とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-478

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「は、はは……ぎゃはははははは、アハハハハハハッ!!」
死体が二体どころか、欠片すら残るまい。アドネッタは自ら会得したベクトル変換能力に完全に驕り、
その高揚を口から高笑いという形で解き放っていた。
(これで、一方通行の能力は私だけの物、と、ご独占。番外個体は殺してしまったが、
 元々死ぬ予定だった個体が息絶えただけ。計画に支障は無い。後は速やかに最終信号を回収し、
 学園都市へと帰還する。ん?『帰還』には語弊があるな、と迂闊。一応二人の生死の確認だけ行うか)
爆風で擬似的なホワイトアウトが発生していた、完全に視界は白一色。だが晴れるのを待つ必要は無い。
再び風のベクトルを弄り、霧のような雪化粧を取っ払う。

すると、次に目を疑う羽目になったのは、他でもないアドネッタだった。
人影があるような気がする。呼吸音が聞こえる気がする。鉄の匂いが充満していく『気がする』。
そこには、誰もいない筈のその場所には、

番外個体を守るかの様に、彼女の前で立ち尽くす一方通行と、まだ生存している妹達がいた。

アドネッタは光景を嘘だ、としか捉えられない。今の一撃を防いだのか。ありえない。
一方通行へのミサカネットワークの補助は掻き消え、今も代理演算を再開した様子では無い筈だ。
だが、生きている。全身が紅く染まり、深い傷が幾万と刻まれていても、番外個体を守り切ったのは事実。
一方通行の最後の切り札。実は彼は電波を遮断される直前に番外個体に一つの『指示』を出していた。
もし、ミサカネットワークが途切れる事があったら、お前がその代役を果たしてくれと。
つまり一方通行は番外個体とリンクする事で、土壇場で不完全な『反射』と演算能力を取り戻したのだ。
二人は、電極と直接『シート』によって繋がっている。この紐帯はアドネッタにも見抜けなかった。
よって、発揮された能力の切れ味は本来の九九七〇分の一。それでも、一方通行は諦めない。
命を一方通行に預けても良い、そう言ってくれた番外個体の思いに報いる為に。
打ち止めを再びあの日常に還すために。


アドネッタは気押しされてもすぐに立ち直った。一方通行にダメージが通っているなら、
『反射』も穴だらけのはず。さらに番外個体も動けない。ならばとどめを指すのは簡単だ。
その企てを遮るかの様に、銃声が鳴り響く。震える様な高音は、一方通行の拳銃から放たれた物だ。
弾丸がアドネッタの眉間を正確に捉える。しかし、アドネッタはタカを括る。あんな銃に頼るしか無い程
向こうは追いつめられている。そう確信したアドネッタは二人に直線的に接近する。
銃弾は無視した。『反射』が適応されている限り無力。そう慢心する。
そう、一方通行の狙いはその慢心だった。こちらの戦力を撹乱させるための布石。
元から当てようなどとは考えていない。こちらが無力だと誤認させるための罠。
ベクトル操作される銃弾をあえて逸らして着弾させず、アドネッタの体を掠めずに横切っていった。
アドネッタはそこでさらに余裕を見せ、二人を絶望に誘う一言を言い放つために口を開く。
「今度こそ、冥土の玄関を叩いてこいよ。お二人さン!!」

そう、口を、『開いてしまった』。
番外個体が電気操作で酸素を分解し、オゾンをアドネッタの周辺に発生させているのにも気付かずに。

ただ、これだけではアドネッタを打破出来ない。だから、一方通行はもう一押しする。
残されたベクトル変換能力で、大気を凝縮し、オゾンの濃度を極端にまで上昇させる。
「…………ッ!?」
特大の耳鳴りと共に、肺が萎み、脳に血が行き届かなくなった。
アドネッタは急激な酸欠状態に陥る。対策など最初から頭から飛んでおりこの連携攻撃を許してしまった。
意識が混濁し、思わず膝を付く。動きを一瞬止めたが、完全にアドネッタの息を止めたわけではない。

そう、この停止。この隙が、一方通行が、最も待ち望んだ時間だった。
「ミサカワーストォ!!」
「うん!」
もう息も絶え絶えな二人が、息を合わせ、究極の壱手で王手を賭ける。
その直後、番外個体が生み出せる、最大威力の電撃が、一方通行に直撃した。
(な……何、あ……がい……て……!?)
アドネッタの理解がさらに遠ざかる。そう、理解など届く筈が無い。

一方通行は上条との再戦、いやもっと以前、木原を死滅させた時から、一つの疑問を抱いていた。
あの黒い翼。あれは一体何だったのか。
この間までは、発現と同時に一方通行の自我は吹き飛び、思考も人間離れのそれへと変貌してたがため、
その力への理解は漠然としたイメージでしかなかった。
しかし、上条との再戦は、理性的に黒い翼への分析を行える、数少ない機会でもあった。
意識を保ったまま、あの力を振るえたのは、あの一戦だけ。
それで分かった点が二つあった。


まず、一つは力の源。一方通行のベクトル変換能力は学園都市における最大の感知能力。
例えば、蟻一つしか動かせないような微弱なエネルギーすら感知し『加速』させる事で、人を殺し、
全てを薙ぎ払う無限のエネルギーにまで変換出来る。
しかし、それまで。あくまでこの能力は、『0に限りなく近い数値』の力をも掬い取るが、
逆に『0そのものの数値』の力は手懐けられない。自然界の物質は皆、何らかのエネルギーを持ち、
一方通行はそれをベクトルに置き換え、把握出来るが、そこで行き詰まる。
だが、全く力、エネルギーを持たない物質が存在しているとしたら?
その物質、力場が0とされるなら、無限に観測出来るとも言っていいベクトルすら操れるならば?
一方通行の振るえる力は普段とは比較も儘ならない程、膨大になる。

もう一つは、変換した後のベクトル。この能力は物理法則に乗っ取り、全ベクトルを凶悪な威力に換える。
しかし、そこまで。机上の空論である『物理法則』における限界までだ。
そのため、ベクトル変換にも際限がある。例えば音速を超えすぎれば、
衝撃波は一方通行にすら制御しきれない規模まで膨れ上がってしまう。
極端を言えば、どうしても光速、相対性理論という足枷がある限り、一方通行の能力は頭打ちになる。
だが、もし『全く別の法則』にそれを置き換えれば、どうなるか?
光速を超えた速度で運動される物質は空間ごとねじ曲がり、観測者からは光より遅く見えてしまう。
そんな枠を超えられるのならば、一体どうなる?
一方通行が変換したベクトルは、観測者の視点さえ取っ払い、全法則が示す臨界を突破する。

この二つが黒い翼の正体。しかし、あれはまだ『不完全』だ。もっと整合性、正確さ、威力の制御、
効率的なエネルギーの運用、それらを突き詰めれば、さらなる領域まで手が届く潜在能力がある筈。
だが、今の一方通行の演算能力はあまりにも不十分だった。そのため、
力の変動をもっとも親和性のある『電流』のみに絞り、この範囲下のみ能力の効果を浸透させる。
これが番外個体が一方通行に電撃を叩き付けた理由。その電撃は加速器に乗ったかの様に
正確な円弧を描き、紫電から、黒い電流へと移り変わっていく。
(……011101111既8927則11110007445去980010101
 使457力340111546測430111011完245550000000……)
演算能力が一万分の一まで奪われても関係無い。一方通行の頭脳の最大の良点はずば抜けた処理速度。
言うならば、メモリが一メガしかないCPUでスーパーコンピュータ並の性能を発揮している。
常人では競争すら成り立たない圧倒的な情報処理能力は、正に学園都市最強の力を証明していた。

そして、一方通行の背中から黒い放射が意図的に発生される。その噴射は周囲三十メートル以上に広がる。
爆発的な加減無き最強の力。それが二翼に割かれるのは今まで通り。
しかし、今回は違った。無視出来ない変化が有った。
片翼のみが突如変形し、本来の姿へガチャガチャガチャガチャ!!と高速で折り畳まれ、
小さな小さな円状のボールの様に押し止められたのだ。
その円球の表面を放物線の如き輪が渦巻いており、鉛筆の様な棒状の物がゆっくりと抜き差しされている。
最適化は完了した。
そして、今や黒い翼の一部と化した漆黒の電流をこの円体に定着させる。
太陽から発生するプロミネンスの様に番外個体の電流が黒球を囲み、駆け巡る。
黒い雷電を帯びたその球体は万感のエネルギーが充満していた。
ブラックホール、とは安易に言い表せない。あえて言うならば宇宙に開いた空白たる『穴』だった。
一方通行の紅い瞳の瞳孔がキュッと縮む。その動きに反応したのか、黒いボールがさらに形状変化し、
中点から弾き飛び、一方通行の前面で極めて正確なリングに構造が差し替えられる。
そのサークルも回転し始める。その速度は、学園都市製の計測器ですらお手上げになる程の勢いだった。
その輪に、一方通行のありったけの力が叩き込まれる。
『空虚な力』と『虚ろなベクトル』を、極限にまで解き放つ。
それは、音速、雷速、いや、光速さえをも置き去りにし、研ぎすまされた力の凝縮物は、
未知の速度、未知の威力、未知の残影を現出させ、アドネッタへと容赦なく放たれる。


あえて形容するならば、黒い光量子砲。
黒々しい、極大の光を宿す雷撃が無限さえ超える質量をもって、リングから爆出した。
誰にも捉えられない一撃。観測者の見解さえ殺し切る、黒き超光子砲。
発生音の存在すら許さない。余計なエネルギーなどは全て威力に注がれている。
一方通行のみが放てるその重厚な一撃は、全空間の光さえ飲み込み、暗黒の一線として走り続ける。
雪原、空気、空間、大地、そんな些細な自然物は抵抗する権利さえ破壊され、
黒い光に凄まじい勢いで飲み込まれ、次元が捻曲がるような流れで薙ぎ払われる。
軌道には草一本残らない、巻き込まれた物質は差別無く物理構造を根源から崩され、
原子崩壊に酷似した現象を幾万と誘発させた。その爆発と衝撃すら成す術無く黒い砲撃に吸収される。
最強を辛うじて超える力。それは、あまりに無慈悲で広範囲すぎる殺傷過多の絶対的な威力を垣間見せた。

これに衝突して、生還できる『物』など理論上ありえない。だがアドネッタはその理論に喧嘩を売った。
(こ、こんな力、放っておけるか!これも我が『最姿装飾』で写し取って……!)
その暗闇に飲まれる一歩手前でアドネッタは霊装に追加のオーダーを出した。
あの黒い翼までもを『模倣』する。そうすれば互角だ。敗北から逃れられる。
だが、『全盛期』の力をトレースする霊装ですら、拒否の意を示した。黒い翼すら発現出来なかった。
(ま……まさか、これは!『一方通行の能力じゃない』!?いや、違う、これが本来の一方通……!!)
思考まで食い破った一撃によって、アドネッタは素粒子を構成するクォークよりも細かく分断され、
遺伝子情報さえもが完全に現界から抹消された。
生死の確認など、赤子ですら可能なレベル、でしかないだろう。


14
戦いの終止符は、かつて無い程までのオーバーキルで打たれた。
一方通行の前方から地平線まで、一直線に綺麗で均一な道が掘られていた。
アドネッタが消滅した直後に拡散したミサカネットワークの電波が戻り、
一方通行の思考は完全に修復される。
その心は、歓喜に満ちていた。今の一撃。それが一方通行の絶対的な『反射』の壁すら超えられるもの
ならば、あのエイワスと同等の力を得たのと同義だ。この力さえあれば、フィアンマどころか、
エイワスをも倒しきれるかもしれない。この確かな成長に一方通行の心は震えが止まらなかった。
が、そんな夢に本格的に浸ろうとする前に、一方通行は番外個体の様子を確認した。
外傷があるならば一刻も早く止血をするか、能力で血流を維持しなければ。
しかし、少女はその場に倒れていた。その瞳は瞼によって遮断され、完全に気を失っている。
能力の過剰な使用によって危険な状態になっている可能性がある。一方通行は急いで駆け寄った。
「おい!番外個体!しっかりしろ!」
声によって意識の覚醒を促すが、まるで反応がない。
やむを得ず、能力で番外個体の体に触れて分析を始めたが、
「………………」
そうしてから、番外個体の頬の両方を思いっきり引っ張った。
「あ、あでででででで!!ひ、ヒドいよ第一位!あんなに献身的に働いたミサカにこんな仕打ちは
 あまりにも残酷すぎるよ!」
番外個体は気絶した振りをしていただけだった。一流の狸寝入りだったが、一方通行にはお見通しだった。
本気で心配した自分が馬鹿みたいだった。
だが、安心していた。
妹達が、また死ぬ事は、無かった。
今の二人を客観的に見れば、一方通行が番外個体を抱きかかえているようだった。
そうして、番外個体だけがその感覚を慈しみ、小さな口を開く。
「でも、初めてミサカの名前を呼んでくれたね。素直にそれは嬉しいな」
一方通行は思いがけない言葉を聴いた。確かに、電撃をもらう前に番外個体の名を呼んだ覚えがある。
何故か、焦った。そのせいで、口が勝手に動く。声が素直にこちらの命令を聞かなかった。
「……こっちもイイ台詞を聞いた気がするなァ。何だったか、
 『例えアンタがミサカの思うがままの一方通行でいられるとしても、ミサカはそれを幸福とは思わない。
 ミサカはアンタのような張りぼてには興味は無い。ミサカが好きになったのは、ミサカが
 一緒に寄り添いたいと願った一方通行は一人しかいない。冷たくて、乱暴者で、いつも文句ばっかり
 言うけど、ミサカ達全員を救うために奔走するこの人だけ!』だった、か?」
一方通行の電極が効果を失っても、番外個体のサポートによって、あの時点で実は演算能力は回復しつつ
あったのだ。こっ恥ずかしい台詞を復唱されて、番外個体の顔がボッと真っ赤に燃え盛る。
「そ、その……ミサカは、あなたの事を…………ぼそぼそ」
番外個体の体温が徐々に上がるのがわかった。それをもっと推進してやるかと、一方通行はまた喋る。
「わかってンだよ、番外個体。オマエのおかげで勝てた。全部オマエの功績だよ。
 これなら置き去りにするどころか、最後まで連れていくことになるなァ。
 ……だから俺達についてこい。オマエの抱いた、『夢』って奴がどォなるかにも興味があるしな」
そうして、一方通行は優しく、柔らかい笑顔を、番外個体だけに見せた。
今度は本音だった。番外個体にだけに言える、正直な気持ちだった。
それだけで番外個体はまた頬から全身まで赤赤々になって、そのまま素っ頓狂な声で、

……お願いします、とだけ、返した。


15
戦闘から生還した二人は孤児院の周囲を見定めて、約十五分経過した後にオッレルス達と合流した。
近辺に使われていない廃墟があり、その中で孤児達や打ち止めらと篭城していたようだ。
声をかけてから入り込むと一番最初に知ったのは、
こちらにもアドネッタの手下が攻め込んで来た事だった。
しかし、何故かその別働隊は皆正座で冷たい地面に鎮座していた。
大の男達が十数人、説明できない恐怖に怯えているのか、無害な小動物のように震えているのが滑稽だ。
オッレルスが二人を出迎える。
「……どうやら本隊は撃破したようだね。魔術を敵に回すのは中々厄介だっただろう。
 だが、無事で良かった。おかげでこっちへの来襲は手薄で、少し脅せば簡単に無力化出来たよ。
 もちろん孤児達も打ち止めにも全く被害は出ていない」
一方通行はオッレルスの手腕に舌を巻きつつ、確かな安堵に浸れた。
打ち止めの無事を確認したからだ。彼女は孤児達と内緒話をしていた。
そうするとまたオッレルスが言う。
「彼ら、どうやら学園都市に寝返る為にこの戦争の情報を幾つか漏らす準備をしていたらしい。
 そこで、耳寄りな朗報を快く話してくれたよ」
まさか、そのまさかだった。
「……フィアンマの次の標的。どうやら『幻想殺し』、上条当麻を誘い出すために、
 自ら捕獲したサーシャ、天使の依り代である彼女への『神の力』を降魔させる儀式を
 あえて大っぴらに始めるらしい。場所はノヴァヤゼムリャ。ヨーロッパの最北東端にある孤島だ」
次の指針は確かに一方通行に伝わり、彼の目標地点が決定する。
その瞬間、打ち止めが一方通行にぶつかって来た。ドゴォ!と乱暴的だが、平和な衝撃音が鳴る。
一方通行はそのまま倒れ込み、打ち止めに羽交い締めにされ、ぽこぽこ叩かれる。
「もう!またあなたは喧嘩ばっかりしてる!ミサカの心配はどこ吹く風って思ってるの!?
 ってミサカはミサカはボロボロのあなたの体にさらに鞭打ってみる!!」
「が、ぬがァああああああ!!!じょ、冗談抜きでやめろクソガキ!!ってか、オマエ等も
 楽しそうに見物してンじゃねェエエエエエエエエ!!!」
何だか、コイツ等本当に仲良いなぁ、と孤児達もオッレルスも二人の喧嘩を眺める眺める。
それに番外個体も加わる。
「おおおお!ミサカも第一位にじゃれてみる!!ほれほれココを攻められると弱いんだろ、と
 ミサカの特殊攻撃があなたのアソコに突き刺さる!」
「いいいいい加減にしろォ!!!ああ、もうオッレルス!!もう俺等はここから出ていくからな!!
 これ以上、俺の惨状とこの妹達の馬鹿らしさは誰にも見せねェ!!だから、クソガキ共、
 クスクス笑うのをやめろォォォォ!!」
勝利の余韻に添えられるのは、楽しく、愉快な、三人のいつもの光景だった。


そんな内に全員大人な落ち着きを取り戻し、戦いの前のお迎えムードに戻っていた。
何故かまた孤児院の門に集合して、一方通行達は本当にここから出て行く態勢になっていた。
一方通行はポリポリと頭を掻き、オッレルスに確認する。
「とにかくノヴァヤゼムリャに向かう。虚偽の情報かも知れねェが、上条を誘き出すためなら
 真実じゃなけりゃ意味がねェ。十中八九、奴を捕獲するための罠が仕掛けられてるだろォが、
 捕まえた上条を回収しにフィアンマの直属の手下が来る筈だ。運が良けりゃ、本人が直々に
 登場するかもな」
さすがにそこまで迂闊じゃないだろうが、上条は魔術的な罠では捕まらないかもしれない。
あのバカなら落とし穴とか単純なトラップに引っ掛かる可能性もある。
どちらにしても、一方通行が上条を助ける羽目に陥る……ような気がしてならない。
そうだな、と一回間を置いてオッレルスが答える。
「もしくは、幻想殺しが辿り着く前に『神の力』の召喚に成功……するかもな。
 その場合なら、儀式にフィアンマが立ち会うのが確定するだろう。
 でだ、君達はなるべく迅速にノヴァヤゼムリャに向かわねばならない。
 ここから余裕で千キロメートルはある。歩いて行けば、到着する頃には全部後の祭りになる。
 という訳で、ここで俺達から君達にプレゼントがある」
プレゼント?と打ち止めと番外個体が頭を捻る。
すると、門の外側に何かが到着した。ブルルルル!と威勢がいいエンジン音が鳴り止む。
一方通行達をここに運んだ車だった。上条達を乗せた車列の中の一台。
どうやらそれを、中学生ぐらいの孤児が一人運転して徐行させて、停車させたようだ。
「……まぁ、歩行よりはマシかなってぐらいなトコだが、それよりは随分早いだろう?
 俺達が持ってても仕方無いからな。好きに使ってくれ」
一方通行は了承した。ここまで無償で手を尽くしてくれるオッレルスに感謝をしつつ、
「打ち止め、別れの挨拶はいいか」
離別していく。
打ち止めはうん、と頷く。ここの孤児達と信頼し合い、少しの間だけ、さよならだね、と
言った後、車の後部座席(トラックなので狭いスペースだが)に乗り込んだ。
「番外個体、オマエも乗れ」
番外個体も助手席に収まる。
一方通行も、運転席に座った。窓から肩ごと顔を出し、オッレルスに、
「じゃあな、恩に着る」
一言だけ残し、体を引っ込めて窓を閉めた。
差されたままの鍵を捻ってエンジンを起動させる。サイドブレーキを解除する。
再び動き始めたエンジンによって、車体が振動する。
「第一位、運転できるの?免許は?」
番外個体が一応聞く。今までの一方通行は車の運転を必ず他の人間に任せていたが……
「肝心なのは許可状じゃねェ。心得だ」
杖を突く身にも拘らず、一方通行は力強くアクセルを踏み、学園都市製の車よりも
一世代グレードダウンした車体を流暢に発進させた。
ブロロロロ……と消費される燃料に則した爆音を漏らしつつ、
一方通行達が乗り込んだ大型車が、孤児院から離れていった。
オッレルス達は黙って見送った。
車体が見えなくなっても、ずっと。



「あなたって運転うまいんだね、ってミサカはミサカは一方通行の隠れた特技に真剣に感心してみたり」
外は何時しか豪雨になっていた。戦争によって火薬が過剰に使用される事で気温が狂い、
これほど寒いのに雪にならずに、水が降る。ワイパーで視界を確保しつつ暫く走って、
戦争の局地を避けている内に、打ち止めが口を開いた。
「こンなモン、一目見りゃどォ動かすかぐらい何となく分かるだろォが」
かなり人間離れした発言を一方通行は平然と返す。
大型車は乗りこなすのには慣れがどうしても必要になるが、彼にとっては楽勝だった。
「ミサカにもできるかな?」
「オマエには無理だ」
だが、番外個体の意欲は速攻で否定する。こいつなら運転代われ、とか言い出しそうで怖い。
「何でなんで!ってミサカは憤るよ!もう、ミサカばっかり除け者にして!さすがにミサカも怒るよ!」
あァ?と一方通行は考える。番外個体を除け者にした覚えが無い。まぁ本人が言うならそうなんだろう。
「そうだ。大きいミサカに言いたい事があったんだ、
 ってミサカはミサカはミサカ二〇〇〇二号に一つ提案をしてみたり」
打ち止めが話題をずらした。提案とは何だろうか。番外個体もきょとん、としている。
「大きいミサカも、ミサカネットワークに入らない?ってミサカはミサカは強引に誘ってみる」
番外個体がはっとする。そんな事、考えもしなかった。自分は元々『セレクター』によって
ミサカネットワークから分断され、打ち止めの上位命令文も遮断していたため、
他の妹達とリンクする余地など無かった。だが、それが破壊された今なら可能だ。
だが、負い目が番外個体にはあった。自分は妹達の輪に入る資格などあるだろうか。
一方通行を殺しに、そして心を砕いた罪深い自分が。
迷った番外個体は、一方通行に目を向ける。彼はどう思うだろうか。
だが、一方通行は簡単に言った。
「イイじゃねェか。オマエだってその権利があるだろ。第一、オマエが妹達から外されたのは
 クソったれの学園都市の上層部の勝手な理由からだろォが。オマエのせいじゃねェ」
簡単に許した。
「オマエの人生だ。好きにしろ。妹達に仲間入りするのも、今のままでいるのもオマエの意思次第だ」
一方通行が言うなら、そうするべきなんだろう。番外個体の負い目は随分と軽くなった。
それを、受け入れた。こくん、と頷いた。
それに応じて打ち止めもにっこり笑い、歌うようにコードを入力する。


「検体番号ミサカ二〇〇〇二号の潜在電波を同調確認。誤差、変数、導入後のミサカネットワークにおける
 加算効果、全て許容可能。これより個体名『番外個体』を新規妹達としてオリジン追加する。
 ホスト構築まであと二十五秒。
 …………三、二…………受信完了。ミサカネットワーク総量数、九九七一に変更。
 バックアップ、全記憶の共有、潜在意識と『自分だけの現実』における意思経路確保承認。
 …………うん、大丈夫だよ。大きいミサカに皆、反応してる、ってミサカはミサカは
 リンクの確認を尋ねてみる」
その時、番外個体の脳内に対外意識の混入が成された。今の番外個体の頭の中には妹達の、
『何故か新しいミサカが入門したようです、とミサカ一〇八五三号は情報更新に事務的に反応します』
『どうやら感情構造に差異が存在するので、とりあえずその人格データをチェックします、と
 ミサカ一四九〇二号は常識的に対応します』
『まだまだ人生経験が足りないようなので、これからゆっくりご教授します、と
 ミサカ一九〇〇七号は優しく進言します』
『とにかく二〇〇〇二号もあの少年の功績を真っ先に知るべき、と
 ミサカ一〇〇三二号は私情抜きで伝えます』
『そ、その図抜けた発育速度に興味が有るので構成過程を知らせなさい、と
 ミサカ一九〇九〇号は内密に依頼します』
様々な言葉が届き続けていた。自分を否定する者は誰も居なかった。一人も。
自分の居場所。それを見出した番外個体は、かつては悪意に染まった人形だった妹達の一人は、

涙を流していた。
心の傷から滴り落ちるものではない。満ちた心から溢れ出すものだった。

それを眺める打ち止めは嬉しそうに、していたが、
「……ふふふ、これで大きいミサカもこの打ち止め様の命令には逆らえなくなったのだー!って
 ミサカはミサカは裏にあった思惑で場の空気をぶち殺してみたり!」
爆弾が落ちた。一方通行の肩ががくっと落ちる。番外個体は、んなッ!っと目を見開く。
「そ、そんな策略があったのか!このミサカを奴隷に堕とすための甘いワナだった!
 く……あまりにも迂闊だった、『ってミサカは自分の軽薄さにうんざりするよ』!」
ミサカネットワークとのやり取りで、もう妹達共通の口癖が付きつつあるらしい。
「よーし、じゃあ早速、『シート』の効果を横取りしてこの人の心を読み、このミサカも
 より一方通行と親密になる計画、名付けて『アクセラオーダー』の実行に移る!って
 ミサカはミサカは高らかに独裁宣言をしてみたり!」
「ははっ!残念でした。ミサカの『シート』はこの番外個体オンリーの能力機関だから
 上位個体である小さいミサカには使えないのでしたー!ってミサカは革命宣言するよ!」
「く、くぅぅぅぅぅう!ってミサカはミサカはガチで悔しさに布を噛んでみたり!」
なんか愉快な事ではしゃぐ妹達。完全に精神的な壁は取っ払われていた。


だが、一方通行だけは目線が異なっていた。この平和も確実に崩壊に近づいている。

打ち止めの病状は上条とオッレルスの処置によって幾許か回復した。だが、改めて能力によって
診断すると、『始動キー』は少しずつ、まるで紙を水に少し浸すとすぐに
紙全体に湿りが広がる様に、打ち止めの脳を再び浸食しつつあるのが分かったのだ。
このままでは確実に打ち止めは死ぬ。それが現実だった。

番外個体も、本来ならば一方通行の精神を砕いた後は、消滅する筈の個体だった。
学園都市はイレギュラーの存在を許さない。出る杭は必ず全力で打ってくる。
いずれ、確実に番外個体の命を狙う敵が来る。それが現実だった。

そして、一方通行にも、同様の危機が訪れるだろう。自身の精神への攻撃は途切れまい。
学園都市はどうしても一方通行を『穏便に』投降させたいらしい。
希望の業火が灯る地獄と、絶望の聖火が点る天国、どっちがいい?
その決断を迫る来訪者が現れるだろう。打ち止めや芳川、黄泉川の化けの皮を被った『何か』が。
それが現実だった。

それでも、一方通行は希望を選ぶ。夢を諦めない。
そう思うと、ハンドルを握る指に力が入る。
(もう俺は妥協しねェ。あいつの影を追う事もしねェ。こいつらを、妹達を、
 あのシスターも、善も悪をも超えた手で全部、救うんだ)
打ち止めと孤児達の交流。あの平和の光景は嘘ではなかった。
一方通行のやり方次第で、現実に起こしうるんだ。
『傲慢だろうが何だろうが、お前自身が胸を張れるものを自分で選んでみろよ!!』
あの言葉がほんの少しだけ心を掠めた。
(残念だが、胸を張れるほど立派なものじゃねェ)
だが、もうあの少年への脅威も畏怖も消え去っていた。
(青臭ェ、ただの人間が願う当然の夢だからだ)


夢を完結してみせる。
一方通行は、打ち止めと番外個体、妹達に恒久の平和を与える夢を。
番外個体は、一方通行の過去を許し、その重荷から彼を自由にする夢を。
打ち止めは一方通行が光の世界に帰って来れるように、彼を闇から取り戻す夢を。
ただ、それを叶えるために、一方通行達は走り続ける。
何時しか雨は晴れ、大きな虹が彼らを新境地に誘う。

虹のように光彩ある非現実な夢。暗雲から降る絶望は希望に潤いを与えて、その思いに苦難を強いる。
既存のルールを維持するために大人が象る高尚な現実に、ルールを打ち破る子供の抱く幻想が牙を剥く。
ひたむきに心の真義に従い続ける純粋な力を信じ続ける者だけが、
誰もが肯定しない甘く優しい奇跡を呼ぶ。



『とある妹達の番外個体』 完



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