の浅い傷が走っているのを感じて、意識を現実へと戻した。
「大丈夫か、かみやん?」
そう、話しかけられて上条は自分を担ぐ人物を首を回して見た。
アロハシャツにサングラス、そして金髪でピアス。
「…………………つ、土御門?」
そんな少年、土御門元春は上条の言葉ににゃーと答えた。
「助けにきたぜい、悪友」
サングラスをキラリ、と光らせ上条を横目で見ながら走り続ける土御門。
上条はそれを見て、もう一度元居た場所を見ると、
「またアンタ!?いい加減邪魔しないでくれないかしら!!」
こちらにギョロリと目を向けて叫ぶ、『御坂美琴』の姿が目に入った。
「忌々しいほど最高のタイミングね!ほんと嫌になるわ!」
『御坂美琴』がまだ血が止まっていない右手を土御門と上条に向ける。
と、上条の目に細い一筋の赤い光が映った。
その光は直進し、土御門の背中に突き刺すように当たっている。
まるで、その光は拳銃のサーチライトのようで――――
「………ッ!つちみか…」
…ど、と続けようとした瞬間、一筋の光の色が赤から緑へと変わった。
(サーチライトじゃ……ない?)
では、この光は何なのだろうか?
なんとなく。
なんとなくその光になにか異様なものを感じ、右手で遮った。
その時だった。
ダァァァン!!と先ほど上条を襲ったものと同じ爆発が右手に衝撃を走らせる。
「ッ!!」
「くァ!?」
バキン!と音を立てて、爆炎が消えた。
しかし、爆発の衝撃は大きく、土御門の足を宙に浮かせる。
空中でバランスを崩し、上条は土御門の背から放り出された。
衝撃を消すようにうまく地面をゴロゴロと転がりながら上条は体制を立て直し、再び走り始める。
「うおい!!助けてあげた土御門さんを見捨てて一人逃げるんかい!?」
後ろから声が聞こえるが上条は気にしない。そのまま全速力で地下駐車場の出口に走る。
こんな行動も土御門を信用してのことだ。
「無視すんなやああああああああ!くっそかみやん!」
「グハッ!!」
ズドン!と土御門が上条の背中にタックルをかましてきた。上条は土御門の体重を支えきれず地面に転がる。
顔を地面に勢いよくぶつけて、上条は痛みに悶絶する。
少し、涙目になりながらも土御門に文句の一つでも言おうとして、
ダゴォォォォン!!と上条が進んでいた道の先にある壁が爆発したのを見て口をつぐんだ。
チィ、と呟く『御坂美琴』の姿が目に映る。
「あいつの能力はなんなんだ!?攻撃をどう避ければいいかがわからねえ!!」
「おそらく、やつの魔術はあの杖を使って発動してるはずだぜい」
杖?と言葉に疑問を出しながら上条は再び走りだす。隣には並走する土御門だ。
「杖ってどの杖だ?あいつが杖を持ってるようには見えないけど…」
「かみやん?なに言ってるんだ?やつはきちんと杖を……来るぞッ!?」
途中で言葉を遮って土御門が上条に叫ぶ。
その言葉に続くように上条は後ろを振り向き右腕を突き出した。
ゴァァァ!と爆炎が起き、上条はそれを右手で打ち消す。
「出口ってどっちだ!?土御門!」
再び並走を開始し上条は目の前の道が左右に分かれているのを見て、叫ぶように土御門に質問をする。
「右だ!」
そう言った瞬間、右に続く道の天井が爆発した。
爆発の衝撃に耐えきれなかった天井のコンクリートは崩れ、コンクリートの瓦礫と爆発の煙で視界と右の道を完全に塞いでしまう。
「くそっ!!」
「そう簡単には逃がさないよ~とぉまぁ~」
甘いように聞こえる声を黙殺し、上条と土御門は左への道に曲がった。
曲がった先には先が見えないほどの奥行きがある地下駐車場の広大な敷地だった。
その地下駐車場には天井を支える柱と停まっている自動車が所狭しと並び、向こう側が見えずらい。
「他に出口はないのかよ!?」
足だけは止めず上条は土御門に問いかけた。
この地下駐車場に初めて来た上条には土御門の知識だけが頼りである。
「わからない!ここ最近出来たばかりの建物の地図はさすがに覚えてないぜい!!」
地図さえ見つければ、と土御門が呻く。
(つーか、ここ最近出来たばっかかよ…どうりで壁が真新しいわけだ…)
色々と爆発してるな、と後ろを振り向きながら、上条は土御門の言葉を聞きポケットにある携帯を取り出した。
「地図なら、携帯の地図アプリで調べられねえかな?」
「ナイスアイディアだぜい、かみやん!!善は急げだ!さっそく頼むにゃー」
親指をグッと立てながらまっすぐと道を走る土御門に上条はりょーかい、と短く返し携帯の地図アプリを起動させた。
前と携帯の画面を交互に見ながら携帯を操作していく。すると、運よくこの地下駐車場の地図をすぐに見つけることができた。
「よっしゃ!見つけたぞ土御門!!」
「出口は!?」
上条は携帯の画面に映る地図を顔を近づけて見るが、どうにも光の影響か画面が見づらい。
仕方なく光の当たらないように携帯を顔の近くまで上げると、
その携帯の液晶画面に一筋の赤い光が当たった。
(マ、ズ……ッ!!)
すぐに赤色の光は緑色に変色するのを見て、上条は飛ぶように身体を下に落とす。
直後、上条の斜め前にあった柱が爆発した。粉々に砕けた柱の一部は飛んだ上条の身体を押しつぶすように迫る。
「なにやってんだ!」
空中に身を投げ出すような姿勢になっている上条の腕を土御門が掴んだ。
掴んだ腕に力を入れ、土御門は上条の前に行く力を横に行く力に変換して身体を引っ張る。
グオン!!という音を耳で聞きながら上条の視界が高速でぶれた。
無理やりな方向転換で上条の腕に強烈な痛みが走るが、次の瞬間にその痛みを綺麗さっぱり忘れていた。
上条の手の中にあった携帯がすっぽ抜けて、どこかに飛んでいったからだ。
「あ………」
「あッ!?」
後ろで柱が崩れていく音を聞きながら、地面に降ろしてもらった上条と降ろした土御門は空中を滑空していく携帯を見た。
上条の携帯電話は柱の壁にぶつかり、数回地面をバウンドしてからズザアアア、と数メートルの地面を滑ってから動きを止める。
携帯の扱いとしてあるまじき行為だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
問題は壊れてはいないかということだけだ。
「……ッ!?マズイ!」
と、何を思ったのか土御門は地面に降ろした上条の腕を再び強く握った。
「こうなったら……最後の手段だ。かみやん…悪いけど力を貸してもらうぜい!」
「は?いったいなにを…」
嫌な予感がする上条はサングラスを光らせる不良少年の気味の悪い笑みを見て、嫌な予感を確信に変える。
しかし、もう遅い。
土御門は自分の身体を軸にして上条をコマのように振り回し、
「うなれ!我が必殺かみやん砲!!」
携帯の落ちている場所へと放り投げた。
「お前だけは信用してたのにぃぃぃぃぃ!!」
空中を飛びながら叫ぶと、上条は測られたように正確な距離で地面に着地し、その勢いを殺さず携帯を手に取り再び走り始める。
土御門の野郎あとで絶対殴ってやる、と上条が思いながら足を動かすと、
ゴッバァァン!!と携帯があった場所が爆発炎上した。
「くぅ…」
後ろからの衝撃に足が浮く。空中で身動きのとれない上条は勢いよくコンクリートの壁に叩きつけられた。
「ゴッ、ハァ……ッ!!」
ノーガードでアゴと胸を打ちつけたため、一瞬だけ息が止まった。
(やっろう……バカスカバカスカ撃ちまくりやがってッ!!)
歯を食いしばりながら痛みに耐え上条は携帯が自分の手の中にあることを確認して立ちあがり、
「かみやん!!こっちだッ!」
土御門の声がする方に走った。


「ねぇ…いい加減追いかけっこは止めてくれない?」
どこかで、何かが爆発する音がした。
「私は、もう嫌なのよ。アンタのことで…当麻のことでこれ以上悩みたくないの」
カツコツ、と靴が地面を踏む音がリズムよく聞こえてくる。
「アンタはいつでも私の前に居て、いつでも私を助けてくれた」
パラパラパラ、と天井から埃が落ちてきた。
「いつでもどこでも駆けつけて、まるで風のように私やその周りのものを護りながらアンタは一人傷ついていく」
ヒュ~、と口笛が地下駐車場に響いた。
「そんなアンタを私は見てられない。アンタの隣に立って、アンタを護りたい」
建物全体が揺れる。
「それが私、『御坂美琴』の気持ち」
バチョン!とどこかで電気がスパークする音が聞こえた。
そうして、一人の少女は足を止め、
「アンタはこの言葉を聞いて何を思う?」
止めどめなく血が流れる右手を前に突き出すと、


「私は、あまりにもバカバカしすぎて笑いが堪えられないと思ったよ!!!」


バッガァァァァァァン!!
と、どこかで、何かが爆発する音がした。
「もう分かってるんでしょう?」
カツコツ、と靴が地面を踏む音がリズムよく聞こえてくる。
「私が『御坂美琴』じゃないって…」
パラパラ、と天井から埃が落ちてきた。
「私はアンタを殺しに来たって…」
ヒュ~、と口笛が地下駐車場に響いた。
「でも、アンタは一つだけ気付いてないことがあるの」
建物全体が揺れる。
「よく考えてみて…私が『御坂美琴』になるために本人は邪魔だとは思わない?」
バチョン!とどこかで電流がスパークする音が聞こえた。
「アンタのせいで『御坂美琴』は死んだのよ」


「…………嘘だ」
少年はその言葉を聞いて、ただ呆然と呟いた。


<?>

ピチャン……と水が落ちる音が響いた。
(は、やく…行かないと…)
とある路地裏。上を見上げると、今にも雨の降り出しそうなどんよりとした厚い雲が見える。
所々に水たまりのあるところから日ごろから日当たりが悪いのだろう。
じめじめしていてあまり人が通らなそうな汚い道だった。
(わた、し…の、せいだ)
そこに一人の少女が壁に身体を押しつけるように体重を預けながら、ゆっくりと前に進んでいた。
(私が……かん、たんに…捕まったり、しなかったら……)
いつもの勝気な瞳を今にも意識を失いそうに細め、足を引きずりながらも少女は少しずつ前に歩く。
(学園、都市も…妹達(シスターズ)も……ッ!?)
と、足がもつれて少女は水たまりの中に倒れこんだ。
――――――『お前のこれ以上傷つくとこなんて……見たくねぇんだよ!』
少女の髪と服が水を吸収し、重くべっとりと肌に張り付く。
(アイツに……これ以上、迷惑をかけるわけ、には……いかないッ!)
顔に張り付く髪を払おうとはせずに少女は立ちあがり、またゆっくりと、確かなテンポで足を動かす。
――――――『どうして、お前が傷つかなくちゃなんねぇんだよ』
(だからこそ……私は…)
ギリッ、と音が響いた。
(私が、できる以上のこ、とを…)
少女が、知らず知らずの内に歯を強く食いしばってでた音だった。
――――――『何でお前が死ななきゃいけないんだよ、どうして誰かが殺されなくっちゃならないんだよ!』
(今度こ、そ…)
ミシィ……ッ!!と鈍い音が響いた。
――――――『やめろ、御坂!』
(私……、は―――――)
それは、少女が知らず知らずの内に拳を握りしめた音だった。

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