とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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<12:36 PM>


 『ストレンジ』。
 第一〇学区にある、まるでスラムのようなその地域は無能力者(LEVEL.0)の集団、スキルアウトが根城とする廃墟の立ち並ぶ場所である。
 そこは学校の教師たる警備員(アンチスキル)の目も届かず、生徒で組織される風紀委員(ジャッジメント)の管轄にも入らないため荒廃化し、一種の無法地帯となり果てていた。
 そんな地域のとある廃墟ビルの中。超能力者(LEVEL.5)御坂美琴と無能力者(LEVEL.0)佐天涙子は錆びれた階段を上っていた。
「大丈夫ですか、御坂さん」
「………うん……、大丈夫」
 足を負傷する美琴の肩を佐天が持ち、一段一段をゆっくりと確実に登っていく。まだ上り始めたばかりの階段のためここは一階だが、美琴から要求されたのは三階だった。美琴が今置かれている状況を説明してくれるらしいのだが、外で話すのは危険らしい。
 話なら風紀委員(ジャッジメント)の詰めどころにでも、と佐天は提案したがそれについては、美琴が頑として首を縦に振らなかった。
――――『話すのは、佐天さん一人だけ』
 そう言われて説明場所に選んだのが、この廃屋だった。美琴を発見した場所から数分歩いた場所にあるここは、どうやら廃墟の中でも特別古いらしくスキルアウトの影も形も無い。水たまりや、錆びた手すり。割れた鏡や窓などはかなり衛生上悪そうだが、内緒話をするには最適そうだ。
「ごめん……佐天さんを巻き込むつもりはなかったのに」
「何を言うんです。御坂さんと私の仲じゃないですか。そんなに遠慮しないでくださいよ」
 美琴に出来る限りの笑顔で返事を返す。さっきから絶えず悲痛に顔を歪める美琴は、その言葉を聞いて少しだけ、表情を明るくした。
 二階へとたどり着く。三階まではあと少し。佐天は美琴の肩を持ち直し、足に力を込めて一段目を踏み出した。
「『パンドラの箱(パンドラピュクシス)』って佐天さんは知ってる?」
 唐突にそう美琴は切り出した。佐天は美琴が何を言いたいのかがわからないが、今ここで話すことに無意味なものはないだろうと思い言葉を返す。
「ギリシャ神話のお話でしたよね。全知全能の神、ゼウスとかなんとか居たと思いますけど、詳しいことは私、知りません」
 ほら私成績悪いですから、と佐天は笑う。
「でも、パンドラの箱っていうお話は比較的有名ですよね。パンドラって人が開いた箱には絶望がたくさん入っていて、その絶望がすべて外に逃げ出してしまうってやつ」
「簡単に言うとそういうこと。正確にはパンドーラーは『人』じゃなくて『神々』の一人だったらしいけどね。箱以外にも壺っていう説もあるわ。そして、絶望がすべて逃げ出した箱の中には一つのものが残った」
「―――――希望、ですよね」
 美琴の肩がビクンと少し揺れた。言ってはいけないことだっただろうか、と思いながら美琴の横顔を眺めると、少女は数回息を吸ってから、続けた。
「『小さな希望を求め、我らはただ闇の中で息を潜める』。そんな信念から名付けられた組織名が―――〔パンドラ〕」
「……………、組織名?」
 そうよ、と美琴は何かを思い出すように遠くを見ながら、拳を握る。
 三階に辿り着いて、適当な部屋を選んでそこに入った。
 結構な広さだ。どうやら、ここは元学習塾だったらしく、黒板はないものの机や椅子、いくつかのテキストがそこらに散らばっていた。三階も一階のボロさとあまり大差はなく、古びたコンクリの壁には竜の爪跡のような亀裂がいくつも走っていた。
 転がっている使えそうな椅子を一つ手に取り、そこに美琴を座らせてから、佐天は何かクッションになるようなものを探す。
「その〔パンドラ〕っていうのが、今回の御坂さんの『敵』ですか」
「……そう、なるわね。いや、違うかも」
「………違う?」
 佐天は辛そうに椅子に座る美琴を思わず見つめた。自分の能力でも確かめているのか、美琴は人差し指と親指の間でバチンと火花を散らしている。
「やつらの目的は、私一人の問題じゃない。”学園都市のすべてに関わる大きな問題よ”」
「学園都市の………すべて」
 そう、私たちの暮らす学園都市という場所の存在に関わる問題、と美琴は言う。
「やつらは学園都市を完璧に破壊するつもりよ」
「破壊って……この学園都市をですか!?」
「それに類するもの全てを、ね」
 人口二三〇万人の学園都市。
 東京の敷地面積の三分の一を所有するこの一帯がすべてが破壊されることを考えて、佐天は思わず身ぶるいする。
「そんな!! そんなことをしたら世界に大きな影響が出るんじゃないんですか!?」
 学園都市は世界にも大きな影響力を持っている。元々日本国家からもほぼ独立したような形からも予想出来るように、学園都市だけの発言力というものもかなり大きいことはただの学生である佐天でも充分承知していた。
「そんな世界への影響なんて考えるやつが学園都市を潰そうだなんて考えはしないわよ」
「じゃあ、その理由はいったい何ですか。学園都市を完璧に破壊する理由は」
「簡単よ。いつだって、悪役の考えることなんて単純なもんじゃない」
「単純って……」
 ハッ、と美琴は笑った。まるで、まだわからないのかとでも言わんばかりに。
 いまだわからない佐天を見て、美琴は苦虫を噛み潰したかのような表情で、こう言った。
「学園都市になり替わる」
「………は?」
「学園都市という世界の権利を横から奪い取る」
 世界においての学園都市の立ち位置を奪い取ることにやつらは大きな意義を感じているようね、と美琴は呟く。
「そんなこと………、」
 出来るはずがない、という佐天の呟きを遮って美琴は首を横に振った。
「それが、やつらはそれを出来ると思っているらしいわ。学園都市には出来ないだろうことも、自分達なら出来るなんて、そんなことを〔パンドラ〕は考えてる。そして、その方法も。ほら、一時期『外』でも能力実験が行われてるっていう噂が流れたじゃない。全部失敗したって聞いたけど、一部でその実験は成功したらしいの」
「でも、学園都市と三十年近くの科学の差がある『外』に能力者の開発なんて…」
 佐天の言葉に、ううん、と美琴は肩をすくめる。
「同じ方法では、できなかったらしいわ。科学力の差がある『外』の連中はその差を少しでも縮めようと努力したみたいだけど無理だったみたいよ。まあ、学園都市にあった『樹形図の設計者(ツリーダイヤグラム)』みたいな超高度並行演算機械があったら別だったんだろうけどね。やっぱり、同じ方法じゃ無理だった」
「無理……”だった”?」
「そうよ。だから『外』は私たちとは違う方法を見つけ出したらしいわ。”私たちの超能力開発とはまた別な、まったく物理法則の違うものをね”」
 物理法則が違う。そう言われても佐天には皆目見当もつかないことだが、それがどのような意味を持つことくらいはわかった。
 それならば、学園都市のなり替わりを可能にする方法があるのかし知れない。超能力とはまったく違った、学園都市とは全く違うその力ならば、学園都市にできないことでも、やれるかもしれない。
 その事実を理解し、佐天はごくりと生唾を飲み込んだ。
「それが……〔パンドラ〕の、目的ですか」
「それが、私たちの止めなければならない『敵』の目的よ」
 そう言って、美琴はポケットから携帯を取りだした。カエルの姿を模倣した携帯を開き、待ちうけ画面にある時計の時刻を確認する。その時、携帯のにカエルのストラップが付けてあるのを、佐天は見た。
「御坂さん。そのストラップを私、見たことありませんよね。新しいのですか?」
「え? いや、確か一度見せたことあったと思うけど。それがどうかしたの」
「いえ、珍しいストラップだな、と思いまして」
 見せてください、と佐天が言うと美琴は渋々といったふうに携帯を差し出した。
「そんなストラップごときがそんなに珍しいかなぁ」
「…………いえ、ありがとうございます」
 そわそわとする美琴に携帯を渡すと、すぐにポケットの中へと仕舞った。
 それを最後まで見ずに佐天は美琴に背を向けて、向こうの窓際の方へと歩き、窓から外を眺めた。
 外は先ほどまでの曇りという沈黙を破り、廃墟ばかりの街には雨が降り注いでいる。ゴロゴロ、と雷を鳴らす空を見て、佐天は口を開いた。
「二つだけ聞いてもいいですか?」
「? 何を聞きたいの」
「〔パンドラ〕ってやつらの目的はわかりました。その方法については御坂さんもわからないってことも。じゃあ〔パンドラ〕ってのはいったい何の組織だったんですか? 学園都市を潰すためだけに作られた組織ってわけじゃないんですよね」
「……それについては私もわからないわ。調べようにも情報が少なすぎてわからないの」
「そうですか………………なら最後の質問です」
 そうして、佐天は言葉を区切った。窓の外から目を離して美琴を見つめ、数秒悩むような表情をしながら、何度も口を開閉する。
 佐天は拳を握りしめて歯を食いしばり、意を決して自らの疑問を目の前の少女へと叩きつけた。


「あなたは、いったい誰ですか!?」


 瞬間。
 ズバン!!!! と佐天の真横を青白い何かがつきぬけた。
 それは幾度となく見た雷の槍。超電磁砲(レールガン)御坂美琴の使う、雷の一撃だった。
 文字通り光速の一撃は、通った軌跡しか見えず、気付いた時には佐天の後ろの壁を圧倒的ジュール熱で溶かし、大きな穴を作っていた。
「私が誰って……御坂美琴よ。佐天さん、あなた突然何を言ってるのよ」
「嘘です」
「常盤台中学の超電磁砲(レールガン)。学園都市の第三位よ」
「嘘ですッ」
「私は黒子や初春さん。佐天さんの友達じゃない」
「嘘ですッ!! あなたは絶対に御坂さんじゃありません!!」
 どこか余裕を持つ美琴とは対照に、佐天は背に冷や汗を感じながら思わず叫ぶ。そんな佐天を見て、美琴は目を細めた。
 足の負傷などを感じさせない気軽さで椅子から立ち上がり、美琴はクスクスと笑う。
「理由を聞こうかしら」
「最初は、ただの違和感です。ただ御坂さんが疲れているだけだから、辛いだけだからいつもと少し違うんだと思ってました」
 実際、そこまでおかしな点はありませんでしたけど、と佐天は言う。
「でも、さっきのことで確信しました」
「さっき?」
「ストラップ……ですよ」
 さっきの会話には佐天の罠があった。もし目の前の人物が美琴でないのならば、ストラップを初めて見ましたよね、という質問に必ず引っかかるはずだと。
「でも、あなたは引っかかりはしませんでした。けど……」
 目の前の少女は、一つだけミスを犯した。
「御坂さんは、あのストラップを大切に思っているから………白井さんにも触らせないぐらいに本当に大切に思ってるから『ストラップごとき』なんて絶対に言わないんです!!」
「………、」
 ふうん、と美琴は頷き、顔に張り付く髪を鬱陶しそうに取りながら、不愉快だと言わんばかりに顔をゆがめた。
「能力のないレベル0が随分とでかい口を叩くじゃない。私を誰だと思ってるの? 二三〇万人の頂点、七人のレベル5の一人、御坂美琴よ」
「御坂さんはそんなことを言いません! レベルとかそんなくだらないことで人間を判断するような人じゃないんです!!」
「それはアナタが勝手に私に突きつけたイメージでしょ? クスクスクス、笑わせないでちょうだい。勝手に良いように想像されて、勝手に幻滅されても困るんだけど」
 バチン!! と前髪で電流をスパークさせながら、美琴は腰に手を当て、見下すように佐天を眺める。
 ―――明らかに、佐天の知っている美琴ではない。
「私は『御坂美琴』よ。正真正銘、誰もが認めるエリート(レベル5)。アンタみたいなゴミ(レベル0)にどうして私の存在を否定されなきゃいけないのよ」
「御坂さんは、どこですか?」
「アンタの目の前よ」
「ちがいます」
「私が『御坂美琴』よ」
「違いますよ!!」
「あぁもう、うっさいのよ!!」
 ガキョン! という金属のぶつかる音が佐天の耳に届いた。音源を見てみると部屋のそこらじゅうに散らばっていた机や椅子が浮かび上がっている。
 磁力。
 美琴の操る磁力の引力と斥力の間で拮抗し、まるで宙に浮いているように見えているのだと佐天が気付く前に、パチンと指を弾く音が響いた。
 その動作だけで、宙に浮かぶ机の一つが目でかろうじて捉えられる速度で弾かれるように佐天へと跳んだ。
「ガッ!!」
 ゴン!! という音を聞く余裕もなく、少女の小さな身体は机に激突され壁に叩きつけられた。美琴の操られた机が佐天の身体を圧迫し、身体が軋む音を出す。
「黙りなさいよ。アンタ何様のつもり? つまらないことをペラペラペラペラ鬱陶しいっつうの」
 カツ、と革靴が地面を叩く。まるでゴミを見るような眼で少女は佐天を見据えた。
「アンタの考える御坂美琴はもっと優しい? もっと可愛い? もっと賢い? 無能力者(レベル0)の悪口なんか言わないのかしら? クスクスクス。バカじゃないの? 自分の思い違いに気付きなさい。自分の愚かしさに気づきなさい。自分の恥ずかしさに気づきなさい。そんなんだからいつまで経っても無能力者(レベル0)なんていう位置で立ち止まってんのよ!!」
 ザアアアア、と雨の音が聞こえる。その雨の音に紛れるように、パチンパチンと火花が散り、ゴギギゴガギギ、と骨の軋む音がする。
 初めて感じる許容を超えた痛みに悲鳴を超えた絶叫が口から出る。
「自分の愚かしさを自覚しないで、なかったことにしようとする。それで何が変わるっつーのよ。これだから無能力者(レベル0)は嫌い」
 自分のことをバカにされているというのに、佐天は言い返しはしなかった。いや、言い返すことができなかった。
 無理もない。
 相手は高位能力者。対してこちらは無能力者。戦力が違う。戦車に素手で戦いを挑むようなものと同じだ。逆らう事が間違ってる。生きることを望むのなら逆らわないこと。自分の機嫌を損ねるだけで、相手の命を消すなんてことを高位能力者はいとも簡単に実現してしまう。
「謝りなさい。私をバカにしたことを、頭を地につけて、誠意をこめて謝りなさい。それだけで許してあげるわ」
 悔しい。
 悔しいことを口に出来ないことが一番悔しい。その気持ちを堪えることが出来ず、佐天の瞳から涙が溢れ出した。どうすることもできない圧倒的な暴力、糸口の見えない理不尽な状況、一人という徹底的な孤独。それらが大きく心に響き、混ざり、打ちつけ合って、佐天の感情がぐちゃぐちゃになる。
 自分はただ友達を助けたかっただけなのに、なんてことを思う。
「無能力者(レベル0)ごときが、超能力者(レベル5)様をバカにして申し訳ありませんでした、とそう言いなさい」
 そうしたら許してあげる、と少女は言った。そう言うだけで、この理不尽な状況から抜け出せる。
 自分はレベル0だ、と佐天は過去に自分をバカにするように言っていた。どこまでも自虐的に、どこまでも凄涼的に言っていた。それの延長線ではないか。出来るだけ言わないように心がけていたけれど、こんなときにそんなことを気にしている余裕などない。
 言おう。言ってしまえば楽になる。そうするだけで、こんな痛みから解放されるものなら安いものだろう。
 こんな暗闇から抜け出すためにどうしてためらう必要があるだろうか。よく考えてみると簡単なこと。他人に迷惑がかかるわけじゃない。被害があるのは自分だけ。その自分など、つまらないものだ。たぶん、自分が居なくなったって何かが変わるわけじゃない。『別にいいじゃないか』そんな気持ちが佐天涙子の正義感、良心、プライドをぐしゃぐしゃにする。
 謝れ。謝れ。謝って楽になれ。そんな声が佐天の胸の中で大きく叫ぶ。
 痛みと悔しさに奥歯を食いしばり、嗚咽を漏らす。
 そうして、佐天は震える口を開いた。
 涙を流しながら顔を俯かせ、唇をゆっくりと動かす。
 その光景を目の前の少女が笑っているの見て、佐天は声を出さずにはいられなかった。


「これ以上…私の友達を侮辱するな!!」


 は? と美琴は眉をひそめた。信じられないものを見るような眼で佐天を見る。
 佐天涙子は軋む身体を抑えつけ、出来る限りの力を込めて。
 今ある限りの力を込めて。
「私の友達は、そんなことを言わない!! 他人の非力さを笑うような、そんな弱い人間じゃないんだ!! もっと凄くて、皆の憧れる御坂美琴は―――」
 大きく息を吸って、ここにある力全てを使うような気持ちで。
「―――お前みたいな、暴力で他人を脅すような卑怯者じゃない!! そんな人間が御坂さんを語るなァあああああああああああああ!!!」
 そう、叫んだ。
 御坂美琴は呆気にとられたような表情で佐天を見て、呟く。
「…上等」
 言って、右手を佐天へと向けた。帯電する右手を青く染め、あらんばかりの閃光を辺りにまき散らす。
「素直に謝れば記憶を消す程度で許してあげるつもりだったけど、こりゃだめね。いいわよ、アンタは私の敵。敵であると言うならば」
 バチバチ、と電流がスパークする音が、雨の落ちる音と重なって、汚いメロディーを奏でる。
「死ぬ覚悟だって出来てるわよね?」
 それらを見て聞いて、佐天は自分が死ぬことを否応なく理解した。
(嫌だな………死にたくない…)
 まだ、自分にはやりたいことがたくさんあるというのに、神様はなんて酷いんだろう。
 そして、まだ自分にはやらなければならないことが残っているというのに。
(御坂さん……)
 ごめんなさい、と佐天は呟いた。
(………助けてあげることは出来ないみたいです)
 ―――『御坂さんを探すのは風紀委員(ジャッジメント)の仕事ですから』
 そんな初春の生意気な口を思い出して、佐天はその通りだな~、と今頃になって思う。
 自分は何かをするどころか、何もしないままに、今ここで死のうとしている。
 今になって大きく後悔している。もっと、他にやれることがあっただろう、と。
 しかし、この行動にだけは後悔をしていなかった。自分の友達を侮辱されたことに怒れることに、佐天涙子はまったく後悔をしてはいなかった。
 そりゃ自分は役に立たないだろう。パソコンだって初春や白井のように操れるわけではないし、特別な能力(チカラ)だってあるわけじゃない。
 何かの情報網があるわけでもないし、何をすればよいという考えすらない。
 だけど。
 それでも、力になりたかったのだ。
 それでも、何かをしたかったのだ。
 それでも、やれることをやりたかったのだ。
 自分の力で何ができるかなんて想像もつかないし、あるかどうかもわからない。もし、あったところでなんの役にたつのだろうか。
 それでも。
 『親友』を見つける――――『親友』を助けるために何かをしたかったのだ。
(ああ、まるで私が『妹』みたいだ……)
 自分が作った物語。悪い魔法使いに操られた姉を救うために、懸命に立ち向かった可愛い妹。
 その物語での姉が美琴で、妹が佐天。
 しかし、物語とは決定的なところでこのストーリーは違う。
 絵本では、姉の婚約者たる隣の国の王子様が妹を救って姉をも救う話だが、現実はそんな綺麗にはいかない。
 絵本の物語にはハッピーエンドが待っているようだけど、佐天の物語はこんなにも悲しく寂しく小汚く閉幕(終わり)を迎える。
 ごめんなさい、と再び呟く。
 自分はこんなにも惨めに死んでいくことに。
 自分を待ってくれている幼稚園の子供たちに。
 自分のために泣いてくれるであろう人たちに。
 自分が何もしてあげられなかった御坂美琴に。
 佐天は心の底から謝った。
「さようなら、佐天さん」
 少女が、まるで明日にまた会えるような気軽さでそう呟き、雷の槍を発射する。
 切に思う。どうか、御坂美琴(やさしい姉)に隣の国の王子様が駆けつけて、学園都市(一つの国)の未来を守ってくれますように。
 ズバァァァァァァン!! という轟音を聞きながら、佐天の思考はそこで途切れた。



「クスクスクスクス……クッハハハハハッ!!!」
 目の前で巻き起こる粉塵を見ながら、御坂美琴は大きく笑った。
 抑えきれない嘲笑が、胸から湧き出てくる。
「あーあ面白い。たかが無能力者(レベル0)が何を言うと思えば、なーにが『私の友達をバカにしないでー』だよ。ハッ、良い笑い話になるわこりゃ」
 クックック、と笑いを堪えようとして失敗し、肩を震わす。
「本当に残念だわ、佐天さん。アナタごときが何をしようとも『作戦』に何の支障もきたさないけど、私の機嫌を損ねたアナタが悪いのよ」
 笑いすぎて目尻に涙を溜め、腹を押さえながら、美琴は革靴をカツンと地面へと当てた。
 それだけで、周りに浮かんでいた机や椅子が支えを失い、すべて地面へと激突した。ガコン! という激突音が辺りに響く。
 それを見もせず、美琴は余裕な表情を隠そうともせず、いまだ煙の晴れない場所を見る。佐天の死体が丸焦げになって転がっているであろうそこを見据えて、
「それにしても”さすがは超能力者(レベル5)と言ったところかな”演算も、威力も、精度もどれもこれも”僕”の能力を圧倒的に凌駕してるよ」
 まるで、他人のもののように手や腕、足を見つめてから、拳を握った。握った拳にバチバチと雷が帯電する。それに惚れこむような表情を見せ、美琴は笑う。
「でもさ、ホントにバカよねぇ……学園都市の中でもクズの中のクズ。最低の人間、無能力者(レベル0)が学園都市の頂点である超能力者(レベル5)に逆らうなんてさ。夢見るのは良いけど現実見ないとだめじゃない」
 粉塵が晴れる。ゆっくりと見えてくるシルエットを見つめて、転がる少女の死体を想像して笑みを深くする。”自分がやった”ことに大きく興味がある。まるで、初めての工作を先生に見せている子供のような目でそこを見つめて。
 目を、見開いた。


「レベルじゃ………ねえよ」


 余裕な表情がわずかに引きつった。
「人間の価値はレベルなんかじゃねえ。そんな当たり前のことをお前が知らねえはずがねえだろ」
 その声に美琴は聞き覚えがあった。美琴の記憶が最大の危険信号を流す。
「無能力者(レベル0)? 超能力者(レベル5)? 学園都市の人たちの全部がそんな小さな枠に捉えられて良いわけないだろうが。確かに無能力者(レベル0)は非力だ。確かに超能力者(レベル5)は強力だ。だけど、たったそれだけだろう。そんな表面上の『強さ』を振りかざしてもな、本当の『強さ』には勝てやしねえ。人間はな、そんなもんじゃねえんだよ!! それをお前は分かってるはずだろ? なあ、御坂ァ!!」
 見えてくるシルエットは、無様に転がる少女の姿ではなく、その少女の前に立ち右手を構える一人の少年の姿だった。




 地面へと倒れた佐天涙子は、薄れていこうとする意識を取り戻して、ゆっくりと瞼を開いた。
(あれ? 私………)
 どうやら、自分はまだ死んではいないらしい。高圧電流を身に受けて死んでいないということはありえないので外れたのか、誰かが護ってくれたのだろう。
 考えられるのは前者。こんな状況で唐突にやってきて佐天の命を救うなんてマンガのようなことが起こりえるはずがない。
 もし、起こるものだとしてもそれが佐天に起こるとは到底考えられなかった。
(じゃあ、私の前に立っているのは誰なんだろう……)
 ボー、とする頭で目の前の人物を見つめた。
 それはツンツン頭で、高校生くらいの普通の少年。特に凄そうなところもなく、特に目立ちそうな特徴もなく、特に何かを持っているようには見えない普通の少年。
 けれど、同時に、
「くっだらねえ。そんなくだらねえことをお前は本気で言ってんのか」
 右手をまるで魔法の剣のように構えまる、どこかのヒーローのような少年だった。
 その姿は、自分が想像していた隣の国の王子様そのままだった。あまりにも完璧すぎるタイミングが何かの夢のように錯覚させる。
 けれど、これは変わりようのない現実。耐えられない現実の先に、温かい光を見た気がした。眩しすぎる光ではなく、自分を包み込むような優しい光。こんな無能力者(レベル0)のために立ちあがってくれるヒーローなんてものを見つけた気がした。
 いつの間にか、涙は止まっていた。流す理由なんてなくなっていた。ここまで幸せな自分が涙を流すなんてことをできるはずがなかった。
 そして、その声はとても力強くて。とても暖かくて。
 同時に。
「だったら仕方ねえ。お前がそんなくだらない考え方にいつまでにも囚われてるって言うんなら」
 とても、希望に満ちた声だった。
「そのふざけた幻想をぶち殺す!!」


 佐天涙子の考えたストーリーには続きがある。
 いまだ完成させてはいないとは言ったが、その主な結末だけは佐天の胸の中で密かに決定していた。
 隣の国の王子様の具体的な活躍は一つだけ。


 魔法の剣で姉のかんむりを貫き、一つの国を―――ひとりの姉を呪縛から解放すること。

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