『Liberta 第1話 邂逅』
サンピエトロ大聖堂。バチカンにあるローマ正教の中枢ともいえる建造物。
一般人から見れば、ただの観光名所であるこの建物は、最高レベルの魔術的要塞である。
その要塞のとある一室にて、青系のゴルフウェアのようなものを着た屈強な男が腰かけていた。
後方のアックア。
『神の右席』であり、聖人である彼は、普段通りの難しい顔を浮かべたまま右耳に手をやっていた。
握られているのは電源の入っていない携帯電話。魔術的な通信手段の媒介として使われている。
「それで貴様は何をしようというのだ?」
アックアの低い声が狭い室内に響く。淡々とした感情の読みとれない様な声だ。
『ワタシが何かをするわけではありませんよ。ちょっと調べものに行く、と言うところですかね』
電話越しの声は少しだけ楽しげだった。
「私にも言えない、ということであるか?」
『やだな、情報を仕入れに行くだけですよ。いずれ動くであろう貴方のために、ね』
ふふっ、と電話の向こうの声が笑う。相変わらず目的の見えない答えにアックアは顔をしかめた。
「ヴェントがやられたとはいえ、私が動くのはまだ先の事である」
『「左方のテッラ」、彼が動くから、ですか?』
そうだ。アックアはぶっきらぼうに言う。テッラの計画については聞いていた。
元傭兵であるアックアとしては、推奨したくないテッラの戦術。
物量作戦で学園都市を押しつぶす。20億の信徒を持つローマ正教であるからこそ出来る荒業ではある。
―――果たして……そこまで貧弱なものかね―――
アックアは渋い顔のまま下唇を噛んだ。
テッラの作戦が上手くいくか否かに関わらず、いずれは自分も動くことになるだろう。
『作戦の内容までは存じ上げませんが……何やら貴方は好ましく思われていないようで』
「罪なき人々の血の上に立つのは私の本意ではないのでな」
『さすがは、「涙」を背負う者ですね』
おそれいりますね、と声は続ける。
アックアはふんっと鼻を鳴らす。アックアが背負う魔法名。その意味を知る者はそう多くはない。
「貴様の目的がなんであるかには興味はない。私は私のすべきことをするのみである」
『なるほど。では、その御言葉通り、ワタシも動くとしましょう。教えを伝える者として』
そういうと電話の声は楽しそうに笑う。アックアは殆どめんどくさそうに溜息をついた。
「『広く世に伝わらんことを』か」
『ええ。貴方と同じく、自らの魔法名にかけて』
では、と言って通信が切れる。アックアはふぅと息を吐くと、携帯を閉じる。
「パウラ=オルディーニ………か」
『広く世に伝わらんことを』を掲げる魔術師は何を思うのだろうか。
「お前たちが思っている程度のものではないと思うのだがな」
アックアの独白は誰にも聞かれることなく、無機質な壁に吸い込まれていった。
一般人から見れば、ただの観光名所であるこの建物は、最高レベルの魔術的要塞である。
その要塞のとある一室にて、青系のゴルフウェアのようなものを着た屈強な男が腰かけていた。
後方のアックア。
『神の右席』であり、聖人である彼は、普段通りの難しい顔を浮かべたまま右耳に手をやっていた。
握られているのは電源の入っていない携帯電話。魔術的な通信手段の媒介として使われている。
「それで貴様は何をしようというのだ?」
アックアの低い声が狭い室内に響く。淡々とした感情の読みとれない様な声だ。
『ワタシが何かをするわけではありませんよ。ちょっと調べものに行く、と言うところですかね』
電話越しの声は少しだけ楽しげだった。
「私にも言えない、ということであるか?」
『やだな、情報を仕入れに行くだけですよ。いずれ動くであろう貴方のために、ね』
ふふっ、と電話の向こうの声が笑う。相変わらず目的の見えない答えにアックアは顔をしかめた。
「ヴェントがやられたとはいえ、私が動くのはまだ先の事である」
『「左方のテッラ」、彼が動くから、ですか?』
そうだ。アックアはぶっきらぼうに言う。テッラの計画については聞いていた。
元傭兵であるアックアとしては、推奨したくないテッラの戦術。
物量作戦で学園都市を押しつぶす。20億の信徒を持つローマ正教であるからこそ出来る荒業ではある。
―――果たして……そこまで貧弱なものかね―――
アックアは渋い顔のまま下唇を噛んだ。
テッラの作戦が上手くいくか否かに関わらず、いずれは自分も動くことになるだろう。
『作戦の内容までは存じ上げませんが……何やら貴方は好ましく思われていないようで』
「罪なき人々の血の上に立つのは私の本意ではないのでな」
『さすがは、「涙」を背負う者ですね』
おそれいりますね、と声は続ける。
アックアはふんっと鼻を鳴らす。アックアが背負う魔法名。その意味を知る者はそう多くはない。
「貴様の目的がなんであるかには興味はない。私は私のすべきことをするのみである」
『なるほど。では、その御言葉通り、ワタシも動くとしましょう。教えを伝える者として』
そういうと電話の声は楽しそうに笑う。アックアは殆どめんどくさそうに溜息をついた。
「『広く世に伝わらんことを』か」
『ええ。貴方と同じく、自らの魔法名にかけて』
では、と言って通信が切れる。アックアはふぅと息を吐くと、携帯を閉じる。
「パウラ=オルディーニ………か」
『広く世に伝わらんことを』を掲げる魔術師は何を思うのだろうか。
「お前たちが思っている程度のものではないと思うのだがな」
アックアの独白は誰にも聞かれることなく、無機質な壁に吸い込まれていった。
学園都市は今日も晴れである。
『0930』事件の後、学園都市は嘘のように晴れ渡っている。
10月5日。『前方のヴェント』の襲撃より5日が経過した。
科学の先端都市は、まるでそんな事件などなかったかのように普段通りの朝を迎えている。
上条当麻はそんな街中を歩いている。
「今日も今日とて学校ですよ」
上条は誰に言うでもない独り言を吐く。
普通の学生ならつまらなそうな口調で言うセリフであろうが、上条は違う。
2日前には御坂美鈴救出イベントという死線をクリアしたところだし、『0930』事件には最前線で関わっていた。
「平和な1日っていうのはいいね」
上条は本当に幸せそうな笑顔を浮かべる。アクティブかつデンジャラスな日々が普通なのか、と思ってしまうほど上条の日常は荒れている。
だからこそ、学校に行って下らない連中と過ごす日々が愛おしく思えた。
「ま、放課後に補習なんですけどね」
あはは、と上条は笑う。あまり好ましくない補習であるが『殺し合い』に比べれば十二分に楽しいものだ。
「あー、もしもし?」
そんな上条に横から声がかけられる。
―――ま、まさか!?―――
上条は勢いよく声の主に顔を向ける。こう言う時にかけられる声は大概歓迎すべきないそれである事が多い。
ビリビリこと御坂美琴しかり、顔を偽ったアステカの魔術師しかり、噛み合わない会話になるオルソラ=アクィナスしかり。
しかしそこにいたのは、その誰でもなかった。上条と同じ制服を着た男子高校生が立っていた。
「いやいやぁ、そんなに警戒しなくても、捕って食おうなんて思ってないから」
茶髪の少年は人懐っこい表情でからからと笑う。その少年の様子に、上条は警戒を解く。
「あ、すいません。いったいなんでせうか?」
「見ての通り、俺は君と同じ高校に通うことになってるんだけど、道が分からなくてさ」
少年はまいったまいったと頭を掻く。ボサボサの髪がよりボサボサになっていく。そのへんには無頓着らしい。
「なるほど。もしかして、転校生ですか?」
「そ。なんか頭にでっかい軍用ゴーグルつけた女の子に案内されてたんだけど、途中で猫追っかけて行っちゃって」
―――猫っつうと……御坂妹か?―――
上条は彼の言う少女に見当をつける。
「で、ブラブラしてたら同じ制服を着た君を見つけたわけだ。あ、今更だけど、君、先輩だったり?」
「俺は1年なんで少なくとも先輩じゃないですけど……」
本当に今更だ、と思いながら、上条は答える。そもそも、なんで俺の方が下手に出てるのだろうか、と。
「そりゃ良かった。俺も1年生なんだけどね。勢いで敬語使わなかったから、マズッたかと思ったよ」
あはははは、と少年は笑う。上条ははぁと溜息をつく。
「じゃぁ高校まで連れてけば良いんでせうか?」
「そーいうことー。あ、同学年なんだし、タメ語でいいよ…………君、名前は?」
上条はもう一度溜息をつく。今のは単なる『口癖』みたいなものだったので、気にしないで欲しかった。
「俺は上条当麻。まぁ、呼び方は人それぞれだけど……任せる」
「よろしく、上条。俺は雨宮 照(あまみや てる)、呼び方はお任せで」
「こちらこそよろしくな、雨宮」
そんじゃ行きますか、と上条は雨宮を連れて学校へと向かった。
『0930』事件の後、学園都市は嘘のように晴れ渡っている。
10月5日。『前方のヴェント』の襲撃より5日が経過した。
科学の先端都市は、まるでそんな事件などなかったかのように普段通りの朝を迎えている。
上条当麻はそんな街中を歩いている。
「今日も今日とて学校ですよ」
上条は誰に言うでもない独り言を吐く。
普通の学生ならつまらなそうな口調で言うセリフであろうが、上条は違う。
2日前には御坂美鈴救出イベントという死線をクリアしたところだし、『0930』事件には最前線で関わっていた。
「平和な1日っていうのはいいね」
上条は本当に幸せそうな笑顔を浮かべる。アクティブかつデンジャラスな日々が普通なのか、と思ってしまうほど上条の日常は荒れている。
だからこそ、学校に行って下らない連中と過ごす日々が愛おしく思えた。
「ま、放課後に補習なんですけどね」
あはは、と上条は笑う。あまり好ましくない補習であるが『殺し合い』に比べれば十二分に楽しいものだ。
「あー、もしもし?」
そんな上条に横から声がかけられる。
―――ま、まさか!?―――
上条は勢いよく声の主に顔を向ける。こう言う時にかけられる声は大概歓迎すべきないそれである事が多い。
ビリビリこと御坂美琴しかり、顔を偽ったアステカの魔術師しかり、噛み合わない会話になるオルソラ=アクィナスしかり。
しかしそこにいたのは、その誰でもなかった。上条と同じ制服を着た男子高校生が立っていた。
「いやいやぁ、そんなに警戒しなくても、捕って食おうなんて思ってないから」
茶髪の少年は人懐っこい表情でからからと笑う。その少年の様子に、上条は警戒を解く。
「あ、すいません。いったいなんでせうか?」
「見ての通り、俺は君と同じ高校に通うことになってるんだけど、道が分からなくてさ」
少年はまいったまいったと頭を掻く。ボサボサの髪がよりボサボサになっていく。そのへんには無頓着らしい。
「なるほど。もしかして、転校生ですか?」
「そ。なんか頭にでっかい軍用ゴーグルつけた女の子に案内されてたんだけど、途中で猫追っかけて行っちゃって」
―――猫っつうと……御坂妹か?―――
上条は彼の言う少女に見当をつける。
「で、ブラブラしてたら同じ制服を着た君を見つけたわけだ。あ、今更だけど、君、先輩だったり?」
「俺は1年なんで少なくとも先輩じゃないですけど……」
本当に今更だ、と思いながら、上条は答える。そもそも、なんで俺の方が下手に出てるのだろうか、と。
「そりゃ良かった。俺も1年生なんだけどね。勢いで敬語使わなかったから、マズッたかと思ったよ」
あはははは、と少年は笑う。上条ははぁと溜息をつく。
「じゃぁ高校まで連れてけば良いんでせうか?」
「そーいうことー。あ、同学年なんだし、タメ語でいいよ…………君、名前は?」
上条はもう一度溜息をつく。今のは単なる『口癖』みたいなものだったので、気にしないで欲しかった。
「俺は上条当麻。まぁ、呼び方は人それぞれだけど……任せる」
「よろしく、上条。俺は雨宮 照(あまみや てる)、呼び方はお任せで」
「こちらこそよろしくな、雨宮」
そんじゃ行きますか、と上条は雨宮を連れて学校へと向かった。
とある病院の奥の臨床研究エリアにある一室で、上条に『御坂妹』と呼ばれる少女がいた。
同じ部屋に、全く同じ顔と格好をした少女が他に3人。
『妹達』と呼ばれる御坂美琴の量産軍用クローンである彼女らは、その身体の調整も兼ねて、この病院で生活している。
そのクローンである彼女たちも、段々と個性が出てきたせいか、思い思いの行動をしている。
本をよんでいる者、テレビを見ている者、猫と遊んでいる者、それを羨ましげに見ている者。
そんな『妹達』の部屋に1人の男が入ってくる。
「君には彼の道案内を任せたつもりだったんだけどね?」
冥土返しと呼ばれるカエル顔の医師は、猫とじゃれている御坂妹こと、ミサカ10032号に語りかける。
「そのことに関してはミサカに非がありますが、彼も大丈夫と言っていました、とミサカは言い訳してみます」
いぬが逃げてしまいましたので、と付け足し、御坂妹は黒猫を抱えあげるとカエル顔の医師に顔を向ける。
「まぁ、無事に辿り着けたみたいだからいいんだけどね?」
やれやれといった調子で医師は頭を掻く。
「彼は大能力者だとはいえ、地図も読めない子だっていうのに。よく辿り着いたもんだよ」
「誰かに案内をお願いしたのではないでしょうか?」
「だろうね。運良く同じ高校の人間を捕まえたのかもしれないね?」
じゃ、また検査のときに。カエル顔の医師はそう言い残して『妹達』のいる部屋を後にした。
同じ部屋に、全く同じ顔と格好をした少女が他に3人。
『妹達』と呼ばれる御坂美琴の量産軍用クローンである彼女らは、その身体の調整も兼ねて、この病院で生活している。
そのクローンである彼女たちも、段々と個性が出てきたせいか、思い思いの行動をしている。
本をよんでいる者、テレビを見ている者、猫と遊んでいる者、それを羨ましげに見ている者。
そんな『妹達』の部屋に1人の男が入ってくる。
「君には彼の道案内を任せたつもりだったんだけどね?」
冥土返しと呼ばれるカエル顔の医師は、猫とじゃれている御坂妹こと、ミサカ10032号に語りかける。
「そのことに関してはミサカに非がありますが、彼も大丈夫と言っていました、とミサカは言い訳してみます」
いぬが逃げてしまいましたので、と付け足し、御坂妹は黒猫を抱えあげるとカエル顔の医師に顔を向ける。
「まぁ、無事に辿り着けたみたいだからいいんだけどね?」
やれやれといった調子で医師は頭を掻く。
「彼は大能力者だとはいえ、地図も読めない子だっていうのに。よく辿り着いたもんだよ」
「誰かに案内をお願いしたのではないでしょうか?」
「だろうね。運良く同じ高校の人間を捕まえたのかもしれないね?」
じゃ、また検査のときに。カエル顔の医師はそう言い残して『妹達』のいる部屋を後にした。
「いやー、おはよう、カミやん。今日はなんや幸せそうな顔しとるね?」
「おはよう、青髪。別に何かあったわけじゃねぇよ」
上条は先に来ていた青髪ピアスに手をあげて答えると、ドカリと自分の席に腰掛ける。
「じゃぁ、なんでそんな幸せそうなんや?」
「今朝から、何にも不幸なことが無かった上に、困った人を助ける事まで出来ました。十分幸せです」
はっはっはー、と上条は笑う。本人は心から言ってる事なのだが、青髪は温い目で彼を見ていた。
「なんだよ?」
「いやぁ、そこまで行くとカミやんが可哀想にも思えてくるわ」
大変やね、と青髪は続ける。上条は少しだけ憤慨しながら腕を組んだ。
「にゃー、突っ込みどころはそこじゃないぜよ」
「うおっ、土御門!?いつの間に来た?」
上条は突如会話に参戦してきた土御門にオーバーなくらい驚く。
「おはよーさん。で、突っ込みどころはそこじゃない、いうんが気になるんやけど?」
「さっきのカミやんのセリフ。『困ってる人を助ける』って言ってたにゃー」
「あぁ、言ったけど……」
それがどうかしたか、とキョトンとする上条を無視して、土御門は青髪にアイコンタクトをはかる。
ガタイのいい男同士のアイコンタクトなんて気持ち悪いだけだぞ、と思いながら上条は自らの不幸レーダーに反応するのを感じた。
そのレーダーが警報を鳴らした瞬間、土御門が上条の両肩をガシッと掴んだ。
「で、カミやんは今度は何処の女の子にフラグを立てたんや?」
「常盤台のお嬢様だけで十分じゃないのかにゃー?」
土御門の腕力のせいで、上条に逃げ場はない。
「落ち着け!相手は男だっ!っつうか、フラグってなんだっ!?」
「男子にもフラグを立てたとは……」
「そこの3バカッ!!黙りなさいっ」
我慢の限界を超えたのか、吹寄が青筋を浮かべながらズンズンと歩いてくる。
ご丁寧に腕まくりまでしてくれているあたり、この後に起こる展開は上条でも容易に予想出来た。
「わー、吹寄!落ち着け、上条さんは何も悪い事はしておりませんっ」
「うるさい!問答無用っ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
上条に吹寄の頭突きが突き刺さろうとしたまさにそのとき、担任の小萌先生が『はーい、ホームルームですよー』と入ってきた。
ガヤガヤと騒いでいたクラスメイト達が自分の席へと戻っていく。
それを見た吹寄も、チッと舌打ちをすると忌々しそうに上条たちを見ながら席へと戻って行った。
小萌先生は全員が席に着いた事を確認すると、持っていた冊子を机の上に置く。
「はーいっ、今日はみんなに、ビックニュースがあるのですよー!なんと、このクラスに新しい子が転入してくるのですー!」
「おぉっ!?可愛い女の子やったらええなぁ」
いち早く反応した青髪が期待の声をあげる。それに続くかのようにクラス中があれやこれやと騒ぎ出した。
一方で上条はというと、自らの机に突っ伏していた。
「お、なんだ、カミやん?その期待してません的な反応は」
「残念ながらやってくるのは男子だよ。さっき俺が助けたのがそいつだ」
上条は顔をあげると、土御門の軽口をあしらう。
「いやいや、わからんぜよ?ひょっとしたら転入生は1万人くらいいるとか」
「分かった分かった。分かったから、そんな万が一くらいで起こりそうな事を言うんじゃねぇ」
上条は教室に『妹達』がぞろぞろとやってくる様子を想像する。実際に起こったら、不登校になるかもしれない。
「はいはーい、みんな静かにするですよー。転入生は男の子なのです。残念でしたー野郎どもー!おめでとう、子猫ちゃんたちー!」
小萌先生の相変わらずの芝居がかった説明に、さっきまで騒いでいた男子が一気に静かになる。
「さー、入ってきてくださーい」
小萌先生が扉の向こうに呼び掛ける。返事は………ない。
「あれ?どうしましたー?」
小萌先生がパタパタと教室の外に出て行く。クラスメイト達はなんだなんだと騒ぎ始める。
「もー、どうして反応してくれないんですか―?」
「いやいやぁ、すいません。ぼーっとしちゃってて」
ぷんぷんと膨れる小萌先生の後ろから転入生が入ってくる。クラス中の注目となった茶髪のボサボサは照れくさそうに頭を掻いていた。
「どうも、雨宮照です。よろしくお願いしますね」
「やっぱりアイツか……」
上条は頬杖をつき、雨宮を見る。土御門の言う通りとは言わないが、転校生は2人いましたー、なんて展開を期待した自分を恥じる。
「そうですねー。じゃぁ、雨宮ちゃんは姫神ちゃんの隣にお願いします」
「はい。ここ。私が。姫神愛沙」
姫神がすっと手を上げ、空白になっている隣の席を指差す。はーい、と言って雨宮はその席に向かった。
「おはよう、青髪。別に何かあったわけじゃねぇよ」
上条は先に来ていた青髪ピアスに手をあげて答えると、ドカリと自分の席に腰掛ける。
「じゃぁ、なんでそんな幸せそうなんや?」
「今朝から、何にも不幸なことが無かった上に、困った人を助ける事まで出来ました。十分幸せです」
はっはっはー、と上条は笑う。本人は心から言ってる事なのだが、青髪は温い目で彼を見ていた。
「なんだよ?」
「いやぁ、そこまで行くとカミやんが可哀想にも思えてくるわ」
大変やね、と青髪は続ける。上条は少しだけ憤慨しながら腕を組んだ。
「にゃー、突っ込みどころはそこじゃないぜよ」
「うおっ、土御門!?いつの間に来た?」
上条は突如会話に参戦してきた土御門にオーバーなくらい驚く。
「おはよーさん。で、突っ込みどころはそこじゃない、いうんが気になるんやけど?」
「さっきのカミやんのセリフ。『困ってる人を助ける』って言ってたにゃー」
「あぁ、言ったけど……」
それがどうかしたか、とキョトンとする上条を無視して、土御門は青髪にアイコンタクトをはかる。
ガタイのいい男同士のアイコンタクトなんて気持ち悪いだけだぞ、と思いながら上条は自らの不幸レーダーに反応するのを感じた。
そのレーダーが警報を鳴らした瞬間、土御門が上条の両肩をガシッと掴んだ。
「で、カミやんは今度は何処の女の子にフラグを立てたんや?」
「常盤台のお嬢様だけで十分じゃないのかにゃー?」
土御門の腕力のせいで、上条に逃げ場はない。
「落ち着け!相手は男だっ!っつうか、フラグってなんだっ!?」
「男子にもフラグを立てたとは……」
「そこの3バカッ!!黙りなさいっ」
我慢の限界を超えたのか、吹寄が青筋を浮かべながらズンズンと歩いてくる。
ご丁寧に腕まくりまでしてくれているあたり、この後に起こる展開は上条でも容易に予想出来た。
「わー、吹寄!落ち着け、上条さんは何も悪い事はしておりませんっ」
「うるさい!問答無用っ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
上条に吹寄の頭突きが突き刺さろうとしたまさにそのとき、担任の小萌先生が『はーい、ホームルームですよー』と入ってきた。
ガヤガヤと騒いでいたクラスメイト達が自分の席へと戻っていく。
それを見た吹寄も、チッと舌打ちをすると忌々しそうに上条たちを見ながら席へと戻って行った。
小萌先生は全員が席に着いた事を確認すると、持っていた冊子を机の上に置く。
「はーいっ、今日はみんなに、ビックニュースがあるのですよー!なんと、このクラスに新しい子が転入してくるのですー!」
「おぉっ!?可愛い女の子やったらええなぁ」
いち早く反応した青髪が期待の声をあげる。それに続くかのようにクラス中があれやこれやと騒ぎ出した。
一方で上条はというと、自らの机に突っ伏していた。
「お、なんだ、カミやん?その期待してません的な反応は」
「残念ながらやってくるのは男子だよ。さっき俺が助けたのがそいつだ」
上条は顔をあげると、土御門の軽口をあしらう。
「いやいや、わからんぜよ?ひょっとしたら転入生は1万人くらいいるとか」
「分かった分かった。分かったから、そんな万が一くらいで起こりそうな事を言うんじゃねぇ」
上条は教室に『妹達』がぞろぞろとやってくる様子を想像する。実際に起こったら、不登校になるかもしれない。
「はいはーい、みんな静かにするですよー。転入生は男の子なのです。残念でしたー野郎どもー!おめでとう、子猫ちゃんたちー!」
小萌先生の相変わらずの芝居がかった説明に、さっきまで騒いでいた男子が一気に静かになる。
「さー、入ってきてくださーい」
小萌先生が扉の向こうに呼び掛ける。返事は………ない。
「あれ?どうしましたー?」
小萌先生がパタパタと教室の外に出て行く。クラスメイト達はなんだなんだと騒ぎ始める。
「もー、どうして反応してくれないんですか―?」
「いやいやぁ、すいません。ぼーっとしちゃってて」
ぷんぷんと膨れる小萌先生の後ろから転入生が入ってくる。クラス中の注目となった茶髪のボサボサは照れくさそうに頭を掻いていた。
「どうも、雨宮照です。よろしくお願いしますね」
「やっぱりアイツか……」
上条は頬杖をつき、雨宮を見る。土御門の言う通りとは言わないが、転校生は2人いましたー、なんて展開を期待した自分を恥じる。
「そうですねー。じゃぁ、雨宮ちゃんは姫神ちゃんの隣にお願いします」
「はい。ここ。私が。姫神愛沙」
姫神がすっと手を上げ、空白になっている隣の席を指差す。はーい、と言って雨宮はその席に向かった。
昼休み。お腹すいたー、とか思い思いの事を口にしつつ散開していく。
お弁当を持ってきている者たちはそのまま食べ始めるし、学食に向かうものは勢い良く駆けだして行った。
「おい、土御門、今日は買いに行かねぇのかよ?」
「悪いにゃー、カミやん。今日は舞夏の手作り弁当があるにゃー。というわけで、カミやんは転入生の案内よろしく頼むぜい」
土御門は鞄から弁当を取り出し、幸せこの上ないという顔で合掌する。
青髪はパンを持ってきているし、と上条は視線を泳がせると、なにやら姫神と話していた雨宮に目をやる。
「雨宮ぁ、昼飯買いに行こうぜ」
「ちょっと待って、財布出してない」
雨宮は鞄をごそごそと漁り、財布を取り出した。
「上条、ちょっと待ちなさい!」
「あん?なんだよ、吹寄か」
上条が後ろを振り返ると、腕を組んだ吹寄が立っていた。相変わらず眉を吊り上げた不機嫌そうな顔だ。
「なんだとは失礼な。やっぱり貴様と打ち解けることはないと思うわ」
「はいはい、すいませんでした。上条さんが悪かったですよ―」
上条はふんっと鼻を鳴らしている吹寄をジトーっとした目で見ていると、財布を捜索し終えた雨宮がやってきた。
「いやいやぁ、待たせてごめんな。っと、委員長サンもご一緒?」
「別にあたしは委員長というわけではないわ。ちょっと、貴様!なんだその目はっ!」
ふーん、と言っている雨宮を放置したまま、吹寄は上条に掴みかかる。
「べ、別に俺はそんな変な目はしてねぇだろ」
「あたしを馬鹿にしたような顔をしていただろうが!」
上条は『実質、クラス委員長みたいなもんですけどねー』という顔をしていたのだが、どうにもお気に召さなかったらしい。
ゴンッ!という鈍い音がし、吹寄の頭突きが上条の頭にクリーンヒットしていた。
「痛い…………不幸だ」
「さっさと行きなさい!」
犬に追い立てられる羊のように、上条は教室から追い出される。吹寄の後ろについてくる雨宮は面白いものを見たという顔をしている。
「悪い事もしていないのに頭突きだなんて………不幸だ」
上条と雨宮は、より不機嫌になってしまった吹寄の少し後ろを歩く。
「楽しそうで羨ましい限りだよ」
「そういえば、お前、さっき姫神と何を話してたんだ?」
飄々と笑っている雨宮に、上条は疑問をぶつけてみる。
「あ、あれか……姫神は十字教徒なの、って話をしてただけだって。そんな気にする話でもないよ」
特に深い意味はない世間話のつもりだったのだが、雨宮は妙に動揺していた。
「あ、そうか。あいつ十字架下げてるもんな」
「そ、そうそう、学園都市内っていうか、日本じゃ珍しいしねっと、ここが購買?」
なんやかんやしていたせいか、購買は既にごった返していた。
「そうなのそうですそうなんですよ!まぁ、大したもんはねぇけどな」
適当に選んでくる、と言い残し雨宮は戦場と化している購買に乗り込んでいく。
「さて、上条さんは何にしますかっっぐぇ!?」
その戦場に飛び込もうかとしたとき、何者かが上条の首元を掴み引っ張っていく。
「痛いっ!だ、誰ですかこんなことするのはぁ?
「黙ってちょっと来なさい」
購買から少し離れたところまで行くと、首元を掴んでいた犯人・吹寄が声をひそめる。
「ちょっと聞きたいんだけど、あの子、透視能力者じゃないでしょうね?」
「はぁ?知らねぇっつうの。つか、どっからでた話だそれは」
ちょっとね、といって吹寄は上条の元から立ち去る。
「なんだったんだ、アイツ………」
上条は吹寄の背中を見送りながら、先程の吹寄の言葉について逡巡する。
「そういえば―――」
吹寄の言葉と、その前の雨宮自身との会話から導かれるおかしな点。
―――そういえば、姫神の十字架って、服の下に入れてなかったか―――
お弁当を持ってきている者たちはそのまま食べ始めるし、学食に向かうものは勢い良く駆けだして行った。
「おい、土御門、今日は買いに行かねぇのかよ?」
「悪いにゃー、カミやん。今日は舞夏の手作り弁当があるにゃー。というわけで、カミやんは転入生の案内よろしく頼むぜい」
土御門は鞄から弁当を取り出し、幸せこの上ないという顔で合掌する。
青髪はパンを持ってきているし、と上条は視線を泳がせると、なにやら姫神と話していた雨宮に目をやる。
「雨宮ぁ、昼飯買いに行こうぜ」
「ちょっと待って、財布出してない」
雨宮は鞄をごそごそと漁り、財布を取り出した。
「上条、ちょっと待ちなさい!」
「あん?なんだよ、吹寄か」
上条が後ろを振り返ると、腕を組んだ吹寄が立っていた。相変わらず眉を吊り上げた不機嫌そうな顔だ。
「なんだとは失礼な。やっぱり貴様と打ち解けることはないと思うわ」
「はいはい、すいませんでした。上条さんが悪かったですよ―」
上条はふんっと鼻を鳴らしている吹寄をジトーっとした目で見ていると、財布を捜索し終えた雨宮がやってきた。
「いやいやぁ、待たせてごめんな。っと、委員長サンもご一緒?」
「別にあたしは委員長というわけではないわ。ちょっと、貴様!なんだその目はっ!」
ふーん、と言っている雨宮を放置したまま、吹寄は上条に掴みかかる。
「べ、別に俺はそんな変な目はしてねぇだろ」
「あたしを馬鹿にしたような顔をしていただろうが!」
上条は『実質、クラス委員長みたいなもんですけどねー』という顔をしていたのだが、どうにもお気に召さなかったらしい。
ゴンッ!という鈍い音がし、吹寄の頭突きが上条の頭にクリーンヒットしていた。
「痛い…………不幸だ」
「さっさと行きなさい!」
犬に追い立てられる羊のように、上条は教室から追い出される。吹寄の後ろについてくる雨宮は面白いものを見たという顔をしている。
「悪い事もしていないのに頭突きだなんて………不幸だ」
上条と雨宮は、より不機嫌になってしまった吹寄の少し後ろを歩く。
「楽しそうで羨ましい限りだよ」
「そういえば、お前、さっき姫神と何を話してたんだ?」
飄々と笑っている雨宮に、上条は疑問をぶつけてみる。
「あ、あれか……姫神は十字教徒なの、って話をしてただけだって。そんな気にする話でもないよ」
特に深い意味はない世間話のつもりだったのだが、雨宮は妙に動揺していた。
「あ、そうか。あいつ十字架下げてるもんな」
「そ、そうそう、学園都市内っていうか、日本じゃ珍しいしねっと、ここが購買?」
なんやかんやしていたせいか、購買は既にごった返していた。
「そうなのそうですそうなんですよ!まぁ、大したもんはねぇけどな」
適当に選んでくる、と言い残し雨宮は戦場と化している購買に乗り込んでいく。
「さて、上条さんは何にしますかっっぐぇ!?」
その戦場に飛び込もうかとしたとき、何者かが上条の首元を掴み引っ張っていく。
「痛いっ!だ、誰ですかこんなことするのはぁ?
「黙ってちょっと来なさい」
購買から少し離れたところまで行くと、首元を掴んでいた犯人・吹寄が声をひそめる。
「ちょっと聞きたいんだけど、あの子、透視能力者じゃないでしょうね?」
「はぁ?知らねぇっつうの。つか、どっからでた話だそれは」
ちょっとね、といって吹寄は上条の元から立ち去る。
「なんだったんだ、アイツ………」
上条は吹寄の背中を見送りながら、先程の吹寄の言葉について逡巡する。
「そういえば―――」
吹寄の言葉と、その前の雨宮自身との会話から導かれるおかしな点。
―――そういえば、姫神の十字架って、服の下に入れてなかったか―――
学園都市と外部は、高さ5メートル、厚さ3メートルの壁で囲われている。
交通も完全に遮断されており、通過するには厳重な検問を通過しなくてはならない。
だがそれはあくまで正式な手順での通過の話だ。
意外かもしれないが、学園都市は何度も侵入を許している。
もっとも、それがどういう意味での『許している』かは分からない。
この街は人工衛星を始めとしたあらゆる物で監視されているのだから。
ストンという、軽い物が落ちてきたかのような音が鳴る。
学園都市を囲む高い壁のを1人の人間が高い壁を越えて来たのだった。
「話には聞いていたが、案外簡単に入れるもんですね」
黒いコートを纏った人間は今しがた越えてきた分厚い壁に触れる。
「さて………とりあえずは情報収集というところですが。どこにいきますかね」
コートの人が降り立ったのは第2学区。騒音の酷い場所を選んだあたり、侵入にも気を使ったのであろう。
だが、一方で警備員や風紀委員の訓練場があるなど、意外と人も多く一般人がノコノコ歩ける場所ではない。
「面倒ではありますが、念には念を入れておきましょうか。ウルサイところは苦手ですが……」
コートのポケットをゴソゴソと漁ると、古びたパンパイプを取り出す。
それを口に当て、ふぅと息を吹き込む。音は………出ない。
騒音によって掻き消されているのではなく、本当の意味で音が出ていない。
それは吹き手が下手であるからとか、パイプ自体が壊れているからではない。
まるで、その音だけが切り取られたかのように。空気の振動がなされていないかのように。
「では行きましょう」
声が響く。その場に魔術師の姿はなかった。
交通も完全に遮断されており、通過するには厳重な検問を通過しなくてはならない。
だがそれはあくまで正式な手順での通過の話だ。
意外かもしれないが、学園都市は何度も侵入を許している。
もっとも、それがどういう意味での『許している』かは分からない。
この街は人工衛星を始めとしたあらゆる物で監視されているのだから。
ストンという、軽い物が落ちてきたかのような音が鳴る。
学園都市を囲む高い壁のを1人の人間が高い壁を越えて来たのだった。
「話には聞いていたが、案外簡単に入れるもんですね」
黒いコートを纏った人間は今しがた越えてきた分厚い壁に触れる。
「さて………とりあえずは情報収集というところですが。どこにいきますかね」
コートの人が降り立ったのは第2学区。騒音の酷い場所を選んだあたり、侵入にも気を使ったのであろう。
だが、一方で警備員や風紀委員の訓練場があるなど、意外と人も多く一般人がノコノコ歩ける場所ではない。
「面倒ではありますが、念には念を入れておきましょうか。ウルサイところは苦手ですが……」
コートのポケットをゴソゴソと漁ると、古びたパンパイプを取り出す。
それを口に当て、ふぅと息を吹き込む。音は………出ない。
騒音によって掻き消されているのではなく、本当の意味で音が出ていない。
それは吹き手が下手であるからとか、パイプ自体が壊れているからではない。
まるで、その音だけが切り取られたかのように。空気の振動がなされていないかのように。
「では行きましょう」
声が響く。その場に魔術師の姿はなかった。
日は傾き始めたものの、学園都市は相変わらず晴れである。
上条当麻はそんな街中を歩いている。
「今日も今日とて補習でしたよ」
溜息をつき、上条は朝もおんなじような事言ったなと軽いデジャヴを感じつつブラブラと歩いていた。
足りない単位を補うための補習は連日のように企画されており、どこか嬉しそうにしている小萌先生とのレッスンが続いている。
今日もそのミッションをクリアし、絶賛帰宅中のみである。
帰りにスーパーに寄って、卵を買おうか、なんて考えていたときだった。
「ちょっと」
上条は横から飛んできた声に勢いよく顔を向ける。
こう言う時にかけられる声は大概歓迎すべきないそれである事が多い。
だがしかし、今朝の事を思うと、案外そうでないかもしれない。
そこにいたのは、ボサボサの男子高校生ではなかった。
「アンタ、メール止めんならそう言いなさいよ」
そこにいたのは『超電磁砲』こと、御坂美琴だった。
常盤台のお嬢様は、口を尖らせながら『お陰さまでなかなか寝れなかったんだから』とか『あ、別にアンタのメールが楽しみだったわけじゃなくて』とか仰っている。
「で、御坂さんは何の用でせうか?」
「私が返さずにいたらアンタが寂しがるかなとか思ったからであって…………って、いいいい今、なななんて言った?」
美琴は慌てたように手をバタバタとさせる。
「ワタシガカエサズニイタラ」
「そっちじゃないわぁぁぁぁっっ」
「うわあぁぁぁぁあぁぁっ!?」
ビリビリビリッ!!と美琴の前髪のあたりから雷撃の槍が飛び、上条の右手に飛びこむ。
「ななな、何すんだよっ、御坂っ!」
「アアア、アンタが変な事言うからでしょうがっ!どうせ効かないんだから、良いでしょそれくらい」
上条は右手を構えたままゼェゼェと肩で息をしている。対する美琴は悔しそうに地団太を踏んでいた。
「で、なんの用なんだよ?」
「だから、メールを止めるんなら宣言しなさいって言ってんのよ」
そういわれてもな、と上条は頭を掻く。元々、上条は長々とメールするのが得意ではない。
「つぅかですね、そんなに話してぇなら電話にすればいいじゃねぇか。なんなら呼び出せって、メールってめんどくせぇんだよ」
上条はやれやれと肩をすくめて言う。そもそも直接会ったときに話せばいいじゃないか、と。
「で、電話っ!?そ、そそんな簡単に、い、言わないでよっ」
「はぁ?ボタン押すだけだろ…………交換手に取り次いでもらうわけでもねぇんだから」
上条の『何言ってやがる』という目線に、美琴はぐっと仰け反るくらいに身体を引く。文字通りぐうの音も出ない。
「まぁ、いい。御坂、せっかくだしちょっと付き合え」
上条は美琴の手を取って歩を進める。急に手を握られてアタフタしたしまう
「何よ、まさか常盤台のお嬢様を卵1パックの為に誘うっていううんじゃないでしょうね?」
「な、なぜバレたのでせうかっ!?」
「ア、アンタ、本気でそのつもりだったの!?」
道の真ん中でギャーギャーと騒ぎ出す。
当然のように、周りを歩く人たちは温い目で見ていたりするのだが、当の2人は気付く様子もない。
5分ほど不毛なる争いを続けた後、先に我に返った上条が美琴の頭に手を置く。
「な、なによ」
ビリビリと帯電したいのは山々だが、右手で抑えられてはどうしようもない。
美琴は少し気持ちいな、なんて右手の感触に満足しつつ、借りてきた猫のように大人しくなった。
「なぁ、御坂………場所、変えようぜ」
「ふふん、そういってスーパーまで連れて行くつもりでしょうがそうは行かないわよ!」
「いや、周り見てみろって」
上条は右手に力を込めると、半ば無理やりに美琴の目を周りに向けさせる。
上条の作戦を看破してやったりとニヤついていたのはどこへやら、瞬間湯沸かし器のごとく一瞬で顔を赤くする。煙が出そうだ。
「はーい、行きますよー」
上条はにっと笑うと、美琴の頭に乗せていた右手で彼女の手を取る。
「うわぁぁぁ…………ふ、不幸だ」
彼女はそういいつつも、笑っていた。
上条当麻はそんな街中を歩いている。
「今日も今日とて補習でしたよ」
溜息をつき、上条は朝もおんなじような事言ったなと軽いデジャヴを感じつつブラブラと歩いていた。
足りない単位を補うための補習は連日のように企画されており、どこか嬉しそうにしている小萌先生とのレッスンが続いている。
今日もそのミッションをクリアし、絶賛帰宅中のみである。
帰りにスーパーに寄って、卵を買おうか、なんて考えていたときだった。
「ちょっと」
上条は横から飛んできた声に勢いよく顔を向ける。
こう言う時にかけられる声は大概歓迎すべきないそれである事が多い。
だがしかし、今朝の事を思うと、案外そうでないかもしれない。
そこにいたのは、ボサボサの男子高校生ではなかった。
「アンタ、メール止めんならそう言いなさいよ」
そこにいたのは『超電磁砲』こと、御坂美琴だった。
常盤台のお嬢様は、口を尖らせながら『お陰さまでなかなか寝れなかったんだから』とか『あ、別にアンタのメールが楽しみだったわけじゃなくて』とか仰っている。
「で、御坂さんは何の用でせうか?」
「私が返さずにいたらアンタが寂しがるかなとか思ったからであって…………って、いいいい今、なななんて言った?」
美琴は慌てたように手をバタバタとさせる。
「ワタシガカエサズニイタラ」
「そっちじゃないわぁぁぁぁっっ」
「うわあぁぁぁぁあぁぁっ!?」
ビリビリビリッ!!と美琴の前髪のあたりから雷撃の槍が飛び、上条の右手に飛びこむ。
「ななな、何すんだよっ、御坂っ!」
「アアア、アンタが変な事言うからでしょうがっ!どうせ効かないんだから、良いでしょそれくらい」
上条は右手を構えたままゼェゼェと肩で息をしている。対する美琴は悔しそうに地団太を踏んでいた。
「で、なんの用なんだよ?」
「だから、メールを止めるんなら宣言しなさいって言ってんのよ」
そういわれてもな、と上条は頭を掻く。元々、上条は長々とメールするのが得意ではない。
「つぅかですね、そんなに話してぇなら電話にすればいいじゃねぇか。なんなら呼び出せって、メールってめんどくせぇんだよ」
上条はやれやれと肩をすくめて言う。そもそも直接会ったときに話せばいいじゃないか、と。
「で、電話っ!?そ、そそんな簡単に、い、言わないでよっ」
「はぁ?ボタン押すだけだろ…………交換手に取り次いでもらうわけでもねぇんだから」
上条の『何言ってやがる』という目線に、美琴はぐっと仰け反るくらいに身体を引く。文字通りぐうの音も出ない。
「まぁ、いい。御坂、せっかくだしちょっと付き合え」
上条は美琴の手を取って歩を進める。急に手を握られてアタフタしたしまう
「何よ、まさか常盤台のお嬢様を卵1パックの為に誘うっていううんじゃないでしょうね?」
「な、なぜバレたのでせうかっ!?」
「ア、アンタ、本気でそのつもりだったの!?」
道の真ん中でギャーギャーと騒ぎ出す。
当然のように、周りを歩く人たちは温い目で見ていたりするのだが、当の2人は気付く様子もない。
5分ほど不毛なる争いを続けた後、先に我に返った上条が美琴の頭に手を置く。
「な、なによ」
ビリビリと帯電したいのは山々だが、右手で抑えられてはどうしようもない。
美琴は少し気持ちいな、なんて右手の感触に満足しつつ、借りてきた猫のように大人しくなった。
「なぁ、御坂………場所、変えようぜ」
「ふふん、そういってスーパーまで連れて行くつもりでしょうがそうは行かないわよ!」
「いや、周り見てみろって」
上条は右手に力を込めると、半ば無理やりに美琴の目を周りに向けさせる。
上条の作戦を看破してやったりとニヤついていたのはどこへやら、瞬間湯沸かし器のごとく一瞬で顔を赤くする。煙が出そうだ。
「はーい、行きますよー」
上条はにっと笑うと、美琴の頭に乗せていた右手で彼女の手を取る。
「うわぁぁぁ…………ふ、不幸だ」
彼女はそういいつつも、笑っていた。
上条のいきつけのスーパーには、そこそこの人が入っていた。
「へぇ、アンタ、こんな店行ってんの?」
「お嬢様には縁が無い所でしょうね―」
「はいはい、そんなに不貞腐れないの」
美琴がへこたれる上条の脇腹をつつくと、ビクンッ!と彼の身体が跳ねる。
「アンタ、ここが弱点なのね?」
「や、やめろぉぉぉぉぉっ」
上条は美琴から距離を取って身構える。その目は怯え3割といったところか。
「いやぁ、良い情報仕入れたわ」
「ううう………そういや、なんで脇腹はくすぐったいんかね?」
はっはっはと笑う美琴にゲンナリしながら、上条は少しだけ警戒を解く。
「私はくすぐったくないから分かんないけど、佐天さんが言うには」
「サテンサン?喫茶店のマスターか?」
「馬鹿、私の友達よ。あの子が言うには『笑い虫がいるんですよ!』って言ってたけど……」
美琴は、素っ頓狂な答えを繰り出す上条にパンチを入れると、途切られてしまった言葉を続ける。
「はぁ…………うん、そうか。その子には是非会ってみたい」
「なんで棒読みなのよ……」
いいからいくぞーと言って、上条はスーパーの中を進み、卵コーナーへと行きあたる。
残る卵は2パック。珍しく幸運な自分に驚きつつ、卵に手を伸ばす。
ガシッ!ガシッ!!卵パックを掴む音が2つ。
「あれ?」
上条は一つにしか手を伸ばしていない。だが、目の前に手は2つ伸びている。
「あれ……上条?」
「………お前か」
上条の獲得したかった卵は誰であろう、ボサボサ頭の手にあった。
「えーっと、もしかして、俺、悪いことした?」
残念そうに眉を下げる上条と、その後ろでそれを面白そうに見ている美琴を見やり、雨宮は気まずそうに言う。
「良かったら、どうぞ。俺は別の献立考えるよ」
雨宮は持っていた卵パックを上条に手渡す。途端に上条の顔が晴れやかになる。
「でさ、上条。その後ろの子は?」
「あぁ、わりぃわりぃ。コイツは――」
「コイツはないでしょ!っつうか、自己紹介くらい自分でできるわよ」
美琴は上条の脇を突き、その隣に立つと、お上品に礼をしてみせた。
「私は御坂美琴と言いまして………コイツの」
「彼女?」
「んなぁっ!?」
上条と美琴は全く同時に絶句した。顔に張り付いている表情までそっくりだ。
「おー、いきもぴったり。もしかして、夫婦だった?」
「んにゃぁっ!!?」
再び絶句。違うのは顔の色くらいで、上条は真っ青に、美琴は真っ赤にしている。
「ま、いいか。でさ、御坂…だっけ?君、双子の妹とかいない?」
「えっ!?」
「あー、いるいる。今朝、お前が言ってた『軍用ゴーグルの女の子』ってのがソレだよ」
キョトンとしている美琴をフォローするかのように上条が割って入る。
騙せるかは微妙なくらいの「違う意味での」素敵演技力であったが、雨宮は納得したようにぽんっと手を叩いていた。
「うん、つまりあれだね。家族ぐるみのお付き合いってこと?」
「…………もうそれでいいです」
相変わらずの雨宮の調子に上条はうだー、と項垂れるのだった。
「へぇ、アンタ、こんな店行ってんの?」
「お嬢様には縁が無い所でしょうね―」
「はいはい、そんなに不貞腐れないの」
美琴がへこたれる上条の脇腹をつつくと、ビクンッ!と彼の身体が跳ねる。
「アンタ、ここが弱点なのね?」
「や、やめろぉぉぉぉぉっ」
上条は美琴から距離を取って身構える。その目は怯え3割といったところか。
「いやぁ、良い情報仕入れたわ」
「ううう………そういや、なんで脇腹はくすぐったいんかね?」
はっはっはと笑う美琴にゲンナリしながら、上条は少しだけ警戒を解く。
「私はくすぐったくないから分かんないけど、佐天さんが言うには」
「サテンサン?喫茶店のマスターか?」
「馬鹿、私の友達よ。あの子が言うには『笑い虫がいるんですよ!』って言ってたけど……」
美琴は、素っ頓狂な答えを繰り出す上条にパンチを入れると、途切られてしまった言葉を続ける。
「はぁ…………うん、そうか。その子には是非会ってみたい」
「なんで棒読みなのよ……」
いいからいくぞーと言って、上条はスーパーの中を進み、卵コーナーへと行きあたる。
残る卵は2パック。珍しく幸運な自分に驚きつつ、卵に手を伸ばす。
ガシッ!ガシッ!!卵パックを掴む音が2つ。
「あれ?」
上条は一つにしか手を伸ばしていない。だが、目の前に手は2つ伸びている。
「あれ……上条?」
「………お前か」
上条の獲得したかった卵は誰であろう、ボサボサ頭の手にあった。
「えーっと、もしかして、俺、悪いことした?」
残念そうに眉を下げる上条と、その後ろでそれを面白そうに見ている美琴を見やり、雨宮は気まずそうに言う。
「良かったら、どうぞ。俺は別の献立考えるよ」
雨宮は持っていた卵パックを上条に手渡す。途端に上条の顔が晴れやかになる。
「でさ、上条。その後ろの子は?」
「あぁ、わりぃわりぃ。コイツは――」
「コイツはないでしょ!っつうか、自己紹介くらい自分でできるわよ」
美琴は上条の脇を突き、その隣に立つと、お上品に礼をしてみせた。
「私は御坂美琴と言いまして………コイツの」
「彼女?」
「んなぁっ!?」
上条と美琴は全く同時に絶句した。顔に張り付いている表情までそっくりだ。
「おー、いきもぴったり。もしかして、夫婦だった?」
「んにゃぁっ!!?」
再び絶句。違うのは顔の色くらいで、上条は真っ青に、美琴は真っ赤にしている。
「ま、いいか。でさ、御坂…だっけ?君、双子の妹とかいない?」
「えっ!?」
「あー、いるいる。今朝、お前が言ってた『軍用ゴーグルの女の子』ってのがソレだよ」
キョトンとしている美琴をフォローするかのように上条が割って入る。
騙せるかは微妙なくらいの「違う意味での」素敵演技力であったが、雨宮は納得したようにぽんっと手を叩いていた。
「うん、つまりあれだね。家族ぐるみのお付き合いってこと?」
「…………もうそれでいいです」
相変わらずの雨宮の調子に上条はうだー、と項垂れるのだった。
とある施設のコンピュータルーム。
電気のついていないこの施設の中で、数ある端末のうちの1つだけに電源が入っていた。
その前には誰も座っている様には見えず、ハードディスクと冷却ファンが回る音のみが静かな部屋に響いていた。
表示されていた学園都市のデータは圧縮されて端末に刺さるUSBへと集約されていく。
ディスプレイ上をカーソルが動き、多重展開されていたタブが閉じられていく。
そして、また、新たなるデータが開かれていく。
次に表示されているデータは『書庫』内に眠る能力者のデータ。
一方通行、御坂美琴を始めとしたレベル5、そして、上条当麻に雨宮照。
「なかなかの収穫ですかね」
静かな部屋に声が響く。どこか笑っているような、そんな声だ。
カタカタとキーボードを打つ音が鳴り、また違ったデータが検索されていく。
『AIM拡散力場』についての文献を手に入れて行く。
カーソルを動かしては文献を表示していく。偶に、全然違う資料があったり、わけのわからないリンクにも飛ばされた。
不意に、部屋の中で灯るディスプレイによる明りが淡くなる。暗い画面でも表示したのだろうか。
「お、っと……これは、なかなかどころの収穫じゃないかもしれませんね」
ディスプレイに表示された文字列に、声はより楽しげになった。
黒い画面にともる白抜きの文字。
薄い笑い声が部屋に満ちた。
電気のついていないこの施設の中で、数ある端末のうちの1つだけに電源が入っていた。
その前には誰も座っている様には見えず、ハードディスクと冷却ファンが回る音のみが静かな部屋に響いていた。
表示されていた学園都市のデータは圧縮されて端末に刺さるUSBへと集約されていく。
ディスプレイ上をカーソルが動き、多重展開されていたタブが閉じられていく。
そして、また、新たなるデータが開かれていく。
次に表示されているデータは『書庫』内に眠る能力者のデータ。
一方通行、御坂美琴を始めとしたレベル5、そして、上条当麻に雨宮照。
「なかなかの収穫ですかね」
静かな部屋に声が響く。どこか笑っているような、そんな声だ。
カタカタとキーボードを打つ音が鳴り、また違ったデータが検索されていく。
『AIM拡散力場』についての文献を手に入れて行く。
カーソルを動かしては文献を表示していく。偶に、全然違う資料があったり、わけのわからないリンクにも飛ばされた。
不意に、部屋の中で灯るディスプレイによる明りが淡くなる。暗い画面でも表示したのだろうか。
「お、っと……これは、なかなかどころの収穫じゃないかもしれませんね」
ディスプレイに表示された文字列に、声はより楽しげになった。
黒い画面にともる白抜きの文字。
薄い笑い声が部屋に満ちた。