終礼のチャイムが校内に流れ、上条は目を覚ました。
―――ん、寝ちまってたか―――
上条は眠い目を擦り、身体を起こす。親船先生の数学の授業で、教室の端から順番に当てられていったのは覚えている。
順番を見て、『今日は俺、当たらないなぁ』なんて思ったのが最後、強力な睡魔と闘い惨敗する羽目になるのだった。
「カミやん、今日はグッスリだったにゃー?」
「昨日あんまし寝付けなくてな………ふぁ」
上条は大きく欠伸をする。酸素が脳に行き渡るかのような感覚を覚える。
「今日は補習もないし、どっか寄ってくかにゃー?」
「そやねー、ゲーセンなんてどうや?」
「ゲーセンか………そういや久しく行ってねぇもんな。雨宮、お前もどうだ?」
上条は適当に荷物を突っ込んだ鞄を持ち席から立ち、ボサボサ茶髪を見る。ぼけーっとしていた。
「ど、どうしたんだにゃー?」
「いやいやぁ、すごい基本的な質問なんだけどさ」
雨宮は若干恥じらいながら、ポリポリと自分の右頬のあたりを掻いている
「お、なんやなんや?なんでも聞いてええで?」
「ゲーセンってなに?」
「………………」
「………………」
「……………はい?」
空気が凍る。上条たち3人は『知り合いがいきなり外国語で話しかけて来て何言ってんのかも分かんねぇ』みたいな表情で停止する。
「ゲーセンを知らんって言うんか?」
「行ったことがない」
「それなら俺たちがしっかりと教えてやるにゃー。覚悟するんだぜい?」
「まぁ、取りあえず行ってみようぜ」
デルタフォース+1はダラダラと教室を後にする。
「貴様ら!寄り道は勝手だが、風紀委員や警備員にお世話になるんじゃないぞ!」
「あー、わかったわかった」
「おい!聞いてるのか!?」
教室の中で吹寄が叫んでいたが、デルタフォースは当然のようにスルーしている。
「いいの?」
「全部聞いてたらキリがないからな」
上条が苦笑いしている雨宮の質問に答え、残る2人は背中を押す様にずいずいと玄関に向かって行った。
―――ん、寝ちまってたか―――
上条は眠い目を擦り、身体を起こす。親船先生の数学の授業で、教室の端から順番に当てられていったのは覚えている。
順番を見て、『今日は俺、当たらないなぁ』なんて思ったのが最後、強力な睡魔と闘い惨敗する羽目になるのだった。
「カミやん、今日はグッスリだったにゃー?」
「昨日あんまし寝付けなくてな………ふぁ」
上条は大きく欠伸をする。酸素が脳に行き渡るかのような感覚を覚える。
「今日は補習もないし、どっか寄ってくかにゃー?」
「そやねー、ゲーセンなんてどうや?」
「ゲーセンか………そういや久しく行ってねぇもんな。雨宮、お前もどうだ?」
上条は適当に荷物を突っ込んだ鞄を持ち席から立ち、ボサボサ茶髪を見る。ぼけーっとしていた。
「ど、どうしたんだにゃー?」
「いやいやぁ、すごい基本的な質問なんだけどさ」
雨宮は若干恥じらいながら、ポリポリと自分の右頬のあたりを掻いている
「お、なんやなんや?なんでも聞いてええで?」
「ゲーセンってなに?」
「………………」
「………………」
「……………はい?」
空気が凍る。上条たち3人は『知り合いがいきなり外国語で話しかけて来て何言ってんのかも分かんねぇ』みたいな表情で停止する。
「ゲーセンを知らんって言うんか?」
「行ったことがない」
「それなら俺たちがしっかりと教えてやるにゃー。覚悟するんだぜい?」
「まぁ、取りあえず行ってみようぜ」
デルタフォース+1はダラダラと教室を後にする。
「貴様ら!寄り道は勝手だが、風紀委員や警備員にお世話になるんじゃないぞ!」
「あー、わかったわかった」
「おい!聞いてるのか!?」
教室の中で吹寄が叫んでいたが、デルタフォースは当然のようにスルーしている。
「いいの?」
「全部聞いてたらキリがないからな」
上条が苦笑いしている雨宮の質問に答え、残る2人は背中を押す様にずいずいと玄関に向かって行った。
とあるゲームセンターにて。
「ほほー、これが、ゲーセン、ねぇ」
「どうや、初ゲーセンの気分は?」
4人が自動扉をくぐると、ゲームセンター特有のガヤガヤとした音が耳に飛び込んでくる。
「いっつもこんなにウルサイもんなのか?」
「そうだにゃー。この騒がしい感じも含めてゲーセンの醍醐味なんだにゃー」
「いやいや、この程度じゃウルサイなんて言わへんのやで―?」
上条は他3人の会話を無視すると、手近にあったクレーンゲームに目をやる。
可愛らしいぬいぐるみがわんさかと山積みにされている。
恐らくはスタッフの手作りであろうポップが掲げられており『流行りのラヴリーミトン第3弾!』等と銘打たれている。
―――そういや、御坂が好きなカエルもこのシリーズじゃなかったっけ―――
上条はビリビリ電撃姫の付き合いでもらったカエルのストラップを思い出し、クレーンゲームのショーケースを覗き込む。
まるでこちらを見ているかのような緑色のカエルと目があった。
「これも何かの縁ですかね」
上条はポケットから取り出した100円玉を投入すると、慎重にクレーンを操作する。
ウィィィィンとクレーンが動き、ケロヨンの頭を掴む。
「ま、どうせ取れないんですけど……あれ?」
今までクレーンゲームでとれた事のない上条にとって、ケロヨンとクレーンの軌道は驚くくらいすんなりとしていた。
ヨロヨロと手元まで戻ってきたクレーンは、ぺっと吐き出すように景品のケロヨンを投下する。
ボトッという音がし、取りだし口にカエルが現れた。
「………取れてしまいましたよ」
上条は嬉しさよりも驚きが勝った表情を浮かべ、ケロヨンを取り出す。
「で、どうすんだよ、これ……」
手元までやってきたケロヨンと睨めっこしながら、上条はコイツをどうするか逡巡する。
―――男子高校生の部屋にあるもんじゃねぇよなぁ―――
さっきまで入口付近で騒いでいた土御門と青髪はレーシングゲームで白熱の接戦を繰り広げている。
雨宮はどこいった、と周りを窺ってみると探し人は何やら他の人と話をしている。
話し相手はゲーム機の陰にいて、上条の場所からだと分からない。
「おーい、何やってんだ……げっ!?」
「げっ、って何よ?」
見えてなかった話し相手は御坂美琴であった。
「み、御坂さんは何を話してらっしゃったんですか?」
「別に大した話じゃないわよ。昨日はどうも、って話しただけ」
美琴は少しだけ染めた頬を誤魔化すように、目を背ける。
「レベル5だったんだね、って話をしただけだから。彼女をとってゴメンね、上条」
雨宮は本当にすまなそうな顔で上条の肩に手を置く。
「いや、だから彼女じゃねぇって……」
上条がゲッソリとした表情を浮かべる横で、美琴は『彼女って言われた…』と真っ赤になっている。
「あ、そうだ。御坂、これやるよ」
上条はとりたてホヤホヤのケロヨンを美琴の手元に投げる。
おっとっと、とお手玉しながらも美琴はケロヨンを受け止める。
「こ、これって、ケロヨンの新作じゃない!?」
「みたいだな。さっきソレでとったんだよ」
上条はさっきのゲーム機を指差す。美琴は素早い身のこなしでその台の近づくと舐めるように品定めを始めた。
「ほほー、これが、ゲーセン、ねぇ」
「どうや、初ゲーセンの気分は?」
4人が自動扉をくぐると、ゲームセンター特有のガヤガヤとした音が耳に飛び込んでくる。
「いっつもこんなにウルサイもんなのか?」
「そうだにゃー。この騒がしい感じも含めてゲーセンの醍醐味なんだにゃー」
「いやいや、この程度じゃウルサイなんて言わへんのやで―?」
上条は他3人の会話を無視すると、手近にあったクレーンゲームに目をやる。
可愛らしいぬいぐるみがわんさかと山積みにされている。
恐らくはスタッフの手作りであろうポップが掲げられており『流行りのラヴリーミトン第3弾!』等と銘打たれている。
―――そういや、御坂が好きなカエルもこのシリーズじゃなかったっけ―――
上条はビリビリ電撃姫の付き合いでもらったカエルのストラップを思い出し、クレーンゲームのショーケースを覗き込む。
まるでこちらを見ているかのような緑色のカエルと目があった。
「これも何かの縁ですかね」
上条はポケットから取り出した100円玉を投入すると、慎重にクレーンを操作する。
ウィィィィンとクレーンが動き、ケロヨンの頭を掴む。
「ま、どうせ取れないんですけど……あれ?」
今までクレーンゲームでとれた事のない上条にとって、ケロヨンとクレーンの軌道は驚くくらいすんなりとしていた。
ヨロヨロと手元まで戻ってきたクレーンは、ぺっと吐き出すように景品のケロヨンを投下する。
ボトッという音がし、取りだし口にカエルが現れた。
「………取れてしまいましたよ」
上条は嬉しさよりも驚きが勝った表情を浮かべ、ケロヨンを取り出す。
「で、どうすんだよ、これ……」
手元までやってきたケロヨンと睨めっこしながら、上条はコイツをどうするか逡巡する。
―――男子高校生の部屋にあるもんじゃねぇよなぁ―――
さっきまで入口付近で騒いでいた土御門と青髪はレーシングゲームで白熱の接戦を繰り広げている。
雨宮はどこいった、と周りを窺ってみると探し人は何やら他の人と話をしている。
話し相手はゲーム機の陰にいて、上条の場所からだと分からない。
「おーい、何やってんだ……げっ!?」
「げっ、って何よ?」
見えてなかった話し相手は御坂美琴であった。
「み、御坂さんは何を話してらっしゃったんですか?」
「別に大した話じゃないわよ。昨日はどうも、って話しただけ」
美琴は少しだけ染めた頬を誤魔化すように、目を背ける。
「レベル5だったんだね、って話をしただけだから。彼女をとってゴメンね、上条」
雨宮は本当にすまなそうな顔で上条の肩に手を置く。
「いや、だから彼女じゃねぇって……」
上条がゲッソリとした表情を浮かべる横で、美琴は『彼女って言われた…』と真っ赤になっている。
「あ、そうだ。御坂、これやるよ」
上条はとりたてホヤホヤのケロヨンを美琴の手元に投げる。
おっとっと、とお手玉しながらも美琴はケロヨンを受け止める。
「こ、これって、ケロヨンの新作じゃない!?」
「みたいだな。さっきソレでとったんだよ」
上条はさっきのゲーム機を指差す。美琴は素早い身のこなしでその台の近づくと舐めるように品定めを始めた。
「なぁ、上条。本当に彼女じゃないの?」
「違うって何度も言ってるんですけど………」
「ふーん」
雨宮は『これがフラグ体質ってやつかな』とか言いながら、上条と美琴を交互に見やる。
―――なんだよ、フラグって―――
上条は雨宮がその情報を何処から仕入れたのか疑問に思いつつも、クレーンゲームに張り付く美琴の後ろまで歩いていく。
「ふーむ。ゲコ太とピョン子はないみたいね」
「そんなにカエルがいいか、お前は……」
上条は心底残念そうな美琴を見て、呆れたような声で呟く。
「まぁ、いいわ………ね、ケロヨンのお礼に何か奢ったげるわよ。何がいい?」
「はぁ、別にそんなのは良いけどよ。お前、1人で来たんかよ?」
上条は辺りを見回してみるが、美琴の連れと思しき人はいなかった。
「白井とかは一緒じゃねぇの?」
「黒子と初春さんは風紀委員の仕事。佐天さんが後から来るはずなんだけど……っと、噂すればなんとやらね」
美琴の携帯が鳴動し、サブディスプレイに『佐天涙子』と表示される。
ちょっとごめんね、と言って美琴は通話ボタンを押し電話に出る。
「もしもし、佐天さん?」
『………みっ、御坂さんっ…………た、助けてっ』
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
どうにも様子のおかしい佐天の声に美琴の顔が強張る。そんな美琴をみて、上条たちも眉をひそめた。
『知らない人たちに、追われてて………』
「佐天さん、今どこ?」
『どこか、分かんないんで………GPSコード送りますっ』
電話が切れて数秒の空白があった後、美琴の携帯に位置情報が送られてきた。このゲームセンターからそう遠くない路地裏を示している。
「ごめん。私、ちょっと行ってくるから」
「待て、御坂、俺も行く」
そう言って上条と美琴はゲームセンターから飛び出していく。
「おーおー、置いてけぼりだ」
雨宮は駆け出して行った2人の背を追ってゲームセンターの外に出る。既に2人の背中は見えない。
「この辺の路地裏は良くわかんないけど、高いとこから見れば分かるかな」
近くのビルを見上げ、屋上まで昇るべく駆けだした。
「違うって何度も言ってるんですけど………」
「ふーん」
雨宮は『これがフラグ体質ってやつかな』とか言いながら、上条と美琴を交互に見やる。
―――なんだよ、フラグって―――
上条は雨宮がその情報を何処から仕入れたのか疑問に思いつつも、クレーンゲームに張り付く美琴の後ろまで歩いていく。
「ふーむ。ゲコ太とピョン子はないみたいね」
「そんなにカエルがいいか、お前は……」
上条は心底残念そうな美琴を見て、呆れたような声で呟く。
「まぁ、いいわ………ね、ケロヨンのお礼に何か奢ったげるわよ。何がいい?」
「はぁ、別にそんなのは良いけどよ。お前、1人で来たんかよ?」
上条は辺りを見回してみるが、美琴の連れと思しき人はいなかった。
「白井とかは一緒じゃねぇの?」
「黒子と初春さんは風紀委員の仕事。佐天さんが後から来るはずなんだけど……っと、噂すればなんとやらね」
美琴の携帯が鳴動し、サブディスプレイに『佐天涙子』と表示される。
ちょっとごめんね、と言って美琴は通話ボタンを押し電話に出る。
「もしもし、佐天さん?」
『………みっ、御坂さんっ…………た、助けてっ』
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
どうにも様子のおかしい佐天の声に美琴の顔が強張る。そんな美琴をみて、上条たちも眉をひそめた。
『知らない人たちに、追われてて………』
「佐天さん、今どこ?」
『どこか、分かんないんで………GPSコード送りますっ』
電話が切れて数秒の空白があった後、美琴の携帯に位置情報が送られてきた。このゲームセンターからそう遠くない路地裏を示している。
「ごめん。私、ちょっと行ってくるから」
「待て、御坂、俺も行く」
そう言って上条と美琴はゲームセンターから飛び出していく。
「おーおー、置いてけぼりだ」
雨宮は駆け出して行った2人の背を追ってゲームセンターの外に出る。既に2人の背中は見えない。
「この辺の路地裏は良くわかんないけど、高いとこから見れば分かるかな」
近くのビルを見上げ、屋上まで昇るべく駆けだした。
上条と美琴が駆け付けた場所には携帯が1つだけ落ちていた。
「これ、佐天さんの」
「急がないとマズいってことか。御坂、俺はこっちを探す」
「OK!私は向こうを見てくる。アンタも一応は無能力者なんだから、気をつけなさいよ」
わかってる、と言い残して上条は路地裏の奥へと駆けだす。
GPSコードを受け取ってからそれほど時間は経っていないが、急ぐに越したことはない。
狭い路地を駆けていると、良く耳にする電撃音が聞こえてきた。恐らくは美琴が能力を使っているのだろう。
―――でも、まだ見つかってねぇみたいだな―――
バリバリッ、という電撃音に紛れて、何かを追っているような野太い男の声が聞こえてくる。
向こうも何手かに分かれて行動しているらしい。上条は地面を蹴る足に力を込めスピードを上げる。
少しずつ近づいて来たのか、声が大きく聞こえるようになった。その声に耳を傾けつつ、クネクネと曲がる道を駆ける。
―――いたっ!―――
そこから3つほど角を曲がったところで、黒髪ロングの女子中学生と、それを追う3人の男が視界に入る。
佐天の特徴については聞いてなかったが、恐らくはあの中学生だろう、と上条はその後を追いかける。
「おいテメェら!何してんだっ!」
上条は大きく息を吸い込んで追いかける男たちに叫ぶ。
「あん?」
3人の男たちはもちろん、逃げていた佐天も上条に振り返る。
「なんだ、テメェはよぉ?」
「3人がかりで女の子1人追いまわして楽しいかよっ!」
上条は男たちを引きつけつつ、佐天に目配せをする。佐天もそれを正しく理解したようで、再び駆けだした。
「ちっ、めんどくせェのが絡んできやがった。おい、お前、追いかけろ。俺ら2人でコイツをぶっ飛ばす」
その言葉に応じて、3人のうちの1人が再び佐天を追いかけて行った。
「ま、待てよっ!」
上条もそれを追おうとするが、残る2にんが道を塞ぐ。
「テメェら、邪魔すんじゃねぇ!」
上条は右手を握りしめて叫ぶ。少しでも怯んでくれれば儲けものだったのだが、そううまくはいかない。
「うるせぇ!邪魔してんのはお前の方だろうが」
残った男2人は上条の進路を塞ぐように立ち、腕をまくっている。
「最近、強くなった俺の能力を喰らわせてやんぜ!!」
男のうちの1人が上条に向けて左手を突きだすと、そこからボウッと火が飛び出す。
―――発火能力者かっ―――
上条は襲いかかってくる火炎に向けて右手を突きだし、『幻想殺し』でそれを消し去る。
「いいぜ、テメェらがどうしても邪魔するってんなら」
火炎を消し去られた男が驚愕しているのを視界に収め、上条は突きだした右手を握りしめる。
「まずはテメェらぶっ飛ばす!!」
上条はその場から駆けだすと一気に距離を詰める。
発火能力の男は先程のショックから抜け出せないのか、気休め程度の火を上条に向けて放つ。
「おおおおおおおおおおぉぉぉッ!!」
上条はその右手で、小さな火もろとも発火能力者の顔面を打ち抜く。
「うるぁぁっ!!」
体重を乗せた上条の拳は男の身体を吹き飛ばし、一撃で気絶させる。
「ちくしょう、お前、何の能力者だっ!?」
残された男は吐き捨てるように言い、火炎を打ち消した上条の右手に視線を向ける。
「……ただの無能力者だよ」
上条はもう一度、右手を握り駆けだした。
「これ、佐天さんの」
「急がないとマズいってことか。御坂、俺はこっちを探す」
「OK!私は向こうを見てくる。アンタも一応は無能力者なんだから、気をつけなさいよ」
わかってる、と言い残して上条は路地裏の奥へと駆けだす。
GPSコードを受け取ってからそれほど時間は経っていないが、急ぐに越したことはない。
狭い路地を駆けていると、良く耳にする電撃音が聞こえてきた。恐らくは美琴が能力を使っているのだろう。
―――でも、まだ見つかってねぇみたいだな―――
バリバリッ、という電撃音に紛れて、何かを追っているような野太い男の声が聞こえてくる。
向こうも何手かに分かれて行動しているらしい。上条は地面を蹴る足に力を込めスピードを上げる。
少しずつ近づいて来たのか、声が大きく聞こえるようになった。その声に耳を傾けつつ、クネクネと曲がる道を駆ける。
―――いたっ!―――
そこから3つほど角を曲がったところで、黒髪ロングの女子中学生と、それを追う3人の男が視界に入る。
佐天の特徴については聞いてなかったが、恐らくはあの中学生だろう、と上条はその後を追いかける。
「おいテメェら!何してんだっ!」
上条は大きく息を吸い込んで追いかける男たちに叫ぶ。
「あん?」
3人の男たちはもちろん、逃げていた佐天も上条に振り返る。
「なんだ、テメェはよぉ?」
「3人がかりで女の子1人追いまわして楽しいかよっ!」
上条は男たちを引きつけつつ、佐天に目配せをする。佐天もそれを正しく理解したようで、再び駆けだした。
「ちっ、めんどくせェのが絡んできやがった。おい、お前、追いかけろ。俺ら2人でコイツをぶっ飛ばす」
その言葉に応じて、3人のうちの1人が再び佐天を追いかけて行った。
「ま、待てよっ!」
上条もそれを追おうとするが、残る2にんが道を塞ぐ。
「テメェら、邪魔すんじゃねぇ!」
上条は右手を握りしめて叫ぶ。少しでも怯んでくれれば儲けものだったのだが、そううまくはいかない。
「うるせぇ!邪魔してんのはお前の方だろうが」
残った男2人は上条の進路を塞ぐように立ち、腕をまくっている。
「最近、強くなった俺の能力を喰らわせてやんぜ!!」
男のうちの1人が上条に向けて左手を突きだすと、そこからボウッと火が飛び出す。
―――発火能力者かっ―――
上条は襲いかかってくる火炎に向けて右手を突きだし、『幻想殺し』でそれを消し去る。
「いいぜ、テメェらがどうしても邪魔するってんなら」
火炎を消し去られた男が驚愕しているのを視界に収め、上条は突きだした右手を握りしめる。
「まずはテメェらぶっ飛ばす!!」
上条はその場から駆けだすと一気に距離を詰める。
発火能力の男は先程のショックから抜け出せないのか、気休め程度の火を上条に向けて放つ。
「おおおおおおおおおおぉぉぉッ!!」
上条はその右手で、小さな火もろとも発火能力者の顔面を打ち抜く。
「うるぁぁっ!!」
体重を乗せた上条の拳は男の身体を吹き飛ばし、一撃で気絶させる。
「ちくしょう、お前、何の能力者だっ!?」
残された男は吐き捨てるように言い、火炎を打ち消した上条の右手に視線を向ける。
「……ただの無能力者だよ」
上条はもう一度、右手を握り駆けだした。
「待てコラァァァッ!!」
男の太い声が飛んで来る中、佐天は重くなってきた足に鞭打ち必死に駆けていた。
ツンツン頭の高校生のお陰で、追いかけてくる男は1人になったが、途中で分かれた奴らがいつ合流するとも分からない。
―――なんでこんなことになるんだろう―――
そんな崖っぷちに追いこまれながらも、意外にも冷静な頭は事の経緯を振り返っていた。
美琴と遊ぶべくゲームセンターに向かっていた途中、たまたまカツアゲの現場を目撃してしまったのが始まりだ。
流してしまえば巻き込まれることはなかっただろうが、ボコボコにされているのが見に入り、つい足を止めてしまったのだ。
見られた事に気付いた男たちは、佐天を黙らせるつもりか追いかけてきたのだった。
―――せめて、せめて私にも能力があれば―――
佐天は背後の男を見る。あんな不良たちでさえ能力を持っているというのに。
神様は残酷だ。佐天は自分の力のなさと世の中の不条理を恨む。
『幻想御手』の件で懲りたとはいえ、能力への希望も執着も消え去りはしなかった。
友人たる美琴や白井ほどの強さは要らないにしても、レベル1でもいいから能力が欲しいと思うのは今でも変わらない。
佐天は少しずつ近づいてきた男から目を離し、再び前に向き直る。
隠れる場所どころか、武器になりそうなものすらない。
「そろそろ諦めやがれぇっ!」
男はそう叫び勢いよく右手を振る。ビュゥッ、という音と共に強い風が路地の中で吹き荒ぶ。
「うっ!?」
吹き荒れた突風にバランスを崩し、佐天の身体が地面に転がる。
「いったぁ…」
それでも何とか立ち上がろうとするが、今の転倒ですりむいたのか膝からは血が流れていた。
『風力使い』と思しき男が右手を振るのが視界に入る。
よりによって、自分が欲しがった能力でやられるのか。佐天が身を強張らせたとき、どこから飛び出してきたのか、ボサボサ頭の高校生が男との間に割って入った。
「やぁっと見つけた。君が佐天、って子かな?」
男が繰り出した突風を左手で掻き消したボサボサ頭は、よろよろと立ち上がる佐天に目をやった。
「御坂の友達らしいね。助けに来たよ」
雨宮は突風を掻き消した左手を男に向けて突きだす。
ゴウッ!と掻き消したよりも強い風が起こり、男の身動きを縛りつける。
「うっぐっ!?」
「いやいやぁ、悪戯すんにもスカート捲るくらいにしといた方がいいと思うよ?」
雨宮は男に向かって駆け、捻りのきいた拳を腹に叩きこんだ。
「がはぁぁっ」
「うおっ、雨宮、お前なんでココに?」
ずるずると崩れさる男の横から上条が顔を出す。
「さすがに、俺だけ遊んでるわけにはいかんし、手伝いに来たよ。彼女は無事に確保しました」
パンパンと手を払う雨宮の足元で『風力使い』の男はぐったりとのびていた。
「良かった良かった。佐天…だっけ?御坂の友達の」
「…………あ、ありがとう、ございました」
「お礼されるような事じゃねぇよ」
上条は佐天の元まで歩み寄ると、にっと笑って頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ほんとに……一時はどうなるかと思いました。ありがとうございます」
佐天は少しだけ気恥かしそうにしながら、ゆっくりと立ちあがり頭を下げた。
「だから、気にしなくていいって」
「えっと……御坂さんのお知り合いですか?」
「ま、そんなとこかな」
上条はポケットから携帯を取り出して美琴を呼びだすと、佐天が無事であることと、場所を知らせる。
『分かった、黒子にも連絡しておくわ』
「よろしく頼んだ」
上条は携帯を切り、ポケットにしまう。直に風紀委員や警備員がやってきて、残りの男たちも捕縛されるだろう。
男の太い声が飛んで来る中、佐天は重くなってきた足に鞭打ち必死に駆けていた。
ツンツン頭の高校生のお陰で、追いかけてくる男は1人になったが、途中で分かれた奴らがいつ合流するとも分からない。
―――なんでこんなことになるんだろう―――
そんな崖っぷちに追いこまれながらも、意外にも冷静な頭は事の経緯を振り返っていた。
美琴と遊ぶべくゲームセンターに向かっていた途中、たまたまカツアゲの現場を目撃してしまったのが始まりだ。
流してしまえば巻き込まれることはなかっただろうが、ボコボコにされているのが見に入り、つい足を止めてしまったのだ。
見られた事に気付いた男たちは、佐天を黙らせるつもりか追いかけてきたのだった。
―――せめて、せめて私にも能力があれば―――
佐天は背後の男を見る。あんな不良たちでさえ能力を持っているというのに。
神様は残酷だ。佐天は自分の力のなさと世の中の不条理を恨む。
『幻想御手』の件で懲りたとはいえ、能力への希望も執着も消え去りはしなかった。
友人たる美琴や白井ほどの強さは要らないにしても、レベル1でもいいから能力が欲しいと思うのは今でも変わらない。
佐天は少しずつ近づいてきた男から目を離し、再び前に向き直る。
隠れる場所どころか、武器になりそうなものすらない。
「そろそろ諦めやがれぇっ!」
男はそう叫び勢いよく右手を振る。ビュゥッ、という音と共に強い風が路地の中で吹き荒ぶ。
「うっ!?」
吹き荒れた突風にバランスを崩し、佐天の身体が地面に転がる。
「いったぁ…」
それでも何とか立ち上がろうとするが、今の転倒ですりむいたのか膝からは血が流れていた。
『風力使い』と思しき男が右手を振るのが視界に入る。
よりによって、自分が欲しがった能力でやられるのか。佐天が身を強張らせたとき、どこから飛び出してきたのか、ボサボサ頭の高校生が男との間に割って入った。
「やぁっと見つけた。君が佐天、って子かな?」
男が繰り出した突風を左手で掻き消したボサボサ頭は、よろよろと立ち上がる佐天に目をやった。
「御坂の友達らしいね。助けに来たよ」
雨宮は突風を掻き消した左手を男に向けて突きだす。
ゴウッ!と掻き消したよりも強い風が起こり、男の身動きを縛りつける。
「うっぐっ!?」
「いやいやぁ、悪戯すんにもスカート捲るくらいにしといた方がいいと思うよ?」
雨宮は男に向かって駆け、捻りのきいた拳を腹に叩きこんだ。
「がはぁぁっ」
「うおっ、雨宮、お前なんでココに?」
ずるずると崩れさる男の横から上条が顔を出す。
「さすがに、俺だけ遊んでるわけにはいかんし、手伝いに来たよ。彼女は無事に確保しました」
パンパンと手を払う雨宮の足元で『風力使い』の男はぐったりとのびていた。
「良かった良かった。佐天…だっけ?御坂の友達の」
「…………あ、ありがとう、ございました」
「お礼されるような事じゃねぇよ」
上条は佐天の元まで歩み寄ると、にっと笑って頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ほんとに……一時はどうなるかと思いました。ありがとうございます」
佐天は少しだけ気恥かしそうにしながら、ゆっくりと立ちあがり頭を下げた。
「だから、気にしなくていいって」
「えっと……御坂さんのお知り合いですか?」
「ま、そんなとこかな」
上条はポケットから携帯を取り出して美琴を呼びだすと、佐天が無事であることと、場所を知らせる。
『分かった、黒子にも連絡しておくわ』
「よろしく頼んだ」
上条は携帯を切り、ポケットにしまう。直に風紀委員や警備員がやってきて、残りの男たちも捕縛されるだろう。
15分ほどすると風紀委員と警備員が駆け付け、件の男たちを補導していった。
上条たちは検証の意味合いを含め、現場にほど近い大通りで待機している。
救助された佐天は駆け付けた初春に怪我の治療を受けており、残る3人は白井に状況を説明している。
「私は佐天さんを探してた不良共を焼いただけだからねぇ」
「お姉様……むやみに能力を行使するのはお控えくださいといつも申しておりますのに」
白井はまたか、という顔で美琴を見る。後輩に呆れられた美琴は違うわよと反論し、少し怒ったように口を尖らせる。
「アイツらが先に仕掛けてきたの。念動力者かしら、レベル3はありそうだったけど…」
「レベル、3ですか?」
白井は驚いた顔で手元の資料を捲る。補導した男たちの『書庫』データだ。
「レベル2はいますけど………これは何かありそうですわね」
ふむ、と白井は顎に手をやり眉をひそめる。
「何か、ってどういうことだ?」
上条は頭を悩ませている白井に尋ねる。美琴と雨宮も興味深そうに見ていた。
「昨夜から『書庫』のデータと被害レベルが一致しない事件が幾つか起きてますの。まるで――」
「『幻想御手』みたいね」
美琴は白井の言葉を受けるように呟く。
『幻想御手』事件のときにも同様の事例が起こっていた。だが、『幻想御手』のデータは全て処分されたはずだ。
「新しい『幻想御手』が出来てるってこと?」
「かもしれません。今のところネット上でダウンロードされている様子はありませんが……」
白井はどこまで言って良いか一瞬迷うものの、うんと頷き言葉を続ける。
「事情聴取によると『何者かに手渡された』ということらしいんですの」
「何者かって……誰か分からないの?」
それが分かれば苦労しませんわ、と白井は雨宮の言葉を切り捨てる。
「他にも不可解な点はいくつかありまして。使用者のAIM拡散力場の状態は『書庫』のデータ通りなんです」
「AIM拡散力場はそのままに、能力のレベルだけが上がっている…………そんな事ってありえんの?」
「普通ならあり得ませんわ」
そうよねと美琴は呟き、白井と同じように顎に手をやる。
横で聞いていた上条であったが、AIMうんぬんの話は正直良く分からない。
普通に理解した上で考え込んでいる美琴らを見て、『やっぱ高位能力者は凄いのか』程度の感想を抱いている。
「良く分かんないけど、大変そうだ」
雨宮がふぅと息を吐く。だな、と相槌を打ってから、ある事に気がついた。
「あれ、お前ってレベル4じゃなかったっけ?AIMナントカとか理解してんじゃねぇの?」
「いや、分かんない。常盤台だから分かんじゃないかな?」
雨宮が肩をすくめる。
―――そんなもんなんかね―――
上条はこの事件になんとなく嫌な予感を感じながら、頭を悩ませている2人のお嬢様を見ていた。
上条たちは検証の意味合いを含め、現場にほど近い大通りで待機している。
救助された佐天は駆け付けた初春に怪我の治療を受けており、残る3人は白井に状況を説明している。
「私は佐天さんを探してた不良共を焼いただけだからねぇ」
「お姉様……むやみに能力を行使するのはお控えくださいといつも申しておりますのに」
白井はまたか、という顔で美琴を見る。後輩に呆れられた美琴は違うわよと反論し、少し怒ったように口を尖らせる。
「アイツらが先に仕掛けてきたの。念動力者かしら、レベル3はありそうだったけど…」
「レベル、3ですか?」
白井は驚いた顔で手元の資料を捲る。補導した男たちの『書庫』データだ。
「レベル2はいますけど………これは何かありそうですわね」
ふむ、と白井は顎に手をやり眉をひそめる。
「何か、ってどういうことだ?」
上条は頭を悩ませている白井に尋ねる。美琴と雨宮も興味深そうに見ていた。
「昨夜から『書庫』のデータと被害レベルが一致しない事件が幾つか起きてますの。まるで――」
「『幻想御手』みたいね」
美琴は白井の言葉を受けるように呟く。
『幻想御手』事件のときにも同様の事例が起こっていた。だが、『幻想御手』のデータは全て処分されたはずだ。
「新しい『幻想御手』が出来てるってこと?」
「かもしれません。今のところネット上でダウンロードされている様子はありませんが……」
白井はどこまで言って良いか一瞬迷うものの、うんと頷き言葉を続ける。
「事情聴取によると『何者かに手渡された』ということらしいんですの」
「何者かって……誰か分からないの?」
それが分かれば苦労しませんわ、と白井は雨宮の言葉を切り捨てる。
「他にも不可解な点はいくつかありまして。使用者のAIM拡散力場の状態は『書庫』のデータ通りなんです」
「AIM拡散力場はそのままに、能力のレベルだけが上がっている…………そんな事ってありえんの?」
「普通ならあり得ませんわ」
そうよねと美琴は呟き、白井と同じように顎に手をやる。
横で聞いていた上条であったが、AIMうんぬんの話は正直良く分からない。
普通に理解した上で考え込んでいる美琴らを見て、『やっぱ高位能力者は凄いのか』程度の感想を抱いている。
「良く分かんないけど、大変そうだ」
雨宮がふぅと息を吐く。だな、と相槌を打ってから、ある事に気がついた。
「あれ、お前ってレベル4じゃなかったっけ?AIMナントカとか理解してんじゃねぇの?」
「いや、分かんない。常盤台だから分かんじゃないかな?」
雨宮が肩をすくめる。
―――そんなもんなんかね―――
上条はこの事件になんとなく嫌な予感を感じながら、頭を悩ませている2人のお嬢様を見ていた。
佐天の事件が発生した翌日、白井と初春は177支部にて忙しそうに端末のキーを叩いていた。
あれからというもの、同様の事件がまた発生していたのだ。
「んっーと」
初春は先程まで睨めっこしていた端末のディスプレイから目を離すと、縮こまった背中を伸ばす。
「お腹すきましたね―、白井さん」
「そうですわね」
ほうっと身体の力を抜き、別の端末を扱っていた白井に目をやる。
なにやら調べごとに夢中で話を聞いているのかもわからない。
「今夜は冷えるみたいですね」
「そうですわね」
「あったかいお蕎麦とか食べたくなりますよね」
「そうですわね」
「14世紀に成立した中国の王朝と言えば?」
「明ですわね。私を嵌めようったってそうはいきませんの」
「いたっ」
白井が危なげなく『正解』を答えたと同時に、初春の頭の上に一冊の書類が落ちて来た。
「そもそも、初春。明の前には元という王朝もありまして――」
「もうそれはいいですからっ!話、聞いてないかと思いましたよ」
危うく歴史の授業に発展しそうになった。初春は落とされた資料を手に取ると表紙に書かれた文字列に目をやる。
「これって、木山先生の資料ですか?」
「ええ。今回の事件には関わっていないはずですが、何かヒントがあるかもしれないと思いまして」
白井は再び端末に向き直り、カタカタを操作し始める。
「そういえば、初春。新しい『幻想御手』の使用者の証言、まとまりましたの?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
初春は山積みされた資料の中から青いファイルを取り出すと、中に入った文章を読み上げる。
「えっと、今回はネットを介したダウンロードではなく、何者か、以下犯人Aが直接配っているみたいです」
「その犯人Aの特徴は?」
「それがマチマチなんですよ。しっかり顔を見た人がいないのはありますが、女なのか男なのかも一定していないですね」
お手上げ状態です、と初春は資料をファイルに戻した。
「複数犯によるものでしょうか?」
「もしくは、変装系の能力者の仕業か………『書庫』のデータ照合はどうでしたの?」
「やってみましたが、該当者全員がアリバイありです。警備員は複数犯の線で動いている様ですね」
白井はディスプレイから目を離すと、今回の事件の資料に目をやる。
昨日の朝から確認された『幻想御手』の疑惑は判明しているだけで2ケタになった。
恐らくは配布が始まったのも一昨日の深夜あたりだろうか。
昨日は第7学区のみで見られていたが、今日はその近辺の学区にも広がっている。これからもっと拡大するかもしれない。
―――大事件に発展しない事を祈りますが―――
白井は下唇を噛み、進展しない捜査を悔やんだ。
あれからというもの、同様の事件がまた発生していたのだ。
「んっーと」
初春は先程まで睨めっこしていた端末のディスプレイから目を離すと、縮こまった背中を伸ばす。
「お腹すきましたね―、白井さん」
「そうですわね」
ほうっと身体の力を抜き、別の端末を扱っていた白井に目をやる。
なにやら調べごとに夢中で話を聞いているのかもわからない。
「今夜は冷えるみたいですね」
「そうですわね」
「あったかいお蕎麦とか食べたくなりますよね」
「そうですわね」
「14世紀に成立した中国の王朝と言えば?」
「明ですわね。私を嵌めようったってそうはいきませんの」
「いたっ」
白井が危なげなく『正解』を答えたと同時に、初春の頭の上に一冊の書類が落ちて来た。
「そもそも、初春。明の前には元という王朝もありまして――」
「もうそれはいいですからっ!話、聞いてないかと思いましたよ」
危うく歴史の授業に発展しそうになった。初春は落とされた資料を手に取ると表紙に書かれた文字列に目をやる。
「これって、木山先生の資料ですか?」
「ええ。今回の事件には関わっていないはずですが、何かヒントがあるかもしれないと思いまして」
白井は再び端末に向き直り、カタカタを操作し始める。
「そういえば、初春。新しい『幻想御手』の使用者の証言、まとまりましたの?」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
初春は山積みされた資料の中から青いファイルを取り出すと、中に入った文章を読み上げる。
「えっと、今回はネットを介したダウンロードではなく、何者か、以下犯人Aが直接配っているみたいです」
「その犯人Aの特徴は?」
「それがマチマチなんですよ。しっかり顔を見た人がいないのはありますが、女なのか男なのかも一定していないですね」
お手上げ状態です、と初春は資料をファイルに戻した。
「複数犯によるものでしょうか?」
「もしくは、変装系の能力者の仕業か………『書庫』のデータ照合はどうでしたの?」
「やってみましたが、該当者全員がアリバイありです。警備員は複数犯の線で動いている様ですね」
白井はディスプレイから目を離すと、今回の事件の資料に目をやる。
昨日の朝から確認された『幻想御手』の疑惑は判明しているだけで2ケタになった。
恐らくは配布が始まったのも一昨日の深夜あたりだろうか。
昨日は第7学区のみで見られていたが、今日はその近辺の学区にも広がっている。これからもっと拡大するかもしれない。
―――大事件に発展しない事を祈りますが―――
白井は下唇を噛み、進展しない捜査を悔やんだ。