とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 8-288

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匿名ユーザー

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10月6日。
午前9時。
絹旗最愛は親船最中の講演会が行われるビルに最寄りの駅でリニモを降りた。
「まるで陸の孤島みたな場所ですね」
それが絹旗がその街を見た第一印象だった。

どうやらこの辺りは物の流通の中間地点となっている場所らしく、かつてはあまり人の来ないただの『道』でしかない地区だったようだ。
だが、数年前にリニアの駅が置かれて以来急速な発展を遂げたらしい。
元々地価が安かったことも幸いして、映画館や室内テーマパーク、ボーリング場などのアミューズメント施設が次々に建ち上がり、リニア

で手軽に訪れることの出来る小規模な『街』となったのだ。
その性質上病院などといった公共施設は見られないが、ひたすら直線に伸びる道路を車で飛ばせば、隣街の病院まで10分であるため、特

に問題はないようだ。
また、流通の中間地点ということで物も仕入れやすく、最近ではショッピングモールもオープンしたようで一層の賑わいを見せている。

「それがアレ、ですか……」
駅の目の前に建つ巨大なショッピングモール。
それを視界に収めた絹旗は、自分の女の子の部分が疼くのを感じた。

「はー、おっきいショッピングモールですねぇ。あ、白井さん。私今日ここで買い物するんですよー。えへへー」
「無駄口はいいですから、早くしないと集合時間に間に合いませんわよ」

風紀委員の腕章をつけた少女が二人、駅を飛び出して走っていくのを横目に見ながら、絹旗はショッピングモールの方へ歩き出した。
(現地集合って話でしたが、まだ誰も来ていないようですし……少しくらいいいですよね)
あと一時間後にでも狙撃による暗殺が行われるというのに、我ながら緊張感が無い……とは思うものの、どの道昨日決定した作戦通りに動

くには構成員全員が到着していなければならない。
そう言い訳して開いたばかりのショッピングモールに入る絹旗。
(さーて、洋服でも超素早くウィンドウショッピングを……!?)
そこで、絹旗は見た。

「超何やってるんですか?浜面」

ショッピングモールの一階ロビーに配置された長椅子――その一つに、浜面仕上が座っているのを。


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午前9時30分。
親船最中の講演会まであと30分という時間。
ビルの3階にある会場で、風紀委員の少年少女達がせっせとパイプ椅子を用意している。
親船の姿はまだ見えない。
だがどこに座るかの予想は出来る。
頭に花飾りを付けた少女が設置している大きな教壇。
おそらくはそこに親船最中が座るのだろう。
『スクール』の狙撃手は、親船が教壇に立ったときの胸の位置を推測し、銃口の先を調整する。
「こんなものか…あとは親船が現れてからで良いな」
狙撃手がいるのは講演会の行われるビルから300メートル程の距離にあるボロアパートの一室である。

この『街』がまだ『道』であった頃。
このあたりは一時的に荷物を保管、管理する中継地点であったらしい。
そして、このアパートはその際運送業者の社員が寝泊まりするために建てられたようだ。
今では流通業はリニモの駅に近い『街』の中心部で行われており、社員達も新しく建てられた駅の近くの宿舎に居を移しているようで、『

街』の辺境にあるこのアパートはとっくに使われなくなっている。

狙撃手がいる部屋はそのアパートの4階に位置し、彼岸とは狙撃に丁度いい高低差になっている。
この場所からなら狙撃は容易だろう。

しかし、
無論親船の側も無策で講演会を開こうとしているわけではない。

『道』から『街』へと発展していったという地区。
だが逆に言えば、駅から離れたところは未だにただの『道』のままであるということだ。
事実、このアパートより後方にはほとんど建物は存在せず、延々と道路が続いている。
狙撃手がこの場所を狙撃ポイントに選んだのは、そういった『講演会の開かれるビルの3階を狙える最適な場所』がここくらいしかなかっ

たという単純な理由からである。
そして、それは向こう側も分かっていることだ。
小さな『街』であるが故に、狙撃ポイントも限られてくる。
つまり少ないポイントを見張るだけで狙撃を阻止することが出来るのだ。
窓から阿呆みたいに黒い銃身が飛び出ていれば、すぐにバレてお縄である。
そして――狙撃手が陣取っている場所も、警備員やSPによって見張られていた。

だが、狙撃手は発見されていない。

理由は簡単、狙撃手は窓から銃身を飛び出させるなんて愚は犯しておらず――カーテンを閉め切ったアパートの中で、部屋を囲う壁の内側

から狙いを定めているからだ。


『透視能力(クレアボイアンス)』。
距離や物質を乗り越えて遠くを見渡すことの出来る能力。
狙撃手は俗に千里眼とも呼ばれるその能力のレベル4なのだ。
故にカーテンを閉め切った部屋の中からでもカーテンの生地や壁を通り越して視界を確保出来、また望遠鏡やライフルのスコープさえ使わ

ずに300メートル先のビルの内部の様子を知ることが出来る。
ここのアパートの壁は薄い為、ライフル弾なら軽く突き抜けることが出来るし、弾道にもさほど影響は出ない。
そして後方には長く直線の続く道路。
狙撃手は壁越しに銃弾を放って親船を仕留めたら、慌てふためく警備員やSPを尻目に即座に翻り、下に止めてある逃走用の車に乗り込ん

でハイウェイを爆走すればいいだけなのだ。
「ちょろい仕事だ」
狙撃ポイントを絞るというのは良い考えだが、彼には通用しない。
むしろこの3日後に行われる予定の講演会に使用されるであろう対狙撃用の妨害気流の方が厄介なのだが、会場がビルの3階という高所に

あるため今回は用意されていないようだ。
「さて、まだ時間があるな……よし」
狙撃手は呟くと、再び能力を発動させる。
当然親船の姿は見えないが、彼の目的は親船ではない。
彼が透視しているのは――
「おぉ。あのツインテール、見かけによらず大胆なモン履いちゃって…お、花の少女は見た目通りの子供パンツか。いいねえいいねえ。中

学生かなぁ、おっぱいは発展途上ってとこだがそれがいい!小さいことはいいことだ!うむ!」

――ちなみに、狙撃手の日課は学園都市内の銭湯に通うことである。
脱衣所で壁に向かって仁王立ちしている彼は、
「いやぁ見られていないと思っている状況を見られるってのがいいんだよな、警戒心0って感じで」
「生着替え!おっほー!」
「学生の人口が8割ってもうサイコー!パラダイス!」
などと毎日一人で叫んでいるらしい。


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「うう、白井さん。なんだか誰かに見られているような感じしませんか?」
「さぁ、気のせいではありませんの?」
10時45分。
ビルの中でつい先程設営作業を終えた初春飾利は、同じく召集をかけられていた同僚の白井黒子に問いかける。
「そうでしょうか?何だか舐めるような視線が……」
ちらりと外を窺う初春だったが、白井は取り合わない。
「さあさあ、会場設営も終わったことですし、さっさと退散いたしましょう。あぁん、お姉様。楽しみですわ」
この後御坂と予定でもあるのか、嬉しそうな顔でそう叫ぶと、とっととテレポートで退散してしまった。
「あ、私も。仕事が終わったって佐天さんに連絡しましょう」
嫌な感覚を振り払おうと、せめて窓の外からは窺えない壁の裏に回り込んで、初春は携帯をダイアルした。


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「ほらよ」
「あぁ、どうもです浜面」
先程まで浜面が座っていた長椅子に腰掛けている絹旗は、浜面が買ってきた(というより浜面に買わせた)ソフトクリームを受け取った。
絹旗は早速それにかぶりつくと、
「うーん、超まぁまぁですねぇ」
というよくわからない評価をする。
「おい、絹旗」
右手に自分の分のソフトクリームを持った浜面は、絹旗の隣に座ると、そう言って左手を差し出してきた。
「……それは私にお手をしろということですか?どうやら浜面は超怪しい性癖の持ち主だったようですね。まぁ勿論超とっくに気づいてい

ましたが」
「違ぇよ!金を払えってんだ!」
「うわー、浜面。超空気読めてませんね。ここは黙っておごるのが超男ってものですよ?」
「そうやっておまえらがファミレス入る度にフリードリンク代出してたから金欠なんだよ」
「それは必要経費ですから、上に申請すればいいじゃないですか」
「通ると思ってんのかよ…」
「まぁあの適当な上司なら通してくれそうですけど……で、浜面」
絹旗は金をせびる男の小言を切り捨て(代金を踏み倒したままうやむやにする意図も込めて)告げる。
「確か浜面は今回の作戦には同行しなくて超よかったんじゃなかったですか?」
「……そう、だけどよ」
途端に歯切れが悪くなる浜面。
「だけどなんですか?」
「…………」
「なんですか?」
「……他に、……他に行くとこなんてねぇんだよ」
苦しげにそれだけ言う浜面。
成る程確かに、スキルアウトという居場所を失った今の浜面に、『アイテム』のパシリとして以外の存在理由はないに等しいのだろう。

――だが、この弱気はなんなのか。

「ここしか来るところが無いって言うのは超そうでしょうが、じゃあ浜面はここに何しに来たんですか?」
「それは…」
「麦野を止めにきましたか?そんな訳ありませんか、何しろあなたは何の能力もない超レベル0ですからね。そんなことしたら能力で丸焼

けにされて、骨も残らず消滅させられるだけです。大方麦野に意見するのは怖いけど、家で待機しているのも忍びなくて、とりあえずこの

街まで出てきた、とか超中途半端な理由なんでしょう」
棘のある言葉を使い、挑発するように言う絹旗。
だが、
「…………」
浜面は怒り出すでもなく、より一層背中を丸めて小さくなってしまった。
一口も食べていないソフトクリームが、既に溶け始めている。

「……これだけ言われて、悔しくはないんですか?」
「……仕方ねぇじゃねえかよ。全部本当のことなんだから」
消え入るような言葉で言い返す浜面。

――あぁ、何だ。
とんだ腑抜けじゃないか。
本当にこんな男に滝壺理后を救い出せると言うのだろうか。

無論それは絹旗が心の中で勝手に浜面に押しつけている希望でしかないのだが――しかし勝手な希望であるからこそ、『裏切られた』とい

う思いが一層強くなる。

――この男には何かがあると思っていたのに。
所詮は思い違いだったと言うのだろうか。

と、沈黙を破るように絹旗の携帯が鳴りだした。
着信は滝壺からだ。
ディスプレイの時計の表示を見ると、既に9時45分を回っていた。
おそらく浜面と話し込んでいる間に他の構成員達もこの街に到着し、既に作戦を開始する段階になっているのだろう。
「……行くのかよ」
浜面が、やはり小さな声で言う。
「ええ、仕事ですから」
絹旗は残りのコーンを一気に口の中に放ると、突き放すようにそう言って、その場を後にした。


「……そうかよ」
絹旗の姿が見えなくなってから、目を伏せて吐き捨てるように言う浜面。
完全に溶けきったソフトクリームの頭が、床の上に落ちてぺちゃりと潰れた。


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ショッピングモールを出て、歩道を走りながら絹旗は携帯の通話ボタンを押す。
「はい、もしもし。狙撃手の居場所が分かったんですか?」
「特定のAIM拡散力場が講演会の行われるビルへ向けて恣意的に放たれている。おそらく透視能力の使用によって発生しているもの。『スク

ール』所属の構成員のAIM拡散力場だと思われる」
絹旗の質問に、電話の向こうの滝壺は普段とは違った淡々とした口調で答える。
(また体晶を使ったんですね…)
わずかに唇を噛みつつ滝壺の声に耳を傾けていると、どうやらAIM拡散力場はこの街の端に存在するボロアパートから放出されているらしい


おそらく狙撃手はそこにいるのだろう。
透視能力でビルの内部を覗くなど、狙撃手かスパイでなければただの変態だ。
親船がまだ会場にはいない状態で能力を使っているのは引っかかるが、下調べだと思えば筋は通る。
まさかビルで作業している風紀委員の女生徒を覗き見している訳でもあるまい。
実際には狙撃手かつ変態であり下調べかつ覗きなのだが、そんなことは絹旗には関係ない。
目的の位置が判明したなら、排除するのみである。
絹旗は昨日立てた作戦通りに動く旨を告げて携帯を切ると、アパートのある方へ向かって走り出した。

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「あ、もしもし。初春?」
佐天涙子は駅の改札を出たところでコールに気づいて携帯に出た。
『はい。今仕事が終わりました。今から向かいますね』
「了解。んじゃ駅で待って……る…」
ふと佐天の言葉が止まる。
『どうしたんですか?佐天さん』
「…………絹旗だ」
佐天は見た。
目の前の通りを走って横切る絹旗最愛の姿を。
『え?絹旗さんって、あの?』
「うん。どうしたんだろ、こんなとこで……あ」
佐天が頓狂な声を上げる。
『……さ、佐天さん?』
戸惑いがちに問いかける初春。
それは、佐天の上げた声が『何か面白いことを思いついた』みたいなイントネーションに聞こえてしまったからだ。

果たして、初春の予感は的中した。

「ちょうどいいや!今から絹旗捕まえて、初春に紹介するよ!」
『え、いえ別に私は……』
「楽しい子なんだよ、絹旗。そうだ、今度3人で映画行くってのもよくない!?じゃ、そういうことだから私が戻ってくるまで駅で待って

てね!」
『あの、佐天さ…』
佐天は初春の言い分も聞かずに通話を強制的に終了させると、絹旗の後を追って走り始めた。


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午前9時58分。
(そろそろ頃合いか…)
狙撃手は頭を仕事モードに切り替える。
能力を使いビルの内部の様子を探ると、風紀委員達は既に退場しており、一方彼女達が並べていたパイプ椅子にはそれなりの人間が座って

いた。
しかしまだ親船は現れない。
狙撃手はライフルの最終点検をしながら今か今かと教壇のあたりに視線をやる。
と、
「いってぇ!?」
ガァン!という衝撃音と共に突然顔面を痛みが襲った。
狙撃手は即座に能力を解除しあたりを見回す。
すると、
「何だこりゃ…」
目前のカーテンの閉められた窓を破壊して、一缶のドラム缶が部屋に突っ込んでいるのを認めた。
まるでどこかから投げ込まれたかのようなそのドラム缶の存在に気づくことが出来なかったのは、襲来するドラム缶ごと透視してしまった

ためだろう。
予想外の状況に戸惑いつつも、取りあえずドラム缶を投げ込んだ犯人を探そうと再び能力を発動し、アパートの周囲を見透かす。

「白っ!?」

視界いっぱいに白色が広がり、慌てて視界を『引く』狙撃手。
そしてようやく先ほどのパンツの主……ではなくドラム缶を投げ込んだ犯人を認識する。
それはアパートを見上げる形で立っている、セーターと見間違うほど短いワンピースを着た一人の少女だった。
(念動力系の能力者か!?)
ドラム缶を4階まで投げ上げたことからそう判断した狙撃手は、即座に銃口を少女に向ける。
(暗部のどっかの組織か?くそっ、遂に警告も無しで攻撃か!まぁ文句言えた立場じゃねえけどな。だが……)
少女はこちらの様子を伺っているのか、立ち位置を変えようとはしない。
狙撃手はライフルの引き金に手をかける。
「奇襲に文句が言えないのは、お前の方も同じだぜ!」
狙撃手にとって、視界を遮る壁など無いも同然である。
相手が一人であれ他に仲間がいるのであれ、ここで彼女を倒さない手はない。
仕事モードに入った狙撃手は銃口を少女の心臓に合わせると、幼い彼女に向かって躊躇なく引き金を引いた。


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「あぁもう絹旗足速いなぁ!……わっ!?」
絹旗に追いつこうと疾走していた佐天は、絹旗が曲がった角の向こうから響いてきた大きな音に、思わず足を止める。
「びっくりした……」
建材がばらまかれたかのような、大きな物が何かにぶつかる音だった。
佐天は警戒しつつも、しかし持ち前の好奇心とターゲットの確保という目的のため、再び歩き出す。

そして角を曲がったところで、佐天はボロアパートの前に立ち止まっている絹旗を見つけた。
「よぉし、こっちには気づいてないみたいだしなー。ここは挨拶がてらにあの極ミニワンピをめくって差し上げようかしらねー」
不敵な笑みを浮かべながら佐天が一歩を踏みだそうとしたところで

ガァン!という音が響くとほぼ同時に、絹旗の身体が大きく後ろへ揺れた。

「え……」
――なんだろう、これ。
似たような状況を前に見たことがある。
(あぁ、そうか)
佐天は思った。

この前絹旗と見た映画の中で、主人公に敵兵が撃ち殺された時と同じだ、と。

だが、佐天がそれを――絹旗が撃たれたことを――完全に理解するより先に、事態は次に移る。
狙撃され今にも倒れようとする絹旗が、

一歩引いた右足で踏ん張ると体勢を立て直し、何事もなかったかのように元の位置に戻ったのだ。

「なんで……」
呆然と呟く佐天の目の前で、絹旗は狙撃された場所から動かないままに携帯を取り出すと、電話口に誰かに指示を飛ばした。

「では、後は超任せますよ。麦野さん、フレンダ」


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「くそっ、なんだってんだ!念動力じゃねえってのかよ!もう中止だ中止!さっさとずらかるぞ!」
狙撃手は誰にともなく悪態をつくと、ライフルを分解しないままに適当に持ち上げて、窓とは反対方向にある玄関に向かう。
(とにかく車に乗っちまえば……っ!!??)
扉を開いた狙撃手は見た。
階下に停めてあった彼の車がドォン!という音とともに、爆弾でも投げ込まれたかのように爆発炎上したのを。
「なん、だと……」
やはり少女は一人ではなかった。
むしろ彼女は陽動であり、他の仲間がその隙に車を爆発させたのだ。
「上出来よフレンダ」
「フレ、ンダ?」
耳なじみのない名前であること以前に、その発言をした人間が近くにいると気づき身を強ばらせる狙撃手だったが、
「!?」
果たしてその人物は――いつの間にか彼の目の前に立っていた。
「お前は……」
「あぁ、いいわ。余計なことはしゃべんないで。一つだけ答えて頂戴。あなたは『スクール』の狙撃手。そうよね?」
「ぁ、あ……」
狙撃手は知っていた。
目の前の人物の正体を。
彼女は、
「『原子崩し(メルトダウナー)』……」
学園都市に7人しかいないレベル5。
その第四位に位置する人物。
「私の二つ名なんてどうでもいいわよ。イエスなの?ノーなの?どっち」
「あ、あ、あ…」
狙撃手の身体を嫌な汗が伝う。
質問になどなんの意味もない。
どう答えたところで、自分は確実に殺される。
何の根拠もなしに――否、目の前の人物それそのものを根拠として、そんな思考が狙撃手を支配していた。
本能が逃げろと言い、理性が逃げられないと告げる。
奥歯は噛み合わず、全身が震える。
目の前に立つ存在に――自分という存在全体が恐怖している。

「うぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

果たして狙撃手が取った行動は――おそらくその恐怖心を拭うためなのだろう――手に持ったライフルの銃口を目の前の人物に向けること

だった。
「そう……イエスってことね」
学園都市第四位の少女――麦野沈利はそれだけ呟くと、右手を狙撃手に向かって突き出した。

次の瞬間。

ゴパァッ!!と勢いよく放たれた電子が、アパートの一室ごと狙撃手を襲った。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
全身を貫く壮絶な痛みと眩い光。
その圧倒的な力の奔流に、狙撃手は自分の存在が抹消されていくのを感じた。

だが、それでも。
せめて一矢を報いねば――

「お、………、あ……」
最期の力をふり絞って能力を発動した狙撃手は
「黒の……レースか…」
と苦しげに呻くと、この世界から跡形もなく消滅した。


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ゴパァッ!という轟音が響いた。
佐天涙子は弾かれるようにそちらの方へ目を遣る。
音源は目の前のボロアパートの4階の一室。
そこから大量の光が窓の外へと放出されていた。
(超電磁砲!?)
佐天がそう思ってしまったのも無理からぬことだろう。
各能力の詳細な仕組みなど素人の佐天に見てわかることではないし、実際に原子崩しには超電磁砲に通じるところもある。
兎に角佐天はそれが何かの能力、それもかなり強力なものであるのだと認識した。
だが、それならば。

あの光に呑まれて消えていく人影の様な物は――それと同時に聞こえる絶叫は、どういうことなのか。

「あ……あ…」
いや、理解できていない訳ではない。
ただ理解したくないだけだ。
能力を他人を傷つけるために使う――それだけなら、まだ我慢できたかもしれない。
学芸都市で彼女もそれなりの死線をくぐり抜けてきている。
取り乱さないとは言えないが、やばそうだと思ってそそくさとそこを逃れるくらいの危機管理能力は発現できただろう。
だが、状況から見るに

その殺人を指示していたのは絹旗最愛だ。

先日出来た佐天の友達。
やたら超を多用するしゃべり方をして、ものすごく短いワンピースを着ていて、C級と呼ばれるようなマイナー映画が大好きな――そんな

『普通』の女の子。

その絹旗が人を殺させ、そして何よりその状況を眉一つ動かさずに無表情に眺めている。
それは。
そこにいたのは。
佐天の知らない絹旗最愛だった。

「絹旗……」
だから佐天は逃げ出さず、声をかけてしまった。
(きっと何か理由があるんだ……)
絹旗最愛という人物の『本当』を確かめたいという思いとともに。
(ショチトルだって、散々キツいこと言ったり暴力振るったりしてたけど……本当は優しい子だった!だから、きっと絹旗だって…)
「絹旗!」
佐天の呼びかけに、絹旗はこちらを振り向いた。


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「絹旗!」
曲がり角の向こうから自分を呼ぶ声がした。
思わず振り向いた絹旗は
「佐天さん!?」
そこに有り得ない顔を見た。

――まずい。見られた。
ならば、『処理』しなければ――

「っ!?」
自分の頭に浮かんだその言葉にゾッとする。
(佐天さんを『処理』なんて、超何を考えてるんですか私は!)
仕事は仕事だと割り切って行ってきた。
与えられた指令通りに事をこなしてきた。
一般人に見られた際の『処理』もその一つだ。
最低でも記憶の抹消を、そして最悪の場合には存在の抹消を。
命じられるままに行ってきた。
だが、
(それを、佐天さんに――?)
出来るわけがない。
そう思う一方で、絹旗は気づいていた。
おそらくすぐにでも、作戦を終了した麦野たちがこの場に現れるだろう。
そして彼女たちが――麦野が佐天を見たらどうするか。
警告してもキリが無いからと言う理由で狙撃手を殺すような短絡的な女だ。
見られたから殺す。
それは彼女にとっては何の綻びもない理論になり得るだろう。
いや、そもそも麦野に捕まらなかったところで、後処理を任されている下部組織の者達に見つかれば、記憶操作くらいされても不思議では

ない。
そして学園都市の科学力と言えど、『現場を見た記憶だけ消す』ことなどできないだろう。
それなりの金と科学の粋を集めればあるいは出来るかもしれないが、暗部が一般人にそんな手間暇をかけるとは思えない。
記憶操作の末には何らかの障害が残ることは必至、ということだ。

――かつて自問した。
浜面が麦野に殺されそうになっている時、自分はどうするか。

今の状況はそれに似ている。
絹旗が静観をしていれば、周囲の環境は間違いなく佐天涙子という少女を壊す。
ならば、どうするべきか。
絹旗最愛は、どうすればいいのか。
(そんなの、超決まってるじゃないですか!)
「超すいません佐天さん」
「絹は……っ!?」
大きく踏み込み、佐天の腹に窒素で固めた拳を入れる。
佐天は小さく呻いた後、すぐに気を失った。
絹旗は倒れかかる佐天を軽々と肩に担ぎ上げると、全速力で駆け出した。

(佐天さんを守る!『アイテム』の連中からも、暗部も下部組織からも逃がしてみせる!)

――おそらくここなのだ、と絹旗は思った。
ここで変わるのだ、と。
今まで流されるままだった自分。
そんな自分が変わるための――流れに逆らい、力に抗うための契機。

それが――佐天涙子という少女なのだ。


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「何をやっているんだ……あンの大馬鹿野郎は!」
とあるビルの屋上から双眼鏡を使ってボロアパートの前を監視していたショチトルは、思わず声を荒げた。
ショチトルのいるビルからは、講演会の行われているビルは見えない。
それ故に警備員やSPのマークからは外れているものの、狙撃手の潜んでいたアパートはよく見える。
そうして今日の事件の顛末を傍観していたショチトルだったが、『それ』を見た途端、悪態をつきながら双眼鏡を投げ出すと一気にビルを

駆け下りていった。

それ――つまりは、『暗部の起こした事件を目撃してしまい、暗部組織の人間に殴られて意識を奪われた末、どこかへ連れ去られていく佐
天涙子』を見て。

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