とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

3-01

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匿名ユーザー

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上条当麻がいない。
ボサボサ茶髪の雨宮がその事実に気付いたのは10月9日の朝になってからの事だった。
借りていた参考書を返そうと上条に電話してみたが、出る気配はない。
家も遠くないので直接訪れみても、誰も出てこない。
「あれ、今日は授業もねぇはずなんだけどな……補習か?」
今日は学園都市の独立記念日であり、祝日となっている。
隣室の土御門を訪ねてみても留守であるところを見ると、ひょっとしたらデルタフォースは補習かもしれない。
実際は、上条は入院中。土御門は暗部組織のお仕事の真っ最中だったりするのだ。
「これどうするよ……入れとくかな?」
雨宮は手に持った参考書を睨みつつ、ドアポケットへの投下を試みる。ちょっと入りそうにない。
今日は祝日、といっても普段の休日のように楽しげな騒がしさはない。
学園都市は昨日からのニュースで持ちきりであり、多かれ少なかれその話題が会話の中に混じっている。
『国際法違反兵器製造の宗教団体を鎮圧』という見出しが各種メディアに踊っている。
雨宮は男子寮の廊下から学園都市を見渡す。飛行船の側面にもその文章が出ていた。
「鎮圧、ねぇ……」
オブラートに包んだような表現しかされていないものの、学園都市のそれは『侵攻』にしか見えなかった。
一般にはアビニョン侵攻に関して公開されている情報は殆どない。
ましてや『C文書』やら『左方のテッラ』に関する情報が流れているわけもなく、そこに上条当麻が関わっていることなど噂にもなっていない。
教皇庁宮殿が爆散したらしいことは映像が残されていた。
件の兵器を破壊するために投入された学園都市製の兵器軍の破壊力が証明されただけだった。
「一回は見に行きたかったんだけどね、あの宮殿」
許されるとは思わないけど、と小さく呟く。
雨宮はもう一度上条宅の扉をノックしてみるが、相変わらず反応はない。
出直そうとその場から踵を返し、エレベーターを呼ぶ。先客が乗っていたらしく、ボタンを押す前から稼働していた。
きんこーん、と高い音が鳴りエレベーターが開く。
「……あれ、その服は、とうまのお友達?」
「んなっ!?」
中から三毛猫を抱いた白いシスターが出てきた。
「……………十字教徒、か?」
「私はイギリス清教の修道女って、あぁぁっ!?」
無情にもエレベーターの扉が閉まっていく。
「うおぉっ!?」
雨宮は慌ててそのボタンに手をかけ、扉を開く。
「いきなり閉じるなんて、やっぱり『えれべーた』は苦手かも」
「あ、うん、取りあえずそっから出ろ」
雨宮はエレベーターのパネルを睨んでいる小さなシスターさんに呆れ顔をつくる。
「で、イギリス清教のシスターさんはこんな所で何をしてるんですか?」
「こもえの所から帰ってきたんだよ。とうまが昨日から帰ってこないから、私は空腹で倒れるかと思ったんだよ」
こもえとはあの小さな先生の事だろうか。雨宮は目の前のシスターさんと上条がどんな関係なのかと頭を悩ませる。
「ところで、あなたはどこの人?とうまと同じ『がっこー』の人みたいだけど」
「あぁ、上条にこれを返しに来たんだけどね」
『さんこーしょー』ってやつだね。と言って、インデックスは上条の所有物であるそれを受け取った。
「上条が帰ってきたら、ありがとうって伝えといてくれ。よろしくな、インデックス」
雨宮はインデックスにそう伝えると寮を後にした。

御坂美琴は一般人である。
レベル5であるので、カテゴリ的には『一般人』としにくいかもしれない。それに関しては本人も言っている。
そんな美琴は風紀委員の177支部に来ていた。
本来なら関係者以外は立ち入りできないはずのこの詰め所ではあるが、美琴は良く出入りしている。
もう一人、黒髪ロングの女の子も出入りしており、時によっては溜まり場的な雰囲気さえ漂う。
「あーあ、もっとキツく言っとけばよかったかな」
この支部のリーダー的な立場にある固法は溜息をついた。
「まぁ、仕事もしてるようなんだけどね」
固法はあーでもないこーでもないと言い合っている美琴と白井を見る。
「事件の始まりは第7学区なんでしょ?」
「初の補導者が出たのはそうですが、『幻想御手』の出所が第7学区かどうかはわかりませんが…」
白井は端末のエンターキーを叩き、学園都市内の広域マップを表示する。
「この赤い点が事件が発生した場所ですの。第7学区が一番多い事を考えると、その可能性は一番高いですわね」
「えっと、事件が始まったのが4日前でしょ?不審者の目撃情報とかないの?」
今のところは。と言って白井は別の資料を表示させる。
「これは?」
「事件前後で第7学区に越してきた人間のリストですの。もちろん、出入りだけなら誰でも出来ますので参考程度ですが」
美琴は白井の横からディスプレイを覗き込む。
新任の臨時講師に教育実習生、工事の業者さんから転校生まで。多くもないが少なくもない人数の名前がリストアップされている。
「この人たち全部にアリバイ確認したの?」
「証拠も嫌疑もかけられないレベルですので、そこはもう風紀委員の仕事ではありませんの」
警備員にお任せするしかないですわね、と白井は少しだけつまらなそうに言った。
美琴も自分の手でなんとかしたいとは思うが、さすがに白井達に迷惑をかけてまでは出来ない。
せめて自分の知る人間がいないかな、と思い、リストの名前に目を通していく。
「!……ちょっと黒子!これ、この人のデータ見せて」
美琴は身を乗り出してディスプレイの一部分を指差す。
「ちょっと待って下さいませ、お姉様。えっと、この雨宮さん……お知り合いですか?」
「昨日の、佐天さんの救出を手伝ってくれた人よ」
あの茶髪の殿方ですか。白井は思い出したかのような顔をすると、その男の名前をクリックする。
「雨宮、照さん。『風力使い』のレベル4ですわね……10月4日付で第7学区に越してきているみたいですが……」
「その前は何処にいたのか分かる?」
美琴の言葉に、白井は画面をスクロールしていく。
「前所属……大脳生理学の研究機関に被験者としていたそうですわね。そこで能力開発も受けたとなってますわ」
「大脳生理学って………木山春生の関係者じゃないわよね?」
美琴が白井の顔を見る。白井も同じことを考えていたらしく、既にその研究機関を検索していた。
「……お姉様、ビンゴですわ」
「そんな………」
「木山春生の所属先と同じ系列の施設ですわ」
白井も美琴の顔を見る。
ごくり、と唾を飲む音が聞こえ、目には若干の動揺が見られる。
こうなった以上、雨宮を調べざるをえない。上条の友人であるのも、佐天を救ったのも、演技だったのか。
美琴は雨宮のカラカラと笑う顔を思い出す。あれも全て、偽りだったのだろうか。
「………アイツに聞いたら、連絡先くらい分かるかも」
美琴は携帯を取り出し、上条の連絡先を呼びだす。コールボタンを押そうかと思った瞬間に、白井の携帯が鳴った。
「もしもし?えっ、分かりました。ご連絡ありがとうございます」
白井は驚いたような、何かを心配するかのような複雑な顔をして携帯を切った。
「お姉様、捜査は一旦後にさせてください」
いつもなら一刻も早く捜査に行こうとする白井が、真剣な顔で言う。珍しいな、と美琴は眉をひそめた。
「街中で能力者同士の戦闘があったみたいで。巻き込まれた初春が入院したそうです」

「やぁ、奇遇だね」
シュビッ、と手を上げて雨宮は挨拶する。
「あ………昨日の」
ぺこり、と頭を下げるのは佐天涙子。奇しくも昨日のゲームセンターの近くだった。
「こんなとこで何してるの?」
「何ってわけじゃないですけど……なんとなく、歩きたい気分だったんです」
佐天は顔を伏せる。その表情は悩んでるいて、それを自分で認めたくない様な顔だった。
「元気が無いね、こんな良い天気だというのに」
「昨日、あんな事があった所ですから」
佐天は下唇を噛む。昨日の事件が怖かったわけではない。
思いだしたくない過去がフラッシュバックする。
「さて、悩める少女……俺と少しお話しよう」
「お話、ですか……そんな気分じゃないですけど」
カラカラと笑う雨宮を睨むように、佐天が眉を吊り上げる。
「そう言わずにちょっと付き合え。取って食おうってわけじゃないよ」
「………ナンパですか?」
「女の子の話を聞くのが男のすることだって、恩師には教わったんだけど、違ったかな?」
雨宮は相変わらずカラカラと人懐っこく笑う。不思議と心が軽くなるような笑顔だった。
「………私、お腹すきました」
「ん?」
俯いていた佐天は顔を上げ、弱々しくも笑ってみせる。
「年下の女の子をナンパしたんですから、ね?」
「ふむ、しっかりしてるというか何というか……そこのファミレスでいい?」
佐天はこくりと頷く。少しくらい、愚痴った方が楽になるかもしれない。
雨宮の後に続いてファミレスの席につき、パラパラとメニューを見て行く。
せっかくだから高いものを頼んでやろうか、と悪戯心が芽生えたところで雨宮がこっちを見ているのに気づく。
「いきなりでアレなんだけどさ」
雨宮は言葉を選びつつ続ける。
「君、何に悩んでるの?」
「……………ほんと、いきなりですね」
佐天はメニューをパタンと閉じる。
言ってしまえば愚痴も含めた色んなものが止まらないだろう。いざとなると、口に出すのが躊躇われた。
「……能力の事、か」
雨宮は溜息をついた。やれやれとでもいうような、めんどくさそうな溜息だった。
「あなたには………私の気持ちなんて、わかりませんよ」
―――高位能力者である人に、無能力者の気持ちなんて―――
佐天は目の前の少年の仕草にムッとする。そう簡単に怒りは収まりそうにない。
「だろうな。俺には君の気持ちは分かんないよ」
不満そうに睨む佐天の目を、雨宮は真っ直ぐに捕らえる。
「だからこそ、こうやって話を聞いてる。手伝える事なら何でもやってやる。それじゃ、ダメかな?」
拒んでも聞きそうにない。佐天は諦めたように溜息をつく。
「じゃぁ………話だけ、聞いてもらえますか」
佐天は水を飲んで口の中を潤すと、ゆっくり、口を開いた。

「と、いうわけなんですよ」
全てを話したせいか、佐天はどことなくスッキリとした表情をしている。
「なるほど、『幻想御手』の罪悪感ってことか……」
雨宮は椅子の背もたれに体重を預けると、ふぅと溜息をつく。先程のようなめんどくさそうなそれではない。
「気にしないで、とは言われるんですが……どうにも上手く忘れられなくて」
ははは、と笑って佐天は日替わりランチのサラダに手を伸ばす。妙に酸っぱく感じられた。
「忘れなくてもいいんじゃないかな?」
雨宮は目の前のカレーを食べながら、ぶっきらぼうに言い切った。
「どういう、ことですか?」
佐天は目線を雨宮に移す。忘れろとは言われた事はある。逆は……初めてだ。
「一時的でも能力を使ってたんだからさ。ヒントはそこにあるんじゃないの?コツというか、なんというか」
「あ………」
―――考えた事も、なかった―――
もう半年くらい前の話で正直、正確には覚えていない。でも、確かにそうかもしれない。
「幻想の能力を使ってた自分が嫌なら、それを超えたらいいんでしょ?」
「簡単に、いいますね」
人ごとのように言うボサボサ頭の高校生に皮肉をこめて言ってみる。怒ってるわけじゃない。
「じゃぁ、手伝ったげよう。今日から特訓です」
雨宮は御馳走さまと手を合わせる。表情はいたって真剣だ。
「特訓、ですか?」
「そ!話聞いた限りでは、能力の感じは似てそうだし。感覚だけでも教えれるかも……迷惑だったか?」
呆けている佐天の顔を覗き込み、心配そうな表情になる。
「そうやって女の子をナンパするんですか?」
「まさか。そんなつもりはないよ」
雨宮は笑う。変わらない、カラカラとした顔で。
「そんなつもりも、そんな資格も、俺にはないんだから」
ほんの一瞬だけ、顔を曇らせる。小さな独白は、佐天にも聞こえるか聞こえないかくらいのものだった。
「?………どうかしたんですか?」
「ん?いや、なんにも。さー。そうと決まれば特訓開始だね。今日から始めるかい?」
再びにこりと笑うと、雨宮は佐天の都合を確認する。いつにするか、どこでするか、というか、そもそもやるのか。
「あ、と、とりあえず、アドレスとか交換してもらってもいいですか?」
「ん、いいよー。いやいやぁ、可愛い女の子の連絡先が増えるのは良いもんだね」
雨宮が携帯を取り出す。学園都市の最新モデルだった。
「はい、私から送りますね」
「ちょっと待って、まだ慣れてなくて…」
あーでもない、こーでもないと悪戦苦闘する雨宮に、佐天は頬を緩めると、その手から携帯を奪い取る。
「あ、こらっ!待てって」
「私がやりますよー。それとも、見られちゃマズイものでも入ってるんですか?」
佐天は悪戯っぽく笑うと雨宮の携帯を操作し、自分の連絡先を送る。
「忘れずに保存っと」
表示された完了通知を確認する。『No.007に保存しました』と。
佐天は首を傾げた。操作に慣れてない、という事は買いたてなのは確かだが、それにしても保存件数が少なすぎる。
これではまるで、『この前まで携帯を持っていなかった』みたいだ。
―――友達が、少ないのかな―――
触れちゃいけないのかもしれない。佐天は気にしないようにして、雨宮の連絡先を自分の携帯に送信した。
「はい、これでOKです」
「じゃ、気が向いたら連絡してくださいな」
雨宮は伝票をとって立ちあがると、ファミレスを後にした。

佐天が初春の病室を訪れたのはそのすぐ後だった。
病院は走っちゃいけないとは分かっているが、自然と足早になる。
「初春っ!!」
目的の個室を見つけると、横スライドのドアに手をかけて一気に引く。
常盤台の2人組は既に到着していて、その影に隠れて初春の様子は見えない。
「初春、大丈夫だった?」
小走りに初春のベッドまで近づく。目に飛び込んできたのは、色んな機械に繋がれた初春。
ではなく、のん気にたい焼きを頬張る初春だった。
白井は呆れてものも言えない顔をしているし、美琴はその2人を苦笑いで見つめている。
「…………あれ?」
「佐天さん、どうかしたんですか?」
「初春、なんでそんなに元気なの?」
「私が元気じゃダメなんですか?」
初春はキョトンとしながらも、たい焼きを食べるのは止めない。
「…………はぁ、なんだ、良かったぁ」
佐天は身体の力が抜けたように、ストンとその場にへたりこむ。
「ほんっとに心配したんだからね」
「ありがとうございます、佐天さん」
にこっと笑ってみせる初春の様子を見ると、身体の方は大丈夫なのだろう。
「まったく、人騒がせにも程がありますわ………」
「まぁまぁ、黒子も佐天さんも、初春さんが無事だったんだから良かったじゃない」
美琴は白井を宥めると、へたりこんでいる佐天に手を伸ばす。
「佐天さん、そんなトコに座ってるとお尻冷えるわよ?」
「えっ!?あ、すいません」
佐天は美琴の手を借り、よいしょっと立ちあがる。
「襲撃にあったとはいえ、風紀委員の証たる腕章を失くしたとあれば始末書ですわね」
「うううっ……退院したら書きますよぅ」
初春はガクッと項垂れる。始末書だけならともかく、説教が加わりそうなので、初春には退院が喜ばしいのか疑問にさえ思えた。
「やっぱり初春は私がいないとだめだな―」
「そんな事ないですよー。むしろ、私がいないと佐天さんが寂しいんじゃないですか?」
「な!?言ったな、このやろーっ、うりゃうりゃぁ」
軽口をたたき合ったかと思えば、佐天はニヤッと笑って初春の脇腹を突いている。
「や、止めてくださいっ……」
「んー、やだー。やめなーい」
初春と佐天はきゃっきゃうふふとじゃれ合っている。
「じゃぁ、初春。私は177支部に戻りますので。お姉様も今日のところは寮にお戻りになって下さいな」
「うん……黒子も、無理しないでね」
美琴はじゃぁねー、と手を振るとそそくさと病室を後にした。
「どうしたんですか、白井さん?」
佐天は初春への追撃の手を止めると、美琴の去っていった病室の扉を見つめていた。
「おかしいですの」
「おかしいのは白井さんの方だと思いますけど………」
初春の軽口をスルーして、白井は何も言わずに病室から出て行く。
―――お姉様が……素直すぎますの―――
嫌な予感を感じながら、白井は177支部まで戻るのだった。

御坂美琴は寮まで帰って来ていた。
素直に白井の言う事に従った形にはなるのだが、彼女なりに調べたい事があったのだ。
「とりあえずは、アイツにきいてみるしかないわよね」
美琴はカエル型の携帯電話を取り出し、上条の連絡先を呼びだす。
コールボタンに手を伸ばしたところで、何と切り出そうか迷う。
「『雨宮さんについて教えて』じゃストレートすぎるかな………」
美琴は上条の同級生であるボサボサ頭を思い出してみる。自分が見た限りでは怪しいところはなかった。
しかし、今日の白井との調査の結果、彼が容疑者候補の1人である事は確かだ。
どこにいるか見当もつかないので闇雲に探し回るわけにもいかない。
「全部喋ったら絶対アイツも首を突っ込んでくるだろうし……」
それは避けたかった。上条の右手に謎の能力が宿っている事は知っているが、それでも上条は無能力者だ。
「ええいっ、ままよ!!」
美琴は親指でコールボタンを押し、電話を耳にあてた。



上条当麻は病院に居る。
例によって冥土返しの病室で1人寝込んでいた。アビニョンから帰ってきて、直行でこの病院に突入である。
一緒に怪我していたはずの土御門は何処にもいない。入院するほどの怪我ではなかったのだろうか。
―――あの野郎、魔術使ってたはずなんだけどな―――
無理しやがって、と悪態をつく。『御使堕し』の時の様に、生存報告だけでもしてもらいたいものである。
ちなみに、その土御門は『グループ』として暗躍中であったりするのだが、上条は知る由もない。
「しかし、平和だ……」
インデックスには物凄く怒られてあちこちを噛まれた。彼女は怒れるまま小萌先生の家に居る。
上条が平和を噛みしめていると、サイドテーブルにおいた携帯電話が震える。
左手を伸ばし、はからずも新しくなった携帯を手に取り、表示された名前を見る。
『御坂美琴』
「げっ……」
上条は眉間にしわを寄せる。
「よりによってビリビリかよ……不幸だ」
どうせ『今どこに居るの、勝負しなさい!』的な話だろう。と上条は無視する事に決め、そっと携帯をテーブルに戻す。
しばらくしてから、美琴からの着信が切れる。
上条はホッとしたような、それでいてどこか後ろめたい気分になりながら布団に戻った。

結局、上条がつかまる事はなく、美琴は翌日の朝を迎える事になった。
その事実はこうやって朝から177支部に来ている白井にとっても好ましい事態である。
「さて、問題の『幻想御手』の件ですが……」
白井は支部の電気をつけると、起動させた端末のメーラーを開く。
こんな朝から支部に顔を出しているのは押収した『幻想御手』の解析結果を確認するためだ。
今回のそれも、木山版『幻想御手』と同じく音楽を利用したものだ。その波形を解析すればなにかが掴めるかもしれない。
現に木山版では彼女本人の脳波が使われていた。
「えっと、解析結果…………わから、ない?」
白井は予想外の結果に絶句する。科学の最先端である学園都市の研究機関でさえ分からないとは…。
書かれている調査結果に目を通していく。
『科学的に、論理的には解明できないものの、人間に使用した場合、「幻想御手」同様の効果が発揮される』
『また、木山版のそれとは根本的にシステムが異なり、複数の能力者の脳をリンクさせるものではない』
『あくまでイメージであり、原理はわからないが、使用者の脳内に疑似的な演算補助デバイスを構築しているらしい』
『そのため、以前のような使用者の昏倒などは見られないと考えられている』
『以降、木山版との差異をはかるため、便宜的に「魔術御手(マジックアッパー)」と呼称する』
白井は斜め読みながら解析結果に目を通すと、プリンタを起動する。
「それにしても、良く分からないから『魔術御手』なんて……ネーミングセンスのなさには驚きますわ」
白井は精一杯の皮肉を込めた独り言を吐く。今日は土曜日であり、授業はない。
支部にもまだ白井1人しか来ていない。
「とりあえず、使用者の昏倒などの心配がなさそうなのは安心しましたが……」
―――犯人の動機が分かりませんの―――
白井は頭を悩ませる。
『幻想御手』と『魔術御手』の根本的な違いは、『脳をリンクさせるか』にあたる。
脳をリンクさせることで、自らを疑似的に『多才能力者』に木山の目的は以前の事件で発覚した。
今回はどうだ。『魔術御手』はそのメカニズムが存在しない。
犯人の動機が見えてこない上、原理すら掴めていない。
事件の解決までは、まだ距離がありそうだ。

「あぁっ、もう、何処に居んのよアイツ!電話にも出ないしっ」
軽く辺りに放電しつつ、美琴は学園都市を歩いている。
上条がいそうな場所をあちこちと巡っているのだが、ツンツン頭が視界に入ってくる事はなかった。
最後のアテとしてやって来た例の自販機前でも巡り合えはしなかった。
そもそも目的は『雨宮の捜索』であり『上条当麻』はその手段でしかない。
初春や佐天にも見かけたら連絡してとメールしてあるが、今のところレスポンスはない。
「ふざけんじゃないわよっ!」
美琴は渾身の回し蹴りを自販機にぶち込む。ぶち込まれた方はたまったものではない。
ガココンッ!と飲み物が吐き出されてきた。
「げっ………いちごおでん」
美琴は出てきた缶と睨めっこしながらベンチに腰をおろした。
「どうしよう」
蓋を開けずにベンチに置いてみる。現実逃避気味に携帯を取り出すといじいじといじり回す。
特に何かが好転するわけでもなければ、誰かから連絡が来るわけでもない。
「もう一度連絡してみようかな」
美琴は発信履歴を呼びだし、一番上にある人物に電話をかける。
「そろそろ出なさいよね」
美琴はなかなか電話に出ないツンツン頭を脳内でボコボコにしながらコール音を聞く。
1回……2回……3回……
また出ないか、と諦めた瞬間、ガチャリという鍵が開くような音して、電話が繋がる。
「もっ、もしもしっ!?アンタねぇ、ちゃんと電話でないさいよ!!」
「………………」
応答はない。美琴はキッと眉を吊り上げると続ける。
「今どこにいんのよ?」
「先に謝っておくけど、僕は上条当麻くんじゃないんだ」
―――あれ?この声って―――
電話に出たのは上条ではない。冥土返しと呼ばれる、リアルゲコ太だった。
「えっと、あれ?」
「あぁ、上条くんは今、検査中でね。病室にはいないよ?偶々彼の病室に来たら、君からの着信だったんでね。勢いで僕が出てしまったけどね?」
何で出ちゃうんだ、と美琴は医師の倫理観に疑問を抱きつつ、上条が見つからなかった原因を知る事になる。
「えっと、アイツ、今、入院してるんですか?」
「そうなるね。もしかして、何も聞いていなかったのかい?」
ええ、初耳です。と美琴は答える。
―――道理で、見つかんないわけよ―――
美琴は呆れたように溜息をつく。また何かに首を突っ込んで入院していたらしい。
「えっと、面会時間って何時までですか?」
「17時までだけど、上条くんは16時には退院だからね?」
「わかりました。ありがとうございます」
美琴は電話を切る。
「アイツ………なんでまた入院なんかしてんのよ」
美琴は立ちあがると病院へと駆けて行く。
ベンチの上には空いていないいちごおでんだけが残された。

「す、すいません、ちょっと休憩いいですか?」
「あ、おっけー。一休みしようか」
佐天は肩の力を抜いて、草の上に座り込む。
河川敷――電撃使いと無能力者が戦った事もある場所――には佐天涙子と雨宮照がいた。
昨日、言っていた能力の特訓をするためだ。
「なかなか難しいですね」
「『あり得ない事を信じる』って事だからね、能力開発って」
矛盾してるよな、と笑う雨宮を視界の端に収めながら、佐天は近くにあった葉っぱを手の上に乗せる。
心なしかピクピク動いているようにも見える。
「私、頑張ったつもりでいたのかもしれません」
佐天は葉っぱを落とすと、鞄からお茶のペットボトルを出すと喉を潤した。
「目の前の壁から逃げてたのかな」
自嘲気味に笑う。なかなか芽が出ない自分を嘲笑うかのように。
「それに関しては、俺がどうこう言える話じゃないけどさ」
雨宮は身体を伸ばすようにストレッチしている。
「目の前の壁が高いほど、越えた時の喜びは増すものだ」
「……なんですか、その学園ドラマみたいなセリフ」
佐天は最近見た再放送のドラマでそんなフレーズがあったなと思いだし、軽く笑う。
「受け売りなんだけどな。俺は随分助けられたんだよ」
そういうと雨宮は少しだけ切なそうに、昔を懐古している様な顔で空を見た。
「逃げてるって言ったら、俺の方がそうかもしれないね。『自由』を言い訳に、逃げてきたんだから」
ふふっ、と笑う雨宮の背中は妙に小さく見えた。
「………さ、練習!続き、しましょうっ」
重くなってしまった空気を変えるように、佐天が無理矢理に話題を変える。
「あー、ごめん。空気、悪くしちゃったな。あははは」
男は話を聞く側なのにね、と雨宮は頭を掻く。心なしか、弱気な顔だった。
「……よし、やりますか?」
「はい!あ、ちょっと待ってくださいね。御坂さんからメール来てました」
佐天はメールの着信を告げて光る携帯を取り出すと、手際良く返事を書いていく。
「いま、一緒に………特訓中です…………河川敷の……」
いつもブツブツ言いながら書くんだろうか、と雨宮はその様子を見ていた。
図らずもそのメールは、停止した時計の針を進める事になるのだった。

「よー、カミやん」
「土御門か……お前なぁ、無事ならさっさと報告しろっつうんだよ」
「なんだカミやん、心配してくれたのかにゃー?」
土御門は話をはぐらかす様に笑っていた。
「テメェ、また魔術使ったんだろ?だったら無事じゃ――」
「カミやん、俺はプロだぜい?それにカミやんと違って回復魔術も受け付けるしにゃ―?」
言外に素人は黙ってろ、と言われている様な気がした。
「で、何しに来たんだよ?この状態で今度はイギリスに行けとか言うんじゃねぇだろうな」
「心配すんな。お見舞いに来ただけだぜい」
ほらと土御門はビニール袋からリンゴを投げる。
「丸々かよ。普通はこう言うの剥いて渡さねぇか?」
「俺はステイルみたいに男にそんな事する趣味はないにゃー」
―――ステイルに焼かれちまうぞ―――
上条は相変わらずの土御門に呆れながら、一応、パイプ椅子を勧める。
「そういう事は『超電磁砲』のお嬢様にでもお願いするんだにゃー」
「うるせぇ。アイツには俺が入院してる事も言ってねぇよ」
上条は土御門が自分の手の届くギリギリ外にいる事に歯噛みしながら、吐き捨てるように言う。
「なんというか、さすがはカミやん」
「どういう意味だよ」
「深い意味はないぜい」
チャンスを見て一発入れてやろうと土御門を見てみるが、相変わらず間合いの外だった。
上条は窓の外を見る。傾いてきた日の光が差し込んで来ていた。
「………カミやん」
「なんだよ………」
上条は外していた目線を土御門に戻す。先程の馬鹿な顔は何処へやら、真剣な顔をしていた。
上条は唾を飲み込む。こういう顔の土御門は、大概、厄介事を抱えた時だ。
「………最近起こっている事件については知ってるか?」
「事件、って『幻想御手』とかいうヤツの話か?」
その言葉に土御門が頷く。上条は続きを促す様に口を閉じた。
「あぁ、それだ。『魔術御手』なんて呼ばれてるらしいが、偶々にしては皮肉な話だ」
「ど、どういうことだよ」
上条は冷たい汗を感じながら、魔術というフレーズに身を強張らせる。
「そのままの意味だ。魔術が関与してるって事だ」
「おい、魔術は能力者が関わっちゃマズイんだろ!?」
「あぁ、今回のは『昏倒程度』じゃ済まないかもしれない」
ちくしょう、と上条は歯ぎしりをする。すぐにでも犯人を殴りたい気分だ。
誰かから着信があったのか、携帯の振動音が小さく聞こえたが今は出るような気分じゃない。
「犯人はまだ分かんねぇのかよ?」
「まだだな」
「………その魔術師が、学園都市内にいるってことか?まさか『神の右席』じゃねえだろうな」
「まだ分からん。だが………事の重大性はそれだけじゃない」
土御門は極めて真剣な顔で、上条を見る。
「………………」
「わからねぇか、カミやん」
上条はもう一度唾を飲む。
「魔術師が『幻想御手』を生み出せる………つまりは超能力の一端が解析されたってことだ」
誰かが廊下をかけて行く音だけが響いた。

美琴は上条の入院している病院に来ていた。
受付で上条の病院を確認し、そこに向かう。
お見舞いの品にフルーツの山と果物ナイフも持ってきた。
上条を刺すわけじゃない。リンゴを剥くためだ。
出来るなら『はい、あーん』的なお約束イベントをやってみたい、と取りあえず用意はしてきた。
―――な、何考えてんのよっ―――
美琴は熱くなった自分の頬に掌を当てる。ひんやりとした冷たさが心地よい。
「記憶、喪失なのよね」
美琴は下唇を噛む。先日電話で知った、上条に関する事実。
色々と、聞く事もあるが………あり過ぎて怖いくらいだ。
曲がり角を曲がると、上条の病室が見えてきた。扉はあいている。誰かが来ているようだ。
―――また女の子じゃないでしょうね―――
美琴は少しだけムッとし、病室に近付いていく。
中から聞こえてくるのは上条ともう一人の男の声。
クラスメイトかなと思い、廊下で少し待つ。
手に持っていたフルーツの入ったバスケットを少しためらってから床に置く。
中から会話が聞こえてくる。
『事件、って「幻想御手」とかいうヤツの話か?』
『あぁ、それだ。「魔術御手」なんて呼ばれてるらしいが、偶々にしては皮肉な話だ』
―――なんでそんな事知ってるの?―――
中にいるのは風紀委員の男なんだろうか。美琴は会話の内容に驚きつつも聞き耳を立てる。
『ど、どういうことだよ』
『そのままの意味だ。魔術が関与してるって事だ』
―――ど、どういうこと?―――
魔術が関与している。何を意味不明な事を言っているんだろうか。
『なっ!?魔術は能力者が関わっちゃマズイんだろ!?』
『あぁ、今回のは「昏倒程度」じゃ済まないかもしれない』
美琴は驚愕に顔を歪める。フルーツ籠を持っていなくて良かった、と美琴は思う。
持っていたら盛大にひっくり返していただろう。
ポケットに入れていた携帯が震える。ビクッ!と身体を震わせ、携帯を取り出す。
―――メール………佐天さんから―――
携帯を開き、メールの内容を確認した瞬間、美琴は今来た廊下を駆け出した。
『今、雨宮さんと一緒にいますよ。能力開発の特訓で、河川敷公園にいます』
―――よりによって、なんでこうなるのよっ―――
美琴は駆ける。
自分が探していた『魔術御手』の嫌疑がかかった人間と、自分の大切な友人の元へ。


「み、見て下さい!」
佐天が嬉しそうな顔で手に乗せた葉っぱを見せる。頼りなくではあるが、ふわふわと浮いていた。
「おー、おめでとー!!」
はーい、とハイタッチ。まだレベル1にも満たないくらいの能力ではあるが、佐天は本当に嬉しそうだった。
「まだ、これからですけどねっ!………って、あ、御坂さん」
おーい、と佐天は笑顔で手を振った。
美琴はそれに応じることなく、怖い顔で走ってきた。
「佐天さん!そいつから離れなさい!!」
「えっ!?」
「そいつが、『魔術御手』の犯人かもしれない!」
美琴は佐天と雨宮の間に立った。
自体を飲み込めていない佐天が戸惑ったようにオロオロする。
美琴は真っ直ぐに雨宮を見据え、雨宮はなにも読みとれない顔で美琴を見返す。
「何か、言いなさいよ」
「俺の責任…………そうかもしれないな」
「っ!!」
美琴が下唇を噛み、右手に溜めた電撃を放つ。バリバリッ!と音を立てた青白い稲光は真っ直ぐに雨宮の身体に向かう。
「やれやれ、争いが嫌でここまで来たのにな」
雨宮が左手を振るい突風を起こす。それに流されるように電撃の軌道が逸れた。

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