と、一つの足音が聞こえた。
「私をこんな長時間足止めするなんて凄いわね。さすがは、イギリス清教のスパイさんだ」
カツコツ、と革靴が音を鳴らす。
「でも、いかせんせん術式の発動時間が短いかな。あと少し長ければ、私にダメージの一つくらいは負わせられたかもしれないのに」
ボフッ、と砂煙から抜けだし、『御坂美琴』の姿をした少女が視界に入った。
常盤台中学の制服には傷はなく、少しのほこりがついている程度だった。
それを見て、土御門は薄く笑う。
「ローマ正教の『神の右席』候補者様にお褒めの言葉をいただけるとはうれしいぜい」
軽い口調で言った言葉だが、上条にとってその内容は大きな意味を持っていた。
「………また『神の右席』か…」
その単語は、最近聞いたばかりだ。
九月三十日に前方のヴェントが学園都市を襲撃したときに、自らを『神の右席』と名乗ったのはまだ記憶に新しい。
「身体は大丈夫なのか、土御門?」
「大丈夫だにゃー。術式だって極力魔力を使わないように調節したし、動けないこともないぜい」
上条に目を向けるだけの土御門は全身のいたるところから血を流している。
満身創痍の身体でそんなことを言われても説得力がないのだが、自分で言うのだから大丈夫なのだろう、と上条は納得した。
「これからどうする?」
「俺の指示に従ってもらうぜい。さっき確認した出口の場所は覚えてるな?」
「……覚えてはいるけど………戦わないのか?あいつを倒しちまえばもう問題は解決したようなもんじゃねえかよ」
「それじゃダメなんだよかみやん。敵はやつだけじゃないんだ」
はあ?と上条は少女から目を離し、土御門を見た。
その顔は苦虫を噛み潰したかのように、忌々しげに歪められていた。
「詳しい事情は後で話すが、平たく言って今回の敵は『組織』だ。魔術において絶対の効果を持つ『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』がこんなところで傷を負って相手の計画を止めら
れないことが一番マズイ」
「計画……どういうことだ?やつは俺を殺しに来たんじゃねえのかよ?」
「アンタは私たちの目的の一つよ。最終目標はアンタじゃない」
身体に異常がないのかチェックでもしているのか、腕を回しながら少女が二人の会話に割り込んだ。
「私をこんな長時間足止めするなんて凄いわね。さすがは、イギリス清教のスパイさんだ」
カツコツ、と革靴が音を鳴らす。
「でも、いかせんせん術式の発動時間が短いかな。あと少し長ければ、私にダメージの一つくらいは負わせられたかもしれないのに」
ボフッ、と砂煙から抜けだし、『御坂美琴』の姿をした少女が視界に入った。
常盤台中学の制服には傷はなく、少しのほこりがついている程度だった。
それを見て、土御門は薄く笑う。
「ローマ正教の『神の右席』候補者様にお褒めの言葉をいただけるとはうれしいぜい」
軽い口調で言った言葉だが、上条にとってその内容は大きな意味を持っていた。
「………また『神の右席』か…」
その単語は、最近聞いたばかりだ。
九月三十日に前方のヴェントが学園都市を襲撃したときに、自らを『神の右席』と名乗ったのはまだ記憶に新しい。
「身体は大丈夫なのか、土御門?」
「大丈夫だにゃー。術式だって極力魔力を使わないように調節したし、動けないこともないぜい」
上条に目を向けるだけの土御門は全身のいたるところから血を流している。
満身創痍の身体でそんなことを言われても説得力がないのだが、自分で言うのだから大丈夫なのだろう、と上条は納得した。
「これからどうする?」
「俺の指示に従ってもらうぜい。さっき確認した出口の場所は覚えてるな?」
「……覚えてはいるけど………戦わないのか?あいつを倒しちまえばもう問題は解決したようなもんじゃねえかよ」
「それじゃダメなんだよかみやん。敵はやつだけじゃないんだ」
はあ?と上条は少女から目を離し、土御門を見た。
その顔は苦虫を噛み潰したかのように、忌々しげに歪められていた。
「詳しい事情は後で話すが、平たく言って今回の敵は『組織』だ。魔術において絶対の効果を持つ『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』がこんなところで傷を負って相手の計画を止めら
れないことが一番マズイ」
「計画……どういうことだ?やつは俺を殺しに来たんじゃねえのかよ?」
「アンタは私たちの目的の一つよ。最終目標はアンタじゃない」
身体に異常がないのかチェックでもしているのか、腕を回しながら少女が二人の会話に割り込んだ。
上条は少女を睨みながら、
「最終目標?テメエら一体なにを考えてやがるんだ!?」
「教えると思ってんの?まあ、しいて言うなら”アンタにとって最悪なこと”とだけは言えるわ」
「最悪な……事?」
「よく考えてみなさい。アンタにとって大事なものってのは『御坂美琴』だけ?」
からかうように答えをじらす少女に苛立ちを覚えながら、上条は首を傾げる。
自分にとって、大事なものは多すぎる。
「わからないって顔ね……じゃあ、ヒント。私たち魔術師にとって、大きな意味を持ち、同時に上条当麻が所持しているものとはなんでしょーか?」
左右の手を広げて、ケタケタと楽しそうに笑う少女。
魔術師にとって大きな意味を持ち、同時に上条の近くにいるもの。
その少女の言葉に上条は一つの答えを導き出す。
「インデックスか!?」
「正解!!気付かなかったらどうしようかと思ったわよ」
インデックス。
一〇万三○○○冊の魔導書を頭に記憶するイギリス清教のシスター。
現在、上条の家に居候している一人の女の子だ。
「まあ、それも手段にすぎないんだけど……今頃はもう回収してるかな?確か、担当はミーナだったと思うけど、アイツうまくやってるかしら」
「回収だ!?ふざけたこと言ってんじゃねえよ!!」
「誰もふざけてないっての!!」
叫びを叫びで返し、少女が右手を上条に向けた。
赤い光が上条の胸に突き刺さるように直進し、緑へと変色していく。
「ッ!?」
術式の発動条件が揃う。
上条はその光を右手で遮ろうとして、
「いちいち受けるな!!」
ガクン!と土御門に右手を引っ張られて、地面にたたき伏せられた。
上条から五〇メートルほど後ろにある壁が爆発する。
その爆発音に混じって、上条はピン…、という小さな音を聞いた。
まるで、細い何かを引き抜いたような高い音。
その発生源である土御門、正確には彼の右手に目を向けると、デコボコと凹凸(おうとつ)のある小さなボールのようなものがあった。
「それって…手榴弾じゃ…」
「耳を塞いで目をつむれ」
返事を聞かずに、土御門はそれを”天井”に向かって投げつけた。
上条と少女。二人の表情が驚愕に染まる。
「最終目標?テメエら一体なにを考えてやがるんだ!?」
「教えると思ってんの?まあ、しいて言うなら”アンタにとって最悪なこと”とだけは言えるわ」
「最悪な……事?」
「よく考えてみなさい。アンタにとって大事なものってのは『御坂美琴』だけ?」
からかうように答えをじらす少女に苛立ちを覚えながら、上条は首を傾げる。
自分にとって、大事なものは多すぎる。
「わからないって顔ね……じゃあ、ヒント。私たち魔術師にとって、大きな意味を持ち、同時に上条当麻が所持しているものとはなんでしょーか?」
左右の手を広げて、ケタケタと楽しそうに笑う少女。
魔術師にとって大きな意味を持ち、同時に上条の近くにいるもの。
その少女の言葉に上条は一つの答えを導き出す。
「インデックスか!?」
「正解!!気付かなかったらどうしようかと思ったわよ」
インデックス。
一〇万三○○○冊の魔導書を頭に記憶するイギリス清教のシスター。
現在、上条の家に居候している一人の女の子だ。
「まあ、それも手段にすぎないんだけど……今頃はもう回収してるかな?確か、担当はミーナだったと思うけど、アイツうまくやってるかしら」
「回収だ!?ふざけたこと言ってんじゃねえよ!!」
「誰もふざけてないっての!!」
叫びを叫びで返し、少女が右手を上条に向けた。
赤い光が上条の胸に突き刺さるように直進し、緑へと変色していく。
「ッ!?」
術式の発動条件が揃う。
上条はその光を右手で遮ろうとして、
「いちいち受けるな!!」
ガクン!と土御門に右手を引っ張られて、地面にたたき伏せられた。
上条から五〇メートルほど後ろにある壁が爆発する。
その爆発音に混じって、上条はピン…、という小さな音を聞いた。
まるで、細い何かを引き抜いたような高い音。
その発生源である土御門、正確には彼の右手に目を向けると、デコボコと凹凸(おうとつ)のある小さなボールのようなものがあった。
「それって…手榴弾じゃ…」
「耳を塞いで目をつむれ」
返事を聞かずに、土御門はそれを”天井”に向かって投げつけた。
上条と少女。二人の表情が驚愕に染まる。
直後。
キィィィィィン!!という甲高い音が響いた。
それは天井のコンクリートが爆発した音ではない。
土御門が投げた小さなボールが内側から破裂し、散乱した破片の一つ一つが眩しい光を発しながら出した音だ。
「くぁ……眩しぃ」
思わず目をつむる上条の右手を土御門が引いた。
目を開けることのできない上条は、その引っ張る力に抵抗せずに身体を動かす。
「わけがわからねえ!!あいつの能力ってなんなんだ土御門!?姿を変えたり、爆発したり……」
「さっきから何度も言ってるように、やつの魔術はあの趣味の悪い杖で発動して――――」
そこで、土御門を言葉を切った。
何かを考えるための数秒の沈黙。
大量の光に網膜を刺激された上条には見えないが、土御門は何かに気づいたように目を見開いた。
キィィィィィン!!という甲高い音が響いた。
それは天井のコンクリートが爆発した音ではない。
土御門が投げた小さなボールが内側から破裂し、散乱した破片の一つ一つが眩しい光を発しながら出した音だ。
「くぁ……眩しぃ」
思わず目をつむる上条の右手を土御門が引いた。
目を開けることのできない上条は、その引っ張る力に抵抗せずに身体を動かす。
「わけがわからねえ!!あいつの能力ってなんなんだ土御門!?姿を変えたり、爆発したり……」
「さっきから何度も言ってるように、やつの魔術はあの趣味の悪い杖で発動して――――」
そこで、土御門を言葉を切った。
何かを考えるための数秒の沈黙。
大量の光に網膜を刺激された上条には見えないが、土御門は何かに気づいたように目を見開いた。
「かみやん…お前、”見えてないのか?”」
呆然と言う、呟きのような言葉。
その言葉に上条は首を傾げた。
「は?それってどういう―――」
その時だった。
ゴガン!!と後ろにある二人から十メートルほど離れた床が唐突に爆発した。
皮膚を焼く爆炎と爆風は届かないものの、衝撃が二人の少年に襲いかかる。
「ゴ、ホォ…」
呼吸が止まり、受け身を取るとこも出来ずに上条は地面に叩きつけられるように転がった。
横に居た土御門も衝撃を受け、どこかに飛ばされたようだ。
五メートルほど転がって動きを止めた上条は、頭の中であることを考えていた。
(……何かが…、おかしい)
まずは相手の能力だ。土御門は『杖』をもっている、と言っていたが上条の目にそんなものは映っていない。
何度も見た少女の手には杖はおろか、何もなかったはずだ。
そして、相手の変身能力。
『御坂美琴』に化けていたときに何度も右手に触れたはずなのに、『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』が反応しない。
これらが示すことはなんだろうか?
その言葉に上条は首を傾げた。
「は?それってどういう―――」
その時だった。
ゴガン!!と後ろにある二人から十メートルほど離れた床が唐突に爆発した。
皮膚を焼く爆炎と爆風は届かないものの、衝撃が二人の少年に襲いかかる。
「ゴ、ホォ…」
呼吸が止まり、受け身を取るとこも出来ずに上条は地面に叩きつけられるように転がった。
横に居た土御門も衝撃を受け、どこかに飛ばされたようだ。
五メートルほど転がって動きを止めた上条は、頭の中であることを考えていた。
(……何かが…、おかしい)
まずは相手の能力だ。土御門は『杖』をもっている、と言っていたが上条の目にそんなものは映っていない。
何度も見た少女の手には杖はおろか、何もなかったはずだ。
そして、相手の変身能力。
『御坂美琴』に化けていたときに何度も右手に触れたはずなのに、『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』が反応しない。
これらが示すことはなんだろうか?
「捕まえた」
爆発の衝撃で離れてしまった土御門を探そうと身体を持ち上げる前に、上条の腹を誰かが踏みつけた。
ギリギリ、と押さえつけるような足の動きに上条は強制的に腹から息を吐き出さされる。
「まったく、いつまで逃げ回ってんだか……諦めて捕まっちゃえば痛い思いもせずに死ねたのにね」
聞き覚えのある少女の言葉に後押しされるように、上条は目を開いた。
試しに右手で足に触れてみるがある程度回復した視力は、変わらず『御坂美琴』の姿を映し出す。
「だいたい、アンタも御坂美琴も不運よね。右手にそんな変な能力もっているってのと、ソイツの近くにいるってだけで殺されるんだから」
上から下を見下ろす少女。
完全に人を見下したその言い方。
どれも、自分の知る笑顔の明るい少女のものではない、別のものだ。
(まさか…、)
凶悪な笑顔。
嗜虐的な表情。
何かが歪んでいる、『御坂美琴』の姿。
(まさか……?)
何度でも変わる姿と声。
土御門のに見えて、上条に見えない杖。
「もういいわ。死になさい」
血のしたたる腕を上条に向ける。
しかし、上条はそんなものを見てはいなかった。
握りしめている自分の右手を開く。
(まさか………ッ!?)
そして、上条は右手を自分の頭に押し付る。
爆発の衝撃で離れてしまった土御門を探そうと身体を持ち上げる前に、上条の腹を誰かが踏みつけた。
ギリギリ、と押さえつけるような足の動きに上条は強制的に腹から息を吐き出さされる。
「まったく、いつまで逃げ回ってんだか……諦めて捕まっちゃえば痛い思いもせずに死ねたのにね」
聞き覚えのある少女の言葉に後押しされるように、上条は目を開いた。
試しに右手で足に触れてみるがある程度回復した視力は、変わらず『御坂美琴』の姿を映し出す。
「だいたい、アンタも御坂美琴も不運よね。右手にそんな変な能力もっているってのと、ソイツの近くにいるってだけで殺されるんだから」
上から下を見下ろす少女。
完全に人を見下したその言い方。
どれも、自分の知る笑顔の明るい少女のものではない、別のものだ。
(まさか…、)
凶悪な笑顔。
嗜虐的な表情。
何かが歪んでいる、『御坂美琴』の姿。
(まさか……?)
何度でも変わる姿と声。
土御門のに見えて、上条に見えない杖。
「もういいわ。死になさい」
血のしたたる腕を上条に向ける。
しかし、上条はそんなものを見てはいなかった。
握りしめている自分の右手を開く。
(まさか………ッ!?)
そして、上条は右手を自分の頭に押し付る。
バキィン!!とガラスが割れたような音が響いた。
同時、上条の見る『もの』が変わった。
視界の持つ意味が大きく変わった。
「あ?何、今の音?もしかして、”解けちゃった?”」
まず、最初に目に入ったのは杖。
柄は鉄のようなものが螺旋を画くように絡まりあって出来ており、その先端に赤い紅玉が突き出ていた。
軽く装飾を施された柄が奇妙な光を発している。
「おいおいマジかよ勘弁してくれよ……俺はこれ以上面倒なことは嫌だぞ」
次に目に入ったのは眉をひそめる一人の青年。
ステイルと似たような黒い神父服には魔方陣のような幾何学模様が描かれており、肩まであるウェーブをかけたような赤い髪。
そして、明らかに日本人ではない、青い瞳をしていた。
「ローマ正教『神の右席』候補者、クエイリス=アーフェルンクスだ。クリスとでも呼んでくれ」
面倒くさそうに呟いて、再度鉄の杖を上条に突きつけた。
「短い付き合いだしな。よろしく頼むよ」
視界の持つ意味が大きく変わった。
「あ?何、今の音?もしかして、”解けちゃった?”」
まず、最初に目に入ったのは杖。
柄は鉄のようなものが螺旋を画くように絡まりあって出来ており、その先端に赤い紅玉が突き出ていた。
軽く装飾を施された柄が奇妙な光を発している。
「おいおいマジかよ勘弁してくれよ……俺はこれ以上面倒なことは嫌だぞ」
次に目に入ったのは眉をひそめる一人の青年。
ステイルと似たような黒い神父服には魔方陣のような幾何学模様が描かれており、肩まであるウェーブをかけたような赤い髪。
そして、明らかに日本人ではない、青い瞳をしていた。
「ローマ正教『神の右席』候補者、クエイリス=アーフェルンクスだ。クリスとでも呼んでくれ」
面倒くさそうに呟いて、再度鉄の杖を上条に突きつけた。
「短い付き合いだしな。よろしく頼むよ」
<11:40 AM>
状況が変わった。
上条の見た偽物(げんそう)は消え、見定めるべき現実が目の前にある。
御坂は生きている。
上条当麻は改めて強くそう思う事が出来た。
今、相手に杖を突きつけられている状態でも、上条の顔には笑みがこぼれていた。
「死ね」
一切の無駄がない簡潔な言葉。
己の行動を表すその言葉に従い、クエイリス=アーフェルンクスは術式を発動した。
杖の先の紅玉から、一筋の赤い光が飛び出し、上条の胸へと突き刺さる。
そして――――
上条の見た偽物(げんそう)は消え、見定めるべき現実が目の前にある。
御坂は生きている。
上条当麻は改めて強くそう思う事が出来た。
今、相手に杖を突きつけられている状態でも、上条の顔には笑みがこぼれていた。
「死ね」
一切の無駄がない簡潔な言葉。
己の行動を表すその言葉に従い、クエイリス=アーフェルンクスは術式を発動した。
杖の先の紅玉から、一筋の赤い光が飛び出し、上条の胸へと突き刺さる。
そして――――
バキン!!という音と共に、上条の右手に軽く触れられた鉄の杖は形状を崩壊させた。
「なッ……!?」
「驚くようなことか?」
バッ!とクリスは上条の元から離れた。
魔術的な補助は上条にくっ付いた際に壊れてしまったのか、その動きはいつもの敵に比べて妙に遅いように見える。
ゆっくりと上条が起き上がると、クリスは忌々しそうに眉を潜める。
「クソッ……、忘れてたぞ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』……目にして初めて分かったぜ…その能力は、極めて異常だ」
鉄の杖を失った右手に空虚感を感じ、開閉させる。
その動作を見据えながら、上条は静かに口を開いた。
「テメェに一つだけ聞きたいことがある」
あァ?と訝しげにこちらを見る赤髪の青年。
青年の目に映るのは拳を握りしめる上条の姿だが、少年の視線はクリスではなくその後ろへと注がれていた。
「まだ、コイツをぶん殴ったらいけないのか?」
「ダメだ。何度も言うようにここは逃げろ」
バキョン!!と妙な音が地下駐車場に響くと同時、クリスの身体が地面に叩きつけられた。
唐突に重力が増したような現象にクリスの顔が歪む。
「なんだ、…こりゃぁ…」
腕を動かそうとするがびくともしない。
身体の自由が失われている。
「驚くようなことか?」
バッ!とクリスは上条の元から離れた。
魔術的な補助は上条にくっ付いた際に壊れてしまったのか、その動きはいつもの敵に比べて妙に遅いように見える。
ゆっくりと上条が起き上がると、クリスは忌々しそうに眉を潜める。
「クソッ……、忘れてたぞ『幻想殺し(イマジンブレイカー)』……目にして初めて分かったぜ…その能力は、極めて異常だ」
鉄の杖を失った右手に空虚感を感じ、開閉させる。
その動作を見据えながら、上条は静かに口を開いた。
「テメェに一つだけ聞きたいことがある」
あァ?と訝しげにこちらを見る赤髪の青年。
青年の目に映るのは拳を握りしめる上条の姿だが、少年の視線はクリスではなくその後ろへと注がれていた。
「まだ、コイツをぶん殴ったらいけないのか?」
「ダメだ。何度も言うようにここは逃げろ」
バキョン!!と妙な音が地下駐車場に響くと同時、クリスの身体が地面に叩きつけられた。
唐突に重力が増したような現象にクリスの顔が歪む。
「なんだ、…こりゃぁ…」
腕を動かそうとするがびくともしない。
身体の自由が失われている。
「行くぞ、かみやん」
クリスの横を通って、土御門元春が上条の元へと歩を進める。
上条はクリスを一瞥し、土御門を見てから目を細めた。
「……今がチャンスじゃないのか?」
「ダメだ。この術式は相手の動きを完全に止めることは出来るが、こちらからの攻撃も届かないようになってる」
ゴフッ…、と口から血を吐きながら土御門は地下駐車場の出口に向けて、足を向けた。
「それに、この程度の術式で『神の右席』を押さえられるとは思えない」
上条にだけ聞こえるように耳元で呟く。
その言葉に上条も頷き、出口へと足を向けた。
クリスの横を通って、土御門元春が上条の元へと歩を進める。
上条はクリスを一瞥し、土御門を見てから目を細めた。
「……今がチャンスじゃないのか?」
「ダメだ。この術式は相手の動きを完全に止めることは出来るが、こちらからの攻撃も届かないようになってる」
ゴフッ…、と口から血を吐きながら土御門は地下駐車場の出口に向けて、足を向けた。
「それに、この程度の術式で『神の右席』を押さえられるとは思えない」
上条にだけ聞こえるように耳元で呟く。
その言葉に上条も頷き、出口へと足を向けた。
この場から走り去る上条達を見て、クリスは笑った。
「随分と、楽しませてくれる…」
地面へと叩きつけられながら、青年は自分の爪を地面へと押しつけた。
ガリガリと地面を爪で掻きながら、走り去る二人を視界から逃さない。
「―――炎。それは人間への愛の証である神からの贈り物なり」
静かに、はっきりと歌うようにクリスは口を開く。
「―――それは罪人を処罰するための処刑道具なり」
地面のコンクリートが、小さく波打った。
コンクリートが液体になったかのような動作。
時間が経つにつれて波は大きくなっていく。
「―――『神の炎(ウリエル)』に授けられし知恵の光。人間の身にて人間ではないわが手に断罪の炎を」
ゴポン、と地面が盛り上がった。
盛り上がった地面は鉄のような光沢を放ちながらいくつもの太い線となり、螺旋を描くようにお互いを絡みつかせていく。
「―――罪を浄化し、罪を焼く処刑道具。その権限を我が血肉を糧に明け渡せッ―――――!!!!」
「随分と、楽しませてくれる…」
地面へと叩きつけられながら、青年は自分の爪を地面へと押しつけた。
ガリガリと地面を爪で掻きながら、走り去る二人を視界から逃さない。
「―――炎。それは人間への愛の証である神からの贈り物なり」
静かに、はっきりと歌うようにクリスは口を開く。
「―――それは罪人を処罰するための処刑道具なり」
地面のコンクリートが、小さく波打った。
コンクリートが液体になったかのような動作。
時間が経つにつれて波は大きくなっていく。
「―――『神の炎(ウリエル)』に授けられし知恵の光。人間の身にて人間ではないわが手に断罪の炎を」
ゴポン、と地面が盛り上がった。
盛り上がった地面は鉄のような光沢を放ちながらいくつもの太い線となり、螺旋を描くようにお互いを絡みつかせていく。
「―――罪を浄化し、罪を焼く処刑道具。その権限を我が血肉を糧に明け渡せッ―――――!!!!」
ゴッガァァァァァァァン!!!!と轟音が上条の耳に届いた。
後ろを見ると、クエイリス=アーフェルンクスが居た場所が赤く染まり、炎上していた。
「速すぎるッ……」
土御門は後ろを見ずに状況を理解していた。
クリスを拘束する術式が破壊されたのだ。
後ろを見ると、クエイリス=アーフェルンクスが居た場所が赤く染まり、炎上していた。
「速すぎるッ……」
土御門は後ろを見ずに状況を理解していた。
クリスを拘束する術式が破壊されたのだ。
「かみやん、よく聞け。これからかみやんには俺の指示に従って動いてもらう」
いいな?と、焦りと疲れからか少し早口で土御門は言う。
上条はそれに黙って頷いた。
「まず最初に『超電磁砲(レールガン)』を探せ」
「御坂を?」
「ああ。インデックスのことなら大丈夫だ。アイツにはステイルとねーちんがついてる」
「アイツら、ここに来てるのか!?」
聖人である神裂と、ルーン使いのステイルならばインデックスのことを任せることが出来るだろう。
あの二人ならば、よほどの相手ではない限り負けることはない。
「お前は知らないだろうが、定期的にあの二人はインデックスを監視しに来てるからな」
喋りながら、土御門はポケットの中を探り始めた。
ゴソゴソと手を動かし、一つの携帯を取り出す。
「これで二人と連絡を取れる。緊急の時にだけ連絡を取れ」
「ちょっと待て。インデックスについてはわかったが、御坂はどこに居るんだ?普通に常盤台の寮にいるわけじゃないんだろ?」
「御坂美琴は、ちょうど一週間前から行方不明だ」
なっ、と上条は絶句した。
「まさか、本当に御坂はアイツらに…」
「いや、そういうわけでもないようだぜい。それの証拠に今朝になって、目撃証言がでてるにゃー」
「目撃証言?」
「そう、目撃証言。第十学区の路地裏で想像を絶するほどの電流を見たっていうな」
「それが、御坂か…」
『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴を判断するのに電流と言うのはいささか失礼な気がするが、その通りなので仕方ない。
上条は土御門から携帯電話を受け取り、前を見ると、外と中をつなぐ大きな口が見えた。
「あれか、かみやん!?」
「あれで間違いない。出口はあれ一つだけだ!」
出口を見つけて上条の足に一層力が入る。
と、一気に走り抜けようとする上条は、後ろで土御門が足を止める音を聞いた。
思わず足を止め、後ろを見ると土御門が地面に手をつけて何かを書いていた。
「先に行け、かみやん。俺はトラップを仕掛けてから追いかけるから」
「トラップ?ふざけんな!お前これ以上魔術使ったら身体が…」
「大丈夫。魔術じゃない。これは科学の最先端地雷だ」
ひらひら、と上条に背を向けながら手を上にあげて、ペンのような細長い筒のようなものを振る。
「少しでも、足止めになればな……おっと、かみやん。もうちょっと後ろに下がっててくれ。これ以上近寄ると誤爆しちまうぜい」
「マジ!?」
まさかの自爆でお陀仏なんて御免こうむりたい上条はあたふたと後ろ二歩に下がる。
と、土御門は口元に笑みを浮かべながら、からかうように上条を見る。
「あと、もうちょっとだ。あと五歩」
「お、おう…、」
地雷こえー、とか思いながらも上条は指示に従い、後ろへと下がっていく。
一歩、二歩、三歩、四歩と急いで下がる。
そして、五歩目を踏み出した時だった。
いいな?と、焦りと疲れからか少し早口で土御門は言う。
上条はそれに黙って頷いた。
「まず最初に『超電磁砲(レールガン)』を探せ」
「御坂を?」
「ああ。インデックスのことなら大丈夫だ。アイツにはステイルとねーちんがついてる」
「アイツら、ここに来てるのか!?」
聖人である神裂と、ルーン使いのステイルならばインデックスのことを任せることが出来るだろう。
あの二人ならば、よほどの相手ではない限り負けることはない。
「お前は知らないだろうが、定期的にあの二人はインデックスを監視しに来てるからな」
喋りながら、土御門はポケットの中を探り始めた。
ゴソゴソと手を動かし、一つの携帯を取り出す。
「これで二人と連絡を取れる。緊急の時にだけ連絡を取れ」
「ちょっと待て。インデックスについてはわかったが、御坂はどこに居るんだ?普通に常盤台の寮にいるわけじゃないんだろ?」
「御坂美琴は、ちょうど一週間前から行方不明だ」
なっ、と上条は絶句した。
「まさか、本当に御坂はアイツらに…」
「いや、そういうわけでもないようだぜい。それの証拠に今朝になって、目撃証言がでてるにゃー」
「目撃証言?」
「そう、目撃証言。第十学区の路地裏で想像を絶するほどの電流を見たっていうな」
「それが、御坂か…」
『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴を判断するのに電流と言うのはいささか失礼な気がするが、その通りなので仕方ない。
上条は土御門から携帯電話を受け取り、前を見ると、外と中をつなぐ大きな口が見えた。
「あれか、かみやん!?」
「あれで間違いない。出口はあれ一つだけだ!」
出口を見つけて上条の足に一層力が入る。
と、一気に走り抜けようとする上条は、後ろで土御門が足を止める音を聞いた。
思わず足を止め、後ろを見ると土御門が地面に手をつけて何かを書いていた。
「先に行け、かみやん。俺はトラップを仕掛けてから追いかけるから」
「トラップ?ふざけんな!お前これ以上魔術使ったら身体が…」
「大丈夫。魔術じゃない。これは科学の最先端地雷だ」
ひらひら、と上条に背を向けながら手を上にあげて、ペンのような細長い筒のようなものを振る。
「少しでも、足止めになればな……おっと、かみやん。もうちょっと後ろに下がっててくれ。これ以上近寄ると誤爆しちまうぜい」
「マジ!?」
まさかの自爆でお陀仏なんて御免こうむりたい上条はあたふたと後ろ二歩に下がる。
と、土御門は口元に笑みを浮かべながら、からかうように上条を見る。
「あと、もうちょっとだ。あと五歩」
「お、おう…、」
地雷こえー、とか思いながらも上条は指示に従い、後ろへと下がっていく。
一歩、二歩、三歩、四歩と急いで下がる。
そして、五歩目を踏み出した時だった。
「ホントにゴメンだにゃーかみやん」
土御門が立ち上がり、壁にあるスイッチを押した。
瞬間。
がらがら!!と音を立てて、上条と土御門の間に防火シャッターが勢いよく降りてきた。
瞬間。
がらがら!!と音を立てて、上条と土御門の間に防火シャッターが勢いよく降りてきた。
「ッ!?土御門!!」
思わず駆けるが間に合わない。ガコン、と防火シャッターは地下駐車場の唯一の出口を閉め、外と中からの繋がりを絶った。
そのシャッターを叩き、上条は向こうにいるであろう金髪の少年に叫ぶ。
「お前なにやってんだよ!!自分が何やってるのかわかって―――」
「当たり前だぜい。この土御門さんが自分の行動を誤ることなんてありえないにゃー」
この状況で叩く軽口に上条の怒りは爆発する。
「ふざけんな!!お前一人が犠牲になっても俺は嬉しくともなんともねえぞ!!」
「犠牲って…かみやんは失礼だにゃ~まるで俺が死ぬことが確定してるようだぜい」
壁の向こうでクスクスと笑う土御門の声は、彼が死地に赴くことを忘れさせるほどに穏やかなものだった。
「俺を信じろ………とは言えないぜい。なんせオレは天邪鬼(ウソつき)だからな」
でも、と土御門は言葉を続ける。
思わず駆けるが間に合わない。ガコン、と防火シャッターは地下駐車場の唯一の出口を閉め、外と中からの繋がりを絶った。
そのシャッターを叩き、上条は向こうにいるであろう金髪の少年に叫ぶ。
「お前なにやってんだよ!!自分が何やってるのかわかって―――」
「当たり前だぜい。この土御門さんが自分の行動を誤ることなんてありえないにゃー」
この状況で叩く軽口に上条の怒りは爆発する。
「ふざけんな!!お前一人が犠牲になっても俺は嬉しくともなんともねえぞ!!」
「犠牲って…かみやんは失礼だにゃ~まるで俺が死ぬことが確定してるようだぜい」
壁の向こうでクスクスと笑う土御門の声は、彼が死地に赴くことを忘れさせるほどに穏やかなものだった。
「俺を信じろ………とは言えないぜい。なんせオレは天邪鬼(ウソつき)だからな」
でも、と土御門は言葉を続ける。
「”約束は守ってもらう”。かみやん、テメェにはジュース一本おごってもらうことになってるからな。こんなところじゃー死ねんぜよ」
待てよ!!とツンツン頭の少年の悲痛な叫びが轟く。
その声に後押しされるようにウソつきの少年は、戦場へと足を向けた。
「心配すんな。かみやんに大事なものがあるように俺にも大事なものはある。ソイツを護ることだって俺の仕事なんだぜい」
だからこそ、ここで死ぬわけにはいかない。
生きることをここに宣言し、土御門はシャッターに背を向けてからこう言った。
「これだけ土御門さんが身体張ってやってんだから、テメェの大事なものを護りきれなかったら承知しねえぜ」
ガン!!とシャッターを叩く音が響く。
あのツンツン頭の少年が諦めていないのだろう。
「つ、ち……みか、ど…」
ツンツン頭の少年は心の底から自分を心配しているのだろう。
誰かのために誰かが犠牲になることを、強く嫌う少年であるからこそ、その行動は容易に想像することが出来ていた。
そんな少年だからこそ、自分はこんなことをしているのだから。
「土御門ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
そうして、自分勝手(ウソつき)なバカ野郎は戦いの場へと足を踏み入れる。
何のためにだなんて、言う必要もなかった。
その声に後押しされるようにウソつきの少年は、戦場へと足を向けた。
「心配すんな。かみやんに大事なものがあるように俺にも大事なものはある。ソイツを護ることだって俺の仕事なんだぜい」
だからこそ、ここで死ぬわけにはいかない。
生きることをここに宣言し、土御門はシャッターに背を向けてからこう言った。
「これだけ土御門さんが身体張ってやってんだから、テメェの大事なものを護りきれなかったら承知しねえぜ」
ガン!!とシャッターを叩く音が響く。
あのツンツン頭の少年が諦めていないのだろう。
「つ、ち……みか、ど…」
ツンツン頭の少年は心の底から自分を心配しているのだろう。
誰かのために誰かが犠牲になることを、強く嫌う少年であるからこそ、その行動は容易に想像することが出来ていた。
そんな少年だからこそ、自分はこんなことをしているのだから。
「土御門ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
そうして、自分勝手(ウソつき)なバカ野郎は戦いの場へと足を踏み入れる。
何のためにだなんて、言う必要もなかった。
<11:45 AM>
暗かったはずの地下駐車場は、炎に照らされ赤く染まっていた。
ぼうぼう、と燃えるものはもはや原形を留めておらず、一つの塊となりその場に転がっている。
そこは既に、一種の異界と化していた。
「なぁ…アンタ一人か?『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』はどうした?」
手に鉄の杖を持ち、面倒そうに聞く一人の青年。
「先に行ったよ。あいつにはやることがあるらしい」
対するは、全身から血を流しながら、不敵な笑みを浮かべる一人の少年
二人の間の距離は五十メートルほど。青年の魔術を使えば無視できるほどの距離だが、この金髪の少年に曖昧な攻撃をすることは何かためらわせた。
「じゃあ、アンタは身代りってわけか…」
「そう思ってくれてもかまわない。だが、ただの時間稼ぎで終わるつもりはもうとうないぞ?」
満身創痍の身体のはずなのに、全身から血を流し今にも死んでしまいそうなはずなのに、少年は青年の前に立つ。
ふらふらと揺れる身体。しかし、少年の心の芯は揺らがず、決して曲がらない。
「一人で俺をやろうってか……アンタ凄いな。まるでどっかの主人公(ヒーロー)だ」
「………その言葉は俺には荷が重過ぎる」
違和感を覚える身体の四肢に力を入れながら、少年は決意の光をサングラスの奥の瞳に宿す。
「アンタ…名は?」
ガクガク震える足を無理やり押さえつけ、少年はこう答えた。
「『背中を刺す刃(Fallere825)』だ」
「そうか……」
そう…答えちまうのか、と青年は顔を俯かせる。
「なら俺も答えねえとな……」
青年の瞳にも強い光が宿る。
真剣身を帯びた彼の表情は、どこか悲しそうに見えた。
「俺の名は『愛しい人の涙のために(Affectus915)』だ…………随分とクサイが、これが俺の信念なんでね」
少年は何も言わずに拳を握りしめる。
それが、相手への礼儀とでも言うように彼は強く拳を握りしめた。
対する青年もこれ以上は口を開かない。
青年の手にある鉄の杖をだらん、と垂らしながらも、いつでも振れるように筋肉を集中させる。
数秒の沈黙。
直後。
バァァァァァン!!と地下駐車場のどこかの自動車が爆発した。
ぼうぼう、と燃えるものはもはや原形を留めておらず、一つの塊となりその場に転がっている。
そこは既に、一種の異界と化していた。
「なぁ…アンタ一人か?『幻想殺し(イマジンブレイカ―)』はどうした?」
手に鉄の杖を持ち、面倒そうに聞く一人の青年。
「先に行ったよ。あいつにはやることがあるらしい」
対するは、全身から血を流しながら、不敵な笑みを浮かべる一人の少年
二人の間の距離は五十メートルほど。青年の魔術を使えば無視できるほどの距離だが、この金髪の少年に曖昧な攻撃をすることは何かためらわせた。
「じゃあ、アンタは身代りってわけか…」
「そう思ってくれてもかまわない。だが、ただの時間稼ぎで終わるつもりはもうとうないぞ?」
満身創痍の身体のはずなのに、全身から血を流し今にも死んでしまいそうなはずなのに、少年は青年の前に立つ。
ふらふらと揺れる身体。しかし、少年の心の芯は揺らがず、決して曲がらない。
「一人で俺をやろうってか……アンタ凄いな。まるでどっかの主人公(ヒーロー)だ」
「………その言葉は俺には荷が重過ぎる」
違和感を覚える身体の四肢に力を入れながら、少年は決意の光をサングラスの奥の瞳に宿す。
「アンタ…名は?」
ガクガク震える足を無理やり押さえつけ、少年はこう答えた。
「『背中を刺す刃(Fallere825)』だ」
「そうか……」
そう…答えちまうのか、と青年は顔を俯かせる。
「なら俺も答えねえとな……」
青年の瞳にも強い光が宿る。
真剣身を帯びた彼の表情は、どこか悲しそうに見えた。
「俺の名は『愛しい人の涙のために(Affectus915)』だ…………随分とクサイが、これが俺の信念なんでね」
少年は何も言わずに拳を握りしめる。
それが、相手への礼儀とでも言うように彼は強く拳を握りしめた。
対する青年もこれ以上は口を開かない。
青年の手にある鉄の杖をだらん、と垂らしながらも、いつでも振れるように筋肉を集中させる。
数秒の沈黙。
直後。
バァァァァァン!!と地下駐車場のどこかの自動車が爆発した。
それを合図に、青年と少年は激突した。